戦う技術屋さん 六件目 陸士108部隊 |
機動六課隊舎。隊としての実働自体は明日からであるものの、これから一年間寝泊まりする舎宅での荷物の整理や他の隊員達との挨拶と顔合わせの為、前日のうちに其処に住み始めたスバルとティアナ。
今は余り持ちこんでいない少ない荷物をそれぞれの収納スペースへと収め、机に置かれたデスクトップ型の端末からテレビ通話の項目を選択。発信先の選択肢の中から、カズヤの名前を選ぶ。
暫く『Fromスバル・ナカジマ→Toカズヤ・アイカワ』と共に電話を模したマークが表示され、漸くつながった時、画面の向こうには眼鏡をかけたカズヤがいた。その背後に見える酷く散らかったデバイスパーツの様子から、カズヤの今いる部屋が彼の住む2DKのマンションの一室、彼の自室である事が分かった。
「カズヤ。三日ぶりだね」
『ああ。結局386から見送れなかったのは残念だがな』
画面の向こうのカズヤは苦笑気味。「気にしないで」とスバルが返す中、自身の長い髪を拭きながらスバルの後ろから画面を覗き込んでいたティアナは、「相変わらず汚い部屋ね」と呟く。
「ほっとけ。俺の部屋なんだからいいんだよ。それにどこに何がしまってあるのかも、ちゃんと覚えてるしな」
「アンタならそれくらい出来るでしょうけど……。てか、カズヤ。待機服は?」
『あー……』
ティアナの言う待機服とは、386部隊だけでなく、全陸士部隊の災害担当部突入隊が、待機中に来ている制服代わりの服である。基本的に公的な場ではない限り、突入隊は動きやすさ重視の待機服を好んで着ており、ティアナの知る限り、カズヤもその類に漏れず、加えて汚れた時の洗いやすさや工具などを仕舞う為のポケットの多さもあって、隊舎への出勤にすらそれを着ている程。
ティアナが最後にカズヤの部屋に入った時も、部屋のハンガーラックに突入隊の待機服が何着か掛かってあった筈であった。にも拘らず、カメラの隅に映るハンガーラックには、それらの服が一着も見えない。洗濯かとも考えるも、明日も仕事の筈だから、一度に全て洗ったとも考えづらかった。
『あれは……かけとくと、朝間違えて着て行きそうだから、クローゼットに仕舞った』
「今更制服で来いなんて、怒られたってこと?」
『てか、あの待機服に意味が無くなったというか』
「「……?」」
流石のティアナでもその言葉の意味がすぐには掴めず、ティアナで掴めなかった事が、スバルに掴めるはずもなく。首をかしげる二人に、「俺……」と言い辛そうにカズヤが言う。
『異動になりました』
「「……は?」」
『陸士108部隊。捜査部捜査課へ、転属となったと。将来的にはギンガ・ナカジマ捜査官の副官だってさ』
「……え?じゃあ、カズヤ。ギン姉の部下になったの?」
『いや、正確にはまだだけど』
「アンタ、捜査官資格もってないじゃない。どうするのよ」
『それなんだが――』
***
陸士108部隊隊舎正面玄関。これからの職場になるこの場所を、中に入らず暫く其処から眺めたカズヤは、ようやく覚悟を決めたのか隊舎の中へと入って行く。
中に入れば、そこにいるのは知らない顔ばかり。108部隊へは初めて来たのだから、当然である。これが地上本部などなら自身も局員であるからまだ平気なのだが、生憎ここは地上を守る地上部隊の一つ。言ってしまえば大きな組織の中の細分されたうちの一組織なのだから、元々別の部隊に所属していたカズヤは此処では異分子。複数の局員達がカズヤを遠巻きに眺めているのを感じ、カズヤはその中を居心地悪そうに抜け、一度受付へ。其処で名前をIDと告げると、地図と共に部隊長室へ向かうようにと指示された。それに生返事を返し、エントランスを足早に去る。
「歓迎……されてないかな?来たばかりだし、仕方がないとは言え、やっぱりこういう視線は苦手」
独り言ちながら、カズヤは地図を見つめて、経路通りに部隊長室へ。
ノックの後に扉を開ければ、室内には数か月ぶりとなる知り合い二名が既にいた。
「失礼します」
「ん?おお、久し振りだな、カズヤ」
「久し振り、カズヤ」
「お久しぶりです、ゲンヤさん、ギンガさん」
ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐にギンガ・ナカジマ陸曹。共にスバルの家族であり、カズヤの知り合いである。ゲンヤは「まあ、適当に掛けろや」と若い管理局員にはかなり酷な言葉をカズヤに投げかけ、困ったように苦笑しながらも、カズヤはとりあえず部隊長室内の応接セットらしいソファーの一つに腰を下ろす。
その対面にギンガ。手に持った端末にカズヤは一瞬目をやり、それからゲンヤの方へと視線を向ける。
「それで?なんでわざわざ、僕を引き抜いたりなんかしたんですか?自分で言うのもなんですが、僕より優秀な人材なんて、沢山居るじゃないですか」
「それについては否定しねェが」
「……」
顔には出さないが、地味に傷ついたカズヤ。自覚はしていても、他人に指摘されるのは意外と堪えるらしい。
「俺じゃなくてギンガの勧めだ」
「ギンガさん?」
何故一介の捜査官の勧めで引き抜きなのだろうか?もしかして身内びいき?
でもそれなら、スバルを士官学校に何とか入れるよな〜と思いながら、カズヤはギンガへ目を移す。
其処にいたのは、端末を傍らに置き、見た者全てを魅了しそうな、太陽のような笑顔を浮かべたギンガ。カズヤに向かって差し出された手には、彼女の使うローラーがある。
「それに、最近技術部の人員が何人か抜けてな」
「………………あー、実力云々はともかく、便利そうなのが欲しかったとかそういうオチですか、そうですか」
「まあ、そんな所だ」
「386部隊へ帰らせて頂きます」
「んな実家に帰らせて貰います的なノリが通用する訳ねーだろ」
ですよね〜、と口には出さない。一応ギンガからローラーを受け取り、軽く点検。ついでにスバルの使うローラーのプロトタイプであり、本来ならカズヤの左手親指に装備されているS-04を、ポケットから取り出して発動。軽く弄りギンガでも履けるようにして彼女へ渡せば、それを手に部屋を出て行ってしまう。
閉じられたドアを見送り、取り残された端末へ目を落とし。ゲンヤとカズヤはとりあえず何事も無かったかのように話を進めた。
「まぁ、上司の決めた異動を僕個人の意志でどうにかできるとは思っていないですし。僕一人じゃ、災害担当だと寧ろ足手纏いになるでしょうから、ちょうどいいかもしれません。でも、技術部の手伝いをするのはいいですが、技術部所属は絶対に嫌です。そうなる位なら辞めます」
「……」
「なんですか?」
「……いや、何でも無い。安心しろ。お前は捜査部捜査課、ギンガ・ナカジマ捜査官の捜査官補佐だ」
「捜査官資格持っていないんですけど。いいんですか?」
「大丈夫だ。一週間後に捜査官補佐考査試験があるから」
「それは大丈夫とは言いません」
***
『こんな感じで一週間後の試験に向けて勉強中です』
「お父さん……ギン姉……」
『俺の方が余裕なさそうだ。すまん』
身内の話と試験勉強のせいか、どこか落ち込み気味のスバルとカズヤ。ティアナは(だから眼鏡かけてるのか)とある意味で納得しつつ、ふと生じた疑問をカズヤへぶつけた。
「大丈夫なの、アンタ?訓練校での座学の成績、デバイス関係なら群を抜いてたけど、それ以外中の上辺りだったじゃない」
『ギンガさんが捜査の合間を見て、色々教えてくれるらしいし、他の捜査官の人たちとも交流するチャンスって言われた。実際、今日いくらか教わったし。邪魔になっちゃわないかなと思ったけど、デバイス持ち込み組が多かったから、メンテと改良とかでギブ&テイクってことに』
「なるほど」
『最も――体がぼろぼろ何で、さっきから、殆ど集中出来てないんだけどな』
「は?今日は顔合わせだけだったんじゃ」
『将来的に副官になるかもしれない&スバルのローラーのプロトタイプを試しに使ってみたいというギンガさんの要望から、ちょっとばかり模擬戦を……』
「「……」」
* * *
ゲンヤから当面の話や試験の事を聞いたカズヤは、一週間後、もしかすれば配属されるかもしれない捜査部へ移動。頭を下げ、自己紹介をし。ギンガや386部隊の知り合い経由でカズヤを知っていた一部捜査官達と話をして捜査官補佐考査試験の勉強をタイミング良く暇であった捜査官の1人に教わっていると、隊舎内に隊員呼び出しがかかった。
『捜査部捜査課(仮)。カズヤ・アイカワ二等陸士〜』
「(仮)ってなんだよ!間違えてないけど!」
思わず突っ込むカズヤ。しかし、当然聞こえていないので、そのまま何故か隊舎内の訓練ルームで急ぐように指示された。訳が分からないながらも、従わない訳にはいかず。教えて貰っていた捜査官に、すいませんと謝ると、行っておいでと手を振った。そのことに安堵しつつ、カズヤは地図を頼りに訓練ルームへ。
ルーム入口に立つとカズヤを招き入れるように自動ドアが開き、暗い室内に戦々恐々しながら入れば、ドアが閉まり、電気がつく。部屋の中央。まさしく威風堂々と言った様子で、仁王立ちしているのはカズヤを呼びだした張本人。その格好こそ先程まで来ていた管理局の制服からカズヤも訓練校で着ていたトレーニング服に身を包み、足にローラー、スバルと色違いのリボルバーナックルを左手につけた、スバルの姉の姿。
即座に反転。逃げようとするもそれより早く腕を掴まれ。投げられて背中を強打。受け身を取ってもダメージは消せず、動けずに居る所にギンガが馬乗りになる。思わず死を覚悟しながら、カズヤが口を開く。
「なにやってんすか、ギンガさん」
「逃げようとしたから、つい」
「そりゃ逃げますよ。嫌な予感しかしません」
主に自分がボロボロになるイメージ。
「まあ、カズヤ。聞いて」
「……分かりました。でも、その前に退いてください」
「カズヤが私の副官になったら、有事の際の戦闘とか、そういうのも一緒なわけでしょ?」
「だから、退いてください」
「なら貴方の実力を知りたいと思う私の考えに間違いはないと思うの」
「聞けよ」
確かに言いたい事は分かったが。
「だから模擬戦しましょう」
「トレーニング服無いですし。それにリハビリ中で、過剰な運動はするなって医者に止められているんですが」
諦めたのか退けとは言わず。その代りに正論で攻めようとするも、大丈夫とギンガ。
「なんならバリアジャケット装備で、ガチ戦闘でもいいけど。ローラーの具合見るなら、そっちの方が、むしろ好都合かも」
「ですからリハビリ中です。ギプス外れたばかりです」
「ちょっと悪化した捻挫くらい、大丈夫よ」
「バリバリクロスレンジ主体の現役打撃型近代ベルカ式と一緒にしないでください。俺は本来、アウト?ミドルレンジ主体のミッドチルダ式なんですから」
「でもクロスレンジも使ってるじゃない。寧ろそっち主体って聞いてるし」
「そりゃ……攻撃系、防御系、サポート系。全ての魔法が、総じて実力がアレなせいで、昔から体力づくりと本局の武装隊の人に暇つぶしに仕込まれたシューティングアーツを基盤に、回避と打撃で戦うしかなかったからです」
実際、カズヤの自作である魔力運用のサポート特化のデバイスがあれば陸戦Bランク程の実力はあるが、無ければ彼自身の実力は彼の現在の魔導師ランクである陸戦Dランクと相異無いほどである。
本人としてもそれを自覚し、デバイスなしでの練習は欠かせない。特に防御系。フロントアタッカーの真似事をする上でも必須スキルであるから。
「なら少しくらい体を壊して、戦えませんじゃ駄目じゃない?」
「うぐ」
正論である。
「それにカズヤが私のローラーを担当してくれるなら、データも多い方がいい筈」
「それは……まあ……」
カズヤとしても、ギンガの副官になったのなら、彼女のローラーを扱うつもりであった。スバルと違い左利きという事もあり、細かい癖もあって色々勝手が違うだろうが、それはそれでデバイスマイスターの資格持ち的に楽しみでもある程。
「だったらいいじゃない。お互いの利害が一致している訳だし。今後、貴方の考査試験の勉強も見てあげるから」
「……分かりました。お相手しますよ」
諦めた様子のカズヤに嬉しそうな様子で、彼の上を退くギンガ。起きあがったカズヤは一応制服の埃を払うと、ギンガへ向き直る。
「とりあえず、一度S-04を預かってもいいですか?」
「え?このままでもいいけど?」
「貴方のローラーを元に、少し貴方に合わせていじりますから。一時間ほど頂きたいのですが」
「分かった。なら私からうちの技術部にお願いしてあげる。ちょっと待ってね」
「お願いします」
素直に頭を下げ、その姿勢のまま、カズヤは気がつかれないように溜息をつく。
(手持ちデバイスは一応あるし……、何ともならないだろうが、何とかしよう)
覚悟を決めて。ギンガに呼ばれたカズヤは共に訓練ルームを出て行く。
向かうは技術部。一応SS級デバイサーのカズヤは技術部スタッフに快く迎えられた、とだけ言っておこう。
説明 | ||
七件目→http://www.tinami.com/view/456251 五件目→http://www.tinami.com/view/450154 作者はギンガ、大好きです。 その割にキャラがなんかずれてるのは、少なくとも真面目な回ではないから。 カズヤの受難の幕開けである一件目→http://www.tinami.com/view/446201 |
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