インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#46 |
[side:一夏]
「作戦終了―――と言いたいところだが、『待機命令を無視して独断専行』。これがどれだけの事か、判っているな?」
戦士たちの帰還は、それはもう冷たいものだった。
砂浜に帰還するや否や仁王立ちする千冬姉に迎えられそのまま冒頭の言葉を投げかけられた。
「………は、」
「と、普通なら言うところなのだが、」「―――え?」
はい、と答えようとした処を千冬姉に遮られ俺たちは変な声を上げた。
「千凪先生からも指示をしたと報告が上がっているし、今回は場合が場合だけにお咎めは無しだ。よかったな。」
空が?
「せ、先生!そ、空くんは無事なんですか!?」
千冬姉に詰め寄った簪さん。
すげぇ、あの千冬姉が引いてるよ。
「落ち着け、更識。」
「落ち着いてます!」
そんな様子に『こりゃだめだ』と思ったのか溜め息をついてから…
「千凪は領域外に流されていたらしく、監視海域外に居た船に救助され病院に搬送された。 義肢の損傷以外は大した怪我では無かったから明日には退院する予定だ。」
「はぁ………よかった………」
と、簪さんはその場にへたりこんでしまった。
「各員、作戦行動中のログを提出しろ。その後診断を受けたら部屋へ戻ってゆっくりと休め。―――よくやったぞ、お前たち。よく、無事に帰って来た。」
スタスタと立ち去ってゆく千冬姉。
その顔はなんだかちょっと赤くなってるように見える。
「わたくし、織斑先生があのような表情をしているところを初めて見ましたわ。」
「僕も。」
程なくして俺たちは作戦行動中のログデータを受け取りに来た山田先生に提出。
水分補給と軽い検診を受けた後に部屋に戻る事となった。
………それにしても、アレは一体なんだったんだ?
* * *
ざぁん、ざぁん………
「ふぅっ。」
海から上がった俺は頭をトントン、と軽く叩いて耳から水を抜き、用意しておいたタオルで軽く拭いてから手頃な岩に腰をおろした。
夕食の後、俺は軽く休憩を取ってから夜の海に繰り出していた。
まあ、約束の、ちょっとばかり時間調整に泳いでいたのだが。
今夜は満月で真夜中であるのに結構明るい。
俺は穏やかな波の音を聞きながらぼんやりと輝く月を見上げた。
―――そういえば、夕方になんだか夢を見たような………どんな夢だっけ。
なんだか物凄く大事な夢だったような気がするのに、今じゃ全く思い出せない。
うーん、判らない事が幾つもあってもやもやしてくるぞ?
「…一夏。」
お、来た。
呼ばれて俺は振り向く。
そこに居るのは水着姿の箒だった。
ただ、昨日と違う点が一つ。
「あ、あんまり見ないで欲しい……は、恥ずかしいから……」
「す、すまん。」
そう、箒が着ている水着だ。
慌てて箒の方から視線を外したので数秒くらいしか見えていないが、月明かりに照らされた箒の姿は鮮烈でしっかりと脳裏に焼き付いていた。
白い、ビキニタイプ。縁に黒いラインが入った、かなり肌の露出面積が広いヤツ。
リボンを失くしている為にストレートなままの髪型と相まって凄く大人びて見える。
箒のスタイルの良さに物凄く似合っていて、そう、なんというか………物凄くセクシーな。
あ、語弊の無いように言っておくが普段の箒が子供っぽいという訳ではないからな。
俺としては幼馴染のそんな姿にドキドキしっぱなしなのだが、そんな事をきっと気にしてもいないであろう箒は俺から一メートルほど離れた処に腰をおろした。
「それで……用件はなんなのだ?」
「あ、ああ。」
実は、ここに箒が来たのは偶然じゃない。
俺が、呼びだしたのだ。
なんで真夜中にわざわざ、と思うだろうがこれは仕方ない事なのだ。
起きてる女子の目があるかもしれない場所でプレゼントなんか渡そうものならあっという間に無い事無い事が広がってゆく。
学年全員の誕生日にプレゼントを用意…なんて事になったら俺は破産確定。身売り決定な状態になってしまう。
と、それは置いておいて俺はタオルとかの簡単な手荷物に入れておいた鞄から小箱を取り出す。
「箒、誕生日おめでとう。」
俺は箒の方にプレゼントの小箱を差し出す。
「あ、ありがとう………」
俺の手から小箱の感触が消える。
どうやらちゃんと受け取ってくれたようだ。
「あ、開けていいか?」
「ああ。」
しゅるしゅる、とリボンを解く音。
がさがさと、包装を解く音。
その中に入っているのは……
「これは……リボン?」
そう、リボンだ。
白地に赤いラインの入った、髪を結う為のリボン。
誕生日のプレゼント選びの為にシャルに付き合ってもらったのだがいいものは見つけられずに、『なんとなく似合いそうだな』とコレを選んでしまった。
だけど、丁度よかったみたいだな。
『人間万事塞翁が馬』とはよく言ったモノだ。
「あ、ああ。俺は似合うと思ったんだが…」
「そ、そうか………」
それから少し、沈黙。
俺と箒は背中を向けあって、ちょうどその間に月が浮かぶ。
ちらり、と箒の方を窺うと早速新しいリボンを使ってくれるようだ。
うむ、ストレートもいいが…やっぱり、いつも通りが一番いいな。」
「ッ!?」
箒が身を強張らせた。
どうやら思ってた事が口に出てたみたいだ。
それにこっちが箒の方を盗み見た事がバレてしまった。
よし、ここは話を逸らす方向でいこう。
「あ、あと。コレもやるよ。」
と、俺はシルバーのブレスレッドを箒に差し出す。
こっちは誕生日とは別だ。
この間シャルにつきあってもらったお礼に買ったのだが予想外に鈴にラウラにセシリアにもプレゼントする事になってしまっていた。
折角だからと箒の分も買っておいたのでそれを今渡すとしよう。
「これは……シャルロット達が持っていた…?」
「この間、ちょっと野暮用に付き合って貰った時にその礼でプレゼントする事になってな。折角だから箒の分も買っておいたんだ。」
「そ、そうなのか。」
きっと、後で機嫌が悪くなるだろうからな。
「じ、じゃあ、一夏。」
「なんだ?」
「つ、つけてくれ。」
!?
「お、おう。その代わり、そっち向くぞ。」
「あ、ああ。」
俺は箒の方に向く。
やや半身になって右腕を突き出してきているのだが、月明かりの中というのもあってすごく幻想的だ。
それにしても、
「水着、似合ってるぞ。」
「ッ、そ、そうか……」
「でも、なんで初日はそれじゃなくて((学校指定|スクールみずぎ))だったんだ?」
「そ、それはだな………つ、つい、勢いで……あの、合宿の始まる直前の休みに、空と……でも、いざ着るとなると、恥ずかしくて……だな。」
「へぇ…」
俺としては空と箒という組み合わせで水着を買いに行った事自体が驚きだ。
「…よし、できた。」
俺がそう言ったら右手が引っ込み、どうやらじっくりと眺めているらしい。
その横顔は何処となく嬉しそうな処を見ると気に入ってくれたようだ。
「改めて、誕生日おめでとうな。」
「う、うむ、あ、ありがとう………ところで…」
「ん?」
「怪我は、もういいのか?」
「ああ、そういえばすっかり治ってたな。」
「え?」
「目が覚めて、ISを起動したらなんか治ってたぞ。」
「なッ!?」
箒は驚いた様子で俺の肩を掴むとぐい、と月明かりの方へ俺の背中を向けさせる。
「あんなに酷い傷だったのに……」
そういえば箒が運んでくれたんだったな。
「アレじゃないか?操縦者生体保護機能。」
「それは生命維持だけだろう!傷が治るなど聞いた事がない!」
不意に、肩を掴んでいた箒の手が離れる。
「でも………」
箒の手が俺の前に廻ってきて背中にそれはもう立派な胸が押しあてられる。
当然心臓はフル稼働状態だ。
「………無事で、本当に良かった………」
俺を背中から抱いてくる箒。
その、色々当たっていて俺としては物凄く、いろんな意味で嬉しくも危ない状況。
でも、本気で心配してくれていた事がなんとも嬉しかった。
やっぱり、俺も箒も、千冬姉や束さんも『親しい人を亡くす』事が怖いからだろうか……
ふと、鉄の匂いを感じた。
どんなに真面目な雰囲気でも、体の方は正直らしい。
「あの、すまんが箒…ちょっと離れてくれ。」
「むっ!?」
正直、理性も限界に近い。
箒の方も状況を理解したのか慌てて飛び退いて、少し距離をとってから胸を抱くように腕を組んで混じりっ気無しな抗議の視線を向けてきた。
「お、お前は、人が真面目な話をしてる時に………」
うん、正直すまないと思ってる。
けど箒さんよ、自分が持ってる凶器が異性に対してどれだけの破壊力を持ってるかはそろそろ自覚してくれ。
「………その、なんだ……い、意識するのか?」
「?」
「だ、だから……その、だな……」
しどろもどろになりながら、箒は俺の手を取りそのまま―――ンなッ!?
胸の谷間に引っ張り込まれてしまう。
あ、あの…箒さん?
「あ、あ、あれだ……わ、私を、い、異性として、意識するのかと、訊いているのだ。」
耳まで真っ赤にしてぽそぽそ声で言ってくる箒。
向こうも相当恥ずかしいらしい。
「あ、ああ…当然だろ。」
俺は、箒の問に肯定を返した。
正直に言って、箒は可愛いと思う。可愛いし、綺麗だ。
ちょっと手が早い処もあるが、それを補って余りある魅力が、ちゃんとある。
寮で同室だった時はなるべく箒に負荷をかけないよう、『部屋で異性と一緒』という緊張状態を作らないように常に賢者モードだった。
「そ、そうか。そう、なのだな。」
咀嚼するようになんども呟く箒。
密着した腕からは、箒の体温が伝わってくる。
自分の鼓動の高鳴りが相手に聞こえてしまわないか、心配になるくらいに俺と箒の距離は近づいていた。
ふと、箒と目があった。
あ………
心の底から、綺麗だと思った。
月明かりに照らされた箒が余りにもきれいで、見惚れてしまった。
そんな事を考えれば考えるほど胸の高鳴りは激しくなり―――
「せ、セシリア!?なんでこんな処にいんのよ!」
「鈴さんこそ!か、勝手に旅館を抜けだして、怒られても知りませんわよ!」
「さて、一夏は…と」
「え? ラウラに、……鈴とセシリア?な、なんでここに居るの…?」
ドキィっ!
い、い、今の声は………間違いない……鈴にセシリアにラウラにシャルだ。
声の大きさ的に距離はまだ多少あるが、ここに居たらすぐに見つかってしまう。
しかも、箒とふたりっきり。
何を言われるか判ったものじゃない。
「ほ、箒…向こうに行こう。」
「え? きゃっ……」
近づいてくる声から逃げるように、俺は箒の手を引いて岬の方へと向かう。
当然ながら俺たちが居た痕跡となるような荷物とかは回収済みだ。
そして、丁度岩影になっている場所に身をひそめて、一安心だ。
ここで隠れていて、声が遠ざかっていって少ししたら旅館に戻ればなんとかなるだろう。
「い、一夏……い、いきなりだな……その、人気のない場所に連れて……私とて、困る……」
「う?」
箒がなにやら言ってたようなので、そちらに顔を向ける。
「ん………」
――――――――――え?
ほ、箒サン、ナンデ目を閉じて、やや唇を上向きに突き出すんですかね、出すんですかね!?
静かに、少しだけ恥ずかしそうにして待ってる箒の顔は、やっぱり綺麗だった。
マズイ、これは――――引き込まれる。
俺の手が肩に触れると、ぴくん、と箒は震える。
それから、改めて身を預けてくる箒に、俺はゆっくりと顔を近づけて唇に唇が軽く触―――
「こらぁッ!」
大声の怒声にびっくりして、思わず固まってしまった。
「そこの四人組ッ!深夜に宿を抜け出したりしてないでとっとと寝なさいっ!」
「えっ、空!?」
「な、なんでここに!?」
「入院している筈では……」
「まさか、脱走を!?」
怒声を向けられた鈴、シャル、ラウラ、セシリアはそれぞれ驚きを隠せない様子。
「失礼な。ちゃんと手続きはしてるから。ほら、宿に戻る。」
「ですが、一夏さんの姿が…」
「そういうのは教師に任せなさい。」
「ですがッ!」
「―――起床時間まで正座で((説教|オハナシ))と、部屋に戻って大人しくしてるの、どっちがいい?」
「部屋に戻ります。」
重なる声。
慌てたような足音が遠ざかってゆく。
ふぅ、これで一安心か…?
「どうやら、行ったみたいだな。」
「…………」
「ん? どうした、箒。」
ふと気付けば俺は身を隠す為にしっかりと箒を抱きしめていた。
そのせいか箒の顔は先ほど以上に真っ赤で湯気すら出そうなくらいになっていて……
「ふしゅー………」
かくん、と箒が完全に脱力する。
「ほ、箒!?」
それから、箒が正気に戻るまで三十分の時間が必要だった。
続き? そんなの出来る訳ないだろ。
――蛇足――
「せ、先生!脱走です!207号室の千凪さんが…部屋に居ません!」
「なにっ!?」
そんな、当直医と当直看護師の会話がほぼ同じ時間帯に行われていたとか…
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