インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#44 |
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「………………」
海上二百メートル。
そこで制止していた((銀の福音|シルバリオ・ゴスペル))はまるで胎児のような格好で蹲っていた。
膝を抱くように丸めた体を、護るかのように頭部から伸びた右翼が包む。
機体の各所は汚れ、傷つき―――左翼は、痛々しく焼け焦げ、半ばからひしゃげていた。
―――?
不意に、福音が頭を上げる。
次の瞬間、超音速で飛来した砲弾が頭部と直撃、大爆発を起こした。
「初弾、―命中。続けて第二射、行くぞ。」
福音から七キロ離れた地点でラウラは福音が反撃に移るよりも早く次弾を発射した。
通常装備とは異なり、八〇口径レールカノン《ブリッツ》を左右の肩に一門ずつ、合計二門。
さらに砲撃・狙撃対策として四枚の物理シールドが正面と左右を護っている。
それが砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を装備したシュヴァルツェア・レーゲンであった。
(敵機接近、距離は…五〇〇〇………四〇〇〇………三〇〇〇………二〇〇〇………)
砲撃を繰り返すが福音は右翼から放つエネルギー弾と無事なスラスターで砲弾を撃ち落としながらラウラに迫る。
砲戦仕様は、大口径砲の反動を相殺する為に重く作られている。
その為、機動力は((標準装備|デフォルト))に比べて格段に落ちている。
故に、機動戦になれば幾らスラスターを損傷している相手とはいえラウラの不利は否めない。
一〇〇〇メートルを切った辺りで急加速をしてくる福音。
砲撃するには近すぎる、そんな間合いに入り込まれたにも関わらずラウラは余裕の表情を浮かべ続ける。
七〇〇、六〇〇、五〇〇、四〇〇、三〇〇――福音が急加速をかけ、ラウラに手を伸ばす…その瞬間。
「今だッ!」
上空から垂直降下してきた機体に、福音の腕が弾かれる。
その機体の色は、青。
ステルスモードで待機していたセシリアのブルー・ティアーズが強襲用高機動パッケージの推力に物を言わせて突撃をかけたのだ。
最高速度を維持したまま反転し射撃。
『――敵機Bを認識。排除行動へと移る』
セシリアの射撃を回避しながら、福音が砲口を開こうとして、
「遅いよ。」
福音の背後から、別の機体が襲いかかった。
それは先ほど突撃してきたセシリアの背中に乗っていた、ステルスモードで身を隠していたシャルロットだった。
両手に構えたショットガンの至近距離射撃に福音は体勢を崩すも、それでも反撃を試みようと((銀の鐘|シルバー・ベル))の射撃を開始する。
「悪いけど、その程度じゃこの『ガーデン・カーテン』は墜とせないよ。」
二枚の実体シールドと二枚のエネルギーシールドがカーテンのように前面を遮る。
片翼がひしゃげ、攻撃力の減じた福音にそれを抜くだけの攻撃力は無かった。
防御の間にもシャルロットは武装をアサルトカノンに切り替え、攻撃の隙を縫って反撃を開始する。
近距離からの((反撃射撃|カウンター・アタック))を行うシャルロット、高速機動射撃による((一撃離脱|ヒット・エンド・ラン))を行うセシリア、距離を取って((遠距離砲撃|アウトレンジ・ショット))を行うラウラ。
三方から、まったく異なったタイプの射撃に晒された福音はじりじりと追い詰められてゆく。
『――優先順位を変更。現空域からの離脱を最優先。』
全方向にエネルギー弾を放って攻撃の手を緩めさせた福音は三機の砲撃網の隙間に飛び込んで離脱を図る。
生きている全スラスターを開放し、砲撃網の隙間を強引に突破する。
だが、突破を果たした福音を待っていたのは四十八発の((高機動誘導弾|ハイマニューバ・ミサイル))。
図らずもミサイル群に飛び込む形になった福音を盛大な爆炎が歓迎した。
ラウラ、セシリア、シャルロットが形成していた包囲網。
そこに故意に開けられていた穴。
その先で待ちかまえていたのは((戦域管制|コマンドポスト))を担当していた簪の打鉄弐式だった。
八連装×六基、最大で四十八発を同時発射できるミサイルランチャー『山嵐』。
本来は独立稼働型誘導ミサイルを使用する処を、第三世代技術『マルチロックオン・システム』の未完成故に通常の((高機動誘導弾|ハイマニューバミサイル))を使用しているのだが、―――それでも火力は十分。
爆炎から抜け出した福音が打鉄弐式を発見する。
相手は単機。強行突破が可能と判断した福音は対複合装甲用超振動薙刀『((夢現|ゆめうつつ))』を構える簪の打鉄弐式に突撃を敢行する。
「させるかぁッ!」
突如として福音のすぐ背後の海面が膨れ上がって爆ぜた。
飛び出してくる、真紅。
それは不器用な姉が、不器用な妹に送った新たな((剣|ちから))。
『紅椿』
改造された舞梅二号機の武装と装甲を、損傷した一号機のフレームとコアに移植をして甦った翼。
背中と脚部の装甲が開き、過激なほどの加速を得た紅椿が福音へ吶喊を行う。
『展開装甲』
紅椿の両腕、両肩、両脚部と背部に装備された可変装甲。
その一つ一つが自立支援プログラムによりエネルギーソード、エネルギーシールド、スラスターへと切り替える事が出来る。
それは即時万能対応を実現する『答え』の一つ。
「!」
身構え、回避できる体勢を取る福音。
だが、箒は急激な方向転換で離脱する。
射線上から離脱した箒の背後から迫っていた赤い炎を纏った弾雨。
鈴の甲龍、その機能増幅パッケージ『崩山』によって強化された衝撃砲――『熱殻拡散衝撃砲』であった。
直撃。
箒の紅椿に対応する為の体勢だった福音は衝撃砲に対応しきれずに直撃を食らう。
「もうひと押し―――」
箒が二振りの刀―――『((雨月|あまづき))』と『((空裂|からわれ))』を抜き雨月で刺突、空裂で斬撃を放つ。
突きに合わせてその周囲に展開した紅い光球からレーザーが放たれ、斬撃が飛ぶ。
「!!」
それは『刀は近接戦闘武器』という常識を打ち破った一撃。
「墜ちろぉぉッ!」
レーザーによって体勢を崩した福音の残っていた右翼が空裂から放たれた斬撃によって損傷する。
さらにそこに加えられるラウラとセシリア、シャルロットからの長距離砲撃。
簪もセシリアに預けられ箒が回収していた空の、薙風の大型ライフルで上空からの砲撃に参加する。
どういう訳か、打鉄弐式に対しても使用許諾が発行されていた為に。
六機のISからの集中砲火。
その火力をまとめて叩きつけられ、右翼も喪った福音は崩れ落ち海面へと墜ちてゆく。
誰もが勝利を確信し、水面に落着する水音を今か今かと待っていた―――――が、
爆発。
突如として発生した水蒸気爆発の轟音に一斉に福音の落着地点に視線を向ける。
半球状に凹んだ海面。
その中心には青い雷を纏った福音が自らを抱くかのように蹲っていた。
「一体…何が……」
箒の呟き。
それに簪の悲痛な叫びが答える
「福音に高エネルギー反応!まだ生きてる!」
「ッ!マズイ!これは―――((第二形態移行|セカンド・シフト))だ!」
ラウラが叫んだ瞬間、福音が確かに『敵意』を持った視線を六人に向けた。
「第二ラウンドってわけね。」
「やるしか有るまい。」
油断なく己が武器を取り、ポジションに着くべく動く。
『キアアアアアアアア………!!』
福音が((吼|な))く。
それが第二ラウンドの開始の合図となった。
* * *
一夏は、何処とも判らぬ海岸で、純白の少女をただ呆然と眺めていた。
どれだけ経ったのか判らない。
ただ、さざ波の音を聞きながら。
とてもきれいで、とても元気な歌声を。
波打ち際で僅かにつま先を濡らしながら、踊るように歌い、謡うように踊る、その少女をただ眺める。
(………あれ?)
ふと気付くと、その少女の歌は終わっていた。
踊りも辞めて、ただじぃっと少女は空を見上げる。
それがとても不思議で、なんだか無性に愛おしくて、一夏はそれまで座っていた真っ白な流木から立ち上がり、少女の隣に向かう。
波打ち際、涼しい水の調べが一夏を濡らす。
「どうかしたのか?」
一夏が声をかけるが、少女はじぃ、と空を見つめたまま動かない。
つられて一夏も空を見上げる。
ふと、少女のが呟いた。
「呼んでる………行かなきゃ。」
「え?」
一夏が少女に視線を向ける………が、そこに少女の姿は無い。
辺りを見回すが、人影は見当たらない。
歌も、聞こえない。
ざあざあ、ざあざあと波の音だけが、世界を満たす。
仕方なく、先ほどまで座っていた流木まで戻ろうと背中を向けた時、新たな声が投げかけられた。
「力を、欲しますか………?」
「え………」
慌てて振り返る一夏。
その視界には先ほどまではいなかった人物――膝下までを海に沈めた女性が立っていた。
その姿は白く輝く甲冑を身に纏った、騎士さながらの格好だった。
大きな剣を自らの前に突き立て、その上に両手を預けている。
その顔は目を覆うガードに隠れて目許よりも下しか見えない。
「力を、欲しますか………?何のために……」
「ん、んー……難しい事訊くなぁ…」
波だけが女性と一夏の間にあり、一夏は滔々と語る。
「そうだな。…友達を、仲間を護るためかな。」
「………」
女性は一夏の言葉を黙して聞く。
「なんていうかさ、世の中って結構色々戦わないといけないだろ。単純な『力』だけじゃなく、いろんな事で。」
一夏は語る。
自分自身でも驚くほどに考えが溢れ出て来る。
「そう言う時に、不条理な事があるだろ。道理の無い暴力も多い。そう言うのから、できるだけ仲間を護りたい。この世界で一緒に((生きる|たたかう))―――仲間を。」
グッ、と拳を握る。
「…そう。」
女性は静かに答えて頷いた。
「だったら、行かなきゃね。」
「えっ?」
背後から声をかけられた。
振り向くと、歌っていた純白の少女がそこに立っていた。
人懐っこい笑み、無邪気そうな顔でじぃと一夏を見つめている。
「ほら、ね?」
手を取られ、にこりと微笑みかけられる。
酷く照れくさくなりながらも一夏は頷く。
「ああ。」
すると、いきなり世界が眩いほどに輝きを放ち始めた。
真っ白な光。
目の前の光景が徐々に遠くぼやけて行く。
(ああ、そういえば………)
一夏は思う。
あの女性は、誰かに似ていた。
『白い、騎士』の女性。
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