03 温かいです……。すずか様 |
●月村家の和メイド 03
カグヤ view
すずか様の御友人、高町なのはが最近元気を失くされているそうです。そこですずか様は、同じく御友人のアリサ・バニングスと一緒に考え、温泉旅行に行く事になったそうです。何でも山奥にあると言う海鳴温泉へと向かう事になり、車二台で向かうほどの大人数で参りました。
カグヤとしては、龍脈を守る土地守の仕事がございますから、土地を離れる事に些か不安はありましたが、一泊二日だけと言う事もありますし、何よりすずか様たっての願い。聞き入れぬわけがございません。
それに、高町なのはには『白の魔術師』の疑いがありますし、行動を共にするのは好都合と言うモノでございましょう。多少の大人数も、気のおけるメンバーばかりですし、心持楽と言うモノです。
しかし、この一点だけは見過ごしていいわけではないと思うのです……。
「えっと……、本当に俺まで来てしまってよかったんでしょうか?」
「別にかまわないよ。なのはが男の子の友達を連れてくるなんて珍しいしね。君もこの連休中は暇なんだろう?」
「え、ええっと……、そうです、ね?」
暇ではないでしょう龍斗。あなたも土地守の役目があるでしょうに。
車に乗る前に龍斗が高町のお父様との会話を思い出しながら、今更ツッコミを入れてみます。ちなみに、龍斗は高町家の車に乗っていて、カグヤは月村家の車で先輩メイド二人の間に座らされています。
……まあ、恐らくカグヤの言った『白の魔術師に付け』と言うのを忠実に守ったが故のアクシデントだったのでしょうが。二人一緒に土地を離れてどうするんですか? これなら、カグヤが『高町なのは』と接点のある事を仄めかしておくべきだったかもしれません。
いえ、もう過ぎた事は良いでしょう。今日はせっかく楽しむための旅行なのです。難しい話は抜きにしましょう……。
「っと、思いましたが、念のため話を聞かせてもらおうと思いまして」
旅館に着いたカグヤは、荷物の整理が終わると、こっそり龍斗を呼び出し、二人だけになって話をする。すずか様に呼ばれるといけないので話は手短に終わらせなければなりませんが。
「し、仕方ないだろう……、友達に、誘われちゃったんだから……」
「他に良い言い訳は思いつかなかったのですか?」
今必死に言い訳考えましたよね? 視線泳いでますし。
「別に怒っていません。恐らく闖入者に付いてきたであろう事は予想出来ていますし」
カグヤがそう言うと、龍斗も魔術師としての顔になり、口を噤んでしまいます。こうなると下手な尋問でボロを出す事はなくなるのですが、今回に限ってはこちらの情報量が上ですね。っというか、反則気味ですが、既に答えを解っている様なモノですし。
「『誰』とは敢えて訊きません。それよりカグヤは、また『そちら側』の問題が原因何のかを確かめたいところです」
「関係ないよ。本当に遊びに来ただけ。俺がここに居るのは、偶然姉さんの暇が空いて、神社待機を交代してくれたからにすぎないよ」
なるほど、それは安心ですね。カグヤや龍斗が龍脈を管理するよりずっと安心でしょう。……安心し過ぎて情けなくもなってきますが、あの人とは比べられても困りますし。
「それだけ分かれば結構です。カグヤはすずか様を守るだけです。もしアクシデントが起きても対応できませんので、あしからず」
「それは俺も同じだよ。ここだって土地から離れるてるとはいえ、龍脈が繋がっている所なんだから、俺もそっちで手いっぱいだよ」
子供の力では出来る事は極端に限られてしまいます。ならば、どこかで何かを見捨てる他にない。カグヤ達はヒーローじゃない。都合の良いモノだけを守っていく事はできないのです。だから、カグヤも龍斗も、互いに護るモノだけ宣言すればそれでいい。それが今自分達にできる限界なのだから。
「あ! カグヤちゃんやっと見つけた」
「あれ? 龍斗くんも一緒?」
声に振り返るとすずか様となのはがこちらに歩み寄ってくるのが見える。なのはの肩には当然の様にフェレットのユーノが乗っています。
ふむ、動物を肩に乗せる姿と言うのは何だか絵になりますね。カグヤも魔力が持てば、霊鳥を常に呼び出し、肩に乗せていたいモノです。しかし、一日中存在を保てるほどの魔力を注ぎ込むのは不可能ですし、魔力の無駄遣い。残念ですが諦める事にしましょう。
っと、思考が無駄にずれてしまいました。
「申し訳ありませんすずか様。何か急用がございましたでしょうか?」
「あ、そんなのじゃないの。一緒に温泉に入ろうって誘いに来ただけなの」
「さようでございましたか。用事は全て終わりましたから、お誘いとあらばお受けします」
「用事って? 龍斗くんと? 二人は知り合いだったの?」
なのはが首を傾げて訪ねてくる。さて、これにはなんと返すべきでしょうか? 龍斗は魔術師間の知人ですので、月村の皆様にもお話していないのです。ここでバラしてもいいのですが、あまり親密な関係だと言う事は出来れば隠しておきたいですね。
「お互い顔を知ってるってだけだよ。俺の姉さんとカグヤちゃんのお姉さんが知り合いだったんだ」
どう言ったものかと考えていると龍斗が適当(良い意味で)なものを述べます。ナイスフォローです。それなら嘘ではないので誤魔化しが効くでしょう。
「ええ、ですからこれを機に軽い自己紹介などをしていたのです」
「へぇ〜〜、そうだったんだ?」
感心するなのはの表情からは、カグヤが以前警告した人物だと言う事は気付いていないように見受けられます。肩に居る使い魔(?)も、それは同じようです。
ああ、なるほど……。この説明は龍斗が暗に「この人は関係ないよ」となのは伝えるための物でもあったんですね。すごいですね龍斗。頭では自分の方が勝っていると思いましたが、ちゃんと先を考えていたのですね。ちょっと尊敬します。
「お姉さん……」
すずか様はカグヤの義姉と言う所に引っかかってしまったのか、ちょっと表情が暗くなってしまいます。カグヤの義姉は既に身罷(みまか)われているので、思うところがあるのかもしれません。他人の義姉の事でこんな風に悩んでくださり、優しい方と存じますが、すずか様にそんな顔をされてはこちらが困ると言うモノ。
「ええ、義姉の知人であることを理由に、ナンパされてしまいましたが、丁重にお断りしたところでございます」
「ちょっ!?」
「「ナンパ!?」」
内心で龍斗に片手を立てて謝りつつ、彼をダシに話題を明るい方へと持っていきます。
「すずか様もお気を付け下さい? この者、意外と強引です故、寝込みを襲う狼になりかねませんよ」
「ならないよ! ってかナンパなんてしてないだろ!」
「危うくカグヤも押し倒されるところでした」
「嘘ばっかり言うのやめろよ! なのはに勘違いされるだろう!」
おや? 今の発言はどう言う意味でしょう? 何だか気になりましたね? どこがどう気になるのか、今一解りませんが、結構重大な発言を聞いたような気がします。その証拠に龍斗の方が「しまった!?」と言う顔で自分の手で口を押さえています。はて? 何か面白いネタを掴み損ねた様な、そんな惜しい気持ちですね……。
カグヤと同じ気持ちなのか、なのはは首を傾げて不思議そうにしていますが、すずか様は可笑しそうに微笑んでいます。すずか様には解ったのでしょうか?
「も、もう! それより温泉行くんでしょ! 行ってきなよ!」
多少ヤケ気味に龍斗が憤慨するので、ここは従いましょう。すずか様の笑顔も戻りましたし、これ以上彼をダシに使う必要もありません。
………。あれ? 何でしょう? この惜しい気持ちは?
「そうれじゃあ、皆で温泉行こうか?」
すずか様の宣言で、カグヤ達は温泉へと向かいます。
「ん? 待って、皆って俺も入ってるの?」
「そのようですよ。誰も違和感持っていませんし」
「そうなのか? でも俺男だし、男子風呂でなのはのお兄さん達と入る事になりそうだな……?」
「え? なんで? 龍斗くんも一緒に入ろうよぅ」
なのはの発言を聞いた龍斗は大慌てで手を振り始める。
「いや! それはダメだろ!? 男が女の子と一緒のお風呂に入ったりしちゃ!?」
「まあ、世間一般的には否定されていますね」
「そうでしょカグヤちゃん!」
「ですが……、すずか様はどう思われます?」
「え? えっと……、別に一緒でもいいと思うけど?」
「な……っ!? 何言ってるの!? そ、そんな事していいわけないだろう!?」
「そうですか? カグヤは当人達が了承しているのでしたら構わないと思いますが?」
カグヤもすずか様達とお風呂に入って身体を洗ったりしますし……。
「それは……っ! そうかもだけど……っ、俺がダメって言ってるんだからダメだろ!?」
「龍斗くん、そんなに私達と入るの嫌?」
「い、いぃ〜〜イヤとかじゃなくて……」
「皆で入った方が楽しいよ?」
「っと、すずか様も言っていますが?」
「………〜〜〜〜〜〜ッ!? と、ともかく! ダメなんだ〜〜〜っ!!」
何でしょう? 龍斗の顔が火山の様ですよ?
「どんな理由があろうと男が女の子と一緒にお風呂なんてしちゃいけないの!! そんな事する奴は淫獣って言われるんだ!!」
「キュ〜〜〜ッ!?」
龍斗の力説に何故かなのはの肩に居るフェレットがショックを受けていますね。なんでしょう? 今の言葉に感動でもしたのでしょうか? 男でなく漢にしか解らないと言う、アレでしょうか?
なんにしても、何だか陰湿な虐めをしている気分で良い気がしません。ここは従う事にしましょう。
「まあ、そんなに言うのでしたら龍斗の言う通りにするのが良いかもしれませんね」
「だろっ!?」
「ええ、……でしたらカグヤも今回は男湯の方に行かせてもらう事にしましょう」
突然周囲の時間が凍りついたような気がします。なんでしょう? 皆さん何かの魔法にでもかけられたのでしょうか?
「言った傍からなんでカグヤちゃんが男湯に乱入してくるの!?」
「は? 何がですか?」
「そうだよ! 龍斗くんの言う通りにするならカグヤちゃんは女湯じゃないと〜〜!」
「なのは様? そう言えば訂正した記憶がございませんでしたが、カグヤはですね―――?」
「カグヤちゃん、もしかして龍斗くんと入りたかったの? でも、女の子が男湯に入るのはダメだと思うの?」
「すずか様? 確かすずか様は知ってましたよね? カグヤは男ですよ?」
「いや、だからカグヤちゃんはカグヤちゃんだろ?」
「うん、カグヤちゃんは立派な女の子だよ?」
「こんなに可愛い男の子はいないよね?」
「……」
あれ? 何でしょう……? なんだかものすごくダメージ大きいです。これは一体な何の虐めでしょう? いえ、虐めなんですか? カグヤは主とその友人から虐めを受けているのでしょうか? もしそうならなんと無垢で残忍な虐めでしょう? これほど胸にグッサリくる物はないと思います……。
「いえ、もはや何も言いません……」
結局龍斗は男子風呂で高町のお父様とお兄様と一緒に入られる事になりました。カグヤはもちろん、すずか様達に引きずられて女子風呂なのですが、……大丈夫でしょうか? さすがに服を脱いでは男子だと解るでしょうから、月村以外の方々は不快な思いをなさるのでは?
「などと思えるほど、自分の容姿が男らしいと自惚れることなど当に諦めておりますよ」
誰にともなく呟きながら、服を脱ぎタオルで見苦しい部分だけを隠して浴室へと向かいます。
既に入っていた皆、広いお風呂にはしゃぎながら、最後に入ってきたカグヤに笑顔で迎え入れてくれます。いえ、むしろタオルで下しか隠していない事に「恥じらいを持ちなさい!」とアリサから叱られてしまったほどです。
ふ……っ、所詮自惚れるには過ぎた容姿ですよ……。
ちなみになのはの連れていたフェレットは、脱衣所前でもう一度なのはに誘われた龍斗が断る隙に、彼の肩に飛び移っていました。アリサが何か文句を言ってましたが、結局戻ってはきませんでした。
あの行動で既に『賢い』を通り越して『人間的知性』がある事は明白。っとするとアレはオスなのでしょうが……、動物が人間相手に興奮するわけもないのですから、一緒でも良かった気がしますがね?
浴室は当然ですが広く、そして他のお客も見当たりません。時間帯はまだ昼ですし、ちょうど先程上がられた方もいたようですから、これは運が良かったようですね。
「お姉ちゃん、背中流したげるね」
「ありがとう、すずか」
「じゃあ私も」
「ありがとう」
すずか様が忍お嬢様を、それに合わせてなのはは高町の御姉さま、美由希さんの背中を洗うようです。ならカグヤも使用人として誰かの背中でも流しましょうか?
「カグヤはアリサ様を洗いましょうか?」
「いいわよ。アンタすずかん家でいつも洗う方なんでしょ? たまにはゆっくりしなさいよ。私が洗ったげるから!」
成長途中の胸を張り、「ユーノの代わりよ」と付け足すアリサ。一度すずか様と忍お嬢様に視線で訪ねれば、二人とも「今日くらいはゆっくりしなさい」と笑みで返してきた。
「では、今日くらいは御言葉に甘えるとしましょう。御願いできますか?」
「まっかせっなさ〜〜いっ♪ 隅々まで綺麗にしてあげるわ!」
「……構いませんが、カグヤは護身術も身につけていますので、くれぐれも手が滑ったりするような事がないように願います。でないと条件反射で指の骨を数本……、まあ、大丈夫だと思いますが」
危機感を感じたので一応脅しをかけて牽制しておく。しかし……、
「大丈夫だってば! ホラこっち来なさい! 思いっきり洗ってあげるから〜〜〜♪」
「っと、言いつつ何故スポンジでなく御自分の手にソープを? その手の動きが絶妙な危機感を感じます」
「何身構えてるのよ? それじゃあ洗えないでしょう?」
「なれば、何故アリサ様はいつでも飛びかかれるような体勢でいらっしゃいますか? お風呂場で飛び付くのは危険でございますよ?」
「アンタが逃げなきゃ平気でしょ?」
「飛びつく気なのですね?」
「とうりゃあぁーーーーっ!!」
「飛びついて来たぁ〜〜〜!?」
すずか様、アリサ様は天真爛漫で行動が読めません。何気にカグヤの天敵でございます。
「ちょっ!? アンタ何処触ってんのよ!?」
「ですが! タダではやらせません! せめてこちらも洗われた分洗い返すまで!」
「そ、そんなとこ洗っちゃだめ〜〜〜〜っ!!」
「ひぎぃっ!? そ、そこは握ってはいけませんっ!?」
「ば、バカッ! そっちは違うわよ!?」
「何故そこばかり執拗に!? ひっ! ひぐぅいぃっ!!」
「このっ! えいっ! ……やぁんっ!?」
「はっ! せえっ! ……ひうぅっ!?」
「うふふ、アリサちゃんのおかげでカグヤもずいぶん楽しそうね」
「二人とも〜〜、泡だらけになって溺れないようにね〜〜〜!」
必死に攻防を繰り広げる中、この場の年長者お二人から温かい声援を頂きました。
でもすいません……。正直なんと言われたのか憶えてません。
勝負の結果は引き分け―――だったと思います。最後の方で何か出してはいけないモノを出してしまったように悲鳴を上げて、互いにノックダウンしましたから、よく思い出せません。未だに意識がぼ〜〜っ、としてまして身体を動かす気力も出ません。その分、身体はすっかり綺麗になってしまったと思われます。むしろ清潔すぎて大丈夫だろうかと不安が芽生えそうですね……。
「カグヤちゃん、これから旅館内を探検しに行くんだけど、カグヤちゃんも行こう?」
「……え? あ、はい。御一緒します」
ぼうっとした頭で了承してから、ある事を思い出す。
「ああ……、そうでした。少しやりたい事があったのでした」
「やりたい事?」
「ええ、その……、東雲のお仕事です」
すずか様に魔術を見られてから、土地管理の仕事をしている事はいくらか話しています。本当は忍お嬢様が知る程度の事しか話さないつもりだったのですが、話している内につい余計なことまで言ってしまい、いつの間に忍お嬢様より詳しく事情を知る立場にさせてしまいました。それでも魔術に関して決定的な事は何も教えていません。カグヤが使った術についても『そう言うのが使える』程度の認識しか与えておらず、それがどう言った名で呼ばれているかなど、完全に関係者になってしまうような知識はしっかりと避けています。
「え? 何かあるの?」
「いえ、事件どうこうではなく、そのための訓練……勉強みたいなモノです」
せっかく山奥と言う、人に見つかり難い所に来ているのですから、たまには集中的に修行したいのです。今回は龍斗もいますし、二人で徹底的に仕込むとしましょう。
「そっか……、でも今日くらいは休めないの?」
「月村の仕事を優先させておりますから、こちらが疎かになっているのです。少し詰めませんと、月村の仕事を蔑にしなければいけなくなります」
「え? 嫌だよ……」
うっ!? そんないきなり悲しそうな表情を取らないでください! そうならない為に今の内に仕込むのですから!
「大丈夫です! 昼間の内だけですし! 夕方には戻りますから! この先もずっと、カグヤはすずか様のお傍におります」
「……うん」
よかった、笑ってくれた。彼女を悲しませないために、これからもがんばって行こう。
風呂から上がった後、すぐに龍斗を捕まえ、二人で山奥に入り魔術の修業に入った。対人戦から個人スキルの特訓まで、日が暮れるまでしっかりみっちりと学んだ。
「ちょ、ちょっと一日に詰め込み過ぎてない……? 身体痺れてるんだけど?」
「え、ええ……、やり過ぎたかも知れません? 明日は筋肉痛間違い無しです」
今夜は寝る前に体力回復の『集気法』を使用した方がよさそうですね。でないと明日が死ねます。
そう思いながら戻ると、カグヤを見つけたすずか様が、不安げな表情で駆け寄ってきました。どうしたのでしょう?
「カグヤちゃん……っ!」
「どうしましたすずか様? お顔が優れませんが?」
「あ、あのね、さっき……」
すずか様の話によると、変な女の人が高町なのはに対して因縁を付けて来たそうです。相手は人違いだと言ってすぐに去っていったらしいのですが、すずか様は不安そうな表情でカグヤの服を掴みます。
「また何か起きるんじゃないかって……、不安で……」
「そうですか……」
正直、過ぎた事はカグヤにはどうしようもありませんし、その女の人はすずか様でない人物に因縁つけなされたご様子。それならすずか様は安全でしょうし、カグヤとしては問題ないのですが……。
とはいえ、すずか様は友達思いの優しいお方。自分さえ良ければそれでいいと言うわけにはいかないのでしょうね。
しかし、カグヤに一体何ができましょう? 慰めるにしても、どう慰めるのがすずか様にとって一番なのでしょうか……? ああ、そうです。
「では、今日も一緒に寝て差し上げましょうか?」
「へ?」
「お傍におりますれば、安心できますか?」
「あ……、うん、一緒に居てください……」
すずか様が笑みに戻られました。やはり、すずか様には何より微笑まれるのが一番好ましいです。
っと言うわけで夜中、すずか様と寝所を共にいたしますれば、何故か「すずかだけズルイわよ!」と言い出しましたアリサによって、皆が大人用の一つの布団で寝る事になってしまいました。もちろん龍斗も巻き込まれ、終始何か葛藤していましたが、最終的には「まあ、寝るだけなんだし……、問題ないよな? このくらいは」と言う結論に至った様子。そんな訳で右からすずか様、カグヤ、アリサ、龍斗、なのはの順に、五人仲良く眠りに付いたのですが……。
ファリン先輩が本を読んでくださった後、全員が眠ったと思った時、なのはが起き上り、何やら無言でフェレットと会話していました。言葉として会話はしていませんでしたが、その表情や態度から、二人(?)が意思疎通できているのは間違いないようでした。
「眠らないの? 二人とも?」
すると、同じく起きていたらしい龍斗が二人に声をかけます。二人とも驚いた様子で、少しあたふたしていましたが、龍斗だと気づくとホッと胸をなで下ろしたようです。
「ううん、もう寝ます。心配してくれてありがとうね」
「そんな事ないよ。……でもなのは、今日はもう寝よう? せっかくの休日だったんだから」
「あ、えっと龍斗くん、そのことなんだけど……」
「なに?」
「もしかしたら今夜、また何かあるかもしれないの」
……!?
「え? どう言う事?」
本当にどう言う事です? すずか様に抱きつかれてなかったらカグヤも起き上って問いただしたいくらいですよ! 龍斗、しっかりその辺の情報を聞き出してください! カグヤも起きている事はあなたも気付いているでしょうし。
「えっとね……、前に出会った黒い魔法使いさんの事なんだけど……」
「ああ、あの子ね? なのはと同じで、ジュエルシード……だっけ? を、集めてるって言う?」
「うん、さっきね? ……たぶん、その関係者さんみたいな人に会って、……だからもしかしたら今夜何か起こるかもしれないの?」
「そうか……」
なるほどつまり、あの接触し損ねている『黒の少女』もこの土地で勝手に魔術の使用をしているのですか。これは敵対象として―――、
「じゃあ、今度は俺も会いに行くよ。その子と話して、ここでの魔法使用の許可を出していいか確かめないとね」
え? あの? 龍斗?
ここは魔術師として完全に敵と看做(みな)していいところでは? いえ、まだ個人の可能性はありますが、それでも勝手に土地での魔法を使用した上、管理者との接触を試みていないのですよ? これは充分公約違反では?
……いえまあ、接触しようとして出来てないカグヤが口出しする事ではないのかもしれませんが。
「ともかく今は寝よう? 今夜何か起きたら、それはその時だよ」
「うんっ♪」
その言葉を最後に、今度こそ二人とも寝てしまったようです。
やれやれ、龍斗は最近自分勝手になってますね。悪い意味ではないのですが、置いて行かれているようで良い気はしません。そんな風に思いつつもカグヤも寝る事にしました。今夜何かあるのかもしれませんし、その時はカグヤがすずか様をお守りしないと。
っと考えていたら本当に今夜動きがあった様です。
これは最近土地で感知していたジュエルシードなる物の気配です。どうやらアレがこの辺で発動したようです。すぐに飛び起きたなのはと龍斗。本当はカグヤも目を覚ましたのですが、さっきよりしっかりとすずか様に抱きつかれていて、身動きが取れないのです。あと、アリサの腕が頭に乗っていて重いです。
「龍斗くん……!」
「先に行っててなのは。ここも土地の龍脈に近いから、俺はそっちのサポートをしてからじゃないと……」
えらいですよ龍斗。ちゃんとお役目を優先しましたね。それでこそ勝手が許されると言うモノです。
なのはがこっそり部屋を飛び出したのを見計らって、龍斗はアリサの腕を除けてくれながらカグヤに視線を送ります。
「動けそうになさそうだね?」
「恥ずかしながら……」
「俺だけ行ってもいいかな?」
「申し訳ありませんが、すずか様を起こすわけにもいきませんので……」
「ははは……っ」
苦笑した龍斗は文句一つ言わずに行動してくれます。せめて何かの助けになればと霊鳥を五羽(更に数を増やす事に成功しました)呼び出して、龍斗の援護に加えます。龍斗はその事にお礼を言った後、こっそり旅館を出て行きました。
……さて、可能性は低いでしょうが、すずか様は手を放してくれたりしないでしょうか? 先程からこっそり指を解こうと試みているのですが、その度に嫌がる様にむずがって、更にきつく抱きついてくるのです。これではどうしようもありません。
はあ……、すみません龍斗。今回カグヤは役立たずです……。
結果から言うと、龍斗と黒の少女が接触できたのは、なのはと彼女が接触し終えた後だった様子です。黒の少女の名前はフェイト。最初は追い掛けてきた龍斗に警戒して、あわや戦闘となりかけましたが、霊鳥越しにカグヤが龍斗が土地の管理者であることを説明し、後は龍斗の采配に任せました。何故フェイトがジュエルシードを探しているかは解りませんでしたが、土地に危害は与えないと約束し、ついでに土地守側のカグヤ達にとって(勝手に)危険物指定のジュエルシードを回収してくれると言うのですから、ここは契約と言う形で海鳴土地内の魔法使用を許可した模様です。
正直良いんでしょうか? っとも思いましたが、なんとなく人間関係の交渉事は、龍斗に任せた方が良い様な気もします。カグヤであれば違反者を罰する事しかしなかったと思いますし、その後ジュエルシードについてはこちらで予備知識も無しに回収封印を行わなければなりません。これは少々大変でしょう。っとすれば、やはり龍斗の判断が一番最善だった気もします。
ですが……、やはり心配はありますね。
今現在、僕(・)達は後手に回っているだけではないのでしょうか? 龍斗。
「学校……ですか?」
「そう、行ってみる気ない?」
すずか様の帰宅を待っている時、忍お嬢様に呼び出され、そのような事を提案されました。
カグヤは元々学校に通っていなかったので、学校に通っていません。っと言うより物心ついた時から義姉さんの仕事をお手伝いしていたので、将来の職にも困りませんでしたし、学校に通うと言う事を考えてさえいません。最低限の勉学は、ノエル先輩、ファリン先輩に教えてもらっていますし、そもそも学力もすずか様の勉強を見てあげられるほどあります。今更学校に行く意味があるのでしょうか?
「それは強制ですか?」
「いいえ、もちろん提案。だからカグヤちゃんさへよければと思って」
「では、お断りさせてもらいます」
「あ〜〜、やっぱりイヤ?」
「イヤ……、ですね。学校そのものより、学校と言う『時間』が出来てしまうのは少々困ります」
学校に行けばすずか様のお傍にはいられるかもしれませんが、それでは一日の大半を学校に縛られる事になってしまいます。そうなれば、ただでさえ時間の少ない東雲の仕事がしにくくなりまし、給仕のお仕事は外だけという括りが付いてしまいます。特に今は危険物が土地に散乱しているような状態。いつでも動けるように自由な時間を少しでも多く獲得しておく必要があります。
「申し訳ございませんが、学校に通うメリットがありません」
「そうかしら? きっといい刺激になると思うんだけど」
「否定はしません……、他者との触れ合いは、どんな意味にしろ刺激がありますから……。ですが、それでは疎かにしてはいけないモノを疎かにしてしまいます」
「そう……、ちょっと残念だけど……、解った、諦めるわね」
本当に残念そうに忍お嬢様は去っていく。
こればっかりはどうあっても受け入れるわけにはいきません。もしカグヤが学校に通ってしまえば、土地の管理者が全員束縛状態です。なんせ龍斗はしっかり学校に通っているのですから。
「しかし……、あの『白の少女』はすずか様の御学友でしたね……」
魔術は必ずしも危険なものばかりではありません。中には人にばれたからと言ってすぐ『殺す』などという発想が出ない物もあるのです。むしろ見られたけどしらばっくれてしまえば良い。―――程度の物もあるくらい。
あの少女は性格的にすずか様を巻き込むとは思えませんし、魔法使いが一人クラスメイトにいるくらいなら何の問題もないでしょうね。
「はぁ? 喧嘩してしまわれたんですか?」
「う〜〜ん……、そうなのかなぁ? ちょっとアリサちゃんが拗ねちゃってる感じなのかも?」
御稽古から帰って来られたすずか様にお茶をお出し、何気ない会話をしていると、すずか様らから友達とケンカしたという衝撃の事実を聞かされました。しかも原因はあの『白の少女』あると言うではありませんか?
問題起きましたよ。しかも予想斜め上の方向の問題です。魔法に関係ない様で関係してますねぇ、これは対応が難しい……。
「アリサちゃんの気持ちも解るんだ……、なのはちゃん、何も言ってくれないから」
悩んでいる事が見え見えなのに悩みを友達に明かせない。その姿を見るとどうしても悔しくて仕方ないのだと、そう言ってアリサは怒ってしまったらしいです。相手に、っと言うよりこの場合は御自分に、でしょうか? ん〜〜……、カグヤにはちょっと解り難いですね……。
しかし、すずか様もアリサも、高町なのはを好いておられるのだと言う事は変わりないご様子。怒っているのに嫌いになっていないと言うのも、よく解りませんが、そう言うモノなのかもしれません。
そう言うモノ……ですか……、最近カグヤの理解できない事が多い気がしますね……、多少憂鬱かもです。
「それにしても、すずか様は気が弱い様でいて変なところで気が強いのは、昔からだったんですね」
この話に付いていけなかったので、代わりに一緒に話してくれたすずか様と御学友が初めて会った時の過去話に話を移しました。
なんでもアリサにカチューシャを取られ、それを返して欲しいと強く言えなかった時、なのはがアリサをぶって止めたそうです。取っ組み合いの喧嘩になっていた二人を止めたのは、今まで大人しかったすずか様の「やめてっ!」の一言と言う、とっても良い話です。
「え? そ、そうかな?」
「ええとても、カグヤが自分の体を蔑にした時と同じでした。とってもすずか様らしい、と思いましたよ」
「な、なんだか恥ずかしいな……、あの時は必死だったから……」
赤くなって照れるすずか様を愛おしいと思いながら、「今夜はどうします?」と訪ねてみる。ちょっとびっくりした顔をされたが、すずか様は俯きながらコクリと頷かれた。
はいっ。今日も一緒に寝る事に致しましょう。
可愛らしいすずか様に、二人でベットに入っている間、どんな悪戯をしようかと考えてしまう頭を適当に整理しながら、「まずはお風呂に入りましょう」と提案する。その時―――、土地のど真ん中で大きな魔力の流れを感じました。
「……ふざけてるんですか?」
「へ?」
思わずもれた声にすずか様が反応してしまう。カグヤは溜息と共に片手で片目を押さえる様に髪を掻き上げる。
「申し訳ありませんがすずか様? 今宵少しの間、暇(いとま)を頂けないでしょうか? 大変遺憾ながら、招かざる客が土地で横暴を働いている御様子。土地守として、出向かぬわけにはいきません」
「え……? でも……」
困った様な表情で両手を胸の前で握るすずか様。その仕草が今夜の約束を反故にされるのではないかと言う不安がある事を示していた。
「大丈夫です。すぐに終わらせてきますから。ですから、カグヤの部屋で先にベットを温めて置いてくれますか?」
「……あ、うん」
ちょっと照れくさそに俯く姿に安心を覚えますね。
さて、それでは……、土地での契約違反をしたであろう魔法使い、白か黒、どっちか知りませんが折檻が必要なようですね?
と言ってもあれですね。カグヤ何の役にも立ちませんね。
前も同じ事がありましたが、これ結界って奴ですね。これの内側には入れないんですよ。
既に龍斗がギリギリで結界内に入ってくれたおかげで、霊鳥を侵入させる事は出来ましたが、映像も何も読み取れません。これでは何もできませんよ。
仕方がないので手近なビルの屋上に上っていつでも対応できるよう弓を構えているんですが……、え? あれ? なんですこれ? さっき鎮静化したはずのジュエルシードの反応が再び増大化? ちょっと待ってください! 龍脈への影響が半端ないですよ!? 龍斗が内部で頑張ってくれているのか被害が最小限ですが、これはまずいですって!
「射(しゃ)矢(し)―――ッ!」
短い祝詞を上げながら『矢鳴り』番え、射ます。目的は以前と同じ、龍脈のツボを突いて一時的に流れを制御、歪みを最小限に抑えます。しかし、間に合いません!? いくらい射っても射っても歪みの方が早くて間に合いません!?
歪みの中心部では龍斗が魔力を解放したのか、龍脈の歪みが正される気配が見られましたが、龍脈と言う巨大な力の奔流に呑まれ、焼け石に水でしかないようです。
「くっ―――!? こんな事になるなら白木の弓でも持ってくるんでした!?」
『白木の弓』は神木の枝を折って作った弓で、神社職(巫女とか神職者ですね)が使う、わりとポピュラーな魔力増幅アイテムの一つです。それがあればカグヤのような魔力保有量が極端に少なくとも、多少は助けになっていたのですが……!
歪みの中心部で、原因となるジュエルシードの力が弱まっていくのを確認しました。しかし遅い……。もう龍脈の流れが殆ど歪められ、勝手に暴走し始めているような様子です。
「龍斗! 聞こえますか!? こうなればサクヤを―――!?」
切り札を切ろうとした瞬間、霊脈の中心部、八束神社の方から巨大な魔力の奔流が津波となって押し寄せます。それも暴力的なものではなく、まるで巨大なだけの波紋のように、歪められた力全てを鎮静化していくのです。
「これは……!? まさか龍斗のお姉さまですか?」
考えにくいですがそれしか思い当たる節がありません。って、龍脈を個人で制圧するなんて、どれだけの力ですか!? 龍斗が抑え、カグヤが軽減していたとは言え、一瞬で何事もなかったかのような安定感に辿り着くって、とんだ化け物ですね……。
龍斗の御姉様に感心していると、二つの気配が遠ざかり、しばらくしてから更に二人の気配が遠ざかります。その気配が無事に遠ざかったのを確認したように、最後の気配がこちらに向かってまっすぐ向かってきます。その気配は龍斗でした。彼はカグヤの姿を見つけると、ビルの屋上を幾つか飛び移って隣へとやってきます。
互いに僅かな沈黙が流れます。言うべき事と聞くべき事を頭の中で整理しているのかもしれません。とりあえず、カグヤの方から話す事にしました。
「龍斗、今回の事はさすがに関与できません。土地に魔力流を打ちこんだのはどちらですか?」
「……」
「何故黙っているのです龍斗? これはさすがに危険だとあなたが一番分かっているはずでしょう? 一歩間違えれば大災レベルの『物の怪』が発生する所でした。いえ既に歪みは起きていましたから、この土地内にある程度の不運を招いたかもしれません。御姉様のおかげで最小に抑える事は出来ましたでしょうが、こうなってはもう、今回の原因となった者を捕縛、土地内の魔法使用の禁止を―――」
「二人が一生懸命ジュエルシードを封印しようとしてくれたんだ。そのおかげでこの程度ですんだ」
言葉の途中で龍斗が遮ります。しかし龍斗、それでは矛盾がありますよ。
「一度鎮静化したはずですよね? それが封印される事無く再び暴走したのはなぜですか? 白と黒の少女がやりあったのでしょう?」
結界内とは言え魔力の動きくらいは読み取れます。二つの魔力がぶつかり合っていたのは、ここからでも良く解りました。危険物がある傍で魔法による乱闘騒ぎ。ここまで危険な行為をされて黙っていることなど土地守としてやっていい事ではないはずです。
「ともかく、その原因となっているのは『白』と『黒』が両方共ジュエルシードを集めている事が原因なのでしょう? それなら片方の土地内魔法使用を禁止させます。それから―――」
「それはダメだ!」
「龍斗! 彼女達は既にこちらの条件を破っている! 止む無しとあればともかく、今回の事は回避できたはずの事態を当人達の勝手な私情によって―――」
「私情の何がいけないんだよ! 彼女達にとっては大切な事なんだ! きっと、俺達じゃ解ってあげられない何かなんだ!? それを邪魔していいわけないだろう!?」
「な、何を言ってるのですか……!? それで土地に『物の怪』が発生していいと言うのですか!?」
「そうじゃない! そうさせないために俺達が踏ん張るんだ!」
「龍斗……? 解っていますか? 今回助かったのは御姉様のおかげで、カグヤ達は何もできなかったのですよ? 子供のカグヤ達に何ができると言うのです!? 今度同じ事があればタダではすみません!?」
「だったら強くなるしかないじゃないかっ!!」
一際大きな声で激情を当てられ、カグヤは思わず黙ってしまいました。
「確かに危なかったよ! でも、だからなんだよ!? どうせ俺達はこの先もずっと土地を守って行かないといけないんだ! その先でこんな事がまたないとも限らないんだ!? その時にまた『子供だから、未熟だから』って言って諦めるのかよ!?」
「龍斗……、それは理想論です。どう足掻いても未来にかけられるだろう希望は長い時間の上でしか成り立たない。今はそれが通る時ではないのですよ?」
「通す! 誰も通さないなら……、俺が道理をぶち抜いてでも押し通す!!」
強い宣言に、一瞬茫然と見つめてしまいましたが、はっとして頭を振ります。理想は未来に掲げても、現在に掲げてはいけない。だからカグヤは魔術師として行動しなければいけません。
「その理想で多くの人が危険にさらされています。龍斗はその命を背負えるのですか? もしくは見捨てる覚悟が御有りなのですか?」
「見捨てないさ。けど、背負う気もない」
「なら―――」
「全部守る。俺は土地守だ。だからちゃんと土地に居る人達を皆守りきって見せる」
「……ならやはり、最善として彼女達の魔法を禁止するべきです。それが最も都合がいいではないですか?」
「良くないんだよそれじゃあ。それだとフェイトは何も教えてくれない。なのはも一人傷つくだけだよ」
強い眼差しの中、龍斗が敢えて二人の名前を出しました。『なのは』についてはカグヤは知らないフリをしていたんですが、どうやら龍斗はそれを承知で合わせていたようですね。
「なのはにしてみれば、彼女だってこの土地の人間だ。だったら彼女を守るのも俺達の役目だ。フェイトには何か事情があるみたいだし……、その訳を聞きたいんだ」
「……龍斗」
まだ言うべき事、言い合わなければならない事は沢山ありました。ですが、カグヤは胸の奥がつっかえる様な気持ちになって、段々言葉が出なくなってきてしまいました。
だって、龍斗がこんなに感情を露わにして、他人を守ると言うのです。それも我儘な理由で二人の魔術師を守り、その上で多くの人々も護ると言うのです。その姿はまるで―――、まるで死に際の義姉さんみたいじゃないですか……。
「……死んでしまうかもしれませんよ?」
「死なないよ。俺は死ぬために戦うわけじゃないんだし」
でも龍斗? それは、龍斗の望みであって、現実ではないのですよ?
そして義姉さんは、カグヤと……土地の人達を一度に護ろうとして亡くなったのですよ……?
「死にませんよね……」
あなたは、義姉さんの様に……、
「死んだりしませんよね……?」
「ああ、死なないよ。……ごめん、カグヤにも心配かけてたんだね。なのに怒ったりしてごめん」
「いえ……」
按じますよ……あなたの事を。
あなたは僕の……、ただ一人の友人なのですから……。
「はあ……」
結局、カグヤは龍斗に押し切られてしまいました。今回の件はかなり危ない橋を渡ったのは間違いありません。それなのにカグヤ達が決めた方針は『現状維持』。これはあんまりなのではないでしょうか?
とは言え、魔術を使える家系も、もう多くは残っていません。『上』と呼べる存在のほぼ全員が非魔術師ばかりです。そんな彼らに本物の魔術師……、この場合は龍斗の御姉様に大きな口が叩けるわけでもないでしょう。恐らくこの方針は通ってしまいます。そして出来なければ……、反動として帰ってくるペナルティーは計り知れないモノとなるのでしょうね……。
「すずか様……」
帰り道、気落ちしてしまいとぼとぼと歩いていたカグヤは、月村の前でその名を呟いていました。
いま、すごくすずか様に会いたいです……。
「……そう言えば今夜は御一緒する約束でした」
気を持ち直しましょう。せっかくすずか様が待ってくださるのです。暗い顔をしてはいけません。
「何かあったの?」
「……」
ダメです。出会って一秒、速攻でバレました。何故でしょう? いつも通りにしていたはずなのですが?
「どうしてそのような?」
「とっっっっても暗い顔してるから」
「………少々お待ち下さい」
念のため鏡で確認。
うん、いつも通りの無表情だと思うんですが?
「これがそう見えるんですか?」
「はっきりと」
「……」
「……」
え〜〜っと……、何故?
「何かすずか様の勘違い―――」
「カグヤちゃんまで教えてくれないの?」
「―――少々友人と揉めてしまったのです!」
どうして泣きそうな顔で目の端に涙をためるんですか!? カグヤの事なのですからすずか様が心を痛める必要などないのです!!
「友人って……、東雲の人だよね?」
「その関連と思っていただければ……」
「どうして揉めちゃったの?」
「いえ、そんな大したことでは―――」
「ひっぐ……」
「―――少々意見の不一致と言うモノがあったのです!!」
す、すずか様の涙は、天然自白剤か何かですか? まったく逆らえる気がしません……。
「内容って……聞いちゃいけないのかな?」
「ええ、まあ……、そうですね。仕事の内容が多分に含まれておりますから」
「私に何かできる事、ないのかな……?」
「いえ、そう申されましても……。恐らくはないかと?」
「うっ……、ひっぐ……」
「ここで泣かれましても困りますっ!? 御堪忍して下さい!!」
「ご、ごめんなさい……っ、ちが、違うの……」
すずか様は瞳から涙をボロボロ流し、それを手で拭いながら話してくださる。
「カグヤちゃんの役に立ちたいのに……、何の役にも立てなくて……、カグヤちゃんに直接言っても、頼ってもらえない自分が情けなくて……っ、うぅくっ、ひっく……」
「すずか様……」
どうしてなのでしょう? 彼女は同じく友人のなのはに対しては、ちゃんと我慢して笑いかけていたのではありませんか? それがどして……? カグヤの事でこんなにボロボロになられるのでしょうか?
この優しい御方に、カグヤは元気づける言葉はないのでしょうか……?
「……。申し訳ありませんすずか様」
「っく……、カグヤちゃん?」
「すずか様に力がないからではないのです。カグヤには、すずか様にどうしていただければ助けになるのか解らないのです。もし、すずか様にお頼みすれば、助けとなる事があったのだとしても、カグヤはそれを見つけられないのでございます」
胸の奥がざわついた。どうして自分は何もできないのだろう? どうして自分は彼女を救えないのだろう? どうして自分はいつも彼女を泣かせてばかりいるのだろう? そんな胸の痛みがくすぶりとなって蟠(わだかま)る。焦燥や焦りと言う類に似ている。でも違う。どうして良いのか解らず、それでもざわつきが収まる事無くひしひし痛みだけが残り続ける。
そうだ。きっとこれが『悔しい』んだ。悔しくて、どうにかしたいのにできない自分に腹が立って、でも結局出来なくて……。そんな現実に自分の想いが、理想が届かないのが嫌で、だから心がざわつく。これが『悔しい』なのですね。
初めての想いに目の奥が熱くなった。必死にその奥から出てこようとする物だけは押しとどめ、すずか様に頭を下げる。
「申し訳ありません。カグヤはすずか様に何も頼む事ができません。すずか様を安心させてあげる事が出来ません」
「カグヤちゃん……」
頭を下げる事しかできない自分の不甲斐無さに胸が痛い。このまま頭を上げる事が出来ないような気さえしてきました。
やがて、静寂の一時が過ぎた時、不意にカグヤの頭に温かい何かが乗せられました。反射的に頭を上げると、それはずすか様の手でした。すずか様がカグヤの頭を、優しい笑みを浮かべて撫でてくださっているのです。
「なのはちゃんも……、きっとこんな気持ちなんだよね?」
「え?」
「本当は、誰かに助けて欲しくて、でも言う事が出来なくて、それでも助けたいって言う人がいてくれても、何を頼めば助けになるのかも解らなくて、それでずっと心がもやもやしているのかな? ……って」
「あ、」
それは……、さっきの龍斗も同じ感じだったような気がします。
龍斗も自分の望んだ結果に動かそうと必死で、そのために自分はいっぱい頑張っているのに、結局訪れた結果は、カグヤの『敵対』と言う言葉だったのかもしれません。それはきっと、今カグヤが抱いているのと同じ気持ちが、龍斗の胸に溢れていたのかもしれません。
だとしたら龍斗はすごいですね……。そんな気持ちを抱きながら、それでもあんな結論を導き出したのですから。
「あの子は大丈夫ですよ……」
「え?」
「もし、あの子がカグヤと同じ気持ちだと言うなら……、支えとなってくれる程に、思ってくれている人がいる限り、大丈夫だと思いますよ」
龍斗は、あの白の少女を守ろうとしている。黒の少女を助けようとしている。だからきっと、大丈夫なんだと思う。
「そっか……、じゃあ私はカグヤちゃんに元気を分けてあげればいいね」
「元気、ですか?」
「うん、こうして……」
すずか様が手を頭からどけると、そのままカグヤの胸に額を当てて寄り添ってきます。
「あのね、カグヤちゃんが傍にいてくれると、いつも元気が出てくるの。だから、私もカグヤちゃんに分けてあげるね。……カグヤちゃんが、いつも私に分けてくれた分だけ」
「……」
胸が……すっと軽くなる。カグヤの重荷が全部取られていくように、カグヤは安心感を得ていました。
すずか様は、いつもカグヤにこんな気持ちを抱いて下さったのでしょうか?
それは……、嬉しいです。
「寝ようカグヤちゃん。このまま、温かい気持ちで」
「はい、すずか様。すずか様の想いのままに」
こうしてカグヤはすずか様とご一緒に眠りに付きました。
その夜は、あったか過ぎて、ちょっと暑いくらい、互いに寄り添い合って眠りました。それはとても、幸福だったの思います。
カグヤはこの日、『悔しさ』と、その癒し方を知りました。
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魔法少女リリカルなのはDuo Ifストーリー 〜月村家の和メイド〜 第三話です | ||
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