共に散る、その日まで |
「どうせ死ぬのなら、空の上で死ねればいいな」
なぜ、美緒が突然そんなことを言ったのか私にはよくわからない。
ここ数日間ネウロイが現れる様子はなくて、今回は予想通りだったわねなんてことを話していたのだ。もうすぐで沈むであろう日の光を浴びる執務室、二人で少し冷めかけた扶桑のお茶を飲みながら、ただそんなことを話していただけのはずなのに。
私は湯飲みを持っていた手を一旦離すと、軽く美緒を睨みつけるようにして言った。
「死ぬなんてこと言うの、やめてよ」
「でもいつかは訪れる、それは避けられない事実だろう?」
特に私たちのような軍人は。
付け足した美緒の言葉に、私はなんとも言えない気分になる。そう、私たちは軍人なのだ。今ここで、何事もない、ただの日常に身を置いていたとしても。
ここは戦場で。いつ、誰が、どんなふうに命を落とすのか、わかるはずもない。どれだけこの二人きりの空間が静かだったとしても、見せ掛けの平和がここにあるだけだ。
この平和が死という言葉を遠ざけているだけで、本当はきっと、空よりも近い場所にその言葉はあるのだ。
そしてその死は、誰かの身体を引き裂くような痛みとなって襲いかかるだろう。
その痛みは、たとえどれだけ時が経ったとしても癒えることはない。薄れていくことはあっても、時々そのことをふと頭に過らせては胸の奥が疼いてしまう。
今、失いたくない人を目の前にしていればよけいにその気持ちは膨らんでいく。不安が、恐怖が、悲しみが、溢れて止まらなくなるのだ。
「それでも、だめ。いつかそうなるとしても美緒、私を先に死なせて」
私は、きっと、本当に真剣な顔でそう言ったのだと思う。
美緒は一口、お茶を口に含んで喉を潤すと、小さく笑ったのだ。私よりも年上のはずのその人は、時々あまりにもあどけなく笑う。
「ミーナよりも長生きしろと?」
「えぇ、そうよ」と頷く。
すると美緒は、幼い笑顔をふと隠し、「それは困ったな」と、きっとさっきの私と同じような、真面目な顔をして言った。
「ミーナがいなくなれば501の指揮はどうなるんだ」
「別にすぐ先の話ではないのだけど……」
「それに私自身、ミーナを追いかけて死ぬかもしれん」
美緒らしかぬ言葉に、私は「まさか」と笑ってしまった。
笑ってくれるな、というように美緒は顔をしかめるけれど。
「本当さ」
「美緒が後追い自殺だなんて、考えられないわね。めいっぱい悔しがりはするだろうけれど」
「そんなバカな真似はしないだろうがもっとバカで無様な死に方をしそうだ」
「まあ」と思わず口にする。
それはきっと、その場面を想像しかけた私自身の思考をシャットダウンするための行動でもあったのかもしれない。
美緒のいう無様な死に方というのはどういうものなのか、よくはわからない。わからないけれど、想像するだけで苦しいのだから、たとえその場に自身はもういなかったとしても、きっと苦しいのには変わりない。
「だから先に死なせてくれと言われても叶えてやることはできんな」
ひどいのね。ひどいのはどっちだ。あなたじゃない。いいや、ミーナだ。
そんなやり取りを数回繰り返した後、私たちは同時にお茶を飲み、そして同時に笑い出した。
「……こんなことを言っていたら私たち、きっと死ぬに死ねないわね」
「ふむ、それもいいかもしれんな」
それもいいかもしれんな。
美緒はそう言った。それもいい。死ななくても、死なずに、この世界にひたすらに居残っても。
それが無理だとわかっていながら――違う、きっとわかっているからこそ、だ。わかっているからこそ、私は、言えたのだ。そんなロマンチックな、非現実的で、誰が聞いたって苦い笑いを漏らしたくなるような。
「ずっと、長い間生きたまま。戦争が終わっても、世界が変わってしまっても」
きっと、美緒だってそうだと思った。けれど美緒は、「いつまでだって、か」
私の言葉を引き継ぐみたいに、そう言ったのだ。それから、ふっと優しく笑う。あどけない笑みとはまた違った、本当に、優しい笑顔、だ。
「まるで本当の魔女だな」
それが、少し嬉しくて、ちょっとだけ悲しい。
同じ物語を共有できることと、そしてそれはけれど絶対にありえないとわかっているからこその私たちの戯れだということも、やっぱりちゃんと、頭のどこかで理解してはいるから。
「私たちは魔女(ウィッチ)じゃない。ウィッチに不可能はないんでしょ?」
「はっはっはっ!そうだな、私たちに不可能はない。しかしそのうちしわくちゃのばあさんになってしまうだろうな」
いつものように豪快に笑う美緒を見て、私も小さく笑いをこぼした。
もしかして美緒は、しわくちゃのおばあさんになったってこんなふうに笑うつもりなのだろうか。ふとそんなことを考えて、少しおかしくなったのもある。
ああ、けれど美緒なら。
美緒なら、いつまで経ってもこんなふうに、笑っていてくれるのだろう。根拠はないのに、私はその時たしかに、そう思った。
「そのくらい、あなたといたいってことよ、美緒」
そう言って笑んでみせると、「それはプロポーズというやつか?」
あまりにも突然で真直ぐすぎる言葉が返ってきて、私は抵抗する間もなく真っ赤になってしまった。
この扶桑の魔女のことだから、きっと天然でそう言っているに決まっているのだけど。
「……私はされたい側よ」
赤くなった顔を見られたくなくて、両手で熱を覆い隠して俯いた。
そして言った言葉がそれだったから、自分があまりに動揺していることを自覚してさらに恥ずかしくなる。
ああもう、私ったら美緒になにを言ってるのかしら。
一生を誓うことなんて、きっと今の私たちには無理だ。先のことさえうまく見えない私たちには、きっと。
けれどそれだからこそ、そんな未来を夢想して、思い描き、掴み取ろうと、私たちは、戦う。戦っている。そして生きているのだ。
「最近、死ねない理由がたくさん増えてきて困るな」
そんな私に気付いているのか気付いていないのか、美緒は声の調子を変えずにそう言った。
「あら、いいことでしょう」
べつになにかを期待していたわけではないはずなのに、少しだけ不機嫌な声になってしまうのは女の性とでもいうものだろうか。これだから扶桑の魔女は、なんて。
しかし私だって、この501を束ねる隊長だけでなく、年頃の女なのだから。これくらいは許して欲しい。
「私としては、すっぱりと逝きたいのだが……」
ああけれど案の定、美緒の声は戸惑ったような調子に変わった。
本当に、これだから。
ぽつりとそう漏らしかけたとき。
「そうだな、ミーナ」
なにかを思いついたような、悪戯心を含んだみたいな美緒の声に。
私はそっと、顔を上げた。熱かった頬は、幾分かましになっていたから、私の視線と美緒の視線は、はっきり絡み合い、そして絡み合ったらそれまで、
離せなくなってしまった。前に教えてもらった、扶桑の言葉で言う蛇に睨まれた蛙さながらドーベルマンに睨まれた狼だ。
「死ぬときは、共に死んでくれるか。この戦いの終わりも、宮藤や501皆の成長と幸せも見届けたあと、平和な空の上で共に」
しかし投げ掛けられたのは攻撃や毒でもなんでもなくて、ただ、そんな言葉。
平和な空の上で、共に。
ずん、と。心に重み。
いつ訪れるかもわからない、そんな世界を。私たちは果たして、見ることなんてできるのだろうか。
たとえできたとして、この部隊全員の幸せなんて。
けれど。
それが美緒の願うことであって、なにより私自身が、願っていること。
この戦いの最後まで、私たちはきっと戦い抜くのだ。みんなで、戦い抜くのだ。そんな美緒の声が聞こえてきそうだった。
「ふふっ、まるで本当のプロポーズみたいね」
まっすぐな、美緒の視線を受け止める。
すると、美緒の表情がふっと変わった。
「そのつもりだが」
きっと、今まで見せたことのないほどの不敵な笑み。
一生を誓うことなんて、今の私たちには無理だ。先のことさえうまく見えない私たちには。
けれどそれでも。
これはきっと、美緒の、美緒自身への誓いと。そして、私の、私自身への誓いなのだ。
見えない未来を、確かにこの手で掴みとるための、私たちの誓いだ。
「返事は、隊長殿?」
不敵な笑みが、私を誘う。
冷めたはずの熱がまた、私の頭をくらくらとさせるけれど。ただ抜けるような青空を飛び回る私たちの姿が、ふっと浮かんだ。
だから私は、その視線を逸らさずに「ええ、坂本少佐」そう言って、毅然と、笑う。
もしもそんな空を、私たちが飛んでいられるのだとしたら。
――喜んであなたと共に散りましょう、美緒。
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ピクシブより。もっミーナです。 | ||
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