IS〈インフィニット・ストラトス〉 〜G-soul〜 |
「う・・・・・・・」
封鎖されたIS学園の医療室で、千冬と全く同じ顔の少女、織斑マドカは目を覚ました。
「ここ・・・どこ・・・・・?」
身体を起こし周囲を見渡すが、部屋は暗く、窓の外から月明かりが差しているだけで、自分はどこにいるのか見当もつかなかった。
窓に映った貫頭衣を着た自分を見た。
「・・・・・・・・・あ・・・」
そしてマドカは気づく。分からなかったのだ。
「あ・・・あ・・・・・ああ・・・・・・・」
自分がどうしてここにいるのか、何があったのか、そして―――――――――
自分が、誰なのか―――――――――
思い出そうとしても、何かが邪魔をする。どうしても思い出せない。
得体のしれない恐怖にかられ、マドカは両手を自分の肩に置き、体を折って小刻みに震えた。
「わ・・・・・からない・・・・・・・、思い・・・・・・・出せない・・・・・・・・・!」
震えるマドカの頬を、涙が伝った。
「こわい・・・・・、こわいよぉ・・・・・・・・!」
マドカは声を震わせ、静かに泣き続けている。
夜。医療棟の前。
俺、一夏、箒、鈴、セシリア、シャル、ラウラはある人に呼び出されていた。
「・・・・・ねえ、瑛斗」
「ん?」
シャルが話しかけてきた。
「僕たち、どうして呼び出されたのかな? しかもこんなところに」
「・・・俺にもさっぱり分からねえ」
「あの人の呼び出しなのに、アンタたちは何も聞かされてないわけ?」
鈴が首を傾けて訝しげに聞いてきた。
「ああ。俺も一夏も何も聞かされてないんだ」
「そうですの? それにしても・・・・・」
セシリアが視線を横に向けた。
そこには、さっきから無言の一夏が立っている。
「一夏さん・・・・・どうしたんでしょう? お身体の具合でも悪いんでしょうか・・・・・・?」
「一夏・・・・・」
箒も心配そうに一夏を見る。
「・・・・・・瑛斗、アンタなんか知ってるんでしょ?」
「え?」
鈴が俺に顔を向けた。
「アイツ、アンタ達生徒会の仕事から戻って来てから元気がないみたいよね。何かあったんでしょ?」
鈴はこういう時のことは鋭い。女の勘、というやつだろうか。
「・・・・・・実は―――――――――」
「みんな、揃ってるわね?」
俺が話そうとしたとき、俺達を呼び集めた張本人の楯無さんがやってきた。
「あの・・・・・楯無さん。私たちをどうしてここに?」
「わたくしもお聞きしたいですわ。詳しいことは一切告げず、ただここに来いと言われただけですし」
箒とセシリアが楯無さんに問いかける。
「そうね、話しておきましょう」
楯無さんは一度、一夏を見てから話し始めた。
「今日・・・・・一夏くんが亡国機業に攫われたわ」
「「「「「!?」」」」」
事情を知らなかった五人が驚愕する。
「落ち着いて。幸いすぐに一夏くんは自力で脱出したわ」
その言葉を聞いて五人はホッと安堵の息を漏らした。
「・・・・・でもそれだけじゃ終わらなかったんだ」
沈黙を貫いていた一夏が口を開いた。
「俺を攫ったのは、織斑マドカ。・・・・・俺と瑛斗の誕生日パーティーの時に襲ってきて、ラウラが助けてくれたろ? アイツだ」
「・・・・・あの教官の偽物か」
ラウラが思慮深げに呟き、顎に手を添えた。
「アイツは千冬姉を誘い出すために俺を攫ったんだ。千冬姉は新しい専用ISでアイツの・・・サイレント・ゼフィルスと戦った」
「新しい専用機? 千冬さんの?」
「サイレント・ゼフィルス・・・・・・・」
鈴が眉をひそめ、セシリアは複雑そうな顔をした。
「それで、どうなったの?」
「結果だけ言うと、千冬姉の圧勝。だけど、その千冬姉のISは、どっかに行っちまった」
一夏の説明がいまいち容量を得ないので、代わりに俺が説明した。
「詳しく言うと、そのISは、篠ノ之博士の作ったもので、俺の予想だとデータ収集の一環で、博士が織斑先生に使わせたんだと思う」
「姉さんまで絡んでいたのか・・・・・・・」
「いや、厳密に言えば博士は今回の一件には関係ないな。問題はその戦闘の後だったんだ」
俺の言葉を一夏が繋いだ。
「千冬姉とマドカの戦いの後、『スコール』っていうマドカの上司にあたるヤツが現れて、マドカの記憶を消したんだ」
「記憶を・・・消した?」
全員がきょとんとする中、ラウラだけが冷静だった。
「記憶の消去・・・・・ナノマシンが体内にあったのか」
「そうだ。口封じなのか、別の目的があるのかどうかも分からないけどな・・・・・・・」
「で、マドカを織斑先生と楯無さんが連れて行って・・・・・、そうだ、楯無さん。結局あの後はどうなったんですか?」
俺は楯無さんに顔を向けた。
「ええ。私の権限を使って、この学園の医療棟で検査をしたわ。やっぱり記憶は完全に消されてて、今は封鎖してある医療室にいるはずよ」
「ここにアイツが・・・・・・・」
一夏は医療棟に目を向けた。
「・・・・・では、更識先輩。我々がここに招集された理由は?」
ラウラが一歩前に出て楯無さんに問いかけた。
「私も、織斑先生に頼まれてあなたたちを連れてくるように言われただけよ。さ、その部屋に行きましょうか」
楯無さんは歩き出した。
俺達は疑問が拭えないままだったが、それについて医療棟のなかへ入った。
楯無さんの後ろをついていく俺達は、部屋の前に着くまで誰一人として喋ろうとはしなかった。
「・・・・・・ここに、その子がいるわ」
「・・・・・・・・・・・」
「ラウラ?」
無言のラウラがツカツカと前に出た。
そしてそのまま扉に手をかける。
「「「「「「ス、ストーップ!」」」」」」
楯無さん以外の全員がラウラを止めた。俺はラウラをドアから引き剥がし、両手で肩を掴んだ。
「おいおいおい、どういうつもりだよおい!」
「どういうつもりと言われても・・・・・、私は軍に所属していたから尋問の心得があるからな」
「聴取しようってか? あのな、アイツ・・・・・マドカは記憶喪失なんだぞ? 多分、亡国機業のことなんて綺麗さっぱり忘れてる」
「む・・・・・、そうか・・・」
「まずは様子を伺ってみるのが一番ですわ」
「そうだな。よし、ちょっとだけ覗いてみるか・・・・・」
俺はセシリアが言った通り、ドアを少しだけ開いて部屋の中を覗いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
月明かりだけが部屋に差し込んでいて、良く見えなかったがベッドの上で膝を抱えて震えているマドカの影が見えた。
俺は静かにドアを閉めた。
「・・・・・どうだった?」
「なんか・・・、泣いてるみたいに見えた・・・・・・・」
「泣いてる・・・・・?」
一夏が心配そうに呟いた。
「無理もないさ」
「「「「「「「!」」」」」」」
後ろから声が聞こえて驚いて振り返ると、そこにはスーツを着て腕組みをした織斑先生が立っていた。
「千冬姉・・・・・」
「目を覚まして自分が誰かすらも分からないんだ。パニックになってるんだろう」
「・・・・・・・・・・・」
一夏は苦々しい表情になり、マドカがいる部屋のドアを見た。
「・・・・・お言葉ですが教官」
ラウラが織斑先生に話しかけた。
「奴が記憶喪失を装っている、ということは考えられないのですか?」
「根拠はなんだ?」
「仮にも奴は亡国機業・・・・・それに一度、一夏と瑛斗を襲っています。このまま学園に留まらせておくのは―――――――――」
そこまで聞いて、織斑先生は目を細めた。
「危険、か?」
「はい。ですから、IS委員会に身柄を引き渡した方が良いかと」
「なるほど・・・・・。ラウラ、お前の言いたいことは分かった。ではこちらからも聞かせてもらおうか。委員会にアイツを送ったとして、アイツはどうなる?」
「え・・・・・」
唐突にそんなことを聞かれ、ラウラは虚をつかれたようにたじろいだ。
「それは・・・・・」
「亡国機業のメンバーだった奴だ。向こうで拷問まがいの取調べが待ってるだろうな。それに何も聞き出せずに終わったとしても奴の身柄の安全は保障できない。・・・・・最悪、モルモットにされるかもな」
「・・・・・・・・・・・・・」
ラウラは黙り込んで俯いてしまった。
「ま、お前の言ってることも間違っていたわけじゃない。そんなに気負うな」
織斑先生はポンポンとラウラの頭を撫でた。
「じゃあ、どうするんだよ」
一夏が顔を織斑先生に向けた。
「アイツの・・・・・マドカの安全はどうやったら保証できるんだよ」
一夏の目はどこか必死だった。何かを守りたがっているという思いが、一夏の目には籠っていた。
「一夏・・・・・・、なぜそこまで固執する」
箒が一歩前に出て一夏に聞いた。
「あの部屋にいるのはお前を殺そうとした相手なのだろう? どうしてそこまで肩入れするんだ」
「わたくしもお聞きしたいですわ」
「アタシも」
セシリアと鈴も箒と同じ疑問を持っていたようだ。
「・・・・・アイツは、亡国機業に利用されていただけなんだ。家族を殺されて、ずっと・・・ずっと従わされていたんだ」
一夏は、自分がマドカ自身から聞いたマドカのことを話した。
幼少の時に亡国機業に両親を殺されたこと。
記憶を奪われたこと。
仲間だった自分と同じ境遇だった少女のこと。
聞いていうるうちに、俺は胸が痛くなった。マドカにそんな過去があったなんて・・・・・。
「そんなことが・・・・・・」
シャルがぽつりと呟いた。きっとアイツもショックを受けたんだろう。他のみんなも沈痛な面持ちだ。
「・・・・・だから、俺はこれ以上アイツに辛い目にあって欲しくないんだ。千冬姉―――――――」
「わかっている。私もそのための考えがある。一夏、来い」
「え? わっ」
ぐい、と織斑先生は一夏の首根っこを掴んで歩き出した。
そして、そのままマドカのいる部屋のドアを開けて部屋の明かりをつけた。
「ひっ・・・・・!」
マドカがビクッと顔を上げ、一夏と織斑先生を見た。
咄嗟のことだったので、俺達もドアの縁に身体を隠し、顔だけを覗かせて様子を伺うことにした。
「教官・・・、何をなさるおつもりなんだ・・・・・」
ラウラが小さな声でつぶやいた。その言葉は俺達全員の気持ちを代弁していた。
「あ、あ・・・・・」
マドカは怯えたように声を震わせている。
「い・・・いや・・・・・こわい・・・・・・・怖い・・・・・・・・!」
「ま―――――――――」
一夏がなにかを言おうとしたが、織斑先生がそれを手で止めた。
「わからない・・・・・、私が、だれ・・・・・・なのか、何も分からない・・・・・・・分からないよ・・・・・・・!」
震えながら、怯えた声で言うマドカのベッドの隣にあった椅子に、織斑先生が腰を下ろした。
「・・・・・・・・・」
そして、泣いているマドカを抱き寄せ、顔を胸にうずませた。
「大丈夫だ。何も心配いらない」
「え・・・・・・?」
マドカは織斑先生の言葉を聞いて少し落ち着きを取り戻した。
「お前は・・・・・・・・・」
「・・・・・私の妹だ」
俺達は目を見開いて、耳を疑った。
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