魔法少女リリカルなのはDuo 4〜5
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第四・度重なる苦汁

 

 カグヤと言う少年は、とある村で傷を癒す為、休息の日々を送っていた。

 しかし、その間も彼はただ休んでいたわけではない。彼が唯一使える魔術『霊鳥』を応用して新たに作り出した『霊蝶』で、周囲の魔導士に感知されずに情報を収集していた。

 この『霊蝶』、サイズが本物の蝶と同じくらい小さく、内包する魔力がとてつもなく低いため、例え接触していても気付かれる事はない。そのおかげでカグヤは、ここ数日連続で戦う羽目になっていた管理局の連中の事如くに『霊蝶』を張り付け、管理局内の情報をやりたい放題に盗み見ていた。とは言えこの『霊蝶』、内包魔力が少ないため、何もしなくても五日過ぎると勝手に消えてしまうので、常に新鮮な情報を得られるわけではない←(それでも五日持つのは既にチートの領域)。

 そんなカグヤが、集めた情報を元に『時食み』に関する物をピックアップしていると、不意に小首を傾げたくなるような内容に行きついた。

 何がどう? と説明を求められると困ってしまう様な、それほどにはっきりしない僅かな違和感。強いて言えば、自然発生だと思っていたのが人為的な工作だった。そんな感じの違和感だ。

 カグヤはそれを確かめるため怪我が完治していない身体のまま、とある辺境にまで足を運んでいた。……っと、そこまでは良かったのだ。

 まさか周辺の地理を聞こうと訪ねた女の子が、管理局の人間で、運悪くカグヤ(本事件の最重要容疑者)の報告を通信で受けている所に話しかけてしまったのだ。

「ま、待ちなさぁ〜〜いっ!」

 っと言うわけで現在カグヤは辺境の草原をひた走り、ピンクの髪の女の子から逃げている所である。より詳細に言うと『飛龍に乗ったキャロ・ル・ルシエ』から逃げているのだ。

「あ、あのっ! 待ってくれないと攻撃しちゃいますよぉ!?」

「てめぇ……っ、さらっと恐ろしい事言いやがったなぁ?」

 カグヤの情報収集能力には、他人の見聞きした情報を第三者として受け取る間接的な物だ。そのため、自分の知りたい情報を直接調べる事が出来ないと言う欠点を持っている。彼女の名前がキャロだと言う事も、乗っている龍が『アルザスの飛龍』だと言う事も調べで解っているが、それは『話に出てきた』程度の情報で、キャロル・ル・ルシエと言う人物がどんな人間なのかまでは解っていなかった。そのための接触事故だ。

「あの……っ!? 本当に撃っちゃいますよ? 危ないですよ?」

「くっそぉ〜、脅しじゃなくてマジでヤバい事言ってんの解ってんのか〜? アルザスの飛龍が火の玉一つ撃てば、俺なんて一堪りも無いぞ?」

 カグヤの肉体は生まれつきとても脆く、下手をすると魔力ダメージでも物理的なダメージを被る危険性をはらんでいた。特にカグヤは内包する魔力も少ないので、防御力にも期待が出来ない。範囲系の攻撃を一発撃たれたら『諦めるしかない』という、とんでもない結論しか出せないのである。

(飛龍のブレス一つがどんだけの範囲を攻撃するか正しく知ってるわけじゃねえけど、中距離戦は危険だな……)

 そう考えながら、カグヤは既に頭上高くに飛ばしておいた霊鳥で周囲を見回す。周囲には草原ばかりが広がり、他の管理局メンバーがいない事を確認する。

(……アレだけの龍を召喚する相手、俺としてはどうしても欲しい力だ)

 飛龍の脅威に慌てて逃げ出したカグヤだが、どの道、龍の速度に地面を走っているだけの人間が勝てるわけも無いと踏んで、覚悟を決める事にした。

「止まってくださいっ! これが最後の警告―――!」

「よしっ、止まって見よう」

「――って、ええ〜〜〜っ!?」

 全力で逃げていたカグヤがいきなり静止したので、飛龍のフリードもキャロもすぐに対処できず、通り過ぎてしまった。

 少し前の方を飛んでから、フリードは大きく旋回、Uターンしてカグヤの前に降り立つ。

 カグヤは何故か片膝を付いて座っていたが、フリードが着地すると同時に立ちあがってキャロを見据える。

「えっと……、『((黒い獣|ブラックビースト))事件』の最重要容疑者の方ですよね? 色々御話を聞きたいんですけど?」

「待て、その前にその『((ブラビー|・・・・))』とはなんだ?」

「え? 『((ブラビー|・・・・))』? ……っ! 勝手に略さないでください! 解らなくなります!」

「ああ、からかうためにワザと略した」

「私っ、からかわれちゃってるんですかっ!?」

 ショックを受けたキャロが少し泣きそうな表情になって叫ぶ。

 逆に、からかったはずのカグヤの方も予想外の反応に微妙に硬い表情をする。本人としては挑発のつもりだったのだが、普通に傷つかれると無駄に罪悪感を抱いてしまう。

(……なんで俺が傷ついてんだ? 別に相手が意気消沈してくれてるならそれはそれで良いだろう?)

 適当に自分を納得させたカグヤは、軽く沈んでいるらしいキャロに向かって声をかける。

「それで、さっき言っていたのはなんだ?」

「え? あっ! はい! 今ミッド中で出現している、謎の黒い獣が事件を起こしています。あなたはそれについて何か知っているらしいという情報が私の所にまで周ってきているんです。良かったら話だけでも聞かせてくれませんか?」

「いいぞ」

「いいんですかっ!?」

 あっさり返答したカグヤに対し、キャロは「あれ? ヴィータさんやスバルさんの話じゃ、すごく切れ者で一筋縄じゃいかないって話だった筈じゃあ……?」と疑問符を浮かべて首を傾げる。

 カグヤは、そんなちょっと見てて可愛い仕草に内心笑みを作りながら、視線を巡らし霊鳥の準備ができたのを確認する。今回はしっかり脱出用の転移魔法も用意した。万全を尽くしたカグヤは、これからの事を頭の中でシミュレートしながら話を続ける。

「ただし、一つ条件がある」

 言いながら必要最低限の魔力を下半身の強化に充てる。

「条件?」

「ああ、俺と勝負して勝ったら教えてやる。その代わり、俺が勝ったら―――」

 キャロがカグヤの言葉に身構える刹那、静止状態だったカグヤが一気に加速し、次の瞬間、フリードに乗っているキャロの左隣にカグヤは刀を抜刀した状態で立っていた。

「ッ!!」

 瞬時に対応しようと振り返るキャロだが、完全に出遅れ、シールドで守るのは間に合わない。完全にカグヤに先手を取られていた。それでもなんとかしようと全てが緩慢に感じる世界で必死に身体を捻る。

「―――お前を貰うぞ」

「/////!?」

 刀が流れる瞬間、耳に聞こえたその台詞に、キャロは緩慢な世界で時間を凌駕するが如く赤面し、慌ててしまったあまり、スカートの端を自分で踏んづけてしまう。そして―――、

「あれ?」

「え?」

「きゃああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」

 ぼてっ……。

「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

 体勢を崩したキャロは、見事にカグヤの一撃を躱して見せたのだ。

 代償は、恥と落ちた時にできた頭のたんこぶ一つ。

「そんな好感度アップにしか使えない様なドジっ子スキルで俺の攻撃を躱したのか〜〜〜〜〜っ!?」

「べ、別にっ……! しようとしてドジしたわけじゃありませんっ!」

 恥しくなって、痛む頭を両手で押さえながら叫び返すキャロ。

 カグヤとしては今のは結構ショックだった。カグヤの使った加速技はクイック・ムーブ。適正魔力を用いた身体強化と空気抵抗の緩和、身体にくる付加衝撃対応などを組み込まれた特殊な業だ。業その物は難しくはないが、完全静止状態から急加速となると多少難易度が上がる。カグヤ自身、これも五回やって二回くらいしか上手く行った試しがない。それがせっかく上手く行ったのを、単なるドジで偶然躱されましたと言われれば泣きたくもなってくると言うモノだ。

(いや、やめよう……。偶然なんてホント、いつ起きるか分かんないんだし考えるだけ無駄だ)

 思い直したカグヤは、今更敵に乗られている事に気づいて暴れ出すフリードから飛び降り、待機させていた霊鳥で撹乱して、飛龍の動きを封じた。狙いは術者一人との一騎打ちだ。

(龍を使われなきゃ勝てる……っ!)

 地面を蹴り、カグヤはキャロに向かって刀を振り降ろす。それに慌てながら、キャロは足を動かし、瞬時に攻撃を回避していく。

 逃げるキャロを追いかける様に連続で斬激を放つカグヤに、キャロは小さく悲鳴を上げながら躱し、時々((魔弾|シュートバレット))で反撃を試みてくる。それを正確に最低限の動きで躱しながら攻撃を続けるカグヤは、しかし途端にその攻撃をやめる。

 合わせてキャロの表情に僅かな焦りが生まれた。

 カグヤはキャロの動きが不自然な事に気付いたのだ。キャロは攻撃を回避する時、できるだけカグヤの右側になる様に避けている。反撃の魔弾も殆どが右方向からばかりだ。

 恐らく、キャロは気付いているのだろう。カグヤの右の反応が左に対して遅い事を。

(肩の怪我まで見抜かれたかは解らんが、無闇に攻めると手痛い反撃を受けるな……)

 相手は近接戦に不得意なところがある。自分がミスをしなければ勝てる相手。

 カグヤは今までの相手を思い返しながら正確に状況を判断し、控えていた最後の霊鳥を呼び集め刀に纏わせる。付与した数は五羽。スバルの戦いで会得した霊鳥の付与効果を、より攻撃力の高い形で試してみたのだ。

 その結果は、キャロだけでなく使った本人も軽く驚いてしまうモノだった。まるで切っ先に光の鳥が宿った様に紫の魔力光が翼と嘴を模り、飛び立とうとするように翼をはためかせている。

「って!? 本当に引っ張られてるっ!? うをおぉぉ〜〜っ!? これって制御できないのか!? うをああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」

 刃に宿った巨大な霊鳥は、まるで自分の体の一部になった刀をカグヤごと引っ張り、ともかく前進しようとし続ける。その力に何の準備もできていなかったカグヤは、ただ引っ張られてしまい、慌ててその進行方向をキャロの方へと向けさせる。

「え?」

 自分に切っ先が向いた事に嫌な予感を感じたキャロは……、

「きゃああああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 物凄い勢いで突貫してくるカグヤから必死に逃げ出した。

「なんですかそれっ!?」

「いや、俺も今初めて試した。切っ先を向けた方に勝手に前進するみたいだ。突貫技に使えそうだな」←(既に冷静)

「使った事のない技を実戦で試さないでください〜〜〜っ!」

「いや、お前相手なら大丈夫そうだったから」

「すごく悔しいです〜〜〜〜〜っ!!」

 言い返したいキャロであったが、実際ただ突っ込むだけの攻撃に対して逃げる事しかできないのだから言い返しようがない。

 突然、走り回っている二人の元に大きな影が差した。撹乱に使われていた霊鳥を全て倒したフリードが、主の危機に馳せ参じたのだ。フリードは二人の間に入り、突っ込んで来るカグヤに向けて口から炎を噴き出した。カグヤはなんとか躱そうと試みたが、自分の使っている術が急ブレーキや方向転換が効かない事を知り表情を歪めた。

 次の瞬間、彼は炎の海に呑みこまれ―――ながらも、炎を突っ切って飛龍に一撃を加えた。

 フリードはその一撃に雄叫びを上げながら後方に吹き飛ばされる。倒れ伏したその姿は、一撃でノックされたのが誰の目にも明らかだった。

「おぉ〜〜……、アルタスの飛龍を一撃かよ……。効果は一発限りのようだが、これは突撃技としてはかなり有効だなおいっ」

 カグヤは自分の起こした事実に感嘆の声を上げる。

 霊鳥の一羽に要した魔力量と威力を考えると、この一撃は単純な五羽分の威力としては大きい。相乗効果か何かが作用している事は確かなようだ。

「あの程度の攻撃なら、正面から貫けるみたいだな。『霊鳥突き』……とでも名付けておくか」

 カグヤはそう言って切っ先をキャロに向けて圧力をかける。その内心では、この技は必殺の技としては使えるが、強制突貫なため横からの攻撃や、カウンターに対して何の対処もできないと言う弱点が解ってしまい、何度も使える技じゃないと感じていた。

(まあ、この子には大丈夫だろうが……、念のため使わないでおこう)

 使うにしても霊鳥の数は制限した方がいい、と最後に思考を締め括り、再び袖から札を数枚投げ霊鳥を呼び出し、斬激と魔弾の二重攻撃でキャロに迫る。

 キャロは必死に攻撃を躱しながら、なんとか逃げ道を探す。今自分が目の前にしている相手は、自分より強いだろうと判断したからだ。同時にフリードをいつもの小さいサイズに戻し、いつでも抱えて逃げられるようにする。

 カグヤの刀がキャロの足目がけて薙がれる。咄嗟に右側に躱そうとして、慌てて後ろに下がる。右側には霊鳥が三羽、攻撃と防御と待機を同時に行っていたのだ。自分の弱点に気付いているからこその対処にキャロの行動は更に制限される。

「く……っ!」

 キャロは一か八か、自ら前進して懐に入り、霊鳥と刀の攻撃を躱した。相手に抱きつくような状態になってしまい、おまけに額を思いっきりカグヤの胸にぶつけてしまうが、そんな事を言っている暇はない。

「……えいっ!」

「ぐぅっ!?」

 胸に飛び込んだキャロは密着状態のまま手からシュートバレットを撃ちだし、吹き飛ばそうとする。

 カグヤは放たれる一瞬前に気付き、無理矢理体の軸をずらし回転するようにしてダメージを逃がそうとする。結果、魔弾は左胸を打ち抜く様にして、彼の左部分の服がはじけ飛んだ。

「は、はわわっ!? ごめんなさいっ!?」

 服弾けて肌が見えた事で、キャロは思わず頭を下げてしまう。

「……なんで謝る?」

 意味が解らなかったカグヤは、攻撃できる距離に居るキャロに思わず訪ねてしまう。

 キャロは顔を赤くして俯きながら返答。

「だ、だって、女の人の服を……」

「待て、これでも俺は男だぞ?」

「ほ、本当にごめんなさい!」

「おいこら、聞いてるのか? 俺は男だと言っているだろうが」

 自分の顔が童顔な事は理解しているカグヤだったが、肌を晒してまで女扱いされるとはさすがに思っていなかった。これは男子としてかなりショックだ。

「よく見ろ、俺は男だ。胸なんて無いだろ?」

「大丈夫です! きっとすぐに膨らみます!」

「励まされても嬉しくないぞ!? 膨らんだ方が落ち込むわ!」

「あ、ごめんなさい。戦場で男も女も無いですよね……」

「いや待てっ、そう言うのとは別次元の話だ……」

「でも勿体無いですよ? そんなに綺麗な肌をしているのに……////」

 ちらちらとカグヤの肌に視線を向けて頬を染めるキャロ。

「ちょっとまてっ! お前はこの身体を見ても女と認識するのかっ!?」

 あまりの現実にショックを隠せないカグヤは一瞬茫然としてしまう。

 (俺、本当に男なんだろうか……?)と考えそうになった思考を罵詈雑言でねじ伏せた。ついでに刀を無造作に振り下ろし諸悪の根源に八つ当たりする事で誤魔化した。

 キャロは慌ててその攻撃を躱し、大きくジャンプしながら後ろに下がろうとする。

 カグヤは追撃のために足に魔力を流し、クイック・ムーブをかけた。

 っと、突然キャロが不自然に急停止したのは、ちょうどそのタイミングだった。

 後ろに下がろうとしたキャロは、背中越しに兎が丸くなっているのを見て、慌てて下がろうとした自分の動きを急停止させたのだ。その思わぬ停止に、クイック・ムーブをかけたカグヤも、止まれるはずが無く……。

 ガツンッ!!

「ふきゅ……っ!?」

「はふぅ……っ!?」

 二人ともまともに額を打ち合わせる事になった。

 キャロは「ほ、本日三度目……」と呟きながら頭を両手で抱える様にして押さえ、その場に蹲ってしまい、カグヤは軽い脳震盪(のうしんとう)を起こしたのか「きゅ〜〜……」と声を洩らしながら気絶していた。

 お互い絶好のチャンスなのだが、どちらもそれどこれではない状況だった。

 カグヤが我に返ったのと同時に、キャロも額を擦りながら立ち上がる。

「……痛い」

 対するカグヤは意識が戻ったところで痛みが引いたわけではなく、地味に悶えていた。

 それを認めたキャロは、召喚魔法を用いて束縛の鎖を呼び出し、カグヤを捕縛しようとする。

「っと……!」

 クイック・ムーブを使い、ギリギリで回避するカグヤだが、発動に失敗して着地が上手くいかず転がってしまう。

(くそっ! やっぱりまだ咄嗟の発動は上手くいかない……!)

 なんとかすぐに立ち上がり袖から数枚の札を取り出してキャロに投げつける。

 それをしゃがんで躱したキャロに、カグヤは魔力強化による純粋な脚力で接近する。クイック・ムーブ程速くはないが、足運び次第では十分な瞬発を発揮できる。

 しゃがんでしまった所為で回避が間に合わないと悟ったキャロは両手を前に翳す。

「ケリケイオン!!」

「剣凱護法!!」

 キャロは愛機に呼び掛けラウンドシールドを張り、攻撃を受け止める。

 カグヤは刀の強度を魔術で強化して、相手を押し込めるように打ちつける。

「戻れ朱雀!」

「え?」

 カグヤの叫びに反応して、最初に投げられた札から炎を纏った三羽の霊鳥『朱雀』がキャロの背後から急接近してくる。カグヤに抑え込まれたキャロはこれに対処できない。カグヤも最初からこれが狙いだったので刀に体重をかけてキャロが逃げられないように力で抑え込む。

 焦ったキャロが背後から迫る朱雀と目の前のカグヤに何度も視線を交わす。逃げようにも抑え込まれる所為で足を地面に踏ん張るしかなく、移動できない。両手でなんとか受け止めているので片手も放せない。朱雀の距離が近づき、もうダメだと覚悟したキャロが目を瞑る。

 不意に、ズルリッ、っと言う音と共にキャロは足が地面から離れる不安定な感覚に目を開く。

「へ?」

「え゛っ?」

 キャロの視界には空が見えた。

 カグヤの視界にはキャロが消えて自分が指示した朱雀が見えた。

 キャロは悟る。

(あ、足を滑らせたんだ……)

 カグヤは悟る。

(そうか、コイツのドジは神に愛されてるのか……)

 意思を持った朱雀は、慌てて方向転換しようと羽ばたくが到底間に合わない。

 ガギンッ! と言うすごい音と共に「ひぐぅっ!?」と悲痛な悲鳴が上がる。同時にカグヤは自分の放った朱雀を諸に顔面に受けた。

「うぼほぅうっ!!」

 軽い爆煙が上がり、マンガみたいに吹き飛ぶカグヤ。

 そしてキャロは……、

「ほ……、本日……ッ! ……四、回……目、……」

 思いっきり地面に後頭部を打ちつけたキャロは頭を押さえて蹲ってしまった。

 もはや痛みに悶え、逃げる事も、立つ事も放棄している無防備な状態だったのだが、その時すでにカグヤも何処かへと消え去っていた。

 

 

「アイツは絶対神に愛されてるんだ……。それか俺に死神が憑いているんだ……。もしくは笑いの神が両方についていたとしか思えねえ……。それとも何か神がかった力を持つ誰かの仕業か……?」

 転移魔法で逃げだしたカグヤは、自分の放った朱雀の所為で結構なダメージを負っていた。これがゲームならステータスが赤く表示されているくらいの重症だった。

 それでも動けないわけではなかったのだが、森に隠れたカグヤは膝を抱えてブツブツとつぶやき続けている状態だ。

 実力で負けたのなら納得はいくが、まさかあんな形で徹底的に痛い目を見るとはさすがに思わなかった。っと言うより、単純に力を持っている相手よりたちが悪い。これならアレが『運』ではなく『能力だ』と言ってもらった方がまだマシだ。

 逃げてすぐにキャロ・ル・ルシエの情報を洗い直したが、あんな神ドジを披露したという経歴はどこにもない。それが逆に恐ろしくなって、深く考える事を止めた。今は何でもいいからあの現象に理由を付けて落ち付きたかった。それが非現実的な事だって構わない程に、意外と追いつめられていたカグヤだった。

「ってか、やっぱり納得いかねえ〜〜〜〜っ!!」

 思わず立ち上がって叫ぶカグヤは、頭を両手でわしゃわしゃとかきむしる。

 っと、落ち着くために溜息を一つ洩らした所で気付いた。カグヤの目の前で神妙な顔つきをしている獣耳を生やした男がこちらを見ている。

 男は少し気まずそうに頬に汗を流す。

 カグヤは無表情に男を見る。

 男は手に端末を呼び出し、何かの情報と照らし合わせている。

 カグヤは見覚えのある顔に頭の中の記憶情報を検索する。

「お前が先程キャロから連絡のあった最重要容疑者か」

 確信を得た声。

「……闇の書の従者、ヴォルケンリッターの守護獣、名前は……ザッフィー?」

 わざと間違えてみた。

「ザフィーラだ」

「ちくしょうっ! 当ってやがる!!」

 確信と同時にカグヤは背中を見せて逃走した。後ろを振り返る事無く全力疾走だ。

「待て貴様〜〜〜〜っ!!」

 当然ザフィーラも追いかけてくる。カグヤは涙目になりながら「さすが動物! 逃げる物を本能的に追いかける〜〜〜っ!」と半ばヤケになった様に叫ぶ。

 カグヤは逃げながらザフィーラに関する資料を頭の中で思い出す。

 盾の守護獣と言うだけあって防御系の魔法もさることながら、本人も頑丈な体質のようだ。何よりカグヤが恐ろしいと感じたのは、彼が守護獣としての自分の役割に信念を持っている事だ。どんな危険な攻撃に対しても、彼なら自分の身を呈してでも主を守る事だろう。カグヤとしては相手にしたくないことこの上ない。

(ってか、意外なほどキャロの戦いで受けたダメージが大きすぎて、もはや戦える体力なんて残ってない! 特に精神力的にっ!!)

 カグヤは早々に転移魔法を使おうかと考えたが、すぐに使える物は先程のキャロとの戦いで使ってしまい、今は時間をかけて飛ぶ物しか残っていない。

(まあ、使うけどね……)

 決断早く、カグヤは転移魔法の札を取り出し、転移準備に取り掛かる……が、魔力を通したはずの札が何の反応も示さない。あれ? っと首を傾げたカグヤが原因を探して周囲に気を配ったところで顔が引き攣った。

「だぁ〜〜〜〜っ! ちくしょう! こんな大規模結界なんていつの間に張ってやがったぁ〜〜〜!!」

 空間異相結界により脱出不可能になったカグヤは、悲鳴に近い非難の声を上げる。

 後ろからザフィーラに「最早逃げられん! 観念しろ!」と追い立てられて、本気で泣きたくなってきた。

 しかも、獣型に変わったザフィーラに回り込まれ、走って逃げる事を止められてしまった。

 間髪入れずに鋭い爪で襲い掛かってくるザフィーラに、カグヤは後退しながら攻撃を回避する。続いて足元目がけて噛みついてきたので足を引っ込めるように跳んで躱す。すると、そのタイミングを待っていたかのように四本の足で地を蹴ったザフィーラは、カグヤの頭上に上がり、身体を三回転くらいさせながら爪を振り降ろした。

 札を取り出す暇も刀を抜く暇もなかったカグヤは右腕で爪を受ける事になり、鮮血がほとばしった。

「貴様の情報は既に得ている。バリアジャケットを着用せず、奇妙な魔法を使い、すぐに逃走を図りながら、相手を取り込もうと交渉を持ちかける。戦闘における詳細から、魔力はあまり高くはない事も承知済みだ」

(げっ、俺の事も調べられてるのか? いや、当たり前か……)

 さすがに管理局相手にちょっかいを出し過ぎた事を悟り、これからは自分の行動に注意をはからなければと自重するカグヤだった。

 ザフィーラは今までの管理局の人間と同じように投降する事を勧めた後「これは管理局としての最後の通達だ。これ以上の抵抗は強制連行の対象に入る」と脅しをかけてきた。

 それにカグヤは自然と口の端を上げて笑みを作った。

 下手に善意で塗り固められた綺麗なだけの言葉より、脅しを含んだ言葉の方が個人的に好感が持てると、内心だけでほくそ笑んだつもりだったのだ。顔に出てしまったのは、今までが綺麗過ぎた相手としか会話していないのが原因だったのかもしれない。つい感情が漏れてしまったようだ。

 カグヤは怪我をした腕を庇いながら、言葉をかける。

「仮に俺が投降したとして、お前達は俺から何を聴きたいんだ?」

「現在出現している『影の魔獣』について、知っている事を全て吐いてもらう」

「それから?」

「貴様の目的だ」

「……?」

 思わず声が漏れそうになったのを我慢して、内心首を傾げる。

(目的? 目的って、俺の目的だよな? なんでこいつらそんなの知りたがるんだ?)

「目的については簡単だ。仲間を集めている」

「それは目的ではないだろう。目的のための手段にすぎないはずだ。仲間を集めて何をしようとしている?」

 言われたカグヤはしかし、それでも首を傾げていた。

 自分の目的は確かにあるが、それと管理局には直接的に関係はないはずなのだ。それが何故、今の段階で「目的はなんだ!?」などと聞かれるのか解らない。

 自分の今までの言動や行動を客観的に振り返り、僅か思考。……理解した。

 どうやら管理局の人間は、カグヤの事を『何か知っている人』ではなく、既に『首謀者』として扱っているようだ。

 それを理解した瞬間、カグヤはげんなりとした気分に表情を歪めてしまった。

「アウト」

 思わず声が出た。

 カグヤは確信した。現時点を持って、自分が投降する選択肢は完全に消滅したと。

 もし、ここで投降したところで、管理局はカグヤを犯人として扱い、ありもしない事実を聴きだす為、拷問紛いのことだってやってくるだろう。仮にカグヤ自身がそれに耐えきったとしても、管理局は自分達の失態を隠すためにカグヤを犯人に仕立て上げる事は明白だろう。それを解っていて尻尾振って降参など、誰が喜んで宣言するものか。

「……剣凱護法」

 カグヤは刀の強度を上げ、袖から霊鳥を十羽呼び出す。

 カグヤの行動にザフィーラもいつでも対応できるよう身構え、唸り声を上げる。

「鳴け、霊鳥」

 カグヤの呟きに応える様に霊鳥達に雷が纏い、甲高い声で鳴く。

 雷を纏った霊鳥『雷鳥』だ。

「集え……千鳥」

 続いて、雷鳥を三羽集中し、より強力な『千鳥』にグレートアップさせる。

「剣に纏え」

 呟きに応じ、千鳥は切っ先に宿り、紫電の翼を大きく広げた。

 キャロ・ル・ルシエ戦で覚えたばかりの技、霊鳥突きの雷バージョンを構える。

「貫、けーーーーーーっ!!」

 クイック・ムーブの初速に合わせ、ザフィーラ目がけて跳躍。約五メートルの距離を一跳びで踏破する。

 しかし直線的な攻撃に、ザフィーラはひらりと身体を捻る様にして躱す。

 構わずカグヤは直線ルートを走り抜ける。

 驚異的な速度で疾(は)しり去るカグヤに、ザフィーラは逃走しようとしていると気付き、その後を追いかける。速度差が違いすぎ、獣姿のザフィーラでも追いつく事は出来ない。

「何をするつもりだ貴様! 既に結界は張った! 逃げられはせんぞ!」

(そんな事は承知だよ)

 ザフィーラに応えず、カグヤはただ一直線に疾しる。やがて、結界の境目に辿り着いたカグヤは、試しとばかりに雷を纏った『霊鳥突き』で結界の壁に突貫する。

 激突の瞬間、力が拮抗したのか、僅かな硬直の後、刃に宿った霊鳥が弾け、同時に刃も弾き返される。

「くそっ、予想していたとは言え、貫通系に優れた雷を纏っても罅一つ入らないのかよ」

 毒吐き、自分と一緒に疾しらせていた雷鳥を確認する。攻撃に使ったので残りは七羽。後方を確認すると、遥かに離されたザフィーラは、それでも目視できる距離を保っている。追いついてくるのも時間の問題だろう。

「……結界っつっても完全に断絶してるわけじゃないはずだ。その隙間に霊蝶を打ち込めば抜けられるか?」

 結界の外にポイントを打ち込み、強制的に作った魔術的パイプを通り、結界外へ転移しようとカグヤは考えていた。結界と言っても、全ては遮断できない。何処かに結界に干渉されず、すり抜ける物がある筈だと考えたのだ。もし結界がどんな物でも遮断してしまうと言うのなら、カグヤ達の空間には光も差さないはずだ。結界の境から外側を見る事もできない。それが出来ると言う事は少なくとも、結界はある一定条件を満たした光を通していると言う事になる。

(結界は魔法、つまり条件を術式で指定されている事になる。なら、その条件を入力していない『穴』が必ずある筈だ……!)

 結界に札を張り、札を媒介に結界術式を解析・逆算しようと試みる。

「って、やっぱミッドの術式はよう分からん!!」

 異様な術式ばかりを使うカグヤは、逆にミッドの魔法術式に理解できずすぐに悲鳴じみた絶叫を上げる。同時に背後を見張っていた雷鳥の視界が、すぐ傍まで迫っているザフィーラを捉える。

 札から手を放したカグヤは雷鳥を二羽、牽制に飛ばせる。

 雷を纏い、普通の霊鳥より速い雷鳥だが、それをザフィーラはタイミングを合わせて難なく躱して見せる。勢い余った二羽の雷鳥は地面に激突して動けなくなってしまう。

 それを確認したカグヤは軽く舌を打つ。

 霊鳥は、本来意思を持った魔弾、『式神』と言われる魔術だ。意思があるが故に、防御されれば自らはね返り別ルートから攻撃を仕掛け直したり、主への接触を避けてルートを自ら検索したり、目標を追って何処までも追尾する事もできる。しかし、雷を纏った霊鳥は、その速度ゆえに自身の判断速度では対応が追い付けない場面が出てくるようだ。

 その事にカグヤは苦々しく思いながら、迫るザフィーラに向けて、タイミングを見計らい跳びかかってくると同時に刀を振り降ろす。

 刀はザフィーラの背中に当たったが、接触と同時にザフィーラが身体を捻り、その衝撃で歯が立つ前に弾かれてしまった。ザフィーラも一撃目を失ったが、カグヤの後方で着地してから行動は速く、瞬時に飛びかかり、爪を一閃した。

「連なれ!」

 カグヤの命令に応え、三羽の雷鳥が互いの間に魔力の障壁を作り、ザフィーラの攻撃を阻もうとする。が―――、

 

 ガシャアアァァンッ!!

 

 障壁はあまりに脆く、飴細工のようにあっさり砕け散った。

「ウガアアァァァーーーーーッ!!」

 そして、ザフィーラの突進も止まらず、勢いそのままにカグヤに体当たりを打ち込む。

 咄嗟にカグヤも控えさせていた残り二羽の雷鳥を吹き飛ばされながら打ち込むが、ザフィーラはこれも空中でひらりと身体を捻って躱してしまう。残り二羽の雷鳥も敢え無く地面に激突して動きを止めた。

「貴様の攻撃パターンも戦った局員が全て記録していた。そうそう上手く行くと思うなよ」

 うつ伏せに倒れるカグヤを見下ろすように、盾の守護獣は威風堂々と立ちはだかった。

 カグヤは身体が動くか一度試しに起き上がろうとして見るが、胸の辺りが数センチ浮いたところで力尽きて伏してしまった。

 度重なる連戦のダメージが、ただでさえ脆い身体に重大なダメージを残していた。

(もう、立てないか)

 確認したカグヤは目を瞑って黙りこんでしまう。

 ザフィーラは沈黙したカグヤを確認するため、慎重にゆっくりと近づいてくる。

 カグヤは目を開かない。素人でも解るほどの汗の量で、簡単に疲労が窺える。

 それでも油断せずに、カグヤの状態を確認するためゆっくりと警戒しながら近づいていく。

(あと五歩……)

 目を瞑ったまま、カグヤは地面に響く足音のみを頼りに距離を計る。

(四歩……三……二……一……っ)

 パチリッ! とカグヤの瞼が開いたのを確認し、ザフィーラは足を止める。プロとしては正しい判断だが、今回はそれが仇となった。動きを止めたザフィーラは、地面四か所から突き出た雷の柱に囲まれ、……次の瞬間高電圧の檻の中に閉じ込められてしまった。

「ぐがあああぁぁぁぁぁっ!!」

 電撃による攻撃的なバインドに思わず絶叫を上げるザフィーラ。

 そのすぐ傍で、カグヤは起き上れないまま顔だけ上げて笑う。

「稲交尾籠。……元は義姉さんの技だが応用できる物だな」

 カグヤは外して地面に打ち込んでしまった雷鳥がまだ生きている事を認識していた。霊鳥同士を近づけると、その間に魔力の壁の様なものを生み出す事が出来る。その特性を利用し、地面にめり込んだ雷鳥四羽を自発的に展開させ、雷鳥四か所で囲った空間を魔力の圧力をかけさせたのだ。

(とはいえ、これ見た目ほど攻撃力はないな。元が霊鳥だし、四羽分が霧散してるだけだもんな……。雷効果でなければ縛る効果も無かっただろうな……)

 改良の余地有りと結論付けた所で、カグヤの頭の隅でカチリッ、と何かが音を立てて抜けるのを感じた。

「タイミング良く霊蝶が結界外に抜けたか」

 カグヤは戦闘中、結界に張り付けた札を経由して術式の解析を続けていた。そして、今まさに霊蝶が一匹分、結界の外に抜け出す事に成功したのだ。

(まあ、おかげで意識半分解析に持ってかれてた所為でボコられる羽目になったがな……)

 涙目になりながら、電気ショックに苦しむザフィーラを尻目にカグヤは強制転移魔法を使用して結界外へ脱出した。

 

 

 遠く遠く、できるだけ遠く……、カグヤはそれだけを考えて転移魔法を使用した。一度、二度、連続で転移して何処とも知れぬ森にまで逃げおおせた。

 立つ事もできず、拠点に戻る事もできず、ただ仰向けに寝転がる事しかできない。

 左腕で視界を隠すように額に乗せ、カグヤは無言で拳を強く握る。

「……くそっ!」

 不意に我慢できなくなったカグヤは、右の拳で地面を殴る。偶然その下にあった花が拳の一撃に花弁を散らす。

 まるでカグヤの心境を映し出しているかのように、花は脆く、儚く、無残に散った。

「……おれは、……何をやっているんだ?」

 悔しさでもない、怒りでもない、焦りでもない、ただ慟哭を洩らしながら、カグヤは疲労からゆっくりと瞼を閉ざし、深い眠りに落ちていく。

 空は暗雲立ち込め、何一つカグヤの心を温める物はなかった。

 

 

 

 

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・第五 龍が夜天に出会う時

 

「きゃあ〜〜〜っ! 龍斗さん見てください! ワッキーですよワッキー!」

「ええっと……?」

 辺境から町に戻ってきた龍斗は、木をモチーフにしたマスコット、ワッキーを見て騒ぐシャマルに戸惑い、苦い顔をしていた。

 ワッキーは『自然保護団体』が作ったマスコットキャラらしいのだが、あの杉の木に顔があるだけの着ぐるみを見ていると「モ○ゾー?」と、自分でも良く解らない言葉が漏れてしまう微妙な気分だったので、シャマルのようにはしゃげなかった。

「は、ははっ、はははは……」

 とりあえず愛想笑いをして誤魔化しておくことにした。

「あっ! なんか写真撮影OKみたいですよ! 私達も撮りましょうよ!」

「ええ〜〜〜〜……!?」

 楽しそうに笑うシャマルに「いや」とはっきり言うわけにいまず、龍斗は腕を引っ張られるまま渋々撮影される。きっと引き攣った笑みになってしまっているだろう事を自覚しながら、それでもシャマルが喜んでいるならと諦めるのだった。

 一頻り撮影してはしゃぎ通したシャマルは、ホクホク顔になってその場を離れる。

 龍斗は今更ながら、なんであんな所にマスコット着ぐるみが駐留してたのか気になったが、何かの看板を掲げていたので宣伝だったのだろうと中りを付ける。

(まあ、理由なんてどうでもいいことだし)

 そう龍斗が結論付けたあたりで、シャマルははっと我に返った。

「ご、ごめんなさいっ! そう言えば私達管理局に戻る途中でした!?」

 ワッキーに目的を忘れていたシャマルは、恥しくなって俯きながら両手を顔の前でわたわたと振る。

 その姿に、結構可愛いと思いながら、龍斗は「気にしてないって」と答えて行動を促す。

「それで、今回は誰と会う事になりそうなの?」

「一応アポはとっておいたんですけど、誰になるかはまだ……」

「え? 個人的な知り合いに連絡したんじゃないの?」

「そうですけど、いくらなんでも皆に仕事をさぼってまで来てください。っなんて言えませんよ。ですから、力になってくれそうな複数の人に音声メールを送っておいたんです。でも、これプライバシーで送ると確認が遅くなってしまう場合がありますから、管理局員として報告書みたいにして送りました」

 少し照れくさそうに頬を染めて言うシャマルに、龍斗は一筋の汗を額に流す。

「シャマル? 職権乱用って言葉知ってる?」

「い、言わないでくださいよ! 解ってますから!」

 小さく悲鳴を上げながらシャマルはカグヤを管理局施設へと案内した。

 管理局の施設と言っても、どこかのビルと同じで、アポさえ取れば一般人でも気軽に入る事が出来るらしい。

(気軽と言っても、ビルの中に用事も無く気軽に入れる人なんていないと思うけどね……)

 受付で何やら話しているシャマルの背中を眺めながら、龍斗はどうでもいい様な事に思考を巡らせる。

 やがて受付から戻ってきたシャマルの表情は随分と晴れやかな物だった。

「龍斗さん! すごい人が会ってくれる事になりましたよ!」

「すごい人? いったい誰なんだ?」

 シャマルは何処か誇らしい笑みを作って答えた。

「私達の主です」

 

 

 シャマルはヴォルケンリッターと呼ばれる『夜天の書』を守る騎士の一人で、その所有者を主(マスター)として仕えている。現在の『夜天の書』、今は『蒼天の書』と呼ばれる魔導書の主の名は、八神はやてと言う。とても心優しく、そして根の強い八神家の大黒柱(女性だけど)。

 シャマルから聞いて龍斗もそれくらいの知識はあった。管理局で部隊の指揮権を持つ偉い人だと言う事も、シャマルの様に理解のある相手だと言う事も聞いていた。

 しかし、現在通された面会室で机を挟んで向かい合っている短髪の少女は、彼が想像しているより多少険しい目をしていた。

「(シャマル? 俺の気の所為でなかったら、彼女は物凄く疑いの眼差しを俺に向けているようなんだが?)」

「(ええっと、……なんででしょう?)」

 念話でシャマルに相談する龍斗だが、シャマルも状況が解らず曖昧な言葉しか返せない。

「そんで、アンタがシャマルの言ってた、龍斗くん?」

「ん? ああ、そうだけど……?」

 声に威圧感を感じてしまった龍斗は、少し腰が引けたような声を出してしまった。

 内心で咳払いをして居住まいを正すと、続くはやての発言を待つ。

「シャマルの話やと、私を仲間にしたいらしいなぁ?」

「そう、ですが?」

「まずはその理由から聞こうか」

 何故か龍斗は横っ腹が痛くなってくるような錯覚を感じた。

 怒られている訳じゃないはずだが、怒られているらしい状況に、彼は居た堪れない気分に陥っていた。隣に座るシャマルも、フォローしようと思いながら、状況が読めず口出し一つ出す事が出来ない。

「ええっと、何処から話せばいいんだろ? シャマル」

 威圧感に耐えられなくなった龍斗は思わずシャマルに助けを求める。

 シャマルの方も、最初からフォローするつもりだったが突端が無くて出あぐねていたところだったので、これ幸いと答える。

「とりあえず『時食み』について話すのがいいんじゃないかしら?」

「そ、そうだな。んん……っ」

 何かが喉に詰まっているような錯覚に喉を鳴らして追い払うと、龍斗は自分の知っている事を話し始めた。

 その内容は直訳するとこうだ。

 現在管理局内で『黒い獣』と呼ばれているのが『時食み』である。

 『時食み』は時間に関係するモノなら人だろうと物だろうと、魔法までも食べてしまえる。

 どう言う事かよく解らないが、龍斗は時間の干渉を受けていないらしく、『時食み』食べる事が出来ず、また『時食み』にとって天敵と言える攻撃力を持っていると言う事。

 そして、龍斗は危険な『時食み』を倒す為に力になりたいと思っているが、大きな組織に自分の事がバレると、よくない事を考える相手がいるかもしれないので、事件解決までは組織と言うモノに係わりたくない。しかし、個人の力ではどうにもならないため、力を貸してくれる人を探していると言う事。今回はその旨を仲間になってくれたシャマルを通してはやてに面会しに来たと言う事。

 これが話の全てだった。

 ここまでの話で龍斗はシャマルやシグナムに話した内容と、何一つ違いはない。

 だが何故だろう? 終始はやての表情は険しいままであった。

「え、ええっと……、そんな感じですが……」

 はやては一拍の間を開けると「さよか……」と言って頷く。

「んで?」

「んで? って?」

「決まっとるやろ。続きや続き」

 続きと言われても龍斗には何の事だかまったく解らない。シャマルに目を向けるが彼女も首を傾げるだけだ。

 何も言えずに気まずい沈黙を通してしまう龍斗に、はやてが自分から本題に入りだす。

「そっちの事情は解った。それで、なんでウチの局員達に迷惑かける様な事するん?」

 迷惑と言われて龍斗は苦い顔になってしまう。確かに仲間として一緒に行動してもらうと言う事は、その間彼女の自由を奪う事になる。現にシャマルは長期休暇という形で付き合ってもらっている。こんな事件が起きてる最中での休暇だ。上司には良い顔をされなかっただろう事は龍斗にも容易に想像できる。はやてからしてみれば、家族を勝手に連れていかれて振り回されているようなものだ。その事を考えた龍斗は申し訳ない気持ちに駆られてしまう。

「その……、シャマルには迷惑かけてると思うけど……」

「シャマルだけやない。他の皆にもや」

(うっ、確かに腕の良い局員を引っ張り出せば、その分周りにも迷惑がかかって当然だよな……)

「えっと……、すみません」

「スミマセンで済んだら管理局はいらんのよ! 自分がしてる事解ってるん?」

「あ……、はい、すみません……」

(なんで俺、こんな冴えない中年サラリーマンみたいな謝り方してんだろ……?)

 げんなりしながらも、返す言葉も無いので素直に頭を下げ続けるしかない。

「そもそも、なんで管理局とケンカ―――」

 なおも言いかけたはやては、突如入った緊急通信のアラームに言葉を止める。

「何かあったん?」

『八神隊長! 緊急事態です! 例の黒い獣が突如街に出没しました!』

「街にやて!? 防衛は何してたんよ!?」

『それが、本当に突如出現したみたいで、いきなり反応が出たんです!』

「位置は!? 付近の局員を向かわせて!」

『それが……』

「!? すぐそこやないの!? これなら私が直接出た方が早い!」

 はやてはそう言って、更に幾つか指示を出した後、龍斗達に向き直る。

「リュウト、言うたよな? 確か、あの黒いの―――時食み言うた?―――を倒せるんやったな?」

 訪ねるはやてに、龍斗は真剣な表情になると、さっきまで平謝りしていたのとは別人のように自信に満ちた声で一言告げる。

「行こう」

「もちろん私も」

 龍斗とシャマルの行動がシンクロする。はやては予想以上に協力的で迅速な対応をとる少年に、ちょっと焦ってしまが、すぐに指令の顔になって二人を先導する。

 

 

 現場に到着したはやてとシャマルは状況の悪さに驚いてしまう。

 一体でも対応が困る黒い獣が、今回に限り五体も出現していたのだ。一体相手ならSランク魔導士一人分でなんとか倒せる事は情報に上がっていたが、一度に五体も出るとは予想外だった。

 はやては龍斗が時食みの天敵ならば、彼を上手く攻撃に回さなければならず、同時に民間人である彼を守らなければならないと考えた。

 龍斗の実力は、彼女の中ではC+ランクくらいだと推測していた。っとなると、いくら時食みに強くとも、五体を一度に対応するのは恐らく不可能。現在人手不足につき、現着した局員は自分とシャマルだけだ。二人で上手く守りながら、龍斗の攻撃を当てさせるしかない。っと判断していた。

 すぐに最も有効な陣形を導き出したはやてが指示を出そうとする。が、それより早く龍斗とシャマルが同時に動いていた。

「シャマル……!」

「解ってます! いつも通りですね!」

 二人の行動の速さに追いつけず、はやては驚いて行動が遅れてしまう。

「え? ちょっ、二人とも!?」

 慌てて二人の援護できる位置に飛翔しながら、はやては制止のつもりで声を上げる。しかし、それは無用の長物(ちょうぶつ)となった。

 先陣を切って出る龍斗は、一番近い時食みに突っ込み、腰に差した刀を抜刀。あっさり一体を切り裂くと、続いてその近くで龍斗に気付いて振り返る二体目を通り過ぎざまに斬り伏せた。さすがに気付いて対応しようとした三体目の正面に魔力の壁が出現する。時食みは構わずそれを食べてしまおうと牙を突き立てるが、次の瞬間には、龍斗に障壁ごと縦真っ二つに斬り飛ばされていた。最初に斬った一体目が消えるまでに、残りの時食みは半分以下となってしまっていた。

 あまりの急展開に茫然としてしまうはやて。龍斗が自分を時食みの天敵と言うだけあって、時食みたちは龍斗を食べようとしない。いや、食べられない様で警戒している。だが、はやてが驚いているのはその特別性にではない。龍斗の実力その物が、彼女の予想をはるかに凌いでいる事に驚いていたのだ。

「残り二体だ! シャマル!」

「一体は接近してきます! もう一体は私が引きつけておきます!」

「まかせた!」

 二人ははやての事を忘れているかのように、しかし必要ないと行動で示しているかのように見事な連携を見せる。はやても時食みの戦いには下手に手を出さない方がいいと判断して、全体を見回せる空中で待機する。

 龍斗に向かってくる時食みは警戒しているのか、すぐには突っ込まず、用心深く距離を図る。龍斗の方も魔力を込めた刀を八相に構え、いつでも強力な一撃を放てるように準備する。

 対峙する二人を見ていたはやては、龍斗の実力は理解したが、シャマルの方が危険だと判断して手を出す事にした。シャマルに手を貸そうかとも考えたが、自分の魔法も結局食べられてしまうだろう事は容易に想像できた。ならば、龍斗を援護してさっさと彼に倒してもらった方が良いだろう。

「クラウ・ソラス!」

 上空から魔法の槍を放つ。狙いは時食みの僅か後方。直撃する位置ではないが動かなければダメージを受ける絶妙な位置だ。もちろんこれに対して時食みは、躱すことなく、頭とお尻が入れ替わったかのようにぐるりと回転して魔法を口で受け止め食べてしまう。しかし、それこそがはやての狙い。天敵から背を向ける間抜けな獲物を龍斗は見逃すことなく切り裂く。

 縦にぱっかりと切られた時食みは、しばらくして何もなかったかのように霧となって消えてしまう。

「ありがとう! 八神さん!」

 龍斗は手短に礼を言うと、シャマルの方へと走る。

 シャマルを追っていた時食みは、残りが自分だけとなった事に気付き、本能からか建物の影に隠れてしまう。

(せやったら空中から回り込んで、龍斗くんの所まで追い込んだる)

 はやてが動こうとした時、龍斗がシャマルに大声で訪ねる声が聞こえた。

「シャマル! この建物内に人はいないよな? 魔力の無い人間までは俺にも解らないんだ!」

「えっと……、大丈夫ですけど、一体何をするんですか?」

 答えを聞いた龍斗は、再び刀を八相に構えると、縦物腰の時食みに狙いを付ける。刀には先程と比べ様の無いほどの魔力が並々と注がれている。

「え? ちょい待ち? なんやそのでたらめな魔力は? ってか、まさか……?」

「ブレイド・オン」

 龍斗が呪文を唱えると、刃に注がれていた魔力が明確に刀の形状に収まる。龍斗の固有スキル・魔剣(ブレイド)。魔力を込めた物質を明確な刀に変える単純な魔法だが、これはつまり、どんなに大量の魔力も物質の中に圧縮して閉じ込めてしまえると言う事。今回龍斗が刃に籠めた魔力量は、地面に撃てば小さいクレーターを作ってしまえるほどの量だ。

 龍斗は魔力の籠った刀の切っ先を壁に向けて突きだす。否、壁の向こうの時は見に向けて突き出す。

「バースト!」

 突きと同時に刃に溜め込んでいた魔力を解放する。それは爆弾と同じ原理だ。圧縮された魔力を解き放ち、一気に炸裂させる魔力の爆弾。しかも、龍斗の場合はこれを魔剣(ブレイド)によって刃の形状に固定されている。そのため爆発は一点に絞られた斬檄となって放たれる。

 打ち出された斬激砲は建物をあっさりと貫通し、その奥に隠れていた時食みを一瞬で蒸発させてしまった。

「か、壁抜きって……、なのはちゃんみたいな事する子やな……」

 巨大な魔力を打ち出し、刀を刀室に収める龍斗を見て、はやては呆れたように呟く。

 はやては二人と合流して、確認を取る。

「誰か怪我しとらんか?」

「時食みに噛まれても俺は痛くないし……」

「私も逃げてただけですから」

「さよか。……しかし龍斗くんは大丈夫なんか? 随分な量の魔力撃ち出しとったみたいやけど?」

「は? いや、三割も出してないと思うけど?」

「三―――ッ!?」

 あまりと言えばあんまりな数字に、はやては顎が外れてしまうのかと思うほど驚いてしまう。

「えっと、はやてちゃん。どうやら龍斗さん、魔力量が半端なく在るみたいで、たぶんなのはちゃんに匹敵するくらいの量があると思います」

「なんつーバカ魔力や!?」

 失礼な事を言ってしまっている事に気付かないほど、はやては動転していた。大量の魔力を砲撃として打ち出すだけならともかく、圧縮して斬檄として打ち出すなど、既にSSランクの技術だ。まだ経験不足やムラのある戦い方をしているが、それでも充分Aランク魔導士の資格はあるだろう。

「それにしても……、そんだけ強いんやったら、人質とったり、騙しせんでも余裕やったんとちゃうか?」

「は?」

「人質? 騙し?」

 思わず漏らしてしまったはやての言葉に首を傾げる二人。

 はやては真面目な表情になると龍斗に向かって真っすぐ質問をぶつける。

「せや、なんでこれだけの力があるのに、一々管理局にちょっかい出したりするん? 中には人質に取られた人もおったし、騙された言う人もおる。そないな事せんでも、今日みたいに真直ぐ話し合ってくれたらやな―――」

「ま、まった! 待った! 一体何の話をしているんだ?」

「何って、アンタが仲間集めで被害におうた人たちの事を言うてるんよ? もう何人も犠牲者が―――」

「いや、だから待て! そんなの俺は知らないぞ。そもそも俺が出会った管理局の人間は八神さんを除けばシャマルとシグナムだけだ!」

「……え? それホンマ?」

 目を大きく見開いたはやてが龍斗に、そしてシャマルに訪ねる。

「はい! それに私はずっと龍斗さんと一緒にいましたが、別に管理局の人といざこざは起こしてないはずですよ!」

「え? ちょっと待ちぃ。……ええっと、今指名手配になってる相手の特徴は『黒髪・刀・男性・局員を勧誘する発言』」

「うおっ、見事に俺と一致する……」

「ああ、ちょい待ちぃ! 今新情報が入ったわ。なになに……『紙幣を使う特殊な魔法・ハーフポニーの髪型・赤塗の鞘・童顔』」

「龍斗さんの魔法で紙幣は使いませんよね?」

「髪も長くないからポニーにできんぞ?」

「童顔……っとは言えんなぁ〜」

「鞘は黒塗りだ」

 全然違った。

「ごめんなさい。私勘違いしてたみたいや……」

 肩を落として項垂れるはやてに、被害者の龍斗の方が恐縮してしまっている。

「ま、まあまあ、誤解が解けたんなら良かった」

 

 

 結局誤解の原因と言うのは、龍斗の様に仲間を集めている人間が他にもいて、その人物はとても好戦的という事で指名手配されたため、はやても警戒していたところだった。そこに仲間を探していると言う龍斗が現れれば、シャマルが仲介に立っているとはいえ、怪しむのは当然と言えば当然と言う事だ。

 最初に話し合っていた部屋に戻った三人は謝ったり、恐縮したり、宥めたりと忙しい時間を過ごした。

 話しの切りが良い所で、龍斗は再びはやてに仲間になってくれないか頼み込むが、はやても自分の立場から簡単に「はい」とは言えなかった。しかし、現状で一番謎に近づく近道は、恐らく龍斗なのだろうとも確信していた。

(なんかの事件が起きる時は、その事件の核心に近い人物が動き出すもんや。私の時や、スカリエッティの事件もそうやった。……ここはこの子に協力、同行して渦中に潜って見るのもいいかもしれへんなぁ)

 しかし、何の理由も無しに管理局を開けるわけにもいかない。はやては一拍考えて一つの方法を思いつく。

「せやったら、私と勝負して勝ったら協力してもええよ。この先の戦いは当然龍斗が中心になるんは当たり前やし、せめて私に勝つくらいはしてもらわんとな!」

 こうして龍斗は限定付きとはいえ、Sランク魔導士との戦いを経験する事になる。

 

 

「ほらほら! 動きが丸見えやよ!」

 何の変哲もない四角い訓練場の空間で二人は戦っている。

 はやては軽い魔弾を次々と打ち出し、広範囲に攻撃を仕掛けてくる。そのため龍斗も動きが鈍くなってしまう。襲い来る魔弾を避ければ、避けた先にまた複数の魔弾が飛来してくる。この繰り返しを打ち込まれ、うっかりバランスを崩そうものなら『クラウ・ソラス』で中級ダメージを与えられる。その攻撃にダウンすれば今度は詠唱を要する儀式魔法で回避不能の強力な一撃を打ち込まれるのだ。このコンボ初っ端に受けてしまった龍斗は、なんとかシールドで防ぎきったのだが、バリアジャケットを着ていない身にはダメージが残ってしまうのだった。

 結局龍斗はクイック・ムーブでひたすら駆けて、攻撃を躱し続けるしかない。

(ん〜〜、やっぱこの程度かなぁ? Sランクとは言え、限定付きに手も足も出されへんようやったら、さすがに私が一緒に行動するより、むしろこっちで保護した方が良いやろうしなぁ〜〜、旅をするんはもう少し強うなってからってことで……)

 はやてがそんな風に考えている中、龍斗は龍斗で必死に戦況を見極めようとしていた。

(ちっ! どうしてだ!? シグナムの時は見えた相手の動きがまた見えなくなってる! どうしてだ!?)

 加速術を身につけたおかげで今回は回避に専念すればなんとか直撃を受けずに済んでいる。だが、それでもじりじりと追い詰められている事に変わりはない。

(なにが!? 何が違うんだ!? あの時と何が……!?)

 攻撃の雨に目を配りながら、必死に考える龍斗は、ふとそこで気付く。

(そう言えば、あの時はどうしても攻撃が見切れなくて、思わずシグナムの方を……)

 考えながら視線がはやてへと止まる。突然、龍斗の視界が広がりを持つ。

「あ、あれ?」

 龍斗は呆然としながらクイック・ムーブをやめた。諦めたわけでも足を止めてしまったわけでもない。((必要が無くなったのだ|・・・・・・・・・・))。加速術を使ってがむしゃらに逃げずとも、走るだけで躱せてしまうのだ。

 これの違いにはやてはまだ気付かない。加速回避から最低限の動きで回避するのに変えただけのようにしか見えない。だが、傍から見ていたシャマルは、これが龍斗の驚異的成長に繋がっている事を実感していた。

 この時龍斗は自覚していなかったが、確かに彼は全体を把握し、目にだけ頼らずに全てを把握し、恐れずに行動する奥儀『不惑(ふわく)』を会得していた。

 そしてこれは同時に、彼にとって最も戦いやすい戦闘スタイルの開発に直結して行った。

(見える……、ってことは、斬り込める?)

 自然と龍斗は前に足を踏み出す。眼前に迫る魔弾を首の動き一つで回避。

 足元に迫る魔弾を歩調を制御してタイミングをずらす。

 身体を横にして胸に迫った魔弾を躱す。

(あ、あれ?)

 ここに来てやっとはやてもそれに気づく。攻撃が見切られ始めていると言う事に。

 だが、その時既に龍斗は勝利への道筋を見出していた。

「いけるっ!」

 跳び出す龍斗。それに合わせてはやては『クラウ・ソラス』を放つ。

「魔剣(ブレイド)!」

 魔力によって強化された刃は、はやての攻撃を容易く切り裂く。

 大きな呪文を撃つ暇はないと考えたはやてがともかく無数の魔弾を一度に射出する。

「はあっ!」

 一閃、二閃と、光が幾重にも煌めき、悉く魔弾が斬り落とされる。

 龍斗の刀が横薙ぎに振るわれ、慌ててはやては空中へと逃れる。

(くっ! 空中戦(エアリアル)はまだ……っ!)

 浮遊魔法を知らないわけではない龍斗だが、それでも練習不足。まだ自由に飛び回る事が出来ず、実践で使用する事は出来ない。

「―――遠い地にて、闇に沈め……―――デアボリックエミッション!!」

 すかさず、はやては空中で魔法詠唱。強力な広域攻撃魔法を放つ。

 龍斗のすぐ近くに魔力で作られた黒い球体が生まれ、それが周りを巻き込む様に肥大化してく。

 受け止めきれないと判断してクイック・ムーブで壁際まで走る。

 その姿にはやては自信に満ちた声をかける。

「無駄やよ! 地上範囲は全部吹き飛ばせるように計算して撃ってる! 逃げる場所なんてあらへん!!」

「だろうなっ!!」

 しかし、龍斗ははやて以上に自信に満ちた声を上げ、壁に向かって突進。激突する前に跳躍し、壁に足を付く。

(二段跳び!?)

 逸早く気付いたはやては跳躍では届かない距離に避難しようとする。今までの龍斗の速度なら間に合わないと判断しての回避行動。っと、突然に龍斗の姿がはやての視界から消えた。

「え!?」

 瞬間移動でもしたのかと、相手を探して周囲を見回す。

「御神流・神速から……」

 すぐ頭上から迫る声にはやては無我夢中で障壁を張る。

「滝!!」

 繰り出される三つの斬檄。魔剣(ブレイド)の加わった刃は、一刀目で障壁を切り裂き、二刀目ではやてのロッドを弾き、三刀目で魔導書を弾き飛ばした。そのまま流れに従って龍斗は前方向に宙返り、勢いのまま踵落としをはやての肩に決める。

「きゃああぁぁぁ〜〜〜っ!」

 想像より重い一撃を受けたはやては、自分の作り出している黒い球体の中に落ちていく。

「しまった!? やり過ぎた!?」

 加減を間違えた事に気付いた龍斗は慣れない浮遊魔法にクイック・ムーブを掛け、はやての元に飛びこむ。黒い球体に落ちる前にはやてを懐に抱き、できるだけ自分が盾になる様にはやてを抱きしめる。そして―――、

 

 二人は球体の中に落ちて行った。

 

 

「〜〜〜〜ッッッ!! ……あれ? 痛くない?」

 球体に落ちたはずの龍斗は、自身に訪れるであろう痛みが来ない事に、きょとんとした表情になってしまう。

「もうぅ〜〜、ヒヤヒヤさせないでくださいよ〜〜……」

 溜息を吐くような声に気付いた龍斗が視界を上げると、そこには緑色の障壁が包みこんでいて、それが攻撃を防いでくれていた。黒い闇が消えると障壁も消え、泉の騎士が困った表情で笑っていた。

「シャマルが助けてくれたのか? 助かったよ。ありがとう」

「いえいえ、時食みとの戦いで、龍斗さんの行動は解るようになってきましたから、これくらいは良いんです」

「さすがだね。ホント、シャマルが仲間で良かったよ」

「それは嬉しいんですけど……」

 シャマルは突然、不自然なまでにニッコリとした表情を浮かべる。その笑顔に威圧感を感じ取った龍斗は、かきたくも無い冷たい汗を背中にガンガン流し始める。

 シャマルの笑顔はとても綺麗で、睨んでいる訳でも蔑んでいるわけでもない。その表情はただただ笑顔だ。だが怖かった。龍斗にはその笑顔が果てしなく怖かった。時食みを始めて前にした時よりも、シグナムに圧倒的な力の差を見せつけられた時よりも、今のシャマルの笑顔が一番危機感を覚えるほどに怖かったのだ。

「龍斗さん?」

 一歩シャマルが踏み出す。それだけでズンッ! っと地響きがなった様な錯覚を得た。

「いったい……」

 また一歩踏み出す。たっぷりと力が溜めこまれた言葉が重みを増している。

「いつまでぇ〜……?」

 さらに一歩踏み出され、見下ろされる龍斗は既に小刻みに震えあがっている。

「はやてちゃんを抱きしめてるんですか〜〜〜?????」

 見下ろしながら、シャマルは笑顔の後ろに黒いオーラを大量に纏いながら、質問を投げかけた。

 そこで初めて龍斗ははやてを抱きしめている事を思い出す。腕の中に包まれているはやては、赤い顔で困った様な表情で龍斗の事を見上げていた。その照れているような苦笑いが可愛いなぁ〜、と思う一方で、龍斗は確信的に思い浮かべた。

(ああ、俺は死んだな……)

 その後の出来事を、龍斗は思い出したくない思い出黙示録に記録する事になった。

 

 

 八神はやては落ち着かない気持ちだった。

 戦いが終わり、龍斗がシャマルに正座させられ説教を受けている間、彼女はこっそりと胸に手を当てて、早まる動機を抑えようとしていた。

(な、なんでこんなにドキドキするん? 戦いの高揚感やろか? でも、全然収まってくれへんのやけど……)

 鼓動の理由が解らず戸惑っているうちに、龍斗はシャマルの折檻を終え、近寄ってきてしまう。

「もうええの?」

 っと、表面は冷静に解しているが、内心では、

(きゃ〜〜〜っ!! 待って待って! 私まだ心の準備が〜〜〜っ!)

 っと慌てまくるはやてだった。

 そんなはやての内心など知る筈も無い龍斗は、シャマルの折檻にげんなりとした表情のまま訪ねる。

「えっと、それでどうしよう? 仕切り直す?」

「へ? 仕切り直しって?」

 どう考えてもアレは龍斗の一撃が入った時点で理由斗の勝ちだ。それを仕切り直しだと言いだす彼が、はやてには信じられなかった。

「だって、あのままシャマルが助けてくれなかったら、俺もノックアウトだったろうし、それならやり直した方が良いかなって?」

 龍斗は最後に「あと、俺も加減間違えちゃったし……」と付け加えると、失敗して迷惑をかけてしまった子供の様にバツの悪そうな顔をする。

 その顔を見たはやては、なんだかおかしいモノを見た様な気がして、途端に笑いが込み上げてしまった。

 急に笑い出したはやてに、驚く二人だが、一頻り笑ったはやては、目の端にできた涙をぬぐいながら言う。

「ははっ、ホンマに可笑しな子やな。なんや見てて危なっかしい所もあるし。ええよ。これからは私が一緒に面倒見たる」

「え? それじゃあ―――!」

「ただし! 一つだけ言わせてもらうよ?」

「えっと……、何ですか?」

 はやてはニッコリと笑顔を向ける。

「私の事を『八神さん』なんて呼ばんと名前で呼ぶ事」

「え? 名前で?」

「そや」

「でも、一応八神さんは管理局じゃ相当偉い人なわけだし……」

「『お姉ちゃん』って呼ぶかの二択でもええんやよ?」

「『はやて』と呼ばせて頂きますっ!」

 「よろしい」と偉そうに胸を張るはやての顔は、とても満足そうだった。

 こうして龍斗は無事にはやてを仲間にする事が出来た。

 とりあえず、はやての管理局休暇の手続きと、シャマルの伝言に応えが返って来るまで、しばらく管理局の客人として滞在する事になった。その間、龍斗ははやての指導の元、空中戦(エアリアル)などの魔法を教わる事にした。

 方針が決まったところで、ふと龍斗は一つ疑問が浮かんでいた。

(そう言えば、俺と勘違いしたって言う時食みがらみの人って、何者なんだろう?)

 彼がこの運命の相手に出会うのは、まだまだ先の話。そして、その人物が彼にとって多大に重要な存在である事を知るのは、更に先の話となる……。

 

 

 

 

-3ページ-

 

 

・Aria

 

 それは夢だ。

 幾時も見続けた夢にすぎない。

 故にその過程に意味などはない。

 

 だが、言うとすればそれは悪夢だろう。

 

 決して終わる事のない階段を上り続け、幾時もの時間が過ぎて……、しかし終わりが訪れる事はない。

 

 白き闇に包まれ、標も無い一つの道を―――柱に螺旋の如く巻きつく階段を上り続ける。

 

 いずれは終わる。

 いずれは辿り着く。

 いずれは頂を仰げる。

 

 淡い希望を糧に、重い足を必死に動かす。

 

 諦めたくなるほどの重圧を背に、それでも前へ、上へ、摩天楼の頂を目指し、ただただ純粋に上り続ける。

 

 それは今までと変わらぬ、当たり前の光景。物語としては破綻している、拷問に等しき何もない風景。

 

 だが、その日だけは違った。

 

 白き闇が晴れ―――世界の広大さを見せつける、夜天の世界が天上を照らす。

 

 だが、それでも摩天楼は遠く頂きに存在する―――。

 

 

 

「……龍斗さん?」

「ん?」

 目を覚ました龍斗は、なぜかシャマルに膝枕されて寝転がっていた。

 視界には心配そうに見下ろすシャマルの顔と、さっきまで特訓していた管理局員訓練場の天井が見えた。

「えっと……、俺、どうしたんだっけ?」

「空中での加速魔法を使用の練習中に壁に激突して気を失ってたんですよ。憶えてないんですか?」

「そう言えば、そんな気もする……?」

(確か、浮遊魔法とクイック・ムーブの同時魔法発動に誤って魔力注ぎ過ぎたんだっけ?)

 龍斗はシャマルから起き上ると、お礼を言って身体を伸ばした。

(にしても、また変な夢を見たな……、時食みと出会ってからだったかな? こんな夢見るようになったの?)

 夢に意味があるとは思えないが、それでも立て続けに同じ夢を見れば疑問に思いもする。龍斗はため息交じりに身体を解し始める。

 あの夢を見た後は、いつも気分が重くなる龍斗だが、今日に限ってはそんな事はなかった。

(夢に広がった夜空……、何か物足りない気がしたけど、とってもいい眺めだったな。視界が広がって、世界が見えた様な、あの感動的な感覚……)

 思いの他、元気な龍斗は「さて!」と声を上げると、再び魔法の訓練を再開した。

 何処か上機嫌な龍斗の姿にシャマルは怪訝な表情で小首を傾げ、

(ま、まさか、私が膝枕してたから喜んでくれてる……なんて事はないですよね?)

 そんな事はないと思いながらも、一度描いてしまったその考えに恥しくなって、思わずあさっての方向に視線を向けてしまう。

「ん? シャマル? 顔が赤いみたいだけどどうかした? もしかして俺の看病してもらってた所為?」

「え? い、いえっ!? 何でもないですよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

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