緋弾のアリア“狂化の傘と、氷花の聖剣” 2弾 |
『コノ チャリ ニハ、爆弾ガ仕掛ケテイ ヤガリマス。少シデモ 減速シ ヤガッタラ 爆発シ ヤガリマス』
「「どうしてこうなった!!??」」
やぁ、皆、元気?
新学期を迎えてさわやかな朝の登校。春の訪れを感じさせる微かな陽気が心を躍らせます。桜吹雪を見たいところですが、そこは東京。残念ながら一面の桜を見るにはもう少し遠出しなければならないようです。
さて、そんなうららかな朝、俺は元気いっぱい、ものの見事にチャリジャックされてます畜生ォ!
桜なんて楽しむ暇は無い。今はひたすらこの不条理な現状にパニくってしまっている俺である。
「落ち着け、水海!!今は状況を確認して対策を練るんだ!」
俺の目の前でペダルを必死でこいでいるキンジが、半分パニックになっている俺を落ち着かせようと声を上げる。しかしその声もいかばかりか焦っていて、どこか冷静さを欠いていた。 俺はそんなキンジの声を聞いて逆にある程度冷静さを取り戻す。ほらあれだよ、他人がテンション高いと逆に自分は冷静になってくるアレな感じだ。
俺自身、何をすればいいのかパニくっていて見当も付かなかったので、とりあえずキンジが指示した通り、現在の状況を改めて把握しようとした。
………けどま、よく考えたら状況なんてさら確認するまでもないんだけどな。簡単に言えば、C4、つまりプラスチック爆弾が仕掛けられたチャリに不注意にも乗ってしまったためにチャリジャックされ、しばらく走っていたら今度は背後からイスラエル最初の国産兵器である短機関銃、UZIを搭載したセグウェイが現れて、スピード上げろだの何だのと脅されている次第である。
「イスラエル陸軍技術少佐、ウジエル・ガルさん……あなたが要請した最初のイスラエル国産兵器は、第二次どころか第四次中東戦争が終わった現代でもなお、このような形ではありますが元気に活躍しておりますよ…………ホロリ」
「このタイミングで妙なミリタリートーク始めなくていいから!!つーかホロリって!一体どこに感涙にむせぶ要素があったんだよ!?」
「いや、こうでもしてないとチャリジャックのこと思い出しちゃいそうで……」
「逆だよ!!逆に忘れんなよ!!」
「……チッ」
「『チッ』って聞こえたぞ!?『チッ』って!!」
やれやれ……折角人が現実逃避してるってのに、そんなマシンガンみたいなツッコミされたせいで、否が応にも現状に向き合わなきゃならなくなっちまったじゃねーか。俺はこういうシチュエーション苦手なんだよ…。シリアスとか破壊したくなっちゃうんだよ…。
…よし、もう一度向き合ってしまったのなら仕方ない。現実逃避は諦めよう。
代わりに、このシリアスでピンチな雰囲気をぶち壊しに掛かるとするか。
そう決意した俺は、我らが画期的エコ二輪車“KIN‐G”を一定の距離をおいて追い上げるセグウェイを見つめながら、作戦を練り始めた。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
キンジは焦っていた。
既にパニックになってしまっている水海を落ち着けるためにも、あたかも冷静であるかのように振る舞ってはいたが、その背中に流れる冷や汗や、ペダルをこぐ足が震えていることが、その冷静さを明確に否定していた。
……にもかかわらず切り替えの早いそのルームメイト、左 水海はどうやら既に落ち着いたらしく、今度は唐突にボケボケな話をしだしたから、キンジの焦りはさらに加速することとなったのであった。
今のキンジの心情を代弁するなら、こうである。
(こいつ何言ってんだ!?ついにアタマがおかしくなったのか!?)
そんなキンジの思いを知ってか知らずか――というか恐らく知ってやってる確信犯の水海は、さらに口を開く。
「それにしてもC4(プラスチック爆弾)ってさ……理不尽だよな」
今度は案外、まともな発言だった。そのことにキンジは心底安堵し、頷く。
(――ッたく、俺は来年から普通の高校に通うつもりだってのに!それがなんでこのタイミングで、こんな目に逢わなきゃなんないんだよ!?
これだから、これだから武偵は嫌なんだ―!!)
来年から普通の高校に通うための申請用紙が、今キンジのカバンの中にはあった。
(武偵なんて損な役回り、俺はしたくない。俺は社会で普通に暮らしていくんだ!!)
一見すれば、それはただのわがままな考えでしかない。しかし、キンジは知ってしまったのだ。
かつて自分の憧れであった兄、遠山金一の死という悲劇によって、武偵という仕事のやるせなさをを。
そんな彼に――誰一人として兄をいたわらず、それどころか不出来な武偵として謗る社会を見てきた彼に――その考えがわがままであると、誰が言えるのだろうか。
何よりも、誰よりも、武偵という職業の暗い部位を見せ付けられた彼が、『武偵をやめる』という考えに至るのは、至極まっとうな結果であった。
だが今、そんな考えさえ、武偵殺しによるチャリジャックによって危ぶまれている。
だからなんとしても、この理不尽な状況を抜け出したい。そして、こんな未来の無い、救いの無い職業など捨て去って、社会で普通の人間として暮らしたい。キンジはそう切に願い、そしてそんな考えから、水海の言う『理不尽』に同意したのだが。
「やっぱそーだよな…。なんたって、C4って舐めると甘い味がするのに、毒性があるんだぜ?甘いのに毒があるとか、理不尽極まりないよな」
「ちょっと待った」
(何言ってんだコイツ。理不尽な箇所のチョイス、どう考えても間違ってるだろ!?)
しかしそんな心のツッコミは届くことはなく、水海は続ける。
「ん?それ以外に理不尽な箇所ってあるか?」
「あるわァァァァア!!!俺たちが、というか主に俺が、こんなふうに命懸けで自転車を漕ぐハメになってんのが何のせいかよく考えろ!!」
「爆弾に罪はない。それは使う人の問題だ。『罪を憎んでC4を愛せよ』という名言もあるだろ?」
「ねェよ!!どこの爆弾魔の字引を引けばそんな狂った名言が出てくるんだよ!?」
「爆弾は凄いぞ。どこぞの時計塔の魔術師が作った魔術工房だって、一瞬で破壊できる」
「とりあえず俺と会話しろ!!話がてんで噛み合ってねぇから!!」
すでに足は限界に近づきつつあった。そんな中、仲間からの無駄なボケがさらにキンジを追い込んでいく。無駄に。
しかし水海はなおも喋る。
「あ、あとさ―――」
「まだなんかあんの!?もういいよ、黙ってろよ!!」
そして遂にキンジはキレた。既に余裕の無いキンジにとって、水海のボケは苦痛以外の何物でもないのだ。
しかし、そんなキンジにさも意外そうな顔で、水海はしゃあしゃあと――
「え…現状を打破する作戦を話そうかと思ったんだが……」
と言ってのけた。
「……話を続けてくれ」
(ここは我慢だ、我慢…)
手をワナワナと震わせながら、後で三時間ほど優先順位について説教してやろう、とキンジは決意した。
そんなキンジの促す声に頷くと、水海は話を再び始める。
「まず目下の問題についての確認だ。
第一に、助けが来ないこと
第二に、二人乗りがために負担が大きく、バテるのが早いこと
第三に、背後のセグウェイが邪魔
でいいよな?」
「……そんなとこだな。爆弾については俺達にどうこう出来る代物でもないし」
「了解、じゃあ俺は現状打破と、これから開発しようとしている新しい武器の材料調達も兼ねて背後のセグウェイに跳び移るから、自転車を安定させ――」
「ちょっと待て、どうしてそうなる」
(本当に大丈夫かコイツ?話が三段跳ばしで進んでることに気付いないのか?)
キンジは冷や汗を流しながら背後に座るルームメイトを案じる。そして唐突で理屈が遥か彼方へ吹き飛んでいる水海のセリフに、丁寧な説明を要求する。
「ああ、説明不足だったか。ごめんごめん。まぁ、さっき言ったように、俺があの後ろのセグウェイに乗り移れば、例の3つの問題が解決するんだよ。俺がいなくなるから、キンジがもう少し耐えられるし、俺が助けを呼ぶこともできる。それにセグウェイを処理すれば、これ以上加速するように命令されることもない」
なるほど、とキンジは頷く。しかし、その作戦にはいささかの問題があることにすぐさま気付いたキンジは、それを指摘する。
「待て、お前、ここからセグウェイまで跳べるのか?結構この自転車スピード出てるし、失敗したらかなりのケガするんじゃねぇか?
……それに――このチャリに付いている爆弾が遠隔操作できるタイプだとしたら、それを実行しようとしたとたんに吹き飛ばされるかもしれない」
すると、水海は頷きながらも自信有りげに応える。
「あー、確かに。でもまぁ、大丈夫だろ」
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
キンジから聞かれた質問に、俺は軽く返す。もちろん、キンジが言った『爆弾が操作可能か否か』は俺も考えた。
でも、恐らく答えは否だ。
「なんで言い切れる?」
そう聞いてくるキンジに、俺はドヤ顔で言った。
「武偵なら自分で考えろ」
説明すると、もし遠方からの手動操作で爆弾を爆発させるなら二つの方法がある。
1つは『爆発しろ』という指令を電波を通じて放ち、それによって起爆させるという方法。しかしこれだと、電波などを妨害されてしまえば、その爆発の指示を出すことが出来ない。
その欠点を補うのが今から説明する2番目の方法だ。
それは、常に爆弾との通信を行い、そして通信が遮断された場合に起爆するというもの。
こうすれば、前者の方法のように電波を遮断した瞬間にドカンと一発食らってしまうって寸法だ。
今車輪に取り付けられた爆弾を確認したが、電波の受送信を行うための端末は見たところ1つしかなかった。しかも爆弾自体が小さいから、端末を積み込めるスペースを考えるに1つが限界だろう。それに、このチャリは既に圏外の場所も通過してきたから、電波が遮断すると爆発してしまうような後者ではないという推測が立つ。
そして最後の決め手が、これだけ小さい端末となると、大体機種が限られてくるということ。俺の記憶が正しければ――
「この大きさの型番に、後者に当てはまるような高性能な電波の送受信機はない。よって――」
「つまり、電波を遮断すれば大丈夫な方の前者ってわけか?」
「そーいうこった。こういうこともあろうかとカバンの中に妨害電波を流すための機材積んどいてよかったぜぃ……。さっき起動したから、爆弾は多分もう|武偵殺し《アイツ》の意志じゃ爆発できない。あとは時間とお前の体力次第って訳だ」
「……なんで妨害電波を出す装備を日頃持ち歩いてるのかをツッコミたいところなんだが……まぁいい。そうと決まれば――やれるか?」
『本当に跳び移れるのか?』という心配のような言葉をすこし省略した形で、キンジが問うてくる。
あえてすべて語らなかったのは、それが俺へのプレッシャーになるのを恐れたからだろうか?
まったく、いらん心配しやがって……。
「当たり前だろ。心配すんなって」
猛スピードで走る自転車の後ろの荷台部分に座っていた俺は、自転車から落っこちないよう、おもむろに立ち上がると、その荷台に両足をついてしゃがみこむ。
背後のセグウェイとの距離は把握済み。あとはちゃんとその距離にあうよう、背後に跳躍すればいいだけだ。
背負っていたカバンから妨害電波を出す装置を自転車のサドルに括り付けて爆弾の遠隔操作を阻害し、さらに俺自身の荷物を軽くする。最後に左手にお気に入りの拳銃を握り、下準備を完全に終わらせた。
「じゃあ、行って来る!!」
それにキンジがどう返したのかを聞く間もなく、その一言を合図に俺は膝を思い切り伸ばして跳躍。腰を柔軟に曲げながら、背後に高めのバク転を決めた。
自転車から離れた体はセグウェイと自転車の間の宙を舞い、そして自由落下の物理法則通りに高度を下げ始める。
顔を下に向けると、空中で上下逆さまになっている俺の眼下を、武偵高の体育館へと続く黒いアスファルトの道にかかれた白線が通り過ぎてゆくのがしっかりと見える。その間は一瞬にも関わらず、俺の中では何分間にも引き伸ばされたような長い時間に感じられた。
そんな中で、ゆっくりと流れる時間に感覚を左右されないよう、俺は自分の中できっちりカウントする。
――――3
まだ来ない。
――――2
まだ来ない、が、セグウェイの静かな走行音が微かに聞こえ始める。
――――1――!!
走行音がもうすぐそこまで迫ってきている。
俺は来たるタイミングを逃すまいと、手を開いて精一杯伸ばす。
―――そして。
来た!!
さらに時間がゆっくりと進むような感覚に襲われる。眼下を今まさに走りぬけようとしている、ハンドルにUZIを固定したセグウェイがスローモーションで見える。そのゆっくりと進む一瞬の間で、俺はセグウェイの、そのハンドルに精一杯手を伸ばし――しっかりと、掴み取る。
ハンドルを掴んだ手を支点に、くるりと振り子のように回転しながらセグウェイに乗り込むと、俺は即座にUZIの引き金部分に為されていた細工目がけて、あらかじめ左手に持っていた拳銃――S&W/M686Plus、通称マグナムプラスで発砲、破壊する。
「………ふぅ」
ひとまず、これでキンジが背後から狙撃される危険は去った。
目の前、さっきまで俺が座っていた自転車が無人の第2グラウンドへと入っていくのが視界の端に映る。恐らく、人を避けて、爆発しても最小限に被害を抑えよう、というキンジなりの配慮だろう。
それに続こうとするセグウェイのハンドルを無理やり別方向に向けて、俺はセグウェイに付けられていた遠隔操作用の発信機を再び拳銃で、今度は叩き壊す。
だって弾が勿体ないし。
そうして、完全にセグウェイの支配を強奪した俺は、今度は救援を求めるために体育館へとセグウェイのハンドルを向ける。
しかし──問屋も、武偵殺しも、そう簡単には卸してくれないようで、すぐさま障害とぶち当たってしまった。
目の前には、俺が乗っているのとは別のセグウェイ──しかし外見はきっちり同じように作られており、ハンドルにはやっぱりUZIを装備している──が、三台いた。
……三台だよ?
何この誰得な大放出。
そんな俺のツッコミを華麗にスルーした三台のセグウェイは、俺を中心に60度の角度で弧状に並びたつ。
淀みなく、軍隊のように統一されたその動きを止めることなく、今度はハンドルに装備したUZIをためらいなく俺の正中線に向け、そして次の瞬間──
3つのマズルフラッシュが瞬き、3つの発砲音が同時に鳴り響いた。
□■キンジサイド□■
───なぁ、空から女の子が降ってくると思うか?
どこぞのバカ理子だったら、きっと
「それキャッキャうふふなラブラブストーリーが始まるフラグだよ、キー君!!」
とか言うんだろうな。
昨日見た映画でも、そうやって降ってきた女の子が中心となって物語が展開されていたし、それはあながち間違ってないんだろう。
でも、だからといって
「じゃあ女の子が降ってこないかなー」
なんて考えるのは、浅はかってもんだ。
だって、空から降ってくるんだぜ?
そんな女の子、絶対に何かしらの厄介ごとを抱えているに決まっているんだ。
それを中心に物語が進むってことは、その物語が、その厄介ごとに関わる物語になるのは必然的な話だろう?
つまりその少女と出会って、物語に巻き込まれてしまったならば最後、その厄介ごとに無理やり首を突っ込むハメになるわけだ。
くわばら、くわばら。
だから少なくとも、俺、遠山キンジは思うわけだ。 空から女の子なんて、降ってこなくていいってな。
それでも。
どうやら俺は、降ってくる女の子から逃げられない宿命にあるらしい。
なんたって、こんな逃げられない状況で、まさに俺目がけて女の子が降ってきているんだから──!!
「バッ、バカ!来るな!この自転車には爆弾が──」
先程ビルから飛び降りた少女は俺の叫びを完璧に無視して、どうやら屋上で滑空準備させてあったらしいパラグライダーをなびかせ俺の方へと降下してきていた。
そのスピードの速いこと。慌てて自転車を走らせた俺を背後から滑空して抜き去るほどである。
そして、すれ違いざまに──
「行くわよ!!」
という叫び声を残して、少女は再び上空へ、巧みに気流を掴んで舞い上がる。
って、待て。
『行くわよ!!』
ってのは、一体どういう意味だよ!?
混乱する俺を一目見て、空中でオシリを振り子のようにしてこちらへ旋回した少女は、パラグライダーのハンドルに爪先を突っ込むと、逆さ吊りの状態になった。
そして、そのまま──
「──マジかよ……ッ!?」
──そのまま滑空して、サーカスの空中ブランコのように俺をキャッチしようとしているらしい。
「ほらバカッ!全力でこぐ!」
あちらの意図に気付いて青くなっている俺にアニメ声で叫び、命令する少女。
つーか、バカはそっちだろ!んな滅茶苦茶な助け方があるかよ!
俺の心のツッコミは無論届かず、少女はこちらに滑空するパラグライダーに足で宙吊りになりながら、両手を広げてこちらに迫る。
まるで、昨日見たアニメ映画みたいだ。ただ男女が全く逆なことを除けば。
近づく距離。パラグライダーに宙吊りになる少女の顔立ちが徐々にはっきり見え始め、そしてクチナシの蕾のような甘酸っぱい香りが嗅覚を刺激した、その瞬間──
「むぐぅッ!?」
少女の体にぶつかり、抱き合い、空へとさらわれ──そして。
ドガァァァァァァァァァアッ!!!!
まばゆい閃光が視覚を、轟音が聴覚を、爆風が触覚を支配した。
あの爆弾は、本物だった。
その事実に戦慄しながら、俺はあの少女とともに熱風によって吹き飛ばされ──引っ掛かった桜の木にパラグライダーをもぎ取られ、グラウンドの片隅にあった体育館倉庫の扉に突っ込んでいった。
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