IS/3th Kind Of Cybertronian 第二話「The Hidden」 |
沈む夕日が、今日の仕事の終わりを告げる。
田中一郎は、手にしていた錆びだらけのスコップを置き、泥だらけの顔をタオルで拭った。
買った当時は白かったのに、今や全体が土色に染まってしまっている。
一郎は工事現場を見回した。
黄色いヘルメットに作業着を来た男達が、幾つかの塊となって今夜の予定を話し合っている。
結局、「いつもの飲み屋で」ということで纏まりそうだ。
みんな吐く息は白く、一月中旬の寒さを示していた。今夜は熱燗でも飲んで、体を温めるのだろう。
小高く盛られた土の上には、黄色いカラーリングのショベルカーが、物言わず鎮座している。
物言わないのは当然だ。あれは魂のない、ただの機械だから。
「よう、兄ちゃん。よく働いたなあ」
振り返ると、現場監督が立っていた。
口を笑顔の形に曲げ、煙草のやにで黄色くなった歯を見せてくる。
歳は四十を越える頃か。腹は出っ張っている。
「いえ、僕はそれほど……」
「ははは、謙遜謙遜。別に腕も太かないのに、よくあんな力が出るもんだ」
現場監督の腕が丸太とするなら、一郎の腕は薪木だ。特別細いわけではないが、決して太いとはいえない。
「まあ、それなりに鍛えてますから」
一郎は愛想笑いを浮かべて、この場をやり過ごすことにした。
真実を伝えることは、必ずしも正しい選択ではない。そもそも、今の彼は、真実からもっともかけ離れた状態にある。
「では、僕はこれで失礼します。お疲れさまでした」
丁寧に腰を折り、踵を返す。
遠ざかる一郎の後ろ姿を見ながら、現場監督は首を傾げた。
「鍛えてるからって、汗もかかないもんかね?」
そして、日当を渡し忘れたことを思い出し、現場監督は慌てて少年を追いかけた。
一郎は、手配師が用意した車には乗らず、歩いて現場を離れた。
何時の間にか、作業着から青いパーカーと灰色のズボンに着替えている。
空は赤音色に染まっていた。
太陽に背を向けるビル群は焼かれたように黒く染まっていて、まるで世界の終わりのような光景だった。
一郎はふと足を止め、左手側のビルの窓ガラスを、じっと見つけた。
適当な長さに刈った黒髪の、良くも悪くも特に目立つ要素のない顔をした、日本人の少年が映っている。
一郎はふうと溜息をついた。ガラスの中の彼が、白く染まる。
「そりゃあ、僕は重機よりパワーがあるもの。よく働くさ」
彼が「田中一郎」になったのは、つい最近のことだ。
その前の一万年間は、サンダーソードと名乗っていた。
彼を乗せた脱出ポッドが、地球という惑星の日本に墜落し、そこに住む住民たちに紛れて暮らすことにしたのが、一年前。
サンダーソードは自身にスキャニング装置が備わっていたため、簡単に地球人の姿を借りることができた。
顔の形は、スキャンした人物とまったく同じにする訳にはいかなかったため、言語情報をダウンロードすると同時にインターネットで「目立たない顔」をテーマに調べ、その通りに変更を加えた。
名前も、「よくある名前」で検索して決めた。
これらの作業は、五分もかからなかった。
(無事地球人にはなれたけど、セイバートロン星人に戻るには、どうしたらいいんだろう……)
別段、変形能力が失われたわけではない。
彼は何時でも、田中一郎からサンダーソードの姿に戻ることができる。
だが、地球を脱出して、セイバートロン星に帰還するのは、もはや不可能に近い。
脱出ポッドは、墜落直後にサンダーソードの手に寄って完膚無きまでに破壊された。
どこかに隠しておく余裕はなかった。
何より、彼は宇宙の漂流者という立場で、異星人と接触するのを避けたかった。
どんなに温厚に見える種族でも、自分達の発展や自己防衛のために、力や立場の弱い者を犠牲にする残酷さを持っている。
これまで、サンダーソードが異星人と接触する時も、自らの身分を主張し、宇宙船の高い技術力を見せて、そう簡単にはばらばらに分解されない手強い存在であることを証明する必要があった。
中には、それでもなお、彼を捕まえて技術革新の礎にしようという種族もいたのだから。
(だけど、問題はそんなことじゃない)
もともと、脱出ポッドに宇宙を旅する能力はない。
セイバートロン星に帰れない理由は他にあった。サンダーソードの力では、どうしようもない。
そもそも、地球という星を、サンダーソードは以前から知っていた。
というより、良くも悪くも、セイバートロン星で地球を知らない者は存在しない。
数百万年前、オプティマス・プライム率いるオートボット軍団と、破壊大帝メガトロン率いるデストロン軍団がエネルギー探索に訪れ、激しく火花を散らした場所として、今も語り継がれている。
トランスフォーマー達が地球人と接触し、その存在が世界中に知られるようになったのが、西暦一九八四年。
今、サンダーソードがいる地球は、それから何十年も経っているが、トランスフォーマーのトの字も見当たらない。
インターネットで検索しても、何一つ出てこない。
セイバートロン星に向けて救助信号を送っても、まったく応答がない。
つまり、過去の時代にタイムワープした、というような、簡単な話ではないということだ。
………現在、自分がいる宇宙は、セイバートロン星が存在する宇宙とは、別の宇宙である。
それが、サンダーソードが出した結論だった。
これは決して、非現実的な発想ではない。
セイバートロン星の長い歴史の中でも頻繁に起きるようなことではないが、実際に平行世界を旅したトランスフォーマーの記録が残されている。
おそらく、あのワームホールを通り抜けた時、サンダーソードは世界をも越えてしまったのだ。
もし、何らかの方法で宇宙船を手に入れたとしても、セイバートロン星に帰ることはできない。
最初から存在しない場所に、どうやって行けばいい?
サンダーソードは、この宇宙でたった一人のトランスフォーマーになってしまった。
それを再確認する度に、彼の胸の中に、冷たい風が吹く。スパークまで凍えてしまいそうだ。
その時、肩に軽い衝撃。
振り返ると、肩をぶつけたと思わしきスーツ姿の女性が、一郎に侮蔑の視線を向けていた。
一郎は立ち止まっていて、通行人の邪魔にならないようビル側に身を寄せていたため、ぶつかったのは彼女の不注意ということになる。
しかし、女性はふんと鼻を鳴らすと、謝りもせずその場から立ち去った。
一郎は、それを苦笑いしながら見送った。
珍しい光景ではない。むしろ、慰謝料を請求しないだけ、彼女は良心的だ。
いわゆる、女尊男卑社会が謳われるようになったのは、この地球にIS―――インフィニット・ストラトスという兵器が誕生してからのことだった。
そのパワードスーツは、旧来の兵器を軽く上回る性能を持ち、冗談でなく世界の情勢を左右する力を持っている。
本来は宇宙開発用に作られた物の筈が、どの国も兵器として扱っていた。
それが、一郎には少し残念だった。
今の自分のような状況に陥らなければ、未知の世界への進出は、戦いよりも尊いものなのだ。
欠点としては、現在ISが世界に四六七機しか存在しないことと、そして何より、女性しか装備できないことだ。
男性がISに触れても、何の反応も示さないのだという。ISのコアは制作者によってブラックボックス化されていて、未だ解明には至っていない。
そんな訳で、男性よりも優位に立った世界の女性陣は調子に乗って、ISに乗れるという権利を居丈高に振りかざすようになった。
もちろん、あまり褒められたものではない。力を持っているからといって、それを無暗やたらに振り回すの者は、マクシマルズやオートボットの中では軽蔑の対象となる。
心を伴わない力は、周りにいる者を傷つけるだけだ。
(そういえば、近所にIS学園っていうのがあったな)
IS操縦者の育成を目的とした教育機関。
日本だけでなく、世界中から学生が集まって、日々学習と鍛練に励んでいる。
一郎も、何千年か前にセイバートロン星にあるマクシマルズの学校を卒業していた。
専攻は異星文明で、惑星調査員になったのは、セイバートロン星だけでなく、より多くの世界を見てみたかったからだ。
「でもまさか、別の宇宙にやってくることになるとはなあ」
一郎は溜息をついた。
長命のセイバートロニアンにとって、一年など大した時間ではない。しかし人間の中に混じって生活してみると、感覚も引き摺られるのか、やたらと長く感じるようになってきていた。
太陽は完全に姿を消し、夜の帳が世界を覆っている。
一郎はアパートに帰ってきた。軋む扉を開けて、暗い部屋の中に入る。
電気を点けると、天井から吊るされた裸電球が闇を一掃した。
畳みの床の上には、卓袱台や冷蔵庫、そしてテレビなどの最低限の家具しか置かれていない。
日雇いの仕事で貰える報酬では、生活に直結しない、余計な物を買うことはできない。
他にも、簡単かつ大量に金を稼ぐ方法もあったが、あまり目立つような真似はしたくなかった。
少なくとも、「あいつ、実はエイリアンなんじゃないか?」と思われるような真似は。
何より、一郎自身の倫理がそれを許さない。
(だけど、現状維持は何の解決にもならない)
一郎は冷蔵庫から、作り置きのおにぎりを取り出し、卓袱台の上に放った。
セイバートロニアンは、基本的にエネルゴンキューブを摂取して生活している。
しかし、有機体の側面を持つマクシマルズは、普通の動物が食べるような物もエネルギーに変換することができる。
もちろん、エネルゴンキューブとは比べ物にならないが。
「かといって、どこかの国の政府に協力してもらうのもなあ。立場が弱い分、利用されかねない」
一郎は、この日二度目となる溜息をついた。出口のない迷路をさ迷っているような絶望感がある。
暗い気持ちを払拭するため、一郎はテレビのスイッチを入れ、卓袱台の前に座った。
地球のテレビ番組は大好きだ。
今夜は、一郎が特に贔屓している刑事ドラマがある。
機械の心にも、娯楽は必要だ。
一郎は、卓袱台を引っ繰り返す勢いで立ち上がった。上に乗っていたおにぎりが畳の上に落ちる。
目を見開き、明後日の方向に視線を向ける。そこには壁しかないが、一郎はそれよりずっと遠くを見ていた。
まさか。いや、しかし、間違いない。
一郎は震える唇を動かした。
「………エネルゴン反応だ」
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にじファンから移転。 本作品は、ISとトランスフォーマーシリーズのクロスオーバーSSです。オリジナル主人公および独自設定を含みますのでご注意ください。 |
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