境界線上のホライゾン ―天下泰平の剣― 第三話 とある乱痴タイム |
第三話 とある乱痴タイム
――足利義昭。
よくわからんヤツだ、と正純は思う。
◆◇◆◇◆◇◆
一年前、一人で武蔵にやってきた。
直前の経緯もあって精神的に不安定だった私はどこかぼんやりと現実を((白昼夢|はくちゅうむ)) のように捉えながら父が暮らしていると聞いていた左舷二番艦“村山”への道を探していた。
今にして思えば((新参者|しんざんもの)) がたやすくたどり着けるような道のりでもなかったのだが、父に負担をかけたくなかった当時の私は独力でどうにかしようと見慣れぬ町並みの中、地図を片手に右往左往していた。
気づけば陽はすでに傾いており、暗くなるまでにはなんとしてでも見つけ出さねばと次第につのる焦りと戦いを繰り広げながら、またこれも今にして思えばだが、見当違いな通りを駆けていた。
((焦燥感|しょうそうかん)) によってやけに大きく聞こえた自分の息遣いの合間に、そいつは現れた。
「お――い、そこのアンタ」
声は背後から投げかけられた物で、少し息が上がっていた。
「声かけようと思ったらいきなり走り出すんだもんな……ぶはは……」
突然、話しかけられた物だから多少の警戒心というものがあって、
「…………」
だが、目の前の自分と同い年くらいの少年はさして気にした様子でもなく、
「なんかお困りか?」
「あ……」
まごついてしまった。
うろたえた様子をおかしそうに、
「アンタ、武蔵に来たの初めてだろ?」
反射的に頷くと、言葉はすんなりと出てきた。
「う、うん、そうなんだ、い、いや、です。そうなんです」
色々と間違った形ではあったが。
青年は正純の進行方向を指さし、
「ふーん、で、高尾の方になんか用でもあんのか?」
「え?」
手にしていた武蔵の地図をのぞき込む。少年の発言によれば、この先へ進むと右舷三番艦高尾へと行き着くらしい。目当ての村山とは余計離れてしまうことになる。
「村山? だったら逆だこっちの道じゃない」
「そう、なんですか……」
自分の費やしてきた時間はなんだったのか。それを考えようとすれば脱力しそうになり、
「ふむふむ事情はなんとなく把握した、んじゃま、生徒会の一員たるオレが案内してしんぜよう」
生徒会、その単語に驚く。
「貴方は、生徒会の役員、なんですか?」
生徒会とは国の中心である教導院が保有する部署の一つであり、行政や外交、貿易といった政治に結びついたものを担当する役員が置かれている内政方面を司る存在だ。その一員ということは、武蔵において中心にいる人物と同義。
あまりそうは見えないが……、
ついてこいよと言わんばかりに歩き出してしまう少年の後を追いかけ、
「いちおーな。敬いたくなる気持ちもわかるが、敬語、んなのとっぱらちゃえよ。見たところそんな歳変わんなそうだし」
すでにあたりは同じように家路についているような人々に溢れていて、行き交う人々の合間を縫って進もうとしても思うようにはいかない。手こずっている自分とは対照的にぐいぐいと突き進む少年との距離は段々と離れていってしまう。まずいと感じて「すみません!」と連呼しつつ人垣をかき分けた瞬間に、最悪なことに商人と思しき集団が通りかかり、
見失ってしまった。
――かと、思った。
「ワリワリ、置いてくとこだった」
手を掴まれた。気づけば、隣にそいつの顔があって、
「これなら離れないだろ?」
「あ、うん……」
不思議と焦りや不安、孤独感が消えていた。
今度は((適宜|てきぎ)) こちらを振り返っては――といっても、手を繋いでいるのだから迷子になるわけないのだが。
そいつに案内されるまま、今までの苦労を考えたくないくらいしごく簡単に私は、村山に来ることができた。そこでもう一度地図を見せると、
「あん? あれ、この辺りの家ってノブタ――」
「誰か、知り合いでもいるんで――」
唇の前に人差し指を立てられた。
「――のか?」
ぶはは、とそいつは愉快そうに笑い、
「んまぁ、そうだな。知り合いだよ、同好の士ってやつ? まあそんな感じ?」
よくわからなかったが頷いた。
「ここら辺でいいかね。ほらあそこだよ、お前の地図が正しいならな」
たしかにそこには父から聞いていた特徴通りの家があった。ようやくたどり着いたという実感に胸をなで下ろして、
「よかった……、ありがとう」
「いいっていいって。むかーしオレもさんざ迷ったクチだし」
――方角アテになんねーんだもんよというそいつの台詞に二人して笑い合う。航空都市艦である武蔵は方角という物が流動的で、北だ、西だとその都度判断するとひどいめにあうことを学んだばっかりだったからだ。
そんなわけで、
目的はほぼ達せられ安心したこともあり、私はやや((饒舌|じょうぜつ)) になっていたように思う。
「なぁ……一つ訊いていいか」
「ん、どした?」
「なんで……声をかけてくれたんだ?」
ふと疑問に思ってしまったことが口をついた。
笑みを浮かべていた顔がゆっくりと力を潜めていく。表情という色が薄まっていく。そいつの瞳は私ではなくどこか((明後日|あさって)) の方向をとらえて、
「似てた、から、……オレの知ってるヤツに」
何か訊いてはいけないものを訊いてしまったのかもしれない。そう思ってしまうほどにそいつの顔はどこか――何か本当は喉から手が出るほど欲しいのに、決して手の届かない物を、必死に作り笑いを浮かべて我慢している――ように思えた。
「そっ、か、……」
申し訳なさが先に立ち、どうにかして言葉を絞り出した私を、そいつは軽く手刀で頭をこづいた。
「じゃな」
ズボンのポケットに手を突っ込んで背を丸めてそいつは歩き去り始める。まるで、逃げるように。
そのまま見送ってしまっていいのかと何度も自問自答して、私は自分の間抜けさを知るにようやく至った。
「待った!!」
急に大声を出した私に驚いたようにそいつは立ち止まって、
「なんでございましょう!?」
やけに大げさなリアクションを寄越してきた。
「名前ッ! 名前、まだ、訊いてないぞ!!」
「って、そんなことかーい!!」
その場で滑る動作を器用に行って、そいつは再び口を開こうとするが何か思いついたように意地悪そうな顔を浮かべて、
「――教えねー」
「そ、そうか…………って、え? えぇ!?」
予想だにしなかった返答に私はうろたえてしまう。
「な、なんでだ!? 人がせっかくお礼をしようかと思ってたのに!?」
「知らなーい、おうちのじじょー」
「嘘だろ、それ、絶対嘘だろ!!」
ぶははははと、最後にひとしきり爆笑して、
「また明日、ガッコでな!」
追いかける間もなく、凄いスピードで走っていった。
あっという間に見えなくなったアイツ。
陽が落ちたことを知らせるように、((点|とも)) されたばかりの街灯の明かりの中で残された私は途方に暮れるしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
――よくもまぁ覚えてるものだと正純は思う。それもそのはずで、次の日転入手続きのために向かったアリアダスト教導院の校舎に垂らされていた横断幕には『大歓迎! 本多・正純くんへ これから仲良くしようね! 監査 足利・義昭 と愉快な二年梅組一同』とそれはもうデッカデカと書かれていて、度肝を抜かれたからだ。
その横断幕の前で、震えている正純にピースサインを出している男二人組がいて、その片方が知らない馬鹿で、もう片方が昨日知り合ったばかりの阿呆だった。
野郎二人は顔を見合わせ「「せーのっ」」
『ねぇっ、今っ、どんな気っ持――』
「やかましいわ――――――!!!!!!」
武闘派ではない自分でもこんな力出せるんだと思ってしまうほどの速度で思い切り壁に蹴り飛ばしたあのときは、人生で最もスカッとした瞬間かも知れない。実際、かなりの数の生徒がこのやりとりを見ていたようで蹴り飛ばした後に頭上を仰ぎ見れば惜しみない拍手が送られていた。
思えば、これがきっかけで危惧していたよりも教導院に溶け込むことが早かった気がしないでもない。
――ただなんというか、((畏怖|いふ)) というかおののくというか、そういう方向で一目置かれてしまったのには((辟易|へきえき)) させられたなぁ。
そんな足利・義昭との出会い。
……うん、
やっぱりよくわからん。
◆ 第三話 とある乱痴タイム ◆
「――幽霊探しぃ?」
((素|す)) っ((頓狂|とんきょう)) な声を上げた義昭の前でトーリが袋から取り出したサンドイッチをほおばる。
「お前去年のアレ忘れたのかよ。またあそこのオッパイに串刺しにされんぞ」
横目で同じように弁当を広げて昼食を取っている浅間たちの様子をうかがう。義昭は身震いしつつ、さきほどブスリといった((臀部|でんぶ)) をさする。
「大丈夫大丈夫! 今夜は知り合いのツテがあるんだ、去年の二の舞は食わねぇぜ!」
去年は奥多摩の地下にある部室長屋で同じように怪異をみんなで探しに行ったのだが、そこで待っていたのは全身をゴールドタイツで包んだこの馬鹿だった。奇妙な踊りと共に突如出現した金ピカは夜中に見るとある種凄みがあり、ガチビビリ状態に入った浅間は本能で弓矢を手当たり次第辺り一面に連続発射した。
その結果が、
「あの後三ヶ月くらい夢に見まくったんですどお? 特に正面からネシンバラの額に刺さったのはヤバかった」
がたがたと尋常じゃない冷汗と共に額を押さえだしたネシンバラの背中を同じくどっかの誰かさんの矢を食らった連中がさすって「だ、大丈夫だぞ、お前の大好きな古傷がうずいてるだけ! うずいてるだけだから!!」と慰めている。
箸を叩きつけるように弁当箱に置いて、
「聞こえてますよ!! だ、だからあの事件は終わった後、いっぱい謝ったじゃないですか!!」
どうやら話を聞いていたらしい浅間が立ち上がる。
「いっぱいおっぱい謝ったじゃないですか!! って、その後のケアが不十分だったんだろ。第一謝って許されるってレベルじゃねーじゃんかアレ。今言ったネシンバラにぃ、点蔵は内股、ウルキアガは関節部、シロジロは肩をやられた、((御広敷|おひろしき))はえーっと……脳だっけ?」
「し、失礼な! 小生は別に脳をやられてるわけではありません!! ただストライクゾーンが内角低めコーナー狙いなだけです!!」
「ほら後遺症が残ってるじゃねーか、可哀想に」
「ちょ聞いてますか義昭君!?」
「あ、今思い出したわ。そーだよ俺も食らったんだよ、お陰で乳首が黒焦げになったっつの。今でも気のせいか黒いままだわ」
首元を引っ張りインナーの下へと目をやる義昭。
腹に据えかね無言で浅間は弓をちらつかせる。
「浅間、いくら義昭だって尻に二本目は入んねーよ!」
「どーかんどーかん。まったく二本刺しとか((破廉恥|ハレンチ)) な巫女だよ、この子は」
まったく懲りてない馬鹿と阿呆に再び煽られる浅間という構図の騒がしいランチタイムに今まで黙って見ていた喜美が、
「フフフ、アンタたち、食事中だってのに本当に毎日騒がしいわね」
「うっすみません……」
狂人がまともなことを言うとより身に堪える。素直に恥じ入って浅間は弓を収め着席、再び弁当と向き合って思い出したように、
「そういえばさっき元信公が言ってましたけど三河で花火――」
◆◇◆◇◆◇◆
それは((遡|さかのぼ)) ること数十分前、梅組が騒いでいる頃、正純が偶然出会ったP-01sと共に母親の墓参りをしていた時のことだった。自身が本多・正純を襲名すべく男性化の手術を受け、胸を削ったこと。そうまでしたのに正信公――三河を治める松平・正信は突然の人払いを行い、その行為はまったくの無意味となった。何もかもをかけて((臨|のぞ)) んだことが水の泡と化したことを思い返しながら((訥々|とつとつ)) と語っていたときのことだ。
記憶をたどる内に一緒に刻まれた感情も呼び覚まされてしまう。
ある程度、時間を経た今でもあの苦しみはとてもじゃないが筆舌には尽くせない。
――どうして、こうも自分は手放してばかりなのだろう。自分の意志も、父の期待も、そして最愛の母すらも“公主隠し”と呼ばれる神隠しで失ってしまった。
何か自分が悪いことでもしたろうか。ただ運が悪かった。言葉だけなら簡単に片付けることもできる。だが、そんなんじゃ心は納得しない。
気づけば、情けないことに涙腺が緩んでしまっていた。
「……格好が悪いな……」
アイツは、泣いてるような、弱さをさらすところなんて一度も見せたことないのに。
脳裏に浮かんだ顔。
同じように奪われてばかりの過去を持つ男。
こんな姿を見られたら笑われてしまう気がして強引に制服で目元を拭っていると、
『――やあ、ご無沙汰しているね武蔵の諸君。覚えている優等生も覚えていない落ちこぼれな誰かさんもとりあえずは自己紹介だ』
この声は。
弾かれるように頭上へ顔を向けると三つ葉葵を印された航空客船が太陽を背に遊覧している。外部拡声器を用い武蔵全艦に響き渡るよう伝えられる低い声はあそこから発せられていることが窺える。
さらに巨大な((表示枠|サインフレーム)) がそこかしこで現出し、耳目を引き受けている。
映像を通し、表示枠の男は熱弁をふるう。
『毎度毎度、私が、――三河の当主、((松平|まつだいら)) ・((元信|もとのぶ)) だ。敬愛を込めて先生と呼んでくれると先生は嬉しいな』
わざわざこうしたパフォーマンスをするとは。相も変わらず掴めそうで掴めない雲のような人だ。
『今夜は面白い見世物を用意しているんだ。夜には三河の方へ目をやってくれているといいかもしれないね。ちょっとした花火が待っているよ。それでは諸君――ごきげんよう』
わずかな時間だったが、たしかな存在感を見せつけて元信公の通神は終了した。同時に表示枠もフッと消滅する。
正純の背後では、P-01sが元信公の船へ手を振っている。
はたから見れば奇妙な絵だ。
だが、きっと自動人形の目にはこちらに向かって笑顔で手を振るう誰かが映っている。
◆◇◆◇◆◇◆
「――があるらしいですけど、そっちはいいんですか?」
「うーん、まぁ別に教導院からでも三河は見えるし大丈夫じゃね?」
トーリの問いに義昭は首肯する。空に打ち上げる花火ならなおのことどっからだって見えるだろ、と。
「とにかく参加してくれるよな義昭!?」
飛んできたつばを借りていた点蔵の浪漫草子で防ぐ。
――せっかくのお祭り騒ぎだ。
思う存分馬鹿騒ぎをしよう。してやろう。
きっとその後はもう、付き合ってやれないのだから。
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