魔法少女リリカルなのは〜生まれ墜ちるは悪魔の子〜 三話 |
「ここか……プレシアの言っていたのは」
現在、カリフは一枚の紙きれを手に巨大なマンションを前に見上げている。
見上げなければ拝めないマンションの上層を見据えてからマンションの中に入っていった。
「3831……3831……っと、ここか」
マンションの上層に辿り着いたカリフは一枚の紙にかいてある数を頼りにドアのナンバーを探し、ある一室の前に立ち止まった。
「ここか」
ドアには『3831』と書かれており、名札もない。
しかも、中から妙な気が感じられる。
そう思いながらカリフはインターホンを押す。
しばらくしてからドアの向こうからパタパタと足音が聞こえてきた。
ドアが開かれると、紅いロングヘアーの美女が姿を現した。
「はいは?い。どちら様だい?」
「ふむ、ちょっと人探しをしててな……辿ってみたらここに辿り着いたのだが……」
「人探し? それがウチにいるってのかい?」
「あぁ、確か……『アルフ』ってのと『フェイト・テスタロッサ』とか言う奴だ」
「!!」
カリフが女性を見上げながらそう言うと、女性の雰囲気が一変した。先程までの子供への対応ではなく、明らかな警戒心と敵意が見られる。
そして、カリフの首に爪を立てた。
「アンタ……“そっち”の住人かい?」
有無を言わさないように、小さく耳元で囁く言葉にカリフはほくそ笑んだ。
ここだ……と。
「なんの目的でここに来た? まさか管理局……」
「勘違いするな。オレは魔導師でもなければ管理局でもない……魔力反応とやらは感じるのか?」
魔力、デバイス、リンカーコアといったある程度の知識はプレシアから教えられていたため、相手に魔力反応が自分にあるかどうかを探らせると、女性はそれで幾分か落ち着いた。
「確かに魔力は無いようだねぇ……」
「だからそうだと言って……」
ため息を吐きながらここに来た目的を続けようとした時だった。
「アルフ、どうしたの?」
奥から消え入りそうな綺麗な声が聞こえてきた。奥を覗くとツインテールの金髪の少女がこっちに寄ってきた。
「フェイト!! 来ちゃダメだ!!」
「え、なにを……!!」
フェイトと呼ばれる少女が爪を立てられているカリフを見た瞬間、顔を青ざめ、アルフと呼んだ女性に叫ぶ。
「何してるの!? 止めてアルフ!!」
「え、でもこいつ……」
「止めて!!」
フェイトはアルフとカリフの間に立ち入ってアルフの手を離させる。
アルフは爪がフェイトに当たると思い、咄嗟に腕を引いて離れた。
「あの、ごめんなさい!! 普段はこんなことをするような子じゃ……!!」
「あ、いや、いい……こっちも言葉が足りなかった」
バッと綺麗な髪を振り乱してフェイトはカリフに頭を下げるが、カリフはフェイトの謝罪に少し戸惑いながら返す。
正直言えば、若干興奮してもう少しでアルフに襲いかかろうとしたという罪悪感があったことは自分だけの秘密にした。
それよりも、カリフは二人に質問する。
「話を察するに、お前が魔導師のフェイト・テスタロッサ。そっちが狼の使い魔のアルフで間違いないな?」
「!! どうしてそれを!?」
「フェイト!!」
自分達の正体を知っている同年代のカリフに驚き、離れて警戒しながら構える。それに従うようにアルフも爪と牙を見せて威嚇する。
「(メンド……)たく……プレシアの依頼でお前等を手伝いに来たというのになんだこの仕打ちは」
「え!!……プレシアって……!!」
「なんでお母さんのことも!?」
悪化する状況に愚痴って出した名前に二人は驚愕する。
これは好機だと思い、この際に全て話す。
「簡単に言えば、プレシアはオレにお前等と組んでジュエルシードを探す手伝いをさせに来させたということだ」
「「ええ!?」」
「近所迷惑だ」
二人の予想を遥かに上回る答えがカリフから出た瞬間に絶叫を上げた。それに対してカリフは鬱陶しそうに耳を塞ぐのであった。
二人が落ち着き、カリフは部屋に招かれてテーブルに座って向かい合っている。
「そうかい……鬼婆がそんなことを……」
「さっきから話そうと思ったのにどっかの誰かが聞こうともしなかったのでな。説明が遅れた」
「ぐっ……ていうかアンタも唐突すぎたんだよ!!」
痛い所を突かれたアルフは顔を赤くさせて言い返すアルフは放っていると、フェイトが話しかけてくる。
「でも、君には「カリフだ」えっと、カリフには魔力が無いし……それに危ないから……」
「危険など百も承知だ。死ぬ覚悟なんてしてなければこんな所には来やしない」
「でもね?……カリフって次元漂流者なんだろ? 幾らあの鬼婆の命令だからってこんな危険なこと了承したね?……」
そう言いながらアルフは魔力もないカリフにこんなことを命令させたプレシアに憤りを感じていた。
(面倒なことは全部フェイトに任せる……て訳かい……)
アルフはカリフがプレシアに脅されていると仮定し、彼に同情した。
だが、当の本人は悲壮感も無く、逆に少し笑っていた。
「そんな話を聞かされたら益々興味が出てきたんだよ。魔法? ロストロギア? こんな面白そうなこと見逃す方がどうかしてるぜ」
「で、でも……本当に危険なんだよ?」
自信満々に言うカリフにフェイトは説得する。
「なに、やることはやるさ。魔法は使えないが、お前等の負担も少しは軽くはしてやるし、お前等に迷惑はかけん」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり巻き込めないよ……」
頑なに拒否するフェイトにカリフは軽く困惑する。
(見た目とは違って強情な奴だ……骨が折れる)
そんな感じで時が過ぎていくと思われていたのだが……
「アンタ、腕には自信があるのかい?」
「もち、これでも修羅場は潜っている。なんならやってみるか?」
疑うようなアルフにカリフは自信満々に返し、軽くジャブをする。
「そうかい……ならアンタの実力を見せてもらおうじゃないか?」
「アルフ!?」
パートナーの意外な要望にフェイトは驚く。
そんなフェイトにアルフは耳元でカリフに聞こえないように言う。
「アルフ、なんであんなことを……」
「いいんだよ。こうすればあいつも諦めるんじゃないかと思ってね」
「え? どういうこと?」
「だってさ、あいつから魔力反応が全く感じられないでしょ? だから思い知らせるのさ」
アルフは意地の悪い笑みを浮かべて続ける。
「当然、魔力が無ければ空も飛べないし、アタシ達に敵いっこないって」
「あ。そっか…」
「そういうことだよ」
つまりは、自分達がいかに危険な状況にいるのかを分からせて諦めさせようという算段である。
その真意に気付いたフェイトはすぐにアルフと頷き合い、カリフに向き直る。
「じゃあ、アタシと闘って勝てたらアンタの仲間入りを考えるよ」
「ほう……フェイトはどうするんだ?」
「フェイトは審判だよ」
アルフの言葉にカリフは間を置かずに答えた。
「いいだろう。その話乗った」
「オッケー。場所はここから少し行った河川敷でやるよ」
「望むところだ」
そう言ってカリフと共に部屋を出て、移動中にフェイトはアルフに念話を飛ばす。
(いいの? アルフだけに任せて)
(いいのいいの。フェイトは疲れてるんだし、それにアイツに怪我なんてさせたくないんでしょ?)
(うん……ごめんね? こんなことばっかさせて……)
(止めておくれよ。アタシが好きでやってることなんだから)
(ありがとう……カリフには悪いけど、アルフ……)
(大丈夫だよ。魔法を見たらアイツも尻込みするって)
軽い会話を二人だけで繰り返していたのはカリフの知る所ではない。
だが、この二人も知らない。
この目の前で歩く少年の強さの深淵を……
しばらく移動すると、河川敷に着いた。
そこで相対するはアルフとカリフ。
「さーて……やっぱり止めとくかい?」
もう最初から勝っているような口ぶりで笑って降参を誘発させる。
「御託はいい。さっさとかかってきな」
指を動かしてアルフを挑発する。その行動にアルフは少し眉に皺を寄せる。
「へぇ……中々威勢のいいガキじゃないかい……それなら……」
アルフは拳を握り……
「後悔すんじゃないよ!!」
カリフに突出してきた。
「おらあぁぁぁ!!」
アルフは狼の使い魔だと聞いた。
(常人ならざる狼の足の強靭なバネか……一瞬にしてオレとの距離を詰めたか)
数メートルもの間合いを詰めたアルフに感嘆する。
(しかも……一点の迷いもない鋭い攻撃だな……)
振られる拳を眼で追いながらスレスレで避ける。
その間、カリフはアルフの拳と体制を交互に見据えて関心する。
(だが……)
にも関わらず、カリフは手首をゴキゴキと鳴らして……
「速い代わりに軽い」
カリフは首を横に倒すだけで拳をかわすと同時に流れたアルフの背中を押しながら足を払う。
「どわ!!」
拳を振るって前に流れた力と更に背中を押された力が足を払われて支えが無くなったアルフの体は地面に倒れた。
「アルフ!!」
傍目で見ていたフェイトは悲痛な声を上げる。
アルフをしゃがんで見下ろすカリフは薄ら笑いを浮かべて言う。
「どうする? こんなん止めてオレを味方にするか? ん?」
その言葉にアルフのこめかみに青筋を浮かべて、立ち上がって拳をカリフに振るった。
「上等じゃないか!! 人が心配してたらつけあがっって?!! 可愛くない奴!!」
そう言いながら飛んで上空からオレンジの魔力弾を数発撃ちこんできた。撃ってきた弾は直立不動のカリフは避けることなく魔力の弾を浴びる。
煙が上がった地点を見下ろしていたアルフはフフンと笑う。
(ア、アルフ……やりすぎじゃないかな……?)
(大丈夫だって、今のは普通の子供が当たっても痛い程度だし、あれくらい我の強い奴にはこれくらいがちょうどいいんだよ)
(う?ん……ちょっとかわいそうだけど……仕方ないのかな……)
念話でフェイトは少しカリフに同情してしまうが、これも仕方ないと頭に言い聞かせる。空を飛んで魔力弾を撃つのは魔導師の戦いでは当たり前である。
これで自分の無力さを感じればきっと引き返してくれる。
―――自分とは違って彼には輝かしい未来があるのだから
フェイトの一途な優しさ故にこの作戦を実行させたのだが、原点となるその優しさが同じ歳の彼の体とプライドを傷つけるのに抵抗を感じていた。
「アルフ、すぐにカリフを安全な場所に置いて帰ろう」
「あいよ」
そう考えながら気絶したであろうカリフを回収しようとした時だった。
―――そうでなくては面白くない
「「!!」」
地の底から聞こえてくるような声に二人の体中から冷えた汗が噴き出した。
「相手に闘志か醜い心がなければ殺りがいがない」
「な!? うわぁ!!」
煙の中から途轍もない速度で向かってきたカリフに驚愕しながら彼の大きな蹴りを避けるが、蹴りの風圧で吹き飛ばされる。
その余波は止まることを知らず、河原の地を揺らし、川の水を氾濫させる。
「ぐ……う……!!」
フェイトは吹き荒れる余波に飛ばされないようにと踏ん張る。
「う……こ、このぉ!!」
相当飛ばされながらも根性で空中で踏ん張ったアルフは先程まで自分のいた彼方を見ると、そこには悠々と腕を組んで空中にたたずむ少年。
【大丈夫!? アルフ!!】
【うん……全然大丈夫だけど……】
マスターからの心配も何気なく返すが、その心理は計り知れなかった。
(なんだいあの蹴りは!! あんなの普通の人間が出来る芸当じゃないよ!!)
先程の蹴りをスレスレで避けたから分かる強い一撃。もし喰らっていたら文字通り首が吹っ飛んでいただろう。彼女の動物の勘が警報を鳴らしていた。
手を抜けば死ぬ……と。
もはや、笑い事では済まなくなった事態からカリフを睨んでいたのだが……
「え?」
何の前触れもなくカリフの姿が文字通り消えた。
突然のことにアルフの頭がパニックを起こしていた時だった。
「よぉ」
「!?」
突如後ろから聞こえてきた声に振り返ると、そこには先程まで彼方にいたカリフがそこにいた。
「来い。お前達の力を見せてみろ」
「う、うるさぁい!!」
アルフはフックを以てカリフを遠ざけようとするが、カリフの神的反射神経でアッサリト避けられる。
そして、焦ることなく彼女の両手を掴んで動きを抑える。
「さて、ここからどうする?」
「くそ、なんて力だい……」
抵抗しようとしても全く振りほどけない。小さな体のどこからこんな力が出てくるのか分からずにいた時だった。
その時だった……
「撃ち抜け、ファイヤ!」
詠唱と共に幾つかの魔力の弾がカリフに飛んできた。
カリフは反射的に片手で全弾を弾いた。
だが、片手が空いた隙にアルフは渾身の力を振り絞ってカリフから離れた。アルフはすぐにここまで近付いてきたフェイトの傍にまで飛ぶ。
「大丈夫!? アルフ!!」
「うん……でもなんでフェイトが……」
「ごめん……アルフが危なそうだったから……」
「フェイト……ありがとう……」
遠目であるが、カリフの強大な力を感じたフェイトがすぐに彼女のデバイスのバルディッシュを起動させてアルフに加勢したというわけだ。
そんな感じで話してる時だった。
「オレを前に随分と余裕じゃないかぁ?」
「「!!」」
「さぁ、やろうか……」
またしても何の前触れもなく自分達の前に現れたカリフに驚愕し、アルフは蹴りを放つ。
だが、それすらも軽く受け止めて腹に一発だけジャブを入れる。
「がっ!」
「アルフ!!」
一発で気を失い、地面に落下していく相棒に悲痛な声を上げるフェイト。
(あ……今のは強かったのか?)
力加減を間違えたと内心で少し焦ったカリフだったが、直後にバルディッシュを鎌状に変換させたフェイトが鎌を振りかぶってきた。
それを避けて、少し距離を置こうと後ろに離れると間髪いれずにフェイトはさっきの弾を形成してカリフにぶつけようと数発放ってきた。
それを見たカリフは避けた直前の体制から避けるのを止め、両手でガードした。
「ぅ……シビれた……お?」
本気で潰そうとしたフェイトの魔力弾もピリっとした痛みと感じるだけで終わった。
そして、視線を戻すとフェイトの姿が少しブれてその場から消えた。
予想以上の相手の動きに少しテンションが上がるが、すぐに後ろからの殺気を感じ、空気の流れを感じたカリフは二本の指先だけで後ろからの断罪の一撃を受け止められた。
「なっ!!」
魔力刃を素手で、しかも振り向くことなく指先だけで受け止めるカリフに驚愕を隠せなかった。
そして、その僅かな隙が決定的だった。
「少し眠れ」
「え?」
その会話の直後、首から衝撃を感じてフェイトの意識は闇に落ちたのだった。
「ん……うん……」
あれ……私……寝てた?
「いけない……お母さん……」
そっか……今までのことは夢だったんだ……アルフ以外の味方が現れて私たちを助けてくれるなんて都合のいいこと……
「夢……だったんだね……」
夢の中の男の子は同じ歳なのにとても強くて、不思議な雰囲気だったけど悪そうな人じゃなかったのに……できたら友達に……
「あ……それよりもジュエルシード……」
そんな不毛なことを考えを振り払う……疲れてるのかな……
そう思いながら身を起こそうと閉じていた目を開けながら身をよじっていると……
「動くな。運び辛い」
「あ、ごめんなさい………………え?」
不意に頭上から聞こえてきた。その落ち着いたような声はさっきまで聞いてた気がする。
そう思いながら目を開けるが、起きたばかりの目に夕焼の紅は眩しすぎた。
「やっと起きたと思ったら寝ぼけてんのか……もうメンドいからこのまま連れてくぞ」
次第に慣れてきた視界は徐々に声の主の輪郭を浮き出していく。
そして、完全に回復した時、フェイトは驚愕した。
「あ……カリ……フ?」
「そうだ」
なんだろう……ため息を吐きながら返してきた……というより、気になることがあった。
「私……なんで……?」
「覚えてないのか?」
不思議そうに私を見下ろしている……あれ? そういえば私寝てたんだった……あれ? じゃあなんでカリフが私の上に……あれ? そもそも私たち河川敷で……
混乱しながらも自分の置かれていた状況を少しずつ確認していく。
「えっと……私たち闘ってた……だよね?」
「それでオレが勝ったが、気絶したお前等を運んでいる今に至るわけだ」
「あの、アルフは?」
「ん」
そう短く言うと、背中に未だに気絶しているアルフを見せてくれた。アルフの無事を確認したフェイトはホッと息をついたのだった。
(あれ?)
だが、そこで新たな疑問に繋がる。
(アルフはおぶられてるんだよね?……じゃあ私は……)
どうやって運ばれているのか……そんな当たり前な疑問が今頃出てきた。
自分の置かれている状況を分析しよう。私はさっきまで横になって寝ていたし、カリフの顔を見上げている形から仰向けになっているね。うん。
(あれ……そう言えば背中と膝辺りに何か感触が……)
もうここまでで気付いただろう。彼女は今、寝ていたのだ。
カリフの腕の中で
それも俗に言う『お姫様だっこ』という甘ったるい名前の抱かれ方で
「…………はっ!! えええええぇぇぇぇ!!」
「うお!! なんだようるせえ!!」」
しばらくのフリーズの後に自分の状況を把握して絶叫する。それにダメージを喰らったのは至近距離にいるカリフだった。
「え!? いや、あの……なんでこんな抱き方……え!?」
「あ? あぁ、背中にはアルフがもういるしな、あとはこうやって運ぶしかあるまい」
「え、でも……その……え?っと……」
「ん? 顔紅いな……さっきの戦闘でか?」
近い近い近いよ!! そんなに顔を近寄らせないで!!
「いや、その! 嫌じゃないよ!! 全然!! だけどこういうのは慣れてないというか、恥ずかしいっていうか……!!」
「……むしろオレが羞恥心でどうかしそうだ」
カリフは哀愁を漂わせながら愚痴る。背中には寝ぼけて自分の頭をエサと間違えて舐めまくる犬使い魔、腕には全身が黒の衣装とマントを羽織った少女を抱えている。
傍から見れば奇妙な光景としか思えない。
「あの……!! もう降りますから!!」
慌ててフェイトはカリフの腕から逃れようともがくが、それも無駄なのかカリフはフェイトを抱く全然力を緩めない。
「止めとけ。今のお前は脳が揺れてるから立ってもコケるのがオチだ」
「で、でも?……」
もはや聞く耳もたないといったカリフにフェイトは諦めようとする。だが、それでもこの状況はなんとかしてほしい。
普段でも昼ドラのようなシーンでも苦手なのに、それを実践させられているのだから困った。
困り過ぎてフェイトの頭から何かが溢れだそうとしていた。
「あの……!! でしたら早めに、人に見つからないように急いでお願いします!!」
もはやオーバーヒート寸前のフェイトはこう言うしかなかった。
早くあのマンションに入ってくれれば羞恥心くらいは消えるから…と。
「そうか……ならしっかり掴まってろ」
「え?」
少し考え、フェイトの体調を考慮して速めの帰宅を了承したカリフはフェイトに忠告する。
なぜそんなことを言ったのか分からないという表情のフェイトにしっかり向き直って再度の忠告をする。
「いいから掴まれ。決して手を緩めるな。あと、口も閉じてろ。噛みたくなかったらな」
「……あ、はい……」
注意深い忠告にフェイトは従い、カリフの体に更に肉迫する。
(うわぁ……すごく堅い……それに暖かい……)
カリフの体に密着したフェイトは初めて知った男の感触に感動に近い物を感じていた。そして、そんなことも知らずにカリフはアルフの腕をしっかりと掴んで足に力を入れる。
「加減するから振り落とされるなよ」
「え、何を……」
フェイトが何をするのか不安になって問いただそうとした時……
「きゃあ!!」
「なに?? もうちょっと静かに……うわぁ!!」
カリフの体は宙を跳んだ。
「きゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うわああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然のミサイルにも通用する加速に二人は絶叫しながら必死にカリフに掴まっていた。
寝起きのアルフに至っては心構えもできなかった故に心的ダメージは計り知れなかった。
カリフのジャンプでコンクリートの地面にヒビが割れ、勢い余ってビルの三十階くらいの高度にまで跳んでしまった。
こうして、遠見市の上空で二人の女性の悲鳴が響き渡った。
「ふむ……中々いい所じゃあないか?」
この時、カリフは上空から街を見渡してプチ観光してたのはご愛嬌である。
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