BIOHAZARDirregular PURSUIT OF DEATH最終章
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最終章『輝ける星達』

 

 

アメリカ サウスタコダ州 アンブレラ製薬サウスタコダ研究所

 

『自爆装置が起動しました。爆発まで、あと4分です。全ロックを解除、研究員は至急避難してください。繰り返します自爆装置が…』

「うるせえ!残り時間だけ教えろ!」

 

 肩に負傷した隊員を担ぎながら、非常灯が点滅している通路をSWAT隊長が必死に避難しようと走り回る。

 

「隊長………オレはもうダメです……隊長だけでも…」

「馬鹿野郎!おめえが死んだら二階級特進でオレより階級が上になるだろうが!勝手に出世されてたまるか!」

 

 重傷を負っている部下に激を飛ばすSWAT隊長の眼前の壁を、突然炎に包まれたツタが飛び出して行く手を塞いでくる。

 

「たかがデカイ薪が、火付けられたからって逆恨みか?ふざけんじゃねえ!!!」

 

 SWAT隊長は腰のホルスターからコルトSAAを抜くと、ツタへと向けて連射する。

 

『爆発まで、あと3分です』

 

 銃声に、無情なカウントダウンが重なった。

 

 

 

日本 京都 アンブレラ製薬丹波研究所

 

「五行相克(ごぎょうそうごく)!」

 

 呪文と共に振り下ろされた神剣“そはや丸”が、スサノオの右腕を肩口から斬り落とす。

 

「ガアアァァァ!!」

 

 周囲一体に轟くような絶叫が響かせながら、スサノオはもう片方の腕を振り回すが、そちらもすでに肘から先が消失していた。

 

「ただ破壊と殺戮を撒くが為に造られし者よ。お前が存在すべき場所など、この世の何処にも存在せず」

 

 自分を見下ろす位置にあるスサノオの両目を見据えながら、徳治は刃の血を振るい落としながら淡々と宣言する。

 

「我が剣に賭けて、その在を滅せん。いざ、参る」

 

 スサノオが、唯一残った顎(あざと)で、徳治に噛み付こうとするが、自らに向かってくるそれを冷静に見つつ、徳治は一度刀を鞘に収め、居合の構えを取る。

 

「克(こく)!」

 

 短い呪文と共に、僅かに身を反らした徳治の腰間から、神速の刃が繰り出される。

 刃はスサノオの太い首を苦も無く斬り裂き、そして貫ける。

 スサノオの巨大な頭部が、その顎を開いたまま、宙へと舞った。

 

 

 

北極 アンブレラ秘密研究所

 

『SYSTEM…ザッ…ERGENCY。ERECTOR…ザザッ…VE、CONECT.FIRE CONTROL、SHIFT VOICE COMMAND.“GYGANT”STANDING』

「緊急システム、起動開始」

「電子神経接続、OK」

「火器管制システム、ボイスコマンドへ変更」

「ギガント、起動!」

 

 ゆっくりと、歪な人型をした機械が前に一歩を踏み出す。

 

「起動成功だ」

 

 周囲にいた研究員が起動成功に沸く中、ギガントの頭部カメラが周囲を見回した。

 

「気分はどうだ?」

「最高だ。時たま頭の中にノイズが走るけどな」

 

 カメラを覗き込んでいるカルロスに、試しに手足を動かしながらスミスは狭い機内でほくそ笑んだ。

 

「さっきも言ったが、本来は脳幹の運動神経中枢に改造を施してインターフェースを設ける所を、あんたの義腕の電子神経に無理矢理繋いでいるんだ。あとでどんな後遺症が起きても責任は持てないぞ」

「構わねえ、今勝てれば後はどうにでもなる」

 

 機内の無数のディスプレイをチェックしながら、スミスが研究員の警告を聞き流す。

 

「取りあえず、インターフェース破損時用の緊急制御システムで動かす事は何とかなる。火器制御はボイスコマンドと併用、マニュアルはちゃんと読んだな?」

「おう、腕から先がコントローラーで、ターゲットは声でだな。用はスーパーロボットウォーズの要領でやりゃいいんだ」

「何だそれは?」

「日本のゲームだよ。レンのお勧めだ」

 

 バリーに答えながら、スミスはギガントの右腕に取り付けられた20mmガトリングガンを向こう側のデスクに向ける。

 

「SET」

 

 コマンドを入力しながら、スミスはディスプレイの中のデスクに視線を集中、それを搭乗の際に付けたバイザー型FCSが感知して、自動的に照準を設定する。

 

「FIRE!」

 

 発射コマンドを入力すると、途端に銃口から20mm炸裂弾が連射され、一瞬にしてデスクはスクラップへと変わり果てる。

 

「ハ!こいつは最高だ!」

「ある程度なら脳波制御も可能だが、ボイスコマンドを最優先に設定しておいた。あとは君次第だ」

「OK」

 

 スミスがギガントの右手を持ち上げると、格闘戦用のマニュピレーターで親指を立ててみせる。

 

「その様子なら大丈夫のようだな。それでは、我々は約束通り退避させてもらう」

「ああ、あちこちに討ち漏らしたBOWがいるだろうから気を付けろ。STARSの誰かに会ったら銃を捨てれば撃たれる事はないはずだ」

 

 バリーの警告を聞きながら、非常時用の武器を手にした研究員達が我先に逃げ出す。

 

「さて、反撃開始だ」

 

 スミスが壮絶な笑みを浮かべながら、脚部移動用ホイールを起動させた。

 

 

 

「鎮痛剤をこっちに!骨折処置の準備を!」

「血清を注射しときました。直に楽になります」

「輸血200ml!血液型はOのRH+!」

 

 医務室に次々と運び込まれる怪我人を、ミリィとレベッカが中心になって応急処置を施していく。

 その中には、アンブレラの警備員や科学者の姿も混じっていた。

 

「いやはや、とんでもない肝っ玉の嬢ちゃんだな」

「何せ、サムライの妻になろうって奴だからな」

 

 医務室付きの医師に手当てを受けながら、クリスは次々と処置を施していくミリィを苦笑しながら見た。

 最初にこの医務室に来た時、中で手当てを受けていた警備員とSTARSの間で危うく銃撃戦が起こりかけたが、彼女の一喝で医務室周辺は中立地帯として扱われる事になっていた。

 

「あんたもこちらの手当てをしてくれてるのは何でだ?」

「そちらが派手にやってくれたお陰で、制御システムがあちこち壊れてるんだ。ここにもいつ暴走したBOWが雪崩れ込んでくるか分からん。生き残るには戦える人間に一体でもBOWを減らしておいてもらわんとな」

 

 包帯を巻き終えた医師が溜息混じりに呟く。

 

「盾は多い方がいい、という訳か」

「そう取ってもらって結構だ。この状況でウソを言える程器用でもないんでね」

 

 クリスの手当てを終えた医師が、別の怪我人の手当てを始めようとした時、誰かの悲鳴と爆発音が通路から響いてきた。

 

「ネメシスだ!」

 

 別の誰かが絶叫する。

 爆煙が立ち込めている医務室の入り口から、全身を黒いコートで覆い、片目にスカウターのような物を付け、手に大型で妙に長いロケットランチャーを持ったネメシス―T型が、その砲口を医務室内のSTARSへと向けようとしていた。

 

「馬鹿!オレ達は敵じゃないぞ!」

 

 ベッドに寝ていた包帯だらけの警備員が叫ぶが、目標の殲滅以外の判断が出来ないネメシス―T型はためらわず、狭い室内に砲口を向けてトリガーを引こうとする。

 

「くっ!」

 

 何人かが銃を向けた時、突然ネメシスの頭部を何かが貫く。

 

「?」

 

 皆が疑問符を頭に浮かべる中、頭部を貫かれたネメシス―T型が通路の床へと倒れ伏す。

 その上を、鮮血に濡れた長大な爪を持った人影が越えて室内を覗き込む。

 

『シェリー!?』

 

 その姿を見たSTARSメンバー達が驚愕する。

 そこには、全身に有機質のプロテクターとも、巨大な硬質のヒルとも取れる奇怪な物をまとわり付かせたシェリーの姿が有った。

 

「どうしたのその格好!?」

「ベルセルクか………」

 

 レベッカの問いを、彼女から手当てを受けていた研究員の呟きが答えた。

 

「何だそれは?」

「人間に寄生して宿主にタイラント級の戦闘力を与える事が出来るBOWの亜種と思えばいいです」

 

 シェリーが説明しながら、右腕を覆っているベルセルクから伸びた爪を内部へと収納する。

 だが、先程呟いた研究員が声を荒げながらシェリーへと詰め寄る。

 

「それがどんな物か本当に分かっているのか!もしベルセルクの生み出す筋力に体が耐え切れなければ手足が千切れ飛ぶかもしれないんだぞ!?」

「私ならそれに耐え切れるはずです」

「それだけじゃない!そいつは着用者に文字通り寄生する!使い過ぎれば衰弱死の可能性だって…」

「計算上、可能な連続戦闘時間はあと40分弱……」

「そこまで分かっていて……」

 

 冷静に答えるシェリーに、研究員は声を失う。

 その肩を、手当てを終えたクリスが叩いて首を横に振る。

 

「さて、約束の時間まで残り少ない。反撃に移るぞ」

「でも、武器が……」

「これを」

 

 シェリーが、背中に背負っていたケースを床に置くと、それを開ける。

 そこには、対BOW用にアンブレラ内部で開発されたリニアランチャーや、最新型のOICWがぎっしりと詰まっていた。

 

「どこからこれを?」

「トムおじさんから、パパの同僚だった人から、ベルセルクだけじゃ足らないだろうからって言われて、武器庫の場所を教えてもらったんです。残りはクレアが…」

「ぶ、武器持ってきたわ………」

 

 その時になって、ようやくシェリーの後にいたはずのクレアが、シェリーと同じケースを背負って荒い息をしながら室内へと入ってきた。

 

「どうした?」

「あ、あの子、ノーベル賞と金メダルが同時に狙える………」

 

 息も絶え絶えになりながら、移動速度の違いからシェリーに置いてけぼりにされそうになったクレアがケースを床に下ろすと、なんとか呼吸を整えようとする。

 

「とにかく、人数分にはちよっと足りないけど、これで何とかなると思うわ。高速グレネード弾なんて物まであるから………」

「いや、オレはこっちを使おう」

 

 クリスが、通路に倒れているネメシスのロケットランチャーを取ろうとする。

 そこで、ロケットランチャーから伸びている給弾チューブらしき物が、その背中の巨大なバックパックに繋がっている事に気付く。

 

「これは?」

「“ブリューナク”、付属AIが目標を自動判別、最適な弾丸を自動選択して発射するネメシス用の装備だ。自重がかなりあるから人間が使うには向いてな…」

「よっと」

 

 説明をする研究員の前で、クリスが勝手にバッグパックを背負う。

 彼の筋肉質の背中からもはみ出す程巨大なバッグパックの重さによろめきそうになりながらも、クリスはランチャーの方も手にする。

 

「で、どう扱えばいい?」

「……そのスカウターがFCSに直結している。敵にランチャーを向けてスカウターに映っているターゲットが点滅すればターゲットロック完了だ」

「戦闘機と同じか」

「元はそれだからな」

 

 クリスが説明を受けている脇で、STARSメンバー達が自分の分を取ると、初弾をチェンバーに送ったり、リニアランチャーのカタパルトスイッチを入れたりして準備を進めていく。

 そんな中、ミリィが手当ての手を止めて、シェリーに歩み寄ると、その手を取る。

 

「あたしは、ここに残るわ」

「えっ………」

「医者が怪我人の傍を離れる訳にいかないの。レンの事、お願い………」

 

 奇怪な肉に覆われたシェリーの手を嫌悪する風情も無く、ミリィはその手を握り締める。

 

「はい……」

 

 シェリーは呟くように答えると、彼女に背を向けて走り出す。

 

「何人か護衛の為にここに残れ。指揮はジルに一任する」

「分かったわ」

 

 重傷を負いながらも、銃を手放さないジルがクリスの指示に頷く。

 

「行くぞ!」

『おお!』

 

 シェリーを追って走り出したクリスの後を、あちこちに包帯を巻いた痛々しい姿にも関わらず、意気の衰えないSTARSメンバーが続く。

 彼らを見送った後、ミリィはしばし無言で彼らの出て行った扉を見つめていた。

 

(レン、死なないで………)

 

 彼女の左手の薬指にはめられた指輪が、室内灯の明かりを受けて微かに光った。

 

 

 

「はっ!」

 

 風切音を立てながら飛来した数本の爆薬入りナイフが、隊列を組んでレンに迫ってきていたレギオンの間に収まるようにして地面に連続して突き刺さり、次の瞬間には同時に爆発する。

 体の両脇から同時に架かった爆圧に耐え切れず、迫ってきていたレギオンの集団が砕片となって弾け飛ぶが、さらに別の集団がレンへと襲い掛かってきた。

 

「くっ……」

 

 今の攻撃でナイフを全て使い切ったレンが、サムライソウルを口に咥えると空いた左手でヒビが入ってきていた額当てを剥ぎ取る。

 そして、その裏に隠されていたスイッチを強く押し込むと、額当てを迫り来るレギオンの中心に投げ込み、僅かな間を置いて額当てに仕込まれたC20爆薬が爆発、レギオンを数体まとめて吹き飛ばした。

 

「奥の手だったんだがな………」

 

 肩で呼吸しながら、レンが大通連とサムライソウルを構える。

 その姿は片袖は半ばから千切れ、その下のチタンプロテクターもひび割れ、砕け散っている物まで有る。

 体のあちこちにある裂傷からは血が滴り、かわし切れなかった溶解液で腐食したアンダースーツからはきな臭い匂いが漂っていた。

 

「三分の一は倒したか?」

 

 満身創痍その物の姿で、レンは今だ数多くいるレギオンに相対する。

 

「そろそろ、一時間か………」

 

 ちらりと扉の方をレンは見るが、すぐに視線を敵へと戻した。

 

「約束は果たした……あとはオレの運次第か………」

 

 自嘲気味に呟きながら、レンは刀を構え直そうとした時だった。

 突然、レギオンは二つの集団に分かれると、片方は扉へと殺到し、片方はレンへと一斉に襲い掛かる。

 

「そう来たか!!」

 

 レンは扉に殺到するレギオンの集団にサムライソウルを連射するが、その程度で止まる訳は無く、それを遮るようにレンへと襲い掛かってきた集団が周囲を取り囲む。

 

「邪魔だ!!!」

 

 弾切れを起こしたサムライソウルを懐にしまうと、レンは鞘を左手で素早く抜くと、胸の前にかざして納刀すると、一息だけ息を吸う。

 

「ぁぁぁぁあああああ!!!!」

 

 納刀した刀を腰だめに構えながら、レンは最初は呟くように、そしてじょじょに大きくなっていく雄たけびを上げながら、抜刀した。

 繰り出された刃が間近まで近寄ってきたレギオン数体の頭部を斬り離す。

 瞬時にして刃は鞘に戻り、そしてまた繰り出される。

 

「ああああああ!!!」

 

 絶叫と言っても過言ではない雄叫びと、連続で繰り出される完全に防御を無視した連続居合、光背一刀流《輝連閃(きれんせん)》がレンに迫り来るレギオンを次々と斬り捨てるが、それを切り抜けるよりも、扉に向かったレギオンが融解液を扉に吐き出す方が早かった。

 

「しまった………」

 

 レギオンの群れが室外へと飛び出すのを、進路を塞ぐ別のレギオンの背後に見たレンが歯軋りした時、突然通路から爆風と共に飛び出したレギオンが肉片となって弾き出される。

 

「レン!生きてるか!!!」

「スミスか!?」

 

 融解液で消滅した扉から、出ようとしたレギオンを叩き返したギガントが内部へと入ってくる。

 その姿を見たレンが、それから響いてい来るスミスの声に安堵と驚愕の混じった声を漏らした。

 

「後は任せろ!さっきのお返しだ!FULL ARM SET!」

 

 ボイスコマンドに応じて、脚部から姿勢維持用のアンカーが飛び出して地面に突き刺さり姿勢をロック。続いてギガントの両肩のツインリニアランチャーが、右腕の20mmガトリングガンが、左腕の120mm滑空砲が、腰部の小型ミサイルランチャーがFCSから送られたスミスの視線に応じて、レンを除いた全てをターゲッティングする。

 

「FULL FIRE!!」

 

 ギガントの全火器が一斉に火を噴く。

 プラズマ弾が、20mm炸裂弾が、120mm砲弾が、小型ホーミングミサイルが次々とレギオンの群れに着弾し、それらを木っ端微塵の肉片にしながら周辺を血と火の海へと変えていく。

 

「ザマ見やがれ!」

「どこからそんな物を…………」

「もらった」

 

 一斉射撃(というよりは砲撃)の合間をくぐって、転げるようにギガントの傍に下がってきたレンが呆れたような顔でギガントを見る。

 

「あとはオレに任せろ!エースがバテたからにはリリーフの出番だからな!WHEEL ON!」

 

 アンカーを解除して、移動用ホイールを起動させると、スミスはギガントの群れへと突っ込んでいく。

 

「ば、馬鹿!そいつら相手に突っ込むな!」

 

 レンが慌てて後を追おうとするのを、その背後から来た何かが猛スピードで通り過ぎ、ギガントの後ろへと続いた。

 

「今のは………」

 

 

「FIRE!FIRE!FIRE!」

 

 ギガントを高速移動させながら、スミスが次々とレギオンを屠っていく。

 だが、その火力に酔いしれていたスミスの目に、的確に円陣を組んで一斉攻撃してくるレギオンの姿と、ディスプレイの端に映るターゲッティング不能の警告が同時に飛び込んできた。

 

「やば…」

 

 スミスが強引に機体を旋回させてそちらに銃口を向けようとした時、突然そのレギオンを上から何かが貫いた。

 

「え?」

 

 スミスが銃撃を緩めずに、左面部ディスプレイに映るそれを見た。

 続けて、上から降りてきたそれが、レギオンの頭部に長い爪を突き刺し、完全に絶命させる。

 

「シ、シェリー!?」

「援護します!」

 

 爪を引き抜きながら、シェリーが左腕を覆うベルセルクから生えているネメシスの物そっくりの硬質の触手を手元へと戻し、左手に力を込めると右手と同じような爪がベルセルクから突き出てくる。

 

「はぁっ!」

 

 シェリーがギガントの肩を借りて、宙へと踊り出す。

 ベルセルクの強化細胞が与える驚異的筋力で周囲を取り囲んでいたレギオンの更に上を取ったシェリーが、触手を一斉に繰り出す。

 予想外の攻撃に対処出来なかったレギオン数体が頭部を貫かれ絶命する中、シェリーは宙に浮かんでいたレギオンの背中に自由落下の過重をかけて一気に圧し掛かる。

 バランスを崩したレギオンともつれるようにシェリーも落下するが、地面に追突する寸前、素早く体を入れ替えたシェリーの膝と、足を覆うベルセルクから伸びた角がレギオンの頭部を貫いていた。

 

「光背流拳闘術、《雷光破》」

 

 技の名を呟きながら、シェリーがレギオンの死骸から離れる。

 その隙を狙って近づいて来ていたレギオン二体が、プラズマ弾の直撃を受けて消し飛ぶ。

 

「やるな」

「そちらこそ」

「二人とも伏せろ!」

 

 そこへ、クリスの怒声と共に、何かが二人の頭上を通り過ぎる。

 シェリーがその場に伏せ、スミスが慌ててギガントを高速バックさせた所で、ブリューナクから放たれたマイクロミサイル(内部の小型ミサイルを敵陣中央でばら撒く特殊な多弾頭ミサイル)が一斉に内部のミサイルをレギオン達の中央でばら撒いた。

 

「二人とも下がれ!巻き込まれるぞ!」

 

 クリスの指示に従い、スミスとシェリーが手近のレギオンを屠りながらなだれ込んできたSTARSメンバー達の元へと戻る。

 それを追ってきたレギオン達の目前で、STARS全員が銃口を向ける。

 

「撃て!!」

 

 クリスの号令と同時に、全ての銃口が一斉に弾丸を吐き出した。

 高速グレネード弾とプラズマ弾の嵐がレギオンの強固な甲殻を貫き、それを潜り抜けた物にはブリューナクから放たれるマイクロミサイルとホーミングミサイルが襲い掛かる。

 

「はっ!」

「やあっ!」

「おらぁっ!」

 

 地中や上空から急接近してきた物には、大通連の刃とベルセルクの爪、ギガントのナックルが斬り捨て、貫き、叩き潰す。

 

「攻撃の手を緩めるな!反撃の機会を与えたらこちらの負けだ!」

 

 人間が扱うには巨大過ぎるブリューナクを気力と体力で強引に撃ちまくりながら、クリスが叱咤する。

 猛烈なSTARSの攻撃に、最初の三分の一以下にまで数を減らしたレギオンが、急に退き始める。

 

「逃げるぞ!」

「違います!隠れてゲリラ戦に持ち込む気だと思います!」

 

 カルロスの指摘を、シェリーが訂正する。

 

「マズイ!隠れられたらまたさっきの二の舞いだ!」

「追撃を…」

「どけえっ!」

 

 追撃を架けようとする皆を押し退けるように、スミスがギガントを前に出して停止させる。

 

「なめるな虫が。GYGANTIC BRAST SET!」

 

 ボイスコマンドに応じて、ギガントの姿勢維持用アンカーが脚部を固定し、胴体部が変形していく。

 胸がせり上がり、中心部にプラズマ加速用の炉心が飛び出す。

 周囲の装甲がそれを覆うように展開し、やがてそれは砲塔と化した。

 

「TARGET WIDE RANGE、SET!」

『PLASMA REACTOR、OVERLOAD.CRITICAL LIMIT COUNT(プラズマ・リアクター、最大出力。臨界カウント開始)』

 

 ギガントの制御コンピューターが、動力のプラズマリアクターを最大出力まで上げていき、それに応じてギガントの砲身が閃光を帯びていく。

 

「おい、それは!」

「みんな目を瞑れ!」

 

 カルロスとバリーが慌てる中、カウントが開始される。

 

『3,2,1,0』

「GIGANTIC BRAST!FIRE!」

 

 スミスが、トリガーコマンドを叫ぶ。

 ギガントの最終兵器、艦砲射撃級の破壊力を持ったプラズマカノン、“ギガンティックブラスト”が、最大出力まで高められたプラズマの槍を眩い閃光として撃ち出した。

 ターゲットをワイドレンジにセットされたギガンティックブラストが横なぎに発射され、隠れようとしたレギオン達を一瞬にして蒸発させていく。

 閃光が晴れ、皆がゆっくりと目を開けると、そこには完全に荒野と化した室内と、強制冷却に入ったギガントの姿が有った。

 

「ス、スゴイ…………」

「こんな化け物何に使うつもりだったんだ…………」

 

 先程まであったはずの市街地のセットや、林が完全に消滅しているのを見たSTARS全員が絶句する。

 

「思い知ったか、クソが」

「おい!そいつは二回しか使えないって言われてただろうが!」

「………中の方は大丈夫か?」

 

 カルロスが怒鳴り、バリーが心配そうにギガントに近寄る。

 

「中は一瞬でサウナになった以外は大丈夫。頭の中は電波受信しっ放しになったか?」

 

 それを聞いたレベッカとレンの顔色が一瞬で変わった。

 

「電波って、脳に影響が!?」

「スミス!すぐにそいつを降りるんだ!」

「やなこった」

「スミス!」

 

 レンが詰め寄るが、スミスがそっぽを向く。

 

「私も降りた方がいいと思います!後でどんな障害が出るか分かりませんよ!」

「スミス!降りるんだ!」

「で、またお前一人ヤバイ目に会わせるってのか?冗談じゃねえ」

 

 レンへとギガントを向かせながら、逆にスミスが詰め寄る。

 

「レン、何度も言うが一人でカッコつけるな。お前だけじゃねえ、オレも、シェリーも、そしてみんなもここには命賭けて来てるんだ。先が恐いんだったら、アメリカでおとなしく警官やってるさ」

「その通りだ」

 

 バリーが感慨深げに頷き、皆もそれに同意していく。

 

「確かに、後の事は後で考えりゃいいさ」

 

 カルロスがレンとスミスに苦笑を向けながら、先へと続く扉を見た。

 その視線の先で、ゆっくりと扉が開いていく。

 

「最終ステージへの御招待か?」

 

 スミスがギガントの残弾モニターをチェックしながら、重々しい音を立てて開いていく扉を睨みつける。

 

「余興にも飽きたしな。土産貰ってとっとと帰ろうぜ」

 

 カルロスが残った弾丸を全てマガジンに込めていく。

 

「二次会は、こっちで勝手にやる事だしな」

 

 レンが傷口に救急スプレーを吹き付け、刃の損傷の有無を確かめながら補充分の45ACP弾を受け取る。

 

「主催者に丁重なお礼を言わないとな」

 

 バリーがM60に最後の弾帯をセットする。

 

「準備はいいな。突…」

 

 クリスが突入命令を出そうとした時、いきなり皆の背後の地面が盛り上がり、そこから生き残りのレギオンが姿を現す。

 

「まだいたのか!?」

 

 何人かが振り向いて銃口を向けようとした瞬間、一発の銃弾が正確にレギオンの頭部を貫いた。

 

「………オレは置いてけぼりか?」

 

 レギオンのさらに背後に、アークから肩を借りながら、デザートイーグルを構えているレオンの姿が有った。

 

「残った招待客を無視するのはマナー違反だろうが」

「レオン!その怪我………」

 

 クレアが傷だらけのレオンを危惧するが、レオンの瞳からは未だ闘気が衰えていないのに気付くと、それ以上はあえて口を閉ざした。

 

「さて、メインイベントの始まりか?」

 

 アークがアーウェン37のセーフティを外す。

 無言で、先頭に立ったレンが一歩を踏み出し、シェリーがその後ろに続く。

 誰もが無言で、ゆっくりと歩いて先へと進んでいく。

 そして、開いた扉をSTARSメンバー全員が潜ったのを確認すると、その直ぐ先に有ったもう一つの扉の開閉スイッチをレンが叩き押す。

 扉がゆっくりと開いていき、そこから光が漏れ出す。

 そして、その先にあった光景に、全員が絶句した。

 

「な…………」

「なんだ………アレは…………」

 

 先程の部屋と違い、大きな吹き抜け状となったホールの中央に、それは有った。

 レンが無言で歩み寄り、それが収まった巨大なカプセルに触れる。

 

「こいつか…………オレ達を見ていたのは………」

 

 それは、巨大な樹木にも見える、奇怪な塊だった。

 培養液か何かが満たされているカプセルの中に、鉱物にも有機物にも見える奇怪な光沢を持った表皮に覆われたそれは、胴体のあちこちからツタとも触手とも取れる物が突き出し、よく見ると微かにあちこち明滅しているようにも見える。

 

「何なんだ?これは?BOWか?」

「こんなデカイだけのが?」

「いや、それ以前に生物なのか?」

 

 カルロスが無造作にカプセルを叩いてみるが、それは反応もしない。

 

「なんか名前みたいなのが書いてます。ク、クト…」

「クトゥルー」

 

 カプセルの手前に立てられたプレートを覗き込んだシェリーが見た文字を、レンが正しく読み上げる。

 

「クトゥルー?新種のカレーの元か?」

「いや、稀代のオカルト作家、H・P・ラブクラフトが作り上げた独自の神話体系に出てくる海を司る邪神の名だ」

「その通り」

 

 スミスに説明するレンの言葉を、何者かが肯定した。

 一瞬で全員の銃口が声の方向を向く。

 無数の銃口と視線に晒されながらも、ホールの上から伸びる螺旋階段をゆっくりと、その人物は降りてくる。

 

「ダーウィッシュ・E・スペンサー!」

「いかにも、私がダーウィッシュだ」

 

 階段の途中のフロアに足を止め、その20代くらいにしか見えない若い男、アンブレラ製薬代表取締役、ダーウィッシュ・E・スペンサーはSTARSメンバーを見下ろす。

 

「ダーウィッシュ!お前には人体実験示唆、殺人、誘拐示唆を含む42の罪状でICPOから国際指名手配が出ている!おとなしくする事だ!」

「そんなに慌てる事は無い。主催者のあいさつが終わってからでもいいのではないか?」

「今更何を……」

 

 クリスの警告に侮蔑とも取れる微笑を浮かべながら、ダーウィッシュは指を一つ鳴らすと、ホールに軽快なクラシック音楽が流れ始めた。

 

「さて、ここまで来た君達に一つのクイズを出すとしよう」

「こいつの事か?」

 

 レンが鋭い視線をダーウィッシュに向けたまま、親指でクトゥルーの入ったカプセルを指差す。

 

「ヒントはすでに与えている。それが何か、答えられるかな?」

「ふざけるな!!」

 

 スミスが激昂してギガントの全銃口を向けるが、狙いを定めようとした所をレンが、カメラアイを手で遮って止めさせる。

 

「バッハのブランデンブルグ協奏曲二番か………」

「それって、地球を代表する音楽としてボィジャーに積まれた曲?」

「それがなんだと言うんだ!」

 

 クリスが声を荒げる中、レン一人がゆっくりとクトゥルーを見た。

 

「そうか、そうだったのか…………こいつは、そしてT―ウイルスの正体は………」

「気付いたようだな、サムライ」

「ああ、クトゥルーの名とこの曲の共通点はただ一つ………」

「まさか……」

 

 レンの呟きを聞いたシェリーの顔色が、ゆっくりと変わっていく。

 

「なんだよ、なんだってんだよ?」

「仲間に教えてあげたらどうだね?クイズの答えを?」

 

 薄い嘲笑と共に響くダーウィッシュの声を静かに聞きながら、レンはゆっくりと口を開いた。

 

「T―ウイルスは感染したキャリアに急激的な変化、成長を促す。だが、逆にキャリアが急激的に変化しなくてはならない状態下にあり、その媒体となる物を欲しなければならない空間が有ったとしたら?超高温と絶対零度が同時に存在する場所を潜り抜けなくてはならないとしたら?そして数多の進化と共生がそれを可能とする物を生み出した…………」

「何の事だ?」

「超高温と絶対零度なんて物、同時に存在する訳が…」

「…………在ります。ただ一箇所だけ」

「でも………まさか」

 

 レンの言わんとする事に気付いたシェリーとレベッカが、驚愕の表情でクトゥルーを見つめる。

 

「古代に天空から飛来し、恐竜達を滅ぼしたとされる邪神クトゥルー、宇宙人へのメッセージとして送られたブランデンブルグ協奏曲、それらが指し示すそいつの正体……そしてT―ウイルスの元となった始祖ウイルスの正体は……地球外生命体だ!!」

『なにいぃっ!?』

 

 レンの言葉に、STARS全員が驚愕する。

 

「馬鹿言うなよ、地球外生命体なんてSFの話だろうが」

「そう考えるのが一番つじつまが合う」

 

 スミスの意見を、レンは完全に否定する。

 そこに、乾いた拍手が響いてきた。

 

「見事、正解だよ。1932年、南米ユカタン半島の海底からこれは発見された。そしてそれから採取され、我が祖父オズウェル・E・スペンサーによって改良された物こそが、T―ウイルスなのだよ!」

「じゃあ、オレ達は………」

「エイリアンと戦っていたって言うのか!?」

 

 愕然とするSTARSメンバーを見下ろしながら、ダーウィッシュは不敵な笑みを浮かべる。

 

「………だから、どうしたってんだ?」

 

 スミスの低い声が、周囲のざわめきを打ち消していく。

 

「これがエイリアンだろうが、ETだろうが、オレの知った事じゃねえ。分かってるのは、てめえが絶対に許せねえ奴だって事だ!FIRE!」

 

 ギガントの銃口が、一斉に火を噴く。

 その轟音にかき消されるように、小さな指鳴りが重なったのに気付いた人間はいなかった。

 そして、爆炎が晴れた時、何処から現れたのか、ダーウィッシュを守るようにして二体の大型レギオンが立ちはだかっていた。

 

「な!?」

「紹介しよう、私の両腕、“アザゼル”と“メタトロン”だ」

「最強の悪魔と最強の天使か、悪趣味な名前だな。じゃあお前はYHVHか?」

「いや、私は“セラフィム”だ!」

 

 ダーウィッシュが、レンの揶揄に反論しながら、片手を振るう。

 そこから飛んだらしい体液が、宙で突然発火し、業火と化してSTARSメンバーを襲う。

 

「はっ!」

 

 レンが刃を振るい業火を空中で二つに両断し、両断された炎は勢いを失って失火する。

 

「その能力!貴様T―ベロニカを!?」

「でも、あれは長期の安定が必要のはず!?」

 

 それを見た事のあるクリスとクレアが驚愕する。

 

「分かったぞ、T―ベロニカ仕様の培養クローンに脳を移植したのか!」

 

 レオンが叫びながら、デザートイーグルを構える。

 

「正確には記憶データを転写したのだよ。君らが考えているよりも、我が社の技術は優秀でね」

 

 両手に炎を灯しながら、ダーウィッシュは哄笑を上げる。

 

「さあ、ラストステージだ!我が社の技術が勝つか、君達の正義が勝つか、証明してみたまえ!」

「正義を名乗る気なぞ元から無い!」

 

 レンが、サムライソウルのトリガーを引くのと、アザゼルとメタトロンが動くのは同時だった。

 

「撃て!」

 

 クリスの号令と同時に、無数の弾丸が三体の怪物を襲う。

 だが、前面へと躍り出した近接戦用重甲殻レギオン“アザゼル”が、ほとんどの弾丸を弾く。

 

「どうした!君達の力はそんな物か!」

「見せ場は盛り上げるもんだろうが!FIRE!」

 

 スミスがギガントの120mm滑空砲をダーウィッシュに向けるが、その前に3対の羽を羽ばたかせて立ちはだかった“メタトロン”が、突然発した耳障りな騒音と共に、砲弾が空中で爆散した。

 

「なん、あ!?」

 

 それと同時に、耳障りな音が周囲に響き、スミスの脳内を凶悪な騒音が満たす。

 

「が、うああああぁぁ!!」

「スミス!」

「まさか、超音波兵器!?」

 

 それが何か気付いたレベッカが驚愕する中、絶叫を上げるスミスを見たカルロスが、メタトロンへと向けてOICWの銃口を向けるが、そこに飛来した業火がカルロスを襲う。

 

「くそっ!」

 

 反射的に横へと飛んだカルロスが、グレネードランチャーのトリガーを引き、発射された高速グレネード弾がメタトロンに炸裂。

 一瞬音が途切れた隙にスミスが一度後ろに下がって聴覚の回復を待つ。

 

「近接用と遠距離用、両極端なレギオンとの完璧なフォーメーション攻撃か………やっかいだな」

「来るぞ!」

 

 レンが敵を冷静に分析している所へ、レギオンがその背中に生えている巨大なムカデを思わせる触手を繰り出してくる。

 

「この野郎!」

 

 スミスがとっさにギガントをダッシュさせ、その重装甲で触手を受け止めた。

 

「スミス!」

「こいつはオレが相手する!他のを頼む!」

 

 ギガントのアクチュエーター(機械の関節機構の事)がそのパワーをマックスにまで高め、一気にアザゼルの体をぶん投げる。

 宙を飛んだアザゼルの巨体が壁へと激突するのを待たず、スミスが全銃口を照準すると一斉に銃火を浴びせ掛けた。

 

「FULL FIRE!FULL FIRE!FULL FIRE!」

 

 ホールを銃声と爆音、そして爆煙が吹きすさぶ。

 

「ほう、ギガントをそこまで扱えるか………」

 

 スミスの戦い振りを見ているダーウィッシュの元に無数の銃撃が浴びせられるが、それをメタトロンがことごとく弾き、爆散させていく。

 

「ダメだ!あのデカ物が邪魔だ!」

「邪魔なら、どかす!」

 

 レンが白刃を手に、メタトロンへと突撃を掛ける。

 

「それで、どうすると?」

「こうする」

 

 メタトロンが、セミなどに見られる体腔内の拡声器官を鳴動、超高音域による原子振動をもたらす高周波を突撃してくるレンへと向けるが、レンは左右に小刻みに跳んで負傷を避けていく。

 

「物は音でも、指向性を持たせなくては攻撃兵器としては使えない。ならばかわすのは簡単だ」

「ほほう、ではこれは!?」

 

 ダーウィッシュがレンへと異常高体温と可燃性の分泌液を複合させた業火を放つが、レンは一刀の元に業火を斬り捨てる。

 

「今だ」

「はいっ!」

 

 その一瞬の隙に、レンの背後に隠れていたシェリーが、ベルセルクの増強筋力をフルに活動させて、ダーウィッシュへと襲い掛かる。

 

「はあっ!」

「残念」

 

 シェリーが突き出した爪が届くよりも速く、ダーウィッシュの手がシェリーの手首を驚異的な握力で掴み取る。

 

「罰ゲームだ」

 

 ダーウィッシュの手の平が炎を上げ、シェリーの腕から一気に体へと燃え広がる。

 

「シェリー!!」

 

 クレアの絶叫が響く中、シェリーの体が投げ捨てられ……そして宙でトンボを切ると床へと着地、それと同時に燃え尽きたベルセルクの表面が剥がれ落ちてそこから軽い火傷を負っただけのシェリーが現れる。

 

「なるほど、ベルセルクの細胞活性で防いだか………面白い、いい研究材料になりそうだ」

「お前がな!」

 

 クリスがブリューナクの砲口をダーウィッシュにポイント、トリガーを引いた。

 発射された小型ミサイルが目標の寸前で近接信管を発動させ、爆炎と直接殺傷用のニードルをばら撒く。

 避けるに避けきれず、無数のニードルがダーウィッシュの体へと突き刺さった。

 

「やったか!」

「いや………」

 

 レンが用心深く刀を構え直す。

 その目前で、ダーウィッシュが平然と体に突き刺さったニードルを抜いていき、そしてニードルによってついた傷が瞬く間に塞がっていく。

 

「化け物が………」

「なかなか痛かったよ。じゃあ、第二ステージだ!」

 

 叫ぶと同時に、ダーウィッシュの背中からトンボを思わせる羽根が飛び出し、その体が宙へと舞い上がる。

 

「さあ、受け取ってくれたまえ!」

 

 STARSメンバーの上空を取ったダーウィッシュが、手の平に大量の可燃体液を分泌させ、それを雨のように降らせた。

 落下する途中で発火した体液が、炎の絨毯爆撃となって激戦を繰り広げるSTARSメンバーへと降り注ぐ。

 

「ぐわああぁぁ!」

「きゃああぁぁ!」

 

 絶叫が上がり、かわし損ねた者達が火達磨になるが、その数はダーウィッシュの予想より少ない。

 

「おや?」

 

 下を見下ろすしたダーウィッシュの目が、降り注ぐ途中でいきなり二つに分かれ、燃え尽きる炎を捕らえた。

 

「無駄だ。五行相克思想に置いて火気を克すのは水気。我が流水の剣に火は効かん」

「君には、だろう!」

 

 再度炎の雨をダーウィッシュは降らせるが、そこに下から飛来した小型ミサイルと無数のグレネード弾が衝突し、業火の高温で爆発したミサイルとグレネード弾の爆炎が炎の雨を吹き飛ばし、相殺する。

 

「同じ手が何度も使えると思うな!」

 

 クリスがブリューナクをダーウィッシュへと向けながら叫ぶ。

 

「なるほど、少し君達を甘く見ていたよう…」

 

 そう言いながら下へと降りようとしたダーウィッシュの胸を、一発の50AE弾が貫いた。

 

「油断し過ぎだ」

 

 正確に上空のダーウィッシュの心臓を狙撃したレオンが、デザートイーグルのサイト越しにダーウィッシュを睨みつける。

 

「なるほど、CIAの不死身のレオンか。噂通りの腕前だな」

 

 口から一筋の血を流しながら、ダーウィッシュがレオンに興味深げな視線を向ける。

 そして、心臓を貫いたはずの傷までもが、脅威的なスピードで埋まっていった。

 

「残念だが、その程度の破壊力ではな」

 

 レオンが、奥歯を強く噛み締めながら、再度トリガーに力を込めた。

 

 

 

同時刻

アメリカ サウスタコダ州 アンブレラ製薬サウスタコダ研究所

 

「ぜえっ………はあっ………」

 

 爆発が連続して起こる研究所を前にしながら、荒い呼吸をしているSWAT隊長が地面に大の字になって転がっている。

 

「本気で自爆してやがるな…………」

「マッド系はこれだから………」

 

 炎上していく研究所を呆然と見ながら、脱出に成功したSWAT隊員達は逮捕者を護送車に押し込んだり、負傷者の搬送手続きを取ったりと後処理に奔走していた。

 

「隊長!州軍が現場処理のために出動したそうです!あと15分後に到着予定!」

「そうか………」

 

 なんとか呼吸を整えたSWAT隊長は、その場から立ち上がるとおもむろに装備の確認を始める。

 

「隊長、何を?」

「決まってんだろ、スミスの助っ人に行く」

「北極までですか!?」

「ちゃあんと知り合いに飛行機の手配は頼んでおいた。署長の許可はねえけどな」

 

 唖然としている隊員に笑みを返しながら、SWAT隊長は弾丸を装填し、予備弾をタクティカルベストに突っ込んでいく。

 

「野郎共!あとは州軍に任せとけ!スミスの助太刀に向かうぞ!」

『おー!!』

 

 疲弊しているにも関わらず、SWAT全員が拳と握り締められた銃を高く天へと突き上げた。

 

 

 

同時刻

日本 京都 アンブレラ製薬丹波研究所

 

「時間です」

「…………」

 

 発動した自爆装置が研究所を跡形も無く吹き飛ばしていく光景を、全身に返り血を浴びた徳治はただ無言で見詰めていた。

 

「上からは研究所の自爆は極力回避しろとの命令だったのですが…………」

「あんな物は無くなってしまった方がいい。すでに刑事事件としての証拠は充分そろってるだろうし、それ以外の物は必ず後の禍根になる」

「はあ………」

 

 SAT隊長が少し釈然としない顔で徳治を見ていたが、やがて火災処理の指示を出すためにその場を離れた。

 一人残った徳治は、ふと何かに気付いたようにそはや丸を腰から抜くと、それを少しだけ鞘から抜く。

 その刃は、何かに呼応するように自らが微かに鳴動していた。

 

「お前はまだ戦っているんだな、練……………」

 

 

 

北極 アンブレラ秘密研究所

 

 アザゼルの背から伸びる触手が次々とギガントに襲い掛かり、その先端にある無数の牙が並んだ顎が、ギガントの装甲に食らいつく。

 

「このっ!」

 

 スミスが必死にアームを動かして触手を振り払おうとするが、払い除けた触手はすぐさま別の角度から襲い掛かり、装甲を削り取っていく。

 

「SET!」

 

 ギガントの武装を照準しようとするが、右腕の20mmガトリングガン以外は暴発危険距離を表示して機能しない。

 

「このジャンクが!FIRE!」

 

 触手の一つに零距離で20mm弾が連射され、その触手は数秒銃撃に持ちこたえたが、やがて耐え切れず爆発するように千切れ飛ぶ。

 だが、まったく怯まないアザゼルが、通常のレギオンよりも更に巨大なハサミでギガントの胴体を挟み込んだ。

 

「このおっ!」

 

 ギガントのアームがハサミを掴み、こじ開けようとするが、予想以上に強い力で互いが拮抗し、そして徐々にギガントの胴にハサミが食い込んでいく。

 

『EMERGECY……ザザザッ……RMOR OVER DAMAGE……(警告……体部装甲強度限界突破……)』

「分かってる!」

 

 内部ディスプレイに胴体部装甲が損傷しつつある事を示す警告ウィンドウが表示されるが、アザゼルの圧倒的なパワーの前に、ギガントは段々押されていく。

 

「目ぇつぶれっ!!」

 

 そこに、カルロスの声と共に、ありったけの手榴弾がギガントとアザゼルの頭上に降り注ぐ。

 

「ちょっ…」

 

 スミスの声は、連続した爆発音に打ち消され、ギガントとアザゼルの姿は炎に飲み込まれる。

 爆発が止み、煙の中から全身の装甲を煤けさせたギガントがバックで飛び出してくる。

 

「オレを殺す気か!」

「マニュアルにグレネードの直撃位はダメージにならないって書いてあったろうが!」

「単発でだろ!ダメージでセンサーが一つ死んだ!」

 

 次々と表示される警告ウィンドウをチェックしていたスミスが悪態をつきながら、ふと前部ディスプレイを見た時、晴れていく煙の中に、悠然とこちらを見ているアザゼルと目が合った。

 至近距離で同時爆発が起こったせいか、甲殻に埋もれるようにある頭部に三対並んだ複眼の一つが潰れ、そこから体液が流れだしてるのが見て取れるが、それ以外はダメージらしいダメージは見受けられない。

 

「痛み分けか………第二ラウンド…」

 

 スミスがギガントの両腕の兵装をアザゼルに向けようとした時、突然機内に警告音が鳴り響き、サーモグラフセンサーが白く染まった。

 

「なんだ!?」

 

 そこで、ダーウィッシュの降らせた火の雨が頭上から降り注ぐ。

 

「これくらい!SET、FIRE!」

 

 20mm炸裂弾と120mm砲弾が同時に放たれるが、炎による高温と視界不良が照準を狂わせ、アザゼルの両脇を弾丸は通り過ぎ、背後の壁に当たって爆発した。

 

『ザザ……SURFACE ABNORMAL HIGH TEM…ザザザザ……RE.COOLING DEVICE OVER EFECT(表面温度異常……値。冷却装置の性能限界値突破)』

「機械が熱がるな!」

「いや、精密機器に温度変化は大敵だよ」

 

 いきなり聞こえたダーウィッシュの声にスミスが後部モニターをチェックしようとした時、背後から浴びせられた業火が機体を覆い尽くす。

 

「うあああぁぁぁぁ!!」

「スミス!」

 

 レンがサムライソウルの連射でダーウィッシュを牽制しながら、業火に包まれているギガントへと走り寄る。

 

「動くな!今助ける」

 

 レンはギガントの手前で停止すると、刃を収めて居合の構えを取る。

 その場で一呼吸だけ息を吸い込むと、抜刀して連続でギガントを斬り付ける。

 

「なにしてんだ!?」

 

 カルロスが驚く中、刃が再度鞘へと収まる。

 

「光背一刀流対妖術技、《傀儡放ち(くぐつはなち)》」

 

 一瞬の間を置いて、ギガントを覆う炎に無数の切れ目が入り、そして次の瞬間には跡形も無く炎は消え去る。

 

「ふむ、斬撃で生じる真空を使って消したか……面白い技だな」

「言ってろ!」

 

 その光景を興味深そうに見ていたダーウィッシュに向けてバリーが中心となって銃撃を浴びせるが、素早くその射線上に立ちふさがったメタトロンとアザゼルが銃弾のことごとくを弾き、僅かに当たった弾丸の銃創もすぐに塞がっていく。

 

「不死身か?化け物め………」

「いや、いくらT―ウイルスの調整体でも不死身なんて事は在り得ない。何か弱点があるはずだ………」

 

 呆然と呟くアークの言葉に、レオンが歯軋りしながらダーウィッシュを凝視する。

 

「不死身なら、跡形もなく吹っ飛ばしてやる!GYGANTIC BRAST SET!」

『OVER HEA…ザザ…….COOL DOWN MODE SWITCHOVER.ザザザザ……TEM STOPPED(異常加……。強制冷却モード移行。……テム停止)』

 

 スミスの期待を裏切るように、ギガントの制御コンピューターが機体の強制冷却のために全システムを一時停止させる。

 

「くそっ、動け!動かねえか!」

 

 スミスが必死にギガントを動かそうとする中、完全に無防備となったギガントに向けてアザゼルが迫ってくる。

 

「スミスを守れ!」

 

 クリスの指示の元、無数の弾丸やグレネード弾、プラズマ弾までもがアザゼルに浴びせられるが、異常なまでに分厚い甲殻でそのことごとくを弾き、アザゼルがギガントへと襲い掛かる。

 

『COOL DOWN ENDザザザ……ALL SYSYTEM,RESTART(冷却終……全システム、再起動)』

「SET、FIRE!」

 

 アザゼルが襲い掛かる寸前でギガントが機能回復すると同時に、スミスがボイスコマンドを入力、両肩のツインリニアランチャーが至近距離でアザゼルに炸裂するが、高熱のプラズマ弾を食らったにも関わらず、甲殻の一部を赤熱化させたアザゼルのハサミが再度ギガントを捉える。

 

「これならどうだ!FIRE!」

 

 スミスがギガントの左腕を真上へと向けると、120mm砲弾を撃ち上げる。

 

「何を?」

 

 その行動をいぶかしんだダーウィッシュが砲弾の軌道を目で追い、そしてそれが天井に炸裂して破壊した大量の建材をばら撒くのを視界に捕らえた。

 

「ほう………」

「スミス!!」

 

 大量の建材がギガントとアザゼルに降り注ぎ、一瞬速くアザゼルに建材が降り注いで力が弱まった瞬間にスミスがギガントをバックさせると、降り注ぐ建材を片っ端から破壊しながら距離を取る。

 

「何て無茶しやがるんだ!」

「あんな化け物と心中するつもりか!」

「ちょっと運試ししただけだ」

 

 カルロスとバリーが怒声を上げる中、スミスが悪びれず答える。

 撒き上がるホコリが一段落すると、そこにはガレキの山に完全に埋まったアザゼルの姿が在った。

 

「これでゲームセットだ!FULL ARM SET!」

 

 ギガントの全兵装を照準したスミスが、僅かに除くアザゼルの頭部に狙いを定める。

 

「FULL FIRE!」

 

 ギガントの全兵装が火を噴くのと、ガレキの中から奇怪な煙が噴出すのは同時だった。

 最後の切り札、全身の分泌線からレギオンの使う溶解液と同種の物を霧状に噴出させる能力を使ったアザゼルが、溶解したガレキの隙間から素早く抜け出すと射線から己の体をずらした。

 

「なっ……」

『RIGHT ARM,BULLET EMPTY(右腕兵装、弾丸切れ)』

 

 驚愕するスミスに、20mmガトリング弾の弾切れを示す警告が響く。

 

「残念だったね」

 

 上空からその様子を見ていたダーウィッシュが楽しげに呟く。しかし、その動きを冷静に見ていた二人が同時に叫んだ。

 

「スミス!そいつは逃げに転じた!」

「ダメージが限界に達したんです!今なら倒せます!」

 

 レンとシェリーの声を聞いた全員が、一斉にアザゼルに銃口を向ける。

 

「許すと思ったかね?」

 

 引き金を引こうとしようとするSTARSメンバーに、ダーウィッシュの火の雨とメタトロンの超音波が襲い掛かる。

 

「あああああぁぁぁぁ!!」

「はっ!」

 

 降り注ぐ火の雨をレンが次々と斬り捨て、シェリーがメタトロンに強力な飛び蹴りを食らわせて攻撃を中断させる。

 

「くたばれ!」

 

 からくも攻撃をかわしたクリスがブリューナクのトリガーを引き、発射されたホーミングミサイルがアザゼルの横っ腹に炸裂する。

 

「喰らいやがれ!!」

「撃ちまくれ!」

 

 カルロスとバリーが中心となってありとあらゆる銃撃を収束させるが、体中から甲殻の破片を撒き散らしながらも、アザゼルは動きまくり、STARSメンバーに襲い掛かろうとする。

 

「てめえの相手は、このオレだ!」

 

 襲い掛かろうとする寸前のアザゼルに全力で疾走させたギガントで横から体当たりしながら、スミスが叫ぶ。

 

「FIRE!FIRE!」

 

 アザゼルを弾き飛ばすと同時に機体を急停止させたスミスが、両肩のツインリニアランチャーを連射し、腰部の小型ミサイルポッドの残弾全てを発射する。

 立て続けの直撃を喰らい、その巨体をよろめかせながら、アザゼルが余力を振り絞ってギガントに襲い掛かる。

 

「うおおおぉぉぉ!!」

 

 片側の先端部分が欠けたハサミでギガントを押さえ込もうとするのを、最大出力のギガントの両腕がそれを止める。

 

「HATCH OPEN!」

 

 両者の力比べが続くかと思った時、突然ギガントの乗降用前部ハッチが開かれ、そこからゾンビバスターが突き出されるとアザゼルの潰れた複眼にその銃口が押し付けられる。

 

「ゲームセットだ」

 

 右腕でゾンビバスターを構えたスミスが、完全零距離でトリガーを引いた。

 潰れた複眼の隙間から潜り込んだ454カスール水銀炸裂弾頭が内部で炸裂する中、スミスがハッチに押し付ける形で強引に腕を固定しながら、ゾンビバスターを連射しまくる。

 次々と潜り込んだ炸裂弾がアザゼルの頭部内に破壊の限りを尽くし、最後の一発が撃ち込まれると、その体から力が抜けていき、やがてその場に力なく崩れ落ちた。

 

「一丁……上がりだ」

 

 生身の腕で454カスールを連射した反動で右腕に激痛が走る中、肩で息をしながらスミスがゾンビバスターを下ろす。

 だが、そこへサーモグラフセンサーの警告が鳴り響いた。

 

「おわっ!?」

 

 慌ててギガントをその場から発進させたすぐ後に、先程までギガントがあった空間を炎が薙ぎ払う。

 

「油断はしてなかったようだな」

「まだ試合中だったからな」

 

 炎を投げつけたダーウィッシュが皮肉気に呟く中、スミスは急いでハッチを閉じてギガントの状態をチェックしていく。

 

「右腕20mm弾及び腰部小型ミサイル残弾0、120mm弾残弾4、両肩ツインリニアランチャー残エネルギー量43%。全身装甲破砕率28%………まだいける!」

 

 己を叱咤するように叫びながら、スミスがギガントを発進させた。

 

 

 

「くっ!」

 

 ベルセルクの増強筋力をフルに発動させて、シェリーは横へと跳ぶ。

 その後を追うように床の表面がメタトロンの超音波を喰らって細かく破砕していく。

 

「このぅ!」

 

 シェリーと反対側に床を転がったクレアが手にしたリニアランチャーを発射するが、三対の羽を羽ばたかせて驚異的な機動力でプラズマ弾を避けていく。

 

「速ぇ!」

「何としても動きを止めるんだ!」

 

 クリスの指示の元、全員が手にした銃火器を連射するが、誰もメタトロンのスピードを捕らえられず、壁や天井に無駄に弾痕を穿っていく。

 

『そこだっ!』

 

 唯一その動きを捉えたレンとレオンが同時にトリガーを引くが、45ACP弾と50AE弾の破壊力ではその甲殻に致命傷には程遠い傷をつけるだけに終わる。

 そこで突然メタトロンは反転すると、甲虫独自の対になったクシ状の口を開いた。

 

「!来るぞ!」

 

 その口から物質構成結合を剥離するまでに高められた超高音域の高周波が放たれ、それに触れた床の表面を破砕させながらSTARSに襲い掛かる。

 

「ぐう!」

「きゃああぁぁ!」

 

 一瞬逃げるのが遅れたカルロスとクレアがその場にうずくまって頭を抱える。

 

「クレア!」

「カルロス!」

 

 とっさにシェリーが一瞬で近寄ってクレアを抱きかかえて跳び退り、スミスがギガントを高速で走らせながらアームでカルロスの足を引っつかんでそのまま走り去る。

 

「大丈夫クレア!?」

「何とか………」

 

 心配そうに呟くシェリーが見つめる中、耳から垂れ落ちる血を袖で拭いながらクレアが再度リニアランチャーを構える。

 

「生きてるかカルロス!」

「お前の方がオレを殺そうとしてんじゃねえか!」

 

 西部劇の拷問さながらに引きずられたカルロスが、ギガントが停止した隙に足を引っこ抜きながらスミスに怒鳴り返す。

 そこへ、ダーウィッシュが投じた炎が襲い掛かり、慌てて二人は左右に飛ぶ。

 

「クソッ!あのスピードで飛び回れたら打つ手がねえ!」

「虫取り網でもあれば捕まえて標本にしてやるんだが………」

「やあっ!」

 

 その時、宙へと留まって再度超音波を放とうとしたメタトロンに向かって、ベルセルクの最大筋力を持って三角跳びをしたシェリーの跳び蹴りが炸裂する。

 体勢が崩れたメタトロンの甲殻の隙間を狙って、シェリーが右腕の爪を突き刺し、メタトロンの背中になんとかぶら下がる。

 

「うまい!」

「いや!」

 

 アークが喝采を上げるが、レオンがそれを否定し、無防備になったシェリーに業火を放とうとしたダーウィッシュに銃口を向ける。

 

「シェリーを守れ!狙い撃ちされるぞ!」

 

 レオンの一言に、皆がダーウィッシュに銃火を集中させようとする。

 

「こうしたらどうかね?」

「きゃ…」

 

 突如メタトロンがシェリーをぶら下げたまま、ダーウィッシュを狙う射線の前に立ちふさがる。

「くっ……」

 

 皆がトリガーに架けた指を慌てて離すのを見たダーウィッシュがほくそ笑みながら、手の平に炎を大きく灯す。

 

「さて、残念賞を…」

「飛ばせスミス!」

「おっしゃあ!」

 

 そこへ、ギガントのパワーで放り投げられたレンが宙へと踊り出し、ダーウィッシュに斬りかかる。

 

「あああぁぁぁ!!」

「ほう……」

 

 予想外の攻撃にダーウィッシュが感嘆しながら、シェリーに向けようとした炎をレンへと狙いを変えて放つ。

 自分に向かって放たれた炎をレンは縦に両断し、そのまま返す刃でダーウィッシュを攻撃しようとした。

 だが。

 

「ぐっ!」

 

 突然、レンの動きが宙で停止する。

 その腹に、ダーウィッシュの放った蹴りが突き刺さっていた。

 

「残念」

 

 バランスを崩して落下しようとするレンに向かって、ダーウィッシュはだめ押しのかかと落しを喰らわせた。

 

「がはっ!」

 

 加速しながら落下したレンが、とっさに体を捻り、床に着地すると同時に転がって衝撃を分散させると、即座に膝をついて起き上がり、サムライソウルをダーウィッシュに向けて連射する。

 

「いい手ごたえだと思ったのだがな」

「効いたさ。だがそれだけだ」

 

 自分の体を貫いていく45ACP弾を気にもせず、ダーウィッシュがレンの方を見、手早くサムライソウルのマガジンを交換しているレンがその視線を見返したまま、口でスライドを操作して初弾を装填する。

 

「はっ!」

 

 二人が睨みあっている時を隙と見たシェリーが、メタトロンの体に足をかけて強引に爪を引き抜き、そのままメタトロンを体を足場にしてジャンプしつつ体を捻り、体重とベルセルクの強化筋力を十分に乗せた後ろ回し蹴りにダーウィッシュに向けて放った。

 だが、横目でそれを見ていたダーウィッシュが片手でシェリーの蹴り足を受け流し、がら空きとなったシェリーの腹部に高速の拳を三連続で喰らわせた。

 

「ぐふっ!」

「残念」

 

 とっさに反応できず、モロに連撃を食らったシェリーの体が、そのまま床へと落下していく。

 

「シェリー!!」

「間に合え!」

 

 クレアが悲鳴を上げる中、クリスがダッシュしてシェリーの落下地点に近寄り、寸手の所でその体を抱き止めた。

 

「ギリギリセーフか……」

「いや、アウトだよ」

 

 クリスが額の冷や汗を拭おうとした時、ダーウィッシュが業火を無防備の二人へと解き放つ。

 

「クリス!」

「はあっ!」

 

 バリーの声に、レンの気合が重なる。

 二人の目前で斬り割かれた炎が、両脇を通り過ぎて床に当たると掻き消えていく。

 

「すまない」

「いや………」

 

 二人を守るように立ちはだかりながら、レンが刀を構え直す。

 

「炎出して不死身でその上格闘技も使えるのか!?」

「ちょっと卑怯じゃねえのか………」

 

 攻め入る隙を見出せない皆が、歯軋りする中ダーウィッシュを見る。

 

「己の知恵に溺れた小娘や力を過信して破れたどこぞの輩と一緒にされては困るな。力とは喰らい、鍛え上げる物だ」

「慢心せず、生涯修練に費やす、か。心意気だけは賞賛できるな」

「それが東洋武道の真髄だろう?」

「そうだ」

 

 ダーウィッシュが小さく笑みを浮かべる中、レンは必死に勝機を見出そうとする。

 

「シェリー……生物学的にあんなのは在りえるのか?」

「……いいえ」

 

 腹を押さえながら立ち上がったシェリーが、レンの囁きに小さく首を横に振る。

 

「あのメタトロンの能力はおそらくセミなんかの体腔内反響の指向性放射だと思いますけど、彼の不死身と炎は両立は不可能です」

「………別個なら可能なのか?」

「細胞の生体活動による養分の生体エネルギー転化能力を極限にまで高めて、リンや脂肪の分泌をすれば着火するのは説明できます。ですけどそうすれば細胞の個別寿命がとんでもなく短命になりますし、その上あれだけの傷の癒す程の細胞分裂を繰り返せば数分と持たずに生体維持限界を突破して自己崩壊を起こす可能性も……」

「それを可能にするタネがどこかにあるはずだな」

「はい」

「相談は終わったかな?」

 

 ダーウィッシュが嘲るように言いながら、ゆっくりと床へと降り立つ。

 

「さて、アザゼルを倒したのは見事だったが、まだ私とメタトロンが残っている。無駄と分かっていてもまだ戦うかね?」

「無駄かどうかはてめえを倒してから決める!」

 

 スミスが残弾少ない120mm滑空砲をダーウィッシュに向けて撃つが、上空からのメタトロンの超音波がそれを寸前で破壊し、爆発させる。

 

「足掻くのが好きのようだな?じゃあ今から私は五分だけ炎を使わない。それならどうかな?」

「なんだと?」

「信用出来るか!」

 

 カルロスが怒声を上げて銃口を向けた瞬間、ダーウィシュの姿が彼の視界から消えた。

 

「な…」

「言ったはずだ使わないと」

 

 横から聞こえた声にカルロスがそちらを向こうとするが、その視界を一瞬ダーウィッシュの振り上げた足が覆い、そしてまともに上段回し蹴りを喰らったカルロスが横手に吹き飛んだ。

 

「カルロス!」

「てめえ!」

 

 スミスがギガントの兵装照準をダーウィッシュに向けようとするが、流れるような動きでギガントに近寄ったダーウィッシュの姿が、ディスプレイから消える。

 

「また!?」

 

 スミスの驚愕に、ギガントのセンサーの警告が重なった。

 

「どこに!?」

 

 センサーをチェックしたスミスが、ダーウィッシュの居場所を発見して再度驚愕する。

 

「………いつ?」

「2秒前から」

 

 いつの間にかギガントの真上、頭部センサーの上に立っているダーウィシュが、スミスの問いに答える。

 

「撃て!」

 

 クリスの号令と同時に、無数の銃火がダーウィッシュだけを狙って放たれる。

 

「おやおや、忙しい」

 

 嘲りを浮かべながら、ダーウィッシュがギガントの上から飛び降りると、氷上のスケート選手を思わせる動きで射線から移動する。

 

「な、何だ?」

「妙な動きしやがって!」

 

 予想外の動きに皆がそちらに一瞬虚を突かれるが、ダーウィッシュの動きに合わせるようにして即座に銃を構え直す。

 

「遅い」

「な……」

 

 が、まるで瞬間移動のような異常な速さで近寄ったダーウィッシュが、一番手前にいたSTARSメンバーの顔面に神速の拳をお見舞いする。

 

「この…」

 

 別のSTARSメンバーがトリガーを引こうとするが、そちらに近寄りながらダーウィッシュは銃身を掌底で横に跳ね飛ばし、発射された弾丸が運悪く銃口の先にいた他のSTARSメンバーのボディアーマーに食い込む時には強力な横蹴りが相手の胴を薙ぎ払う。

 

「遅過ぎる」

 

 ダーウィッシュが笑みを浮かべながら、STARSメンバーの中心へと進む。

 

「それとも私が速過ぎるのかな?」

 

 射線が仲間に向かないように移動しながらトリガーを引こうとした者が首筋に手刀を叩き込まれ、銃を捨ててナイフに手を伸ばそうとした者の胴に蹴りが突き刺さる。

 

「化け物が!」

 

 バリーがM60を棍棒のように振り回すが、その顔面、首筋、脇腹、ボディアーマーの覆ってない場所にコンビネーションが決まり、その体が床へと倒れこんだ。

 

「二分、経ったかな?」

「いや」

 

 予想外のダーウィッシュの格闘能力の前に、全員が静まり返る。

 レン一人がその場から動かず、ダーウィッシュの動きを冷静に観察していた。

 

「その動き、ジークンドーか。格闘技を使う化け物とはまともに戦おうと思うなと師匠が言ってた理由が分かったよ」

「なるほど、一つ賢くなれたわけだ」

 

 レンの指摘を受けたダーウィッシュが薄い笑みを浮かべながら、両手を胸の前で水平に構えながら小刻みにジャンプするジークンドー独自の構えを取る。

 

「それでは授業料を貰おうか」

「がっ!」

「うああぁぁ!」

 

 ダーウィッシュの攻撃を喰らって倒れていたSTARSメンバー達に、メタトロンの超音波が容赦無く襲い掛かる。

 

「まずい!」

「助けないと!」

 

 クリスが超音波を喰らっている者達を救い出そうとするが、その前にダーウィッシュが立ちはだかる。

 

「授業料だと言ったはずだが?」

 

 ダーウィッシュの神速の上段回し蹴りがクリスを襲い……だが、寸前でその蹴りがクリスの頭部より上の軌道に変化する。

 

「……よく分かったな」

 

 クリスの背後、ダーウィッシュの死角となっている位置から蹴り足に向けて刃を突き出したレンが、寸前で気付いてそれを避けたダーウィッシュに向けて刀を構え直す。

 

「さっきの虫も、こいつらもお前が完全制御している訳か。通りでやけに隙が無い訳だ」

「今頃気付いたのかね?分かった所でどうにか出来るとでも?」

「出来る」

 

 対峙している二人を差し置き、他のSTARSメンバー達がメタトロンへの攻撃をしながら攻撃に晒されている者達を救出する。

 

「こうすればいい事だ!」

 

 レンの刃が神速で繰り出され、それを掻い潜るように間合いを詰めたダーウィッシュの拳が、レンの顔面を狙うが、レンは左腕を持ち上げてそれを防ぎ、拳に込められた人外の破壊力でプロテクターがひしゃげて破砕する中、切り返された刃がダーウィッシュを狙うが、バックステップで下がったダーウィッシュの胴を浅くかすめるだけに留まる。

 それで留まらず、レンは再度刃を切り返しながら、サムライソウルをダーウィッシュに向けて投げつけた。

 

「な!」

 

 銃を投げつけてくるという予想外の暴挙に思わずダーウィッシュはサムライソウルを手で叩き落すが、装弾されハンマーが起こされていたサムライソウルはそのショックで暴発し、弾丸がダーウィッシュの耳元をかすめる。

 弾丸が耳元をかすめた衝撃で一瞬動きが鈍ったダーウィッシュの胴を、大通連の刃が大きく斬り裂く。

 普通ならばそれで十分に致命傷に達する傷を追いながら、ダーウィッシュがレンの喉元を狙って上段蹴りを繰り出し、首をよじりながら身を捻ったレンの首の皮を千切り飛ばしつつ通り過ぎる。

 虚空に一筋の血を舞わせつつ、蹴り足目掛けて刃がはね上がった時には、すでに蹴り足は戻されている。

 

(速い、ウェスカー以上か?)

 

 連続する神速の攻防の中、レンは冷静に状況を分析していた。

 

(あの時はまだこちらにも分が有ったが、こいつは攻撃速度も破壊力もほぼオレと互角………)

 

 大きく横薙ぎに振るわれた刃がお互いの距離を離した隙に、刃が鋭角を持って下へと下がり床の一点、サムライソウルのトリガーガードを切っ先で引っ掛けると刃は垂直にはね上がり、切っ先に引っ掛かったサムライソウルは刃の軌跡に続いて宙に舞い上がると手品のような手際でレンの左手に収まる。

 

(問題は……)

 

 再度対峙した状態で硬直状態で入った二人の間に、何か粘着質な異音が微かに響く。

 それは、先程レンに斬られたダーウィッシュの傷が、ビデオの逆スロー再生のような勢いで治っていく音だった。

 

(回復力が高過ぎる!)

 

 完治させまいとレンはサムライソウルを懐に入れながら間合いを一気に詰めつつ刃を瞬時に鞘に収め、そして繰り出した。

 

「はあっ!」

「おしい」

 

 普通の人間ならば軌跡を見極める事すら難しいレンの神速の居合を、ダーウィッシュは僅かに下がってかわすが、続けて繰り出された攻撃―レンの左手に逆手で握られた鞘が胴を狙っているに気付くと更に下がり、ニ撃目をやり過ごすが、レンの体が抜刀の勢いのまま旋回し、そして旋回の勢いを乗せた上段回し蹴りがダーウィッシュを襲う。

 

「なっ!?」

 

 予想外のレンの攻撃にダーウィッシュはその場にしゃがみ込みながら蹴りをかわし、無防備になっているレンの軸足を狙って下段蹴りを繰り出そうとしたが、その眼前に一回転してきた刃が再度襲い掛かってきた。

 転げるようにして距離を取ったダーウィッシュが、自分の顔に手を伸ばす。

 ねっとりとした感触と共に、右頬から鼻を上下に分けて左頬まで達した傷から滴り落ちた血が、彼の口元から顎に至るまでを染め上げているのに気づくと、血塗れの顔のまま、低く笑い始めた。

 

「面白い技を使うな………顔を傷付けられたのは生まれて初めてだよ」

「光背一刀流、《連水月・風乱(れんすいげつ・ふうらん)》。もう少し下がるのが遅かったらもう一撃やれたんだがな」

 

 旋回を止めたレンが、逆手で握った鞘を腰のガンベルトに刺し直すと、素早く懐に左手を入れた。

 

「無駄な事を!」

 

 銃撃を警戒して横へと跳んだダーウィッシュが、レンの左手が何も掴まないままこちらへと振られるのに気付き、そしてその手中からマガジンに装弾されていない45ACP弾が複数投じられたのを見るとそれを両手で次々と叩き落した。

 

「そんな物で私が倒せるとでも!?」

「………まだ気付いていないのか?」

 

 ダーウィッシュの嘲笑を、レンは微笑で返す。

 

「こうやってオレがお前の相手をしている限り、お前とメタトロンのコンビネーションは封じれる」

「なにっ!?」

 

 レンの一言でダーウィッシュが周囲を見ると、そこには負傷した者が一人残らず室内に運び出され、メタトロンと互角の戦いを行っているSTARSメンバーの姿が見えた。

 

「お前の戦闘力も、指揮能力もたいした物だ。だが、実戦経験が乏しい者は戦闘と指揮を同時に行う事は難しい」

 

 ダーウィッシュの中段蹴りを後ろに跳んでダメージを殺しつつ、レンは続ける。

 

「ましてや、互いの戦闘速度が違いすぎる。高速と超高速は似て非なる物だ。両者を両立は出来ない」

 

 刺突から横薙ぎ、そこから反転といった変化をする斬撃が、ダーウィッシュの胸を浅く斬り裂く。

 

「なるほど、そういう事か。だが、時間切れだ!」

 

 ダーウィッシュの手の平に、炎が再度宿る。

 

「君を倒せば、それももうお終いだ!」

 

 業火に包まれた手が、炎の残像を伴った高速の掌底打となってレンを襲う。

 

「もう一つ気付いていなかったようだな」

 

 レンがわずかに身を反らすと、その背後からシェリーが同じく掌底打の構えを取って突っ込んでくる。

 炎の掌と強化筋力の掌が激突し、狭間に挟まれた炎が爆発のごとき勢いでその場を吹き荒れた。

 

「………な・に?」

 

 炎が晴れたその場で、ダーウィッシュは驚愕の表情で己の手―完全に粉砕されて砕けた骨が各所から飛び出している―を見た。

 

「光背流拳闘術、《重光連断波(じゅうこうれんだんは)》…………」

 

 左右の掌底を重ねて放つ日本武道独自の重ね当てと呼ばれる技に、頭突きを加えた驚異的な破壊技でダーウィッシュの片手を完全に粉砕したシェリーが、余波で焦げた前髪をかき上げながら距離を取りつつ構える。

 

「お前が戦っているのは水沢 練という男じゃない。STARSというチームの一員、水沢 練だ」

 

 レンが宣言しながらサムライソウルを構え、その背後で無数の銃口が同時にダーウィッシュを狙う。

 

「メタトロン!!」

 

 完全に粉砕されたために治るに治らない片腕を押さえながら、ダーウィッシュが叫ぶ。

 それに呼応するように、メタトロンが高速で銃口の前に降り立ち、ダーウィッシュを庇う。

 

「シェリー、分かったか?」

「はい」

 

 レンに小さく何かを耳打ちしたシェリーが、メタトロンへと向かって突撃を架ける。

 

「何を?」

 

 ダーウィッシュが首を傾げる中、シェリーの拳が、蹴りが、肘鉄が、膝蹴りが連続してメタトロンの甲殻を打ち据えるが、どれもが致命傷を与えられていない。

 そこで、三対の羽を羽ばたかせて宙へと飛び立とうとする。

「逃がさない!」

 シェリーは両腕のベルセルクから無数の触手を伸ばして飛び立とうとする寸前のメタトロンに絡めつかせ、それを命綱にメタトロンの真下にぶら下がる。

 

「学習能力が無いのか!」

 

 シェリー目掛けてダーウィッシュが業火を放とうとするが、そこに苛烈な銃撃が襲い掛かり、攻撃を断念してその銃撃から身をかわす。

 

「はあっ!」

 

 体を振り子のように振らせ、その反動でシェリーはメタトロンの背に飛び乗る。

 そこで呼吸を整え、全身の力を蓄え、そしてその力を拳に込めて一気にメタトロンへと振り下ろした。

 鈍い音を立ててメタトロンの甲殻に大きなヒビが入る。

 

「分かりました!」

「使え!」

 

 確信を持ったシェリーの声に、レンが手にした大通連をシェリーへと投げ渡すが、それを受け取った所でシェリーを振りほどこうとメタトロンが高速で飛び回る。

 必死になってシェリーはその背にしがみつき、先程ヒビが生じた一点に向けて、渾身の力を込めて刃を一気に根元まで突き刺した。

 

「これで!」

 

 シェリーがメタトロンの背から飛び降り、トンボを切りながら床へと降り立つ。

 

「………何がしたいのかな?」

「今に分かります」

 

 シェリーの自信満々の声に、ダーウィッシュが疑問を持ちながら、メタトロンに攻撃命令を下した。

 

 だが、超音波を放とうとしたメタトロンの体が、必要以上に震え始める。

 

「!?」

「生物が超音波を発するには、そのための振動発生器官が必要になります」

 

 メタトロンの異常に気が付いたダーウィッシュに向けて、シェリーが説明を始める。

 

「あれだけの超高音域の超音波を発生させるには、体腔内に特殊な反響を持って共鳴、増幅させる器官が必要になります。もしそこに、その反響を阻害する異物、更にはそれ事態が共鳴能力を持った金属等があった場合」

 

 シェリーの説明の途中で、メタトロンの全身に微かなヒビが無数に生じていく。

 

「内部で異常な反響、増幅が生じ、やがて器官その物の反響限界を超え、器官その物を自壊へと誘導」

 

 体中のヒビから体液を滴らせたメタトロンが、力を失ってゆっくりと墜落していく。

 

「最終的には器官のみならず、体その物が崩壊、死へと至ります」

 

 轟音を上げてメタトロンが墜落し、その衝撃で粉砕した甲殻が無数の破片となって周囲へと飛び散った。

 

「質問は?」

「なるほど、先程の攻撃はその反響を調べていた訳か……だが、一つだけ間違いが有るぞ」

 

 勝ち誇った顔のシェリーに、ダーウィッシュが警告する。

 最後の余力を振り絞って、メタトロンがシェリーへと突撃していった。

 

「シェリー!」

「大丈夫!」

 

 クレアの声に応えながら、シェリーは呼吸を整え、体中の筋肉から余分な力を抜き、両足を肩幅よりやや余分に開いて、足の両脇に腕を垂らすようにして構える。

 

「それは!」

 

 レンがその構えに気付くのと、シェリーが息を大きく吸い込むの、そしてメタトロンのアザゼルの物よりは小さいが十二分なまでの殺傷力を秘めたハサミがシェリーに襲い掛かるのは同時だった。

 吸った息を肺に止め、シェリーは右の手を第一関節を残して指を曲げた掌打の形にし、小さな呼気と共に全身の力にベルセルクの強化筋力を込めてメタトロンの側面に掌打を叩きつけた。

 

「青竜爪(せいりゅうそう)!」

 

 鈍い衝撃音が響く中、続けてシェリーは左手を抜き手の形にして、メタトロンの反対側の側面に突き刺す。

 

「白虎牙(びゃっこが)!」

 

 ひび割れた甲殻に肘まで突き刺さった左手を抜き取ったシェリーが両足を揃え、その場で飛び上がりながら回転し、勢いを乗せた両足のかかとを鉄槌としてメタトロンの頭部に振り下ろす。

 

「朱雀襲(すざくしゅう)!」

 

 メタトロンの頭部を半ば粉砕しながら降り立ったシェリーが背を丸めるようにしてかがむと、強く床を踏みしめながら、至近距離から全身を使ったタックル型の発勁をメタトロンに叩き込む。

 

「玄武甲(げんぶこう)!」

 

 必殺の破壊力が込められた攻撃を四連続で叩き込む正真正銘の必殺技、光背流拳闘術滅技、《四神撃(ししんげき)》がメタトロンに炸裂し、粉砕というよりは爆砕に近い形にメタトロンの前面が破壊される。

 全身にメタトロンの体液を返り血として浴びながら、シェリーはメタトロンの背の大通連を抜き取り、レンへと投げ渡す。

 

「うっ!………」

 

 限界に近い筋肉の酷使と、ベルセルクの強化筋力の連続使用で限界に近付いている体に走る激痛を堪えながら、シェリ―は構える。

 

(全力使用で、もう五分も持たない………)

 

 自分の限界を計算しつつ、シェリーの目から闘志は一切失われていなかった。

 

「メタトロンまで倒されるとはな………」

「これで残るはお前だけだ。投降するか?」

 

 ブリューナクの砲口をダーウィッシュに向けたまま、クリスが問う。

 

「どっちにしろ、どんだけ保釈金積もうが弁護士集めようが死刑は確実だからな。ここで死ぬか?」

 

 スミスがツインリニアランチャーをいつでも撃てるようにセットしてダーウィッシュを狙う。

 

「油断するな。まだ何か出てくるかもしれないぞ」

 

 レオンがダーウィッシュの頭部にデザートイーグルをポイントしたまま告げる。

 

「ふ、ふふふふ………」

 

 その時、ダーウィッシュの口から低い笑いが漏れ始めた。

 

「……とうとうイかれたか?」

「ふふふ、ハハハハ………」

 

 カルロスの意見に皆が賛同しつつある中、ダーウィッシュの笑いは段々高くなっていく。

 そして、それに応じて僅かだがその体から薄い煙のような物が立ち始める。

 

「ハハハハ、ハーハッハッハッハ!」

「まずい!」

 

 煙に気が付いたレンが一気に間合いを詰めると、一刀の元にダーウィッシュの首を斬り飛ばした。

 宙を舞った生首が床へと転げ落ち、偶然STARSメンバー達の方へと顔を向ける。

 

「ヒッ!」

「なんだこいつ!」

 

 その生首がまだ笑い続けている事に気付いた皆が怯える中、首を失った胴体が手から業火を放ってレンを牽制しながら、素早く移動して首を拾うとそれを切断面へと乗せる。

 

「…………ハハハ、ハーッハッハッハ!」

 

 瞬く間に元通りにくっついた首が再度哄笑を上げる。

 

「撃て!」

 

 呆然とそれを見ていたSTARSメンバーが、レンの声に我に返ってトリガーを引いた。

 

「ハーッハッハ!クハハハ!」

 

 哄笑を上げていたダーウィッシュが背の羽を羽ばたかせて宙へと飛び出して無数の弾丸をかわし、それと同時にその全身が炎へと包まれる。

 

「なに!?」

「自殺か!?」

「違う!発火能力を全身で使用してるんだ!今までとは比べ物にならない炎が来るぞ!」

「その通り!」

 

 レンの忠告に重なるようにダーウィッシュが炎を放つ。

 それは、まるで火災現場のバックドラフト(閉鎖状態から開放された炎が爆発的に燃え上がる現象)を思わせるような勢いでその場を荒れ狂った。

 

「ぎ…」

「あ…」

 

 まともに喰らった者が断末魔の悲鳴を上げる間も無く、瞬時に焼死する。

 

「そんな!?こんな高温の炎を出す生物なんて!」

「細胞が耐えられる訳が!?」

「能書きはあと!」

 

 呆然とそれを見ていたシェリーとレベッカをクレアが引きずるようにして炎から逃れようとする。

 

「私を殺すんじゃなかったかな!?」

 

 最早炎に全身を包まれ、体のシルエットすら見えなくなっているダーウィッシュがその三人に向かって猛火を投じる。

 

「危ねえ!」

 

 ギガントを高速移動させてその炎を受けたスミスが、一遍に温度限界に達した事を示す警告を聞きながらその炎を受け続ける。

 

「何秒持つかな?頑張りたまえ!」

「させるかぁ!」

 

 カルロスが声だけを頼りにダーウィッシュに向けて銃撃を浴びせるが、炎の揺らめきで狙いが定まらない銃弾の半数は外れ、半数は当たったが即座に傷は塞がっていく。

 

「これならどうだ!」

 

 アークが最後の冷凍弾を炎へと向けて放ち、撒き散らされた液体窒素が炎を僅かに途切れさせ、その隙間からダーウィッシュの半身が見えた。

 

「そこだ!!」

 

 全員がその隙を逃さず、一斉にトリガーを引いた。

 無数の銃弾が、高速グレネード弾が、プラズマ弾が炎の切れ目から見えるダーウィッシュの半身に突き刺さり、そのまま通り抜けた。

 

「!?」

「そこじゃない!下だ!」

 

 レンが怒鳴りながら、その真下の炎を斬り払う。

 炎の中から飛び散った血が炎に炙られ瞬時に蒸発していき、それと重なるように放たれた炎をまとった蹴りが、レンの体を弾き飛ばした。

 

「ぐっ!」

「レン!」

 

 なんとか踏み止まったレンが、また炎の中へと消えていくダーウィッシュに向かってサムライソウルを連射するが、相手はそれを平然と受けながら完全に炎に包まれていった。

 

「さっきのは温度差を使った蜃気楼だ!狙いを必要以上に絞り込むな!」

「……よく分かったね」

「前に同じ手を使う忍者と戦った事が有ってな」

 

 炎の中からの声に応えながら、レンは蹴りを防御した時に引火した片袖を素早く振るって消すと相手の気配を探るべく神経を集中させる。

 

「じゃあ、狙わなきゃいいんだろうが!WIDE FIRE!」

 

 照準をセットしないまま、ギガントがツインリニアランチャーと120mm弾を連射しまくる。

 

「弾幕を張れ!当たるかどうかは度外視だ!」

 

 クリスの指示の元、全員がむやみやたらに銃を撃ちまくる。

 

「そんな手が通じると思ったか!!」

 

 ダーウィッシュの声と共に、炎がまるでスクリーンのように大きく広がる。

 

「まとめて死ぬがいい!」

「ゴメンだな」

 

 炎のスクリーンを、レンの音速超過の抜刀《閃光斬》の斬撃が二つに斬り裂く。

 

「そこ!」

 

 その炎を切れ目に僅かに見えたダーウィッシュの足に、シェリーが間髪入れずにベルセルクの触手を伸ばして絡みつかせる。

 

「捕まえた!」

「よし!袋叩きだ!」

 

 スミスが意気揚揚と触手の先に照準を定め………そこに先端が切り落とされた触手が炎のスクリーンから抜け出てくるのに気付く。

 

「ウソ!?今確かに!」

「来るぞ!」

 

 炎のスクリーンの一部が、人の形となってシェリーに襲い掛かる。

 人の形をした炎が繰り出してきた拳をシェリーが右腕のベルセルクでガードした………が、次の瞬間その腕を激痛が貫く。

 

「!?」

「いい反応だ。シェリー・バーキン」

 

 炎を全身にまとったダーウィッシュが突き出した拳を引き抜く。

 ベルセルクの体液とシェリーの血で一時的に炎が消えたその拳―シェリーに粉砕されたはずのそれは、いつの間にか刃のような鋭く尖った物へと変化していた。

 

「!任意形状変化!?」

「そう、君のベルセルクと同様のね」

 

 炎をまとった刃の拳が、次々とシェリーを狙う。

 シェリーは必死になってそれを避けるが、避けきれなかった物が彼女の体に裂傷を刻んでいく。

 回避しきれなくなる前にダーウィッシュから距離を取ろうとシェリーが後ろに跳ぼうとし、そこが壁である事に気付いて愕然とする。

 

「逃げて!」

「無理だな」

 

 クレアの絶叫が響く中、ダーウィッシュの刃の拳がシェリーの心臓目掛けて突き出される。

 

(避けられない!)

 

 回避不可能と判断したシェリーは、先程貫かれた右腕で心臓を庇い、逆にダーウィッシュに向かって突っ込んできた。

 

「!!」

 

 予想外の行動にダーウィッシュが驚く中、刃は根元まで突き刺さり、シェリーの胸の手前で止まる。

 そのまま、炎に包まれたダーウィッシュの腕をシェリーは平然と掴み、反転しながらダーウィッシュの懐に潜り込んで相手の足を跳ね上げる投げ技―柔道でいう山嵐と呼ばれる物―でダーウィッシュを投げ飛ばす。

 

「甘いな」

 

 投げられる前に自分で跳んだダーウィシュが、キレイに両足から床に降り立つ。

 反撃に転じようとしたダーウィッシュが、今度は自分の背中にシェリーの足が押し付けられているのに気付くと同時に、シェリーに握られていた腕が強く引かれる。

 相手の背中から投げる逆さの巴投げ―光背流拳闘術二段投技《日輪車(ひのわぐるま)》に、先程と逆軌道にダーウィッシュの体が投げ飛ばされる。

 完全に意表を突かれたダーウィッシュがそれでもとっさにバランスを保とうとするが、シェリーの右腕に突き刺さったままの腕が邪魔してそれもままならず、腹から床へと叩き付けられた。

 

「がはっ!」

 

 ショックで息が詰まり、それに続けてダーウィッシュの体を覆っていた炎が緩む。

 

「取った!」

 

 巴投げの体勢から腕に突き刺さっていた刃を抜き取りつつ素早く起き上がったシェリーが、ベルセルクから爪を伸ばしてそれをダーウィッシュの頭部、正確に脳髄目掛けて突き刺そうとした。

 そして、爪を振り下ろそうとした瞬間、シェリーの腕から異音が響く。

 

「う、アアアァァー!!」

 

 音に続けて襲ってきた激痛に、シェリーが絶叫を上げながら片腕を押さえてその場に片膝をついた。

 

(しまった………限界が………)

 

 ベルセルクの強化筋力に耐え切れず、腕の靭帯が伸びきり、下手したら千切れた事を自覚しながら、シェリーが歯軋りする。

 

「時間切れか」

 

 再び炎をまとったダーウィッシュが、回避不能の距離で猛火を生み出す。

 

(逃げられない!)

 

 悲壮な覚悟をシェリーが決めた瞬間、その体が横へと弾き飛ばされる。

 宙を舞いながらシェリーの視線が横へと動き、自分を弾き飛ばした人物、クレアに猛火が襲い掛かるのを見た。

 

「クレア!!」

 

 直撃だけは避けられたが、猛火に両足を焼かれたクレアが床へと倒れ込む。

 

「クレア!クレア!」

「……逃げなさい、シェリー」

 

 立つ事すら適わなくなったクレアが、シェリーをかばうようにしてリニアランチャーを構える。

 

「麗しい姉妹愛か?じゃあ共に死…」

「…ぬのはお前だ!」

 

 クリスがブリューナクからホーミングミサイルを撃ち出す。

 炎の熱で狙いが上手く定まらないミサイルが、ダーウィッシュのはるか手前で誤作動して爆発する。

 

「残ね…」

「あああぁぁ!!」

 

 爆炎が吹き荒ぶ中、それを斬り裂きながらレンが襲い掛かり、その背後からギガントが炎を突き破りつつ続く。

 

「甘い甘い」

 

 袈裟切りに振り下ろされた刃をダーウィッシュは避けもせず、迫ってきたレンの腹に横蹴りを叩き込んで弾き飛ばし、続けて放たれたプラズマ弾を余裕でかわすとギガントのセンサーに炎に包まれた手の平を押し付けてセンサーを破壊しようとした。

 

「そんな手が通じると…」

「思ってるぜ」

 

 ギガントの頭部の脇から、OICWの銃口がほぼ零距離でダーウィッシュに押し付けられる。

 

「くたばれ!」

 

 ギガントの背に張り付いて回避不可能な距離まで接近していたカルロスが、勝利を確信してグレネードランチャーのトリガーを引いた。

 放たれた高速グレネード弾が狙い違わずダーウィッシュの頭部にめり込み、吹き飛ばす。

 

「やった!」

「ざま見やがれ!」

 

 爆炎を強引に突破したのとグレネードのバックファイアで全身から焦げ臭い匂いを漂わせているカルロスと、あやうく焼け付く所だった頭部カメラから詳細を見ていたスミスが同時に喝采を浴びる。

 しかし、頭部を失って崩れ落ちるかと思われたダーウィッシュの体が、その場に立ったまま、人差し指を立てて左右へと振った。

 

「な…!?」

 

 そして、吹き飛ばされた頭部がビデオ映像を巻き戻されかのような勢いで断面から盛り上がり、そして再生していく。

 

「ウソ………」

「やっぱり不死身か!?」

 

 愕然としたSTARSメンバー達が手にした銃を落としそうになる。

 

「いや、今ので分かった。そいつの弱点がな」

 

 絶望が皆を包もうとする中、レン一人が立ち上がってその顔に微かに笑みを浮かべる。

 

「弱点?私の?」

「そうだ。お前の弱点は………」

 

 レンが告げながら、ダーウィッシュに向けて走り出す。

 それに向けてダーウィッシュは猛火を放つが、レンはそれらを斬り裂きつつ、ダーウィッシュに向けて迫る。

 

「はあああぁぁぁっ!」

 

 レンが大きく刃を横薙ぎに振るい、ダーウィッシュの体を斬り裂く。

 

「どこが弱点だと!?」

 

 胴の半ばまで斬り裂かれつつダーウィッシュの蹴りがレンを襲う。

 だが、それはレンの狙い通りだった。

 レンは炎をまとっているダーウィッシュの蹴り足をまともに喰らいながら、強引にその足を右腕で押さえ込む。

 

「!?」

「そこだ」

 

 レンは炎で火傷を負うのも構わず、確かな笑みを浮かべてサムライソウルをダーウィッシュの太ももに押し付け、連射した。

 至近距離で撃ち込まれた45ACP弾は炎を突き抜けて肉を貫き、そこで金属音を上げて止まった。

 

『!?』

 

 皆がそれに気付いた時、ダーウィッシュは初めて狼狽した表情でレンをもう片方の足で蹴り飛ばす。

 

「足だ!そこに何かがある!」

 

 弾き飛ばされながらレンが叫ぶ。

 

「撃て!!」

 

 全員が一斉にダーウィッシュの足に向けてトリガーを引いた。

 

「分かったからどうしたと!」

 

 ダーウィッシュは宙へと飛んで銃火をかわす。

 

「こうするの」

 

 背後で聞こえた声にダーウィッシュが振り向こうとした。

 彼が振り向くよりも速く、シェリーの背におぶさり、ベルセルクの強化筋力のジャンプ力を使って背後を取ったクレアがリニアランチャーのトリガーを引いた。

 放たれたプラズマ弾がとっさに避けようとしたダーウィッシュの片足を太ももの半ばから吹き飛ばし、その断面から容積の半分を吹き飛ばされた小型タンクの中身の液体がぶちまけられた。

 

「これは?」

 

 床へと着地したシェリーが、雨のように降ってくるその液体を手に取り、少し嗅いだ後舐めてみる。

 

「アミノ酸ベース………細胞活性酵素!」

「そっか!その手が有った!」

「?どういう事だ?」

「ドーピングしながら戦っていたって事だ」

 

 首を傾げるアークに、ダーウィッシュの不死身の正体が細胞活性酵素の常時投与による細胞分裂等の異常活発化だという事に気付いたレオンが、デザートイーグルの銃口をダーウィッシュのもう片方の太ももに向けて連射した。

 ほぼ同じポイントに集弾して撃ち込まれた50AE弾が、タンクの表面を傷付け、そして穿った。

 

「くっ!」

 

 慌ててダーウィッシュが銃創を手で押さえるが、その隙間から細胞活性酵素はとめどなく滴り落ちる。

 

「やっぱりそうか。一発目と二発目の蹴りの威力が微妙に違ったからな。足に何かあると思えば………」

 

 レンが火傷を負った右腕に手早くスプレーを吹きつけながら、滴り落ちていく液体を見つめる。

 

「回復アイテム常時使用って訳かい。だが、ポーションが無くなっちまうなあ?」

「回復不可能って訳だ」

 

 スミスとカルロスが壮絶な笑みを浮かべ、同時にダーウィッシュに向けて攻撃した。

 

「ふざけるな!この程度で!」

 

 ダーウィッシュの全身から爆発に近い勢いで炎が吹き上がる。

 

「今更分かった所で遅い!皆焼け死ぬがいい!」

「分かったのはそれだけじゃない」

 

 レンが、何を思ったのかサムライソウルを懐に仕舞い、無造作に炎の化身とも言える姿となったダーウィッシュに歩み寄っていく。

 その右手に大通連が無いのに皆が気付いた時、いつの間にか上へと投じられていた大通連が風車の如く回転しながら落下し、炎を斬り裂きながらダーウィッシュの片腕を斬り飛ばした。

 

「な!?」

「どうした?オレ達を焼き殺すんじゃなかったのか?それともそんなに大事な物だったか?」

 

 落下してきた大通連を器用に受け取ったレンが、床に落ちてきたダーウィッシュの片腕に視線を向ける。

 

「スミス、撃て」

「OK!」

「止めろぉ!!」

 

 猛火がギガントに襲い掛かるが、ギガントを高速移動させてそれを避けながらスミスはツインリニアランチャーで床に落ちている片腕を跡形も無く吹き飛ばす。

 

「貴様ぁ!」

「頭より手足が大事か?まあ飾り物の頭じゃそうだろうがな」

 

 激昂するダーウィッシュに、レンが淡々と語りかける。

 

「飾り?」

「ああ、首を切り落とした時、肉と骨以外の感触がした」

 

 刃にダーウィッシュの顔を写しながら、レンが自分の仮説を完全に確信して言った。

 

「動物ベースのBOWは、いかに驚異的な生命力を誇っても脳を破壊されれば活動を停止する。もしそれから復活しても生存本能だけの原生生物並に退化するだけだ。だが、こいつは首を切り落とされても頭を吹き飛ばされても平然と復活してきた。何故か?」

 

 レンが切っ先をダーウィッシュに向けて確信を放つ。

 

「電子化された神経とそれによってLAN構築された脳内記憶データの分散。そうする事によって脳が失われても全身に分散されたサブデータが体を制御し続ける。それがお前の不死身のもう一つの正体だ」

「………」

 

 ダーウィッシュが無言で歯を強く噛み締める。その顔には、今までに無い憤怒が浮き上がっていた。

 

「ダーウィッシュ・E・スペンサー。もう貴様は終わりだ」

「まだだ!」

 

 炎の残像を残しながら、ダーウィッシュがレンに襲い掛かる。

 

「貴様だ!貴様さえ殺せば残るのはただの雑魚だ!」

「さっき言わなかったか?」

 

 突き出された炎をまとった刃の拳を、レンは背後に跳びながら避け、そのまま無造作に後ろに倒れ込んだ。

 

「オレはSTARSの一員だと」

 

 レンの背後で銃を構えていたSTARSメンバー達が一斉にトリガーを引いた。

 

「それがどうした!」

 

 全身に銃弾を浴びながら、ダーウィッシュが残った手に猛火を灯して放とうとする。

 しかし、それが投じられるよりも、横手から放たれたプラズマ弾と高速グレネード弾がその腕を跡形も無く吹き飛ばす方が速かった。

 

「あいつだけが強いんじゃない」

「オレ達みんなが強いんだ」

 

 スミスとカルロスがレンの言葉に続く。

 

「おのれ、おのれぇー!」

「諦めろ」

「エンディングの時間だ」

 

 レオンとアークが言葉と同時に放った50AE弾とグレネード弾が、残った足も千切り飛ばす。

 

「チェックメイトだ」

 

 クリスがスカウターに映るターゲットを正確にダーウィッシュの胴に合わせ、トリガーを引いた。

 大気を切り裂きながら飛来するホーミングミサイルがダーウィッシュの胴に炸裂し、その体を木っ端微塵に粉砕する。

 膨大な炎を辺り一帯を吹き荒れ、それが消えた頃、何かが床へと落ちてきた。

 

「………しぶといな」

 

 レンが自分の足元に落ちてきたそれ、どうやったのか胸から上だけが残ったダーウィッシュに向けて刃を向ける。

 

「これで終わりだ」

 

 レンがトドメをさそうとした時、その背を今までで最大の悪寒が通り抜ける。

 

「何だ!?」

「おい、見ろ!」

「なんだこりゃ!?」

 

 カルロスが指差した先、クトゥルーが収まっているカプセルを皆が見て同時に異変に気付いた。

 先程までオブジェと変わらなかったクトゥルーの全体に、光が無数に明滅していた。

 

「は、はははは………」

 

 ダーウィッシュが、力無く笑い始める。

 

「あれは何だ!?」

 

 レンが、切っ先をダーウィッシュに向けて怒鳴りつける。

 ダーウィッシュは笑ったまま、その顔に勝ち誇った表情を浮かべた。

 

「目覚められたのだ………神が」

「神だと?どういう事だ!」

「くくくく……」

 

 口から血を流し、最早幾ばくも無い命を惜しむ素振りすら見せず、ダーウィッシュは笑い続ける。

 

「どうでもよかったのだよ………BOWも、STARSも……私すらも………」

「なん……だと……?」

「始祖ウイルスを……元にして作られた生物は………死ぬ瞬間……特殊な電磁波で信号を発する………それは…あの方へ………唯一……語りかける方法だ………」

「まさか……貴様は……それだけのためにこれだけの犠牲を出したのか!?」

「そう……どうでもよかったのだ………あの方さえ目覚めれば………アンブレラが無くなろうと………どうしようと………」

 

 そこで僅かに吐血すると、ダーウィッシュが最後の言葉を呟く。

 

「さあ……最後の戦いだ………一度この星をも滅ぼしたとされる神との……………結果がみれない…の…が……ざ………」

 

 そこで、ダーウィッシュの体から生気が消える。

 レンが強く柄を握り締めながら、ダーウィッシュの屍に背を向けてクトゥルーに向き直る。

 その視線の先では、すでに全身に光を帯びたクトゥルーが、その植物の根にも見えるような触手を動かし、カプセルを叩き割ろうとしていた。

 

「何が起きようとしてるんだ!?」

「分かりません!あれが一体何を考えているのかも!」

「………簡単だ。同類が大量に死んだから、とうとう自分で防御活動を起こしたんだ」

 

 レンが淡々と告げながら、サムライソウルの残弾を確認する。

 

「来るぞ………こいつが最後の敵だ!」

「魔王が死んだら大魔王か!?RPGでも受けねえぞ!」

 

 スミスがツインリニアランチャーを叩き割れる寸前のカプセルに向けて発射した。

 それが戦闘開始の合図となった。

 内側からの圧力に耐え切れず砕け散ったガラスの破片と溢れ出した培養液を蒸発させながら飛来したプラズマ弾が、クトゥルーの胴体に当たって爆散する。

 

「お呼びじゃねえんだよ!」

 

 立て続けにギガントのツインリニアランチャーがプラズマ弾を吐き出し、それはことごとくクトゥルーに命中する。

 

「撃て!」

 

 それに呼応するように全ての銃口が火を吹いた。

 周囲には雷鳴を思わせるような轟音と爆音が響き渡り、爆炎と硝煙が一帯を覆い尽くす。

 

「止めっ!」

 

 クリスの号令の元、一分近く続いた猛烈な銃撃が終わり、クトゥルーの姿は完全に爆煙によって覆われていた。

 

「やったか?」

「いや…………」

 

 レンが手早くサムライソウルのマガジンを交換しながら、表情を険しくする。

 

「気配は消えていない。どころかむしろ…」

 

 レンの言葉の途中で、晴れてきた煙の向こう側が不意に発光したかと思うと、そこから強力な光が発射された。

 

「な…」

 

 その光の正面にいた者が驚愕を上げる暇も無くその光に一瞬にして飲み込まれ、光が晴れた時そこには建材すら残さず完全に蒸発し、大穴と化した床があるだけだった。

 

「なんだ!?」

「レーザー光線!?」

「そんな!?あれだけの威力を出すのにどれだけのエネルギーが…」

 

 皆の驚愕は、晴れてきた煙の向こう側が再度発光した事で途切れる。

 

「逃げろっ!!」

 

 誰かが叫ぶ。

 発光面の正面にいた者が慌てて逃げ出し、そこから床を這うように移動しながら発射された強力なレーザー光線がホールを大きく穿っていく。

 

「なんて威力だ!本当にあれは生物なのか!?」

「分からん!だが明らかにこっちを敵と見てるぞ!」

 

 自分達のすぐ足元をかすめていったレーザーにアークとレオンが顔を青くしながら、攻撃を再開しようとする。

 そこで、カプセルを叩き割った触手が獲物を狙う蛇のような動きで襲い掛かる。

 

「危ない!」

「レオン!?」

 

 とっさにアークを弾き飛ばしたレオンの胴体に、触手が絡みつくとそのまま彼を宙へと持ち上げ、動きを封じた所で再度クトゥルーの胴体が発光を始める。

 

「レオン!!」

「いやああぁぁ!」

 

 アークとクレアの絶叫が響く中、レーザーが発射された。

 しかし、それより一瞬早くレンが触手を切断し、落下したレオンの至近距離をレーザーは通り過ぎた。

 

「大丈夫か!」

「ああ………」

 

 高エネルギーのレーザーの余波で皮膚が露出している部分に軽い火傷を負ったレオンが、アークの肩を借りてなんとか立ち上がる。

 

「動き回れ!捕まったら即座に焼かれるぞ!」

 

 無数の触手がSTARSメンバーを捕らえようと蠢き回る。

 皆が逃げ惑い、必死になって攻撃を加えていく。

 だが、グレネード弾やロケット弾の爆発で触手は千切れ飛ぶが、クトゥルー本体は更に全身を明滅させて益々苛烈な攻撃を繰り出してくる。

 

「はあっ!」

 

 レンが四本目の触手を斬り裂くと同時に、それを手に取って断面を見てみる。

 

「なんだこれは!?」

 

 そこには、奇妙な色合いの肉とも鉱物とも取れない物が蠢き、断面からは透明な体液が滴っていた。

 

「植物なのか?それともまったく違う生命体?」

 

 床を転げるようにして正面からのレーザーをかわすと、レンは触手を手早く二分して投げた。

 

「シェリー!レベッカ!なんでもいい、それからこいつの特性を調べるんだ!」

「了解!」

「やってみます!」

 

 今だ動いている触手を受け取ったシェリーとレベッカが、その断面を見、体液を手に取ってみる。

 

(これは……シリコン?)

(この体液、粘性がほとんど無い………動物性でも植物性でもない。むしろこれは……)

 

 STARSのブレイン二人の頭脳が、それぞれ違う方面からそれを解析し、脳内で幾つもの過程を立てていく。

 

(考えて、宇宙空間を長時間行動を可能とし……)

(これだけのエネルギーを蓄える事を可能とするには……)

「この野郎!!」

 

 レーザーを掻い潜ってクトゥルーの至近距離まで近寄ったスミスが、ギガントのフルパワーで繰り出したナックルをクトゥルーの胴体に突き刺す。

 ギガントの腕が埋没する位深くナックルが突き刺さり、透明な体液が吹き出す。

 

「へ、思い知った…」

 

 ナックルを抜き取ったスミスの目が、今しがた開いたはずのナックルが突き刺さったはずの穴が、瞬く間に塞がっていくのを見て大きく見開かれた。

 

「ば、バカな!?今確かに!?」

「逃げろスミス!」

 

 レンの声に慌ててスミスはギガントをスピンさせながら横へとスライドさせ、穴が塞がった場所から発射されたレーザーをからくもかわす。

 

「構成転化!」

「組成変化!」

『ケイ素系生命体!!』

 

 それを見たシェリーとレベッカが同時に結論に達した。

 

「何だそれは?」

「地球上を占めるたんぱく質やアミノ酸を主とした有機物じゃなく、金属に近い性質をもったケイ素を主として体が構成された生命体なんです!」

「説明はいい、どうすれば倒せる?」

 

 クリスの問いに、シェリーとレベッカが思わず顔を見合わせる。

 

「倒せないの?」

 

 シェリーにおぶわれたままのクレアが、シェリーの浮かべている表情を見て心配そうに聞いてくる。

 

「………地球上にケイ素系生命体は存在しないの」

「それに、ケイ素で体が構成されているとなると、理論上マグマ並の高温でも生存が可能です。銃火器程度では………破壊は不可能です」

『なんだって!?』

 

 それを聞いた全員の顔色が一気に変わる。

 

「どうにかならないのか!?」

「せめてこれの詳細データが有れば………」

 

 バリーの問いにシェリーは首を横に振った。

 

「あるだろ!ここに破壊力ならバツグンのが!」

 

 スミスがギガントを停止させ、その胸にセットされたギガンティックブラストを指差す。

 

「ダメ!下手したら恒星のプロミネンスにも耐えられるかもしれないわ!それ位じゃ表皮の突破も不可能よ!」

「何か……何か無いのかよ!弱点は!」

 

 カルロスが最後のマガジンをOICWにセットしながら叫ぶ。

 

「一度退いて体勢を整えるってのは!」

「ダメだ!ここでこいつを倒さない限り、次のアンブレラが出現するのも時間の問題だ!」

 

 クリスが叫びながら、ブリューナクを連射する。

 クトゥルーはその全身を目まぐるしく発光させながら、攻撃の手を一切休めようとしない。

 そこで、突然その体が各所で盛り上がり、やがて中央に穴の空いた奇怪な突起と化す。

 

「まだ何かあるのか!?」

 

 それを間近で見ていたレンが、その突起から遠ざかろうとした時、その穴から何かが発射された。

 

「があっ!?」

「バリー!」

 

 予想外の速度で発射されたその何か、ボーリングのピンくらいの三角錐に近い形状の塊がバリーの肩を貫いた。

 

「なんだこれ位…」

 

 バリーが肩に刺さったその塊を抜こうとして、それが異常に熱いのとそれから嗅ぎ慣れた硝煙の匂いが漂っているのに気付く。

 

「こいつは、鉛!?まさか、こいつ弾丸を食って!」

「伏せろ!」

 

 レンが叫びながら自らも伏せる中、無数の突起から続けて発射された灼熱の矢じりがその射線の先にある物を全て貫いていく。

 

「あ………」

 

 唯一、背中にクレアをおぶっていたシェリーが、伏せるとクレアに当たる事に気付いて自らを盾にして攻撃をまともに喰らった。

 

「シェリー!!」

「だい……丈夫……」

 

 無理に笑いながら、右肩と左足の付け根に刺さった矢じりを、シェリーは一息に引き抜く。

 

(右腕は元々使えなくなっていたけど、この足じゃ………)

 

 傷の激痛に耐えながら、シェリーが自分の状況を確かめていた時、突然奇怪な感触を傷口を覆う。

 

「シェリー、それ!」

 

 クレアの声にシェリーが傷口を見ると、そこからベルセルクの細胞が中へと入り込み、みるみる傷口が塞がっていく所だった。

 

「こんな効果があるなんて………」

 

 使えなくなっていた右腕が動き、そこからの激痛が和らいでいるのに気付いたシェリーが、視線をゆっくりとクトゥルーに移す。

 

「外部からの物質吸収、シリコンで構成された体、宇宙空間内での適応進化、長期間の休眠………そっか!」

 

 何かに気付いたシェリーが、自分に襲い掛かってきた触手をベルセルクの爪で切り払いながら叫んだ。

 

「外側から幾ら攻撃してもダメです!恐らくそれは普段仮死状態で宇宙空間を移動して、恒星のそばを通った時だけ起きて、恒星の光を体表でエネルギーに変換して内部に蓄積するはず!だから体内に直接攻撃を加えれば!」

「エネルギー袋が弱点って訳か!」

「けど、どうやって?」

 

 クトゥルーの猛攻の前に、劣勢のSTARSが唯一の活路を見出す方法を模索する。

 そして、彼らの視線はやがて一つへと集まっていった。

 

「………それしかないだろうな」

 

 その視線の先、左手にサムライソウル、右手に大通連を持った黒装束のサムライ―レンがその意図を理解して微笑する。

 

「スミス!あれの準備を!シェリーはサムライの援護を!サムライの攻撃の直後、その隙間を狙って全攻撃を収束させ、内部の露呈と同時に叩き込む!」

『了解!』

 

 傷つき、疲れ果てているSTARS全員が、僅かな勝機に賭けてクリスの指示に従う。

 

「泣いても笑っても、これが最後か…………」

 

 呟きながら、レンはふと自分の左手の薬指にはまっている指輪を見た。

 

(分かっているさ………オレはサムライじゃない。だから)

「絶対に諦めない」

 

 刀を一振りして刃に付いた体液を振るい落としたレンが、鋭い目でクトゥルーを見透かす。

 

「水沢 練、流派は光背一刀流。いざ、参る」

 

 名乗り終えると、レンは走り出す。

 レンに向かって無数の触手と矢じりが襲い掛かるが、レンの刃に斬り捨てられ、シェリーの拳と蹴りに弾かれ、仲間達の援護射撃で吹き飛ばされる。

 

「そこだ!」

 

 走りながら、レンはサムライソウルを連射する。

 45CP弾がクトゥルーの体に突き刺さり、さらに同じポイントに続けてレオンの放つ50AE弾が突き刺さる。

 

「行け!」

 

 レンとレオンの放つ二種の弾丸が、全く同じポイントに連続して撃ち込まれ、やがてそれはクトゥルーの内部へと続くバイパスとなった。

 

「おおおおぉぉぉぉ!!」

 

 雄叫びを上げながら、全身全霊の力を込めてレンは連なった弾丸の最後端に切っ先を突き立て、弾丸を一気に押し込みながら根元まで刃を突き刺していく。

 その時、突然レンの胸を灼熱感が襲った。

 

 

 

「……?」

 

 消毒薬を手にしようとしたミリィが、指に妙な振動を感じてふと手を止める。

 何気なく自分の指を見たミリィは、薬指にはめられた指輪が一瞬震えているように見えた気がしたが、それはすぐに消えた。

 

「レン?」

 

 何気なく仲間達が出て行った扉を見たミリィが、その直後鳴った電子音に驚く。

 

「何事!?」

「なんだ!?」

 

 手当てを受けていた警備員が慌てて突然鳴った通信用モバイルで状況を確認し、その顔色を変えた。

 

「ばかな………この研究所だけには自爆装置は付いていないはず………」

「有ったのか!?」

「……動力炉が暴走を始めた。それだけじゃない。この研究所の非常隔離システムが全部動き始めている………」

「どうなるの!?」

 

 ジルの問い詰めに、警備員は蒼白になっている口からゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「ここは、もう直北極海に沈む………」

 

 それを聞くと同時に、ジルはそれを知らせるべく医務室を飛び出す。

 

「動ける人は手を貸して!タンカと毛布をありったけ出して!」

 

 ミリィは胸中を襲う不安と戦いながら、必死になって怪我人の搬送を進めていた。

 

 

 

 視線を自らの胸へと移すレンの視界に、先だけが出てきつつあったクトゥルーの突起と、胸板を貫いている灼熱の矢じりが飛び込んでくる。

 

「五行、相克!」

 

 口から溢れ出してくる血を物ともせず、レンは呪文と共に跳ね上がりながら、突き刺した刃に力を込めて大きく斜めに斬り上げる。

 

「撃て!」

 

 クトゥルーの体に走った斜線に向かってブリューナクのミサイルが突き刺さり、続けて無数のグレネード弾とプラズマ弾が立て続けに爆発して傷口を広げていき、そしてその先に蠢く奇怪な内臓のような物を露呈させた。

 

「GIGANTIC BRAST!FIRE!!!」

 

 そこに向けて、大口径のプラズマの槍が突き刺さる。

 クトゥルーの内部をプラズマの槍が荒れ狂い、そして内部のエネルギーと融合して爆発を起こす。

 クトゥルーの表面に一瞬閃光が走り、やがて内部で起きた爆発が傷口から大きく吹き出した。

 皆が爆風を避けるために顔を覆い、爆風が晴れた後に目をゆっくりと開けた。

 そこにちょっと見には変わらないが、表面に有った明滅が完全に消えているクトゥルーの姿が有った。

 

「やった………のか?」

 

 誰かの呟きと共に、クトゥルーの体がゆっくりと傾いていく。

 

「倒し……た?」

「は、ははは、勝てたじゃねえか………」

 

 カルロスが笑いながら銃口を下ろそうとした時、突然クトゥルーの体表が輝く。

 

「まだ!?」

「来る!」

 

 今までとは比べ物にならない大きなレーザーが発射されようとしたのに気付いた皆が、逃げる事が出来ない事を悟った。

 絶望がもたらした一瞬の静寂に、ただ一人動いた人物がいた。

 レンは素早くサムライソウルを握ったままの左手の小指に自らの傷口から流れる血を取ると、大通連の刃の鍔元に卍を描き、それを鞘へと収める。

 全身の力を抜き、今しもレーザーを発射しようとするクトゥルーを見据えながら精神を静めていく。

 

「克」

 

 一言の呪文と共に、踏みしめた足から派生した力を流れるように体を昇らせ、それは腕から握り締められた柄、そして刃へと伝わる。

 一切の無駄なく伝えられた力が繰り出された刃へと込められ、それはその軌道にある全てを斬り裂きながら美しい弧を描いた。

 

「光背一刀流奥義、《因果断ち》」

 

 レーザーが放たれようとした瞬間、クトゥルーの体が斜めにずれる。

斜めに二分されたクトゥルーが、最後の攻撃を放つ事も適わず、その巨体を崩壊させながら崩れ落ちた。

 

「た、助かったの?」

「みたい……ね」

 

 明滅が完全に収まり、屍と化していくクトゥルーを見たシェリーとクレアが、どちらともなく歓声を上げた。

 

「やるじゃねえかレン!さすがサムライ!」

「やった!勝ったんだオレ達!!」

「ヒャッホー!さあ、帰ってパーティーだ!」

 

 皆が抱き合い、勝利を喜び合う。

 そこで、突然の警報が周囲に響いた。

 

「な!?」

「まさか自爆装置!?」

「大変よ!」

 

 そこに、負傷者の警備に当たっていたはずのジルが駆け込んできた。

 

「さっきいきなり自壊装置が発動したわ!もう直この研究所は北極海に沈むらしいの!」

「なんだって!?」

「なんでいきなり!?」

「全員撤収!!」

 

 クリスの号令に続いて、皆が慌てて逃げ始める。

 

「レン!なにやってんだ!」

 

 そこで、レンが技を放った状態のまま動かないのに気付いたスミスが声をかけるが、レンは動こうとしない。

 

「レ……ン?」

 

 スミスが、何気にギガントのセンサーに目を向けた。

 その中の生体センサーが、そこに生命体がいない事を示している。

 

「おい、冗談……だよな?」

 

 レンのそばに近寄ったスミスが、レンの胸を貫いている矢じりに気付く。

 

 それは、ちょうど心臓の位置だった。

 

 

 

「ダメだ!こっちの通路は使えない!」

「他の通路は!?」

「14番通路を使おう!時間が無い!」

 

 最早敵も味方も無く逃げ惑う負傷者達の中、タンカを押していたミリィが突然横手から襲ってくる爆炎に気付いた。

 

「!!」

 

 思わず目を閉じたミリィの目前で、爆炎は突然左右に分かれて壁を伝うように吹き抜けていく。

 

「何だ、今のは!?」

 

 信じられない光景を見た皆が、その場に先程までいなかったはずの人物がいるのに気付いた。

 

「レン!!」

 

 ミリィが叫ぶ中、その人影は僅かに振り返って微笑むと、陽炎のように揺らいでその場から消えた。

 

 

 

 背後に突然気配を感じた徳治は、思わず柄に手を架けながら振り返り、そしてそこにいるはずの無い人物を見て絶句した。

 

「練!?」

 

 それが何か気付いた徳治が、ただ呆然と彼に向かって手を伸ばす。

 だが、彼の姿は猛烈な勢いで薄らいでいく。

 

「待て、行くな!」

 

 叫びながら差し出された手は、虚しく宙を掴む。

 すでにその時、彼の姿は虚空へと消えていた。

 

「練…………」

 

 

 

「レン?」

「ウソ………」

 

 皆が、呆然とレンを見た。

 その顔には、微かに笑みが浮かんでいるように見える。

 

「何してんだよ………お前、日本に帰ってミリィと結婚式挙げるんだろ?」

 

 ギガントのハッチを開けたスミスが、レンにそっと手を伸ばす。

 

「何か言えよ。いつもの憎まれ口はどうしたんだよ?」

 

 自分の頬を熱い物がつたうのも気付かず、スミスはレンの頬を手を添えた。

 

「帰ってパーティーやろうぜ………敢闘賞のお前主役にしてさ………なあ………」

 

 警報と共に、段々研究所が鳴動していく中、全員がただ無言でその光景を見ていた。

 

「レン……私まだ、教えて欲しい事いっぱい……いっぱい………」

 

 シェリーがレンの袖にしがみ付きながら、嗚咽する。

 どこかで、爆発音が響いた。

 

「崩壊が始まったわ!」

「総員急げ!」

「スミス!」

 

 カルロスが、スミスの袖を掴む。

 すでにあちこちから爆発音が連続して響いてきていた。

 だが、それでもスミスはレンのそばを離れようとしない。

 

「スミス!お前も死ぬ気か!日本に彼女待たせてんだろ!」

「………そうだな。そうだったな」

 

 スミスはレンの手に握られたままの大通連とサムライソウルをそれぞれ鞘とホルスターに収めると、ギガントのハッチを閉めてレンの体を抱き上げる。

 

「馬鹿野郎…………馬鹿野郎――――!!!!!!」

 スミスの絶叫が、その場にいつまでも木霊していた………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………以上が、世界中を震撼させた“アンブレラ事件”の全容である。

これが世界中に与えた影響は大きく、STARSメンバーを中心としたICPO特殊機動捜査部隊の設立及び多国籍企業査察法の制定、生物兵器禁止条約の全面改定、最新技術規定法案の討議などが知る所である。

だが、それらの影で、命燃え尽きる最後の瞬間まで戦った者達がいた事を、我々は決して忘れてはならない…………

 

 ―ジル・バレンタイン、レベッカ・チェンバーズ共同著書『STARSの真実』巻末より抜粋―

 

説明
※注意 本作はSWORD REQUIEMの正式続編です。SWORD REQUIEMを読まれてからの方がより一層楽しめるかと思います。
 ラクーンシティを襲ったバイオハザードから五年。
 成長したレンは、五年前の真実を知るべく、一人調査を開始する。
 それは、新たなる激戦への幕開けだった…………
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