インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#43 |
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「作戦は失敗だ。以降、状況に変化があればまた招集する。それまでは各自、現状待機しろ。」
福音の健在と、薙風の反応消失を告げられた箒とセシリアに向けられた千冬の言葉はそれだけであった。
行方不明となった空の捜索は一応行われていたが、あの水柱故に絶望視されていた。
千冬は一夏の手当てを指示し、すぐに作戦室に戻って行ってしまった。
セシリアはふらふらと、まるで死人のような顔色のまま運ばれて行く一夏についてゆく。
空は帰らず、一夏は重傷。
その現実は箒の心に無力感として圧し掛かる。
(何が専用機持ちだ。友の一人、想い人の一人護れない、ただの十五の小娘と変わらないではないか。)
そんな思いが箒の心の底に漂う。
舞梅と、福音の性能差。
箒と、福音の操縦者の技量の差。
それがどちらも覆し難いものである事は箒も理解している。
理性に従って、感情を制御した結果であり『出来得る最善であった』と言える。
だが、最善がその程度である事を箒は許せなかった。
無力な自分を、許せなかったのだ。
海岸で一人、拳を握りしめる箒。
その拳が白く色を喪うほどに強く、握りしめられたその拳は震えていた。
「箒ちゃん。」
そんな彼女を背後から優しく抱きしめ、拳に手を重ねる人物がいた。
「―――姉さん。」
束だった。
「どーしたの。こーんな怖い顔をしちゃって。」
束が箒の表情をまねて見せる。
「……一夏と、空が((撃墜|おと))されて、笑顔じゃ居られませんよ。」
「………そうだね。」
―――――――――沈黙。
まるで葬式か、通夜のような空気が辺りに漂う。
「箒ちゃんは、どうしたい?」
束の問い。
それは、箒が何をしたいのか、その為に何を欲するのかという問。
「私は………」
箒が今欲するのは、『力』だ。
友を、想い人を護り、助ける事の出来る力。
ただ、それは同時に他を害することのできる力である。
故に、躊躇う。
だが、
「大丈夫。箒ちゃんならば、きっと。」
束は知っている。
かつて、力に流された箒が『修正』を受けた事を。
そして、己を律する事が出来るだけの精神を手に入れている事を。
だから、『大丈夫だ』と言う。
そこに確証はなく、あるのはただの信頼。
箒は真っすぐに姉の、束の視線を受け止める。
いつもふざけているかのような態度をとる姉の、真面目な視線。
それに背中を押されて箒は決意した。
「私は………力が欲しい。守れるだけの、力が。」
律してみせる。信頼に応えてみせる。
それは、箒の決意表明でもあった。
それに対して、束は笑顔を浮かべる。
笑顔で、空間投射ディスプレイを箒の前に展開する。
「こ、これは………」
「そう、私が((改造し|つくっ))た箒ちゃんの為の、白と並び立つ――いっくんと肩を並べるための機体。」
箒の視線は、ディスプレイに釘付けになっている。
そこに映し出された、真紅の機体に、目を奪われた。
そのスペックは、舞梅では比べ物にならないくらいに、高い。
「舞梅二号機改、その((銘|な))を――――『((紅椿|あかつばき))』。」
「あか…つばき。」
衝撃を受けたような箒に対して、束は悪戯に成功した悪童のような笑顔を見せた。
「さ、箒ちゃん。お色直しの時間だよ。」
* * *
「………………」
旅館の一室。
臨時に救護所となったその場所にセシリアはいた。
時計が示す時間は午前四時。
布団に寝かされた一夏は既に三時間以上目覚めないままだった。
膝を抱え、一夏の側で項垂れるセシリア。
彼女は、自分を責めていた。
(わたくしのせいですわ………)
究極的な原因は暴走した福音であり、あの密漁船であり、侵入を許した教師たちであろう。
だが、その密漁船に気を取られて隙を作ったのはセシリア自身だ。
その為に撃墜されそうになり、庇った一夏が撃墜され昏々と眠り続けている。
ISの絶対防御、その致命領域対応によって、一夏は昏睡状態になっている。
全てのエネルギーを防御に回すことで操縦者の生命を守るこの状態は、同時にISの補助を深く受けた状態になる。
故に、ISのエネルギーが回復するまで、操縦者は昏睡状態が続くのだ。
そして、そんなセシリアを、負傷した一夏を帰還させるために、空は((M.I.A.|作戦中行方不明))になった。
叱責されていれば少しは違ったかもしれない。
だが、誰もセシリアを責めず、罵らず、見向きもしなかった。
それがいっそう自責の念を強くする。
更に『自分が原因で、人が死んだかもしれない』という事実。
それがセシリアの心を蝕んでいた。
認めたくない、けど認めざるを得ない。
だから―――目を逸らす。
自閉して、自責して、自傷して、己を罰する。
誰も、罰してくれないから。
………『罰を受ける』という事は、その代償に『許しを得る』という意味である。
罰を受けられない。それは許されないという事と同義である。
だが、いくら己を罰しても許しを得る事は出来ない。
許す事は、自分ではできないのだから。
漠然と、『もうISには乗れないかもしれない』と思い始めていた。
それによって、誰かを死なせてしまう事が怖いから。
「………こんなところに居た。」
不意に、セシリアに声がかかる。
反応を返さないセシリアの事など意に介さずに、昏々と眠り続ける一夏の傍らまで、セシリアの目の前までやってきたのは簪だった。
「………………」
無言。
俯いたままのセシリアをよそに簪は一夏の様子を観察する。
呼吸こそ落ち着いて峠は越えている。
だが、目を覚ます様子は無く至る処に巻かれた包帯がなんとも痛々しい。
「なんで、こんなところに居るの?」
「………………」
「なんで、何もしてないの?」
「………………」
セシリアは、答えない。――答えられない。
そんな様子を見て、簪は落胆したような表情を浮かべる。
「………そっか。オルコットさんは、二人の想いを無下にするんだね。」
そして、決定的な一言を呟く。
「―――臆病者。」
流石にその一言は、セシリアも我慢ならなかった。
思わず起き上って簪に掴みかかる。
胸倉をつかみ、襟首を絞める。
「…何? 図星をつかれたからって、みっともなくない?」
苦しそうにしながらも簪は言葉を続ける。
セシリアは、そんな簪に視線を合わせない、合わせられない。
「………る…い、」
「だって、そうでしょ。織斑くんが目を離した隙に死んでしまうのが怖いから、ここに居る。」
「う……さ……、」
「空くんが………死んだかもしれないという事実を見ようとしない。」
「う………さい、」
「だから、何度でも言ってあげる。セシリア・オルコット、あなたは『ただの臆病者だ』って。」
「うるさいっ!」
目を逸らし続けていた現実を突き付けられたセシリアは掴み上げている手とは逆の手を振り被り―――
パァン――――
振りおろした手を軽く受け止められ、逆に頬をはたかれた。
何が起こったのか判らずに呆然とするセシリア。
「あなたを助けたのは、空くんがそうすべきだと思ったから。だから、その事については何も言わない。だけど……」
セシリアの襟首を締めあげている手に簪の手が触れ、
「……空くんに何かあったら……帰ってこなかったら……私は、きっとあなたを赦さない。」
ぎりっ、
思わずセシリアの手から力が抜けるくらいきつく握りしめる。
その瞳の冷やかさにセシリアは思わず身を竦ませる。
「ッ!」
数秒して投げ捨てるようにセシリアの手を離し、簪は部屋を出てゆこうとする。
「あ―――」
「一つ、言っとくね。」
敷居に足がかかった処で一度立ち止まった簪は振りかえらずに言う。
「諦めてないから。私も、箒も。―――あなた以外は、みんな。きっと、織斑くんも。」
言い終えた簪はセシリアから興味を喪ったかのように振り返る事もなく立ち去ってゆく。
「わたくしは………」
今更になって痛み出した頬を押さえる。
思い切りはたかれた頬は微かに熱を持っていた。
* * *
夜の海岸。
外出禁止がかかっているにも関わらずそこには六つの影が動いていた。
一つ目は、箒。
中破した舞梅から、紅椿に乗り換えた彼女は慣熟の為にとにかく機体を動かし続けていた。
二つ目は、簪。
実戦仕様にし、昼間の戦闘を撮影する時にあずかりっぱなしだったセンサーユニットを含めての武装の調整と機体のチェックをしていた。
三つ目と四つ目と五つ目は、鈴とシャルロットとラウラ。
追加したパッケージの調整を終え、箒からもたらされた情報を元に福音をどうやって落とすかの方策を練っている。
六つ目は、束。
周辺を飛んでいる衛星をハッキングし、福音の居場所を探っている。
そして、箒が出撃に備えてエネルギーを補充し始め、
簪が入念なチェックを終え、
束が福音の居場所を発見した時―――
海岸に、七つ目の影が加わった。
「お待たせしました。…みっともない姿をお見せしましたね。」
そう言うセシリアの表情は、先ほどまでの暗さを微塵も残していなかった。
「大丈夫なのか?」
ラウラが言う。
言外に『やれるのか』と問うが、
「ええ。やられっぱなしは性に合いませんわ。」
好戦的な笑みを浮かべて応えるセシリア。
「…その目なら、大丈夫そうだな。」
その表情にラウラは満足げに頷く。
次いでセシリアは簪の前に向かうと、深々の頭を下げた。
「更識さん、先ほどは失礼しましたわ。」
「………簪。」
それに対して簪は素っ気なく返す。
が、ただそれだけでセシリアは破顔する。
「判りました。簪さん。」
「……決まりね。」
鈴が全員の中心に立って宣言する。
「作戦会議を始めるわ。今度こそ、確実に((撃墜|おと))すわよ。」
「ええ!」
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#43:その境界線の上に立ち | ||
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コメント | ||
お色直しの時間だよ。このセリフは何度読んでも心に深く印象付けられます。原作ではありえなかった姉妹間の触れ合いだけに、絶海における箒と束の関係性を象徴する場面だと思います。何気ないひと言に万感の想いが篭もった、私にとって特にお気に入りなシーンに他なりません。(組合長) | ||
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