ベルリンガーのいる街 第3話
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「はーい、皆さん聞いてくださーい」

 

 ユーリは担任の声に顔を上げた。生徒を引率していた担任が前で手を振って注目を集めようとしていた。夏の日射しが石畳を焼き少し熱いが、周りの友達はそんなこと何でもないかのように元気に返事をしている。

 

「はい!じゃあ、『自分たちの街見学』の授業をはじめまーす。その前に少しだけこれまで社会科でやったことをおさらいしてみましょう」

 

 そういいながら担任の先生が大きな地図を二枚取り出した。石畳の上に広げて置くとその周りをみんなで囲む。学校に置いてある『世界全図』と『コンドルール中心街図』だ。

 

「じゃあ最初の質問です。今私たちはどこにいるでしょうか?」

 

「はい!中央広場です!」

 

 女の子が手を挙げてから、中心街の地図の中にぽっかり空いた半円形の広場を指差した。海に面した広場から大きな通りが何本か伸びている。

 

「正解です。ではこの広場が何に使われているかわかる人」

 

「はい!船荷の荷揚げや、朝市に使われています!」

 

 今度は男の子が勢い良く手を上げた。

 

「正解です。今も商業船が荷揚げをしていますね。商業がさかんなコンドルール共和国では時々桟橋の数が足りなくなるので広場の横にも船をつけらてるようになったのは最近みんなで勉強しましたね。ここはもし兵隊さんが海から攻めてきた時はここに大きな大砲が並べられるようになってるんですよ」

 

「そんなこと知ってるよ。石畳に埋まってるレールのことでしょ?」

 

 ユーリのすぐ隣に立つ男の子が口を尖らせながらいった。

 

「そうです、よく出来ましたフラビオ君。それを使って大砲を移動するんですね。では、こっちの世界地図でコンドルールがどこにあるのかわかる人?」

 

「はい!ここです!」

 

 女の子が世界地図の中にあるそら豆型の大陸を指差した。そら豆の頭の部分には『コンドルール』と小さく書かれている。

 

「そうですね、グランディア大陸の南の端にあるのがこのコンドルールです。ここから更に南にあるテオリア大陸に最も近い大きな港がこのコンドルール港です。海を渡ってメルリアなどにいく船はここに必ず寄って水や燃料を船に乗せてから長い航海に備えるのです」

 

 そら豆の下にある平べったいミルク皿の様な形をした大陸を指差しながら担任の先生が話す。元々コンドルールは船をとめるのにちょうどいい地形だったなど先生の説明が続くのをユーリはぼんやりと聞いていた。

 

 正直な所、ユーリにとっては当たり前すぎてつまらない話だった。教科書にはそんなこと最初の方に書いてあるし、授業でも頭のほうにやる話だ。今更この暑い中でやる話じゃないと思う。初夏だというのに今日は妙に日射しが強い、じりじりと肌を焼く太陽にユーリは少々うんざりしていた。この話は教室でやってから出てくればいいのに。

 

 退屈しのぎに周りになにか面白いものがないか見回してみる。色とりどりの外壁の商館や宿。石畳に品物を並べて売り文句を高らかに歌う商人。バイクを押しながら露店を見て回る旅人。電報でも打つのだろうか、この広場の一角に大きく構える時計塔に出入りをする人もいる。コンドルールの外から来た人はこのご時世ここまで明るく賑わう街は見たことないという賑わいも、この国に住むユーリにとってはいつも通りの賑わいだ。

 

 そんな中、時計塔から自分の兄が出てくるのを見て少し驚いた。驚きつつも小さく手を振ると兄であるテオフィールも控えめに右手を上げた。テオフィールは左手に持った小さなトランクを握り直すと海沿いの小道に入っていく。それを見送ってから、ユーリは少し頭をひねる。どうして兄は飛行隊服を着ていたんだろう?これから飛行機にでものるのだろうか。

 

 ぼんやりと考えていると先生が地図を畳みだした。どうやら移動するらしい。移動先に日陰があったらいいな、そんなことを考えながらユーリは前の友達の後ろについて一歩踏み出した。

 

 

 

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「さすがに遅れずに来たわね」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らしたフェアリにテオフィールは乾いた笑みを浮かべた。さすがに業務に遅刻する程不真面目ではない。初めての警戒フライトで遅刻なんてしたら、上司にも同乗者にも殺される。

 

 いつもの濃紺の略式制服ではなく臙脂色の飛行隊服に袖を通したテオフィールをフェアリはざっと見回して、頷いた。

 

「思ってたより似合うじゃない」

 

「救命胴衣なんて初めて着けたからちょっと動きにくいけど」

 

 慣れよ慣れ、とフェアリは笑いテオフィールに背を向けて歩き出した。ついて来い、ということらしい。

 

「フライトの承諾はもう取ったでしょうね?」

 

「もちろん。プランはもう《時計塔》のスケジュールに組み込まれてるよ」

 

 そう、と頷いてフェアリは((格納庫|ハンガー))の扉を開けた。対爆シェルターの中なので窓はなく、最新式の明るい白熱灯がシェルターの中央に鎮座する濃緑の機体を照らしている。

 

 その翼の影からひょっこりとグレーの鍔付き帽が飛び出した。その整備士がこちらを見て敬礼したので、テオフィールも慌てて答礼する。フェアリは慣れたものだ。答礼をしてから左手に持った木製のトランクから書類を取り出して、駆け寄ってくる整備士に笑いかけた。

 

「フェ?アリ少尉!機体はばっちりでありますよ!」

 

「担当はあなただったのね、ブリサ。安心だわ」

 

 そういってもらえると嬉しいのです!とブリサと呼ばれた小柄な整備士は笑う。テオフィールは整備士の階級章に赤いラインが入っているのを見て驚いた。おそらく自分より年下のこの子が整備隊の小隊長か。

 

「初めましてでありますね。私は航空局航空整備第一隊所属、ブリシアント・エストラン技術空兵長であります!ブリサと呼んでください。お噂はかねがね聞いておりますよ、シュトックハウゼン伍長?」

 

 改めて敬礼をしてきた整備士、ブリサを見つめるテオフィール。きれいなブラウンのショートの髪を揺らし、彼の顔を覗き込んでくるブリサに顔を赤くしつつ、テオフィールは一歩下がる。

 

「聞いてるって……何を?」

 

「それはもう、毎回フェアリ少尉に会うたびにい・ろ・い・ろ・と」

 

「……フェアリ、何話したの?」

 

 聞きたいですか?といいながらすり寄ってきたブリサ。

 

「話さなくていいッ!」

 

「ごふぅ!?また攻撃対象がズレてる!?」

 

 殴られて赤く腫れた頬を持て余すテオフィールを見下ろすフェアリ。こちらも赤くなった頬を持て余している。なんか理不尽だと思うが口にした所で取り合ってはくれないだろうな、とテオフィールはため息をつくだけにとどめた。

 

「仲がいいことで羨ましいでありますね?シュトックハウゼン伍長」

 

「……フライトの前にぼろぼろになったら意味がない気がするけど……あと、テオフィールでいいよ。技術空兵長ってことは伍長相当官でしょ?」

 

「あ、ブリサは誰に対してもその話し方だから、無理に変えさせないようにね」

 

「そうなの?」

 

 はいなのです!といってブリサは笑った。

 

「ま、ブリサの腕は確かだし、信頼してるわ」

 

 そういいながらフェアリはさっさと格納庫に鎮座している濃緑の機体に向かう。

 

 リンクルリッジ17型水上偵察機????通称“ウミツバメ”。コンドルール空海軍の主力偵察機だ。水上機だが台車に乗せられ陸に上げられているとかなりの威圧感がある。

 

「思ったより大きいな」

 

「フロートの分全高が上がりますから仕方ないのでありますよ」

 

「見てないでプリフライトチェック手伝ってよ!」

 

「フェアリ、怒鳴らなくても聞こえるって」

 

 機首から時計回りに機体を確認していく。パイロットとナビゲーターに義務づけられた手順だ。テオフィールもフェアリと一緒に速度計のカバーは外してあるか、外見上の異常はないかなど、機体に異常がないかを確かめていく。

 

「まぁ、ブリサのチームだから問題はないと思うんだけどね」

 

「それでも、万が一ってこともあるのでありますから……」

 

 ブリサの言葉にそうね、といいながらフェアリはチェックリストに署名を書き込む。それを渡されたテオフィールも『同乗者』の欄にサインするとチェック終了だ。

 

「んじゃ、時間も近いしさっさと出発するわよ」

 

「了解」

 

 それぞれのシートに伸びた梯子に手をかける。フェアリはちょうど翼の上にある操縦席にするすると滑り込んだ。テオフィールはその後ろにある副操縦者席の座り心地なんて全く考慮してないと思われる固いシートに身を沈めると、四点式の保持ベルトを締めていく。その横で今登ってきた梯子からブリサが顔を出した。

 

「テオフィール伍長、ベルトは大丈夫でありますか?」

 

「大丈夫。自分でもきついぐらいに締めた」

 

 そういって笑いかけるが、ブリサはテオフィールに顔を近づけ小声で耳打ちした。

 

「フェアリ少尉の操縦は豪快なことで整備隊でも有名であります。お気をつけて」

 

「……覚悟はしてたが、やっぱりそうか」

 

『テオ、聞こえる?』

 

「は、はいっ!感度良好、問題無し!」

 

 航空無線用のヘッドセットから聞こえた声に肩を跳ねさせながら返事をする。それを見てくすくすと笑いながらブリサが梯子を滑り降りた。直後、黄色い搭乗梯子が取り外され、格納庫の隅に梯子を置いたブリサが親指を立てた。それと同時に対爆シェルターの重い正面扉がゆっくりと開けられていく。日光がテオフィールの目を射て、少し顔を背ける。初夏の水面に乱反射した光にプロペラが輝いた。ブリサが大きなハンドルを持って機体に駆け寄り、エンジンの真横に取り付けると勢いをつけて回しだす。

 

「出力、アイドルを確認!エンジンかけるよ!」

 

「危険域に人影なし!どうぞ!」

 

 ブリサはハンドルを抱え一気にウミツバメから飛び退いた。直後プロペラが一気に回転したあと低速回転に落ち着いた。

 

「操作系も問題無し。ブリサ、出るわ!」

 

「了解であります!」

 

 フェアリの声とほぼ同時に機体がゆっくりと前に進む。台車がウミツバメを水辺へと運んで行く。台車の乗ったレールの精度が悪いのか何気に振動が大きい。

 

「テオ、クリアランスお願い」

 

「了解」

 

 機長の声に答えると、周波数を合わせて回線を開く。

 

「シーガルフライト、チェックイン。クロックタワー、こちらシーガルフライト。警戒飛行のため水上滑走、及び飛行の許可を願います」

 

《シーガルフライト、こちらクロックタワー。飛行を承認、シーランウェイ03の使用を許可する。スタンバイポイント021にて待機せよ》

 

「シーガルフライト、了解……フェアリ」

 

「了解、スタンバイ021ね」

 

 通信が終わると同時、台車越しに伝わってきていた振動が納まり、大きなスパンの上下運動に変わった。どうやら水上に浮いたらしい。ゆっくりと水面を滑るように進む機体に満足いたようにフェアリは「さすがブリサのチーム、デイリーフライトでここまで短時間で出発できるなんて」と上機嫌だ。格納庫からゆっくりと方向を変え、一度陸の方へと機首を向ける。今は丘風か、そんなことを考えながらテオフィールは改めて自分の持ち物を確認していく。飛行のルートマップに、民間の飛行機の飛行ルートや出発・到着予定時間の書いたリストと今日入港予定の主な商船のリスト。通信用のガンライトや発煙筒、サバイバルキットに拳銃。よし、全部ある。

 

「そういえば、テオはウミツバメに乗るのは初めてよね?」

 

 前席から顔だけこちらに向けてミュリアが声をかけてきた。エンジンを本格的に吹かしてないから、ヘッドホンを使わなくても話が出来る。

 

「軍用機に乗るの自体初めてだよ。想像してたよりシートが広いのに驚いてる」

 

「まあ、偵察機だからそこまでハードに空戦やること考えてないからね。クマンバチは比べ物にならないぐらい狭いわよ」

 

 クマンバチ????テオフィールは自国の戦闘攻撃機を思い浮かべつつ頷いた。空気抵抗を限界まで減らしたクマンバチには確かに無駄なスペースなんてなさそうだ。そうこういってるうちにフェアリは機体を海の方に向ける。

 

「さて、スタンバイ021到着。テオ、クリアランス」

 

「クロックタワー、こちらシーガルフライト。スタンバイポイント021に到着。離水許可を願います」

 

 通信機のトークスイッチを押しながらテオフィールが口を開く。間髪入れずに時計塔から離水してよし、と許可が下りる。直後ウミツバメのエンジン音が大きくなるのと同時、テオフィールの体をシートに叩き付けるように機体が急加速した。

 

「行くわよー!」

 

「それは加速する前に言ってくれ!」

 

 テオフィールはそう叫んだがエンジンの爆音にかき消され、誰にも聞こえることはなかった。

説明
第3話 警戒飛行(前編)やっと飛行機の登場です。前話はレスポンスからどうぞ。
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