魔法少女リリカルなのは〜過去に縛られし少女〜  第十五話
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「……疲れた」

この一言だけではどれだけ疲れているかわからないだろう。

だから簡単に説明するならば、歩くだけでも辛いぐらいだ。

どうしてそんなことになっているか、その理由は寝不足が原因としか言えない。

なさけないと自分でも思うが、事実なのだから仕方がない。

どうしてこうなってしまったのかはわからないが、いつからこうなってしまったのかという問いには答えることが出来る。

それは二週間前……自分を好きになれないなんて感じてしまったあの日から始まった。

前触れもなく、急に寝つきが酷く悪くなる時がある。

具体的な原因なんて知らない。ただ寝つけないという事実だけが、私を襲い始めた。

訓練などが厳しかった日なんか、疲れが抜けないのだからたまったもんじゃない。

それでも毎日がそうだというわけではないのは救いなのかもしれないが、そんなのが三週間も続いていれば、限界が来るのも当然のことだった。

『マスター、大丈夫でしょうか?』

「だいじょうぶ、じゃないと思う……今日、ちゃんと休めないと、本当にまずそう……」

私が言ってることは大袈裟ではなかった。

昨日まではなんとかもってはきたが、流石に今日は本当に調子が悪い。

ただでさえ新部隊の訓練は易しくはない。

さらには私の副隊長という立場上、自分の訓練もしながらも部隊の人達に出来る限りの指導もいてあげなければならない。

こんなことを無理して続けていれば、下手をすれば次の訓練の時にでも倒れかねない。

「なにか、いい方法ない?」

とにかくこの悩みを解決できるきっかだけでも欲しかった。

『一つだけ、考えはありますが……』

この子にしてはめずらしく歯切れが悪い。

なんとなく言わんとしてることがわかってしまった。

「誰かに……シャマルさんあたりに相談するってとこ?」

『……その通りです』

まぁ、予想できたことだった。

体調に関する悩みを、医療の心得があるものに話してみるのは当然のことだ。

ならば何故今までしなかったのか? その理由は、二つある。

一つ目の理由が、心配をかけるのが嫌だったから……

少なくともこの三週間、辛かったけど全力で頑張ってきた。

その結果、私を目指して頑張ると言ってくれた人もいる。

そんな人たちに自分は本当は体調が悪いなんて気付かれたくない。心配をかけたくない。

もちろん誰かに相談したからと言って、大勢の人に知られるわけではないだろうが、偶然なんて良くあること。

何かがきっかけで、もしかしたらということもある。

だから今まで黙っていた。

……考え過ぎ、と言われるかもしれない。

でもそこまで考えるのには理由がある。

それこそが二つ目の理由。

自分でも身勝手で酷いと思うけど、私は怖かった。

エターナルパルスにあれだけ自分の思いをぶつけておきながら、いざ他の人に知られるかもと思うと、怖いと思ってしまう。

もし無理やりにでもやめさせられたら……そんなことを想像すると怖いと思ってしまうのだった。

だからってこのまま何もしなかったら、早ければ明日にでも私は限界をむかえる。

その時になって何もしなかったことを後悔したって手遅れだ。

動くなら今こそが最後の機会だろう。

わかってるはずなのに、私はまだ動けないでいた。

『マスター。お気持ちは察しますが、これ以上は……』

「わかってる」

 

――嘘だ。本当にわかってるなら迷う必要はない――

 

『でしたらすぐにでも……』

「……考えがあるの。だからまだ少し待って」

 

――嘘だ。そんなものがあるなら、今こんな状態なはずがない――

 

『本当ですか……?』

「信じて。大丈夫だから」

 

――嘘だ。うそだ。ウソダ――

 

――本当はただ逃げているだけ――

 

――ありえるかもしれない現実から――

 

――子供みたいに怖がって逃げているだけ――

 

――自分のことを誰よりも気にかけてくれている自分の愛機《パートナー》にまで嘘をついて、どこまでも身勝手に逃げているだけ――

 

――本当に最低――

 

何処からか私を責めるそんな声が聞こえた気がした。

……いや、もしかしたら私の中にもう一人いてその人が言った言葉なのかもしれない。

(はぁ……なに、考えてるんだろう)

私は自分のあまりに馬鹿らしい考えを後悔した。

そんなことを考えるぐらいなら、少しでも解決策を――

「……あっ」

あった。

『どうかしましたか、マスター?』

「……何でもない」

この子には言えないけど、方法があった。

確実とは言えないけど、可能性はあるはず。

どうせ今の私では、いくら時間が経たとうが悩んで終わってしまいそう。

だったらこれに賭けてみるのもいいかもしれない。

『では、マスター。大丈夫だと、信じてと言うのでしたら私は何もしません。貴女を信じます。ですが――』

「わかってる。これでも無理だったら、その時は――」

私の気持ちなんて関係ない。この子は手段を選ばないだろう。

『そうですか。理解しておられるなら結構です』

「……ありがとう」

具体的に私はどうするのか話してすらいないのに、この子は何も知ろうとはしなかった。

ただ信じてくれた。

そのことに対し私をお礼を言った。

『どういたしまして』

(……どういたしまして、か。ここまで信じられているなら、裏切るような真似はしちゃいけないな)

心の中でそう思った。

ふと時間を見ると、まだ6時前だった。

そして今の私には色々な意味で好都合なことに、めずらしく眠気が襲ってきてすぐにでも寝れそうだった。

『めずらしいですね。今でしたらお休みになれるのでは?』

欠伸をしたとこを見たからかこの子もこんなことを言ってきた。

「うん。ちょっと横になる」

『わかりました。適当な時間になったら起こします』

「お願いするよ」

そう言って私はすぐさま寝床について瞼を閉じた。

とりあえずここで上手くいかなければ意味がない。

なんたって私の解決策とは、“眠って夢を見る。”

そんな方法なのだから。

(心配はしなくても、大丈夫だったみたい)

少しずつ意識が落ちていく中、心の中でそう呟いた……

 

 

 

瞼を開くと見覚えのある場所に私はいた。

白い世界。

何もない孤独を感じさせる世界。

ここに来るのは二回目だ。

なんとか無事ここに来ることが出来て私は少し安心していた。

間もなくしてまた見覚えのあるものが見えた。

そう、以前もここで出会ったあの人だ。

ただ前とは違って今度は最初から彼女の姿ははっきりと見えていた。

「お久しぶりね」

「……久しぶり」

「あら? やっぱり違和感を感じているみたいね?」

……それは当然だと思う。

自分と同じ顔……自分と同じ姿の人が目の前にいれば、変な感じがしたりするものだと思う。

「まあ、少しずつ慣れてくれれば嬉しいわ」

「……努力はする」

「ええ、お願いね。さて、貴女の知りたいこと、そろそろ教えた方がいいかしら?」

……全くと言えば嘘だが、特別驚くことはなかった。

確信はないけどこの人は私のことなら全て知っているような気がしていた。

そう思うのもこの人に会ってから言葉では上手く言えないが、私とこの人は繋がっているような感じがずっとしていたからだ。

気のせいだろうとは思っていたけど、どうやらあながち間違ってもいなかったようだ。

「どうしてわかってるの?」

だからこの質問は疑問の為ではなく確認の為のものだ。

私の考えは本当にあっているかを確かめるための。

「貴女もうすうす感じているはずよ。私との繋がりをね」

……当たっていたことが証明された瞬間だった。

「やっぱりこの感じは、貴女と繋がっているからなの?」

「そういうことよ」

「……でもどうして、貴女に私のことが伝わるの? 私に貴女のことは何も伝わってこないのに」

「貴女はこの繋がりをなんとなく程度にしか感じ取れていないからよ。もっと具体的に繋がりをイメージしないといけないわ」

(そう言われても具体的なイメージなんてよく、わからない。どうすればいいのだろう?)

「そうね……簡単な方法としては相手と気持ちを共有したいと望むことかしら?」

「えっ? 声、出てた?」

突然の返答に少し戸惑った。

「いえ、出ていなかったわ。私は心の中の声に答えただけよ」

「……それも繋がっているから出来ること?」

「そうよ」

便利なものだと思う、けど自分の思うことが伝わっていると思うと少し……いや、かなり恥ずかしい。

自分の心を見られているようなものなのだから。

(それはそうとして、気持ちを共有するってどういうこと?)

「難しく考える必要はないわ。楽しい時は一緒に楽しみ、悲しい時には一緒に悲しむ。そんな簡単なことでいいのよ」

……お願いだから、心の中で呟いてることに返答しないでほしい。

……まあ、気にしないようにしよう。

それより確かに簡単ではある。

「でも、それは……」

「貴女の思うことはわかるわ。方法は簡単でも、こんな得体のしれない私にそこまで心を許すことに抵抗を感じているのよね?」

「……ごめんなさい」

「謝る必要はないわ。貴女は間違っていないもの。だから貴女が嫌だと思うなら、この繋がりを切ってもいいわ」

そう話している時にこの人の表情が少し寂しそうに見えたのは気のせいではないと思う。

だから、私は――

「そこまでしなくてもいい。別に嫌じゃないから」

嘘ではない。本当に嫌ではないのだ。

「いいのかしら? 気付かぬうちに貴女の心の中を覗かれるかもしれないのよ?」

「本当にそんなことをするつもりなら、わざわざ話したりはしない」

「油断させる為、かもしれないわ」

「貴女はそんなことしない。だって、貴女は優しいから」

特別そう思えるようなことをされた覚えはないけれど、それでもなんとなくわかる。

この人は優しい女性《ヒト》だと。

これは繋がってるからわかるのかもしれない。

「……そう。ありがとうと言っておくわ」

「どういたしまして」

その時、空間が少し歪んだ。

どうやら時間はあまりないようだ。

「終わりが近づいてるようね」

「そう、みたい」

「なら手っ取り早く話すわね」

「お願い」

ここまで来て本題に入れず終わったなんて洒落にならない。

「貴女の不眠症の原因は、自分を追い詰めてしまっているからよ。知らないうちに自分自身に無理をさせたりしていないかしら?」

……心当たりは、ある。

自分に好きになれないなんて思ったあの時からだろう。

自分では気付いていなかったけど、追い詰めていたのかもしれない。

「なるほど、そんなことを思っていたのね。……全く馬鹿なんだから」

どうやらまた心の中を知られたようだ。

でもそれより聞き捨てならないことがあった。

「ひ、酷い! どうして私が馬鹿なの?」

「まだ気付かないの? 貴女は自分が好きになれないと感じた原因はどうして?」

「それは……自分勝手なことばっかしてる酷い女だから」

「それって間違っていることかしら?」

一瞬なにを言われているのかわからなかった。

「……どういうこと?」

「人は誰でも個人差はあれど自分勝手なものよ。他人に何を言われようと、自分はこれをしたいからする。そんな考えを持つことは間違っていないわ。貴女のした選択もそれと同じ」

「で、でも!」

「それに貴女がした選択は自分の為だけのものじゃないでしょ。ある人を思っての思いやりを持ったものでもあったはずよ」

そんな風に考えたことなんてなかった。

心が弱いからあの人を利用してしまった。

心が弱いから((愛機|パートナー))に甘えてしまった。

だから自分は最低なんだと思ってしまった。

でもこの人は、そんな私を肯定してくれた。

間違っていないと言ってくれた。

それが嬉しかった。

「これが最後になるけれど、貴女は私に優しいと言ってくれた。自分を本当に好きではない人は、他人をを思いやることなんか出来ないわ」

そんな風に考えたこともなかった。故に私は――

「……ありがとう」

ただ一言、そう言った。

「どういたしまして」

微笑みながら彼女は、そう答えた。

そしてどうやら終わりの時が来たようだ。

少しずつ体が消え始め動かすことはおろか、声ですら出すことは不可能だった。

そして意識が完全に落ちる最後の瞬間、優しげな声が聞こえた。

「……また、あいましょう……」

 

 

 

眼をさますといつもと同じ天井が見えた。

『お目覚めになられたようですね、マスター』

「うん。よく寝れた」

時間を見てみると8時前だった。

思っていたより眠っていたようだ。

『お体の方は、どうでしょうか?』

「うん、大丈夫。それにちょっといい夢も見れて、気分もいい。さっきまでとは全然違う感じみたい」

『そうですか。不眠症の方も大丈夫なのでしょうか?』

「わからないけど、不思議と今までみたいに怖くはないかな?」

『治っているといいですね』

「そう、だね」

夢であの人に会えて良かった。

色々と心に引っ掛かっていたもの、悩んでいたものも全部ではないが晴らすことができた。

自分に好きになれないなんてことを、少なからず思わなくはなった。

今度会う時があったら、改めてお礼を言うとしよう。

『マスター。時間は少し遅いですが、夕飯にしてはどうでしょう? 空腹ではないですか?』

「うん、何か食べにいこう」

『はい』

そうしてかなり遅めの夕飯を私たちは食べに行くため、部屋を出たのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???side

……あの子が消えた。

正確には夢から覚めた。

何度もこんなとこをこれから先も見ることになるだろう。

考えると心が重くなる。

「それにしても、優しいなんて言われるとはね。……私はそんな言葉を向けてもらえる資格なんてないのに」

彼女は嘘を言ってはいなかった。

眼を見ればそれぐらいのことはわかる。

確信なんかないはずなのによくもそこまで……

「ねぇ、リリス。私は優しくなんかないのよ」

本人の前では、そう言えなかった。

嬉しかったから。

誰でもない、あの子に優しいと言われたのが嬉しかったから。

自分であの子の言葉を否定するのが嫌だったから。

「はぁ……私も、弱いわね。でも、しょうがないわ」

あの子は私にとっての全てなのだから。

だから――

「リリス。今度こそ、貴女を守って見せるわ。絶対に」

この場にいないあの子に向けて、そう誓うのだった……

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