境界線上のホライゾン ―天下泰平の剣― Introduction ―導入― |
――いつの頃の記憶の((残滓|ざんし))か。
昔誰かに、お前はもう表舞台に上がることはないんだろうなあ、と嘲笑されながら言われたことがある。
それはさながら((楔|くさび))のように彼の心に打ち込まれ、彼は己が人生はやがてそのように終わるんだろう、そう考えるようになった。
――いいのか。
問われれば致し方ないことだと答える。“世界”がそう望んでいるのだから。
遠い昔、先人たちがたどったレールに、自分という車体を載せ走らせる。そんな面白くもないことを強要されている人間たちがいる。納得しているのか。していないのかはわからない。
でも、つらいことだと――思う。
少なくとも、部屋の片隅でほこりを被っているぬいぐるみのようにうなだれている彼にとってはそうだった。
自分は何のために生きているのか。どうして生かされているのか。はたして、生きていてもいいのか。
……問われても答えはない。
いつか自分は、その答えを得ることが出来るのか。
ぼんやりと思いを馳せながら、彼はもはや聞き慣れた艦が着地する音と振動を身に受ける。
次はどこへ連れて行かれるのかな――
突然、
彼は自室という名の一種の檻が開かれたことに驚く。荒々しく扉を開けたそこには、すでに初老にさしかかったであろう男が立っていた。
はたしてその顔は、知っている。
「よお」
軽い挨拶の言葉に、彼は((胡乱|うろん))な物でも見たかのような目つきをする。
「相も変わらずご機嫌ナナメかよう、殿は」
相変わらず返事をしない彼に苦笑しながら、ズカズカと室内に入ってきたその男は、そのまま彼の前までやってくると抱えていた何かを落とす。ごとりとそれなりの重さを持つ音が数度。
目つきを変えぬままに、その何かが何であるかを認めた瞬間、
「これ――!?」
驚きのあまり椅子を転がすほどの勢いで立ち上がってしまった彼の反応は、予想できたものだったのか、男は苦笑を笑みへと変えた。
「お前のもんだよう」
「え……?」
信じられない。
「なん、で……?」
理由を問われた男はぽりぽりと頬を掻いて、
「悪いなあ。なんとか偉い所にかけあって所持だけは認めさせたんだけどよお。その行使だけは首を縦に振らなんだ」
アゴをしゃくり、つま先で細部を示す。
「おかげでこんなブッ細工なシロモノつけられちまったってわけだよう」
震える手で落とされた物をたぐり寄せ――触れたら後は一気だった。全身で抱きついて二度と離さぬように男に背を向ける。濁りきっていた目の色は敵意で新たに染め上げられている。
「いい目だねえ。なんなら――抜いてみるかい」
彼の目が見開き、細まる。
「一刀だ。抵抗はしないからよう、ほれ、やってみろよう」
彼は、それらの中から一つだけを選ぶ。
「せいかい……」
口笛を鳴らし男は続ける。
「いまその中で抜けるのはそれだけだよう」
口端がつり上がり、
「エグい刀だよう。ウチのやつらもお前ぇの親父に最期までそれで何人もやられてなあ」
抜き身の刀を構える。すでに男の位置は間合いに入っている。後は簡単だ。どんな刀であろうと生身の人間を斬ればそいつは死ぬ。そうだ。こいつを殺せる。
「さぁ、やれよぉ――」
だまれ。
「――俺はお前の親の敵なんだからよう」
「うわあああああああああああああああああああああああああ―――――――!!!!!!!」
お望み通りにしてやる。
――本当に?
――それでいいの?
「ッ!?」
一瞬の迷いが手元を狂わせた。刀の切っ先が男の胸元の生地上を滑る。駄目だ、浅い。その証拠に斜めに切り開かれた衣服の奥、男の胸板に一筋の線が走る。にじみ出る赤。
血。
致命傷にはほど遠い。笑えるような切り傷だった。
呆れたような、
「つまらんねぇ」
手のひらで漏出してきた血を拭い、自身の鼻先まで近づける。
「これっぽっちかぁ」
動かない。動かせない。これ以上とないチャンスだったのに、ふいにしてしまった。刀を握る手が重たい。なんでだ。もう駄目だ。おしまいだ。いやまだ大丈夫かも知れない。刃の先端をはね上げてそのまま心臓を狙えばいい。突き刺すんだ。
――違う。そうじゃない。
この刀の使い方は、そうじゃない。
刺すでもない。もう一度斬りかかるでもない。何故ならもう終わっているじゃないか。
たった今、男の身体に刻み込んでやった傷。そこから喰い散らかしてやる――、
「……おん?」
突然、うつむいたまま固まってしまった彼――いや違う、声が聞こえる。ささやき声よりもはるかに小さな、半分以上が消えかかっているような声。だが、聞こえる。
「――れ、――る」
彼が顔を上げ、ギョロリとその目が剥く。
その瞬間、
「――ぐぅッ!?」
傷が痛む、((沁|し))みるとも違う異物感とでも形容すべきか、胸元に芽生える。思わず男は己の服を裂く。
煙が上がっている。冗談ではなく煙と肉が焼ける音と共に先ほどの傷が恐るべき速度で黒へと焦げていく。
「――かはッはは!!」
だが男は笑う。面白くて仕方がないように。
「それで、次にどうする気だよう!?」
――死ね。
そう願って((祝詞|のりと))のように言葉を紡ぐ。そして、
何も起こらなかった。
「……な、ん……で……」
呆然と、次の瞬間、壁に叩きつけられていた。反動ではねっ返り、なすすべもなく床へと肩から倒れ込む。右頬に冷たい床板の感触を受け、正反対の左頬の熱さと痛みが入り交じった感覚に彼は自分が男に殴られたのだとようやく自覚した。視界が明滅しているのは何故だ。身体に力が何一つとして入らない。
「だから言っただろうよう。行使は認めなんだって。お前さんのそれは俺が面白そうだから通常駆動まではさせてやったけどな。それより上はできなくなってんだよう。もっとも他のは――って聞いてるかよう?」
唇おろか指先まで動かない。反応ができないのだ。
「一刀。とも言ったろうよう? それでミスられても俺の責任じゃないってわけよう」
それで反撃とばかりに殴られたわけなのか。それにしても、痛い。
「だから聞いてるかよう?」
あごを挟まれ頭だけ持ち上げられる。
「お前さん、俺のことが憎いかよう?」
言うまでもない。言う力もない。
「何故憎い? ――俺がお前さんの親を殺したからか」
もはや彼の返事を待たず独白のごとく男は喋り続ける。
痛いのに。
「歴史再現のためとはいえ俺は天下の将軍を殺したよう。だが後悔はしてない。わかるかよう?」
だから痛いんだって。
「――それが俺の選んだ人生だからだ」
一拍おいて、
「己が選び、己が定め、己が進み、己が貫いた。後の悔いはない。できるわけないんだよう」
なんだよそれ。
「もっとも最期はどうなるかまだわからんけどよう。がっはっは!」
なんでそんなに自信満々な顔で、
「だから――」
笑えるんだ。この人は。
「お前ぇも自分で――めな――」
うらやましいなぁ。
男はひとしきり言いたいことを言うと自分の手の中で彼が気を失っていることにようやっと気づいた。
「――っておい、気ぃ失ってんのかよう?」
軽く揺すってみるも反応は返ってこない。
首を振ってだいぶ薄くなってきた頭をボリボリ掻き溜息を一つ落とすと、男は彼を担ぎ部屋の寝台に転がす。
そして再び持ってきた五振りの刀を拾い上げ彼の近くの壁に一振りずつ立てかけていく。
「こいつらは((餞別|せんべつ))だ。――――、オメーがどんな生き方を選ぶのか、期待してるよう」
言葉が意識の底へと落ちている彼に届くわけないとわかっていながら、なおも男はつぶやくと、彼の檻の扉を――ゆっくりと、閉める。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
かつて人類は天上へとのぼった。
しかし、愚かな人間達は争いを起こし、その結果、彼らは手に入れた力を失い元の大地へと戻ってきた。
そして、もう一つの世界と呼ぶべき異空間“重奏世界”において“神州”というとある土地を分割しそれぞれを世界各国に見立て、再び天上へとのぼるため、前の世界で天上へ至った歴史を再現することを始めた。
それから((幾星霜|いくせいそう))。
――時は、聖譜歴1648年。
百年ごとに自動更新をし、世界の指針を決定づける“聖譜”の記述は本年のヴェストファーレン会議以降更新されていない。まるで世界はここで((打ち止め|おわり))とでも言うかのように。
残された世界で人々が未来をつかみ取ることができるのか。
今はまだ、誰も知らない。
説明 | ||
時は末世。終わりを迎えるという運命を余儀なくされている世界。 人々はそんな行き詰まった未来を打破すべくそれぞれの思いと願いを胸に生き足掻いていた。 最初の舞台は、航空都市艦“武蔵”。そこで暮らす人々はかつて世界の危機を創りだした咎人たちの末裔である。 そう、これはそんな咎人たちの一人。五振りの刀を携え、明日を切り拓こうとする少年の物語。 ――この混迷の世の中ではたして覇権の行く末は誰の手に。 *この作品には独自解釈、設定などが多々見られます。どうかご容赦のほどを ――以上。 | ||
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