BIOHAZARDirregular PURSUIT OF DEATH第六章
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第六章 『戦慄!遅い来る殺戮の女神!』

 

 

「うううう、うう…………」

 

 嗚咽とも苦悶ともつかない声が薄暗い通路に響いていた。

 重い足取りでその声を漏らしていた影はゆっくりと歩いていく。

 ふと、その影の先に同じような思い足取りで歩くゾンビが通路の角から姿を現した。

 

「う、うがああぁぁぁ!!」

 

 その姿を認めると同時に、影は先程とは打って変わった素早さでゾンビに一気に近寄ると、その首を鷲掴みにする。

 

「ぐがああぁ!」

 

 影はゾンビの頭部を力任せに壁へと叩きつける。

 一撃でゾンビの頭はひしゃげるが、影は構わずゾンビを大きく振り回して反対の壁に叩きつけた。

 ショックに耐えられずゾンビの体から破裂するように血と臓物が飛び出す。

 影はそれでもなおゾンビを振り回し、壁に、天井に、床に叩きつけた。

 やがて、周囲一帯にゾンビの破片が飛び散り、もはや完全に原型を留めなくなったゾンビからようやく影は手を離した。

 

「ううう、うがうう………」

 

 影は、また重い足取りで次なる獲物を探し始めた。

 

 

「変ね…………」

「どうしたの?」

 

 シェリーはキーボードを叩きながら次々と映し出されていくデータを見て首を傾げた。

 

「肝心の研究データが見当たんない」

「え?」

 

 クレアがディスプレイを覗き込むが、データの映し出されていくスピードの余りの速さに理解する事は出来なかった。

 

「今出ているのがイルカの生態研究についてだし、その前のはシャチの習性について、早い話が普通の動物学のデータしかないの」

「隠しファイルになってるとか?」

「それも無いわ。調べてみたけど怪しいデータは…」

 

 そこでシェリーの言葉が止まる。流れてきたあるデータを慌てて停止させた。

 

「何これ?出荷データ?」

「8月27日に20、9月8日に25?研究所なのに?」

「ちょっと待って!12日前、あの日に45ってある!ひょっとしてBOWの出荷データ!?」

「ええっ!?」

「間違いないな」

 

 脇からディスプレイを覗き込んだレオンが断言した。

 

「取引先が巧妙に隠蔽されてるが、どれも軍隊を示す隠語になってる。何処もCIAがBOW実戦配備の可能性在りとしてマークしておいた国ばかりだ」

 

 レオンが手早く内容を確認していきながら確信する。

 

「コピーしておいてくれ。証拠の一つだ」

「OK」

 

 シェリーが手早くデータを手近のMOディスクへとコピーすると、それを胸のポケットへと仕舞い込んだ。

 

「問題は肝心のBOW開発のデータが何処にあるかね」

「さっき送られてきた地図に、海面下の階層にとんでもなく巨大な実験室のデータがあるな。多分ここだろう」

「じゃあ、そっちに向かいましょ」

 

 クレアの提案に二人も同意し、彼らはその場を後にした。

 向かう先に、待ち構えている者がいる事なぞ彼らには知る由も無かった。

 

 

『こちらBチーム、電源が確保出来ない為先に進めない。Cチームまだ第二動力室に着かないか?』

「気楽に言うな!」

 

 スミスが怒鳴り返しながらマーベリックを連射する。

 その両隣にいるカルロスとレンも同じく通路の先から迫ってくる敵へと向けて立て続けにトリガーを引いていた。

 

「こちらCチーム!新種と思われるBOWとただ今交戦中!電源確保にはまだ時間が掛かる」

 

 レンは返信しながらマガジンを手早く交換した。

 

「なんなんだ、あいつは!」

 

 カルロスが飛び跳ねながら近寄ってくる敵の一匹に集弾して仕留める。

 彼らの目の前には、見た事も無いBOWの集団が押し寄せてきていた。

 全長は50cm前後だが、寸詰まりの胴体からは短いが鋭い爪の生えた足と、鋭利な刃と化した退化した翼が生えている。

 鋭いクチバシから管楽器のような泣き声をあげながら、ある者は高々とジャンプしながらクチバシを突き立てようとし、ある者は腹で滑りながら翼で斬りつけようとしてくる。

 

「このっ!」

 

 天井近くまで跳ね上がったそれに向けてスミスがトリガーを引く。

 発射された散弾は一撃で相手を肉片へと変えるが、即座に別の敵が近寄ってくる。

 手早くフォアグリップをスライドさせてトリガーを引くが、撃鉄が空の薬室を叩く音が虚しく響いた。

 

「ちっ!」

 

 弾切れを起こしたマーベリックを脇へと退けて、スミスは舌打ちしながらゾンビバスターを抜いた。

 

 滑りながら至近距離まで迫ってきていた敵へと向けてレンはとっさに刀を逆手に持ち替えて床ごとそれを貫く。

 甲高い断末魔をあげるそれから刃を引き抜くと、逆手のまま間近で跳ね上がった別の敵を一撃で斬り裂き、左手のサムライエッジはそれとは違う敵をポイントして弾丸を吐き出す。

 敵影は、まだ無数にいた。

 

「何匹いるんだ!」

 

 カルロスはフルオートにセットされたM4A1を乱射する。

 瞬く間に30連マガジンを撃ち尽くし、マガジンを抜いてセットしようとした所で装弾されたマガジンが無い事に気付いた。

 

「この野郎!!」

 

 カルロスはサスペンダーから両手で持てるだけの手榴弾を外すと口で一気にプルを引き抜き、敵の群れの中心へと放り投げた。

 

「馬鹿、こんな所で…」

 

 驚いたスミスが文句を言いながら回れ右をして走り出す。

 カルロスも反転して走り出し、一番最初に反応していたレンはすでに曲がり角に身を潜ませようとする所だった。

 短い間を置き、通路の中を複数の爆発音が轟き、周囲を揺るがせる。

 爆風が吹き抜け、吹き飛ばされた壁と肉片が入り混じって周囲に撒き散らかされた。

 爆発の余韻が消え去った後、おもむろに曲がり角からカルロスが頭を出して様子を窺った。

 

「やったか?」

「やったか?じゃあないだろ!こんな遮蔽物のないとこで手榴弾なんて使うな!」

 

 スミスが怒鳴りながら同じように頭を覗かせる。

 視界の先には、焼け焦げ、爆発で大きく抉られた通路と、無数に散らばっている肉片が有るだけだった。

 かろうじて爆風で吹き飛ばされただけだったらしい一匹が起き上がろうとした所をスミスがとどめを刺す。

 

「で、結局こいつはなんなんだ?」

「薄々予想は着くが…………」

「こちらCチーム。敵の殲滅を終了、再び第二動力室に向かう。新型のBOWは全長50cm前後、鳥類と思われる。集団で行動し、ジャンプしながらのクチバシと滑りながらの翼に注意されたし」

「鳥類?」

 

 スミスが先程とどめを刺した敵の死体を見て首を傾げる。

 

「こんな鳥なんていたか?」

「いるだろ。もっとも南半球にだがな」

「やっぱりそう思うか?」

 

 マガジンに弾丸を装填していたレンがカルロスの意見を肯定する。

 

「賭けたっていい。この先には氷山を模したプールが有るぞ」

「はあ?」

 

 スミスが首を傾げながら通路の先を覗きに行く。

 それ程行かない内に、開きっ放しになっているドアの向こうに確かに氷山を模した大きなプールが有った。

 

「………って事はこいつはひょっとして…………」

「こちらCチーム。新種のBOWはどうやらペンギンの変異体と思われる。外見的特長から以後“コボルト”と命名。間違っても水族館のを思い浮かべないように」

 

 レンが淡々とインカムに告げるのをスミスは憮然とした表情で見ながら、ポケットから散弾を取り出して装填を始めた。

 

「何が悲しくてフランスまで来てペンギンに襲われなきゃならんのだ?」

「オレが知るか。それにこいつはまだマシな方だぞ。オレはノミだのガだのに襲われた事が有るからな」

 

 カルロスが空になったマガジンにライフル弾を装填していきながら言い返す。

 

「じゃなにか?次はイルカかラッコかオットセイか?こうなりゃ何でも来いだ」

「無駄口言ってないで先に進むぞ。目的地はもうすぐだ」

「おうよ」

 

 スミスが初弾をチェンバーに送りながら力強く答えた。

 

 

「それでだ。来たのはいいが…………」

 

 スミスが開かないドアの前で眉根を寄せた。

 

「IDがアクセス不能になってるとはな」

 

 全員分のIDカードを通してみたレンがため息混じりにカードを床に投げ捨てた。

 

「さっきので完全に侵入者扱いにされたか。随分と厳重なセキュリティシステムしてやがる」

 

 カルロスが両手を上げながら首を横に振った。

 

「こちらCチーム、第二動力室のドアが開かない。これからなんとか破ってみるが動力確保はもう少しかかりそうだ」

『了解した。誰かカギ開け出来る奴をやろうか?』

「いや、何とかやってみる」

「ぶち破るか?」

「動力室だぞ。何を動力にしてるか知らないが、引火したらどうする」

「う…………」

 

 スミスが背中から降ろしかけたM82A1を再び背中に戻す。

 

「じゃあどうすんだよ?」

「こじ開けるか、分解するかしかないか?」

 

 レンがドアに手を付いて調べ始めるが、ふとその顔が訝しげな物に変わる。

 

「妙だな………」

「どうした?」

「誰かここを破ろうとした形跡が有る」

「あ?」

 

 スミスがレンの指差した所を見ると、そこには何かで引っ掻いたような一直線の傷跡が走っていた。

 

「ID無くした奴が無理矢理入ろうとしたんじゃねえのか?」

「それなら再発行するだろ。第一、そんな事すりゃ一発でセキュリティに引っかかるぞ」

 

 カルロスがレンに変わって間近で傷跡を調べ始める。

 

「間違いないな。的確に配線部分を狙っている。かなり慣れた奴の仕業だぞ」

「………ずっと気になっていた。何でここでバイオハザードが起きているのかが。おそらくだが…」

『ここを襲撃した奴がいる』

 

 レンの言葉を、インカムからのレオンの言葉が続けた。

 

『何か見つけたのか?』

 

 バリーからの通信にレオンは緊張を孕んだ声で答える。

 

『今海面下部分に入った所なんだが、射殺されたハンターの死体を発見した。腐敗の具合からみて死後4、5日って所だ』

『………って割にはグロいんだけど………』

『BOWは何でか早く腐敗が進むし、それにゾンビにかじられてるみたいね』

『こちらBチーム、こっちでも戦闘の痕跡を発見したわ。かなりの重装備の連中だったみたい。20ミリの薬莢があちこちに転がってる』

「20ミリ!?機銃でも持ち込んだか!?」

『おそらく携帯型のガトリングでも持ってきたんだろう。間違い無く対BOW用装備と見ていいだろう』

 

 全員の顔に緊張が走る。

 しばし誰もが無言で考えを巡らせるが、誰かの声がその緊張を破った。

 

『じゃあ、なんでここは吹っ飛んでないんだ?』

「?どういう事だ?」

 

 レンの問いに、バリーが答えた。

 

『アンブレラの研究所には全てバイオハザードが起きた際に対処出来るよう自爆装置が設置されている。セキュリティに異常でもない限りは有事の際には起動するはずだ』

『だけどここは残っている』

 

 レオンの緊迫した声が後に続く。

 

『………罠?』

『かもしれん』

 

 ジルの何気無い一言が、一同に電撃のように伝わる。

 誰もが、お互いに顔を見合わせ固唾を飲んだ。

 

『だが、たとえスカだと分かっていても時には引かなくちゃならん。それが警官の仕事だ』

「やってられないな」

『じゃあ止めるか?』

「ご冗談を。それにここまで来て引き返したらそれこそ馬鹿だ」

 

 カルロスのジョークとも本気とも取れる言葉に、何人かの苦笑が帰ってくる。

 

「中途半端で終わらせるよりは、最後まで馬鹿見た方がマシだ」

『奇遇だな。オレも同じ事を考えた』

 

 レンとレオンの言葉に、ある者は笑みを浮かべ、ある者は大きく頷いた。

 

『各チーム、トラップに充分気を付けて捜査を進めてくれ。無茶はするなよ』

「ここに来たって時点ですでに充分無茶してる気がするけどな、っと」

 

 カルロスが持っていたコンバットナイフでドアの上端のカバーを外し、中を覗き込んで顔をしかめた。

 

「間違いねえ、誰か同じ方法で開けた後、馬鹿丁寧に繋ぎ直して閉めてある。トラップかもな」

「だが、行くしかない」

 

 レンがサムライエッジのセーフティを外す。

 

「そうだな」

 

 カルロスが繋がれていた配線をためらいも無く切った。

 

「………開かないぞ」

「ロックを無効化させただけだ。後は手動でどうぞ」

「そうですかい」

 

 スミスがノブも取っ手も無いドアに何とか指を掛けて力任せに引いた。

 ゆっくりと開くドアの向こうに、レンとカルロスが緊張しながら銃を構える。

 ドアが半ばまで開いた所でレンが体を滑り込ませるように中に入って様子をうかがう。

 

「何かあるか?」

「妙だな…………気配はするが、何もいない」

「は?」

 

 カルロスとスミスも室内に入ったが、非常灯の薄暗い明りだけの室内には動力炉らしき二つの影以外には罠も敵も見当たらなかった。

 

「考え過ぎだったか?」

「かもな。そうと分かればとっとと動かそうや。どっち動かせばいいんだ?」

「おかしいな。地図には動力炉は一つ…」

 

 その時、スミスの背後にある影が動いたのがカルロスの目に入ってきた。

 

「おい…………スミス、ゆっくりとこっちに来い…………」

「どうした?」

 

 スミスが何気無く後ろを振り向くと、影が動いたのがスミスにも見えた。

 

「まさか!」

 

 レンが手早く室内灯のスイッチを入れる。

 照らし出された室内には、5mはある巨大な動力炉と、それとほぼ同じ大きさの赤黒い粘液質の肌をした物体が並んでいた。

 

「何だこいつは!」

 

 スミスがそれに銃口を向けてトリガーを引こうとするが、それよりも早くその物体の上端から伸びてきた触手が彼の足を掴んだ。

 

「んなろう!」

 

 スミスはそのまま自分を引きずろうとする触手に狙いを変えるとトリガーを引いた。

 散弾が一撃で触手を引き千切り、残った部分はその物体の上端に戻る。

 そして、今度はそこから無数の触手が伸びてきた。

 

「まさか、イソギンチャクかこいつ!」

「でか過ぎるぞ!襲撃した連中がここを閉めたのはこいつが原因か!?」

 

 カルロスが射線上に動力炉が並ばないように横へと動きながらM4A1をフルオートで連射する。

 が、相手が大き過ぎる為にダメージはほとんど与えられない。

 

「デカイのを使え!生半可なのじゃ効かねえ!」

 

 スミスが背中からM82A1を抜くと続け様に発砲、巨大イソギンチャクの胴体に次々と風穴を開ける。

 しかし、軟体生命体ゆえの強靭な生命力の前では致命傷にはほど遠かった。

 

「イソギンチャクの弱点って知ってるか!?」

「知らん!」

 

 レンが伸びてくる触手を次々と斬り落とすが、触手は更に無数に伸びてくる。

 

「軟体系は嫌いなんだよ!」

 

 カルロスがグレネード弾を巨大イソギンチャクの上方に撃ち込む。

 グレネード弾の爆風がまとめて触手を吹き飛ばすが、弾力に富んだ胴体は少しえぐれただけだった。

 

「どういう体してやがるんだ!?」

「ちょっとやそっとじゃ効かないのは確かだ!」

 

 レンが叫びながら触手が途切れた合間に距離を詰めると、スミスの開けた弾痕の一つに刃を突き立てる。

 

「おおおおぉぉ!」

 

 気合と共に刃に拳を叩きつけ、半ば力任せに胴体を斬り裂いていく。

 

「狙え!」

『OK!』

 

 レンの意図を理解した二人が開いた傷口に次々と徹甲弾とグレネード弾を叩き込む。

 傷口は徐々に広がっていき、やがてその内部を晒していく。

 

「うげ…………」

 

 傷口から見えてきた胴体内部に、消化途中のゾンビが入っているのを見たカルロスがうめきながら次弾をセットしようとした所で、手持ちのグレネードが尽きた事に気付いて舌打ちした。

 

「やばい。グレネード弾がもお無え!」

「こっちもこれで最後だ!」

 

 スミスが最後のマガジンをM82A1にセットする。

 

「節約しろ!この先何が居るか分からないんだぞ!」

 

 レンが再び刃を振るおうとした時、妙に刀が重い事に気付く。

 見ると、刀身にはネットリとした粘液がまとわりつき、どう見ても斬れそうにはなかった。

 

「しまった…………」

 

 レンが刀を上下に振って粘液を落とそうと試みるが、粘着いた粘液はどうしても落ちない。

 

「切り札を使うしかないか?」

 

 カルロスが腰のロケットランチャーに手を伸ばすが、すぐ側に動力炉がある為に使う訳にはいかなかった。

 

「やばいな、どうする?」

「ここを制圧しなけりゃ話にならないだろ」

 

 再び伸びてきた触手をマーベリックに持ち替えたスミスが散弾で吹き飛ばしながらの問いに、レンは懐から取り出した半紙で刀身を乱雑に拭きながら苦い表情で答える。

 

「ロケットランチャー使えば動力炉まで吹っ飛んじまうかもしれねえし、かといって小口径弾じゃ効かねえ。ホントにどうするよ?」

 

 効かないと分かりつつも、カルロスがフルオートのままトリガーを引き続ける。

 弾丸で千切られ、白刃で斬り裂かれても触手は無数に伸びてき、三人はゆっくりと追い詰められつつあった。

 

『Cチーム!不利なら一度撤退しろ!無理はするな!』

「って言ってるぜ?」

「どちらにしろ、ここを動かさない事には先には進めん。何とかするしかない」

「なんとかって言われてもな!」

 

 スミスが装弾されている最後の弾丸を触手の固まっている部分に撃ち込み、左手でゾンビバスターを抜くと右手でなんとか散弾を込めようと試みる。

その横ではレンが完全に粘液を拭いきれていない刀を振るって触手を斬り落としていたが、その切れ味は目に見えて落ちていた。

 

「くそっ!せめてあいつの中から発破でも出来れば!」

「そうか!その手があった!」

 

 カルロスの悪態に、スミスが頷いた。

 

「おい、発破つってもあいつの中に直接…」

「もらうぞ!」

 

 説明も聞かず、スミスがカルロスから手榴弾を幾つかもぎ取ると巨大イソギンチャクへと向けて走り出す。

 

「お前まさか!?」

「そのまさかだよ!」

 

 伸びてくる触手を掻い潜りつつ、スミスは口でピンを引き抜くと、開いている傷口から手榴弾を握っている左腕を内部へと突っ込んだ。

 

「馬鹿!そんな事したら!」

「伏せろ!」

 

 内部の消化液と思われる粘液に触れた左腕から皮膚が焼ける白煙をあげながらスミスが腕を引き抜き床へと倒れこむ。

 慌ててレンとカルロスも床へと倒れ込んだ直後、巨大イソギンチャクの内部で手榴弾が爆発し、傷口と上部から爆炎と内臓、消化途中の食餌が噴き出した。

 

「くっ!」

「うあちっ!」

 

 飛んできた酸性の粘液をレンは袖で防ぎ、頭に付いた粘液をカルロスは慌てて払い除けた。

 

「へっ。ざまあ見やがれ………」

「スミスお前なんて事を!」

 

 上体を起こして内部がキレイに吹き飛んだ相手の方を見て笑っていたスミスの左腕をカルロスが掴む。

 だが、その手は焼け爛れた皮膚を腕から引き剥がす結果になった。

 

「な!?」

 

 皮膚がこそげ落ちたスミスの左腕を見たカルロスが絶句する。

 焼け爛れた皮膚の下から出てきたのは、焼けた筋肉ではなく、鈍い光沢を持つ金属製の肌だった。

 

「スミス!お前それ…………」

「こいつがオレの怪力の秘密さ」

 

 皮膚の下から出てきた完全な機械式義腕を見せつけるようにスミスが動かしてみせる。

 

「五年前にタイラントに左肩をぐしゃぐしゃにされてな。軍から口止め料代わりにこいつを付けて貰った」

「サイボーグだったのか?」

「左腕だけだよ」

 

 カルロスの素朴な問いにスミスが苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

「あまり無茶はさせるなよ。故障したらどうする」

「前に高温焼却炉に突っ込んだけど平気だったぞ」

「ターミネーターか、てめえは…………」

 

 カルロスが苦い顔をしながら動力炉を起動させるべくコントロールパネルに向かう。

 レンは懐から取り出した半紙で今度は丁寧に刀身を拭きながら通信を入れた。

 

「こちらCチーム、第二動力室の制圧に成功。これより電源を供給…」

「出来ねえ…………」

「あん?」

 

 スミスが間の抜けた声を出してカルロスの方をみた。

 カルロスが渋い表情をしながらゆっくりと頭を後ろへと向ける。

 

「駆動キーが抜けてる上に、パーツも幾つか抜けてる。これじゃあ動かし様がねえ」

「やっぱりか。おそらく電源確保に来るように仕向けてあのイソギンチャクに襲わせる手はずの罠だったんだろ。でなけりゃこんな所にあんな怪物が居るわけないからな」

「あんなに苦労してそれかよ…………」

 

 スミスががっくりと肩を落とす。

 

「どうにか電源を送れないか?」

「一応予備電源は回せるが、一部だけしか動かせないぜ」

「仕方がない。予備電源を起動させて無いパーツを探しに行くか」

「RPGやってるんじゃないぞ…………」

 

 スミスが大きく息を吐きながら立ち上がると、減った分の弾丸を装填してセーフティを掛ける。

 

「こちらCチーム、これより予備電源を起動、電源の通う場所を送るからそちらから捜査してくれ」

『了解した。あと、たった今GIGNの出動が決まったそうだ』

「GIGN………フランスの対テロ部隊か。よく許可が下りたな」

『さっきまで警部が無線でかなりがなり立ててたからな。みんなにも聞かせたかったぞ』

『誰も聞きたくないわよ。こちらBチーム、これより研究員居住棟に向かう』

『Aチーム、資料室に向かう』

「Cチーム、動力炉修理の為に倉庫に向かう」

「何だかこのチームだけ地味だな…………」

「言うな」

 

 

 軽い電子音を立てて開いたエレベーター内部に、二つの銃口が突き付けられる。

 そこに何も居ない事を確認すると、誰ともなくため息が漏れた。

 

「エレベーターに乗るのも一苦労する…………」

「仕方ないさ。前にゾンビが箱詰めになってて全部倒したはいいけど、結局使えなかった事もある位だ」

「想像させないで………」

 

 Aチームの三人がぞろぞろと中へと入ると、レオンが目的の階のボタンを押す。

 

「予備電源で動くのはここだけか」

「西側の方が距離的には近いんだけど、動かないんじゃしょうがないわね」

 

レオンの操作しているモバイルをクレアが横から覗き込む。

 目的地を示す光点までの道程をチェックし終える頃、エレベーターの降下速度が落ち、やがて到着を示す電子音が鳴る。

 

「お出迎えがあるかしらね」

「出来れば遠慮したいけど………」

 

 レオンがデザートイーグルを構え、クレアがM79グレネードランチャーを片手に、MP5A5のセーフティを外し、シェリーが身構える。

ドアが30cmも開かない内に何かがいきなりエレベーター内部へと飛び込んできた。

 

「な!?」

「危ない!」

 

 飛び込んできた何かをシェリーが横から殴りつける。

 高圧電流のスパークを上げながらそれは壁に叩きつけられ、床へと崩れ落ちた所にレオンがとどめの弾丸を撃ち込んだ。

 

「何コレ!?」

「こいつがコボルトか!」

 

 死骸からドアの向こうの通路へと目を向けた三人の視界に、通路にたむろする十数匹のコボルトが一斉に向けた瞳が飛び込んできた。

 

「来るぞ!」

 

 レオンが叫ぶと同時に、50AE弾が飛び跳ねたコボルトの一体を貫く。

クレアが群れの中心にグレネード弾を撃ち込むと同時にMP5A5をセレクターをフルオートにセットして、9ミリ弾をばら撒き弾幕を張る。

 目前まで飛び跳ねてきたコボルトはシェリーのパンチで殴り飛ばされた所を弾丸が貫き、足元を滑ってきた別の敵を足ですくい上げるように蹴り上げると、反対側の鋭い蹴りと同時に撃ち込まれたスパイクが一撃で相手を絶命させる。

 

「そいつで最後!」

 

 弾切れを起こしたマガジンを手早く交換したクレアが着地しようとしていた最後の一匹に集弾、瞬く間に蜂の巣にされた死体と変える。

 

「こちらAチーム、地下二階に到着と同時にコボルト十数匹と交戦、殲滅に成功。これより目的地に向かう」

「ちょっと待って」

 

 使った分の弾丸を装填している二人の前で、シェリーは損傷の少ないコボルトの死体を見つけるとポケットからMDレコーダーを取り出してスイッチを入れると観察を始めた。

 

「被検体は新種のBOW、発見者によりコボルトと命名。外見及び骨格的特長からペンギンをベースにした物と推定される。外見的特長は鋭利に硬質化した…」

 

 特徴をMDに記録させながら、仔細に至るまで観察、場合によっては持参したデジタルカメラに映し、サンプル細胞を取るその姿はレオンとクレアの知っている気弱な少女ではなく、一人の研究者の物だった。

 

「………成長したのね………」

「………そうだな」

「何か言った?」

 

 こちらを向いたシェリーに、クレアは優しく微笑む。

 

「随分と立派になったな。って思ってたとこ」

「これでも学会にレポート出した事だって有るんだから」

 

 シェリーは無邪気に微笑み返しながら、ノートパソコンを起動させてデータをまとめていく。

 

「こちらAチームシェリー。コボルトの詳細データをまとめたから転送します」

 

 レオンの持っていたモバイルをノートパソコンに繋げてデータを転送させていく。

 

『へえ、随分と詳しくまとめてますね』

 

 通信からレベッカの歓心する声が返ってくる。

 

『前に一度BOWのデータベースを作る時に全員にレポート提出してもらったら、訳の分からない物を出してきた人が何人か…』

『悪かったな!』

「あは、あはははは、どうもそういうの苦手で………」

 

 カルロスの怒声とクレアの乾いた笑いの後ろに、何人かの押し殺した笑いが重なる。

 

「………ひょっとしてあのデータベースに有ったよく分からない挿絵って………」

「Aチーム、これより目的地に向かいます」

 

 その場を逃れるように、クレアはそれだけ言って足早に歩き始めた。

 

 

「何よ…………これは…………」

 

 曲がり角を進んだその先に在った物に、全員がしばし絶句した。

 通路中の壁や床や天井に、血と肉片としか呼べなくなった死体が散乱していた。

 

「爆弾でも使ったのかしら?」

「いや、爆発の痕跡が無い。おそらく叩きつけられた物だと思うが………」

 

 レオンが周囲を注意深く探り始める。

 シェリーも込み上げてくる嘔吐感に耐えながら、付近を調べ始めた。

 

「叩きつけられた高さから言って、多分肩の高さは150cmも無いみたい」

「妙だな?てっきりタイラントタイプだと思っていたが、だとしたら背が小さ過ぎる………」

「タイラントだったらここまでしないんじゃ?ゾンビ相手だったら一撃で撲殺するか、爪で切り裂くかのはずだし…………」

「新型?」

「かもしれん」

 

 レオンが緊張した面持ちで背中に背負っていたM66ロケットランチャーを展開させていく。

 

「こちらAチーム、通路にて完全にジャンクにされているゾンビの死体を発見。タイラントタイプもしくは新型のBOWの疑いあり。これより最大戦力を持って進む」

『注意しろよ。場合によっては逃げても構わん』

 

 返信するバリーの声も緊張していた。

 

「鉢合わせしない事を祈るばかりね」

 

 クレアがM79グレネードランチャーに対生物用の硫酸弾をセットする。

 

「ここしばらく教会には行ってなかったけどね」

 

 シェリーがスタンナックルのバッテリーを新しい物へと取り替えた。

 三人とも慎重に、その場から先へと進み始める。

 足取りはやけに遅く、そして周囲の音がやたらと大きく聞こえるような感覚に捕らわれながらも、先へと進む。

 通路から出てきた影に思わずクレアがトリガーを引き、命中したのがただのゾンビだと知って思わず胸を撫で下ろす。

 

「緊張するのは分かるが、あまり無駄弾を使わないようにな」

「だって…」

 

 クレアが弁明じみた事を言おうとした時、何処からか断末魔の悲鳴が聞こえた。

 

「何、今の!?」

「向こうからだったな」

 

 三人は顔を見合わせると、自らの武器を強く握り締めながらそちらへと向かう。

 保管室のプレートが掛かった部屋の前で、全員が一時足を止めると、ドアの両脇にへばり付き、無言でアイコンタクトを取ると一気にドアを開けた。

部屋の奥の方から、何かを咀嚼する音が聞こえる。

 そちらの方へと武器を構えながら、レオンが室内灯のスイッチを入れた。

明りが点いた事に気付いたそれが、ゆっくりと立ち上がるとこちらを向いた。

 

「え!?」

「まさかこいつは!」

 

 ふりむいたそれに、クレアの意外そうな声と、レオンの驚愕が重なった。

 それは女性の姿をしていたが、体毛は一切無く、そして胸が膨らんでいるが、乳首も無く性器の類も見当たらない。

 敢えて言うなら筋肉質の女性のマネキンの様な体とは裏腹に、頭からは長い髪が生え、目は紅い双眸を宿し、口には牙を思わせるような鋭い歯を血に染めていた。

 こちらを向いたそれの足元に、さっきまで咀嚼していたハンターの死体が転がっている事に気付いたシェリーの顔色が変わった。

 

「逃げろ!こいつは雌型タイラント、“ヘラ”だ!」

 

 レオンが叫びながらM66ロケットランチャーを発射する。

 だが、ヘラは咆哮しながら至近距離から放たれたロケット弾をかわして異常なまでの敏捷さで一気にレオンへと近寄るとその襟首を掴んで壁へと叩きつける。

 

「くはっ………」

 

 呼吸に詰まったレオンを更に叩きつけようとした所に、クレアが硫酸弾を肩へと撃ち込む。

 

「レオンを離して!」

 

 クレアが叫びながら次弾を装填しようとした時、ヘラは無造作にレオンを離すと今度はクレアへと走り寄る。

 慌ててMP5A5のトリガーを引こうとしたクレアに瞬く間にヘラは近寄り、平手のまま横殴りにクレアの胴体をはたき付けた。

 たった一撃でクレアの体は宙を舞い、そのまま壁際の薬品棚に叩きつけられた。

 

「クレア!」

 

 シェリーが思わず叫ぶ。

 

「………シェリー…………逃げて…………」

 

 クレアはそのまま床へと崩れ落ち、片手でなんとか上体を起こしながらMP5A5を構えようとする。

 叫び声の方を向こうとしたヘラの体が一瞬ビクッと跳ね上がる。

 その腹部に一発の弾痕が刻まれていた。

 

「……逃げるんだ、シェリー…………こいつはタイラントシリーズの中でもっとも凶悪……」

 

 口の端から一筋の血を流しながらレオンがデザートイーグルを構えていた。

 

『大丈夫かAチーム!今救援を!』

『こちらBチーム!Aチーム救援に向かう!』

「来るな!まともに戦ったら勝ち目はな…」

 

 レオンがインカムに怒鳴り返しながら再びトリガーを引こうとした時、一瞬にして近寄ったヘラがレオンの頭部を上からはたき付ける。

 

「がはっ!」

 

 血の混じった反吐を吐きながらレオンが床に叩きつけられ、僅かにケイレンしたかと思うと動かなくなった。

 

「レオン!いやあああぁぁぁ!」

 

 シェリーが悲鳴を上げながらその場に硬直する。

 そちらの方に向いたヘラの胴体に、いきなり無数の弾丸が撃ち込まれた。

 

「逃げるのよ………シェリー……早く………」

 

 クレアが壁に寄りかかりながらMP5A5のトリガーを引いていた。

 しかし、すぐに弾丸は尽き、マガジンを変えるよりも早く襲い掛かったヘラに首筋を掴み上げられた。

 

「駄目ええぇぇ!」

 

 シェリーが叫びながら、体ごと旋回させ十二分に体重の乗った回し蹴りをヘラの肩口に叩き込んだ。

 蹴りと同時に撃ち込まれたスパイクが肩に突き刺さる。

 掴んでいたクレアを思わず離したヘラに向けて、シェリーは上段、中段、下段に矢継ぎ早に変化させる左右の連続蹴りをお見舞いする。

 次々と撃ち込まれていくスパイクがヘラの体を穿ち、流れ出す鮮血がその体を染めていくがヘラは気にも止めないが如くシェリーの方に向き直った。

 ヘラと目が合った瞬間、ちょうど両足のスパイクが弾切れを起こす。

 シェリーは一度距離を取ろうとバックステップで後ろに下がったが、ヘラは即座に間合いを詰めてくる。

 

(掛かった!)

 

 相手の目論見通りの動きにシェリーが僅かに微笑みながらヘラが突き出してきた腕を右手で掴み、体を相手の外側へと移動させながら腕を引きつつ左足で相手の足を払う。

 バランスを崩したヘラが転倒すると同時に、シェリーは右手を離して真上にジャンプし、相手の首筋に全体重を乗せた靴底で思いっきり踏みつけた。

 

(決まった!)

 

 マーシャルアーツを教えてくれた人物から必殺技として教えられた技が完全に決まった事にシェリーはほくそ笑んだ。

 一度模擬戦で手加減して使って相手をICU送りにしてしまった程の技を本気で使った。これで効かない訳が無い。と思ったシェリーの思考は平然と起き上がったヘラによって中断した。

 

「効かない!?」

 

 驚愕するシェリーに向けて横殴りに来たヘラの腕を慌てて側転で避ける。

 

(幾らパワーが有ってもウェイトが無い限りは一撃必殺性は少ない)

 

 レンの言っていた事がシェリーの脳裏に浮かぶ。

 それを確実に実感しながら、シェリーは足の仕込み銃に強敵用の時限信管内臓型のボムスパイクを装填する。

 

(コンビネーションはあくまで有効打に繋ぐ為の物だ)

 

 ヘラに向けてラッシュを掛けようとした時にその言葉がシェリーの頭をかすめた。

 攻撃をラッシュから受け流しに変更し、シェリーはヘラの突き出してきた腕を左の裏拳で逸らし、右のストレートをボディに叩き込んで一瞬動きが止まった所にミドルキックを食らわし、即座に離れた。

 ヘラがシェリーを憎し気に睨み返してきた時、胴体に撃ち込まれたボムスパイクが爆発し、肉片を撒き散らす。

 

(効いてる!)

 

 相手がよろけたのを見たシェリーが再び攻撃を開始しようとした時、相手が大きく息を吸い込むのが見えた。

 

(見た目だけで相手の攻撃方法を判断するな。意外な攻撃をしてくる事もある)

 

 シェリーはとっさに横に跳ぶ。

 先程までシェリーがいた空間を、ヘラが吹き出した霧状の何かが通り過ぎ、それにふれた床がゆっくりと融解していった。

 

(強酸!?胃液!)

 

 シェリーの頬を冷や汗が伝う。

 一瞬避けるのが遅ければ確実に致命傷になっていた。

 ヘラが低くうめきながらシェリーを睨みつける。

 シェリーも負けじと睨み返し、僅かな、しかし長く感じられる時間二人は対峙する。

 その間はヘラのあげた咆哮によって破られる。

 再び襲い掛かってきたヘラに冷静を心掛けながらシェリーは応戦する。

 振り下ろされた右腕を横に動いてかわし、空いた顔面に左フックを叩き込む。

 フックと同時に炸裂した電撃に相手がたじろいだ瞬間を逃さず、シェリーは渾身の右ハイキックをヘラの側頭部に炸裂させた。

 

(やった!)

 

 キックと同時にボムスパイクが撃ち出される反動を感じたシェリーが勝利を確信する。

 それが一瞬の油断に繋がった。

 ヘラが左手でシェリーの足を掴むと、シェリーが反応する前に思いっきり振り回し、壁へと叩きつけた。

 

「かはっ………」

 

 シェリーの全身を激痛が走り抜け、息が詰まる。

 再びシェリーを叩きつけようとしたヘラの側頭部でボムスパイクが爆発、その手からシェリーの足がすっぽ抜ける。

 

「倒した………?」

 

 シェリーが立ち上がろうとした時、掴まれていた足首に激痛が走る。

 

(くじいた?でも、もう大…)

 

 シェリーの目前で、顔の半分を吹き飛ばされたヘラが悠然とその場に立っているの見た瞬間、シェリーの思考に圧倒的な恐怖が襲った。

 

「嘘……頭部が欠損しているのに生きているなんて…」

 

 思考は相手の攻撃で中断する。

 慌ててかわした拍子に、足首に再び激痛が走る。

 

(実戦では痛みを必要以外は無視しろ、隙が出来る)

(無理!そんなの!)

 

 シェリーの目じりに涙が浮かぶ。が、敵はお構いなしに攻撃してくる。

 

(この足じゃキックは使えない………)

 

 シェリーは痛みをなんとか我慢しながら構える。

 

(でもパンチじゃ効かない………)

 

 拳を必要以上に強く握り締めながらシェリーは奥歯を強く噛み締める。

 

(でも私が戦わなきゃクレアとレオンが死んじゃう!)

 

 涙が溢れてくるのを感じながら、シェリーは勇気を振り絞り、目前の強敵を見た。

 

(よく見ておけ)

 

 ふとその時、レンが訓練の最後に見せてくれた技を思い出した。

 

(踏み込みと同時に全身の筋力を集中すればこういった芸当が可能になる。格闘技の方が威力は大きいはずだ)

 

 レンが言っていた事を思い浮かべながら、シェリーは足をずらし、体重を平均的に掛けていく。

 

(あれしかない!)

 

 シェリーは両腕を下ろしながら、プロテクターのスタンガンのコンデンサースイッチを入れる。

 低い音と共に、充電が開始されていく。

 それを聞きながら、シェリーが両腕を腰の高さまで下げ、腰だめに両拳を構える。

 

(チャンスは一度きり。失敗すれば、私も、クレアも、レオンもみんな死んじゃう………)

 

 こちらに飛び掛るタイミングを見計らっているヘラを見据えながら、シェリーは呼吸を整える。

 

(力を貸して、レン!)

 

 自分の知りうる限りの最強の人物を頭に浮かべながら、シェリーは全身に力を込めた。

 充電の完了した事を告げる電子音と、ヘラが飛び掛ってくるのは完全に同時だった。

 相手との距離がパンチの間合いに入ると同時に、シェリーは両足に力を込める。

 G―ウイルスの影響で強化されている筋肉が、一瞬にして驚異的なパワーを生み出し、それに体重を乗せた力が上へと伝達されていく。

 肩口まで来たその力を、最小限度の動きで拳へと伝えていく。

 驚異的なまでの力を秘めて突き出された両拳がヘラの腹部に突き刺さり、それと同時に大電圧が相手の体内へと開放されていった。

 

 

「Aチーム!生きてる!?」

 

 ジルが部屋の中に飛び込みながら銃を構える。

 そこには、対峙したまま静止しているシェリーとヘラの姿が有った。

 

「シェリー!どいて!」

 

 ジルが声を掛けた次の瞬間、ヘラの口から膨大な量の血が溢れ出した。

 

「……………え?」

 

 救援に来たBチームの目の前で、なおも血を吐き出しつつ、力の失われたヘラの体が崩れ落ち、床へと倒れ伏した。

 それに続いて、シェリーが力を失って床に座り込む。

 

「シェリー!無事なの!?」

「え、えへへへへ……………」

 

 力無く笑いながら、シェリーが背後を向いた。

 そこには、安堵と喜びの表情が有った。

 

「レオンは生きてるぞ!」

「クレアも無事だ!」

 

 Bチームに肩を借りながら、クレアが立ち上がり、レオンが目を覚ます。

 

「シェリー、君一人で?」

「うん!」

 

 レオンの問いに、シェリーが満面の笑みで答える。

 

「やったね、シェリー」

「うん!」

 

 親指を上に上げるサインを出しているクレアにシェリーがVサインで答える。

 

「立てる?」

「ちょっとくじいてて………」

 

 ジルに肩を借りながら、シェリーが立ち上がる。

 

「こちらAチーム。全員負傷しながらも、シェリーが単身でヘラの撃破に成功。以降の調査を不能とみて撤退許可を願う」

『了解、AチームはBチームの護衛の元拠点まで撤退してくれ。よくやったぞ、シェリー!』

『すげえな!』

『やるじゃない』

『マーベラス!』

 

 皆からの賛辞の中、シェリーはただ一人だけの声だけが聞こえてきた。

 

『よくやった』

 

 レンのたった一言の声が、何故かシェリーの耳に残っていた。

 

「私もSTARSの一員だもん」

 

 シェリーは満面の笑みで小さくガッツポーズを取った。

 

 

 誰もいなくなった部屋の中で、死体と化していたヘラの指が微かに動いた。

 やがて、その体が急激的に変化していく事に気付く者は誰一人としていなかった。

 

説明
※注意 本作はSWORD REQUIEMの正式続編です。SWORD REQUIEMを読まれてからの方がより一層楽しめるかと思います。
 ラクーンシティを襲ったバイオハザードから五年。
 成長したレンは、五年前の真実を知るべく、一人調査を開始する。
 それは、新たなる激戦への幕開けだった…………
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