DIGIMON‐Bake 1章 10話 憧れの紅い竜/11話 DIBR |
10話 憧れの紅い竜
「……深、起きろ」
「……」
状況は違うが……前もこんな事してなかったけか?
「おい、深」
「……」
ネット上から帰還し、一夜明けたのだが、あれ以来ずっと寝たままだ。布団の中にいる訳ではないが、何だか振り出しに戻った気分なんだが。
ともあれ、ネットの中ではデュナスモンの姿のまま深を抱えていたが、こちらの世界に帰ってくるなり成長期に戻ってしまった。どちらにしろこの部屋の中で過ごすならこの姿の方がいいのだがな。
「学校に遅刻するぞ……」
深の服を口に挟み、肩を揺すってみるが大して動く事もなかった。服が破れないように調節したからか、俺の力が不足していたからか。
深が少し身をよじり出した時には、既に俺も布団に寝転がっていたのだった。
▼▼▼▼▼
学校に着くなり机に伏せた深。そのまま半目で半日を過ごしていた。
少しレオルモンの様子を聞こうかと思っていたけど、それどころじゃないらしく帰路に着くまでは放っておいた。
「おはよう」
「お、はよう」
朝の挨拶をした今の時間はもう13時。それでもまだ眠そうに目を擦る深にウチは背中を叩く。
「いたっ」
「寝過ぎ」
「ンナ事言ったって、昨日はちょっと忙しかったんだよ」
「ふーん、どうせそんな大したことじゃないんでしょ」
「ひっでぇ! 昨日は大変だったんだって」
珍しくもムキになる深を見て、まぁ確かに何かあったんだろうと思ってみる。
「で、何が大変だったの?」
「それがさ、テイマーになったよ」
「マジでかっ!?」
「ほら、これ」
「デジヴァイス……!」
「そうそう。おまえのと同じだろ」
「うん」
薄紫色のデジヴァイス、レオルモンがパートナーになったのかな。
「昨日さ、パソコンの中の世界みたいなとこに行って、デジモンと戦ったんだ。したらレオルモンが進化して――」
「パソコンの中!?」
「え、うん」
「そんなとこ行けたんだ」
「俺も不思議でしょうがないって」
「だねぇ。でもパソコンから行ったのってデジタルワールドじゃなかったの?」
「ああ、何か違う世界らしいよ」
「そっか……」
もしかしてデジタルゲートがあるんじゃないかと期待してみたけれど、そう都合よくはいかなかった。
「どこにあるんだろうね、デジタルゲート……」
「だなぁ。普通にデジモン02みたいにさ、パソコンから開けばいいのにな」
「ほんとそれだよ……」
テイマーになってこう言うのも何だけど、やっぱりデジモン達は元の世界に帰れた方が断然いいんだろうって思ってしまう。そもそもテイマーになってまだ日も浅い。アニメのように「あなたを待ってたんだよ」ってな感じの出会いでもないのだから、いくらデジモン好きでずっと一緒にいたくても一方的な想いは悪い気がする。
「えっと、明日休みなんだっけ?」
「あーそうだな、休みだな」
「人気の少ない公園とか山とかにでも行く?」
「そうだな。行こうか」
「じゃ、またメールするから」
それだけの約束をして、深の家との分かれ道で手を振った。後は普通に家に帰るだけ、そう思って歩いていたんだけれど……
(? あれ、こんなに家遠かったっけ?)
歩いても歩いても見慣れた景色が続く。いや、同じ景色な気もする。
「何か……おかしい……?」
そう気が付いた時には景色は歪んでいた。少しずつ、少しずつ。
「うそっ、ここどこっ!?」
(どーこだ)
「!!?」
声が聞こえた気がした。それも遠くの方で。
ウチは一気に怖くなり、走った。とにかくもう、当てもなく只ひたすら真っすぐの道を。
そして気が付かなかったんだ、ずっと、真っすぐの道を走っていた事に。
「ようこそ此処へ、さっきの答えを教えてあげよう」
走って走って行き詰った場所、その床は何故かチェス盤が広がる空間。一体どういう事なのだろう?
そしてその声の主は、大きなダーツを構えていて、脚は4つ。そのデジモンは恐らく――
「ナイトチェスモン――」
「ご名答」
何故か会話になっている。人は一人だと不安になるが、会話が成り立ち、その空間に自分以外のもう一人がいるからといって安心する訳でもない。
「そしてもう一つ、私からお答えするよ。『此処はどこか』、それは――」
ナイトチェスモンがパカリと歩を進めた。正方形の黒と白が交互に並んでいる床の上を、1マス進むように。
「此処は私が用意したゲームのステージ」
「……」
あぁ、汗が止まらない。
「さぁ、私の力の糧となってもらうよ。人間のお譲さん」
逃げる場所がない。
だけど目の前のナイトチェスモンはダーツの先をキラリと光らせ大きく振り上げたんだ。
「っ、誰かっ! 来てっ、ドラコモーーーン!!!」
この時怖くて何を叫んだかは覚えていなかった。だけどダーツが振り下ろされた時に、
「テイルスマッシュ――!!」
そう聞こえた。
「何っ!?」
高速で突っ込んできた小さな物体はウチの前に着地し、ダーツはナイトチェスモンの手から弾き飛ばされる。
「澪! 大丈夫か!?」
「ドラコモン……?」
「よく呼んでくれた。呼ばれなければ此処に来れなかったかもしれん」
「え……」
聞こえたっていうのか、ウチの声が。小さくも凛々しく前に立つドラコモンは、しだいにウチの恐怖を薄めていった。
「此処から出る。戦うぞ、澪」
「うん」
ウチを引っ張ってくれた気がした。
成熟期vs成長期。明らかな力の差だ。だけど応えなきゃ。ドラコモンはウチに言ったんだ。「戦うぞ」と。
鞄に入れておいたデジモンカードを手探りに取り出し、想いを籠めた。
「カードスラッシュ――!!」
そしたら何故かドラコモンが光り出して……
MATRIX EVOLUTION
ドラコモン進化――
「エグザモン!!」
紅い、大きな翼が宙に浮いていた。翼の中にいるその竜は憧れのロイヤルナイツの姿と同じ、"竜帝"エグザモン。
「どうして、究極体……」
度肝が抜けた、というのだろうか。段階を踏む進化が普通だと思っていたウチにとって、最初の進化がイキナリ究極体への進化だったから。
「元はこの姿だ。驚く事はない。力を与えてくれてありがとう、澪」
大きい、これがエグザモン。だけどエグザモンが微かに笑ったのが見えた。
あとはエグザモンがランスを構え、ナイトチェスモンを狙うだけ。
「アヴァロンズゲート――!」
ランスに突き抜かれたナイトチェスモンは内部から消滅した。これが、もっと明らかな力の差。
「エグザモン、お疲れ様」
「あぁ、怪我はないか?」
「うん。ありがとう」
もう一度微笑んだエグザモンは、景色が元に戻ると同時に再びドラコモンに戻った。
そしてウチは小さくなったドラコモンを抱え家へと歩き出した。
11話 DIBR
都会に馴染まずにその店が建っているのは、直樹悠史が亭主として経営するきな粉団子屋。
小さな店だが、店内に入れば和の雰囲気が空気を落ち着かせ、質素なきな粉の香りが鼻を掠める。
奥で数人が団子を作っているが、そこには直樹の姿はなかった。何故かと言うと、それは店の奥の奥、外から見れば店の隣に位置する所に直樹の家がある。直樹は一人……いや、正確には二人でそこで作業していたからである。
「うむ、美味だ」
そう言ったのは他でもない、直樹以外のもう一人、タクティモンだった。
「また食ってるのか……お前も飽きないな」
かれこれ5年の付き合いになる二人だが、テイマーとなった当初と変わらずタクティモンの舌は肥えなかったらしい。5年もの間、「家に食べるものがない」時や「3時のおやつ」等々、事ある毎に自分が作るきな粉団子を食べ、未だに「飽きた」と言わないタクティモンに良くも悪くも直樹は顔を引き攣らせた。
タクティモンは食べる事に飽きないのだろうが、直樹はその「タクティモンが団子を食べる様」を見るのは飽きた様子だ。
「美味いものを食べる事の何がいけない? それにこれはお前の腕を褒めているのだぞ、一応」
「……最後が引っ掛かるな、一応って」
褒めているのなら「一応」は余計だろう、と直樹は思ったが、飽きずに食べてくれていると言う事は取りあえずはタクティモンの言う事は嘘ではないので感謝した。口にはしなかったが。
「っつかお前、パソコンの前で食うなっ。きな粉ボロボロ落とすなよっ!?」
「落としてないぞっ。ほらっ!!」
「だぁぁっ言ってる側から落としそうだコラっ!!」
「ム」
「ム、じゃねぇよっ!」
小さめに作られている団子だが、きな粉がまぶしてあるという事で粉は落ちる。器用に食べない限りは幾らかは絶対落ちる。タクティモンの口には余裕で入るのだが、やっぱり引き抜いた時とかに落とすので、直樹はそれをいつも注意するのだ。
注意をされ、残りの団子もさっさと食べきってしまったタクティモンが再びパソコンの前に体を向ける。
「どうだ、終わりそうか?」
「うむ、しかし随分と大事なデータばかりを食われたのだな」
「殆ど無くなってるか」
「うむ。無いに等しい」
「そうか……」
タクティモンがしている作業、それは以前何者かによって家のパソコンの食いつくされたデータの復旧。元々家でちょっとした作業が出来るように、本部から必要なだけのデータを持ってきただけの内容だが、本部のパソコンとは違いデジタルワールド管理専用には作られてなく、ウィルス対策も万全ではないためデータは殆ど消されてしまった。
データが本部のものなら、その管理局――DIBR本部にてデータを移せばいいだけの話だが、それをしてしまってはこの家に一つしかないこのパソコンを数日間本部に置きっぱなしにしなければならない。
流石に他の事にも使うパソコンなのでそれは出来ないと、タクティモンが本部からデータをスキャンし今それを移している、という事だ。
「それにしてもお前……さっきからそのサイトで何見てんの?」
「ム、これは刀の模型だな。原寸ではないが1/4サイズになっている。中々出来がいいとは思わんか?」
「……勝手に注文すんなぁぁあ!」
直樹の手刀がタクティモンの固い後頭部を勢いよく叩く。
「ふごっ!」
タクティモンが前のめりにパソコンに突っ込みかけた時、直樹は不十分なデータのアップロードの中に昨日の日付を見つけた。
昨日は何も無かった筈だと直樹がそのデータを開いた。
「なっ何だこの膨大なデータ量のデジモン反応は!」
前のめりの上に直樹が乗っている所為でタクティモンは体を起こすことが出来なく、顔だけを画面に向ける。
「ん? ああ、これは昨日の昼頃に感じたデジタル反応だな」
「昨日感じた!? お前昨日何も言わなかっただろ!?」
「確かこの時間は茶の間で芸術作品の鑑賞を、」
「並べてある食器見てたお前の都合なんか知らねぇよ!」
家にいるとろくな事をしない、と直樹はつくづく嫌になる。
「でも何でこんなに大きなデータ量なのに反応しなかった……」
「膨大すぎてすぐには拾えなかったのだろう」
「そんなに大きな反応だったのか?」
「結構な量だったさ。デジタルワールドにいてもこれ程の量は中々いないぞ」
「……だったら尚更教えろよ……」
どうやらタクティモンは芸術鑑賞に夢中でデジタル反応など二の次三の次だったらしい。一応反応自体には意識を示したようだったが、その時のタクティモンにとっては大した事ではないと興味の欠片もないようだった。
(しかしあれだけな膨大なデータ、どこかで知ってる気がするが……)
タクティモンが感じたのは、データ量が半端なく多かったと言うだけで、デジモン反応は2体だった。という事はどちらかのデジモンがそれだけのデータを所有しているという事だ。
(まさかとは思うが……)
今になり考え出したタクティモン。
「悠史、ネットワークセキュリティは元に戻ったか?」
「まだだ」
「一つも戻ってないのか」
「何の変化もないな」
「そうか……今後そのデジモン反応を追ってみよう、悠史。もしかしたら見つかるかもしれん」
「ロイヤルナイツが、か?」
「うむ」
膨大なデータ量ということで直樹の頭に過ったのはエグザモン。図鑑にはこちらの最新型機器でもやっと姿を確認出来ると書いてあったのを思い出し、それならばと納得する。
「やっと少し前に進めたって感じだな。それにしても大神からの連絡が来ないってどういう事なんだ……」
電波を発信してもう数日経つ。いつもは一日以内の返ってくる「届いた」というだけの素っ気ない返事すらも返ってきていない。
大神自身に何かあったのか、只単に電波を拾えていないだけなのか、それともこちらからの電波が途中で遮断されたままなのか……直樹の頭には問題ばかりが積り、既に投げやりになりそうな気分だった。
スカイロゥゾーンにて、デュナスモンのデータを丸々見つけたアルフォースブイドラモンとカンヘルモンは、その後ゾーンを出ると別れた。
「君にはホントに助けてもらったなぁ。 ありがとう! またどこかで会えたらその時は宜しく!」
こんな調子でアルフォースブイドラモンはデュナスモンのデータを片手に、元気よく手を振り、スカイロゥゾーンの入口から見えない早さで去って行った。
返事もする間もなくそこに立ち様子を見ていたカンヘルモンは、一度出たスカイロゥゾーンに再び足を踏み入れてる。
「あのデータの入口……やはりゲートだろうか……」
デュナスモンのデータが見つかったそこが、どうしても気になったのである。
ゲートと思うにはあまりにも小さくて。しかし何かの入口のように光っている。誰かが只データをそこに集めたという割には何か不可思議な気配もするのだ。
「そういえば大神は電波を拾ったのか……?」
例の場所に行くためスイスイと空を滑っているが、さっき受信したデータの内容を伝える相手をほったらかしにしている事に気付く。
(……どっちが優先だろう)
ゲートかどうかを調べるか、それとも大神に報告するのが先か、天秤にかければ微妙な優先順位になった。普通ならば個々で電波を受信出来るので、カンヘルモンは折角の機会であるゲートを調べればいいのだが。
しかし……大神が電波を拾っている事はない。あり得ない事だ。
それは何故か、
「全く不便だ」
大神がつい先日、その電波を受信する為のメモリーを紛失したからだ。デジタルワールドとリアルワールドの電波送受信を可能にするメモリーはデジヴァイスに挿しこむだけ。なのに何故か紛失した大神。
「せめて昨日居た所に居れば分かりやすいものの」
カンヘルモンはそれを知っているが、リアルワールドにいる直樹はそれを知らない。
大神は通信手段を失ったにも関わらず、今日の行動をカンヘルモンに言っていない。いつものように簡単に自分を探せると思ったのだろうか。
「あの場所だけ軽く見て抑えてから、大神を探すか」
そう言って結局カンヘルモンが優先させたのは例の場所の調査と確認だった。
肝心な所で大神は抜けている、と思ったカンヘルモンだったが、彼は気付いていない。
直樹の通信にしろ、大神への報告にしろ、両方の橋になっているのは自分なのだと。
大神のメモリーが紛失した事を直樹に伝えられるのは自分しかいないのだと。
そして大神からの連絡をずっと待っている直樹にとって、メモリーが紛失したという報告は一番必要な事なのだ。
ネットワーク管理局"DIBR"。それがこの3名を含めた組織の名前である。
これでも一応、ネットワークの管理は出来ている……筈だ。
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