夜天の主とともに 5.出会い |
夜天の主とともに 5.出会い
図書館という俺の新たな憩いの場ができてから数か月がたち季節は寒い冬から変わり暖かい春へと変わっていた。
行動範囲が広がるというのは精神的にもいい方向に影響を与えたようで以前より外に出るのが楽しみになった。行くのは図書館だけだけど。
あと以前よりできる料理の腕が上がったと同時にレパートリーが増えた気がする。
理由は言わなくても分かるかもしれないが、図書館から借りてきた料理本で気になったものを片っ端から母さんに教えてもらったからである。
まぁ驚くのはここではなく真にびっくりさせられたのが母さんの腕である。確かに料理本に書いてある通りにやればできるのだから理論的には難しいことではない。
でも、その中にはやり方が書いてあっても難しいものだってある。それをいとも簡単にやることができるのだ。しかもそのレシピに自分のアレンジを加えることによりレシピ通りよりも格段においしい料理へと昇華させるのだ。
でも、それも当たり前なんだよね。というのも少し前に母さんの仕事場に連れて行ってもらったことがあるんだけどそこがレストランだったんだよ、それもかなり有名どころの。何故気づかなかったし俺。
しかも母さんコック長だったし。それまでそのことを全く知らなかったことを母さんに言うと、
「あら、いってなかったかしら?ちなみにお父さんはここのオーナーよ」
orz。なんかすごい親を持っていたようだった。というかそんなすごい人に教えてもらってりゃそりゃ料理もうまくなるよな。あれ?俺ってかなりラッキー?
まぁともかく母さんに追いつける日はまだまだ当分先だと痛感させられた。でもいつか追い抜いてやりますぞ。
ただ俺も精進しないと思ったのだけどあまり料理の方ばかりやっているとつい先日父さんがいじけてしまった。
時折「健一が構ってくれない」と小さな声でボソッとつぶやいてるのが聞こえた時はちょっと涙が出そうになった。オーナーとして働いている時の父さんはかっこよかったんだけどなぁ。
それからはちょくちょく父さんと母さんの仕事場を邪魔にならないところで見学させてもらったり、そこで働いている人たちと話をしたりもした。それでも暇な時は家で料理本と一緒に借りた小説も読んだりした。
そんな感じで俺は充実した日々を送っている。あっ、ちなみに俺5歳になりました。誕生日が4月1日だったので。誰よりも早く歳が上がると若干嬉しかったりする。
まぁそれは置いといて今俺はまた図書館に向かっている。借りていた本の貸出返却日が今日だったのを忘れていたのだ。
えっ?幼稚園とかいいのかって?俺の場合は喘息っていうちょっと特殊な状況であまり人が多いとこに、しかも走り回ったりするようなとこは避けないといけないため行っていない。
これについてはちょっと寂しかったりする。図書館も人は大いには多いけど空気清浄器を完備し俺みたいなのでも利用できるようになってるから問題ないのだ。
ちなみに今日は家に誰もいなかったりする。父さんも母さんもレストランでの仕事でいない。今までは俺の発作が起きる頻度が多い時期があってそのための看病ということで少し多めに休暇をもらっていたようだった。
でも最近俺の喘息も目立った発作も起きず落ち着いてきたので通常通りの出勤ということになったらしい。落ち着いたといってもやはり気になるのか2人は申し訳なさそうな顔をするときがある。笑顔で見送るとその表情も少し嬉しそうな顔になるので大体そうしてる。
図書館はいつもと変わらず静かで、でも多くの人が暇をつぶしに来ていた。
俺はいつものように借りていた本を司書のお姉さんに渡し、小説コーナーで薄いやつを何冊か手に取り読書コーナーでしばらくの間静かに読んだ。こうやって一人で静かに読むのも落ち着くことができて好きだったりする。
――――数時間後。
取ってきた小説を全部読み終わりふぅと息をつき何気なく窓の方を見ると空は青からオレンジに変わり日が沈もうとしていた。
(もうこんな時間だったか。読んでるとやっぱ時間がたつの早いなぁ。料理本一冊借りたら帰ろ)
俺は持っていた小説をもとの場所へ戻すと料理本のコーナーへまっすぐ向かった。
着くとさっそく今日はどれにするかと座り込んで吟味することにした。どうせこのコーナーには子供は来るわけないし。
『それはフラグというものじゃぞ〜』
ん?なんか今神様の声が聞こえた気が‥‥‥気のせいか。そもそもここにあの神様がいるわけないし。いたら相当暇なのだろう。
俺は気にすることなくそのまま選別を続行。
そして10分ほどしたところで1冊を手に取った。【家庭でできる本格料理】というものだ。実をいうとこの本も母さんが手掛けていたりする。自分たちのレストランに来られない人たちにもお手軽に味わってほしいという思いから執筆したみたい。
そんなことしたら店の売り上げが落ちると思ったけど減るどころか増えたって泣いてるような笑ってるようなどっちとも判断しにくい表情で言っていた。それだけ父さんと母さんの店が愛されてると思うと誇らしくなってしまうもんだよね。
よし、とその場から立ち上がりそのまま司書のお姉さんのところに向い印を押してもらった。そして家に帰ろうとした。
この時俺は手に持った本を見ながら歩いていた。
だから本棚の角の方から現れる人影に気づくことができなかった。
「きゃあ!?」
「うわっ!?」
ガシャンと音をたててぶつかり俺はそのまま尻餅をついてしまった。というか人とぶつかっただけにしては妙に脛が痛い。というかガシャンって‥‥。
痛む脛をさすりながら視線を上げてみるとその原因が分かった。ぶつかった相手は車椅子に乗っていたからだ。そりゃああんなのにぶつかれば痛いだろう。
というかよく見ればだいぶ前にここで見かけた車椅子に乗った茶髪の女の子だった。女の子の方は驚いてはいたが特にけがはないみたいだ。
とりあえず謝らないと。
「す、すいません。前をよく見てなくて‥‥」
「大丈夫です。それよりそっちが痛くなかったですか?」
逆に心配されてしまった。なんと優しい子なのか。
「う、うん大丈夫。それじゃあ‥‥‥ってあれ?本どこに行ったんだろう?」
「本ってこれです?」
えっ、と思い女の子を見ると手には俺がさっきまで持ってた料理本があった。
「えっと【家庭でできる本格料理】?料理するの?」
本と俺を見比べながら女の子はそう聞いたのだが途端に俺は顔が赤くなっていくのを感じた。
女の子からしてみればただ単に料理が好きなのかと聞いただけだったのだが、この時俺には男の子が料理なんかするのかと聞かれてる気がしたのだ。
そう思うと一気に恥ずかしくなり頭がヒートアップしていき女の子が言うことが頭に入らなくなった。
「う‥うぅ‥‥」
「私も料理するですよ。どんな料理作ったりするんですか?」
「〜〜〜〜〜!!」
「ちょ!?どこ行くの!?」
後ろで何か言っているのが聞こえた気がしたが脇目も振らず俺は恥ずかしくなって全速力で走り図書館を出た。
この時俺はあまりの恥ずかしさにあることを忘れていた。それは、
「ゲホッゲホッ!!ゲホゲホッ!!」
そう喘息だ。図書館の玄関を出てすぐぐらいで急にしかも全速力で走ったため発作が起きてしまったのだ。
俺は何とか落ち着かせようとしたがどうにも予想以上にひどいようで収まる気配がなかった。
「ゲホゲホゲホッ!!」
酸素を取り込もうにもヒューヒューという音が鳴るばかりで上手くいかない。そこでやっと吸入器のことを思い出しポケットから出そうとしたがそこまでの余裕がない。
ただ発作が起きただけだったら問題はなかったかもしれないが今回は全速力で走ったことが相乗効果をだしいつもよりもさらにひどかった。
しかも運の悪いことに俺がしゃがみ込んだところは死角になるようなところで気づいてもらうのは難しい。
(やばっ、これ本格的に終わるかも!?)
咳はさらにひどくなり倒れこんだ。
そして俺が微妙に覚悟を決めたその時、俺の体が影に覆われた。ちらっと見るとそこにはさっき別れた女の子がいた。
「どうしたん!?あんた大丈夫か!?」
血相を変えてそう聞いてくる女の子に俺は横を振る。
「え、えっとこんな時どうしたらいいんやろ!?」
「ゲホッゲホッ‥‥ポ‥ポケット、ゲホゲホゲホッ!!!」
「ポ、ポケットな?ちょい待っとき!!」
人でも呼んでくれるのかと思ったがその予想の斜め先に行き、女の子は車椅子から転げ降りてこっちに手を使って近づいてきた。
そして俺のポケットに手を潜らせ吸入器を取り出した。
「こ、これ!?」
「(コクコク)」
「それでどうすればいいん?」
「ゲホッ、か、かして‥‥‥」
女の子から吸入器を受け取ると苦しいのを無視して口に咥え使った。それからしばらく俺はそれを使い、女の子はその様子を見守った。
五分ぐらいかもしかしたらもっと長かったかもしれない。やっとのことで落ち着いたのか若干の息苦しさはあれどもう大丈夫そうだ。
「大丈夫?」
「あ、ありがと。助かったよ」
「そうかぁ〜、よかった〜。」
女の子は心底安心したのかハァ〜と息をつく。優しい子だなぁと俺は思った。車椅子ということはおそらく足が動かないのだろう。なのにここまでしてくれるとは。
俺は息を整えながら言った。
「か、肩貸すよ。車椅子に戻るでしょ?」
「えっと、おおきに。それじゃあよろしくや」
俺は女の子に肩を貸しなんとか車いすに座らせることができた。割に合わないとは思うが一応借りは返した。でも、これぐらいしかしてあげられることがなかった。
「それじゃあ僕は帰るね。本当にありがとね」
「あっ、ちょっと待って‥‥」
待つように言われたかが正直早く帰りたかった。落ち着いたとはいえまたいつ発作が起きるかわからないし、これ以上この子に世話になるわけにはいかない。
家に帰ると幸いにもまだ誰も帰ってなかった。もし帰っていたら絶対にばれてたと思う。そういうことには妙に2人とも勘が鋭いから。
そのまま俺は自分の部屋に戻ると倒れこむようにしてベッドに乗った。
(ほんと今日は災難だったなぁ‥‥)
するとすぐに瞼が重くなり眠気が俺を襲った。色々あって疲れたんだろう。俺はそのまま瞼を閉じ眠気に身を任せた。
はやてside
「行ってもーた‥‥‥」
料理本を忘れたまま全速力で走り去るから追ってみたけど、まさか倒れとるとは思わへんかったわ。
すごい咳き込んっどったからたぶんあれが喘息言うやつなんやろ。私も人のこと言えへんけど大変そうやなぁ。展開が急やったから思わず素のしゃべり方してもぉたわ。
そうやって考えながら手に持った料理本を見たところで、あっと思った。
そもそもの追いかけた理由、本を返すのを忘れていたのだ。
「どうしよか。あの子の家私知らんし。ん〜‥‥そうや!貸出カードに名前があるはず」
料理本の一番後ろをめくって貸出カードを取り出すと予想通り一番下の項目に今日の日付で名前が書かれていた。
「時野‥健一君かぁ。よし覚えたで。次会うときに返そう。そんで自己紹介しよ。ろくに自己紹介する時間もなかったし」
なんやあの子はあの変な男の子たちとは違うみたいやし、とつぶやいて少女も家へと帰って行った。
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