ベルリンガーのいる街 第2話
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「ファレスト少佐、配架ミスの報告です」

 

「ああ、お疲れさま、ヴェールナー曹長」

 

 日誌をつけていたファレスト少佐は黒塗りの万年筆を置くと、局長室に入ってきた部下の一人に笑顔を向けた。小脇にファイルを挟んだまま敬礼をするエリナに答礼を返すと、彼女はデスクの上にそのファイルと報告書類を置いた。

 

「人事異動の575番の棚にありました。戦闘技術開発課の資料なので050番台の棚に所蔵される資料なのですが……」

 

「ん、どれ……」

 

 ファレスト少佐がそのファイルを手に取り、表紙や裏表紙をしげしげと眺める。中身を開いてから、少し、眉をひそめた。

 

「……機密文書、か。戦技の機密だと、クラスはBプラスって所だな。そんなものがなんで人事資料にあるんだ?……この発見者は?」

 

「私と、テオフィール・シュトックハウゼン空海伍長です」

 

 ファレスト少佐は頷いてから報告書類にサインを入れた。

 

「機密書類が階を超えて動くなんてことはまずない。誰かが意図的に動かした可能性もあると見て調査に入る。原因追及は私を中心にして行う。意図的に動かしたとしたら内部犯の可能性が高い。ヴェールナー曹長と、シュトックハウゼン伍長はこの事を誰にも喋るなよ」

 

「了解しました」

 

 敬礼に頷いてから、ファレスト少佐は笑った。

 

「テオ坊は今どこに?」

 

「先ほどシフトを終えて、自由待機に移りました。今頃彼に会いにきてたアークライト少尉と街の中だと思いますよ」

 

 

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「で、あの女とは何やってたわけ?」

 

 ガス灯が照らす石畳の大通りを歩きながら、フェアリは本日12回目になる質問を投げかけた。げんなりしたような表情でテオフィールも、もはや口になじみつつある説明を口にする。

 

「だからさっきから言ってるじゃないか。資料を探すのを手伝ってもらってただけだって」

 

「それにしては距離が近いんじゃないかなぁ。探していた資料は二人で引っ付いて見なきゃいけないほど珍しいものだったのかなぁ?」

 

「それは配架ミスがあったからで……」

 

 そろそろ言い訳くさくなってきたので何とか追求をかわしたいところだ。

 

「と、ところでフェアリ、わざわざ時計塔に来た用事って?」

 

「続きは後で聞くとして……そうね。テオの担当でしょ?あさっての警戒フライト」

 

 そう言われて、テオフィールは頷いた。

 

 警戒フライト―――領海内警戒監視飛行業務は情報管制局の仕事のひとつだ。飛行隊と協力して航空機を使い目視で領海侵犯などがないか確認していく仕事である。これはベテランを中心にシフトが組まれるため、新米のペーペーであるテオフィールにお鉢が回ってくることはなかったのだが……

 

「なんでも、忙しくなる前に手順覚えさせたいみたいだけど」

 

「まー国立議会選挙も近いしメルリアとの関係も危ういしね。で、そのパイロット決まったから連絡」

 

「あ、なるほど。誰?」

 

「よろしくね」

 

「はい?」

 

「だから、よろしくね。テオフィール・シュトックハウゼン伍長?」

 

 にっこりとそう言われて口をパクパクしているテオフィール。

 

「えっと、それって、つまり、フライトパイロットって」

 

「そ。私」

 

 あっけらかんと笑って敬礼をするフェアリ。

 

「……なんとなく不安だ」

 

「……ちょっとそれはどういう意味かなーぁ?」

 

 フェアリはこめかみに青筋を立ながら笑ってテオフィールとの距離を詰める。「なんでもない、なんでもないからッ!」と場違いな言い訳をしているのにテオフィール本人は気が付いていない。

 

「さっきといい、今といい、ちょっとコンドルール空海軍の先達を軽視しすぎてるようね?」

 

「ひ、ひぃ!」

 

 黒いオーラをまとった少女が一歩一歩近づいてくる。

 

 

「 一 度 死 に な さ い ! 」

 

 

 

 教訓 口に出す前に一瞬でもいいから考えましょう。

 

 

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 若干痛む腰をさすりながらテオフィールは自宅の玄関ドアを開ける。漆喰塗りの壁が黄色みがかった淡い光を柔らかく反射している。部屋の白熱灯が灯っている所を見ると妹は帰宅しているらしい。

 

「……ユーリ?」

 

 名前を呼びながらリビングルームに入ると、奥の寝室から金髪がひょっこりと飛び出した。笑顔で出迎えてくれたが、その顔がみるみる青ざめていく。

 

「大丈夫、怪我してないからそんな顔しなくてもいいよ」

 

 苦笑いしながらテオフィールは泥だらけになった上着を脱いだ。泥だらけになったのが普段使いの略式制服だったのは救いだった。式典用の正式軍服だったら目も当てられない。

 

「僕も鍛えなきゃダメだなぁ。女の子に一発で側溝に蹴り込まれるとは思ってなかった」

 

 それだけでユーリはだいたいの事情に合点がいったらしい。目を細めて笑いながら、テオフィールに向けて右手を差し出した。

 

「いやいいよ、自分で洗うから。半ば自分のせいだしね。それより先に晩ご飯にしよう、パンの準備と配膳手伝ってくれる?」

 

 ユーリは頷いてから台所の方にかけていく。テオフィールは手早く着替えるとエプロンをかけつつ台所に入る。軍関係の家族宿舎だけあって設備は最新だ。なんていったって二口のガス台が設置されている。だいぶガスが広まったとはいえ、まだ貸家につけられることはあまりない。いちいちマッチと薪で火をおこさなくてもいいというのは忙しいテオフィールにとってありがたかった。

 

「ムニエルと野菜炒めでいいよね?」

 

 パンをとるために木箱の上で背伸びしている妹に声をかけるとその態勢のまま頷くのが見えた。その姿を見ていると、今のこの時間がとても大切に思えてきた。脳裏に今日の昼の会話が浮かぶ。

 

(戦争、か……)

 

 いつ自分がどうなるのか分からないのが軍人というものだ。後方支援の自分にもそれは言えること。時計塔の地下には軍属者の『万が一の時の手紙』が保管されているが、その中にテオフィールが書いたものもちゃんとある。

 

 それが宛先に届くことがありませんようにと願いながら、テオフィールはガスの口を捻った。

 

 

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 同時刻、とあるアパートの一室。

 

「全く!なんなのよテオはもう少し『でりかしー』ってものを持つべきよね」

 

 自分以外誰もいない部屋でフェアリはクッション相手に拳を叩き込んでいた。

 

「あの女が伝えてなかったとはいえ、レディーを待たせるし、女の子に胸を押し付けられて嬉しそうだし、あたしの操縦を『何となく不安だ』ですって!?」

 

 目の前のクッションがバフン!とかなりイイ音をたてている。

 

「全くふざけないでよね。これでもあたしは第一飛行隊第三班のエースなんだからね!屈指の!エリート!パイロットって!言われ!てるのに!ぬわーにが『不安』なのよ!」

 

 騒いだところで誰も返事をしてくれない。寂しい。

 

「ふん!あさってのフライトでぎゃふんと言わせてやるんだから!」

 

 そういいながら鞄の中に突っ込んでいた分厚いフライトプランの写しと青い万年筆を取り出す。年季の入った木の机に乱暴に置いたその冊子には、パイロットとしてフェアリ・アークライトの名前が、警戒飛行同乗者の欄にテオフィール・シュトックハウゼンの名前が書き込まれている。

 

(まぁ、朝のフライトだからそう堂々と敵は来ないと思うけどね)

 

 大きなクリップでとじられた紙の束を一枚づつめくっていく、フライトのルートと飛行距離、高度の指定、主な入港予定の船舶のリスト……いくつものデータをラインを引きながら確認していく。

 

(ん?燃料の量が多い?)

 

 その中でフェアリのペンが1か所で止まった。搭載燃料の量が普段のフライトよりかなり多い。なんでだろう……?

 

「あ、『クマンバチ』じゃないんだから当たり前か」

 

 声にして気がつく。いつも乗っている戦闘機『クマンバチ』は一人乗り。同乗者なんてのせられないのだから別の機体になるのは当たり前だ。重量が増えるのだからそれを動かすのに燃費よりも出力重視の大きなエンジンを積むのだから当然燃料の量も増える。

 

「そうね、二人乗りだから『ウミツバメ』か……」

 

 二人乗りの偵察機……通信さえなければ二人きりの世界……。

 

(待って待って待って!何考えてるのあたし!?)

 

 赤くなった顔を振りつつペンを乱暴に机に置いた。部屋の反対側にあるベッドに向かう。

 

「まあいい!明後日の警戒フライトでできる女をみせつければいいの!」

 

 火照った顔をどうにもできないままベッドに潜り込む。明日は朝シフト、5時には格納庫

ハンガー

に入っておかなければならない。さっさと寝なきゃいけないのに寝れない気がした。

 

 

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 で?これは2日後に渡せばいいんだな?

 

「そうだ。必ず2日後に」

 

 それはいいんだけどよ、まだリストで届いてないものがあるんだが

 

「それは必ず間に合うようにそちらに行くはずだ。それも含めての仕事だろう?」

 

 これでも運び屋なんで、クライアントの要望は尊重しまさぁ。でも運ぶものがないのに届けるのはそれは無理でっせ。ちゃんとこちらに納入してくださいよ?

 

「わかっている。もうすぐそちらにつくはずだ、頼むぞ」

 

 へいへい、2日後にちゃんとコンドルールにとどけますよっと

説明
第2話続きです。前話はレスポンスからどうぞ。
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