天の迷い子 第六話
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Side 霞

 

流騎が倒れて三日後、遠征から帰ったうちは流騎が倒れたっちゅう知らせを聞いてうちはすぐに飛んで行った。

三日経っても未だに目が覚めてないらしい。

医者によると、精神的なもので、心が目を覚ますのを拒絶しているっちゅう話や。

そして、事情を聴いて愕然とした。

確かにいずれはその覚悟と経験を積ませなあかんとは思っとったけど、それはあくまで流騎自信に選ばせ、決めさせた上でのことで、こんな早く、しかも急に予想外の理由で起こることやとは思ってへんかった。

 

「なんでや…なんであんたが付いててこんな事になったんや!華雄!」

 

頭にカッと血が上り、華雄にうちは掴みかかる。

その勢いのまま、壁に叩き付けた。

 

「………………すまん、私の所為だ……。」

 

解かっとる、華雄が悪いわけやないことぐらい。

せやけど、自制が利かん。止められへん。

拳を振りかぶって華雄を…。

 

「…喧嘩はだめ。静護、悲しむから…。」

 

恋が間に入って止めてくれた。

 

「…すまん。熱うなり過ぎとった。堪忍や。」

「いや、構わん。もっと私がしっかりしていれば、ここまで悪い結果にはならなかったかも知れない。」

 

そのまま華雄は壁に背を預けて顔を伏せてしまった。

恋は、廊下の隅で膝を抱えている。

うちも、華雄から手を離して、立ち尽くすしかなかった。

 

「あんたたち、揃いも揃って何やってるのよ。」

 

声を聴いて顔を上げると月と詠、ねねがおった。

 

「話は聞こえていたけど、今回の件は誰の所為でもないわ。ただ運が悪かっただけよ。月にも言ったけど、もし流騎が起きた時、僕たちが沈んだ顔をしてたら絶対にあいつは自分を責めるわよ。だから全員あいつが起きるまでにその顔なんとかしなさい。」

「そうなのです。華雄も霞も、いつものーてんき過ぎますからのー。それに慣れた人間としては、今の深刻な顔は違和感だらけなのです。」

 

ははっ、言うてくれるやないかい。

せやな、こんなんうち等らしゅうなかったわ。

 

「華雄!ちっと付き合い!気分変えるために仕合すんで!」

「何?!いや、私は…。」

「つべこべ言わんととっとと来ぃ!」

「≪ぐいっ≫うおっ!ちょっと待て!ちょっ!うおぉぉおおお?!」

 

身体動かして滅入った気分を吹き飛ばしたら、酒でも持って流騎の見舞いに来たらええ。

今はなんも考えんと鍛錬や!

 

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Side 月

 

霞さんに華雄さんが引っ張られて行った後、恋さんとねねちゃんも後に付いて行った。

 

「…さっきはごめんね、月。痛かったでしょ?」

「ううん、ありがとう詠ちゃん。ああしてもらわなかったら、ずっと落ち込んでたかも知れないもん。」

 

いつも、私の事を気にかけてくれている親友に感謝の言葉を贈る。

少し痛む頬に触れながら、私は微笑んだ。

 

 

流騎さんが倒れて私は言葉も発せない程に落ち込んでいた。

私を助けるために身を挺して相手に掴みかかり、結果命を奪い、心に大きな傷を負った。

私がぼうっとしていたから。

私が弱かったから。

 

自分が嫌になる。

洛陽の人達の、皇帝陛下の力になろうと何進将軍に誘われるままに洛陽に来て、権力争いの為に利用され、それでもこの街を少しでも良くしようと頑張ってはいるけれど、詠ちゃん達の様に知識や力が有るわけでもなく、足を引っ張っている。

挙句に天の世界から来て、何も知らない、護ってあげないといけない人に護られ、その相手が傷ついているのに何も出来ない。

情けない。

情けなさ過ぎて涙が止まらない。

 

すると、扉を開けて詠ちゃんが入ってきた。

 

「………詠ちゃん。」

「月、霞が遠征から帰ってきたわ。きっとすぐに流騎のところへ向かうでしょうから僕たちも行きましょう。」

「…駄目、私は行けない。だって私の所為だから。流騎さんが傷ついて倒れて未だに気を失ったままなのは私の所為。どんな顔をすればいいのか判らない。…怖いよ、詠ちゃん。皆に落胆されるのも、流騎さんに嫌われるのも。」

「…月、そんなこと…。」

「嘘!全部私の所為だよ!きっとみんな私を責める!あの時襲われたのが流騎さんだったら!詠ちゃんだったら!華雄さんだったら!きっとこんなことにならなかった!私が全部悪いんだ!全部!全部!!全部!!!ぜん…≪パンッ!≫……え?」

 

私が捲くし立てていると、頬に突然痛みが奔った。

見ると詠ちゃんの手が振り切られていて、自分が叩かれたことに気づいた。

 

「…ごめん月。でも落ち着いて、全部が全部月の所為じゃない。誰の所為かなんて言えば、月を襲おうとした男の所為でもあるし、狙われた月の所為でもある、流騎から勝手に離れた華雄の所為でもあるし、近くにいて何の反応も出来なかった僕の所為でもある。そして、男の前に飛び出した流騎自信の所為でもあるの。でも、今誰の所為でこんなことになったのかなんてどうでもいいしそんなことを追求しても無駄なことよ。必要なのはあいつが目覚めた後、少しでもあいつの心の傷を癒してあげることで、いつまでも涙を流して殻に閉じこもることじゃない。そんな顔を見たらあいつはきっと自分を責めるわ。だからね月、流騎が起きた時に笑顔でありがとうって言ってあげて。ただ命を奪っただけじゃないことを教えてあげて!」

 

そう言った詠ちゃんは泣きそうな顔をしていた。

そうか、詠ちゃんも自分を責めているんだ。

きっとそれは一緒にあの場に居た華雄さんも同じで。

そんな事にも気付かないなんて、私は馬鹿だ。

 

「ごめんね詠ちゃん、いつも迷惑かけて。詠ちゃんだって泣きたいのを我慢してるのに、私だけ弱音を吐いちゃって。もう大丈夫だよ。大切なお友達が大変なときに、落ち込んでいるだけじゃお友達失格だもん。泣いて後悔するよりも、笑って感謝しないと駄目だよね!」

 

いつも、周りには助けてくれる人達がいた。

悩んでいたら相談に乗ってくれる。

辛いときは慰めてくれる。

寂しいときは傍に居てくれる。

そんな人達に甘えてだんだん弱くなっていたのかもしれない。

きっと依存していたんだと思う。

それじゃ駄目。

だって今の私には護りたい人たちが居るから。

洛陽の民や兵隊さん達、詠ちゃん達、そして、この世界に一番繋がりというものが希薄できっととても心細い思いをしている流騎さん。

皆を護るために、私ももっと強くなりたい。

 

涙を拭い、私は立ち上がる。

 

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Side 静護

 

暗い、真っ暗だ。

何にも見えない。

足元も、自分の手すら。

自分が立っているのか倒れているのかさえ判らない。

 

俺は、取り返しのつかないことをした。

人を、殺した。

この手で、人を…。

 

仕方が無かった。

正当防衛だ。

仲頴を護る為に。

 

…ただの言い訳だ。

事実は変わらない。

 

きっとこれは夢。

きっといつか覚める。

そして、現実でこの罪を背負わなきゃならない。

 

確かにこれは正当防衛なんだと思う。

何よりこんな時代だし、不問にされるかもしれない。

 

でも、この手に残ってる肉を切り裂く感触。

血液の温かさ。

黒く光を失った、あの男の、眼。

 

起きたくない、覚めたくない、戻りたくない。

 

このまま、闇の中に解けて、消えてしまえば、こんな気持ちの悪さは味わわなくても済むのだろうか。

 

 

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ふと、

向こうでぼんやり何かが光ってる。

 

その光と同時に自分が立っていたことに気づいた。

歩く、少しずつ近づく光。

でも何故か安堵感は無い。むしろ、不安ばかりが募る。

 

光の前まで辿り着く。

 

人がいた。

喉に刃を突き立て、多量の血を流している男が。

俺が殺した男が。

 

男の目がカッと開き俺を見る。

ずるり、ずるりと身体を引きずりながらこっちへ向かってくる。

 

『…す。こ…す。ころす、殺す、殺ス、コロス。』

 

このままこいつに捕まり、殺されてしまえば、俺は終われるんだろうか。

この取り返しのつかない罪から、逃げることが出来るんだろうか。

 

殺してくれ、お前の気の済むように。

 

だらりと両腕の力を抜き、眼を閉じる。

 

ずるり、ずるり、ずるり、ずるっ………。

 

音が止まる。

いよいよか。

 

どごんっ!!!

 

星が舞った。

 

『たわけが。最初から逃げることを考えてどうする。教えたじゃろうが、気迫で負ければ鼠にすら勝てんと!』

 

………え?

師匠?なんで?まさか、この気迫、本物?

 

『何を呆けておるんじゃ、とっとと剣を取らんか!』

 

剣?

眼を開けると目の前に、刀が刺さっていた。

 

…いいんだ。俺は本当に取り返しのつかないことをしたんだ。

せめてもの罪滅ぼしに、殺されてやるくらいしか…。

 

どごっ!!!

 

二度目の衝撃。

 

『ほんっとうに阿呆じゃな貴様は。そんな事で犯した罪が消えると本気で思っておるのか?』

 

でも、それでも俺は…。

 

『同じじゃな。』

 

えっ?

 

『自分の殻に閉じこもっておったあの頃と同じ眼をしとるわ。情けない。全てを諦め、停滞し、何の意思も宿っておらん。…強くなると言ったのは嘘じゃったのか?』

 

悲しげに。本当に悲しげに師匠はポツリとつぶやいた。

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うそじゃ、ない。

 

『………。』

 

それは、それだけは嘘じゃない!師匠の前で強くなると誓った!

この世界に来て、護りたい人達が出来た!

だから、俺は大好きな人達を護れる強さが欲しいんだ!

それは、人を殺す強さじゃない!

 

『じゃが、その世界では人を殺す業を背負わず誰かを護るのは至難の業じゃぞ?お前が護りたいと願う者達が街や国を治める立場なら尚更にな。』

 

!?なんで知って…?

 

『何故かはわからんがお前の置かれた状況は理解しておるんじゃ。その乱れた世の中で、誰かを護るためには綺麗事だけでは済まされん。一度戦などが起これば、そこには必ず人の死が付きまとう。お前が躊躇うという事は、それだけ敵の刃を近づけるということじゃ。つまり、他ならぬお前自身が大事な者を殺すことになる。それでもいいのか?』

 

いいわけ、無いだろう。

 

『ならば覚悟を決めろ。人を殺す事に対して、慣れろとも恐怖するなとも言わん。その事に何も感じなくなってしまえば、人として失格じゃ。そして、一度背負った罪を償い、無くすことなど出来ん。だからこそ、それを背負いきるだけの覚悟と強さを身に付けろ。』

 

覚悟と、強さ。

自分が生き残るために、時に相手の命を奪う覚悟を?

 

『そして、自分の命を賭ける覚悟をじゃ。相手の命を奪うのに自分の命を賭けぬのは卑怯者のする事じゃ。それが出来て初めて強さを手に入れることが出来る。必要なんじゃろう?強さが。ほれ、お前が想うとるあの娘達を護るために。』

 

…ああ、そうだ。

俺は護りたい。

俺の恩人たちを。

大好きな友達を。

この世界で笑いかけてくれた人達を。

大して知ってるわけじゃないけど、歴史では、確かこの後戦乱の世が起こる。

そんな世の中で、誰かを護るって事はきっとそういうことなんだろう。

分かったよ師匠。俺、覚悟を決める。

命を奪った相手、これから奪うであろう相手にはどれだけ謝ってもきっと許してはもらえない。

だからせめて、殺した人達がこんな奴にやられたのかって落胆しないように、もっともっと強くなる!

そして、彼らの恨みも無念も背負う覚悟を決めるよ!

忘れる事も、誤魔化す事も出来ないだろうし、したくないから。

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俺は目の前に刺さっている剣を抜き、男と対峙する。

掴みかかろうとする男を俺は、逃げずに、目を逸らさずに、真正面から、叩き斬る!!

 

『ふむ、まあ及第点じゃろう。技量は未熟、体力もまだまだ、じゃが気迫は上々。合格じゃ、静護、お前を北郷流後継者として認め、その証としてこの刀をお前に譲り渡す。銘を“夜桜”。戦国の世より数多の戦いを潜り抜けてきた名刀じゃ。心して受け取れ。』

 

そんなすごい剣、俺が継いでもいいのか?

 

『構わん。わしはもう使うことも無いじゃろうし、これは後継者の証でもあるんじゃ、お前が持たんでどうする。』

 

…わかった、いや、わかりました。

謹んで頂戴いたします。

己が魂に覚悟を刻み、慢心せずに高みを目指し、折れず曲がらず諦めず、真っ直ぐに歩み続けることをこの刀と魂に誓います。

 

『…よかろう、お前の覚悟、しかと受け取った。では、そろそろ起きてやれ。あまり心配をかけてやるな。』

えっ?

それって、どういう…。

 

『静護、はやく起きる。…一緒にご飯食べたい。』

 

恋…。

 

『全く、恋殿をこんなに心配させるなんて起きたらちんきゅーきっくなのです。…友達を悲しませるのは感心しないのですぞ。』

 

陳宮…。

 

『すまん、私が未熟なばかりに。必ず武も心も強くなって、今度こそお前を護ってやる。』

 

雄姉…。

 

『はよ起き。今度とびっきりうまい酒飲ましたるから、せやから、負けんな。』

 

遼姉…。

 

『いつまで寝てんのよ、あんたの所為で皆落ち込んじゃって大変だったんだからね。全員落ち込むものだから僕が落ち込む暇、無かったんだから。…待ってるんだから早く起きなさいよ。』

 

文和…。

 

『流騎さん、私、強くなりたいです。流騎さんにも、詠ちゃんにも心配かけなくても良い位に。今はあなたに笑ってありがとうを言うくらいの強さしか持てませんけど、いつか、きっと。』

 

仲頴…。

 

皆の声が聞こえた。

やばいな、こんだけ心配かけちゃあ、あとですげえ怒られそうだ。

そろそろ行くよ、じいちゃん。

えっとさ、もしかしたら…。

 

『解っておるよ。こちらの事は心配せんで良い。お前はお前の道を行け、この道の果てで、酒でも飲みながら楽しみに待っておるわ。』

 

…ありがとう、じいちゃん。この恩は一生忘れません。

 

『恩を感じたというなら…。』

 

次の者に渡してやれ、だろ。うん、頑張るよ。

じゃあ、またいつか。

 

俺は、深く頭を下げ、走り出した。

最後に見たじいちゃんの顔は、笑顔だった。

 

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「おはよう、皆。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『………、行きおったか。ふむ、出来の悪い弟子じゃが、そういう者の方が可愛いと言うのは本当じゃな。…一刀が生きておれば、互いに高めあえる良き友になっておったのじゃろうか。まあ良い、そろそろ戻るとするか、あやつの未来を肴に酒でも飲むかのう。』

 

老人は目の前に現れた光の中に笑顔のまま消えていった。

 

 

 

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あとがき

 

とりあえず裏設定をば。

 

北郷刀真。流騎君の師匠ですが、苗字からも分かるように一刀君のおじい様です。

年齢的に第二次世界大戦の経験者ですので、人の命を奪うということも経験しています。

 

まず、流騎君と一刀君、二人はそれぞれ別の外史から恋姫世界に召喚されました。

一刀君は原作通り、流騎君は数ある外史の中の一刀君が死んだ世界から来ています。

 

そもそも御使いとして恋姫世界に来るのは基本一刀君だけです(このお話の設定では)。

ならば何故流騎君が恋姫世界に降りたのか。

それは流騎君の外史における一刀君の死因に関係があります。

 

ある日一刀君は、両親と共に出かけていました。

その帰り、交通事故に遭うのですが、この時、巻き込まれていた車の中に流騎君家族も居たわけです。

それで、最初の北郷一刀から全ての外史の北郷一刀に御使いの因子のような物が受け継がれていました。

この事故のときに、流騎君が一刀君の遠い親戚(つまりは血縁者)だったことも手伝って、その因子の一部が流騎君に渡ったため、彼は恋姫世界に降りることになったのです。

 

このとき息子夫婦を失った刀真さんはとても落ち込みしばらくは流騎君と同じような引きこもり状態になりましたが、持ち前の胆力で立ち直り、その直後に流騎君の事を知ります。

そして、その姿を自分と重ね、後見人として彼の祖父兼師匠となるのでした。

 

と、こんな感じですか。

ではでは、また次話で。

説明
へたれ素人の駄文、第六話です。
ああ眠い。マジでそろそろ寝よう。
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