たとえ、世界を滅ぼしても 〜第4次聖杯戦争物語〜 崩壊虚城(邂逅運命)
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―――――――――――サイレンが聞こえる。

 

燃える((ホテル|城))は、ただ燃えている。

 

よくある光景とは違う、異常なる始まり。

 

町は恐怖に染まり、人は異端の気配を知る。

 

 

だが真の脅威が牙を剥く時、その恐怖は形として現れるのだ――――――

 

 

…………………小さな【命】が、泣いている。

 

*************************************************

 

<SIDE/久宇舞弥>

 

『準備完了だ―――――――そちらは?』

「異常無しです…いつでもどうぞ」

 

冬木ハイアットホテルから斜向かいの高層ビル、そこで待機している久宇舞弥は、衛宮切嗣からの連絡を受けていた。

万が一にでも『計画』が上手くいかなかった時の備えとして、ホテルの監視を彼女は行っていた。

現在全ての進行は順調だ、これならば『計画』は成功するだろうと舞弥は確信していた。

 

連絡が終わってから数秒後、突然高さ150メートルを誇る冬木ハイアットホテルが、直立の状態のまま地面に沈むように崩壊し始めた。

 

 

(………計画通り、終わった。)

 

 

何故ホテルが突然崩壊しだしたのか?

それは、切嗣が事前に仕掛けていた、C4プラスチック爆弾が原因だった。

 

爆弾といっても、仕掛けたのは極少量であり外にも爆発音が漏れる事が無いように計算されている。

しかも狙ったのはホテルの鉄筋部分、これにより、はたから見れば突然ホテルが【勝手】に壊れたのだと【素人】は思うだろう。

 

しかし、その正体は((爆破解体|デモリッション))――主に大規模な高層建築の解体に使われる高等発破技術なのだと、一体誰が気付くだろうか。

 

ビルそのものの重量を利用して、周囲に被害をもたらすことなく建築物を瓦礫に変えるこの手法。

ソレをランサーのマスター――――――――ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの殺害の為に、切嗣は使用した。

 

既にホテルの最上階をケイネスが工房として改造していたのは、舞弥の事前の調査で判明していた。

だから切嗣は、そこに飛び込むことを選ばす、((ホテルごと|工房ごと))破壊するのを選択したのだ。

たとえ工房が強固だったとしても、それを形成している((建物|根本))ごと崩されたらどうしようもあるまい。

ケイネスはあのまま拠点に籠城していたのだから、ホテルの崩壊に巻き込まれて瓦礫と共に地に沈む事になるだろう。

 

 

―――――――――だが

 

 

ズズズ……と音を立てて、10階まで沈んだ、その時。

そのまま崩れ落ちる筈のホテルが、ギシリ、と音を立てて崩壊を止めたのだ。

 

 

(なにっ…!?)

 

 

舞弥の中で、小さな驚愕と衝撃が走った。

((あの|・・))切嗣が仕掛けた爆弾で、ホテルが完全に崩壊しきらなかったのだという事に、彼女は驚きを隠せなかった。

完璧に設置されていただろう爆弾は、その威力を確かに発揮した筈だった。

……しかし、これは現実だ。

かのホテルは確かにまだ健在、多少速度が落ちて崩壊は続けているものの、一気に崩れ落ちる事は無かったのだ。

 

(どうして…?)

 

舞弥の中で戸惑いは広がる。

彼女からすれば【有り得ない】事に、【機械として生きている】女の心は戸惑いに揺れていた。

 

 

 

――――――――((彼女|舞弥))は知らないが、このホテルがすぐに崩壊しなかったのは、【1人の女魔術師】が関わっていたのだが、ソレを彼女が知るのは暫く後の事である。

 

 

 

むしろ…そんな事を考えている余裕すら、彼女は一気に((削られる|・・・・))事になったのだから。

 

 

 

ヒュッ……!

 

 

「―――――っ!?」

 

 

ズダンッ!

 

 

 

一瞬――――――――確かに耳に響いた【微かな音】に、舞弥の身体が反射的にその場に転がった。

 

その判断は、正しかった。

そのおよそ0.5秒程の間、舞弥がいた地点に、確かに【剣】が突き刺さったのだ。

 

急いで回避行動をして距離を取る。

狙撃する為に持っていたライフルを『襲撃者』に向けて、彼女は真正面からその相手を見やる。

 

 

「――――――――今のを避けたか、女。」

「………っ!!」

 

 

(まさか……何故この男が、此処に!?)

 

 

『どうした、応答しろ舞弥!!』

 

 

無線機から切嗣の声が響くのもおざなりに聞く事になりながら、

その声に答えを返すのもままならない状態に追い込まれた事に、

そして………((その男|・・・))の接近に気付けなかった事に、舞弥は表情を変える事無く焦る。

 

 

「女、お前に用はない………………衛宮切嗣は、何処にいる?」

 

 

 

 

衛宮切嗣が、この聖杯戦争で最も警戒している男。

アサシンのマスターであり、本来なら此処にいない筈の存在。

 

黒い((神父服|カソック))に、((金の十字架|ロザリオ))を身に着け、その右手に代行者の持つ黒鍵を手にして――――――――

 

 

 

 

(言峰―――綺礼――――!!!)

 

 

 

 

何よりも、誰よりも、((衛宮切嗣|魔術師殺し))に近寄らせてはいけない。

恐るべき【敵】が、彼女の前に立ち塞がっていた―――――――――――――――――

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<SIDE/衛宮切嗣>

 

 

(くそっ………確かに爆弾は仕掛けていた筈だ…どうなっている?)

 

 

ハイアットホテルの完全な爆破を行った筈なのに、崩壊しなかったという事実に、【魔術師殺し】――――――――衛宮切嗣もまた、舞弥と同様に戸惑いを隠せなかった。

 

(…いや、まだ大丈夫だ。

舞弥もしっかりと監視している、下の階は崩壊しているんだ。

十分に勝機はある…ランサーのマスターはすぐに脱出しようとするだろうから、そこを射殺してしまえば問題は無い。)

 

しかし、事実は事実、切嗣はすぐに現実を受け止め舞弥に指示を出そうと通信機を手にした。

((衛宮切嗣|魔術師殺し))にとっては、アクシデントの1つや2つは発生しても問題は無いと判断する。

その為に((計画|プラン))を立てていたのだ、今のが駄目なら、次のを使って殺してしまえば問題は無い。

 

だが―――――――その【敵】が現れるのを、衛宮切嗣は想定してはいなかった。

 

 

『……ズダンッ!』

 

 

通信機から、その【何か】がコンクリートに突き刺さったような、音がするまでは。

 

 

「っ!?どうした、応答しろ舞弥!!」

 

 

しかしその声に返事は返らず。

通信機から数秒後に聞こえ始めたのは、刃を鳴らす金属質の音だった。

 

その【音】に、切嗣は警戒度を引き上げる。

 

 

【音】が意味するのはただ1つ………舞弥が、【敵】と戦っているという事だ。

 

姿が確認出来ない【敵】は自らの天敵に当たり、背後から忍び寄られ奇襲されるのは、【誰であっても致命的】だ。

ましてや【((久宇舞弥|アレ))】は、((衛宮切嗣|魔術師殺し))に必要不可欠な【部品】でもあり、【優秀な機械】。

まだ始まったばかりの戦争で失うのは、あまりにも手痛い【損失】になってしまう。

 

 

(舞弥が戦っている場所は…おそらく監視の為の位置の付近、あそこでホテルを監視し続けていたのなら、離れるという判断はしない筈だ…!)

 

 

((衛宮切嗣|魔術師殺し))は、即座に自分に何が出来るのか、どうすればこの危機を脱する事が出来るのかを思考する。

 

……………出来る事は少ない。

今の手持ちの銃では、とても掩護は出来ない。

そもそも、【((掩護すべき対象|久宇舞弥))】は地上から100メートル以上も上に居る。

 

しかし――――――――【逃げる為の掩護】さえ出来れば良いのだ。

((衛宮切嗣|魔術師殺し))はそう考えると、唯一使えると判断した発煙筒を掴んで狙いを付ける。

 

「((Time alter|固有時制御))―――((double accel|二倍速))!」

 

 

流石に手投げ式の発煙筒を、100メートル以上もあるビルの上に自分の腕力だけで投げられないと分かっている為、魔術を行使する。

 

【衛宮】に伝わる【時間制御】の魔術。

切嗣によって【戦闘】の為に使用される魔術、ソレを使用する事で発煙筒を通常よりも2倍の速度で投擲する―――――――――!!

 

「………例の場所まで、退避。」

 

そして、衛宮切嗣は、そのまま【背を向ける】と、全力でその場を離脱した。

 

舞弥の援護として投げた発煙筒が、恐らくではあるがその付近に落下したのを最後に視認した。

万が一の事も踏まえて、通信機に落ち合う場所も言った。

後は………待つのみだ。

 

切嗣は移動用の車が置いてある場所まで移動すると、すぐにでも発車出来るようにキーを回す――――それから数分後。

 

バンッ…バタンッ!

 

後部座席のドアを開ける音とすぐに閉まる音を聞き、切嗣がバックミラーで舞弥と確認してからすぐに車を出す。

………確認した時、その表情がどこか、戸惑いを湛えているように見えた。

 

「…………【敵】のマスターは、誰だった。」

「――――――――はい、報告します。」

 

戻ってきた舞弥が、どこか様子がおかしいと感じて声をかける。

しかし、その様子を舞弥は一変させると、いつものように無表情になり淡々として声を紡いだ。

 

 

 

「交戦したマスターは…………【言峰綺礼】でした。」

 

 

 

その、天敵の名を、告げた。

 

 

 

 

 

 

 

―――こうして魔術師殺しこと、衛宮切嗣は冬木ハイアットホテルの崩壊を完全に見届ける事は無く。

 

 

正規の【運命】は、ここで完全に崩壊した。

 

邂逅を果たす事は出来ずとも、そのすぐ傍まで迫った((求道者|言峰綺礼))は静かに踵を返して街へと消えた。

 

【彼等】がその【運命】に従い、向き合った時、何が起こるのかそれはまだ………誰にも分からないのだった………。

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――――――衛宮切嗣、久宇舞弥、そして言峰綺礼。

この3人がそれぞれの戦闘を開始している間に、ホテルの方でも動きがあった。

……【本来】なら、起こらない筈だった事態が、発生していた。

 

 

「………っに、逃げろおおおおおお!ホテルが、ホテルが崩れて来るぞぉぉぉぉぉっっ!!??」

 

―――――――――――避難客の内の1人の男性が、最初に【ソレ】に気付いた。

 

燃えているホテルの外壁の一部が崩れ、ホテルから離れている避難客達の付近まで落下を始めたのだ。

………冷静になれば、当たらない位置だと、多少はかかっても気付けただろう。

((衛宮切嗣|魔術師殺し))とて一般人を巻き添えにするつもりは無かった。

ただそれが彼等の為という理由ではなく、単に自分の「甘さ」と断じてはいたが。

有り得ないとは考えてもいたが、万が一にでも二次災害が発生した場合、

避難客が巻き込まれないように、落下物の発生するだろう箇所の計算ぐらいはしていた。

しかし―――――此処は((平和な国|日本))であり、『彼等』はどこぞのテロや紛争が多発している国の住人ではない。

ましてや避難客達は『助かった』と安心していたのだ、こんな災害が多発するなんて予想にも、【考えてもいなかった】。

 

「ひぃぃ!?死にたくないぃぃぃ!!!!」

「瓦礫がっ、降って…!あああああああ!」

「うああああああああ!どけっ!俺が先に逃げる!」

「痛っ!うう…痛い、痛い!た、助けて…!置いてかないでぇっ!」

「いやあああああああ!助けて、助けてぇええええええええええ!!」

 

 

 

それ故に―――――その光景を見た瞬間、((信じたくない光景|迫る死の瞬間))に避難客の殆どが一斉にパニックへと陥った!

 

 

彼等の脳裏にあるのは、自らが瓦礫の下敷きになる『最悪の瞬間』。

だからこそソレから逃れる為に散り散りになり、ただ必死に逃げ惑う。

 

崩れるホテルから少しでも離れようと、自らの『生』を優先して悲鳴を上げている若い男。

甲高い声を上げると同時に、蹲りもう駄目だと絶望し頭を振って泣きわめく老年の女。

周りの者を突き飛ばしながら、彼等の事を無視して逃げるのを優先する中年の男。

突き飛ばされ足を挫いたのか、地面を這うように手を伸ばし助けを求める青年。

その懇願すら聞こえないのか、すぐ傍を脇目も振らず逃げていく若い女性。

 

……………もし、((衛宮切嗣|魔術師殺し))に誤算があったとしたら、それは突発的な事態に対処出来ない、普通の人々の『精神の脆さ』だったのだろう。

 

 

彼は長い間『戦場』に身を置いていた為、((この地に足を運んだ|日常で穏やかな日々を過ごした))事は、数年しかなかった。

 

だから――――――――【敵を殺す為】の作戦プランだけを組み立てて、【ソレ】に気付かなかった。

 

戦争の苦しみも、毎日起こっているだろう紛争の事も、『新聞』や『テレビ』でしか知らない彼等が、突然ソレが我が身に降りかかった時。

悲鳴を上げて逃げ惑い、他者を押しのけてでも【生】をつかもうと足掻かない筈が無かったのだという事に。

 

たとえ落下地点や、ホテルの鉄筋に爆発物を仕掛ける事に注意していても、

避難客達が冷静に対処し、【パニックに陥らないで避難出来るかどうか】に対しては、

 

 

ケイネス・エルメロイ・アーチボルトを確実に殺す事に集中していた、((衛宮切嗣|魔術師殺し))は――――――――――――考えても、いなかったのだから。

 

 

「お、落ち着いてください!急いで避難を、反対側へ行ってください!!!」

 

それでも、ホテルの従業員達が、必死に叫んでいるのがまだ救いだった。

もし彼等まで混乱して右往左往していたのなら、被害が出てしまっていただろうから。

なんとか避難客に声をかけて、倒れている人に手を伸ばし肩を貸す姿は、とても献身的だった。

その姿を見て落ち着きを取り戻した者も少なくなく、自分の家族や友人の手を引いてホテルから逃げていく事も出来ていた。

 

…………自分達も必死だろうに、必死に動く彼等のその姿は、まるで【正義の味方】のようだった………

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<SIDE/ドラグーン>

 

そして、【時】は、数分前に遡る。

 

ホテルが崩壊を始めたと同時に、その音は街に一度響き渡っていた。

ホテルの一部が崩れ落ちた音、ソレが落下し、地響きを立てた音が。

 

そして、その事態に気付き、闇夜を駆けるモノがいた。

イレギュラーこと、ドラグーンその人である。

 

(……サーヴァントの交戦か、随分と早いな。

もう少し様子見が続くと踏んでいたんだが……気の早い奴らがいるようだな。)

池の畔から離れ、霊体化して街へと飛び出したドラグーンは、ハイアットホテルへと辿り着いていた。

燃えているのに加え、崩れつつあるそのホテルの姿に、ドラグーンはソレが偶然ではないと気付き眉を顰める。

微かに、魔力の気配を感じるのだ。

崩れゆくホテルの最上階付近、炎に巻かれているあの階に【何か】が仕掛けられていたのだろう。

 

(まさかとは思うが…こんな街中に潜んでいたとでもいうのか?敵のマスターが?

どこのどいつかは知らないが、戦争中にこんな派手な場所に籠城していたとは……はぁ、理解出来ないな。)

 

黒い煙を上げるホテルに、ドラグーンの呆れたような視線が向けられる。

 

――――――【戦争】で、確実な拠点を確保するのは至極当然の事だ。

勿論、その拠点に生活が出来る程の余裕があるのを求めるのも、まぁ悪い事ではないだろう。

無理に野宿やら、廃墟で生活してみるのはいただけない。

ただでさえドラグーンからすれば、この時代の人間は【脆い】と感じるのだ。

どうせ素人が山に籠っても5日間が限界だろうから、その点は特に何も言わない……が…

 

(普通、一般市民が出入りする宿に堂々と寄生するか?人の口に戸は立てられない。

見るからに煌びやかなこの宿に、長期の間滞在している客がいるとなれば、噂にならない訳が無いだろうに……)

 

そう、情報を秘匿するというなら、弁えるべき【限度】というものはやはりあるのだ。

暗示をかけて隠匿するのもいいだろう、それが出来ていて、尚且つ完璧だというのなら。

…しかし、やはり相手は【人間】なのだ。

ましてやホテルの従業員等、毎日同じ人間が働いている訳でも無い。

働いている人間は何人だ?その中で正式な社員は?一時的に雇われている者は?その中に―――――――敵のマスターの、【協力者】がいないと、何故言える?

 

 

(一度でも見つかればその時点でアウト、しかも気付かれているのを分かっているならともかく、気付いていないなら致命的だ。

もはや相手の掌の上で踊っているのと同じだろう、でなければ………恐らく、この宿は燃えて等いなかった。)

 

その答えが【コレ】だ。

無関係な人間が被害を被った。

戦争とは全く関係ない他人が巻き添えになった。

これは、そのマスターの責任といっても、過言ではないだろう。

ソイツさえ此処にいなければ――――――――敵のマスターも、手を出さなかっただろうから。

 

(無事に避難している人間が多いな、宿の【全員】が脱出出来たのか?

だとしたら、あの中に魔術師はいないのかもしれないな……いたとしたら、恐らく敵のマスターが殺しに来ている筈だ。

堂々と宿を燃やすような奴だ、今更人前で殺人を犯す事に躊躇い何てある筈もないだろう。)

 

 

けれど、ドラグーンの視界の先にあるのは、パニックに陥り悲鳴を上げて逃げ惑う避難客達の姿だけだった。

突き飛ばされて泣いている者、精神が現実を拒絶し気絶した者はいれど……ただの1人も、その中で突然倒れて死んだりしている者はいない。

 

そう、【それだけ】だ、つまりあのホテルの中のマスターは脱出出来なかった。

敵のマスターもそれを確信したからこの場にはいないのだろう、そう結論付けるとドラグーンは、もはや用は無いと踵を返して――――――――ふと、思いついた。

 

(―――――まぁ、襲われたのがどのマスターかは知らないが、【死体ぐらい】確認しておかないとな。

この状態の建物で生きているとは思えないが………魔術師だ、万が一という事もある。

見付けたとしても無傷という事は無いだろうし、いたら【とどめ】を刺しておこう。)

 

まるで忘れ物をしたから取りに行こうというようなノリで―――――――――一切の容赦のない、その冷酷ともいえる結論を。

 

手負いの獣の厄介さは、良く知っているから【とどめ】を刺す。

それはどんな形であれ、決して手抜きしない狩人の考え。

慢心や手心は【戦争】において無駄、と断じる【彼】の((戦闘論理|バトルロジック))。

万に一つの可能性すら予断はしない、無駄な行動になっても、しないよりはいいだろう。

そう考えを纏めると、ドラグーンはそのままホテルへと侵入する事にした。

 

 

 

 

 

 

――――――――…してくれ!■■■が!

――――――――いけません!…ないで!

――――――――……■■■!まだ【中にいる】の!

――――――――…もう……助からない……■■なんて…

――――――――…ああ……■■■……どうして…■■■……!

 

 

 

 

 

その背後で―――――――数人の騒いでいる声が、響いていた。

 

 

 

 

 

        <冬木ハイアットホテル32階――――――スイートルーム>

 

 

 

 

仮にも聖杯戦争のマスターの、居住とされていた場所。

むしろ何かあるだろうと考えて侵入したドラグーンは、呆気なく入れた事に拍子抜けしていた。

上の階、最上階の辺りが魔力が濃いと気付いてから一気に外壁を伝って侵入したのだが、そこには大したモノは無かった。

燃えている部屋、近くに【燃えるようなモノ】でもあったのか、凄まじい勢いで燃え上がっている部屋の状態。

しかしソレをどうでもよさそうに見やって……ドラグーンはすぐに気付いた。

 

 

(……………死体が、無い?)

 

 

くるり、と周囲を見渡してみるが、燃えている最上階の、崩れかけたスイートルームがあるだけだ。

部屋の主の姿は―――――――何処にも、なかった。

 

完全にこの場は【無人】だと確信すると、ドラグーンは暫しそのまま思考する。

 

(炎に巻かれる前に脱出したのか?いや、それならば敵のマスターが許す筈が無い。

なら何処かに潜んでいるのか…?しかし、此処に来るまでのタイムラグはそこまで無かった…宿の【何処か】に、まだいる?……上等じゃないか、このまま宿が崩れても生き残れる手段があるという事か!なら尚更この場で確実に葬って………………っ!?)

 

物騒な結論をドラグーンが出そうとしたその時――――――――下の階の方から、『何か』を感じた。

 

(……何だ?今更動いたとでもいうのか?しかし…)

 

その突然感じた『何か』に、ドラグーンは此処を拠点にしていたマスターかと思ったが、『違和感』を覚えた。

 

感じたソレは1つで、明らかに弱っていた。

そして、まるで『叫んで』いるような、そんな違和感を感じた。

 

しかも、そこから動こうとしない。

動かないのか、それとも【動けない】のか。

怪我を負って動けなくなってでもいるのだろうか?

しかし、それにしては肝心のサーヴァントの気配がしない。

 

ただの気のせいだろうか…………けれど…………何故か、酷く、気になった。

 

 

(―――――まぁいいだろう、この状況で罠とは思えないし、【何なのか】、確認だけしておくか。)

 

 

そう結論を出すと、ドラグーンは霊体化したまま下の階へと床を突き抜けて下って行った。

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<SIDE/??????>

 

<冬木ハイアットホテル15階――――――崩れていない通路>

 

 

崩壊していくホテルの一角、未だ崩壊の牙に晒されていないフロア

 

 

そこに、いる筈が無い、小さな人影があった。

まだ10歳にも満たないであろう、小さな少年。

少年は1人蹲り、両親を呼びながら泣いていた。

どうしてこうなってしまったのだろう、と泣いていた。

 

 

【彼】はただ、家族と一緒にホテルに食事をしに来ただけだった。

いつも働いている父が、家族の為にと出費して市内のホテルに連れて来てくれたのだ。

母も楽しみにして来た家族の記念日、父がこっそり教えてくれた、今日は『けっこんきねんび』なのだと。

母も父も仲が良く、【彼】も両親が大好きで、だから今日は皆で笑える素敵な日になるのだと【彼】は純粋に信じていた。

 

 

 

 

         ジリリリリリリリリリィィィィィィィィィ!!!!!!!

 

 

 

 

 

あの時―――――――――――――――――火災報知機のサイレンが鳴るまでは。

 

 

 

『いい■■■!この手を離さないで!』

『うん、分かった!』

『急げ!早くホテルの外に出るんだ!』

 

食事をしていると同時に、響き渡ったサイレン。

慌てて一斉に逃げ出した他の客、両親と自分も一緒だった。

 

『エレベーターは駄目だ!非常階段へ…!』

『どけよ!邪魔だ!』

『きゃぁっ!?』

『母さんっ!!』

 

逃げる際中、他の客に突き飛ばされた母親。

倒れた衝撃で繋いでいた手は離れてしまった。

 

『大丈夫か!?』

『ええ、私は…■■■は?』

『おれは大丈夫だよ、母さんは?』

『大丈夫よ、すぐに…痛っ!?』

 

立ち上がろうとして蹲る母、突き飛ばされた時に挫いてしまったのだ。

サァッと青褪める母に、父も険しい顔をした。

 

『足を挫いたのか?』

『そうみたいだわ…こんな時に、どうして…』

『――――掴まれ、■■■は頑張って走れるか?』

『貴方っ!?何を言ってるの!■■■はまだ8歳なのよ!』

『大丈夫だよ!おれはちゃんと走れるから!』

 

母を横抱きにした父が、見下ろして告げた言葉に、【彼】は力強く答えた。

小さな【彼】は、母が危ないと幼いながらも分かったのだ。

だから子供なりに、小さな勇気を振り絞って、両親を安心させようとした。

その声に、父は頷き、母は不安そうに【彼】を見つめる。

 

『父さんも出来るだけゆっくり行く、いいか、はぐれるんじゃないぞ?』

『分かった!ちゃんとついてく!』

『…っ無理しないで、辛いならちゃんと呼ぶのよ!?すぐお父さん止まってくれるから!』

『うん!』

 

そうして、再び走り出した家族。

母を抱えているからか、父も全力では走れない。

その後ろを、【彼】も一生懸命走って追いかけた。

しかし、現実は無情にも家族へと襲い掛かってきた。

 

『…っ!煙がこんな所に…!?』

『ごほっ…!嘘、火事は別の場所って…!』

『っ…!げほっ、と、父さん…母さん…っ!』

 

彼等は知らなかった、【小火】が複数発生していた事に。

逃げた先には、小火による煙が立ち込めていた。

白いソレに、堪らず家族は咳き込んでしまう。

 

『おいこっちだ!』

『非常階段を降りるんだ!!』

『急げっ!巻き込まれるぞ!!』

 

実際のところ、火事はまだ燃え広がっていた訳ではない。

しかしそんなの、【仕掛けた本人】以外は分からなかった。

当然、彼等の他にもいた人間達も戸惑い、焦り、他の場所から逃げようと煙の中を右往左往していた。

 

『と、父さん…?母さん…?どこ…?』

『こっちだ■■■!父さんの声の方に来るんだ!』

『此処にいるわ!■■■!こっちに来るのよ!』

 

良く見えない視界、声だけを頼りに必死に【彼】は両親の後を追いかけていた。

………【彼】の両親も、焦ってはいたのだろう。

父は両腕が塞がり、母はそもそも走れなくなっていた。

早く、速くと、脱出を優先してしまったのは、致し方ない。

しかし―――――その行動は、些か軽率だった。

 

『■■■!■■■っ!?』

『嘘…■■■!返事をしてぇっ!!!』

 

 

その結果――――――【彼】が、走り続けた疲労に押し負けてしまい、立ち止まってしまっていた事に、気付くのが遅れてしまったのだ。

父は戻ろうとしたが、母を置いていく事は出来なかった。

愛する女性をその場に置き去りには、出来なかったのだ。

 

………一度、外に母を逃がして、父は戻ろうとした……けれど……

 

 

 

『離してくれ!■■■が!助けないと!』

『いけません!危険です戻らないでください!!』

『お願いです息子が!!■■■が!まだ中にいるの!』

『残念ですが、もう助からない…あんな火事の中、子供なんて…』

『ああ……■■■……どうして…■■■……いやあああああああああ!』

 

 

 

ホテルの入り口が、【突然】のホテルの崩壊に巻き込まれて塞がり。

燃え盛る炎が、ホテルの複数の箇所から噴き出したのだ。

それでも戻ろうとする父親を、ホテルの従業員が押しとどめ。

母親は自分のせいだと、悲痛な悲鳴を上げていた。

 

 

 

 

 

―――――――――はぐれた少年は、周りに誰もいないのに気付いた時、必死に両親の事を探し叫んだ。

しかし、【彼】が煙の中をフラフラと彷徨っている間に、その階にいた客は全員逃げ出してしまっていた。

誰も彼もが自らの保身に必死な中、1人でいる少年に気を向けている余裕が無かったのも、不幸だった。

それでも泣き叫ぶ事無く、少年は一生懸命走っていた。

何処かに両親がまだいるのだと、そう思って。

待っていてくれると、そう思って。

 

…………転んで、足が痛くて、疲労で動けなくなるまで、少年はずっとその階にいたのだ…しかし、もはやそれも限界だった。

廊下の明かりも消えてしまい、微かな月明かりだけが少年を照らしている。

先程からする振動と、何処かからする轟音に、ただ緊張と焦りが少年の精神を削り続ける。

 

 

 

「ひっく………父さん…っ……母さん……っ!…ううっ………怖いよ……誰か………誰か……助けてぇぇ!!!!!」

 

 

 

そして――――――誰もいないフロアに、とうとう少年の悲痛な叫びが響き渡った。

ずっと我慢していたその【命】は、自らの居場所を知らせたくて叫ぶ。

しかし、それはもはや無駄な事だ。

今更叫ぼうと、少年以外にこの階に生きている者はいない。

崩れかけのホテルに、わざわざ残るモノ好き等いる筈も無いのだから。

 

 

 

だが――――――――その声は、届いた。

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―――――カツン

 

 

「…っ!?」

 

 

音が、響いた。

確かに、足音がした。

少年の方に向かうように、足音が響き渡った。

 

誰かいるのかと、少年はその方向へ顔を向けて……その光景に、息を呑んだ。

 

 

 

 

 

―――――――――その足音と共に現れたのは、見た事も無い姿をした青年だった。

 

 

 

 

少年の数歩前に立ち止まると、肩口まで伸ばされた銀色の髪が揺れた。

静かに自分を見つめるその双眸は、雨が上がった時のような澄んだ穹色だ。

纏う服は白く、少年の父がよく着ているコートにも似ていたが、その下には銀の胸当てをしている。

有り得ないその姿、まるで、神話の中からそのまま出て来たような―――――その神秘的な美しさ。

場所がこんな所でなければ、その青年は酷く絵になっただろう。

驚きと困惑、そしてその姿に数瞬見惚れ、少年は泣いていたのも忘れて呆然とする。

何故こんな所に、この青年がいるのだろうと、場違いにもそんな事を疑問にすら思った。

 

 

そして、そんな少年を見ながら、青年が言った。

 

 

「少年、お前は何故此処にいる?」

「……アンタ、誰だ?」

 

 

思わずその問いに、不躾に問い返してしまった、怒るかもしれないと少年は怯んだが、

しかしソレに不愉快そうにもせず、逆に青年が少し面食らったような表情をする。

 

 

「…この状況で、私が誰かと聞くか?随分と肝の据わった……まぁただの子供みたいだし、いいだろう。

私は通りすがりの【お兄さん】とでも言っておく。」

「…にぃちゃん?」

「ああ、それでいいだろ、というかそんな事話してる場合じゃないんだが……それで、お前は何故此処にいる?子供が1人で…親はどうした。」

「……分かんない、はぐれた。」

「…はぐれた?まさか、今まで此処にいたのか?」

「っ…………今日……ごはんここで……みんなで食べようって………あそびに、きたんだ………でも、でも……【かじ】がおこったから……にげようって……でも………とちゅうで………母さんが、けがして…父さんが、走ってついてこいって…でも、おれ、追いつけなくて……父さん、待ってくれてたけど……おれ、おれ……はぐれちゃったんだ……っ!」

 

少年は、再び泣きたい気持ちになってきていた。

いや、既に泣いていた。

ボロボロと涙を流して、泣いていた。

 

 

「父さん……待ってて、くれたのに!……ううっ……けむりで…姿が………分かんなくなって!……母さんも、よんで……くれてたんだけど……っうう!…………くるしくて…つかれて……走れなくて…!……まわりの……ひとたちが……ひっく!………みんないなくなって……おれ、おれ……う、うわああああああああああああああああああああああんっ!」

 

怖かった。

寂しかった。

足がとても痛い。

辛くて辛くて苦しい。

逃げようにも、何処に行けばいいのか。

周りには誰もいなくて、怯えるしか出来ない。

 

だから【助けて】、と、叫んで。

そして―――――――――――――

 

 

 

         

「よく頑張ったな――――――少年。」

 

 

 

 

―――――くしゃり、と頭を撫でる手に、少年は琥珀色の瞳を見開いて、涙を流しながら驚いた。

いつの間にか近付いてきていた青年が、少年の前にしゃがみ込んでいたから。

 

 

 

白い手が、自分の頭を優しく撫でていた。

 

「偉いぞ、一生懸命走ったんだな……お父さんとお母さんを、心配させないように頑張ったんだな。

なら…………たとえソレが失敗したんだとしても、その気持ちは悪いモノじゃない…………お前の【頑張り】は、ちゃんと分かったよ。」

 

優しい眼が、自分を静かに見つめていた。

 

「お前の両親は恐らくだが、外に逃げる事が出来ている。

お前を助けに来たくても、きっと中に入る事が出来ないから来れないだけだ………大丈夫、お前の親は無事だ、だから……お前の【命】、私が拾おう。」

 

そっと、目尻の涙を拭われる。

 

 

 

 

          「【俺】が、お前を愛する者の元に必ず返そう。

            ―――――――それぐらいの【力】なら、あるから。」

 

 

 

銀色の青年が、赤毛の少年へ微笑んだ。

それは冷たくも無く、偽りも無く、ただ1つの【((感情|温もり))】を伝える笑顔。

穏やかな、どこか幼さすら感じさせる慈しみを込めた微笑みに、少年は思った。

 

 

 

――――――――――ただ、その【((笑顔|感情))】を【((綺麗|尊い))】と、想った。

 

 

 

*************************************************

 

 

 

正規の史実ならばあり得なかった邂逅。

それは1つの【救い】の為に。

 

どんなことにでも、必ず【意味】はあるのだという。

 

ならば、この邂逅にも必ず何かがあるのだろう。

巡り合った【命】よ、その【運命】に祝福あれ―――――――――――――

 

-7ページ-

【あとがき】

 

今回も中々に原作を踏んでみたような内容になってしまいました…;

まさかの切嗣さん、ホテル爆破が中途半端になる事態が発生。

しかし、これは絶対に言いたかった内容の一つなので、書かせていただきました。

そもそも、いくら計算してても、街中のホテル一つ丸ごと潰すなんてどうかしてます。

作者は衛宮切嗣個人が嫌いではありませんが、その考え方に共感は出来ません。

【戦争】で綺麗事なんて馬鹿げていると言いながら…本人が一番矛盾してる事に気付いていないのは末期です。

 

ホテルの従業員さん達は、それはもう悲惨な事になるでしょう。

死者が出なかったとしても、あの事件のせいで怪我人はいた筈です。

しかも、魔術師という存在が関わってしまった為に、その大きな事実は隠蔽されてしまいます。

ホテル側の安全管理とか、そういう面で処理されてしまうのではないのでしょうか・・・。

そうなると、従業員や社長達は世間からの眼も冷たくなり、収入等も笑えない事になります。

 

『この冬木に流れる血を、人類最後の流血にしてみせる』

 

ふざけるな、という言葉だと思います。

誰もそんなの、頼んでません。

この事件で、どれだけの人が傷ついて、これからもトラウマになって苦しむのか。

下手をしたら、一家心中とか、自殺する人だって現れるかもしれない……衛宮切嗣は、ソレを全く顧みてないのですから。

 

………理想は、理想です。

それ以上でも、それ以下でもない。

どれだけ綺麗で貴くても、ソレを人殺しの理由にしてしまったら、それは――――――もう、妄想でしかないのではないでしょうか?

 

 

この部分もまた、ドラグーンが言ってくれますので、気長にお待ちいただければ幸いでございます!

次回はホテルからの脱出劇!何とか子供と逃げようとするドラグーンは、どうなるのか…?

ここまでの閲覧ありがとうございました!

 

※感想・批評お待ちしております。

説明
※注意
こちらの小説にはオリジナルサーヴァントが原作に介入するご都合主義成分や、微妙な腐向け要素が見られますので、受け付けないという方は事前に回れ右をしていただければ幸いでございます。

それでも見てやろう!という心優しい方は、どうぞ閲覧してくださいませ。


冬木ハイアットホテル崩壊の回。
しかし正規の史実とは異なっていく【物語】。
そしてあり得なかった【邂逅】が此処に交わされる。

【運命】はここに、動き出す。
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衛宮切嗣 言峰綺礼 戦争 原作改変 残酷描写 間桐雁夜 ドラグーン Fate/Zero Fate 

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