緋弾のアリア“狂化の傘と、氷花の聖剣”1弾 |
サー・ランスロットを知ってるか?
知らないだろうな。
もし街頭アンケートを採ってみたら「『知っている人』は四捨五入しても1%に満たない」というどうしようもない統計が誕生するんじゃないだろうか。
では、アーサー王ならどうだろう?
今度はきっと50%以上の人間が「知っている」と答えてくれるんじゃないだろうか。
まぁつまりどういうことかって言うと、「俺のご先祖サマが仕えていた王様は有名なんだが、その家来の長であるご先祖サマは完全な地味キャラでした」ってことだ。
『ピーン、ポーン』
命を張って戦ってきたご先祖サマがこれを聞いたらどんな顔をするだろう?
あ…でも結局ご先祖サマ、主君のアーサー王の妻を寝取った挙げ句裏切ってるし、この扱いの酷さも仕方ないっちゃ仕方ないのか……?
『ピーン、ポーン…ピーン、ポーン……』
いやしかし、アレだよ。
主君のヨメだけど、愛さえあれば関係ないよねっ!!ってテンションだったんだよきっと。愛は地球を救う代わりに、ブリテンを滅ぼしてしまったに違いない。 きっとそうだ。
『ピーン、ポーン……ピーン、ポーン……ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン』
「うっせぇぇぇぇぇッ!!」
俺は自分のご先祖サマ、サー・ランスロットに関する思考回路を強制的にストップして、ベッドから飛び起き、力の限り絶叫した。
その拍子にベッドから掛け布団が落ちてしまったが、知ったことではない。今は何よりそんなことより、ちょっと言わせてくれ。
こんな朝っぱらからヒトの部屋を訪ねてきて、インターホンをBボタンか何かのごとく押してんじゃねぇぇッ!そのボタンじゃあ、マリオはダッシュもジャンプもしねぇよ!!そもそも、こんな時間からピンポンラッシュ(命名、俺)するとか軽く近所迷惑だろ!!
はぁ……全く、こんな時間からマシンガンみたいなインターホン連打をキメるとか何処のどいつだよ。
少なくとも、俺の知り合いにはこんな凶行をする奴一人も……。
「……………あ」
待てよ…居る。そんな存在に覚えがある。
いや、しかし。もし仮にその人物がさっきのインターホンラッシュを行ったのなら、そいつの目的は俺じゃない。
俺が今寝転んでいる二段ベッドの向かいにある、もう一つの二段ベッドの下の段で眠りこけているネクラ、もとい唐変木が目当てのはずだ。畜生、お前のせいか!この───
「おいキンジ!お前のヨメ候補がマシンガンインターホンしてっぞ!!」
巻き添えを食らった腹いせに半ば怒鳴るようにルームメート……遠山キンジに呼び掛ける。
朝っぱらから人を巻き込んで安眠を妨害した上、自分は爆睡しているなど万死に値する重罪である。
──しかし。そんな俺の、渾身のスーパーお怒り朝の挨拶に対する返答は、まるでボケボケであった。
「んぁぁ………?」
「『んぁぁ………?』じゃねぇよ……早く起きろ」
『ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン……………』
インターホンはまだ鳴り続く。
正直言おう、超うるせー。
一体どうすればこんなにも長い間、インターホンをひたすらに押し続けることが出来るんだろうか?
アレですか?ヘビースター無限飛行バグでもやったんですか?ポケモンでAボタン連打すれば捕まえられる確率上がるんだぜってまだ信じてるんですか?
……いや、無いか。あの人に限って、そんな俗な理由でインターホンを連打するはずがない。即ちこの連打の理由は他にあり、その答えは非常に単純なものである。
このインターホンを押している人物の(重すぎる)愛ゆえ。
先程俺が怒鳴りつけた相手であるところの、遠山キンジをこよなく愛するあの少女ゆえだろう。……それはそれで恐い理由なんだけど。
しかも何がさらに恐ろしいかって、この推察の間でさえインターホンが一切のインターバルを置かずして鳴り続けているってこと。
……インターホンがインターバル無しで鳴る光景。インターつながりのギャグが出来てしまった。しかも猛烈に寒い。
不本意に完成してしまったギャグを頭を振ることで思考の外に追い出した。
……ところでさ。
「なんでコイツ起きねーんだよ……」
鳴り続けるインターホンに一切の注意を払うことなく、唐変木、もといフラグブレイカー、または遠山キンジはいまだ眠りこけていた。
あんまり腹が立ったので、体重を乗せた肘鉄をみぞおちにぶちこんだのは、当然の話だと思う。
……さて、仕方ない。とりあえず延々とインターホンが鳴り響いていたら近所迷惑だし、何よりあの少女がヤンデレ化してドアを蹴破る可能性もあるし、さっさとドアを開けてあげるとするか。
まだ今なら、涙目で
「キンちゃん!!インターホン押しても出てくれないから私、心配したんですよ!!」
とか言う程度ですむだろう。
そう思いながら、俺は別の方向で眠っているキンジの顔にタオルを被せて合掌し、寝室を出て玄関へと出来る限り迅速にたどり着いた。
……で。いまだインターホンが鳴り続けてるという。もはやホラーと呼んで差し支えないだろう。
俺はテロリストとかのアジトを強襲する直前のような心持ちでチェーンを外し、そして一気にドアノブを回して扉を開いた。
「キンちゃ――ぶっ!?」
「あ」
ドアを勢いよく開けすぎたせいで、ドアの前でつっ立っていた巫女服姿の少女のおでこにぶち当たってしまったらしい。目の前には巫女服の緋袴の裾を広げた状態で仰向けに倒れている少女―星伽白雪―がいた。
合掌。あ、巫女だから柏手の方が正しいのかな?
「……この乱雑なドアの開け方は、左さんですね…」
「……はい、サーセン」
やべ……冗談言ってる場合じゃあなかったっぽい。
ゆらりと立ち上がる星伽さんの背後からは既に怒気がもうもうと上がっており、さながら闘牛直前の牛を彷彿とさせる。俺が赤い布でも持とうものならすぐさま闘牛が始められそうだった。
あぁ……そういえば俺、星伽さんに嫌われてるんだった……。なんでも、「キンちゃん様と一緒に暮らせるなんて……!!」とかなんとか。
あいつ(キンジ)とルームメートになったのが運のつき、ってことなのか。世の中不条理だ。
「……これは、わざとですか?いえ、わざとですよね?」
「や、違うんだけど…」
「以前から思ってましたが…キンちゃん様のお近くにいられるからって勝ったようなつもりでいるようですけど、私はまだ負けたつもりはありませんから……」
おい待て。俺に同性愛の趣味は無いぞ?何を言っているのかさっぱりわからないんだが―――
「ちょ、星伽さん?俺の性別知ってますよね?」
「愛の障害に性別など関係ありませんっ!!」
「あるわ!!少なくとも日本国内だったらバッチリ性別が関係してくるわ!!そもそも俺に同性愛のシュミは無ぇよ!?」
「信じません!!」
「信じてください!!」
あぁ、面倒臭い!!
なんで朝っぱらからこんな漫才トークしなきゃならんのだ。どこぞの朴念仁のせいか。そうに違いない。
「とにかく、近所迷惑になるんでさっさと入ってください……。ああ大丈夫ですよ、その手に持っていらっしゃるのは貴女が溺愛していらっしゃるキンジ様用の朝食であって、俺の分は1モルは愚か1ナノメーテルの粒子すら存在していないことくらいは重々承知してます」
「なっ………!?ななな……ででで溺愛だなんてそんな……」
「違うんですか?」
「う……それは……その」
おいおい…さっきまで俺と対峙していたときのツンツン具合はどこへ行った。
いつものことなんだが、キンジの名前が出てきた途端にこの調子だ。この態度の変わりっぷりは一体何なんだろう。ここまで態度が違うともはや二重人格の領域として考えて差し支えないんじゃないだろうか。
さて、状況を説明しよう。
電撃のように我らが男子寮に突撃し、そしてたった今キンジがまだ寝ているであろう寝室へとさも当然のごとく不法侵入していった巫女服+前髪パッツンの見た目大和撫子、中身猛牛の彼女は、星伽白雪というキンジの幼なじみである。
そして幼なじみキャラに相応しいレベルでキンジにデレデレ(時にヤンデレ)であり、キンジが絡むと見境無く奴を神のように崇めて陶酔する。
今朝はどうやら、キンジのために朝食を作ってきたらしい。
まぁ、これが初めてではないから俺も大分慣れたんだけどさ。
思い返せば、最初に彼女と出会ったのは、確かこの寮に入ってすぐだった。
さっきのごとくインターホンラッシュが部屋に鳴り響いて叩き起こされた俺は、かなり不機嫌で……そして、『こんな時間にインターホン鳴り響かせる奴なんてどうせ強襲科のDQNな連中に違いない』と帯銃した状態でドアを叩き開けたのだ。
で、ほんの数分前の場面と全く同じ光景、つまり星伽さんが緋袴の裾をひらげて仰向けにぶったおれているというなんとも言えない状況が展開された、と。
あれ?ってことは俺、あの失敗から何も学習してないってことか……。まぁとにかく、その出会い+キンジとすむ寮部屋が同じで、且つ普段からつるんでいる俺は完全に彼女に嫌われている。
一番酷いときなど、出会い頭に切り付けられたこともあったのだ。確か実家に代々伝わる名刀らしいんだが……。
そんな盲目的にキンジを愛する彼女が、1週間に数回の頻度で訪れれば、そのハチャメチャっぷりにも強制的に慣れさせられるというもの。今ではあんまり動じないようになった。
もし今でなお慣れていなかったら、きっと今ごろは精神科に掛かり付けの先生を作っている気がする。
因みにもらう薬は常に精神安定剤。ついでに最寄りの薬局で毎月胃薬を買う生活が俺を待っていただろう。
防弾仕様の玄関のドアを閉めて、俺はため息をつきながら自室と向かった。
既にキンジは幼なじみによる「はぁい、朝ですよ〜」な起床を迎えてリビングで朝食を食べているだろう。
俺?俺は三秒飯で名高いウィダー〇ンゼリーですが何か?
夫婦水入らずの朝食に水を差すなんてのは俺のシュミじゃないし、リビングを避けて自室でさっさと済ませられる飯を考えたらこのシルバーのパッケイジングが為された未来食が最も適任だったってだけで、決して金が無いとかいう理由ではない。よって、『極貧であることを……強いられているんだ!!』という訳ではない。
味気ない食事はそのキャッチコピーの示すとおり三秒で終了し、俺はさっさと着替えを始めて武偵校へ向かう準備を整えはじめた。
……実はキンジも星伽さんの特攻にそれなりに参っていたということを、俺が知るのはもうちょいあとの話である。
〜そのころリビングにて〜
「へっくしッ!!」
どこかで誰かが噂でもしているんだろうか…とキンジは訝しんでいた。別に風邪を引いているわけでもないのだが、何故か結構大きいくしゃみが出てしまったためである。
「キンちゃん、大丈夫ですか?」
と案じながらティッシュを渡そうとする白雪に、キンジは大丈夫だ、と手でそれを制した。
朝から男子寮に襲撃を掛けてきた上、男の寝室にまでのこのこと入って来てしまう、この無防備な幼なじみに一抹の不安を感じつつ、キンジはその幼なじみが持ってきた弁当を咀嚼、嚥下するのを再開した。
もしここに、現在進行形で自室でウィダーINゼ〇ーを食べている少年――ルームメートの左 水海(ヒダリミナミ)がいたならば、「なんで無防備でいるのか察してやれよ…」と言いそうな程に鈍感なこの少年は、しかして一級フラグ建築士らしく「うまいな…。これなら毎日でも食いたいくらいだ」と結婚生活を彷彿とさせる(余計な)一言を呟き、結果幼なじみの妄想をエスカレートさせている。
それはいつも通りの朝だった。
「あぁ……星伽の関係でキンちゃんのそばを離れてしまう私を、どうか許してくださいキンちゃん様……」
……台詞は若干おかしな物ではあったが。
「気にすんなって。また帰ってきてからでいいから、朝飯、頼んだぞ」
「はい!!」
あぁ、そういえば、とキンジは(さらに余分な一言、別名“地雷の台詞”を)続ける。
「そうだ、水海にも作ってくれないか?アイツ、いっつもウィダーINゼ〇ーばっか飲んでて、まともな朝食食ってないみた―――」
ベシィィィッ!!
また余計なことを言ってしまったフラグブレイカー。もう名前は言うまい、自明の理である。
案の定、その台詞は白雪の持つ菜箸がへし折られたことによって強制的に中断させられてしまった。
水海がいたら間違いなくこう言うだろう。
「もうね、バカかと」と。
「……………」
「…………………」
結果、そこには不気味な程にこにこと微笑む巫女服の少女が真っ二つに折れた菜箸を燃えるゴミにすてる音と、なぜ幼なじみがキレたのか理解できずに少しビビる残念鈍感主人公の嚥下の音だけが響いていた。
『フラグとは、へし折るもの』とは誰の言葉だったろうか。いや、誰も言ってない。
そうして少々アブノーマルな食事を終えると、キンジは武偵校へ、白雪は星伽へと向かう準備を始めた。
「………で、どうしてこうなった」
なんと自宅を出てバス停に着いたら、既にバスは出発してしまっていた。ついでに言っておくと、あれが学校の始業時間に間に合う最後のバスで――
即ち、遅刻確定だった。
本当は、俺は時間たっぷり、余裕綽々の状態でキンジの準備を待っていた。つまり全面的に遅刻の原因はコイツ(キンジ)にある。
「……仕方ない。チャリで行くぞ!!」
「……あ、そういや俺のチャリ、パンクしてるんだけど」
「「………………」」
遅刻寸前でこの状況。
パンクしていた自転車を手入れしていなかった俺も悪いが、幼なじみに世話されていた挙げ句のんびりと準備し、悠長にネットしていたキンジも悪い。
「……仕方ない。二人乗りで行くか」
「そうだな」
となると、問題になるのはどちらがペダルをえっちらおっちらこぐか、ということである。
遅刻の原因はキンジにあり、パンクの問題は俺のせい、というお互いに責めることが出来ない状態なので、押し付けあいは出来ない。
となるとこの場合、究極的な民主主義的決定方法によって雌雄を決するのが無難な手だ。
つまり―――
「じゃんけんぽん!!」
じゃんけんである。その結果は俺の勝利で、結局負けたキンジが自転車をこぎ、俺は荷物置きに座る二人乗りが実行されることとなった。
「武偵三倍刑って、二人乗りにも適応されんのかな…」
「さぁ?」
三倍刑だとしたら、罰金が三倍になるのだろうか?
……どうでもいいか。
「じゃ、頼んだぜキンジー。間に合わなかったらお前の責任な」
「はぁぁぁ…………」
かくして、キンジという動力エンジンを搭載した画期的エコ二輪車KIN‐G(命名者:俺)は東京武偵高校へと前進し始めたのであった。
……無事に着けるかどうかは別な話だったが。
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