IS〈インフィニット・ストラトス〉 〜G-soul〜 |
「あー・・・・・っててててて」
翌日の日曜日、俺はいつも通り朝食をとった後に部屋の洗面所で歯を磨いていた。
しかし、いつもと違って体中が痛い。原因は昨日のゴーレムとの戦闘である。戦闘後の受診では、肋骨三本にヒビ。体十か所の打撲と診断された。そら痛いわな。
(まあ、入院するほどの怪我でもないし、これくらいですんだから良しとするか・・・・・)
そう考えながら歯を磨いていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。
「? どちらさんですかー?」
「あ、私ですー」
と元気のいい返事が返ってきた。
洗面所から出てドアを開けると、ニコッと笑う山田先生の姿があった。
「桐野くん!」
「は、はい」
「取り調べです!」
「は、はい?」
突然の通達に思わず同じことを二回言ってしまった。
「取り調べ? 取り調べってアレですよね? あの、カツ丼が出されるやつ」
「ええ、まあドラマとかではそういうのがありますけど、先生は天丼の方が好きです」
「そうですか。って、そうじゃなくて、あの、取り調べって?」
「掻い摘んで言うと、昨日の襲撃事件についての報告書を書かなきゃいけないので、専用機持ちは全員強制参加の事情聴取です」
最初っから掻い摘んで言ってほしいもんだ。
「はあ、いつからですか?」
「今から二十分後に生徒指導室で始めます」
「わかりました。了解です」
「はい! 遅れないでくださいね?」
そう言って山田先生はてってけてーと走り去っていった。
(さて、それじゃ準備するか・・・・・)
再び洗面所に戻ろうとすると、再びドアがノックされた。
「山田先生?」
何か言い忘れたことがあるのかと思い、ドアを開けるとそこには、
「あ・・・・・・・・」
「お、簪さんじゃあないかい」
手をモジモジと動かす簪の姿があった。
「あ・・・・・のっ・・・・・・・」
「あ、もしかしてお前も取り調べ?」
「うん・・・・・・」
コクンと首を縦に振る簪。
「じゃあ、一緒に行くか。上着取ってくるから待っててくれや」
「う、うん・・・・・。待ってる・・・・・・・」
またコクンと頷いた簪を見てから一度部屋に入り、上着を取って再び外に出る。
「お待たせしましたっと。行くか」
「ん・・・・・・・・・」
そして、まだ朝九時の人気のない廊下を簪と並んで歩く。
「しっかし、昨日は大変だったな。簪は怪我とかしてないか?」
「少しだけ・・・・・・。え、えいっ・・・瑛斗っ・・・・・は?」
なんか、俺の名前を呼ぶのに難儀してた。そんなに呼びにくい名前じゃないと自負してるんだが。
「俺も大した怪我はしてないな」
つーことにしておこう。こうして歩けるわけだし。
「楯無さんは?」
昨日俺が行ったことがバレてないかどうかカマをかけてみる。
「お、お姉ちゃんは・・・・・しばらく医療室で経過観察・・・・・・・」
うん、簪の言い方からすると、どうやらバレてはいないようだ。
しかし入院か。さぞ退屈なことだろう。見舞いの品でも持っていくか。
「楯無さんの趣味ってなんだっけ?」
「え? えっと・・・将棋・・・・・かな」
「渋いなまた」
つか、将棋は一人じゃ出来ないし、病室だと邪魔なだけだろう。別の何かが良いな。
そんなことを考えていると、簪が少しだけ大きな声を出した。
「お姉ちゃんのことっ! き、気になるのっ?」
「ん? ああ、いや、何か差し入れでもとな」
「差し、入れ?」
「だって、入院生活なんて退屈極まりないだろ?」
「あ・・・そういう、こと・・・・・・・」
ホッとしたように胸を撫で下ろす簪。
(どうしたんだ? 簪のやつ)
「けん玉」
「うん?」
「けん玉で、いい。お姉ちゃん、あれ、ずーっとやってるから・・・・・」
そうなんか。意外だ。
「あとは・・・うーむ、編み物とか?」
「お姉ちゃん、編み物は・・・・・苦手・・・・・・・」
「え!? あの人って苦手なものあんの!?」
編み物に悪戦苦闘する楯無さんをイメージするが、どうもピンと来ない。
「あなたが言ったんじゃない・・・・・完全無欠のヒーローなんていないって・・・・・・・」
「そういや、そうだな。・・・・・あ、もしかして楯無さんって苦手な食べ物とかあったりするか?」
「え? あることにはある・・・・・・・かな」
「マジか!? 何だ!?」
「す、酸っぱいもの・・・・・特に梅干し」
梅干し・・・梅干しか。ククッ、良いことを聞いた・・・・・!
「?」
簪が首をかしげる。
「それじゃ、俺はけん玉を持ってく。あ、上達するように編み物セットも持っていくか」
口ではそう言うがそんなのは建前。本音はただひたすら、あの人の困った顔が見たいだけ!
「瑛斗・・・・・」
「ん?」
「いじわる・・・・・」
「いいじゃねえか、こんくらい。ささやかな反抗だよ。いっつもどんだけあの人に俺と一夏が振り回されてることか」
「ふふ・・・・・・・」
俺と一夏が楯無さんに翻弄されている姿を想像したのだろう。簪はおかしそうに笑った。
そんな簪と一緒に歩きながら、俺も笑った。
「そう言えば、さっきから気になってたんだけど、それ、何だ?」
「え・・・? あ、これ・・・・・」
俺が簪の手に持っている紙袋を指差すと、簪はポッと赤くなった。
「こ、こ、これ・・・・・、中・・・見て・・・・・・・」
「おう」
言われるまま中を覗くと、そこには色々なDVDが入っていた。ドリルと根性が基本のロボットアニメや、最近主要キャラが二人から五人まで増えた少女向けアニメとか、青春恋愛アニメ。
そして―――――――ヒーローアニメ。
「お、これ昔ツクヨミで見た」
「ど、どれ?」
「ほら、これ――――――って、近い近い!」
俺がDVDを取り出そうとすると、タイトルが知りたかったのか、簪が覗き込んできた。
そうなると、俺の顔と簪の顔はくっつきそうなほど接近してしまって、俺は慌てて体を離す。
「!! ご、ごめん・・・・・・・」
「あ、や・・・・・別にお前が謝ることじゃないさ・・・・・・・」
間近でみた簪の顔は、初めて会った時とは違って、ずっと柔らかな雰囲気に包まれていた。
ぶっちゃけ、ちょっと可愛かった。
「あ、あの・・・・・良かったら、見てみて・・・・・ほしい」
「おう、なんか面白そうなのあるし、そうさせてもらうぞ」
崩れた紙袋の中をガサガサと整理しながら、俺は気になっていたことを聞く。
「好きなんだな?」
「えっ・・・・・」
ちょっと驚いたような声が聞こえた。
俺は紙袋の中を整理しているから、簪の顔は見えない。
「う、うん・・・・・。好き・・・・・」
「そっか」
「・・・・・・・・・」
「よし、これで良いな。って俺が崩しちまったんだけどな」
「・・・・・・・・・」
「簪? どうした?」
顔を真っ赤にしてうつむいている簪。
その手はスカートをぎゅうっと握っている。
「あ、の・・・・・」
「うん」
すう・・・・・、はあ・・・・・、と深呼吸してからぱっと簪は顔を上げた。
「だっ・・・・・大好き!!」
突然の大声。
廊下に響いた声を聞きつけ、なんだなんだと女子たちが顔をドアから覗かせる。
「そ、それじゃ・・・・・!」
同性からの視線が集まる前に、簪は走って先に行ってしまった。
「えーと・・・・・?」
取り残された俺は、とりあえず紙袋を持ったまま生徒指導室に向かった。
「・・・・・うーん・・・・・」
何故だ、何故にこうなった。
取り調べを終えた俺は駅前に来ている。自分の意志でじゃない。
あいつらに強制されたからだ。
「ねぇねぇ、こっちなんてどうかな?」
「ふむ、悪くないな。こっちもなかなかのものだぞ」
俺の視線の向こうでキャイキャイと買い物を楽しんでいるのは、シャルことシャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒだ。
ことの始まりは取り調べ終了の十分後。
生徒指導室から出て来た俺を待ち構えていたのはあの二人だった。
俺より早く取り調べを終えて、待ち伏せをしていたのだ。
そして簪と映画に行ったことや整備室に籠りっきりだったことを問い詰められ、仕方なく訳を話すと、
『許してやるから今から一緒に買い物に来い』
と仰られたわけだ。
「ねえ、瑛斗! どっちがいいかな?」
「嫁、お前もこっちに来い」
「まだ買うのかよ・・・・・・」
半ばうんざりしながら俺の座っているベンチの隣を見る。
そこにはいろんな店のいろんな袋や箱が山積みになっていた。
そう! 懸命な君はお分りだろう。今の俺は・・・・・荷物持ちです。はい。
「これ、確実に帰りも持たされるよな・・・・・」
はぁぁぁ、とため息をつく。すると、お嬢様二人にご指名を食らった。
「「瑛斗!」」
「はいはい今行く、今行きますから!」
ほとんど自棄になりながら俺はベンチから立ち上がった。
「・・・・・・・・・」
場所と時間は変わって夜の医療棟。
「いやあ、心配しましたよ。簪から楯無さんが入院したって聞きましたから」
更識楯無のいる医療室には、やっとシャルロットとラウラから解放された瑛斗がニコニコと笑いながら楯無のベッドの横の椅子に座っていた。
「・・・・・・・・・」
しかし、楯無の表情は動かない。ずっと、机の上に置かれた見舞いの品を見続けている。
「瑛斗くん・・・・・これって?」
「見てわかりませんか? けん玉ですよ。これが楯無さんは好きだって聞いたから買ってきました」
「うん。それはありがとう。それはね? それはねだからね? 問題は横の二つ」
言って楯無はけん玉の横に置かれたもう二つの見舞い品を見る。
梅干しの詰まった瓶と、編み物セット。
それが机の上に置かれていた。
「なんで・・・・・このチョイスなのかしら・・・・・・・?」
ジト目で瑛斗を見る楯無。だが瑛斗はニコニコとした表情を崩さない。
「特に深い意味はありませんよ。梅干しは健康に良いと聞きましたので買ってきました。編み物セットは―――――――」
「ストップ! わかってるわ。わかってるのよ瑛斗くん。・・・・・・・簪ちゃんの入れ知恵ね?」
「はて? なんのことでしょうか?」
瑛斗はまったく存ぜぬといったように肩を竦める。
「・・・・・・・・・怒ってるの? あのUSBのこと」
「・・・・・・・・・」
瑛斗は黙る。
「ええ。怒ってますよ。勝手に俺のGメモリーのデータをパクったんですから」
「うん・・・・・」
「それと、マスタード入りのシュークリームを食わされたこと」
「う・・・・・」
「ワサビが大量に練り込まれたクッキーを食わされたこと」
「うぅ・・・・・」
「あとは他にも―――――――」
「わああああん! 私が悪かったぁ! ごめんなさぁい!!」
その一言が聞けた瑛斗は、満足げに鼻を鳴らした。そして椅子から立ち上がる。
「それが聞けたら充分です。俺はこれで」
「え!? 帰っちゃうの!? 渡すだけ渡して、やらせるだけやらして、帰っちゃうの!?」
「ええ。だってもうすぐ面会時間が終了ですし」
時計をチラと見る。現在夜の九時前。
「それじゃ、お大事に」
ガラガラとドアを開けて部屋を出た瑛斗。
「・・・・・・・・・・・」
それを見送った後、楯無は携帯ディスプレイを取り出し、画像を投影した。
それは写真だった。古ぼけた、所々に切れ込みがある、古い写真。
「まったく・・・・・、とんだやんちゃに育っちゃって」
楯無の目線の先には、両親に挟まれて笑顔を見せる七歳ほどの男の子の顔があった。
「・・・・・それじゃ、くーちゃん」
「はい」
いつかのどこか。そこで篠ノ之束は自分の娘として扱っている少女に話しかけた。
「そろそろ『アレ』をここに置いておくのも面倒だから、『コレ』と一緒に運んでくれる?」
「わかりました。場所はどこでしょうか」
目を閉じたまま、真っ直ぐ束に顔を向ける少女に、束はニコリと笑った。
「IS学園、地下特別区画―――――――」
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