DIGIMON‐Bake 2章 15話 想像と創造の世界 |
周りに異変が起きたのはついさっきだった。今日は何も変わった事などなかったのに、いつもと違った点を強いて言えば、深がいつもより早く家を出たくらいだ。その時点で深の眠気はいつもより薄かったのかもしれない。それを"異変"と言えば異変になるかと思う。
そのまま深が学校に着く、下駄箱で悲鳴が聞こえた。
「きゃぁぁぁぁぁ――!!」
甲高い声とその叫び方から女の子が叫んでるのだと分かる。校内に広く響いた声に、登校してきた人も靴を履き替える事を忘れそこに集まっていた。朝からテンションが高いなぁ、と只のおフザケで騒いでいるのなら何も干渉せずそこを通り過ぎる深だが、今回ばかりはどうも尋常じゃない悲鳴だったので無意識にそこに駆けつけていた。
「んなっ……」
叫んだのはもちろん女の子で合っている。只被害にあっていたのはその女の子じゃなく、その子の友達だと思われる隣にいた女の子だった。
「石みたいだ……」
女の子の体は石ように色褪せ、固くひび割れている。
「おいケイタっ! 大丈夫かっ!?」
「きぁぁぁあああ」
「待って! シンヤくんも足が……!」
「え……? う、わぁぁあああ!!」
生徒達は次々に石化していく。足から、手から、体から、人により石化が始まる部位は様々だが、先生が駆け付けた時には深はその場に居なかった。
「何だよコレ……! 何で皆が石になっていくんだっ!?」
階段は悠長に一段ずつ登っている暇はない。「廊下を走らない」なんて校則も頭に残ってる程深は冷静でもない。廊下に立っている動かない生徒を目に映し、一人頬に汗を流しながらクラスを回っている。そんな間でも深はこれはきっとデジモンの所為だと薄々考えながら、自分以外に石化していない人はいないのだろうかと必死だった。
その間にも校内中の石化は止まらない。自分もこうなるのではないか、なってたまるかという思いで自然とスピードも上がる。
「深!」
教室3-5組の前、不意に呼んだのは澪の声。
「澪! お前なんともないんだな?!」
「うん、大丈夫」
校内の事態も分かっている澪は平常通り冷静だった。そして落ち着きのない深を木椅子に座らせると澪は並んで横の席に座る。
「思ったんだけど、デジモンの仕業かな?」
「俺も……ちょっと思った」
「やっぱり? って言ったって根拠がないよなぁ……」
「……」
ブラン、と足を揺らす澪は騒がしさも消え薄れた玄関を上から見、とうとう石化していないのは自分達だけかもしれないと思った。廊下からも騒ぐ声は聞こえず、何故自分達は石化しないのかが気になる。それだけじゃなく澪は自分達が場所を変えれば石化するのではないかとまで考えた。そうなれば動きたくないと臆病にもなる。しかし何も分からないし変わらない事を澪は知っている。
澪が下から深に視線を戻すと深はデジヴァイスに向かって話し掛けていた。同じように澪もデジヴァイスを目の前に持ってくると小さく「ドラコモン」と言ってみる。しかし両者反応のないデジヴァイスに諦め、深が立ち上がった。
「澪……走ろう」
「は?」
「学校から出よう。デジモンの所為だとしても、ここに居たって危険なだけだ」
「でも待って! もしかしたら、外に出る前にウチらも石化するかもしれないよ?!」
「そん時はそん時だ! デジヴァイスに反応がないって事は俺達の声はレオルモン達には届いてないよ」
「そうかもしれないけど……」
「もしかしたらここがフィールドになってて届かないだけかもしれない。どっちにしろ俺達だけでも何とかしなきゃ。じゃぁ走ってここから出るに限る!」
そんな無茶苦茶な、とは澪は言わなかった。こうやって深がいつも行動してくれるから、考えるだけの自分でいさせてくれないと思うからこそ、澪は深の意見に頷く。決心を決めた澪は強く廊下を走る事にした。
しかし勢いよく部屋を出た二人の足音は早くも、数十秒で消える事になる。
「…………」
「おまえ、誰だよ」
「…………」
「デジモン……だよね」
「ンなこと分かってるってのっ!」
「…………」
「って、おまえ何か喋れよっ!」
「深、落ちついて……」
「…………」
走り出して廊下を突きあたり階段を降りようとした所、階段の下にデジモンが待っていた。下から上を見上げ、深達を無表情で見るのはコカトリモンという鶏の姿をしたデジモンで話しかけても返答がない。
「あぁもう、あいつ動かないし喋らないしさぁ。別のルートで降りようぜ」
「……うん、その方が賢明かも……」
じっと構えていても相手は動かないようだった。それに対して痺れを切らしたらしく、深は頭をぼりぼり掻きながら階段を背に向け走ろうとする。その後を澪が続こうとするが、ビュン、と音を立て今まで動かなかったコカトリモンが階段上に道を塞いでいる。
「なっ……!? 今動きだしたとか……調子いいな……」
「深、後ろ開いたよ。階段を降りよう」
ボソッと澪は深に耳打ちし、その案に返事をすることなく乗った深が階段を降りようと体の向きを変えた。
するとまた、さっきまでは前を塞いでいたコカトリモンが階段の下に移る。
「あくまでも、通さないつもりらしい……ね」
「チッ。どうするよ……澪」
息をのみながら二人はその場でコカトリモンと睨み合う。
逃げ場は、なかった。
走っている、いや俺じゃなく俺を頭に乗せている下の土台が走っているのだが……
「おいお前!! 寄り道するなぁぁ!!」
「分かった分かった」
進んでいない、いや進んでいるのだが……
「だからっ、何故そうなるっっっ!!」
「わ、分かったって!」
返事は良かった、だがやはり進んでいるようで進んでいない。
「お前、そもそもそれは売り物だろうがっっ!!」
「うん? あぁ、そうだなぁ」
進んでは止まり、を繰り返し、このデジモン……ベルゼブモンは食べるモノを見つけるとすぐそこへ足を向かわせる。しかもその上、皆が固まってるのをいい事にお店の商品を食べ漁ろうとする。学校を探し、深達の所へ向かうどころかこれでは寄り道が多すぎる。すでに今の時点で立ち止った回数は十を超えていた。
「貴様っ、さっきからやる気があるのか!?」
「はぁ……? 一応やる気はあるが……やっぱ腹が減っては戦は出来ねぇだろ……!」
「食いながら喋るな」
乗っているベルゼブモンの頭をグラグラ揺らしながら怒ってはみるが、反省の色なし。寧ろ食べる事しか考えていないのではないだろうかと気分も重くなる。気分も落胆した次にまたろくでもない事を言い出したベルゼブモンに、俺は本当にこいつに頼っていていいのだろうかと考え直したのだ。
「なぁ」
「何だ」
「ガッコウって、どこにあるんだ?」
「はぁ!? お前、それを知っていてこっちに走ってきたんじゃないのか!?」
「いや……」
「呑気かお前!!」
やはり食べながら喋るベルゼブモンには少しばかり殺意が芽生えた気がする。食の事に完全に目を奪われたベルゼブモン。
「ん……?」
だがそんな時に助け舟……にも程遠い気もするが、ベルゼブモンの意識がそちらに向いたのだからこれは助け舟でいいだろう。周囲に囲まれた気配を感じ、ベルゼブモンは食べるのを止めゆっくりと立ち上がった。
「これは……狙ってきてるって事か?」
「あぁ、俺達はまだ何も仕掛けていない。だとすればそう捉えても間違っていないな」
「はははっ、そうだよなァ。走るだけで丁度退屈してたんだ、障害物競争の方がやる気も出るぜ」
「数が多い。余計な体力を使うなよ」
「分かってるって。それよりも振り落とされても放っていくからな」
そう言い二丁の銃を容赦なく撃ったのは一瞬の出来事である。一瞬ではあるが数多い弾は散乱するように敵に向かって放たれた。勿論散乱銃ではない。
「オラオラオラッ!!」
黒い影から姿を現すデジモン達はダークティラノモンにオオクワモン、といったよく見る完全体ばかり。しかし力の差は歴然で、ベルゼブモンは俺を頭に乗せたまま軽く銃を撃ち敵をなぎ倒していった。
しかし倒すだけでは前に進めないと思ったベルゼブモンは、自分たちを囲んでいる横の敵をギロリと睨みつけるとその迫力で動きを鈍らせ、そのスキに前へと駆け出す。
「あれは置いていくのか……?」
「勿論。俺の勘だが、前のやつら限りがなく周りから向かってくるように見えて実はその方向は一方向なようだぜ?」
ベルゼブモンの勘とやらにそこまで見ていたのかと驚いたが、遠まわしに物事を伝えるのはこいつの性格らしい。
要するにこの敵は列のように繋がっていて、そこを辿っていけば大元に着くだろうという予想だった。
「あぁ、いい判断だ」
そう返事をするとニヤリと笑みを浮かべるベルゼブモン。それが合図でベルゼブモンは地を蹴るスピードを上げ、知らぬ間に俺は頭に掴まっているのに必死になっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ!!」
階段をやっと駆け下り、一つ下の階に降りるまで二人は相当走った。御蔭で澪は息を切らしているし、澪ほど疲れていない深も次の作戦が考えられない程、頭に酸素が回っていない。
「きゃぁっ!!」
「澪っ!!」
深に少し遅れて走っていた澪がコカトリモンの攻撃をかすって叫んだ。窓ガラスは派手に割れ、粉々になった欠片が中庭に落ちていく。
恐怖に顔を強ばらせた澪の手を深が握ったのは無意識だった。これ以上怯えさせてたまるかと言う想いと自分が手を引いてでもなんとかしなきゃという男の意地だ。
「澪、まだ走ろう」
次に深が掛けた言葉は「大丈夫か」でも「頑張ろう」でも「走れるか?」でもなかった。澪がこれ以上走れないと見るからに分かる状態でも「走ろう」と言った。普通この状況でそれは決して優しい言葉ではないはずだった。
しかし、こんな無茶ぶりな言葉でも澪は無理だと首を振らない。普通、頑張りきっている時に「頑張ろう」等と言われると、追い討ちをかけたいのかと怒りたくもなるが澪は息を切らしながら深を見る。「走ろう」と言う為に振り返った深の目を。
「うん……っ」
澪は深の手を握り返す。
走らなければ逃げられない、走らなければ事態は好転もしない、走らなければ進めない。走ることが一番の希望だと、深の言葉が澪に希望を与えた。
「サッパリ現実型」の澪には何よりも頑張れる、そんな言葉だったのだ。
「コ、ケーーーー!!」
深たちよりも先にコカトリモンが進みだした。
だが深がすぐに続いて走り出した。
二人が繋いでる手が汗ばんでいる。だが先よりもずっと安心で、ほんの少しスピードも速くなった気がした。
「このまま抜けるぞ!!」
深が歯を食いしばり駆け抜けた1階の廊下の先、そこは――
「うそっ、会議室!?」
「しまった……っ!!」
走ることに夢中で校内のどこを走っているかなど考えていなかった深は、普段生徒が使うことは少ない先生や保護者の部屋――会議室の前に辿り着く。
会議室は廊下の突き当り位置し、基本的に鍵が掛けられている。
二人は自然と、それも慌てて握っていた手を離しドアを横に引いた。
「くそっ、やっぱり開かねぇっ!!」
「どうしよう、コカトリモンが来てる!」
「無理だ! 開けられない!!」
澪がコカトリモンとの距離を測り、深がドアをガタガタ引いている。そしてコカトリモンは確実に距離を縮めてきている。
「……く」
ジリジリと速度を落として近寄ってきたコカトリモンは鳥口を尖らせ攻撃態勢だ。
深は焦りを感じドアを引く手を止める。そして再び、澪の手を掴んだ。今度は腕だ。
「……行くぞっ!!」
有無を言わさず掴んだ腕を引っ張る深は会議室を背に、コカトリモンに向かって走る。横を通り抜けようと走ったがそれよりもコカトリモンの攻撃が正確に二人を狙う。
通り過ぎ様、狙った攻撃は見事に深の脚をかすった。
「深!!」
澪が心配する声を上げたが澪の体は深から数メートル前にあった。深は攻撃が当たる瞬間に澪を投げるように前へ突き放したのだ。
「構うな行け澪!! お前が外に出れればなんとかなる。なんとかなるはずだっ!!」
「深っ、そんな犠牲はいらない! それにそんなの予想じゃんか!!」
「うるさい! 俺がいなくなったら終わり、そんな訳ないだろう。ゲームじゃないんだ! 考えろ!!」
あくまで自分たちが中心で世界が回っているんじゃないと深は訴える。澪は拳を握って背を向けた。少し下げた頭の裏では涙目だったかもしれない。
「……絶対助けに来るから」
澪が校内から脱出する時間と、深の石化が胸まで進む時間はほぼ同じだった。
深が動けなくなったその場所から、なぜかコカトリモンも動くことはなかった。澪を追うこともせず、ただ深の側に付き会議室に向かって立っている。
すると会議室の鍵が開けられる音が廊下に響く。ガチャン、と。
がらがら、と静かに空いたドアからは20代後半くらいに見える男の姿が現れる。男は誰に目線を合わせることなく、きっと深に話しかけたのだろう。
「あの男は……いつになったら気づくのかな? なぁ坊主、どう思う?」
筋が見えない問いだった。深は言うまでもなく答えられなかった。
だけど深が答えられなかったのはあることを感じたからだった。
事件が起きて、ピンチになって、このタイミングで怪しげな男が現れて、
まるでゲームやアニメのよう。誰しも考えたことのあるオリジナルの、想像の世界。
でもこれはゲームじゃない。
先に自分で澪に言ったことを思い出す。
想像ではないはずなのに、これでは想像するものと似ているではないか。
もしかしてこれは、デジモンが自分たちの前に現れた時点で始まっていたのだろうかと深は思った。
自分たちで道を切り開く冒険。
創造の世界が。
今日の日付は8月1日。
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