11 これからも、お助けします。すずか様
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●月村家の和メイド11

 

カグヤ&すずか view

 

 カグヤは自分を呪います。己の弱さを、己の未熟さを―――

 

 すごく怖い状況に陥って、今にも泣きだしてしまいそうで―――

 

 何故気付けなかったのでしょうか!? あれほどに自分を鍛え上げていたはずだったのに―――

 

 でも、泣いちゃいけない。泣くのだけはダメ。絶対助けが来てくれるって、信じないと―――

 

 この罪がカグヤを焼き尽くしてくれると言うのなら! 喜んでこの身を投げうちましょう! 咎が切り刻んでくれると言うなら、全てをなげうちましょう!! ですが―――

 

 でも、一つ気がかりだった。あの子の事が。もしかしたら、また無茶をして、酷い事になっちゃうんじゃないかって、すごく心配で―――

 

 どうか((一度|ひとたび))程お待ちください。カグヤが主を御助けする、その時まで―――

 

 きっとあの子は来てくれる。自分の身も顧みず、私がどんなに心配しても、きっと助けにくる。だから―――

 

 すずか様―――

 

 カグヤちゃん―――

 

 必ず、御助けします!!

 

 どうか、助けに来ないで……。

 

 

 

カグヤ view

 

 それは、いつもの様にすずか様のお帰りに合わせ、こっそり後を付けている時でした。

 今日のすずか様はいつもの仲良し三人組と一緒に徒歩で下校です。なので、カグヤはいつもの様にこっそり後を付けて密かに護衛をしています。とは言え、あまり大胆に監視しては、周囲の反応で気付かれる可能性間あります。ですからすずか様には霊鳥を数羽、監視に付けさせ、カグヤは離れた位置から全体に注意を向けるようにしています。

「しかし、この行為もこれで何回目となるのでしょうね?」

 カグヤがすずか様に仕えるようになって五年近く。この隠密護衛と言う保護者任意ストーカーも、だいぶ板について来てしまっている気がします。

「そう言えば三年前に一度身代金目的の誘拐犯を倒して以来、すずか様への危険は訪れていませんね?」

 その三年前に犯罪者を倒したカグヤに、忍お嬢様はすずか様を守る様に御命じになられました。本人はお願いと言い張ると思いますが、カグヤとしては命令と言う方がしっくりきます。アレ以来、カグヤは月村でボディーガードもしているのですが……、不思議に思う事が多々あります。月村の家は狙われ過ぎている気がします。

 かなり隠密性に優れた暗殺者。

 すずか様を狙う誘拐犯。

 セールスマンを偽った殺し屋。

 最近では軍隊崩れと、いくら御金持とは言え、ちょっと敵が多い気がします。

 カグヤが対峙していない相手は、全て恭也さんと美由希さんが駆逐しているらしい事も、情報収集能力を高めている内に知りました。

 この襲われようは異常な気がします。まるで御金目当てと言うより、月村の御二人を狙っているようではありませんか。

「月村は誰かに恨まれていたりなどするのでしょうか?」

 などと呟いていると、何やら怪しい人物がさっそく近付いているではありませんか。

「まったく、一体何者でしょうかね?」

 十五〜三十メートルの距離をキープするのが基本としているのですが、こう言った不審者がいる時は目視できる距離にまで近づきます。でないと駆け付けても間に合いませんからね。

 目視距離に入った時、既にすずか様はなのはと御別れした後の様です。普段でしたらアリサの迎えの車に一緒に帰っていらっしゃるので、この近くの駐車場に止めている車に向かう途中の様です。広い場所で見晴らしもいいのですが、時々人気が居なくなる場所でもありますから、少し警戒した方がいいかもしれませんね。

 っと、言ってる傍から男が動き出しました。ゆっくりと歩調を早め、ポケットに忍ばせていると思しき何かを握るのが、露出している手首を見て解ります。あと、ポケットが不自然に膨らみました。恐らく握った時に中身が動いたのですね。あの大きさでしたらナイフ……、もしくは薬瓶と言ったところでしょうか? どっちにしろ、助走距離を取りつつカグヤも歩調を早めます。

 男が走り、ポケットの中から取り出したのはナイフ―――! くっ、薬瓶であれば叩き落としてそれで御終いなのですが、ナイフは拾われたりするので面倒です。まあ、拾わせませんが!

 男がすずか様に手を伸ばすタイミングに合わせ、充分な助走を付けたカグヤは跳びます。そして、その勢いのまま―――!

「動く―――!」

「はっ!」

 突き出した右足が見事に男の側頭部に命中し、簡単に男が横に転倒します。代わりに手から零れたナイフが宙を舞っていたので、万が一にもすずか様に当たらないよう空中で確保しておきました。直地と同時に奪ったナイフを素早く振袖の中に仕舞いすずか様へと向き直ります。

「御二人とも、御怪我はありませんでしょうか?」

「……へ?」

「えっと……、なにが?」

 何が起きたのか自覚できなかった御二人は面白いように混乱顔です。ちょっと早く手を出してしまいましたかね? まあ、遅くなるよりは良かったと言う事で。

 おっと、御二人の無事を確認したのなら、今度は男の方ですね。しっかり拷問してすずか様を狙った理由を聞き出すとしましょう。

「て、てめぇ……っ! どっから出てきやがった……?」

「理解できないのでしたら、そのまま悩み苦しみ、惨めに頭を御抱えください」

 時間をかける必要もなかったので、クイック・ムーブを使い瞬時に後方に周ると、膝裏を蹴ってこかし、手が届く位置にきた後頭部を手刀で一撃。そのまま眠ってもらいました。

「ん〜〜〜……、手際よく眠らせる方法があるのを知っていても、背の高さから手数を増やす必要があるのはいただけませんねぇ〜〜……。身体の成長ばかりは時間に任せるしかないので文句を言っても仕方ありませんか」

 ともかく、後はこの男を近くの公衆便所にでも連れて行って締めあげるとしましょう。

「ん?」

 呆然としているすずか様達に一声かけようとして振り返ると、黒いワゴン車がこちらに走ってくるのが見えます。おかしいですね? 窓が防犯用の外から見えないタイプの奴です。アレ名前なんでしたっけ? スピードもちょっと速めですし、歩道よりなのも気になります。とりあえず安全のためすずか様達を御下げして―――、

「ピイイィィーーーッ!!」

「え? ―――ッ!?」

 衝、撃……っ!? どこ、から……、まずっ、……今のは、銃げ……き……。

 …………………。

 

 

 

すずか view

 

「カグヤちゃんっ!?」

 何が起きたのか解らなかった。

 カグヤちゃんが変な男の人を手早く眠らせた後、こちらに振り向いて何か言おうとした時、鳥の様な高い音が聞こえて、……次の瞬間、カグヤちゃんが弾け飛んだ。

 よく見えなかったけど、たぶん頭の横から何か強い衝撃を受けたんだと思う。倒れたカグヤちゃんは横向きに倒れ、腕と髪に隠れて表情が見れない。でも、頭の辺りを中心に、赤い液体が広がって―――!?

「あう……っ!?」

 胸の奥が痛い! 何かが突き刺さるような痛みに、意識が持っていかれそう!

「か、かぐやちゃん……っ!」

 胸の痛みが足にくる。震えて動かない。すぐにでも駆け付けて、容態を診てあげたいのに、体中が震えて、頭の後ろの辺りがチリチリして、耳鳴りがして、視界は酸欠した時みたいに霞んで、だけど胸の奥の、心臓の奥が、中から何か鋭い杭みたいなのが出てくるような痛みがして、膝が地面に付いちゃう。

「カグヤ!? ……すずか!?」

「あ、ありさちゃん……! カグヤちゃんを……!」

「え、えっと……っ!? 解ったちょっと待ってなさい!?」

 アリサちゃんが居てくれてよかった。このままじゃ私、何もできないまま倒れちゃうところだった。

 倒れる? そうなのかな?

 この痛みは違う気がする……。何か別なものが、内側から競り上がってくるような……!?

「んんーーーっ!?」

「え? すずかっ!?」

 カグヤちゃんの傍にまで寄っていたアリサちゃんが振り返る。

 私は、視界がよく見えないけど、誰かに後ろから抱えられて、口には湿った布を当てられている。ダメっ!? さっきもがいて息を吸っちゃった時、急に瞼が重くなった! このままじゃ私……!

「ちょっと何すんのよアンタた―――きゃあぁっ!!」

「こいつも連れて行くか?」

「通報されたら面倒だ。そうしろ」

「了解……、くくくっ、こっちは好きにしていいんだよな?」

「お前その趣味いい加減やめろって……」

「は、離し―――もぐぅっ!?」

 あ、アリサちゃんも他の男の人に捕まって、何か布を口に当てられて……、そのまま……、だめ、わたしも……、

 

 トスッ!

 

「ぐあっ!?」

 男の人が声を上げるのが聞こえた。見ると声を上げた人の肩にナイフが突き刺さっている。それを投げたのは……、

「か、ぐ、や……ちゃん……―――」

 

 

 

カグヤ view

 

「すずか様を……離し―――くぅっ!」

 寝転がったままの体を無理矢理転がし、歩道に在る木に隠れる。カグヤが移動して木の影に隠れるまでの間に三発、狙撃されました。これはなんとか躱しましたが、最初の一発を左のこめかみに受けたのはまずかったです。一瞬意識が飛んでましたし、血も出てしまっています。念のためにと自動防御術式を組み込んだ霊鳥を二羽ほど用意させてあったんですが、まさか魔術戦以外で使用する事になろうとは……。

「くっ……、ボディーガードとは言え、子供相手にスナイパーですか? ただの誘拐にしてはレベルが高すぎでしょう?」

 毒吐きながらもう一度誘拐組の方を確認します。敵数は屈強な男三人。いえ、運転手と控えが二人いるようですから計六人ですね。一人には奪ったナイフを突き刺してやりましたが安物のナイフじゃあんまりダメージなかったようです。すぐにナイフを抜くと、そのまま先程怪しいと思ったワゴン車に引っ込んでしまいます。

「逃がすわけには―――ッ!?」

 振袖から武器を取り出そうとした時、正面の建物が一瞬光った様な気がしました。カグヤは本能的に腕で自分の身を守る様に横向きに配置します。瞬間、両腕に一発ずつ、銃弾の衝撃が当たってきました。その反動に、腕を投げ出して木に凭れさせられてしまいます。

「跳弾(ちょうだん)って!? 相手はプロですか!?」

 まずいっ! これでは何処にいても狙い撃ちです! おまけにすずか様とアリサがワゴン車に詰められ、連れ去られてしまいました!?

「霊鳥! 三羽、追え!」

 元々すずか様の監視に付けていた三羽の霊鳥をワゴン車の追跡に向かわせ、カグヤは残り一羽、自分の防御に回していた霊鳥をスナイパー捜索使います。この圧倒的距離差がある相手では、こちらも魔術無しでは対応しきれません。

 バスバスッ!

「あっ!? ぐぅっ……!!」

 右肩と左足を撃ち抜かれました! 今度は何処から跳弾したんですか!? これでは位置が掴めません!

「いえ、落ち着くのですカグヤ。最初の一発は明らかに跳弾ではなかったはず。なら相手はカグヤが背を預ける、この木の後ろにいるのは確かです」

 方向が解れば霊鳥が位置を―――!?

「くぅっ!?」

 適当に周囲を見回していたおかげで、今度は跳弾に気付きました。左腕でガードして弾丸を受け止めます。

 両腕には、日本刀の一刀も受け止められる小手を巻いてあるのですが、さすがは銃弾。二発も入るとボロボロですね。小手一つに三発までが限界ですか。

 それに、こめかみの傷は魔術で防御しましたが、肩と足は普通に撃ち抜かれました。かなり危険な状況です。

「せめて、集気法で回復する時間が欲しいですね……、そのためにも……!」

 その時、霊鳥が屋上でライフルを構える男を捉えます。

「見つけました……!」

 カグヤは振袖から白木の弓と、((鏃|やじり))の無い矢を取り出します。更に御札を三枚、霊鳥に変えて待機。

「……行きます!」

 一瞬息を整えたカグヤは、直接攻撃される木の外へと身を踊りだします! 同時に弓に矢を番え、魔力でブーストして飛距離を伸ばします。そんな事を悠長にしている内に銃弾が三発、額、喉、心臓に目がけて放たれましたが、前もって出しておいた霊鳥三羽が形成する三角形の障壁がそれを受け止め、砕け散ります。

「……四発でしたら、あなたの勝ちでしたね」

 カグヤの射った矢は、本来ならあり得ない速度を出して、真直ぐスナイパーの男を射抜きました。鏃は付けていませんでしたが、どうやら魔力を込め過ぎて肩を貫いてしまったようです。まあ、敵ですから別にいでしょう。

「他に狙撃手は……、いませんね」

 敵の撤退と伏兵の確認をしたカグヤは安堵してその場に座り込みます。

 すぐに集気法を発動し、龍脈から出なく、自然に発生している霊力を取り込み、身体の治癒にあてます。

「……すずか様」

 敵が強敵であった事、子供一人の誘拐にしては人数が多かった事、そして使い捨ての駒がいた事、どれをとってもただ事ではありません。明らかに月村には敵がいます。それも、かなり強大な。

 それでもその強大さの割に、攻め方が少々単純なように思えるのは、恐らく一度は鎮静化をしたのでしょう。それが、またぶり返したのか、もしくは強行派がいて、勝手に動いているのか?

「いいえ、そんな分析は後でいいのです……!」

 問題なのは、すずか様が攫われた事ではないですか! すぐに御助けに向かわなければ!?

「いつっ……!?」

 こめかみの怪我は治りましたが、肩と足は短時間では無理そうです。傷を塞ぐくらいならすぐですが、万全に直すには……、治りの早いカグヤでも丸一日は必要ですか……。

「すずか様……」

 こんな所で油を売っている間にも、すずか様が―――!?

 せめて警察などに連絡を―――! ダメです! これがただの誘拐でないのなら、警察への連絡は月村に危険が及ぶかもしれません! だから忍お嬢様はカグヤを……恭也さんや美由希さんの様な非合法の強者を雇っているのです! カグヤには下手な事ができません!

「龍斗は……いえ、龍脈には関係の無い事。彼を巻き込んだりはできません」

 それに魔術師とは言え、これは本来カグヤ達子供が係わっていい事ではないのでしょう。カグヤは特別な立場に立ってしまっているようですが、それならそれで((弁|わきま))えなければなりません。同じ意味でなのはも論外です。

「やはり、まずは月村に連絡ですね……」

 そう思って、携帯電話を振袖から取り出したのですが……、

 やられました。いつの間にか銃弾で撃ち抜かれていました。使い物になりません。……っと言うか、考えてみればカグヤ、まだ携帯を自分でかけた試しありませんね? 色々バカですか?

「………龍斗に霊鳥で話して恭也さん達に―――ダメです。龍斗なら話しを聞けば勝手に助けに来ます」

 今から公衆電話を探すのは骨が折れます。月村に戻っていては時間がかかりすぎます。その間に『ついで』で連れて行かれたアリサがどうなるか解ったモノではありません。

「……やはり、カグヤが行くしかないようですね」

 最初っからそのつもりでしたが、他に保険をかけておく事が出来ないと言うのも辛いです。しかし、やらなければならないのです。

「すずか様、アリサ……、必ず助ける」

 意識を『魔術師』に切り替えます。義姉様が生きていた頃の、『東雲カグヤ』に。少々心へのダメージが大きいですが、そんな事を言っていたらすずか様達を助けられません!

 カグヤは―――僕は駆け出し、後を追わせている霊鳥三羽の情報を頼りに追い掛ける。

 傷口を塞いだだけの肩と足が痛むが、構ってはいられません。

「すずか様……!」

 

 

 到着した僕は、現在使われていない廃屋に居ます。すずか様はこの奥に閉じ込められているようです。窓からこっそり覗き、様子を窺いますが、敵数が三人以上よく見えません。すずか様とアリサの姿も見当たりません。

 このまま霊鳥を補佐して突っ込んでも……勝てないかもしれません。せめて、相手の正確な数と、御二人の位置が解れば……。

「霊鳥を内部に……ダメだ。いくら鳥に見えると言っても、室内に居てはさすがに怪しまれる。もし、下手に衝撃を受ければ消えてしまいますし……、そうなれば警戒心も与えてしまう」

 どうすればいいのでしょう? 万全なら多少は無茶も出来ますし、龍脈の援護があるなら八咫鏡で楽勝です。しかし、ここにあるのはまだ幼き我が身、しかも先程の狙撃でダメージを受けています。考えている間にも集気法を使って癒していますが、万全にまで治るとは思えません。

 義姉様……僕はどうすれば?

 

 

「カグヤ、気付いたかな? 霊鳥は式神の中で一番特殊だと言う事に?」

「そうなのですか義姉様?」

「気付いてなかったの? ろくに魔術も使えないのに、知識も得ようとしないとは? 君は私に教育、修行、―――っではなく、飼育、調教されたいのか?」

「すみません。勉強不足でした……」

「素直な子は好きだね〜〜〜♪ 私はカグヤには甘くなっちゃうよ〜〜♪」

「そうですか?」

「そこは『恐縮』ですだろ? 丁寧語使えと教えただろ?」

「きょうしゅくですっ!」

「そうそう……、それで、言われて霊鳥の特殊性を考えてみて、解るかな?」

「………………〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッ!! 解りません」

「本当に力一杯考えてくれて、お姉様嬉しいよ〜〜〜♪ 御褒美にヒントを上げる」

「なんですなんです?」

「ああ……、何と輝かしい瞳……、この子はやっぱり男の娘の素質あるわね……」

「義姉様〜〜〜!」

「あ、ごめんね? ほら、他の式神と比べたらわからないかな?」

「えっと……」

「じゃあ、直接出してあげるから、参考にして見て。『((虎嵐|こらん))』『((神佑|しんゆう))』『((騰蛇|とうだ))』」

「『虎』『熊』『蛇』ですね。それと霊鳥で『鳥』……。?」

「ふふっ、まだ解らない? 霊鳥だけ身体が光で構成されていて、他の様に形がはっきりと定まっていないのよ」

「え? それの何が特殊なのですか?」

「考えてみろ?」

「………………〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッ!! 解りません」

「可愛い……」

「義姉様〜〜〜!」

「ああ〜〜、メンゴメンゴ。つまりね、形の定まってしまった『虎嵐』や『神佑』と違って、霊鳥は基本が鳥なだけで、色々変えてあげる事が出来るのよ」

「そうなんですか?」

「おいこら? 昨日霊鳥を『矢鳴り』にして見せたろ? また忘れたなこの童?」

「義姉様、笑顔が怖いです……」

「お仕置きに、この『難しい言葉学ドリル』をやってくるように」

「はい……!」

「まあ、冗談は置いておいて……。つまり霊鳥は、他の式神と違い、形を変え、その場に合わせて適応した力を有する事が出来る。これほど汎用性の高い術はない」

「『はんようせい』……『はんようせい』……、はい! 『汎用性』が高いのですね!」

「難しい言葉をすぐに事典で調べる所が可愛らしい〜〜♪ 足で頭撫でてあげる♪」

「ありがとうございます!」

「やめて! そんな純粋に喜ばないで!? ごめんね! ちゃんと手で撫でてあげるからね!」

「義姉様!? 騰蛇がくっ付いたままで触られると咬まれ―――」

「カプッ」

「ぎゃ〜〜〜〜!?」

「あ! やばっ!? ……カグヤ! しっかりしなさいカグヤ〜〜〜っ!?」

 

 

「よく生きていたモノですね、僕……」

 突然昔の事を思い出して、僕はつい笑みが漏れてしまった。僅かではあったが、久しくしていない本気の笑みだ。不思議と心が落ち着き、今僕が出来る事を冷静に分析できるようになった。

「霊鳥……鳥でダメなら……!」

 僕は一羽呼び出した霊鳥にを握り潰した。

 

 

 

すずか view

 

 目が覚めた時、視界は真っ暗だった。たぶん目隠しをされているんだと思う。口には猿轡(さるぐつわ)をされて喋れず、手足も後ろで一緒に縛られていてまったく身動きとれない。周りがどんな状況にあるのかも確認できない。

 すごく恐かった。でも、もっと恐かったのは、気を失う前に見たカグヤちゃんの状況だった。

 あの傷で動いて大丈夫なんだろうか? もしかしてあの後もっとヒドイ目に遭わされてたらどうしよう!? それにカグヤちゃん、大怪我して血が―――血……。

「むぐぅ……っ」

 また……、心臓の奥が……!

 カグヤちゃん……っ! カグヤちゃん!

 もし、あの後カグヤちゃんが私を探していたら? きっとカグヤちゃんはどんな怪我をしていても助けに来てくれる。だって今までも、危ない事がある度に、カグヤちゃんが現れて、助けてくれてた。まるでヒーローさんの様に。だから、今回もきっと助けに来てくれるって解る。でも……、あんな大きな怪我をしているのに? あんなに血が出ているのに?

「はむぅ……」

 ダメだよ! カグヤちゃん! 来ちゃダメだよ! そんな怪我で無理したら、カグヤちゃんの体が―――!

 

「今のカグヤは真実生きている心地がしないのでございます。カグヤは生きております。ですがカグヤは『生きている』と感じられなくなっているのです」

 

「んむ……っ」

 なんで、なんでこんな時にこんな事思い出しちゃうんだろう! これじゃあ、カグヤちゃんが死ぬ事をどうでもいいって思ってるみたいじゃない! そんなのやだよ! カグヤちゃんには生きてて欲しいよぅ! カグヤちゃんには―――!

 ……カグヤちゃんには、一緒に居て生きてるんだって……実感してもらいたいの……。

 勝手に出てくる涙と嗚咽が我慢できない。私は祈るように、言葉の発せない口で必死に声を上げていた。

 カグヤちゃん! どうか来ないで……!

 私の事なんていいから! だから! 絶対に来ないで!! もう怪我しないでっ!!

『もうすぐ行きます。だから、泣かないでください』

「……っ!?」

 今、カグヤちゃんの声がした?

 

 

 

カグヤ view

 

 

 すずか様が泣いていた。とてもとても悲しそうに泣いていた。あの辛そうな表情を見て、僕は色々と我慢できなくなってきていた。

「必ず助けます……! すずか様……っ!!」

 声を抑えながら、僕は拳を握る。そして中の様子をもう一度確認する。

 『霊鳥』のバリエーション、小さな蝶々型まで霊鳥を分散した『霊蝶』。これのおかげで室内を簡単に窺う事が出来た。この蝶々、かなり小さい上に魔力も薄い。例え相手は察知能力の高い魔術師であっても気付く事はないだろう。おまけに分散させているので、霊鳥一羽分の魔力で五匹も作れる。隠密調査にこれほど向いた能力はない。

「本当に、すごい範囲で応用が効きますね、義姉様」

 僕が唯一使える式神が『霊鳥』で良かった。

 さて、そろそろ始めさせてもらいますか?

 僕は霊蝶一匹に対して敵一人を確認させ、更に周囲の状況をしっかりと把握させる。

 すずか様とアリサも確認できました。こちらの都合がいい事に、御二人は別室の様です。

「おい、俺もう我慢できねえよ……! 金髪の子はどうしてもいいんだろう?」

「落ちつけよ。引き渡しが終わるまで待て。その後なら好きにしていいからよ」

「あ〜〜〜! 早くやりたいぜ!」

「ってか、お前あの歳に欲情とか、危なすぎだろ?」

 ……欲情の意味が解りかねますが、どうやらアリサは『貞操の危機』と言う奴の様です。急いで助けるとしましょう。

 敵の数は……十人、さっきより多くなってますね。内手練は……、ダメです、よく解りません。全員それなりのレベルで、僕には違いが解りません。せめてリーダー格を探してみましたが、ここにはそんなのはいないようです。全員下っ端だとすれば、引き渡しの相手こそ本命。今しか攻めるチャンスはなさそうです。

 不意打ちで瞬時に倒せるのは……、今僕が覗いている窓の下に居る三人が限界。瞬時に動いても倒せるのは五人。残りの半分はどうしても真っ向勝負になりますね。まっ、それはもう動いてから考えるしかなさそうです。

 僕はガラスの無い窓から身を投じ、着地するまでの内に二人の後頭部に手刀を当てて手早く眠らせます。もう一人は膝裏を蹴って傾いたところに後頭部に一撃。これで予定通り三人撃破です。しかし、三人が倒れた音で、他の皆様も気付いて視線が集中してきます。僕は、視線に入る前にクイック・ムーブで真上に移動。天上の鉄骨を伝って、動揺している男の内、二人組になっている相手を見つけ、その真上から飛び降りて同時に後頭部を殴打。これで予定通り五人撃破です。

「誰だ貴様!」

 パアンッ! と乾いた嫌な音が室内に響きます。撃たれたらしい事は解りましたが、威嚇だったのか当たってはいません。足を止めるとまずそうだったので、一番近くに居た相手へと突っ込み、銃を取り出す前に片手を引っ張りながら懐に入って鳩尾を押し上げる様に肘を突きさします。相手が昏倒したかどうかを確かめる暇もなく、そのまま腕を捻り上げ、互いの背中をくっつけるようにして、他の敵から、男を盾にするように構えます。これで撃って来ないと思ったのですが、予想に反して無茶苦茶に撃ってきました!? ここに居るのは全員捨て駒揃いでしたか!?

 肉の壁などいつまでも盾として機能するはずがありませんので、相手の弾幕が止んだ一瞬を狙って盾を放棄、瞬時に無造作に置いてある鉄骨の影へと隠れます。

「爆ぜろ」

 更に休むことなく、待機させておいた三羽の内一羽の霊鳥を、今の騒動の隙で一人の背後に控えさせておきました。それに命令を送り軽く爆発させ、もう一人昏倒させる事に成功しました。

 七人。残り三人……。

 

 キィン……ッ! パスッ!

 

「……っ!?」

 左腕に痛みが走り、そこを庇うと、何かがかすったのか血が出ていました。音と霊蝶の視覚情報から察するに、これも跳弾。跳ね返った弾がかすめたようです。

 しかし、残りの三人がそんな技術がある様には思えません。あったとすれば今の一撃で終わってなければおかしいです。偶然だと考える方が妥当ですが、ただの偶然と片付けるには都合のいいタイミング。

 もう一度霊蝶で確認して解りました。相手は跳弾の技術はありませんが、可能性が高い場所を見抜く目があるみたいです。跳ね返れば僕に当たる可能性が一番高い所を狙って集中的に撃っているのが一人いました。当てずっぽで弾の無駄撃ちするなんて、どんだけ弾を豊富に持っているんでしょうね? それとも、飛び道具の無い子供相手ならこれで十分とか思っているんでしょうか?

「しかし、飛び道具はあるんだよ。弓以外にもなっ!」

 振袖から滑らせた六本の匕首(あいくち)指にはさみ、二本を斜め上に向けて投擲。一瞬相手がそれに目を奪われている隙に横に飛び、鉄骨の影から出て、三本を投擲。囮の二本は意味なく地面に突き刺さりましたが、投げた三本が身構えていた一人の両肩と足に突き刺さりました。刃に眠り薬を仕込んであるので、これであの一人もノックダウンです。

 残りは二人……、おや? 一人いない!?

「このクソ女(あま)!」

「―――ぐっ!? 男です!」

 いつの間に後ろに周られていました! 霊蝶の視覚情報がありながら、狙っている敵に集中しすぎたようです。右腕を捻り上げられ、そのまま無理矢理立たされてしまいます。

「……女の誇りもてよ嬢ちゃん」

「ええいっ!? せめて『女の格好して気持ち悪い』と言ってもらった方がスッキリします!!」

「どうすんだそのガキ? 俺が貰っていいのか?」

「そうだな……。ガキに興味はないが、俺もこいつには右腕の礼があるからな……、仲間の落とし前もつけてもらわんと―――」

「気持の悪い話は勝ってから言いなさい」

 ゴキリッ! と、無理矢理力を入れた右の肩が抜けます。関節の制限が無くなった事で束縛を逃れた僕は、左の振袖からスタンガンを滑らせ、思案顔だった男に一発御見舞いして差し上げます。変な声を上げて倒れる男の手から、銃を取り上げ、最後に残った一人に向けて―――、

「―――!? このガキ!」

「そりゃっ!」

「がべっ!?」

 扱えないので投げつける事にしました。ちょっと予想外だったらしく、男は顔面に受けてそのまま転倒、起き上ってくる気配はありません。

「ふぅ〜〜〜〜〜……」

 息を吐いた僕は、右の肩を壁にぶつけて戻してやると、その痛みに思う存分悶えてから、すずか様の元へと向かいます。念のため、また奇襲されては堪らないので霊蝶を散布しておきます。

「すずか様! アリサ様!」

 部屋に入った僕は、目隠しに猿轡、更に両手両足を縛りあげられた御二人を見つけ、その縄を解いて差し上げます。

「御二人とも、御怪我はありませんか?」

「かぐや……!?」

「カグヤちゃん……」

 少し怯えの残る不安そうな顔。よかった、外傷はないようだ。

「すみませんすずか様。すずか様との御約束を違え、無茶と怪我をしてしまいました。……それでも、御二人が無事だった事に安堵しております」

「……」

「あんた……、本当に、怪我して……」

 複雑な表情のすずか様、血の滲んだ服を見て真っ青になるアリサ。二人とも、怖い目にあったはずなのに、こんな時まで他人の心配をしてくれるんですね。

「御二人ともすぐに外へ、ここはあまり安全とは言えません」

 そう言って二人の手を掴むと、強引に立たせて走り出します。

 もし走れないようなら、さすがに困りましたが、どうやら二人とも問題なく走れたようです。

 無事に外に出た僕達は、すずか様の携帯で月村に連絡し、事の顛末を話します。話を聞いたノエル先輩は「よく、警察の前に月村に連絡してくださいました。すぐに迎えを寄越します」と褒めてくれました。どうやら本当に月村には敵と言える物がいたようです。それもあまり公にしたくないような。

 その後、一応警察は動いたようですが、公の話し上ではアリサもすずか様も、係わっていない事とされていました。これについてアリサ様には、すずか様も知らない月村の事情がある様ですと言って深い詮索は避けてもらい、今回巻き込んだ事については後ほどお詫びをする事となりました。それともう一つ―――、

「今日は、泊って行ってもいいんでしょ?」

 っと、半分泣きそうな顔で膨れられては断る事も出来ませんでした。

 確かに、今日は子供が体験したら、普通にトラウマ物の出来事でしたからね。

 その後、恭也さん達が何やら裏で動いていたように御見受けしますが、そこは敢えて調べない事としました。まだ僕が深入りできる様な話しではなさそうでしたので。

 

 

「今日は良く二人を助けてくれたわね。ありがとう……」

「いいえ、カグヤはすずか様の使用人で、月村のボディーガードですから」

 家に帰ったカグヤは、すずか様とアリサを寝かせてから、忍お嬢様の部屋に訪れていました。本当は御二人に捕まり、再び三人で寝る事となっていたのですが、すみません、浴衣の厚着をして空蝉よろしく抜け出してきました。裸で忍お嬢様の前に出るわけもいかないので、今は訓練用にファリン先輩からのお下がりでシャツとスパッツと言うラフな格好です。髪は後ろで纏めてあります。

「……あなたなら気付いたかもしれないけどね、月村には敵がいるの」

「そのようですね」

「っと言っても、それは遺産相続みたいなもので、一度は恭也が協力してくれて、一応の解決はしてたんだけど……。やっぱりああ言う急進派もいたりして、狙われる事はあったのよ。これでも平和な時間を過ごせるようになった分、随分マシになったのだけどね」

 っの、ようですね。敵の多さは否めませんが、それにしては忍お嬢様は落ち着いてらっしゃいますし、時にはすずか様と二人だけでお出かけしたりもするくらいです。安全が約束されているから出来る行為。それだけ危険性は少なかったと言う事なのでしょう。

「今回の一件で向こうもしっかりと締め直してくれるみたいだから、もう安心だとは思うけど……。聞きたい? 私達の事……?」

 少し真剣味を持たせた忍お嬢様の瞳は、鋭く細められ、魔術師として生きてきたカグヤでも、一瞬怖気付いてしまいました。この御方も案外一筋縄でいかない相手なのかもしれませんね。

「……止めておきます。今のカグヤでは到底相手が出来そうもありませんので。それは忍お嬢様と恭也様にお任せするとします」

「そう、……ありがとう」

 その感謝はなんですか? 信頼ですか? 謝儀ですか?

「ただ一つよろしいでしょうか?」

「なに?」

「今回の事で、カグヤは痛感している事がございます。それに付きまして一つ、仕事の変更を申し上げたいのです」

「……何かしら?」

 細められた瞳に一瞬怯えの様な物が混ざった様な……? 気の所為でしょうか?

「カグヤの力では、月村を守る力はございません。少なくとも、今回はすずか様一人をお助けするだけでも、すずか様とのお約束『自分を大事にする』を破ってしまいました。……これからはより精進を重ねなければ『自分と他人』二つを同時に護る事はできません。特に『自分』さえも守れないようでは、ボディーガードは困難と見受けられます」

 そこで言葉を切ったカグヤに、忍お嬢様の瞳がまた一瞬、揺らぎを見せた様な気がします。いえ、それともそれはカグヤの願望が見せた幻覚でしょうか?

「……辞める気、なの?」

 ああ、そう言う事ですか。命の危機に瀕して、カグヤが月村を出て行くかもしれない。そう思っていらっしゃるんですね。

「それがカグヤにとって一番いいのでしょうね……、ですが―――」

「待って、少しだけ……聞いてくれる?」

 返答しようとしたカグヤに、忍お嬢様は何か思いつめたような表情で御遮りになりました。何か大切な話なのだと思い、カグヤは「はい」と短く答えます。

 一度目を瞑って深呼吸した後、忍お嬢様は語り始めました。

「最初にあなたを家に連れて来たのは、本当に親切心のつもりだった。断られても、せめてあなたが大きくなるまでの間くらい、誰かが面倒を見てあげないといけないと思ったから。……メイド―――いえ、使用人にしたのはね、あなたが子供らしい反応を示してくれたから、ついそれが嬉しくなってやり過ぎちゃったのよ。後悔なんてしてないけど、ごめんなさいね。だけど本当に、それ以上は望まなかった。このまま家族になってくれれば、それが一番の望みで、それ以上なんていらなかったの。……そんな折、すずかが誰かに誘拐されそうになって、それをあなたが一人で助けたって知った時、思わずあなたを頼ってしまった。……今にしてみれば、すずかと歳も変わらないあなたに、こんな危険な頼みをするのは間違っていたわね。でも、ついあなたが……、恭也と初めて会った時に感じた何かを、あなたにも感じて、それで頼ってしまったの」

 カグヤが恭也様と似た何かですか……。御二人の馴れ初めなどは知りませんので、忍お嬢様がカグヤの何処に恭也様を感じたのかは解りかねますが、それでも、忍お嬢様には、『年幼きカグヤ』ではなく、『魔術師、東雲カグヤ』が朧気ながら見えていたのかもしれません。

「カグヤちゃん。この際、良い機会だから私から提案させて頂戴。月村を出るなら今よ―――」

「絶対にお断りだ」

「………!」

 咄嗟に語気が強くなって声が出ました。でも本心です。だからこのまま続ける事にしましょう。これから言う事は勢いもいりますから。

「僕は一度しか言わないのでよく聞いておいてください。あなたは正しい意味で僕の主じゃない。あなたは僕の雇用人で、報酬をくださる方だが、主じゃない。僕の主は……あの時からずっと、あなたに言われるまでもなく、すずか様御一人です。だからすずか様が僕を追い出すまで、僕はここに居続けますよ。そして追い出されても……、大切な……ちを……!」

 うっ! 言葉が止まってしまいました。何だか血が顔に集まって熱いです。視線を真直ぐ向ける事ができません。忍お嬢様の困惑した表情が目に痛いです。

「……〜〜〜っ!! 大切だと! 思えそうになってる! そんな人達を! 見捨てたりなんてできません!!」

 ああ〜〜っ、もうダメです! なんか視線を合わせる事ができません! なんだかすごく恰好を付けて変身しようとしたヒーローが、変身ベルトを忘れてポーズだけ決めてしまったような、そんな気まずい気分と申しましょうか……!

 そう! 『恥しい』んです! カグヤ、『羞恥心』を覚えましたよ!

「それに……、カグヤは知らないだけで……皆さんの事を『好き』になりたいと思っているのですから……、突き離されるのは困ります……。帰るところもありませんし……?」

 なんかもう、色々とダメです。カグヤ墓穴を掘っている気分です。『羞恥心』と言う感情がこれほどにも手強いとは意外でした。以前龍斗が温泉にすずか様達から誘われた時も、こんな気分だったのでしょうか? これは慌てますね。納得です。今更ながらあの時の龍斗にちょっと同情出来ました。

 そんな風に、カグヤが恥しくてそっぽを向いていると、急に体が柔らかいモノに包まれました。

 気付いて視線を前に戻すと、忍お嬢様がカグヤの事を抱きしめてくださっていました。

 あ、ちょっと、この暖かさはまずいです……!

「ありがとう……」

 うわっ! うわっ! ダメです……! これは、何だか……! 悲しいわけでもないのに……! ダメです! この温もりは、あの時を、思い出して……!

「くぁ……っ」

 カグヤの目から、熱いモノが一筋溢れました。久しく味わっていなかった、包み込まれる感触。それは、ずっと、カグヤがただ一人の肉親から受け取っていた、ただ一つの……、

「お義姉ちゃん……」

 漏らしてしまった言葉は、抱きしめている忍様には聞こえてしまったかもしれません。それでもカグヤは、それを洩らさずにいられなかったのです。だって、これが唯一知る、家族の温かみでしたから……。

 

 

 よく大泣きしなかったモノだと自分を自分で褒めて差し上げたいですね。っと言うか、よく考えたらカグヤ、月村家の皆様とはあまりスキンシップってした事無かったんですよね。すずか様やアリサに抱きつかれる事はありましたが、それは温かさだけで安堵はしましたがそれ以上はなかったんですよ。まさか、カグヤにとっての爆弾が、ここに来て発覚するとは思いませんでした。

 色々あって大変でしたが、カグヤは落ち着いた後、忍お嬢様に進言して、仕事を減らしてもらいました。っと言っても表向きの仕事は相変わらず変わりませんが、裏の仕事―――月村のボディーガードについて条件を出させてもらったのです。

 カグヤが守れる力は小さいので、カグヤがお守りするのは『すずか様だけ』と限定させてもらいました。自分さえろくに守れないカグヤには、現状では多くを守り切る事はできません。なので、ここは優先順位を付けさせてもらう事を御了承願ったのです。例え忍お嬢様が人質に取られようと、それですずか様が危険に陥る可能性があるのなら、カグヤはすずか様を優先させてもらう事となりました。

 そして翌日、カグヤは最近悩んでいたとある事を、思い切ってノエル先輩にお願いしてみる事としました。

「ノエル先輩、御願があるのですが……」

「珍しいですね? なんですか?」

「その……、カグヤに名前を頂けないでしょうか……」

「え?」

「へ?」

 後ろで食卓の準備をしていたファリン先輩まで疑問の声を発しています。カグヤ、少し恥ずかしいです。

「いえ、その……、さすがに月村の名前は、恐れ多くていただけないので……、っとは言え、この家に住まわせてもらって、いつまでもただのカグヤと言うのもあれですから……、その、それらなら先輩達の名前でも貰おうかと……。ダメでしょうか?」

「………」

「えっと、それってつまり……、カグヤちゃんが私の妹になるって事?」

「正しくは義弟です」

「じゃあ義妹弟(いもうと)ですね! それが一番しっくりきます!」

「新しい言葉が開発されてしまいました!?」

「良いですよねお姉様? ……あれ? お姉様、泣いてますか?」

 え? 泣いてる? ノエル先輩が?

「へ? あ、いえ、そんな事は……、でもちょっとウルッと来てしましたか? カグヤちゃんがあんまり嬉しい事を言ってくれるものですから」

 え? そんなに、ノエル先輩は嬉しかったのでしょうか? そんなの、大したことではないでしょう? いえ、名前をくれと言うのですから大事ですが、それでも泣くような事では……、むしろ迷惑をかけないかとこちらが心配して……、

「すぐには無理ですが、ちゃんと手配しておきますから……、その時はよろしくね」

「よろしくね! カグヤちゃん!」

 どうして、皆……、カグヤが歩み寄ると、こんなに喜んでくださるのでしょう? 解りません。解りませんが……、これは、良い事の様な気がします。

 義姉様、カグヤはまだ皆様とこの気持ちを共有できませんが、いつかカグヤにもその気持ちが理解できる事が来るのでしょうか?

「ありがとうございます……」

 カグヤ、何だかお礼を言いたい気持ちだったので、それだけお伝えしました。そして、なんだか恥ずかしくなって、すずか様を起こしに行く名目で、急いで居間を出ます。そしたら、外に忍お嬢様がいらっしゃって、「おはようございます」と軽く挨拶して通り過ぎようとしたら―――、

「おはよう、カグヤちゃん♪」

 後ろから、むぎゅりっ! と抱きしめられてしまいました〜〜〜っ!?

「あ……ぐ……!?」

 ああ、ああ〜〜〜っ! やっぱりダメです!? カグヤ、包まれる温かさには力が抜けてしまって、身動きがとれません……!

「おや珍しい? あのカグヤちゃんが大人しく抱きしめられていますね?」

「本当です!? いつもなら余裕があるのに、あんなに顔を赤くしちゃって〜〜〜♪」

 はず、か、しいです……。

「おはようお姉ちゃ―――んがカグヤちゃん取ってる〜〜〜!?」

「な、何やってるんですか忍さん!?」

 ああ、御二人とも起きて来てしまいましたか……。恥しい所を見られてしまっています。勝手に鼓動が高鳴って身動きできないのです。

「ん〜〜? 何って、こうして愛でて上げているだけよ? ねえ〜、カグヤ〜〜♪」

「はうぅっ!?」

 よ、呼び、呼び捨、て……っ!?

 心拍数が上昇します!? 身体の筋肉が弛緩します!?

「あふぅ〜〜〜……」

「カグヤちゃんがくにゃくにゃ〜〜〜っ!?」

「こんなカグヤ初めて見るわよ!?」

「スキンシップって大事よね♪ 何か言う事ある? カグヤ?」

「は? えと……、大変柔らかいです……」

 何言ってるんですかカグヤは〜〜〜〜っ!?

「か、か、カグヤちゃんがお姉ちゃんに取られた〜〜〜〜〜!」

 はっ!? いけません! すずか様が!?

 カグヤ、しゃがみこんで忍お嬢様の抱擁から脱出します。

「取られていません! 取られていませんよすずか様!」

「あらら? やっぱりすずかは特別なのね?」

「うわああぁぁ〜〜〜ん!」

「後生です! 後生ですから泣きやんでくださいすずか様!」

「うわああぁぁ〜〜〜ん!」

「うええぇぇ〜〜〜ん!」

「何故アリサ様まで〜〜〜!?」

 その後、御二人を御宥めするのは本気で時間がかかりました。

 カグヤ、今日、忍お嬢様に『弱味』を握られました……。

 

 

説明
 ちょっとシリアスなストーリー展開。
 カグヤは別にチート主人公ではないので、危機的状況に陥ることだってあります。
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