インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#41 |
[side:箒]
「それでは状況を説明する。」
旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷間・風花の間では私たち専用機持ち全員と教師陣が集められた。
証明を落した薄暗い室内に、ぼうっと大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。
「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『((銀の福音|シルバリオ・ゴスペル))』が制御下を離れて暴走。監視空域から離脱したとの連絡があった。」
思わず私は呆けそうになった。
何故一介の学生に過ぎない私たちに連絡が来るのか。
連絡するのなら、軍や自衛隊、学園の先生たちへする筈だ。
軽い混乱に見舞われて、他の面々の様子を窺うとみんな落ち着ききっている。
ああ、そうか。空の授業で言ってたな。
専用機持ちは代表候補生であろうとも『一機当千』の戦力であるISを持つ以上、数限りあるコアを使用したISを与えられる以上、有事の際は戦力として数えられる。
代表候補生となるとこの手の緊急事態の為の訓練もしているだろうし、ラウラのように本職が軍人である者もいる。
そう考えて、少し落ち着いてきた。
不安そうにこっちを見てくる一夏に、『覚悟を決めろ』と頷いてやれる程度には。
「その後、衛星と偵察機による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過する事が判った。通過予定時刻は五十分後。学園上層部からの通達により我々がこの事態に対処することとなった。」
淡々と続ける千冬さん。
その次の言葉はこの状況から予想は出来ていたがやはり驚いてしまうものだった。。
「教員は学園の訓練機を使用して周辺海域の封鎖を行う。本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう。なお千凪先生は専用機持ちとして数えているのでそのつもりで。」
それはつまり、暴走した軍用ISを私たちで止めろという事だ。
「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように。」
「はい。」
早速挙手したのは、セシリアだった。
「目標ISの詳細なスペックデータを要求します。」
「わかった。ただしこれらは二ヶ国間の最重要軍事機密だ。情報の漏洩があった場合、諸君らには査問委員会による裁判と最低でも二年の監視が付けられる。」
「了解しました。」
イマイチ状況について行ききれない一夏と私をよそに、セシリアを始めとした代表候補生の面々と空を含む教師陣は開示されたデータを元に相談を始める。
「広域殲滅を目的とした射撃型……わたくしのブルー・ティアーズとおなじく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね。」
「攻撃と機動、両方を特化した機体ね。しかもスペック上ではあたしの((甲龍|シェンロン))を上回ってるから、向こうの方が有利…」
「この『特殊武装』が曲者って感じはするね。丁度、リヴァイヴ用の防御特化パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ。」
「そもそもで相手は軍用。競技用のリミッターがかかって無いって処が痛いね…」
「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルも判らん。――偵察は行えないのですか?」
セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪は活発に議論を交わしてる。
「無理だな。日本領海に接近した時点で航空自衛隊の((早期警戒機|E-2))と((早期警戒管制機|E-3))が予想進路上に展開する予定だが相手は超音速飛行をしている。あっさりと振り切られるのオチだ。それに最高速度は((時速二四五〇キロ|マッハ2))超とある。アプローチ自体、一度が限度だろう。」
「チャンスは一度きり……ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね。」
山田先生の言葉に、全員が一夏の方を見る。
「え?」
「一夏、アンタの零落白夜で((撃墜|おと))すのよ。」
「それしかありませんわね。」
「問題は一夏をどうやってそこまで運ぶか、だね。白式のエネルギーは全部攻撃に回さないと厳しいだろうし。」
「目標に追い付ける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう。」
「あとは、超音速条件下での戦闘訓練もしっかりとやってないと厳しいかも。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! お、俺が行くのか?」
「当然。」
声が、見事に重なった。
「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。覚悟が無いなら無理強いはしない。」
「別に、僕の薙風でも『一撃必殺』はできるからね。」
数瞬の逡巡の後、一夏の表情が変わった。
「やります。やって見せます。」
「…よし、それでは具体的な作戦の内容に入る。現在、ここにいる専用機持ちの中で最高速度を出せる機体はどれだ。」
「それなら、わたくしのブルー・ティアーズが。ちょうど強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきていますし、超高感度ハイパーセンサーも付いています。」
ほぼ全てのISはこの『パッケージ』と呼ばれる換装装備を持っている。
純粋な武器だけではなくて追加装甲とか、増設スラスターなどの装備もこれに含まれ、種類は多岐に渡る。
特に専用機用の機能特化専用パッケージを『オートクチュール』と呼ぶらしい。
これによって機体特性や性能を大幅変更することが出来、様々な作戦遂行が可能になるという。
今の所、一年の専用機持ち全員が((標準装備|デフォルト))だ。
「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」
「二十時間です。」
「なら、適任か……?」
そこに空がすっ、と手を上げた。
「千凪先生、何か?」
「薙風と、舞梅も換装すれば超音速下での戦闘は可能です…最高速度こそ、((時速二〇八〇キロ|マッハ1.7))程度ですが………リミッターを外して、推進系と操縦者保護機能に限定すればなんとか((時速二三二五キロ|マッハ1.9))まで出せます。」
「千凪先生の訓練時間は?」
「薙風自体では十時間ほど、高機動パッケージの試験運用も含めるなら倍以上やってます。」
「換装にかかる時間は?」
「薙風は今すぐにでも。舞梅は十五分あれば。」
「………オルコット、高機動パッケージのインストールは?」
「まだですが、二十分ほどあれば。」
千冬さんが黙って考えること数秒。
「………よし、本作戦は千凪先生と織斑、オルコットの三名による目標の追跡および撃墜を目的とする。篠ノ之は念の為に随行し、戦闘領域付近の警戒に当たれ。作戦開始は三〇分後とする。各員、ただちに準備に入れ。」
ぱん、と手を叩く千冬さん。
それを皮切りに教師陣はバックアップに必要な機材の設営を始め、私たちは出撃の準備を始めた。
* * *
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出撃準備と((総司令部|HQ))設営にあわただしい部屋で千冬は空に声を掛けられた。
「織斑先生。」
「なんだ、千凪先生。」
「…念の為、全員に出撃用意をさせておいてください。最悪の場合、痛手を与えて足止めに切り替えます………生徒から殉職者を出さない為に。」
「………判った。準備させておく。」
「お願いします。」
そこで千冬は作戦準備に、空は超音速どころか高機動戦闘訓練すらロクにやっていない二人へのレクチャーに向かう。
作戦開始まで、残された時間は最初からそう多くは無い。
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補足説明
HQ = Head Quarters 司令部
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