反英雄の東方日記-幻想世界- 3 |
ぱしゃり、と音がして狼に似た妖怪が地面に転がった。
近くに立つ紫苑は返り血の滴る剣を振るい次々に妖怪を狩る。
その動きに一切の無駄はなく、一振り毎に死体が増える。
数分もすれば辺りは血の海と化していた。
「こんなものか。」
酷く落胆した様子で紫苑は呟く。
彼が行っていたのは腕試し。
記憶に不備があろうとも戦闘技術や経験は体に染み付いているものだ。そうそう忘れない。
前世ではさぞ強かったのだろう自分が、この幻想郷でどこまで通用するか知りたかったのだ。
今の獣は誰が見ても弱小妖怪、数と中途半端な速さが強みだったが…。
「まるで相手にならん。精々準備運動だ。」
この結果だ。一撃たりとも攻撃を受けず、逆に狼は一撃で死ぬ。
弱いもの苛めと言われても否定できない状況である。
「勢力があるとあいつは言っていたな。向かってみるか。」
仮にも勢力と呼ばれる程だ。それはそれは強い妖怪が集まるのだろう。
そう思うと期待に心踊る紫苑。
一切の感情変化を見せなかった彼は、不気味に笑っていた。
「…しかし場所がわからん。」
大丈夫か?
幻想郷で最大の勢力、天狗。
普通の妖怪と比べても遥かに強靭な肉体と強大な妖力、そして超高速飛行を可能とする翼。
幻想郷で一番強い妖怪とも言える種族だ。
人間とはまた違う社会を築いている彼らは妖怪の山という場所に街を作り暮らしている。
位置的に人里からそこまで遠いわけではないが、哨戒天狗が四六時中見張っているため誰も近付かない。
…一人を除いて。
「どこだここは…?」
麓の森から迷うこと一時間。
紫苑は天狗の縄張りに足を踏み入れていた。
これが純粋に見つかってないだけなのだから、幸運とは恐ろしいものだ。
肝心な時に発揮されない幸運というのも正直どうかと思うが。
と、ようやくここで警備に発見される。
侵入者に数十分気付けないなんて無能以外の何者でもないが、一度見たからには見逃さないというので±0にしてほしい。
そもそも人間が領域に入ることさえ稀なのだ。
注意を怠っていても仕方がない。
「そこの者、止まれ!
ここは我等天狗の領域である!
速やかに立ち去れ!」
羽もないのに飛んで現れたのは白髪に犬の耳を持った山伏風の少女。
手にはそれぞれ大振りの剣と盾を持ち、見るからに戦闘準備が完了している。
顔立ちこそ幼いものの表情は険しく、並の人間なら気絶する程の気迫を放っていた。
しかしそれを一切気にせず紫苑は彼女を睨みつける。
「天狗…?」
「そうだ。聞かないのであれば実力行使も已む無しと判断するぞ!」
ふむ、と考える。天狗がどういう妖怪かは知らないが、見張りなぞ雑魚の仕事。恐るるに足りん。
それに適度に痛め付ければ上司もやって来るだろう。なら無意味なわけでもない。
これらの思考を一瞬で終えた紫苑は暗殺者さながらの動きで後ろに回る。
「なっ!?」
いくら生きる年月に差があろうとも、その密度で埋められる。
紫苑は短い間だけとはいえ世界と渡り合ったのだ。
下級妖怪に負けるはずがない。
振り向いた時こちらに来る腕と胸元を掴み一本背負い、肺と心臓を強打するよう叩き付ける。続いて四肢を捻挫程度に能力で捻って、首に剣を突き付ける。
正に一瞬の出来事。
彼女の頭ではなにをされたのかわからないまま、なにも出来ず終わった。
「うぐっ…貴様、なんのつもりだ!
こんなことをして只では済まされんぞ!」
「弱い。所詮雑魚か。」
あまりの侮辱に顔が真っ赤に染まる。
確かに自分は強くない。だが人間に遅れをとるなんてことは有り得ない。なのに…。
唇を噛む天狗とは裏腹に、紫苑は変わらず冷えきった声で言う。
「さっさと上を呼べ。それがお前の存在理由だ。」
他に生きる価値はない、とでもいうように徐々に刃が迫る。
しかし紫苑は知らない。
天狗の連絡手段が物理的なものに限るということを。
行動が制限されている以上何もできない。
「く…うぅ…。」
「そうか。なら死ね。」
紫苑が剣を高く振り上げる。
せめて一矢報いようと彼女が弾幕を放とうと力を込めた。その時。
剣から出た斬撃が、後方の旋風を打ち消した。
「文…様?」
「遅れてごめんね椛。」
倒れた天狗、犬走椛を助けたのは鴉天狗の射命丸文。
一瞬だけ感じた魔力を頼りに追ってきたわけだ。
幻想郷最速の彼女だからこそ間に合ったと言えよう。
「お前は強いのか?」
「ええ。あんたなんかよりずっと、ね。」
「なら襲った甲斐があったものだ!」
化け物染みた脚力で文と同じ高度まで飛び、赤黒く輝いた剣を横に凪ぎ払う。
振ったのと全く同じタイミングで、空が割れた。
信じられないことに、空間を裂いたのだ。
だが血の匂いはない。
向こうも信じられないことに、完璧に避けたのだ。
更に後ろから衝撃が襲い掛かる。
高速移動を活かした体当たり。
受身も防御も出来ず紫苑は地面に激突した。
「本気でやってもよさそうだ。」
すぐに這い上がり、その緋と碧の瞳が妖しく光る。
深く身を屈めた。背から服を突き破って翼が生えた。
「思いしれ。」
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その3 | ||
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