インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#47
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旅館のある一室……

 

最奥にある、つい数刻前まで作戦司令室であったその場所に千冬と束の二人は居た。

 

「………」

「………」

 

二人が黙って見つめる先にあるのは福音と戦った六人のログデータである。

 

そこから気になる部分を抽出した結果、この沈黙が出来上がった。

 

その原因は、白式、紅椿、打鉄弐式のログに残っていた一機のISにあった。

 

 

最後の最後で詰めの甘かった一夏を救い、そのまま姿を消した白い機体。

 

使用された武装は高出力荷電粒子砲とエネルギー刃型のブレード。

 

そしてその外見は…

 

「白騎士………」

 

千冬の初代愛機にして、全ての発端となった機体。

 

全てのISの始祖にして到達目標。

 

「『白騎士』かぁ、懐かしいね。アレを組み立てたのもう七年も前なんだね。」

 

束は敢えて『作った』ではなく『組み立てた』と言う。

それが真実で、現実であるが故に。

 

「…そうだな。」

 

「………あの頃は、二人して情けない姉だったよね。箒ちゃんにも、いっくんにも心配をかけて。」

 

「………」

千冬は黙して語らない。

 

「私は引き籠ってISの研究とあっくんの秘密基地にあった白騎士を組み立てて、ちーちゃんは木刀片手に夜な夜な町の不良狩り。いくつの不良集団を壊滅させたんだっけ?五つ?六つ?」

 

「………三つだけだ。」

 

「ああ、そうだったね。市内最大規模の所と町内最大規模の所と地域最大規模の所の三つだったね。―――その煽りを受けてその倍以上が活動停止に追い込まれてたけど。」

 

「………昔の話だろう。今は『現れた白騎士』についてだ。」

 

「もう、恥ずかしがり屋さんだなぁ。」

 

「束。」

 

「はいはい。」

 

仕方ないな〜、と束は空間投射ディスプレイを複数表示させる。

 

「ヒントになりそうなのはこのブレまくった画像と高出力の荷電粒子砲。あとは青白く輝いていたエネルギー系ブレード。そして―――」

 

「―――あの、一言か。」

 

白式のログにのみ残っていた、『詰めが甘い』という一言。

生憎『通信履歴』でしかないために声を聞く事は出来ないのだが…。

 

「まず、機体と荷電粒子砲は白騎士に似せる事は出来るよね。だって、白騎士ほど有名なISは居ない訳だし。」

 

束が言うとディスプレイの一枚にチェックマークがついてゆく。

 

「問題はあの青白く光ってたエネルギーブレード。いくら損傷していてもエネルギーが残ってる限りシールドは展開される…けど、アレはそれが無かった。まるで……」

 

「…『零落白夜のようだ』か?」

 

「そう。けど………白騎士の―――『No.001』のISコアは白式に使われているし、暮桜のコアも所在は判ってる。そもそもで同じ((単一仕様能力|ワンオフ・アビリティー))が発現するなんて、天文学的な確率の低さだよ?」

 

「…だが、現に白騎士のコアを使っている一夏の白式は、私の暮桜と同じワンオフ・アビリティーを発現した。コレについてはどうする。」

 

「………コア・ネットワークで暮桜と白騎士が情報のやり取りをしていた。だから、同じ操縦者を持つ機体同士、同じワンオフ・アビリティーを開発した―――なんて説はどう?」

 

「まあ、あり得ない話ではなさそうだな。」

 

「そもそもで、ISのコアについては私も『作れるだけ』だからね。何があっても、『あり得ないはあり得ない』としか言えないよ。」

 

「……そうか。」

 

「で、最後にいっくんに通信を入れてきた相手だけど………こればっかりは声を聞いたいっくんに訊かないと判らないね。今の段階じゃ『相手はいっくんの事を知っている』くらいかな。」

 

「………」

 

千冬は黙って考えてみる。

一夏の事を知っていてISに携わっていそうな人物を。

 

「………ねえ、ちーちゃん。」

 

「………………なんだ。」

 

「あの白騎士の正体は、何だと思う?」

 

なんとも突拍子もない問いに千冬は少し考える。

 

「………どこかの誰かが『オリジナルの白騎士』に似せて新造した機体。もしくは解体された白騎士を復元した機体。そのどちらかではないのか?」

 

「そう、『白騎士を作れる』人物なんていないからね。………たった一人を除いて。」

 

その、最後の呟きに千冬は思わず目を見開いた。

 

「まさか………」

 

「私はね、アレはあっくんなんじゃないかって疑ってる。」

 

「だが、アキト兄さんは………」

 

「前にも話したっけ? 箒ちゃんに舞梅が託された時に。」

 

「ああ、舞梅の同型機が((青写真|せっけいず))と一緒に送られてきたというアレか。」

 

「うん。今回の件で舞梅の換装をしたんだけど、その時に使用されているコアを確認してみたんだ。」

 

「………で?」

 

「刻印されていたナンバーは、あり得ないナンバーだったよ。」

 

「どういう事だ?」

 

「『No.000』。私が作ったコアは『001』から『467』の四百六十七個なのに、だよ?」

 

「!?」

 

「『No.000』…『オリジナル・ゼロ』とでも呼べばいいのかな。世界で一個目のISコア。それを持ってるのは……」

 

「―――アキト兄さん、か。」

 

「少なくとも私が作ったものじゃない事は確かだよ。コアはブラックボックス化されているし、データは物理的にネットワークに接続されていない((場所|かくれが))に保管されてるし。―――さてと、」

 

「―――どこに行く気だ?」

 

部屋から出て行こうとする束を、千冬は呼び留める。

 

「んー、技研に戻ってちょっと色々調べてみよっかな〜と。」

 

「……何か判ったら連絡を寄越せよ。」

 

「りょーかい。」

 

とたたた、と軽い足音を立てて束が去ってゆく。

 

ディスプレイに表示されていたデータを消し、そのものも電源を切る。

 

 

ほぼ真っ暗になった部屋で千冬は思う。

 

 

「一体、何がどうなっているんだ。――――アキト兄さん…」

 

その呟きは、闇の中でぽつりと消えて行った。

 

 * * *

[side:一夏]

 

翌朝、朝食を終えてすぐにIS及び専用装備の撤収作業が開始された。

 

………のだが、みんな、ちらちらとある一点を窺っていて作業は遅々として進まないでいた。

 

昨夜の箒との一件で悶々として中々寝付けず、殆ど寝ていない俺としては作業が急ピッチに進まないでいてくれるのは有り難くも恨めしい。

 

ゆっくりやれるのは眠さと戦いながらでもいいが、早くバスの座席で寝たいという思いもある。

 

 

そして原因たる一点と言うのが…

 

「う、うぅ………」

 

「駄目ですよ。ちゃんとお披露目―――じゃなくて、監督してください。」

 

満面の笑みの山田先生に連れられて現れた、空。

 

千冬姉の話に聞いた通り義肢は損傷してるらしく包帯でぐるぐる巻きにされている。

傍から見れば怪我をしているようにしか見えないだろう。

 

車椅子に乗せられていて、山田先生がそれを押している処から義肢の機能に何らかの障害は出ているようだけど。

 

義肢と生身の体の繋ぎ目の部分が僅かに見える程度なのが救いだろう。

これで機械と生身が痛々しく繋がっていたら目も当てられない。

 

………さて、ここで空をよく知っている人は『おかしい』と思う。

 

何故かというと、空は普段なるべく繋ぎ目を隠す格好をしているから繋ぎ目が見えるなんて普通じゃあり得ないのだ。

臨海学校の一日目、海で遊べるというのに空はTシャツに袖無しパーカー、七分丈のズボンという格好をしていたのが何よりの証拠。

 

 

では、何故そうなのかと言うと………水着を着ているからだ。

 

誰が?

空に決まっている。

 

前から見るとスクール水着っぽいが背中側とわき腹部分が大胆にカットされビキニのように見える、

所謂モノキニと呼ばれるタイプの水着。色はなんとも鮮やかなオレンジで空の色白さが際立って見える。

 

ところどころに見える傷痕は魅力を損ねるどころか逆に妖しげな魅力を引き出している。

 

「うぅ…監督だったらわざわざ水着に着替える必要ないじゃないですかぁ。」

 

「病院を脱走して、その後始末に走らせられた迷惑料です。」

 

「うぅ………」

半ば涙目になって身を縮込ませる空。

 

というか、脱走したんかい。

 

「ぶはっ―――」

 

 

どこかで限界を超えた誰かが喀血したようだ。―――――鼻から。

 

声からしてアレは――

 

「か、簪ぃぃ!」

 

「な、なんて破壊力なの!?」

 

「これが、千凪先生の実力!?」

 

「てゆーか、女装似合いすぎでしょ。」

 

「男の娘ですね、判ります。」

 

 

 

「………アンタら、とりあえず鼻血拭いたら?」

 

 

なにこのカオス。

 

というか、空が女だと何故気付かない。

 

あそこまではっきりと胸が出てれば普通気付くだろ?

 

「か、」

 

ふと、近場で声が上がった。

 

その主は専用機用のパーツを片づけていたシャル。

 

「か?」

 

「可愛いっ!可愛すぎるっ!―――シャルロット・デュノア、行きますっ!」

 

まるで戦場に出撃するかのような宣言の後、シャルが空の元に物凄い勢いで駆けてゆく。

 

「させるかぁッ!」

 

ソレを察知した簪さんが鼻から愛情を噴出した(決して鼻血では無い)ままシャルへ突っ込んでゆく。

 

「わ、私も!」

「負けてられないわね!」

 

 

オドオド、ビクビク、はわわ、あわわ、な空に群がり始める女子たち。

 

簪さんはシャルに飛びかかって砂浜で((肉弾戦|キャットファイト))に突入し、そんな様子に目もくれずに他の女子たちが行動を開始する。

 

あっという間に車椅子の付近は囲まれて山田先生は弾き出されてきゃっきゃと声が上がる。

千冬姉がなにやら用があるらしく海岸に来ていない事をいい事に騒ぎ放題だ。

 

 

 

そして五分くらい騒いでいると…ふと呟きが広がった

 

「………あれ?この突起、なに?」

 

漸く気付いたらしい。

 

「ふにゃっ!?」

 

人垣の向こう側から聞こえる空の悲鳴っぽい声。

 

「ええと、これって………((本物|マジモノ))の胸?」

 

どうやら、誰かが揉んだらしい。

 

俺はなんとなく嫌な予感がして両手で耳を塞いでおく。

 

箒やラウラ、セシリアに鈴は不思議がりながらも俺に倣って防音体勢をとる。

 

「全員、その場に正座ぁッ!」

 

その瞬間、ざわめきが止んで群がっていた全員がその場に正座した。

 

その様子はまるで玉座に座る女王の如く。

 

それにしても良かったな。ここが雨曝しの海岸じゃなくて。

雨曝しだったら物凄く熱いぞ、砂浜は。

 

「………なんだかすごい事になってますわね。」

 

「ああ、そうだな。」

 

「あ、山田先生も正座してる。」

 

「流石母さま。」

 

ふと、気になったから訊いてみた。

 

「なあ、ラウラ。なんで空が『母さま』なんだ?」

 

「ん?母さまは母さまだろう。」

 

いや、そうじゃなくてな…

 

「一夏は、ラウラが何故空の事を『母様』と呼んでいるかを訊いているんだ。」

そこに箒が参戦。

どうやら箒も気になってたようだ。

 

「無条件で愛情を注いでくれる者を母親と呼ぶと聞いた。」

 

「で?」

 

「母さまは………私に甘えさせてくれたのだ。ただ、私だというだけで。」

 

成る程。

 

「そう言えば、トーナメントの日に空の部屋に居たよな。」

 

「そう言えばそうだな。あの時か?」

 

「う、うむ………あの晩、中々寝付けなかったのだが………」

 

「空と一緒だったらすぐ眠れたのか?」

 

「あ、ああ。なんだか、物凄く暖かくて……あんなに安らいで眠れたのは初めてだった…。だから私は敬意をこめて『母さま』と呼んでいるのだ。」

 

「そっか。」

 

って、なんで俺納得してるんだ?

 

というか、空がラウラの添い寝してる姿がけっこう簡単に想像ついてしまった………

その微笑ましさにこっちまで微笑みたくなるくらいだ。

 

「何と言うか………空なら良い母親になりそうだな。」

 

それは箒も同様のようで苦笑いというかどういう表情をすればいいのか迷っている様子。

 

「自慢の………母さまだ。」

 

なんかいい話にまとまったな〜と思ったら、

 

「全員、作業に戻るッ!」

 

「さ、サー、イエッサー!」

 

「声が小さいっ!あと、僕は女だっ!」

 

「あ、アイマムッ!」

 

 

それからというものみんなして物凄く迅速に片づけを始めた。

 

そりゃもう物凄い勢いで。

 

みるみるうちに片付いてしまい十時終了予定だけどこれは早まりそうだな。

 

うん、俺も早く終わらせてバスの席でゆっくりと寝るとしよう。

 

そうと決まれば、俺も作業あるのみだな。

 

 * * *

[side:   ]

 

空による発破であっという間に作業は終わり十時には生徒たちはバスへの移動を終えていた。

 

当然、全ての荷物の移送も完了済みだ。

 

で、一夏はと言うと―――

 

 

「zzz――――――」

 

バスの座席でぐっすりと眠っていた。

 

「………………」

 

そして、その隣の席を勝ち取った箒は、寄りかかられて瞬間湯沸かし器状態になっていた。

 

その様子を物欲しそうに見つめるセシリア、シャル、ラウラ。

 

「あら、ヒーローはお休み中なのかしら。」

 

そこにブルーのカジュアルなサマースーツを着た女性がやってきた。

 

「ええと、あなたは?」

 

寝ている一夏の代わりに箒が尋ねる。

 

「私はナターシャ・ファイルス。『((銀の福音|シルバリオ・ゴスペル))』の操縦者よ。」

 

「あなたが………」

 

「お礼を言いにきたんだけど、その様子だとお邪魔だったみたいね。」

 

「…え?」

 

「それじゃあ、彼によろしく言っておいてもらえるかしら。」

 

「え、ええ……それくらいなら…」

 

「ついでにキスもお願いね。頬でいいから。」

 

「はぁ………って、ええっ!?」

 

「それじゃ、ね。」

 

「あ、ちょっと!」

 

ナターシャは言うだけ言ってからバスを出てゆく。

 

 

「ええと………」

 

困る箒、

 

「………」

 

ジト睨みするセシリア、ラウラ、シャルロット。

 

「………」

ワクワク、と聞こえてきそうなくらい興味津々で様子を窺うクラスメイト達。

 

「箒さん。」

 

「もしかしてする気なの?」

瞳から光が消えたセシリアとシャルロットが箒に問いかける。

 

「す、するかっ!」

 

「なら、私がしよう。」

 

「なぁっ!?」

 

「ラウラさん、抜け駆けは許しませんわよ!」

 

「早い者勝ちだろう。」

 

ラウラの襟首をセシリアが掴まえ箒をシャルロットが牽制する。

 

そんなドタバタ騒ぎの中でも、一夏はぐっすりと眠っていた。

 

 * * *

 

 

バスから降りてきたナターシャは目的の人物を見つけて、そちらへと向かった。

 

「おいおい、余計な火種は残してくれるなよ。ガキの相手は大変なんだ。」

 

そう言ってきたのは、千冬だった。

 

ナターシャはその言葉にすこしはにかんで見せる。

 

「思ってたよりずっと素敵な男性だったけど、お休み中だったし、どうやらお相手が居るみたいだから代わりを頼んだだけよ。」

 

「やれやれ…余計にタチが悪い。―――それより、昨日の今日でもう動いて大丈夫なのか?」

 

「それは問題なく。((銀の福音|あのこ))に護られていましたから。」

 

 

 

「―――やはり、そうなのか。」

 

「ええ。あの子は私を護るために、望まぬ戦いへと身を投じた。強引なセカンド・シフト。それにコア・ネットワークの切断。―――あの子は、私の為に自分の世界を捨てた。」

 

言葉を続けるナターシャはさっきまでの陽気な雰囲気など微塵も残さず、鋭い気配を纏ってゆく。

 

「だから、私は許さない。あの子の判断能力を奪い、全てのISを敵にみせかけたその元凶を必ず追って、報いを受けさせる。―――何よりも飛ぶ事が好きだったあの子が、翼を奪われた。相手がなんであろうと、私は赦しはしない。」

 

「…あまり無理をするな。査問委員会がこれからあるんだろう。しばらくは大人しくしておいた方がいい。」

 

「…それは忠告ですか?((織斑千冬|ブリュンヒルデ))。」

 

IS世界大会『モンド・グロッソ』。

その総合優勝者に授けられる『最強』の称号。

 

千冬はその第一回受賞者であったが、その名で呼ばれるのはあまり好きでは無かった。

 

「アドバイスさ。ただのな。」

 

「そうですか。それでは、大人しくしていましょう。―――しばらくはね。」

 

一度だけ鋭い視線をかわしあった二人はそれ以上の言葉も無く、互いの帰路につく。

 

―――またいずれ。

 

そんな言葉が二人の背中にはあった。

 

 

 

「ああ、一つ伝え忘れていた。」

 

突如、千冬は思い出したかのように歩みを止める。

 

それにつられてナターシャも立ち止まる。

 

「今回の暴走事件の真相解明のために、委員会は技研に調査を命じた。福音のコアは槇篠技研に預けられているコアと交換という形で送られる予定だそうだ。」

 

「…いいんですか?そんな重要な話をして。私がその技研に押し入ってコアを強奪するかもしれませんよ?」

 

「何、そこは政府一つ傾かせた変態共の巣窟だ。案外、戻る時も近いかもしれないぞ?」

 

言うだけ言って、千冬はバスへと乗り込む。

 

ナターシャはその場に立ち尽くし、背中でバスを見送る。

 

「………マキシノ技研、ね。」

 

呟いてから今度こそ帰路につくナターシャ。

 

その瞳には強い光が灯っていた。

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#47:日常への回帰/Your Name is…
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