緋弾のアリア 紅蒼のデュオ 4話 |
四月××日 二日後
四月の冷たい雨の降る日だった。
この日、怜那はある夢を見て寝坊をしてしまった。彼女が寝坊をするなど未だかつて無い事態である。
「…いけませんね。私とした事が寝坊するなど…。あるまじき失態です。」
一人ベッドの上で呟いた怜那は、何故かほんのりと頬を赤らめ、恐らく起きてないだろう飛牙を起こしに部屋へ向かった。
「失礼します。飛牙、起きていますでしょうか。」
飛牙の部屋の前で怜那は飛牙に呼び掛けるが、返事は無かった。やはり怜那の予想通り飛牙は起きていないようだ。
「……失礼します。」
二回変則的なリズムでノックをし、静かにドアを開け、ゆっくりと飛牙の部屋へ入る。
ベッドへ行き飛牙を起こそうとした怜那だったが、既に起きていた飛牙はパイロットヘルメットを被っており、怜那の姿を確認しニヤリと笑った。
「よお。えれぇ遅かったじゃねえか」
「…起きていたのですか。その格好はどうしたのですか?」
怜那が見た飛牙は、武偵高の制服に身を包んではおらず、黒いパイロットスーツにパイロットヘルメットを被った、如何にもこれから航空機に乗りますといった雰囲気だった。
「周知メールは見ただろ?任務だ。既に誰かが行った可能性があるが、そんな事は構わねえ。介入するまでだ」
周知メール?と怜那は自分の電子端末を取り出すと、確かに武偵高からの周知メールが届けられていた。
「武偵高のバスをバスジャック?」
「…まさか見てねえとは思わなかった。少し顔も赤いようだし、風邪でも引いたか?」
「い、いえ。そんな事はありません。至って健康体です。」
「…そうか?戦場で無理は禁物だぞ」
「…大丈夫です。それより、作戦の詳細を。」
ああ、と飛牙は自身の端末を取り出し、映像を画面に投影する。
「ターゲットは武偵高のバス。犯行の手口から犯人は『武偵殺し』の模倣犯とみられている」
はっ…と怜那は息を呑む。
「『武偵殺し』…」
「ああ。恐らく今回も本人だな。バスの底にプラスチック爆弾(C4)を確認済みだ。目標は衛星で追跡中。俺達はそこにヘリコプターで向かい、狙撃で爆弾を撤去。操縦は俺。お前は横ハッチより狙撃を頼む。今回も困難な作戦で悪いが頼んだぞ」
「…了解。」
ポンと投げられたヘルメットを受け取りつつ、怜那は肯定の意を示す。
相変わらず彼の考える作戦は無茶ばかりだ。怜那はどこか嬉しそうに溜め息をついた。
台場上空
『バスを確認した。レインボーブリッジに先回りするぞ』
「了解。」
怜那と飛牙は、軍で故障して払い下げになった物を整備、改造した漆黒のUH-60(以下ブラックホーク)に乗っていた。
パイロットの飛牙は、備え付けのレーダーと衛星情報、自身の持ち前の勘を生かしてバスを捕捉し、これから通るであろうレインボーブリッジへと向かった。
怜那は開かれた横ハッチからバスをスコープ越しに目視していた。姿を確認出来たのは飛牙からの連絡の後であるが、彼女の視力は左右4.0。レーダーでは確認出来ないことを飛牙に伝える事が出来る。
「バスには既に突入部隊が居るようです。バスの屋上に遠山氏と神崎氏がいます。近くを飛んでいるヘリコプターは武偵高所属です。中にレキ氏を確認しました。」
『…チッ。先越されちまったか。てか、そのレキっつうのは誰だ?』
「同学年の狙撃科(スナイプ)のSランクです。本名不詳の通称『ロボット・レキ』。狙撃能力だけで言えば、私よりも技能は上です。」
そうか、と飛牙が返答する前に、怜那は続けて報告をした。
「部偵高のバスの後ろを赤色のルソーが追従しています。搭乗者は無し。座席にUZIが装備されています。」
『予想通りだな。タイヤ潰せるか?』
「あちらは時速100kmを超える速さで走行しています。対するこちらもバスに併走、加えて雨天により視界が不明瞭なのと、ヘリの中といった悪条件です。成功確率は40%かと。」
『40か…じゃあお前の"横"のヤツでぶっ飛ばしちまえ』
「…了解。」
ブツッと通信が切れる音を確認して、怜那は隣に設置されたM134、ガトリングガンと呼ばれる系統の銃を見る。これから起こるであろうレインボーブリッジの破損状況を考えながら、深く、深く溜め息をついた。
キンジは焦っていた。早いことバス内の人質を解放したいのだが、爆弾はバスの底、先程アリアが解体を試みたが、赤色のルソーにそれを阻まれ、あろうことかUZIを搭載した無人ルソーはバスの中に銃弾を放ってきた。先程はそれで運転手が負傷したが、偶然そこにいた車輌科(ロジ)の親友、武藤剛気(むとう ごうき)に運転させることで事なきを得た。しかし、武藤まで負傷したらバッドエンドは免れない。
おまけに減速すると爆弾は爆発し、犯人の要求地点に到着したところで遠隔操作で爆発する。設置された量から考えてバスを破壊する程度の威力ではない。人質はおろか、周りの民間人まで巻き込んでしまうのは容易に想像が出来る。
つまり、バッドエンドへの道筋の多さに対してグッドエンドの道筋は現時点ではごくわずか、しかもかなり難易度が高いとキンジは考えている。
減速出来ないため爆走するバスの中、『現在の』Eランク武偵の脳で無理やり解決策を考えていたが、一向に答えは出てこない。こうしている間にもバスは目的地へ進み、やがて爆発する。
取り敢えず、今一度アリアと接触しよう。そう考えたキンジは、ヘルメットを武藤に預けたまま屋上へ上がった。
この行為が、後に悲劇を生むことなど今のキンジには分からなかった。
「遠山氏、屋上へ上がりました。二人とも防弾ヘルメットを着用していません。」
『おいおい…。短機銃(SMG)搭載したヤツの前に無防備で出てくるたぁ良い根性してんじゃねえかよ』
ヘリの中、既にレインボーブリッジ上空にて待機状態の怜那と飛牙は、ターゲットを見失わないようにしつつ言葉を交わしていた。
「バス、レインボーブリッジに入りました。射撃、出来ます。」
『分かった。目標はバスの後ろをつけてくる赤のルソー。道路への被害は最小限に抑えてくれ。ま、後片付けは警察の仕事だがな』
「了解。……神崎氏、被弾。遠山氏を庇った模様。」
『…チッ。面倒な仕事を増やしやがる。爆弾破壊後バスに接近するぞ』
「了解。……撃ちます!」
身体をハッチに固定した怜那は、M134の銃口をルソーへ向ける。飛牙の操縦技術によりブレは少なく、的確に目標を狙うことが出来た。
次の瞬間、M134は火を噴いた。
ガトリングガンの名は伊達ではない。7.62mm×51 NATO弾を毎分3000発のスピードで撃ち出すその銃は、時に装甲車を破壊し、時に戦車をも無力化させる。
そんな銃から銃弾の雨を浴びせられた乗用車の末路は言うまでもない。たちまち赤のルソーは道路もろとも穴だらけになり、盛大にスピンした後に大破、火を噴いた。
続いて武偵高のヘリから銃弾が放たれ、バスの底に設置された爆弾を一つ残らず狙撃、バスから半ば強引に爆弾を外すと、続く弾で爆弾を道路から落とし、海の中へと落とした。
揺れるヘリの中からの狙撃で命中率100%。並外れたレキの狙撃技術に、怜那はただ感嘆するしかなかった。
「…レキ氏が爆弾の狙撃、破壊に成功。」
『…おいおい。ヤツはバケモンかよ…。今からバスへの接近を試みる。しっかり掴まってろよ!』
「了解。」
爆弾の破壊を確認し、減速するバスに合わせるようにヘリも減速、接近していく。
バスが完全に停止するまでそう時間はかからなかった。ヘリもバスの近くの道に降り、怜那のみバスに近付いた。警察が封鎖したおかげで乗用車は通らず、道路上での活動がし易かった。
「東京武偵高二年A組所属、蒼月です。負傷者はヘリで武偵病院へ搬送しますので、後ろのヘリに搭乗して下さい。あまり搭乗出来る訳ではありませんので、なるべく状態の悪い人を優先して下さい。」
バスから解放された武偵高の生徒はこの呼び掛けに即座に反応し、バス内で負傷した運転手をはじめとする負傷者をヘリへ運ぶ。幸いにも重傷者はあまりおらず、被弾した運転手とアリア以外は擦り傷や切り傷程度で済んでいた。
「被害の大きい負傷者は2人ですか。では、失礼します。」
負傷者をヘリに搬入し終え、怜那は足早に現場から立ち去った。
『負傷者の搬入、完了しました。』
「あいよ。ハッチ閉めるから離れてろ」
『了解。』
開けておいた横ハッチを閉めつつ、飛牙は考える。
(遠山…今回は本気じゃ無かったらしいな。かなり危機的な状況だったくせに本気出さねえって事は、やっぱ何かトリガーがあるのか)
飛牙は、今回の事件にキンジが参加する事は予想済みだった。その為にわざわざヘリを飛ばし、金にならない任務に介入までしてキンジを調査しようとしたのだが、果たして今回のキンジはヘタレの方だった。
(まだ調査が必要か…。いっそ中学の時からあらった方がいいか…?)
面倒くせぇ、と飛牙は溜め息をつき、ハッチが完全に閉じたのを確認するとヘリを離陸させた。目的地は私立の武偵病院。飛牙と怜那が過去戦場で世話になった人の営む所だ。
説明 | ||
4話です。ペースが速くなってしまい、配分に苦労しています。 見て頂いている方々に感謝の意を。 |
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