BIOHAZARDirregular PURSUIT OF DEATH第五章
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第五章 『反撃!アンブレラ秘密研究所急襲捜査!』

 

 

「どうかしましたか?」

「あ、いや………」

 

 移動のヘリの中で、同乗している者達を不信の目で見ていたパリ市警のフィリップ警部は、通訳をしている金髪の少女に話し掛けられて口篭もった。

 

(本当にこいつらは警官なのか?)

 

 口に出さず何度も思った事を警部は再度自問する。

 アメリカから製薬会社アンブレラの違法実験の調査に来たというSTARSという特殊部隊だと言っていたが、それにしては彼らの装備は余りにも重装過ぎる。

 ショットガンやサブマシンガン位ならば警察のSWATならば使っている装備だと納得出来る。

 だが、今目の前にいる彼らはそれだけでなくアサルトライフルやグレネードランチャー、果てはロケットランチャーやアンチマテリアルライフルといった戦争用としか思えない物まで持っている者までいた。

 

「本当に武装許可を得ているのかね?」

「何度もFBIに確認してもらっているはずですが?」

 

 通訳をしているこの少女にしても、手足に異常にごついプロテクターを装着している。

 しかも彼女はどう見ても警官というには若過ぎる気がしてならなかった。

 

(オマケに……………)

 

 警部はこの機内で一番違和感の有る人物に目を向けた。

 一番端に座っているその人物は黒いキモノを着込み、腰に刀を差して、目を閉じてピクリとも動こうとしない。

 耳に付けている通信用のインカムや腰のガンベルトに吊るされた無数のマガジン、そして履いているコンバットブーツを除けばそれは警部が昔見たニホンの有名な映画監督の作品に出てくるサムライその物だった。

 

「…………妙だな…………」

 

 微かに目を開け、見えてきた海上の建物に向けた彼の日本語の呟きが理解出来たのは極僅かだった。

 

 

五日前、イギリスSTARS本拠地

 

「フランス?」

「そうだ」

 

 昨日帰ってきたばかりのバリーの言葉に、愛銃を整備していたスミスの手が止まった。

 

「この間の連中がそこから来たってのか?」

 

 ここ数日でスミスとすっかり意気投合したカルロスが問い返す。

 

「間違いない。フランスのビスケー湾沖にアンブレラの研究所が有る。表向きは海洋生命体の研究所になってるが、明らかにそれだけでは必要無い程大量の研究資材が搬送されている。間違いなくここはBOWの生産工場だ」

「じゃあそこを調査すれば…………」

「ああ、アンブレラの違法実験の一部が解明される。すでにフランス警視庁には話を付けている最中だ」

「早くしないと証拠を消される可能性が在るな………」

 

 レオンが苦い表情で呟いた。

 一週間前のハンター達の奇襲により、STARSは死者3名、重傷者5名を出し、大幅に戦力はダウンしていた。

 

「特にクリスが入院したのが痛いな」

「全身打撲だけだから半月もすれば退院出来るらしいが、どっちにしろ戦力不足は否めないな…………」

 

 その場にいる者達に重い沈黙が降りる。

 

「そういえば、新入りは四人だと聞いたが、あとの二人は?」

「レンとシェリーだったら裏で特訓中だぞ」

「特訓?」

 

「はあっ!」

 

 シェリーの放ったハイキックが、レンの手にした鉄パイプにあっさりと受け止められた。

 諦めずシェリーはコンビネーションパンチのラッシュを放つが、その全てが鉄パイプに虚しく弾かれ、最後の一発で腕を絡め取られて大きく体勢を崩す。

 がら空きになった背中に、柄当ての要領でレンが鉄パイプの根元を叩き込み、シェリーは地面へと倒れ込んだ。

 

「手数に頼るな、実戦でポイントを取ってくれる審判はいない。コンビネーションはあくまで有効打に繋ぐ為の物だ」

「はい!」

「これで30戦30敗目………」

 

 クレアのカウントにもめげず、息を切らせながらシェリーは大きな声で返答しながら立ち上がる。

 

「もう一度御願いします!」

「いいだろう」

 

 息が切れる所か、汗一滴かいていないレンが正眼に鉄パイプを構え、シェリーも両手を高く上げるマーシャルアーツ独自の構えを取った。

 レンの斬撃を用心してやや背を低めに構えたシェリーに向けて、レンは突然鉄パイプを投げつける。

 

「えっ!?」

 

 慌ててその鉄パイプをシェリーが叩き落した時には、間合いを詰めたレンがシェリーの片腕を掴んでいた。

 

「甘い」

 

 次の瞬間にはシェリーの視界が反転し、背中からしたたかに地面に叩き付けられた。

 

「見た目だけで相手の攻撃方法を判断するな。意外な攻撃をしてくる事もある」

「はい…………」

 

 レンに投げられた上に首筋に手刀を突き付けられているシェリーが唖然としながら返答するが、即座に起き上がって再び構えた。

 

「31戦31敗…………」

「もう一度!」

「来い」

 

 レンも鉄パイプを拾って今度は切っ先を下に向ける八双の型に構える。

 

「やってるな」

「実力差があり過ぎるけど…………」

 

 倉庫の裏手に回ってきたバリーに、側で特訓の様子を見ていたクレアが呆れた様に言った。

 シェリーの攻撃はバリーの目から見ても中々の物だったが、レンは何とその場から一歩も動かずにその全てを受け止め、受け流していた。

 

「彼らがこの間入った新入りか」

「格闘少女の方が前言ったシェリーで、マーシャルアーツも出来るけど、それ以上に頭の方が使えるみたい。私達が集めたBOW及びアンブレラの全データを一回通して見ただけで丸暗記したわ。サムライの方がレン。本人はオンミョウジだとか言ってるけど、この間の奇襲でハンター10匹以上を一人で倒してるの。格闘訓練でも平然と六人抜き、もう強いなんてレベルじゃないわね」

 

 クレアが説明している間にもシェリーの右ハイキックが上へと跳ね上げられ、隙のできた左の太股にレンの横薙ぎの一撃がキレイに入った。

 

「いったあぁーっい!」

 

 シェリーが悲鳴を上げながら打たれた太股を抱えて地面を転げ回る。

 

「実戦では痛みを必要以外は無視しろ、隙が出来る。あと幾らパワーが有ってもウェイトが無い限りは一撃必殺性は少ないから攻撃の確実性を重視しろ」

「はひ…………」

 

 涙目で太股に息を吹き掛けながらシェリーが答える。

 

「だがウェイトが軽くても掛け具合によってはこういう芸当が出来る」

 

 レンが倉庫裏に置いてあったドラム缶の側に近寄り、鉄パイプの先端をそれにくっ付けた。

 

「よく見ておけ」

 

 レンは息を大きく吸い込むと、気合と共に一気に鉄パイプを突き出した。

 鈍い音と同時に、鉄パイプの先端が15cm程ドラム缶に突き刺さる。

 それを見た全員が驚きの表情を浮かべた。

 

「光背一刀流《光破断》(こうはだん)。日本武術では寸打、中国拳法では発勁と呼ばれる技と同じだ。踏み込みと同時に全身の筋力を集中すればこういった芸当が可能になる。格闘技の方が威力は大きいはずだ」

「頑張ってみます………」

 

 それだけ言って絶句しているシェリーを見ながら、レンは倉庫の中へと入ろうとする。

 

「随分と厳しいな」

「彼女はこれから必要になってくる人材だ。つまらん事で死なす訳にはいかない」

 

 バリーにそう言いながら、レンは倉庫の中へと姿を消した。

 

 

 

「…………妙だな…………」

「どうかしたか?」

 

 隣に座っていたスミスが何気にレンの視線を追って見えてきた海上研究所の方を見た。

 

「瘴気が漂っている」

「ショウキ?」

 

 レンとの付き合いとレンの妹との文通で多少日本語が理解出来るスミスが聞き慣れない単語に首を傾げる。

 

「この感じ…………似ている…………五年前と」

「何!?」

「ヘリポートに誰かいるぞ!」

 

 スミスの声と操縦桿を握っていたカルロスの声が同時に機内に響く。

 

「何かあったのか?動きがおかしいぞ」

 

 何気に持参した双眼鏡を覗いた警部の顔が凍りつく。

 そこには、明らかに腐敗し崩れかかっている顔が映っていた。

 

「な、何だあれは!?」

「ゾンビがいるぞ!」

「まさかバイオハザード!?ここでも!?」

 

 人影の正体に気づいた機内が騒然となる。

 

「どうする!?着陸するか!?」

「今回の捜査はあくまでアンブレラの人体実験の証拠を掴むのが目的だ!危険だがやるしかない!」

 

 バリーの声に、英語を理解出来ないパリ市警の面々を除いた全員の表情が真剣な物に変わる。

 

「取り合えずあいつを何とかしないと………」

「オレがやる」

 

 ヘリポートにいたゾンビへと向けてデザートイーグルを構えたレオンを押し退け、レンがヘリのハッチを開けるとそこから飛び降りた。

 

「はああぁぁぁっ!」

 

 5m位の高度から一気に間合いを詰めつつ、レンは降下の勢いを乗せて抜刀、着地の瞬間と同時にゾンビは脳天から唐竹に両断されていた。

 レンが刀を納めようとした時、物陰から別のゾンビが一体、また一体と出て来た。

 

「まだいるのか!」

 

 レンが納めかけた刀を再び構える。

 ふと、こちらに向かってくるゾンビ達の姿に、小雨の降る薄暗い街並みが一瞬レンの目に重なって見えた。

 

「五年前とは違う」

 

 そう呟いてレンは表情を引き締め、駆け出した。

 一番手前にいたゾンビの首を一撃で真横に両断しながらその横を走り去る。

 斜め前方にいたゾンビへと向けて斜めに跳ぶ光背一刀流独自のフットワークで間合いを詰め、そこにいたゾンビの鼻に刃を突き刺し、そのまま真上へと斬り上げる。

 ゆっくりとゾンビが倒れていくのを見向きもせず、懐からサムライエッジを抜くと一番遠い場所にいるゾンビの額に正確にポイント、連続してトリガーを引く。

 連続して発射されたホットロード(増量炸薬薬莢)の9ミリ強化弾がゾンビの額に複数の弾痕を穿ち、後頭部から脳髄を撒き散らす。

 その時にはレンはすでに先程斬ったゾンビの影に重なって迫っていたゾンビを頭部から唐竹に斬り裂いていた。

 そして、最後の一体となったゾンビが足早にレンへと近寄るが、レンのその倍の速度で近寄ると、下段からゾンビの胴体を斜めに斬り裂き、通り過ぎ様真横からゾンビの頭部にトドメの弾丸を撃ち込んだ。

 レンが刀を鞘に納める音と、その背後で最後のゾンビが倒れる音は同時だった。

 障害の無くなったヘリポートにゆっくりと2台のヘリが着陸する。

 

「なかなか出来るじゃ…」

 

 声を掛けながらバリーが降りようとした所を、脇から警部が飛び降りてレンに近寄ると早口で何かをまくし立てる。

 

「…………何て言ってるんだ?」

「負傷者をいきなり斬り殺すなんて何を考えているんだ、だって」

 

 目的地がフランスだと分かった時点で通信講座を使って三日でフランス語をマスターしたシェリーが通訳する。

 

「あんたの目にはこれが生きている人間に見えるのか?」

 

 レンの言葉をシェリーが忠実に通訳する。

 

「じゃあ何か?これが本物のゾンビだとでも言うのか?だって」

「これがアンブレラの実験している生物兵器の影響なんです」

 

 片言だがフランス語が話せるレベッカが説明するが、警部は容易には信用しなかった。

 その時、ヘリポートの周囲を調べていたパリ市警の警官の一人が声を挙げた。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 フランス語の為理解出来た人間は少なかったが、その声を聞いたほぼ全員がそちらを向いた。

 そこには、その警官に近付こうとしている一体のゾンビの姿が在った。

 

「おい、治療の準備…」

「馬鹿!離れろ!」

 

 慌てたレンが思わず日本語で叫びながらサムライエッジを向けるが、ちょうど警官の影になって狙いを定める事が出来なかった。

 

「な!おい、なにを!」

 

 警官が肩を掴まれ、首筋に噛み付かれる瞬間、三つの銃声が轟き、同じ数の銃弾がゾンビの頭部、肩部、胸部を吹き飛ばした。

 

「これで分かっただろう」

 

 バリーが構えていたS&W M629Cマグナムを降ろす。

 

「こいつらがオレ達の敵だ」

 

 レオンがデザートイーグルをホルスターに戻す。

 

「ヘビーな事になりそうだな」

 

 スミスがゾンビバスターを手にしたまま口笛など吹いておどける。

 

「ほ、本庁に連絡!対テロ部隊を呼べ!」

「り、了解!」

 

 ようやく事態が飲み込めてきたらしいパリ市警の面々が慌てふためく。

 

「何だって?」

「対テロ部隊を呼ぶって」

「止めておいた方がいい。被害が増えるだけだ」

 

 シェリーとレベッカが持ってきたデータを見せてBOWについて説明するが、警部は応援を呼ぶの一点張りだった。

 

「一応データを渡しておけ。もっとも役に立つかどうかは分からんがな」

 

 バリーがそちらを見ながらSTARS全員を集合させる。

 

「今回の目的はアンブレラの違法実験の証拠を掴む事だ!作戦通り4チームに分かれてAからCは分散してデータの収集、Dはこの場を確保!パリ市警の方々もそうしてもらう!見ての通りバイオハザードが発生しているから十分に気を付けろ!」

『了解!!』

 

 STARS全員の復唱が重なる。

 

「最後に一つ!絶対に生還する事、以上だ。作戦開始!」

 

 三人一組となったチームがそれぞれ別々の出入り口から研究所内部へと進入していった。

 

 

『こちらAチーム、レオン。研究所内部に進入成功。作戦通り研究室を目指す』

『こちらBチーム、ジル。進入と同時にゾンビ3体と遭遇!交戦に入る!』

『こちらCチーム、レン。予定していた整備用出入り口は鍵が架かっている。鍵を破壊して内部に侵入する』

 

 交信のすぐ後に複数の銃声が響く。

 

「これでOKと」

 

 スミスが銃声の内の一つの発信源であるバーレットM82A1を背中へと背負い直す。

 軽装甲破壊用の12・7ミリ弾が分厚いドアのノブを一撃で風穴に変えていた。

 

「鍵がいらねえな、こいつは」

「場所によるぞ。下手な所じゃ出来ないからな」

 

 歓心しているカルロスを尻目に、レンは風穴から中に敵影が無い事を確認してから用心深くドアを開けた。

 

「こちらCチーム、進入に成功。敵影は無し、予定通り動力室へ向かう」

 

 先頭を村正を腰に服の下のショルダーホルスターにサムライエッジを装備しているレン、次にアタッチメントにM203グレネードランチャーを付けたM4A1アサルトライフルを持って背中にAT4ロケットランチャーを幾つか吊るし、サスペンダーに無数の手榴弾を付けているカルロス、殿(しんがり)にスライドポンプにフォアグリップの付いた独特の形状をしたマーベリックM88ブルパップショットガンを手に、腰のホルスターにゾンビバスター、背中にM82A1を背負うというまるでB級アクション映画のコマンドー並の重武装をしたスミスが着いた。

 

「にしても、何でこのチームだけ男ばっかなんだ?」

「戦力の均等分布だろ」

 

 歩きながらのカルロスのボヤキにレンが冷静に反論する。

 

「どうせなら戦意向上の為に女性を均等分布してほしいぜ。ジルとかクレアとか………」

「シェリーじゃ駄目か?」

「20歳未満はオレの守備範囲外だ」

「そうか?オレは年下の方が好みだが」

「ほほう、家の妹の16の誕生日に指輪なぞプレゼントして我が家を大混乱に陥れたのはどこのどいつだ?」

「いや、あれは別に他意は無かったんだが…………」

「オレが止めなきゃ父さんがありったけの武器持ってお前を殺しに行くとこだったぞ」

『Cチーム、私語が多いぞ』

 

 指揮を取っているバリーの通告に、カルロスが首をすくめた。

 

「はいはい、真面目にやります…………って来やがった!」

 

 ちょうど通路が分岐している地点で、複数のゾンビが立っているのが目に入った。

 

「こっちはオレがやる!そっちの方は頼む!」

「おうよ!」

「任せろ!」

 

 レンが走り出すのと同時に、カルロスとスミスが手持ちの銃のセーフティを外す。

 

「Cチーム、通路分岐点にてゾンビと遭遇!正確な個体数は不明、これより交戦する!」

 

 通信の終わりと同時に、レンの気合と二つの銃声が通路に響く。

 繰り出された刃は生ける屍を斬り裂き、吐き出された弾丸は屍を肉塊へと変えた。

 

「交戦終了、死体は服装から整備員か何かと思われる」

『IDカードか何かを持っているかもしれん。一応探して見てくれ』

「これを?」

 

 スミスが頭部が吹き飛んだゾンビの死体をさも嫌そうに指差す。

 

「仕方ねえだろ」

 

 カルロスがM4A1のバレルを使って直接触らないようにしながら死体のポケットを探る。

 

「有ったぞ、一枚」

「こっちに二枚あるが?」

「あとこっちのは弾当たって使い物にならねえ」

「スミス、お前撃ち過ぎだ」

「うるせえ」

『それが何処まで通用するか分からんが、一応持っておけ』

「了解、と」

 

 三人が胸にIDカードを付ける。

 カルロスが現在地確認の為に情報交換用に渡されたモバイルを起動させ、予め入手しておいた見取り図と照らし合わせた。

 

「ここって一本道じゃなかったか?」

「間違いねえ、こっちの通路は登録されていない」

「隠し通路か何かだったみたいだな」

 

 レンがゾンビが立っていた辺りの壁に偽装されているスロットを見つけて呟いた。

 

「こちらCチーム、隠し通路を発見。どうする?」

『探索は後回しだ。予定通り動力室に回ってくれ』

「了解、動力室に向かう」

 

 

「こちらAチーム、研究室前に到着。電子ロックを今シェリーが解除している」

「本当に出来るの?」

「任せて!」

 

 問い掛けるクレアに自身満々に答えながら、シェリーは持ってきたノートパソコンのキーボードを叩いた。

 電子ロックに無数の数字が入力され、パスワードに該当する物が次々と選別されていく。

 やがて短い電子音と共に、ロックがオープンする。

 

「ほら、ひらい…」

 

 シェリーが自動ドアをくぐろうとした時、極至近距離にいたゾンビと目が会った。

 

「き、きゃあああぁぁぁ!」

 

 シェリーが悲鳴を挙げながら強力な右フックをゾンビの顔面に叩き込む。

 拳が当たると同時に、ナックルに仕込まれた強力なスタンガンが大電圧を解放、ゾンビの頭部を青白い電流が流れる。

 

「このう!」

 

 ナックル越しに伝わってきた腐肉のひしゃげる嫌な感触に顔をしかめながら、シェリーが左のハイキックをゾンビの側頭部にめり込ませる。

 ハイキックの威力にゾンビの腐れかかった東部は耐え切れず、千切れた頭部が壁に当たって砕け散る。

 

「大丈夫シェリー!?」

「うん、なんとか………」

 

 頭部を失って倒れたゾンビの向こうに、非常灯のみの薄暗い研究室に浮かぶ無数の紅い双眸が有る事にシェリーとクレアは同時に気付いた。

 

「レオン!明り!」

「駄目だ!動力が来ていない!」

 

 クレアが持ってきたビームライトを照らしながらM79グレネードランチャーを構える。

 光の先には、10体近くのゾンビがひしめいていた。

 

「こちらAチーム!研究室内部にて10体近いゾンビと遭遇!不利の為動力回復まで撤退する!」

 

 レオンがインカムに叫びながらデザートイーグルを乱射する。

 光源に乏しい為、その半数はゾンビではなく周囲の机や壁に当たった。

 

「逃げるぞ!」

「了解!」

 

 シェリーとクレアが慌てて研究室の外に飛び出し、レオンが最後にデザートイーグルを撃ちながらドアを閉めた。

 オートロックだったらしく、ドアは閉まると同時にロックされた事を示す電子音が鳴った。

 

「び、びっくりした………」

 

 シェリーが腰砕けになりながらうめく。

 

「帰って誰かと変わる?」

 

 クレアの問いに、シェリーは首を横に振った。

 

「嫌!クレアと一緒に戦うって決めたもん」

 

 シェリーが立ち上がりながら断言する。

 

「じゃ、一緒に頑張ろうか」

 

 それを見たクレアが微笑みながら優しくシェリーの肩を叩いた。

 

「Cチーム、動力の回復はどれくらい掛かる?」

『今から動力室に入る所だ。ちょっと待て、って何だ!?』

 

 突然通信が断絶する。

 

「どうしたCチーム!」

『何か居やがるぞ!』

 

 スミスの声と同時に銃声が響く。

 

『Cチーム!大丈夫か!現状を報告しろ!』

「レン、答えて!レン!」

 

 思わず、シェリーが自分の通信機に叫んだ。

 

 

「今のは?」

 

 頭部をかすめた攻撃によってインカムを落としたレンが、注意深く刀に手を掛けながら周囲を窺った。

 

「レン!大丈夫か!」

「問題ない」

 

 室内が薄暗い為に武器をゾンビバスターに変えたスミスに答えながら、レンは気配を探る。

 

「恐らく今のはキメラだ。ゴキブリみたいな奴でどこにも引っ付くぞ!」

 

 カルロスがスミスと背中合わせになりながら叫ぶ。

 

「どうする?撤退するか?」

「ここを動かさなきゃどうにもならん」

「やるしかないか…………」

 

 三人は緊張した表情で周囲を探る。

 僅かに非常灯が照らし出しているだけの室内に、何かが這い回る音が響いていた。

 

 

「そこだ!」

 レンがサムライエッジを抜いて天井の方に向けて発砲する。

 悲鳴と共に、何かが落ちてきた所にカルロスがグレネード弾を撃ち込み、一撃でその体は四散した。

 

「こっちにも!」

 

 ゾンビバスターのタクティカルライトの照らした範囲にいるのを見つけたスミスが即座にトリガーを引き、一撃でキメラを仕留めた。

 

「もう一匹!」

 

 正面から素早い動きで這い寄って来たキメラをレンが居合で斜めに両断した。

 

「これで全部か」

 

 レンが周囲に気配の無い事を確認しながら刀を鞘に納めた。

 

「スイッチ何処だ?」

「それじゃないのか?」

 

 スミスがタクティカルライトで周囲を照らしながら室内灯のスイッチらしい物を見つけ出す。

 カルロスがそれを押し、室内が一気に明るくなった。

 そこには、すでに生命活動を停止しているキメラの死体が三つ転がっていた。

 

「よくもまああんな暗い所でこいつらの居場所が、ってレン!頭!」

「ああこれか、かすり傷だ」

 

 側頭部から一筋の血を流しながら、レンは平然と答える。

 袖口で血を拭いながら、レンは落っことしたインカムを拾った。

 

「こちらCチーム、動力室制圧完了。ちょっとばかり負傷した」

『レン!大丈夫なの!?』

「ちょっと皮が切れただけだ。心配する程じゃない」

 

 心配そうなシェリーの声に、レンが平然と答える。

 

「これより動力を回復させる」

「オレがやるからお前は手当てしておけ!」

 

 カルロスが動力の制御盤へと向かいながら怒鳴る。

 

「また五年前みたく焼くか?」

 

 スミスがからかいながらレンの傷の手当てを始める。

 

「止めとこう。場所が場所だ」

 

 レンが苦笑した後、ラクーンシティ原産のハーブで作られた傷薬の独特の芳香に顔をしかめる。

 

「確かに皮だけだな。あの暗さでかわしたのか?」

「ああ、一瞬遅れたけどな。まだオレも未熟だな」

「普通の奴だったら一撃で首切られてるよ」

 

 カルロスが呆れながら動力のスイッチを入れる。

 低い唸り音と共に発電機が始動し、電力が各所へと供給され始めた。

 

「こちらCチーム、動力の復帰に成功。建物内の探索に移る」

 

 通信した後、カルロスが動いている発電機を見ながら首を傾げた。

 

「変だな………」

「何がだ?」

「研究所にしちゃ発電機が小さ過ぎる」

「他にも有るってのか?」

「あるいは…………」

『こちらBチーム!管制室にて本当の地図を入手。データを転送するわ』

「おっと」

 

 カルロスがモバイルのスイッチを入れる。そこに転送されてきた地図を三人で覗き込んだ。

 

「見ろ!ここは第一動力室ってあるぞ」

「さっきの通路の先に第二が有る」

「決まりだな」

 

 三人は無言で頷きあった。

 

「こちらCチーム。転送されたデータによりもう一つの動力室の存在を確認。これよりそちらに向かう。なお、第二動力室の状態いかんによっては作動していない設備も有ると思われる。注意されたし」

『了解』

 

 

「行くぞ」

 

 研究室の扉の前で、レオンがデザートイーグルを構えて突入に備える。

 

「待って」

 

 シェリーが慌てて足のプロテクターのセーフティを解除した。

 

「OKよ」

「それじゃあ………」

 

 繋いでおいたノートパソコンのリターンキーをシェリーが押すと同時に身構えた。

 登録されておいたパスワードが入力され、ドアが開くと同時に、クレアが室内にグレネード弾を撃ち込む。

 爆発が収まると、レオンが素早く突入して照明のスイッチを押した。

 室内には先程のグレネード弾で倒れたゾンビを除いてもまだ5体程のゾンビが立っていた。

 

「いっけえぇぇ!」

 

 掛け声と共に室内に突入したシェリーが右のハイキックを手近のゾンビに繰り出す。

 命中と同時に、プロテクター内部に仕込まれた仕込み銃が発動、ライフル弾を改造した長さ5cm程のスパイクを発射、ゾンビの頭部に深々と突き刺さった。

 

「次!」

 

 倒れるゾンビから別のゾンビに狙いを変え、シェリーは一気に距離を詰めると左のストレートを顔面に叩き込む。

 半ば顔がひしゃげたゾンビに続け様に頭部にコンビネーションパンチを食らわせ、やがて肉が焦げる匂いを立ててゾンビは動かなくなった。

 その時にはグレネードランチャーからMP5A5サブマシンガンに持ち替えたクレアが最後のゾンビを蜂の巣にして倒した所だった。

 

「制圧完了と」

 

 クレアがグレネードの空薬莢を床に投げ捨て、次弾を装填する。

 その間にシェリーはパソコンの電源を入れ、レオンは手近の資料を探り始めた。

 

「パスワードが同じならばいいんだけど………」

 

 シェリーがパソコンのディスプレイの起動画面を見ながら呟くが、ふとその表情が固まる。

 

「どうしたの…」

 

 クレアが脇から覗き込んで訝しげな顔になる。

 そこには、アニメ絵の少女が壁紙として大映しになっている画面が有った。

 

「………すごい趣味………」

「言えてる…………」

 

 完全に呆れながらもシェリーが両親の使っていたパスワードを打ち込むが、すぐにエラー表示が出た。

 

「駄目、パスワードが違うみたい」

「レオン、どっかに書いてない?」

「ちょっと待ってくれ」

 

 レオンがCIAにいた時に若干覚えたフランス語を総動員させてデスクの上に有った手帳を解読していく。

 

「これか?6月23日 隣の席のルーインの奴が自分用のパソコンを完全に趣味にしやがった。オマケにパスワードまでそれで使われている奴らしい。まったく呆れたオタクだ。これでROWプロジェクトの主研究者の一人というのが信じられない。上から急かされているから第一検体の調整を急がなくては。この馬鹿と一緒に、だ。」

「ROW?」

 

 レオンが朗読した部分にシェリーが首を傾げる。

 

「聞いた事の無い単語ね。フランス語?」

「嫌、恐らくは新種のBOWの事だと思うが、それ以上は書いていない」

 

 レオンが手帳を置いて他の資料を物色し始める。

 

「で、結局これのパスワードは?」

「さあ、他のにもパスワードらしき物は無いな…………」

 

 周囲の被弾等で破損している物ばかりのパソコンにメモ一つ付いていないのを見たレオンが小さく舌打ちする。

 

「ヒントはこれか…………」

 

 クレアが画面を凝視する。そこには画面と同じ少女のSD化した常駐マスコットが歩き回っていた。

 

「こちらAチーム、研究室の確保に成功するもパスワード不明によりデータ引き出しが不能。これよりヒントを送る為各自思考を頼む」

 

 レオンがモバイルをパソコンに繋いで壁紙をファイル化、転送を開始する。

 数秒後、インカムから全員分のため息が返ってきた。

 

『悪ぃ、オレアニメなんて見ねえ』

『私も』

『あ、私ディズニーだったら好きですけど』

『スミス辺り知らねえか?お前好みそうだが』

『何かオレの事勘違いしてないか?10代前半は守備範囲外』

『…………パスワードは恐らくレリーズだ………』

「レリーズ?RE‘LEASEかな?」

 

 レンの自信無さ気に言ったパスワードを打ち込むと、パスワードが認証されシステムへのコンタクトが可能になった。

 

「当たりよ!」

『何で知ってたんだ?』

『いや、高校の学園祭でこいつの仮装をしてきた野郎がいてな。なんだそれって聞いたら二時間ばかし延々と…』

『分かったからそれ以上言うな』

 

 その光景を想像してしまった何人かが脳裏からあわててそれを打ち払う。

 

「引き続きデータの検索に移るわ。何か分かったら至急転送するから」

『頼んだぞ』

 

 

「さっきとセキュリティが偉い違いだな」

「まったく」

 

 レンが目の前の分厚い透明な仕切りドアの前で入手していたIDカードをチェッカーに照らす。

 短い電子音の後にドアが開き、後ろの二人も同じようにしてドアを潜る。

 

「何だまたかよ」

 

 すぐ目の前にも同じようなドアが有るのを見たスミスが悪態を着いた時、突然背後のドアがロックされる。

 

「ん?」

 

 それに気付いたスミスが振り返ろうとした瞬間、突然閉鎖された通路に警報が鳴り響く。

 

『IDとボディフレームが一致しません。侵入者とみなし、排除いたします』

「何だとう!」

「しまった!フレームスキャナか!」

 

 レンが先程潜ったドアの妙に分厚い外枠を睨んだ。

 その時には、天井近くのスリットから無色で気体状の何かが閉鎖された通路へと流し込まれていた。

 

「毒ガス!?」

「やべえ!!」

 

 皆が慌てて渡されていた簡易ガスマスクを着けようとする。

 ふと、レンはその流し込まれた何かがまったく呼吸器系に被害をもたらしていない事に気付いた。

 

「この野郎!」

「よせっ!」

 

 カルロスが仕切りを破ろうと銃口を向けたのをレンは慌てて止めた。

 

「何をする!」

「こいつは高濃度酸素だ!撃ったら暴発するぞ!」

「あにいぃ!」

 

 同じようにM82A1を向けようとしていたスミスが慌ててトリガーから指を離す。

 

「酸素なんか流して何するつもりだ?」

「馬鹿!高濃度酸素はれっきとした毒ガスだ!酸素中毒を起こせば身動き出来なくなる事だって…」

 

 言葉は前後それぞれの両脇の壁が開く音で中断される。

 そこからハンターが一匹づつ、計四匹が歩み出て来た。

 

「本命はこいつらか!」

 

 レンが叫びながら抜刀してこちらを振り向く前に一匹を両断する。

 こちらに気付いたもう一匹が振るってきたカギ爪を刃を使って受け流し、そのまま刃を滑らせるようにして相手の首を斬り裂いた。

 

「おい!こっちも頼む!」

 

 レンが振り向くと、そこには銃を棍棒代わりにして必死にハンターと戦っているカルロスとスミスの姿が在った。

 

「まかせ…」

 

 言葉の途中でレンは目眩を感じてたたらを踏む。

 頭を軽く振って視界を戻そうとするが、目眩だけでなく虚脱感すら襲ってくる。

 

(酸素中毒か………)

 

 レンは精神力で強引に前を見据え、刀を突き出す。

 刃は狙いを僅かにそれ、ハンターの脇腹を貫いた。

 

「おおおおぉぉぉ!」

 

 気合で力の入らなくなってきている体を無理に動かしながら足を踏みしめ、刀を真横に振るい、ハンターの体を斬り裂く。

 その軌道上に、ハンターの脊髄が有った。

 急所をやられたハンターが床へと倒れる。

 レンは最後の一匹に向けて構えようとした時、何かがその脇をすごいスピードで通り過ぎていった。

 

「なめるなよ、怪物風情が……」

 

 スミスが強力過ぎる左ストレートでハンターを殴り飛ばしていた。

 殴られたハンターはそのまま壁まで吹っ飛び、壁に血の花を咲かせて床へと崩れ落ちる。

 

「どういう腕力してんだよ…………」

 

 カルロスが呆れながら壁に背をもたれさせる。

 

「ちょっとした仕掛けがあるんだよ………」

 

 スミスが頭を仕切りに振りながら答える。

 その場にいる全員に酸素中毒の症状が出てきていた。

 

「取り合えず、ここから出よう」

 

 レンがふらつく足取りで仕切りへと近寄ると、右手を引いて、刺突の構えを取る。

 息を心持ち軽めに吸い込み、肺に溜め込むと力強く足を前へと踏み込みながら体重の乗った強力な刺突を繰り出した。

 が、その刃は半ばまで透明な仕切りに突き刺さりながらも、刀身の三分の一は仕切りの中に有り、仕切りはヒビが入っただけで砕けはしなかった。

 

「防弾……いや、対爆用アクリルか!?」

「くそっ!念がいってやがる……」

 

 カルロスが悪態をついた時、ふとその耳に機械の作動音が聞こえた。

 何気にその音の方を見ると、天井からノズルのような何かが出てきていた。

 

「何だあれ!?」

「やばい!この状態で唯一使える火器が一つだけある!」

「何だよそれ!?」

「火炎放射だ!」

 

 レンが怒鳴りながら仕切りに足を掛け、一気に刀を引き抜くと同じ構えを取る。

ノズルからは微かにバキュームのような音が聞こえてきていた。

 

「どけっ!」

 

 レンを押し退けてスミスが先程レンが開けたヒビに左の拳を叩きつける。

 生身からの攻撃とは思えない轟音と共にアクリルに大きなヒビが入った。

 

「もう一丁!」

 

 続けて拳を叩き込む。ヒビは更に大きくなり、砕けたアクリルの破片が通路に乾いた音を立てて飛び散る。

 

「これで、どうだ!」

 

 スミスが大きく振りかぶって拳を叩きつける。

 鈍い音と共に、アクリルは大きく砕け散った。

 

「急げ!」

 

 三人は閉鎖された通路から急いで脱出する。

 その時、ノズルから強力な炎が吹き出した。

 

「やば…」

「はあああぁぁっ!」

 

 吹き出してきた炎へと向けて、レンが大上段から一気に刀を振り下ろす。

炎は彼の手前で二つに両断され、通路の壁際を流れていった。

 

「ウソだろ…………」

「すぐに戻るぞ!急いで逃げろ!」

 

 振り返ったレンの背後を炎が追いかけてくる。

 死に物狂いで三人は走って通路の分かれ目に飛び込み、そのすぐ後を炎が突き抜けていった。

 

「た、助かった…………」

「くそ、陰険なトラップ仕掛けやがって………」

「こちらCチーム、通路上にてトラップに遭遇。なんとか切り抜けるのには成功、通路を封鎖して高濃度酸素を流した後、ハンターを放った挙句にローストする仕組みの模様。同様のトラップがある可能性が有るので各自注意されたし」

『了解。全員生きてるか?』

「なんとか…………」

 

 三人が荒い呼吸をしながら通路に座り込む。

 

「第二動力室まであとどれ位だ?」

「もう少しだ」

 

 大きく息を吸ってからスミスが立ち上がる。

「それじゃあ、捜査続行といきますか」

「おう」

 

 

 薄暗い部屋の中で、無数のディスプレイの一つに少し焦げた通路を進むレン達の姿が大型ディスプレイへと転送される。

 低い起動音と共に、メインコンピューターが一つの判断を下した。

 

『侵入者CグループはA―3トラップをクリア、その能力をカテゴリーA以上と断定。当研究所への被害予想は甚大。至急“ヘラ”を蘇生起動、侵入者全てを抹殺すべし』

 

 その命令を受けた研究室のカプセルの一つに、蘇生プログラム受理のランプが点った。

 

 

説明
※注意 本作はSWORD REQUIEMの正式続編です。SWORD REQUIEMを読まれてからの方がより一層楽しめるかと思います。
 ラクーンシティを襲ったバイオハザードから五年。
 成長したレンは、五年前の真実を知るべく、一人調査を開始する。
 それは、新たなる激戦への幕開けだった…………
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