魔法少女リリカルなのは〜過去に縛られし少女〜 第十四話 |
「また、ここに来て。約束だよ?」
「わかってるよ。じゃあね、リリス」
用事があるからという理由から、((アリエス|お姉ちゃん))は私に一言を告げて戻って行った。
先程まであった賑やかさは今の私の部屋にはなく、ただ静けさのみがあった。
だがそんなものは、とあるたった一言により消え去り、代わりに別の空気がまとうことになった。
『マスター……お話があります』
……何を話したいのかなんてわかってるけど、私はあえて何も言わなかった。
『先程のあれは、何ですか?』
「……あれって、何?」
『……質問を変えます。何故あのような関係を望んだのですか?』
いたって冷静に聞こえるが、長年使ってきた愛機だからこそわかる。
この子は怒っている。
それがわかったところで、私にはただ正直に伝えるしかなかった。
「お姉ちゃんに似ていたから、それが一番の理由かな」
『っ! ふざけないでください!!』
エターナルパルスの怒鳴り声。
長年一緒にいて、聞いたのは初めてだった。
つまりこの子はそれほど怒りを感じており、それだけの怒りを感じさせるほどのことを私はやってしまったということなのだろう。
『マスターの過去は辛いものだったのかもしれません。ですが、こんなことをしていい理由にはなりません!』
「……うん。そうだろうね」
「わかっているのなら、何故なのですか!?」
「……だって、大好きだったの。お姉ちゃんは大切な人だった。そのお姉ちゃんと同じとも言えるぐらい瓜二つの人と出会えた。だからこの関係を臨んだ」
『その結果、アリエス・エスベラントという人の存在を消してしまうことになるかもしれないのですよ?それが正しいと、思っているの、ですか?』
胸が苦しい。
とても苦しい。
それは何故か?
答えなんて簡単だ。
私は罪悪感を感じているから。
けれど――
「……どうして?」
間違いであろうが、身勝手だろうが、一度でも芽生えた思いが簡単に消せるはずなんかない。
「どうして、駄目なの……?」
『マスター?』
「どうして、望んじゃいけないの? 理不尽に死んでしまったお姉ちゃんの代わりを、どうしてあの人に望んじゃいけないの!?」
『彼女の存在を、否定してしまうことだからです。それが正しいなど――』
「だからあの人に、まだ孤独を味わって生きろと言うの!?」
『そ、それは……』
「やっぱり、何もわかってない! 貴女に私たちのことなんか、わかるはずがない!! 機械である貴女に!」
『ッ!……』
……口走ってから気付いた。
自分の言葉の意味に。
……沈黙されたから気付いた。
この子がどれだけが傷ついたのか。
……そして最後に気付いた。
自分はどうしようもなく愚かだということに。
「あっ……ご、ごめん、なさい。こんなこと……言う、つもりじゃ」
『……マスター。あの――』
この子は何か言おうとしていたが、私は部屋から逃げ出した。
行くあてなんてない。
とにかく走った。
そしてたどり着いたのが、近くにある公園だった。
ただでさえ小さくて人気もなく、さらに夕方であるからか辺りには人がいない。
一人になりたかったから、丁度良かった。
(……私、最低だ)
ベンチに座り、最初に自己嫌悪をした。
自分の勝手な思いを叶えるために、本気で私のことを心配してくれた人を利用した。
それを間違っていると言ってくれた子を、自分の容赦のない言葉で傷つけた。
これらに対し私は、どうしようもなく自分自身に嫌悪感を抱いた。
そして何よりこんなことになってしまった、自分の心の弱さが嫌だった……
「ここで何してるの?」
横から声が聞こえ振り向いてみると、そこには良く知ってる人がいた。
「フェイト……」
彼女は心配するような感じで私のことを見ていた。
そんな表情で見るということは、今の私は一目でわかるぐらい元気がないように見えるのかもしれない。
「何か、あったの?」
「なんでもないから、気にしないで」
咄嗟に私はそう返していた。
「……何かあったんだね?」
訪ねてはいるが、その言葉には確信を持っているような感じがした。
「本当に、なんでもない」
「……本当になんでもなかったら、泣いたりはしないと思うよ」
――私が、泣いてる?
――そんなことない。
――私は泣いてなんか……
その時、頬に何かが流れてることに気付いた。
手で触ってみると、それは液体だった。
不思議なことに、その液体は私の眼から流れていた。
「どう、して……泣いてるん、だろう?」
その現実を認めた時、とても悲しかった。
何に対してなのかはわからない。
でも悲しくて、涙も止まらなかった。
「……話したくないなら聞かない。でも泣いてる友達を放ってはおけないから、これぐらいならいいよね?」
そう言うとフェイトは、慰めるかのように私を抱きしめた。
私は我慢が出来ず、フェイトの胸の中で思いっきり泣いた。
こんなに泣き虫だったのかって自分でも驚くぐらい泣いた。
泣いた分だけ少しずつ心が晴れていくような感じがした。
そして結構な時間がたち、私はようやく泣きやんだ。
多分、今の私は眼が赤く、泣いたあともあって酷い顔をしていると思う。
でも少なくともこの公園に来た時よりは、気分は晴れた。
「ありがとう、フェイト」
「私は何もしてないよ。ただ抱きしめてあげただけ」
「それでも、ありがとう」
「もしまた何かあって、悩んでいたら私のとこに来て。相談にはのってあげるよ」
「……本当に、ありがとう」
三度のお礼を伝えたあと、私はフェイトの別れを告げ自分の部屋に戻ることにした。
傷つけたら謝る。
そんな当然のことを私は出来ず、逃げ出してしまった。
そのことも含めあの子に謝らないといけない。
その後は何を話せばいいのかは考えていない。
そもそも許してももらえないかもしれない。
だからと言って逃げていたって何かが変わるわけじゃない。
だったら逃げないで進まないと……
私は心にそう誓い、少し急ぎ足で部屋へと向かった。
そして部屋に着いた私は覚悟を決めドアを開けた。
入ってすぐに私はまた何かを言われると思っていた。
また自分がしたことは間違っていると言われると思っていた。
だからこそ……
『お帰りなさい。マスター』
いつも通りの優しさを感じる声に、つい茫然としてしまった。
『どうかしましたか?』
「えっと……その……」
いつもと全く変わらないその態度に、私は動揺してしまった。
どうして何もさっきのことを言わないのかがわからなかった。
そんな私の迷いに気付いたのか、エターナルパルスから話し始めた。
『……まず最初に私から言わせてください』
「……なに?」
「すみませんでした。マスターの気持ちを理解しようともせず、あのようなことを言ってしまって……」
全くもって予想外の言葉だった。
てっきりまた、『マスターは間違っています』とでも言われるのかと思った。
それにしても何故この子が謝っているのだろう?
むしろ私は非難されてもおかしくないはずなのに。
『やはり、許しては頂けませんか?』
私が黙っていたことを怒っているからとでも思ったのか、そんなことを言い始めたがそれは誤解だ。
「許すも何も、怒ってなんかいない。むしろ私が酷いことを言ったのだから謝るのは私の方。貴女が謝る必要なんてない」
『それは違います。どのような理由であれ、マスターである貴女の心を理解をしようとしなかった。それは許されることではありません。何を言われても、仕方のないことです』
「それこそ間違ってる。どんな理由があっても、酷いことを言っていいはずがない。だから私が貴女に謝るのは当然のこと」
『それを言うならば、最初の私の言葉がマスターを傷つけ追い詰めてしまった。原因は私にあります。マスターが謝る必要などありません』
「でも、貴女の言葉を私のことを思って言ってくれたこと。それぐらいは、わかってる。なのにそれを認めてあげることができなかった私は、謝ってもらう資格なんかない……」
『……そのような資格を、誰が必要だと言ったのですか?』
その口調はさっき私が説教された時の最初のものと似ていた。
ただ、そこから感じられるものは怒りとは違った。
『資格なんて、必要ない。私はマスターに、“謝りたい”という思いを抱いているだけです。なのに何故その思いをうけっとくれないんですか?』
「……だって私は、酷いことを……」
『それは、お互い様です。私もマスターを追い詰めてしまうようなことを、言ってしまったのですから……』
「だから、その原因は私にあるの。なのに貴女が謝る必要なんて……」
互いにどちらも譲らず、同じやりとりを私たちは繰り返していた。
『……強情です。マスターは』
「今の貴女に言われたくない……」
それが何度か続いた後、こんな一言を言いあったのをきっかけに私たちは急に笑い出してしまった。
「あはは! 急に笑ったりしてどうしたの?」
『ふふ。その台詞はマスターにお返しします』
「なんだか何度も同じことを言い会ってたら、急に可笑しくなって」
『私も、同じです』
「似た者同士だね。私たち」
『そうですね。先程はあんなにも険悪な空気でしたのに』
「あっ! もしかしてそれがいつのまにか、ただの意地の張り合いみたいになったから、可笑しくなったかな?」
『そうかも、しれませんね』
気付けば私たちは、いつもと何一つ変わらない様子で会話していた。
それにしても、こんなにも簡単にいつもに戻れるなら、さっき私があれだけ悩んでいたのは何だったのだろう?
……悩んでいた自分が、ちょっと馬鹿らしく思えてしまった。
まあでも、いつもと同じ感じに戻れたのだから、とりあえず良かったと思うことにする。
さて、これで全部解決した。そうであれば良かったのだが、そういうわけではない。
むしろ一番の問題は何も解決はしてはいない。
そのことについて話さなければならなかった。
「ねぇ、エターナルパルス?」
『何でしょうか?』
「まず最初に、私たちはお互いに相手を傷つけてしまったと思ってる。だからまず、私は謝るね。ごめん……」
『いえ、大丈夫です。私の方こそ、すみませんでした……』
「私も、大丈夫だから。それで次に、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
『はい、何でしょうか?』
「貴女はどう思ってる? 私と、あの人の関係を……」
『…………認めては、いません』
やや長い沈黙のあと、はっきりとそう告げていた。
「……ごめん」
『何故、マスターが謝っているのですか?』
「認められなくても、私は今の関係をやめるつもりはない。だから、謝った」
『……理由をお聞きしても、よろしいですか?』
少しだけ躊躇った。
理由を言いたくなかったからではない。
話したあと、どんな反応をするかを考えてしまったら、すぐに言葉が出てこなかったのだ。
でも、このまま黙っているわけにもいかなかった。
私は少し覚悟を決め話し始めた。
「……あの人が、アリエスさんが、お姉ちゃんに似てたから。それが理由。これはもう話したかもしれないけど」
『それだけ、ですか?』
「それが一番大事なの。他の誰よりもお姉ちゃんに似ている。まるで本人であるかのように。そんな事実が……」
『それは、何故ですか?』
「作ることが出来なかった思い出を、作ることが出来るかもしれないから。それが答え」
『……例えどんなに似ているとしても、彼女はマスターの姉ではありません。ですから、マスターの考えている、姉との思い出も作ることは出来ません』
「……わかってる。そんなこと」
当たり前だ。
どんなに似ているとしても、人は他人と同じにはなれない。
だからアリエスさんにお姉ちゃんとの思い出を作ることを望んでも、出来あがるのはお姉ちゃんの真似をしているアリエスさんとの思い出だ。
似ているものが出来たとしても、決して本当のお姉ちゃんとの思い出なんか出来るはずがない。
でも私は――
「それでも、いいの。家族との思い出ってこんな感じなのかなって、曖昧なものでもわかればそれだけで充分」
こんな思いを持っている。
だから望むのだ。
『……それが、マスターが関係を望む理由なのですね?』
「うん。でも、勘違いしないで。私は自分を正当化するつもりはない。どんな理由が、思いが、あったとしても間違っていることをしていることは事実だから」
『間違いだと理解しているのにも関わらず、やめるつもりはないのですね?』
「……ないよ」
『……マスターの言い分は理解しました。ですが私は、やはり認めることは出来ません』
「当然、認めちゃダメ。だって、間違っているんだから。むしろやめさせるぐらいの気持ちでいないと」
『……私は、やめさせるつもりはありません」
予想外だった。
そんなことを言われるとは。
「……どう、して?」
『マスターお話を聞いて思ったからです。本物ではなくても、家族との思い出を作りたいという思いを、完全に否定してしまうことは正しいのかと』
「……それで?」
『ですから信じてみることにしました。マスターは時が来れば自分から辞めてもらえると……』
「裏切るかも、しれない」
『その時は私も、手段は選ばないつもりです。それまでは、信じます』
……本当にこの子は優しい。
こんな自分勝手な私に、時間をくれると言ったのだ。
もちろん多少のの否定は覚悟するべきだろう。
だとしてもあれだけ認めないと言ってたのに、私を信じて時間をくれると言った。
感謝の念より、この子の優しさに申し訳ないという思いでいっぱいだった。
なのに私は――
「……ありがとう」
お礼を言ってしまった。
つまりこの子がくれたの有限の時間を、もらうことに決めてしまった。
この子に申し訳ないと言う気持ちがあるのなら、受け取るべきじゃなかった。
むしろこんなことを伝えるべきだった。
――ごめん。そこまで私のことを思ってくれてるなら、その時間は受け取れないよ――
……にもかかわらず私は、欲望に勝てず、優しさに甘えてしまった。
(本当に私って、自分勝手……)
アリエスさんのことを“お姉ちゃん”として見れることに嬉しさはある。
(でも、本当にいいのだろうか?)
そんな思いもある。
……今更になってこんな疑問を抱くなんて、私は何をしているのだろう。
『マスター。どうかしましたか?』
急に黙ったことが不思議だったのか、問いかけをされた。
「なんでもない。気にしないで」
それに対し私は平静を保ちつつ、答えを返した。
『そうですか。どうやら、気のせいのようですね』
何が気のせいなのか?
なんとなく聞くのを私は躊躇った。
それから私たちはいつものような話をし始めた。
真面目な話はもう終わったとばかりに、どうでもいいような雑談ばかりをしていた。
その最中に、私は何故か少し胸が痛んだ。
それはすぐに治まったが、今度はこの子と話すことに少しだけ変な感じがした。
話すのが嫌だってわけではないのだが、何故か躊躇ってしまった。
結局、それからそこそこの時間をはなしていたが、この妙な感じはなくならなかった。
そしてこの日は境に私は理由はわからないが、自分のことがだんだんと好きになれなくなっていった……
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