魔法少女リリカルなのはDuo 6〜7
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・第六 追撃者! 逃亡者! 闖入者!?

 

 

「でああああぁぁぁぁぁっ!!」

 気合い一声と共に振り降ろされた槍の一撃を、無様に雪の積もる地面を転がりながらなんとか回避するカグヤ。すぐさま立ち上がり、十八羽にまで減らされた霊鳥を従え、周囲に注意を払う。彼の周囲には十人近い魔導士が包囲するように囲んでいた。

 追撃部隊だ。

 ここ最近、気になる情報を何度も目にしていたカグヤは、度々管理局との接触が増え、同時に『時食み』遭遇率も比例していた。

 ある時、時食みに襲われ、一人の管理局魔導士が身体を切り刻まれて亡くなった。時食みを倒し、彼の息があるか確かめていたカグヤの元に、援軍の管理局魔導士が到着し、カグヤが殺したモノだと勘違いされた。また間の悪い事に、その時一体だけ残っていた時食みは、カグヤと魔導士を見て危険と判断して逃げ去ってしまい、同時にカグヤも撤退していた。これが管理局側では『少年と黒い獣は味方同士』と思わせてしまったのだ。

 そして事件の犯人と断定されたカグヤに、ついに管理局が本腰を入れ、追撃部隊を構成したのだ。現在はその第三追撃部隊との戦闘に直面していた。

(二つまではなんとか逃げたんだけど……、このエリオ・モンディアルが率いてる部隊がどうしても抜けない……)

 既に息が上がり始めているカグヤは、それでも部隊の戦力を半数にまで殺(そ)いでいた。これは驚くべき成長―――とは言い難かった。

 彼はあくまで状況を分析し、利用できる物を全て利用して、なんとかやっているだけにすぎない。

 偶然知っていた管理局魔導士の心の隙間を言葉で惑わし、隙を付いて潰し―――、

 虚言と真実を織り交ぜて、撹乱を誘い攻め手を惑わせ―――

 わざと気絶した魔導士を盾にして、相手の心に動揺を導き貶め―――、

 荒れた攻撃を利用して同士撃ちを演じ―――、

 戦闘中に配置した罠で敵を悉く嵌めていく―――。

 形振り構わず、善悪を考えず、ただ戦闘に勝つために必要な全てを漁り、全てを吐き出し、全てをぶつけて、彼は必死に生き延びようとしていた。

(だが……、それもここで終わるのか……?)

 視界の端には村が見える。あそこに殴り込めば、あるいは勝機があるかもしれない。

 市民に紛れて逃亡するもよし、人質を取って一旦休憩を取るもよし、彼らを盾に敵の攻撃を緩める事もできる。虚言で村に爆弾を仕掛けたと言えば相手に隙ができる可能性もある。

 深く思案して、自分に最も望ましい選択肢を弾きだしていく。

「……ふぅ〜〜っ」

 細く息を吐き出したカグヤは、自分の持っている刀を真直ぐエリオに向ける。

 彼は戦う事を選んでいた。

 その理由は意外にも「なんか嫌だ」と言う単純にして子供じみた考えによるものだった。

「……エリオ、だな?」

「そうです」

「年の割には落ち着いたもんだな」

「あなたは情報能力に長けているそうですから、名前を知ってるくらいで驚きませんよ」

「そんな事言ってるんじゃねえよ」

 パチンッ! とカグヤが指を鳴らすと追撃部隊に緊張が走った。この動作をするたびに、いつの間にか彼が仕掛けた何らかの仕掛けが発動するのだ。警戒しても当然だ。

 しかし何も起こらない。

 今度はブラフの方だと判断して、全員がカグヤに警戒して身構える。

 だが今度はカグヤも動かない。代わりにその口の端がいやらしく釣り上がって笑っている。

「これだけ掻き回して、お前の部下は兎みたいに一々ビクビクと反応しているのに、お前は腰が据わっていると言っているんだ」

 からかわれた。その事実を知って局員達は怒りよりも悔しさが胸中を満たしていた。一体自分達は何度この少年の手の上で弄ばれただろう? 何度それに騙され、嘲笑う様に仲間を犠牲にしてしまったのだろう?

 明らかに実力が下のはずの相手に、三度に渡る追撃が悉く阻止されている。息も上がり、既に弱っているのも逃亡者の方だと言うのに、自分達はまるで勝てる気がしない。

 絶望はしない。そんな事より不甲斐無い気持ちばかりが込み上げ、絶望する間もなく胸の想いに突き動かされていた。

「当然ですよ。だって、僕よりずっとキャリアのある人達が部下に付いてくれているんですから」

 悔しさから泣きそうになる者までいる中、エリオは悠然と佇み、真摯にカグヤを睨みつけている。

「僕は偶然彼らより強くなっただけにすぎません。立派な魔導士に先生についてもらって、その人達に応えたくて、頑張って強くなってきました。でも、それでも今の僕には得られないモノだってあります。それを持っているのは明らかに僕より年上の方達です。そんな人達が、部下という形で僕に協力してくれている。こんなに強い支えがあるのに、尻込みなんてしてられませんよ」

 その言葉は強く、部下達の心から不安を取り除いてくれた。

 最初彼等は、自分達より年下の魔導士の部下になる事が気に入らなかった。どうして自分達がこんな子供に従わねばならないのか? それは不満となって団結力に欠陥を作ってさえいた。『自分達の方が上手くやれる』そんな思いで戦場に出て―――、結果は散々なものとなった。

 団結力の欠陥をあっさり見ぬ抜かれ、そこに付け込まれ、命令無視や単独行動は当たり前。各個撃破され、同士撃ちまで誘われて、もし部隊長がエリオでなければ、既にこの追撃第三部隊も壊滅、もしくは取り逃がしていた所だ。

 それでも過去は戻らず、現状既に有利なのは逃亡者の方に思えた。それでもエリオは自分達を信じ、それに支えられていると言って闘士を燃やしている。自分達も彼に見劣りしないために心を強く持とう。彼らの心が真に強く結びつこうとしていた。

「立派な考えだ」

 突然、カグヤが表情を消して刀を肩に乗せる。まるで戦意を自ら収めた様な態度に、しかし誰も油断せずに身構える。一分の隙も逃さない。そんな視線がカグヤに集中される。

「だが、時としてその団結力が仇になる」

 ガブリッ!

「っ!?」

 カグヤが言葉を終えるか終えないかのタイミングで、それは彼らの足にかぶり付いた。

 まるで虎バサミの様なそれは、設置固定型の強力なバインド。しかも相手の足を地面に潜らせ物理的にも動きを封じる二段構えの拘束魔法だった。

 エリオははっとしてカグヤの周囲で跳びまわっていた霊鳥を見る。

 その数たったの四羽。

 アレだけの数が半分以下に減っていた事に誰も気付けなかったのだ。

「手品師(マジシャン)が種を仕掛けるタイミングというのを知っているか?」

 カグヤが独り言のように呟くのとほぼ同時、その不吉な音は遠くから遠雷の様に聞こえてきた。

「最も怪しい仕草をして注目が集まっている隙に、別のところでさり気無く仕掛けるんだ」

 次第に音は大きくなり、同時に地面が揺れ始める。これは地響きだと気付いた彼らは一斉に山頂を見上げる。

「雪山での戦闘なら、こう言う罠がある事を想定に入れておくべきだったな」

 雪崩が起きていた。

 斜面を滑り、津波の如く押し寄せる雪の凶器。地方では神の戯れとも呼ばれる大自然の力が、こちらに目がけて押し寄せてくるのだ。

「こんな事したらあなただって―――!?」

 言いかけたエリオは口を噤む。

 カグヤの周りで旋回していた霊鳥が三羽、集結して『飛鳥』と呼ばれる大きな鳥へと変わっていく。それはカグヤの肩を掴むと、いつでも飛び立てるように羽をばたつかせている。最後の一羽は身体に火を灯し『朱雀』となると、足元に陣取る。飛鳥一羽の力では飛行はできない。精々グライダー飛行が限界だ。そこで朱雀を足元に配置し、それを誘爆させ、その爆風で上昇しようという考えだった。

「お前達は団結するのが遅すぎた。だからその結束さえも利用されるんだよ」

 それは局員達の誰もが悔やんでいた事だった。それを指摘された彼らの胸にはまた、悔しい思いが溢れ、どうしてもっと早く団結できなかったのかと、後悔の念に苛まれた。

 それでもせめて一矢報いようと、一人の局員がバインドから逃れ、ちょうど自分に背中を向けている逃亡者の要、肩を掴んでいる『飛鳥』に向けて魔弾を打ち込もうとする。

「そう言えば、近くに村があったんだっけ? このままだと巻き込まれるかな?」

 振り返る事無く呟かれた一言に、局員は一瞬動揺して、視線を向けてしまった。

 同時に放った魔弾はあえなく外れてしまう。

 そして、逃亡者は振り返りながら、ニタリと笑った。

 その瞬間、また自分達は手の平の上で踊らされたのだと気付き、彼らは最後まで悔しい思いのまま雪崩に呑みこまれた。

 

 

 

 正直、この雪崩はカグヤにとっても苦肉の策だった。

 第三追撃部隊を確認した時、慌てて保険の朱雀を七羽、雪山の頂に向けて飛ばしていたのだが、雪崩を起こした所で戦闘しながらでは逃げられないだろうし、誰も防げないのだから何も利用しようがない。それに雪が多く積もっている地点に衝撃を与えなくては雪崩は起きない。雪崩を起こせるポイントは限定されてしまう。そこに追撃部隊を連れて来なければ、この保険は保険の意味を失くしてしまうのだ。

「上手く行ってよかったが、飛鳥を利用した滞空がいつまでできるかなんて初めてだったし、局員共は結束が無くてバラバラに動いてくるから動きが読めんで誘導が大変だったし、賭け事ばっかは疲れるんだよ……。俺はどこぞの勝負師かっつうの」

 悪態を付きながら、雪崩の収まった地面に着地したカグヤは、周囲に敵勢力が残っていないか確認する。

(アレは最後の手段だぞ。これで終わってくれなかったら本気で……)

 ボンッ!

「本気……で……」

 周囲を警戒していたカグヤの後ろで、突然雪が吹き飛ぶ音が聞こえた。飛び散る雪を背中に浴びながら、苦い表情で自分の頭を掻く。

「本気でしつこいぞ、御宅」

 振り向いたカグヤの正面、槍のアームデバイスを手にしたエリオ・モンディアルが息を切らせながらも威風堂々と立ちはだかっていた。

「ストラーダ! フォルムU!」

 エリオの叫びと共に彼のアームデバイスが形を変化させ、驚異的な速度でカグヤに突きを繰り出す。

「霊鳥突き・応用版!」

 雪の上でのクイック・ムーブに不安のあったカグヤは、霊鳥突きの強制突貫力を利用して、高速回避を行う。クイック・ムーブと違い移動魔法ではないので、方向転換が効き難いが、そこはカグヤの腕の見せ所。刃に纏わせた霊鳥を分散させ、切っ先の方向を変えてから再集結、再び別方向に突貫する。これを繰り返し、なんとか移動を可能にしていた。

(ん? 待て、何だコイツ?)

 ふと、カグヤは違和感に気付く。

 アレだけ冷静に戦っていたはずの少年が、今はがむしゃらに突貫を繰り返してばかりだ。一体これはどう言う事だろうか?

(……なるほどな)

 視界を巡らせ、カグヤはそれを理解してほくそ笑む。

 先程エリオが飛び出した雪崩跡、その周辺に雪崩に呑みこまれたはずの局員がいた。アレだけの災害を受けて、なんと全員無事なのだ。意識を失っているのか倒れたまま動かない者ばかりだが、その中で一人、若い女性局員が倒れた仲間の治療をしていた。

 その女性局員はカグヤが真っ先に倒した局員だ。

 エリオに一番歳が近く部隊の新米という事もあったのか、最初からエリオに協力的でサポートも上手かった。こう言う相手を最後の方に残すと危険と考えたカグヤが、敵を挑発し、陣形を崩れさせ、無防備になったエリオに向けて攻撃する事で、彼を庇わせて昏倒させたのだ。

 一番最初に倒れたためか、雪崩が起きた地響きに気付いて彼らを守ったようだが、もはや戦闘に参加できる力は残っていないらしい。治療も救命セットによる応急処置だ。

(こいつらから離したかったから、場所を移そうとしている訳か……)

 その行動が何処か頼もしく思えて、カグヤはつい微笑んでしまう。

 その上で彼は、残酷な選択肢を選ぶ。

 霊鳥突きを地面にぶつけ、急停止と雪煙による目暗ましを行い、同時に今度は雷を纏わせた霊鳥『雷鳥』を刃に纏わせ『雷鳥突き』を放つ。今度のは雷の特性が付加されている分とにかく速い。雪煙で視界を妨げられているエリオを尻目に、あっと言う間に介護中の女性局員の所まで辿り着く。

 気付いた彼女が何かを言う前に、その右肩を刀の柄頭を叩きつけ骨を砕く。怯んだ隙に左腕を取って背中越しに捻り上げる。

「―――っぁ!!」

 連続する激痛に上げた悲鳴が声にならない。苦悶の表情を浮かべる彼女を無視して、カグヤは空いている手で刀を握り、彼女のバリアジャケットを切り裂き、脱がしていく。

 同時に到着したエリオがその行為を止めようと槍を掲げるが、カグヤが見据えながら「動くな」と言って刃を彼女の首元に突きつける。

 寒冷地用の保温性に優れた厚みのあるバリアジャケットを上半身だけ脱がされ、下着姿になってしまった女性局員を見ないようにしながらエリオはカグヤに注意を向ける。

「動くと首落とすぞ」

 これが脅しでない事は身をもって知っていた。

 第二追撃部隊は、途中で味方局員が人質に取られ、一瞬だけ動きを止めてしまった。

 「動くとこいつを殺す」と言うカグヤの言に、局員達は冷静に「人質などと言う方法が我らに通用すると思っているのか?」と言い返し、隙を窺おうとした。後に彼らはこの言葉を彼に対して選んだ事を後悔する事になる。

 返答を聞いたカグヤは「じゃあ、これはいらないな」と事も無げに言って、人質の横腹をあっさり突き刺したのだ。動揺する局員の内、何名かが思わず駈け出そうとするが、カグヤは鋭い声で「動くなっ! こいつはまだ生きているぞ!」と制止した。それで終わればまだ良かった物を、彼は舌の根も乾かぬ内に「なんだよ、やっぱり人質効くじゃん? あれ? でも今何人か動いたよね? ……ご愁傷さま」、そのまま彼の心臓ギリギリの位置を再び貫いたのだ。

 その後の第二部隊は冷静さを取り戻す暇も無く半数が重傷を負い、残った半数は心が折れ、視界から消えたカグヤを追う事はなかった。

 それを報告で知っているエリオは、彼は人質を取ったら必ず自分の言葉を実行すると知っていた。約束を破れば、絶対に代償を払わせる。自分の危険より、相手の心の隙間を付いて心理攻撃もしっかりと掛けてくる。下手な行動は命取りだ。

「どうすればその人を放してくれますか?」

 エリオはここで追撃は既に諦める事を考慮していた。

 追撃部隊は自分達の後ももう一部隊控えている。これ以上自分が無理をして彼女を犠牲にするわけにはいかない。そう考えていた。だから逃がせと言われれば素直に従うつもりだった。

 しかし、逃亡者の口から告げられたのは意外な物だった。

「俺と賭けをしろ」

「賭け?」

「俺とお前の一騎打ちで勝負して、お前が勝ったら大人しく捕まってやる。代わりに俺が勝ったら、俺の仲間になってもらう」

 それはある意味情報通りの発言ではあったが、この状況で、しかも自分が指名された事に驚き、目を見開いてしまう。

 だが、すぐにこれは好都合だと冷静に判断する。

 条件を呑んで一対一で勝負しつつ、持久戦に持ち込んで援軍を待てばいい。既に追撃部隊には連絡がいっている。後は時間の問題だ。

「解りました。その条件を受けます」

「も、モンディアル、隊長……」

 エリオの承諾に心配そうな声を出す女性局員。エリオは「心配しないでください」と笑顔を向けて三歩離れる。

「彼女を放してください」

「分かってるよ。さすがに連れたままじゃ勝負できないしな」

 そう言ったカグヤは一旦刀を刀室に収め、―――いきなり彼女の服を全て引き裂いた。

「なっ!?」

「ぁ、―――ぁっ!?」

 驚くエリオと、悲鳴を上げようとして上げる事が出来ない女性局員。雪の降る雪山で下着も残らず剥ぎ取られ、文字通りの裸にされてしまった彼女は、裂かれた衣服で足と手を結ばれ、一番寒そうな場所に放り捨てられてしまう。

「さて、これであの子が凍死するまでにそう時間はかからないな」

 その一言が全てを語っていた。エリオが時間稼ぎをする事くらい解っていた。だから時間制限を付けたのだ。彼女が凍死するまでという時限爆弾を仕掛けて。それも明確な制限時間がはっきりとしない、ただただ時に急かされる爆弾だ。

 カグヤは彼女から離れ、エリオと向かい合う位置に立つと「いつでも来い」と言って刀を抜き、中段に構える。

 もはやエリオに拒否権はない。覚悟を決めた彼は、ふとカグヤに対する疑問を抱きながらも、それを頭の隅に追いやり槍を構える。

 急ぎたいエリオだが、負けるわけにもいかず、自然と互いに構えたままの膠着状態が出来上がってしまう。

 時間に急かされるエリオには、この膠着時間がカグヤ以上に長く感じている事だろう。それでも隙を見せるわけにもいかず、しっかりとカグヤに狙いを定め続け、精神集中させる。

 十分か二十分か、それとも一分かの時が流れ、その隙はやってきた。

 度重なる追撃に披露したカグヤが、我慢できずに体勢を崩し、膝を付いたのだ。その顔には、はっきりと疲労が見てとれて、演技でない事が読み取れた。

 突貫するエリオ。今までの最大速度で、最大パワーで、彼は突っ込み、逃亡者に槍を突き付けた!

 

 バチン……ッ!

 

 ガガガガガガガガガァンッ!!

 

 槍の切っ先が届く一歩手前、彼の体は高圧電流に呑みこまれて動きを封じられていた。

「稲交尾籠(いなつるびのかたま)。……義姉さんの技を使ったのはお前が二人目だ」

 カグヤは腰に差してある鞘を抜き、それを杖代わりにして立ち上がると、電流に閉じ込められているエリオを見下ろす。

「悪いな。あの子を人質に取ると決めた時から既に、雷鳥突きに使っていた雷鳥を地面に忍ばせて、この罠の準備をしておいたんだ」

 そして時間制限付きの一対一の勝負に、膠着状態を作った上で自分が先に集中を切らせば、相手は間違いなく真直ぐに突っ込んで来る。そこまで考えた上で開戦の位置取りまでしたのだ。

「時間がないのはこっちもなんだ。いい加減俺も情報より戦力が必要だからな」

 カグヤは人差指と中指の二本を立てて横に線を引くと、電流の威力が弱まり、エリオに対するダメージを軽減させてやった。

「これで喋れるだろう。勝負は俺の勝ちだ。仲間になってもらぞ」

「……、僕が、……言う事を聞くとでも?」

「聞くさ。少なくとも今のお前に戦う力は残ってない。言う事を聞かないならここでお前を殺す。お前の命が人質になる」

「僕が、自分の命惜しさに、皆を裏切ると思いますか?」

「裏切るしかないさ」

 カグヤは事も無げに言う。

「勘違いしているようだから教えてやるが、俺はお前の命でお前を従えようとしてるわけじゃない」

「え?」

「お前にだって、お前を大切に思ってくれている人達がいるだろう? その人達にとってお前が亡くなる事って言うのは、一体どういう意味になるんだろうな?」

「!?」

「お前はさっき人質に取られた部下を助けようとしたな? もし、あそこで部下が『自分の事はどうなってもいい』と言ってたら、それを素直に聞き入れたか?」

「……」

「答えは明白。しないよな。それはお前にとって部下の命がそれだけ大切な物だからだ。……さて、お前の命は一体どれだけの誰かさんを傷つける事が出来るのかな?」

 カグヤの言動は、ここに存在しないエリオの大切な人物まで巻き込んで彼の命を人質にとっている。エリオが自分を大切に思ってくれている誰かを、エリオ自身が大切に思っている以上、この交渉は成立してしまうのだ。カグヤの言葉はそれをエリオに自覚させる力があった。断る事を考えさせない何かがあった。

「なん、で……、そこまでして、あなたは何を、しようと……」

 それは負け惜しみにも似た、純粋な質問だった。他に出せる言葉がなかったから、だから口にしただけの何の力も無い言葉だった。

「何故、か……。それは―――」

 言いかけたカグヤが一度口を噤み頭を振る。その時、カグヤの瞳が何処か寂しそうに見えたエリオは、不思議そうにカグヤを見上げてしまう。

「そんなのは決まっている。俺自身のためだ」

 強い瞳で返された言葉に、しかしエリオは何かが違うような歯車が噛み合わない違和感を覚えていた。

 

「アのさ、私としては美少年とショタ少年より、美男子と美少年の絡みの方が好きなんだけど?」

 

 唐突にした声に振り返るカグヤ、そこにチャイナドレスのような服を着た御団子三つ編み少女が組んだ足に肘を突いて、頬を染めたニヤニヤ顔でこちらを見ていた。

 だが、そんな事はどうでも良くなるほど、そこに異常な物が映っていた。

 エリオにとって驚愕の光景が―――、

 カグヤにとって一つに答えが―――、

 そこにはあった。

 

 時食みの軍勢を従え、その一体の上で余裕の表情で微笑む少女。

 

 カグヤは口の端を持ち上げた。

「まさかそっちからお出ましか? 初見で俺の事を男だと言ってくれた事といい、お前には褒め言葉も感謝の言葉も、言い尽くせそうにないな」

「アラ? そウなの? 私達としてはアンタみたイなのがイルのは迷惑なんだけど?」

「他人(ひと)の残留に乗っかっておいて、よくもまあ言えたものだ」

「そレ、どう言ウ意味?」

「答えて欲しければ、儀式の場所を教えろよ」

 その一言に、女は笑顔を引っ込ませ、険しい醒めた目を向ける。

「……アなた何者?」

「名はカグヤだ。お前は?」

「李紗(りーしゃ)。名乗ったかラには死んでもらウよ」

 そう言って時食みから飛び降りた李紗は、十体の時食みに命令してカグヤ達を襲わせる。

 飛び掛かる黒い群れに、動けないエリオは死を覚悟せざるおえなかった。しかし―――、

「時知らずや、狂い受けりも、(時に狂う化け物達)もがきし神御霊を捧げる事、静まり申せ(抗う神の供物でも食って大人しくしていろ)」

 片目を閉じ、呟くように唱える。

 歌うかのように朗々と紡がれた不思議な言葉。それを聞いた時食み達が一斉に反応して、飛び掛かっていた十体の時食み達がカグヤの前で頭を垂れた。

「なっ!? ウそっ!?」

 驚愕したのは李紗だけでないのは当然、いつの間にかバインドが消えたエリオも、この状況には驚きを隠せなかった。

 一人、この状況を作り出したカグヤは、額から滝のように汗を流しながら、片方だけ開いた目で自慢げに李紗を見据えた。

「鏡無しだとさすがにきついな。だけどやろうと思えばやれるもんだ」

「こ、こイつ、柊と同じ力がアルの!?」

「柊……、それが儀式の要か?」

「アっ、やば……っ」

 はっとして口を抑えるが、すぐに思い直して(開き直って)、李紗は腰に手を当てて無駄に偉そうに胸を張った。

「もウ別にイイわよ! 柊だって時食みを操ルのにかなリ大変だったのよ! そレはアンタだって変わラなイはず! アンタ達! やっちゃイなさイ!!」

 李紗の命令に従い、残り四十体の時食みが襲いかかる。

 対するカグヤも札を一枚取り出し、三羽の朱雀を集めた『鳳凰』を作り出すと、時食みを操る呪文を刻む。

「時惑いて輩の、喰らいりゃ喰らえ(時喰う同士、喰われる前に喰ってしまえ)」

 命令に従い、カグヤの時食み達も迎え撃つ。

 共に時を食べ合う黒の獣は、数の差など全く意味がない。喰われた分だけ消滅し、それでも喰う事に固執し牙を立て、数分もしない内に残りは李紗の時食み三体になってしまう。まるで生きた爆弾が爆発し合った様な壮絶且つ一瞬の出来事だった。

「時食み同士で戦わせるなら、祝詞を使った方が強い。まあ、今回は喰いきる前に喰われたがな」

 そんなカグヤの余裕に満ちた声にイラッ、とした李紗は「もウイイわ」と言って残り三体の時食みを下がらせる。

「……?」

「そもそも私がこんなのに頼ロウとしてた事が違ったのよ。そウよ、私の最も得意とすルのは―――っ!」

 ダンッ、と踏み込む音がはっきりと聞こえた。危機感を感じたカグヤは咄嗟にクイック・ムーブで回避しようとして―――背後に戦闘の後遺症で動けなくなっているエリオがいるのに気付いた。

(この位置取りの攻撃!? 違う! 俺自身が体力の限界で位置をずらせていなかった!!)

 自身の失態に気付きながらそれでもカグヤは防御に切り替える。

 刀と逆手に構えた鞘をクロスさせ、持てる魔力をできる限り防御へと回し、身構えた次の瞬間。

 ゴギンッ、ベギゴギガギンッ!!

「ぶぶぉぶぁ……っ!?」

 鈍い音と共に、カグヤの口から赤いモノが散った。

 彼の胸には、クロスされた鞘と刀を打ち砕き、まるで杭の様に突き刺さった李紗の拳が陥没していた。

「私は元々魔法よリこっちが得意なのよ」

 腕が引き抜かれた後、堪らずカグヤは膝を付き、何の抵抗も無いまま赤く染まった雪の上に倒れた。

 その口から、未だに漏れ出す赤い液体に、苦しむ様に口が開閉を繰り返し、苦悶の呻き声が漏れる。

「―――――――――――――――……」

「ははっ、なに金魚みたイに口をパクパクさせてルの? アんた、時食みを操ルのは上手イけど、肉弾戦の方は全然大した事なイのねっ!?」

「………」

「ん? 今何か言った?」

「自分、の駒……は、……しておけ……」

「んんっ!? なにっ!?」

 小さい声で呟き、何を言っているのか解らないカグヤに、李紗はだんだんイライラして、耳をカグヤのすぐ近くまで持っていく。

「自分の、駒くらい……、ちゃんと確認しおけっ、て言ってんだよ……」

「!?」

 李紗は慌てて頭を上げると、控えさせていたはずの三体の時食みを探す。が、何処にもいない。そこで気付く。カグヤは、目の前の男は確か時食みを操る事が出来ていなかっただろうか?

「アンタッ! 一体何を命令したの!?」

 カグヤはそれ以上何も語らない。ただニヤリと口の端を持ち上げ、静かに瞼を閉じる。

 直後聞こえてきたのは、本日二度目となる地響きと遠来の様な轟音。神の戯れたる大自然の脅威。白い雪の津波。雪崩。

「オ、憶エてなさイよ〜〜〜〜〜〜っ!?」

 雪崩に呑みこまれながら、李紗は力一杯叫び、そこにいた者は全て白い闇に埋もれていった……。

 

 

 

 

 

 

 

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・Aria

 

 暗い暗い闇の底……、光の射さない絶望の果て……、

 

 この光景を見る度に思う。ああ、またこの悪夢か、と……

 

 光のない深淵に、身を焦がされるような苦しみに、上も下も右も左も解らぬまま迷い続ける。

 

 唯一確かな大地に寝そべり、開いているのか閉じているのか解らない景色を眺める。

 

 視界の全くない世界で、うるさく響く鉄の音。その鉄の音が、鈍い音から甲高い音を鳴らし、何かが地面に突き刺さる感触がした。

 

 またか……、と思う。

 また俺は……負けたのか?

 

 現実で敗北を繰り返すたび、苦渋を味わう度に、それは地面に突き刺さる。

 

 嗚呼……、俺は一体、いつまでこの世界で暗闇を眺め続けるのだろう?

 

 またあの時の様に……、昔の様に……、この世界に広がりを見せてくれる物は訪れないのだろうか?

 

 義姉さん……、あなたの火が熱と光を失ってから、俺の世界も……。

 

 俺の焔は、あなたの炎。

 俺の雷は、心の傷痕。

 俺の闇は、孤独の寂しさ。

 

 じゃあ……?

 

 俺の鉄は……、一体何だ?

 

 

 

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・第七 紫電と雷光 神雷(信頼)の鏡・猛御雷

 

 

 

「……ん? つぅ……っ!?」

 目を覚ましたカグヤは、そこが自分の予定していた場所である事に安堵の息を漏らした。

 ここは先程の場所から多少離れただけの洞窟の中だ。洞窟と言っても自然な物ではなく、カグヤが朱雀で雪を掘って作ったビバーク用の空間である。地面にはちゃんと土があり、雪の上よりは温かい。隠れ家として長く使うのは不向きだが、数日骨を休めるのには最適の空間だ。

 一度目の追撃部隊に接触する前、カグヤはもしもの時を考え雪山内での拠点を建築しておいたのだ。それが敵の追撃を察知し、念のため使い捨ての片道転移魔法陣を敷いておいたのだが、本人もまさかこんなに早く使う事になるとは思いもしなかった。

 カグヤは目を瞑って身体を微動させながら自分の状態を確かめる。

 身体中に痛みは残っているし、あばらには罅が入っているかもしれない。

 だが動かせる。もう殆どの怪我は治ってきているようだ。

 雪崩に呑まれて、どのくらいの時が過ぎたのか。それが知りたくて、身体を起き上らせる。

 まずは各地に配置しておいた霊蝶の情報を確認する。もし五日以上眠ってしまっていたのなら、霊蝶は全て消え去り、情報の確認はできなくなっているはずだ。

(……半数。二日くらいは経ってしまったか? お? ちょうどいい所にカレンダーが見える。……まだ一日か)

 あの出来事が昨日とは、なんとも短い話だと苦笑いを浮かべ、今度は洞窟内を見回す。

 やはり予想通りの二人が『鳳凰』に暖められながらその辺で気絶していた。

 エリオとその部下の女性局員だ。エリオはともかく、女性局員は服を脱がした後だったので裸のままだ。いくら鳳凰で温めているとはいえ、あのままでは風邪をひいてしまうかもしれない。

「別に俺が気にする必要はないんだが……ってか、脱がしたの俺だし……」

 と言いつつ、しっかり予備の千早を何枚か取り出し、勝手に着せる。その間、必要以上に女性の体を触っていた辺り、カグヤも男と言うと事だろう。

「……いっそ、ここで抱いてしまおうか?」

 などと危険な発言も出てきたが、彼女の右肩の怪我を見て止めた。

 とりあえず苦手な回復術式を組んでおいた札を肩に張り付け、ついで意識が目覚めないよう目隠しをするように札を張って強制的に睡眠させる。この札は元々意識の覚醒をさせない代わり、身体の機能を全て回復に運用させるための札なので治療としては最適だろう。

 間違っても女性を強制的に眠らせている隙に抱くための物ではない。

「……、今ならきっとやりたい放題だな」

 ―――ではないっ!!

「わぁったよ……」

(って、誰に弁解してんだ俺は?)

 首を傾げながら、「まあいい」と向き直り、今度はエリオの方を見る。

「……放っておくか」

「仲間に誘っておいて、僕は無視なんですね……」

 仰向けに倒れているエリオは、まだ起き上がれないのかそれだけ言って倒れたまま見上げる。

「意識があるなら治療する必要ねぇだろ? ってか、起きてんなら起きてるって言えよ。何を期待してたんだ? 今から見せてやろうか?」

「いいですよ! 何も期待してませんからっ!」

「何赤くなってんだ? お前何か勘違いしてんじゃないのか?」

 言いながらカグヤは霊鳥越しに見える周囲の映像をモニターにして映し出す。

 それを見たエリオは「あ、外の情報でしたか……////」と恥しそうに顔を伏せる。

「ちなみに、俺が見せようとしていたのはこの女を抱くところだ」

「勘違いじゃないじゃないですかっ!?」

「ほう、お前はそんな事を考えていたのか?」

「え? あっ、うっ……」

「ニヨニヨ」

「〜〜〜〜……っ!」

 恥しいやら悲しいやらでエリオはそのまま額を地面にこすりつけてさめざめと泣いた。

「まあ、ヤローに見られながらやるのは趣味じゃないからしないがな」

 そう言いながらカグヤは前もって用意しておいた荷物の中から携帯食とコーヒーを取り出す。ちなみにコーヒーはインスタントで、お湯は雪解け水を暖房代わりに使っている鳳凰で温めた。

 コーヒーと携帯食をエリオの近くに置くと「起き上れたら勝手に食え」と言って自分は女性局員の隣に腰掛ける。今度は卑猥な理由ではなく、純粋に看病しているようだった。

 その姿を見て、エリオは身体を起こすと、ずっと抱いていた疑問をぶつける事にした。

「あなたは一体何がしたいんです?」

「今はこの女を抱きたいから、目の前のガキが早く寝てくれないかと―――」

「そう言うのじゃなくて! ……何を目的にしているんですか?」

 カグヤは一度コーヒーに口を付けて間を置く。

「お前は自分を正義と悪、どっちに置きたい?」

「え?」

「もし正義と答えるなら、お前は俺を理解する事はないだろう。話しても無駄だ。逆に悪と答えるなら、そんな奴においそれと話すような内容じゃない」

「……」

 暗に話したくないと言っているのは、エリオにも充分理解できた。だが、それでもエリオは噛み合わない歯車がもどかしくて、さらに質問を続けた。

「どうして僕だけじゃなくて、その人も助けてくれたんですか?」

「助けられたからだが?」

「でも、あなたにとっての敵で、あなたも敵に対して容赦のない戦い方をしました。なぜ、そんなあなたが彼女を助けるんですか?」

「こうすればお前は俺の言う事を聞かざろおえないだろ?」

 言ってカグヤは折れた刀の刃を彼女の首筋に当てる。

「……あなたのその言動に僕は何度も騙されました。だからあなたの言葉に迷わされ、判断できなくなりました。でも、その惑わされた理由が解りました。あなたはどっちでもいい選択肢をしているんですね? 僕が何を言っても、それに対応できる答えを用意している。だから僕達は手の平の上で踊らされ続ける錯覚を得ていた」

「なら答えはもう出てるよな?」

 そう言ってカグヤは刀を壊れた鞘の中に仕舞う。

「はい。僕がなんと言おうと、あなたはそれに対応してくる。だから僕はこう言うしかありません。『あなたの言う通り、その人が人質である限り僕は大人しく言う事を聞くしかありません』っと、でも僕が知りたいのはそこじゃない」

「随分饒舌だな? その理由はなんだ?」

「あなたが僕を助けた理由は?」

「お前を仲間にスカウトするためだ」

「それじゃあ筋が通らないんです。もしそうだとしても、あなたは僕を見捨てても良かったはずです。僕以外にもスカウトした人が数名いるらしいとは聞いていました。だから、あなたは僕に拘る必要はない。だからあの時僕の事を―――」

「仲間を見捨てる相手に、お前は仲間になれるのか?」

 遮って伝えられた言葉に、エリオは一瞬茫然としてカグヤを見る。カグヤは頬を少し朱に染めながら視線だけ逸らして「そう言う事だ」と誤魔化すようにコーヒーを呑む。

「俺の目指す物は何処まで行っても他人には受け入れられない。俺だけが得して、俺だけが幸せになる物だ。だから、それに協力する相手に最低限の譲歩はする。俺の極上の幸せのために、仲間に多少対価を払うくらいはする」

「だったら、その……。あなたが僕達の仲間になりませんか? 僕の知り合いにこう言う事に理解のある人がいてくれます。だから……?」

「俺は俺に従わない相手を仲間とはしない」

「それじゃあまるで仲間じゃなくて部下じゃないですか?」

「それでもいい。お前は部下を仲間と呼ばないのか?」

「……でも、それは寂しくないですか?」

「……お前に一人の気持ちは解らない。理解しようとするな」

「僕にも、一人になる気持は解ります……。僕だって……」

「訂正する。一人と孤独は同一じゃない」

「……」

 もうエリオは何も言えなかった。何を言ってもカグヤの心に触れている気がしない。冷静な彼の態度は、何処までも無機質で、何も映さない拒絶の壁の様で、彼の言う通り理解する事が出来なかった。

 だけど、っと、エリオは思う。

 彼をこのまま一人にしていいのだろうか? 理解できないと言う理由から、自分達が歩み寄る事まで放棄していいのだろうか? もしそれをしてしまったら、彼はこの先もずっと一人なのではないだろうか?

 それはとても悲しくて、辛くて、とても苦しい事に思えた。

 自分が本当のエリオ・モンディアルじゃないと知った日。両親に見捨てられて、泣き続けるしかなかった日々に、手を差し伸べてくれた人がいた。今度は自分が手を伸ばしたい。

 だが、どんなに望んでも、彼の手はなにも掴む事が出来ず、距離感さえも見失っていた。

「ん?」

 不意にカグヤが飲んでいたコーヒーから口を放すと、一つのモニターを手元に呼び出す。そこに映っている人物にエリオは目を見開いてしまう。

「妙な縁があるな、コイツとは」

 カグヤは呟き、その人物の名前を口にする。

「フェイト……『運命』か。お前は俺に何の運命を持ってきたんだ?」

 その瞳は何処までも淀んで見える。なのにエリオはその瞳に不思議と『綺麗だ』という感想を抱いた。その理由は解らなかったが、もしかすると彼女なら、その答えを見つけてくれるかもしれない。エリオは淡い期待を彼女に抱くしかなかった。

 

 

「一人でこんな所にいるとは思わなかったぞ」

 雪原の地にて、一人佇むフェイト・テスタロッサ・ハラウンの前に、カグヤはゆっくりと歩み寄る。

「前に、似たような事があってね。君が私を誘ってくれた事を思い出して、ここで私が一人でいれば会いに来てくれるかも、って思った」

 不思議とフェイトの顔は晴れやかな物だった。

 最初の出会いからまだ一週間と少し、あの時の別れ際に見た彼女の顔は、もっと何かに怯え、大切な物を失っていたように思えた。それが今では全てをふっ切ったかのように柔らかな笑みを向けている。

「前に言われた事、答えが出たよ」

「なに?」

「力」

 フェイトは胸に手を当てて想いを向ける様にして言葉を紡ぐ。

「君の言う通り、力は力でしかなかった。私はそれを実感した。それはとても辛くて、とても重くて、ずっと否定しようとしてた。……でも、君の言ってる事は全部事実だった。それが怖くて、今まで君に向き合うのを躊躇っていたけど」

 フェイトは胸から手を放す。愛機を両手でしっかりと握り、力強く構える。

「もう迷いません。だって思い出したから。私が迷っている時、道を間違った時、私を助けてくれた子のそれも『力』だって気付いたから」

「……」

「だから、今度は私から言います。私があなたに力付くで助けます。今度は何があっても、この力を使う事を恐れない」

 一陣、風が過ぎ去る。彼女の純白のマントが、金色の髪が、風に舞って広がり、威風堂々たるエースの姿を称える。

「あなたを、助けます」

 力強いその言葉は、確かにカグヤの胸へと届いた。

 その事実に動揺するカグヤは、初めて出会った時の事を思い出す。

 

 

 

 どうして彼女の言葉はこんなに重い?

 どうして彼女の言葉は自分に届く?

 どうして彼女は笑っていられる?

 どうして彼女は俺を恨まない?

 どうして彼女は俺を助けようとする?

 

 どうして?

 どうして……?

 どうして…………?

 

 解らない。解らないが……、これは心地良い。

 そして、―――これはダメだ。

 受け入れてはいけない。

 騙されてはいけない。

 流されてはいけない。

 

 彼女はきっと真摯だ。

 彼女はきっと純粋だ。

 彼女はきっと本気だ。

 

 でもダメだ。

 だって彼女は……、悪じゃない。

 きっと受け入れられない。

 受け入れてはいけない。

 彼女を守りたい。

 これだけ美しい心の彼女を守りたい。

 だから、ああ、だから……。

 

 でも、

 

 俺は、

 

 

 

「ふざけるな」

 言葉が勝手に弾き出る。

 俺の中で溜め込まれたそれが、鎌首を擡げたのを感じる。

 抑えようとは思う。だが一方で抑える事に疑問も抱く。

 だってそうだろう? だって俺は―――。

「ふざけるなっ!!」

 激情が胸を穿ち、あらん限りの声を張り上げる。

 フェイトは俺を見据えたまま、しっかりと愛機を構えている。

 刀を抜く。折れてしまった刃をフェイトへと真っすぐ向ける。

「誰がお前に助けて欲しいと言った!」

「言っている! 君はずっと言ってるんだ!」

「誰も……、そんな事は言っていない!!」

 右手を袖に、札を取り出す。自分が持っている全ての札を投げつける。

「霊鳥・花鳥風月!!」

 咲いた。霊鳥と言う名の魔力の花が、一帯を包み込むが如く満開に咲いた。

 在るのは全て霊鳥。俺が持つ全ての札で作り出した霊鳥の群れ。これが花鳥風月。

 術の配置など必要ない。事前に術式を施されている札に僅かな魔力を流し込めば事足りる。ミッド式の魔法ではこれと同じだけの魔法弾を用意するのに一体どれだけの時間を要するだろうな? これだけの魔力弾を一瞬で作り出されれば、さすがに回避だけで全てを防ぐ事は出来ない。っとは言え、これは俺にとっても諸刃の剣。札を全て使い切った今、新しい霊鳥を打ち込む事は出来ない。連日の戦闘で魔力ももう殆ど空だ。

 だから俺は―――最後の賭けに勝負の全てを費やす!!

「決着だ……。時間をかけるつもりはない。全力で来い」

「そのつもりだよ。私も、全力で君に応える」

 折れた刀を天に掲げ、兵を率いる将の如く、振り降ろすと同時に命令する!

「全霊鳥……悉くを撃ち抜けーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 

 戦いが始まった。

 カグヤの花鳥風月で一斉に呼び出された霊鳥の群れが、次々とフェイトに向かって飛来していく。

「ザンバーフォーム!」

 フェイトは愛機に命令して魔力を圧縮した巨大な剣を創り出し、振りかかる霊鳥を迎え撃つ。

(数が多すぎるし、この魔法の追撃効果は優秀だ! 被弾する前に全部打ち落とすしかないっ!)

 一発の威力は通常の魔弾より低いくらいだ。ならば自ら攻勢に出て一気に潰す事でダメージを最小にできると判断した。近接武器で最も範囲の広いザンバーで霊鳥の群れを薙ぐ。

 狙った十五羽の内、四羽は自ら回避し消滅を避け、再びアタックを試みてくる。

「Plasma Lancer」

 向かってきた霊鳥は、バルディッシュに用意させていたプラズマランサーで全て撃ち落とされた。霊鳥の群れが包囲しようと周囲を飛び回る中、フェイトは自慢の速度を利用して絶対に囲まれないように動く。

 群れに向かって正面から切り込んではバレットを撃ち、数を減らし、囲まれる前に高速で移動し群れの外に周り、また迎撃する。手を変え、軌道を変え、時には砲撃で霊鳥の群れごとカグヤを狙った。戦況は時間と共にフェイトに有利になっていく。

「ハーケンセイバー!!」

 振り抜いた魔力刃の鎌が投擲され、飛来していた霊鳥を直線的に潰していく。

 再びザンバーに変え、打ち洩らした霊鳥を斬り伏せていく。

(ここまで減らせば……!)

 満開とも表現できた霊鳥の群れは、たった数分で点々と光を残す残留となっていた。

 空中からフェイトはカグヤを見下ろす。

 カグヤは残りの霊鳥を従え、フェイトを見上げる。

「……君みたいに、目的のために一生懸命だった人を私は知ってる」

 過去、自分の娘を生き返らせようと、病の体を圧してまでもがき続けた、一人の母親を思い出し、フェイトはカグヤを見つめる。

「きっと、それはとても尊くて、とても儚い想いだったと思う。私はその人の願いを叶えてあげる事は出来なかったけど……」

「俺はそいつの身代わりじゃない」

「うん、だから、必ず助けるんだ」

 静かに、だが強く。彼女は言い切る。

「一体何が君をそんなに意固地にさせているのか、なにが君を突き動かしているのか、そして……なにが君を苦しめているのか、全部教えてもらうから」

「黙れっ!!」

 心が揺れる。心が騙せない。心が突き動かされる。

 少年の心が騒がしく揺れて、奥にしまってあるそれを溢れだしてしまう。

 言いたい。言って理解してもらいたい。どうか、どうか俺を、――――の事を認めてください!

 心の奥にいる自分が、かつて捨てたはずの名を叫び、理解を求める。助けを求める。

 否定する。それは無理だ―――

 否定する。そんな事はないと―――

 肯定する。彼女を信じたいと―――

 肯定する。信じてはいけないのだと―――

 ならば答えはいらない。

 そう、必要な物は既に揃えられている。

 もう、道を変える意味はない。

 ならば、今の全てを彼女にぶつけよう。

 それが、彼女に唯一勝つ賭けなのだから!

「……認める。俺はお前を認める」

 霊鳥が集う。残りの霊鳥が全て複数の飛鳥へと変わっていく。

「お前の言葉は純粋で、だからこそ重くて、そして何よりも強い」

 だから、っと続けて彼は、はっきりと言葉にする。

「俺はお前を信じよう」

 その上で、

「お前を倒す。フェイト・テスタロッサ・ハラウン!!」

「私も、もう迷わない。君を倒す! カグヤ!!」

 鼓動が跳ねた。

 カグヤは飛鳥を飛ばす。

 フェイトは迎え撃つ。

「奔れ『千鳥』!!」

 飛鳥に雷が纏い、『千鳥』となって神速に襲い掛かる。

「ソニック―――!」

 フェイトはバリアジャケットをパージ、さらに早く動けるスタイルへと変わる。

(ここだっ!)

 カグヤが折れた刀に魔力を通す。全力で投擲の構えを取る。

 フェイトは千鳥を全て斬り伏せ、カグヤの行動に気付く。

 カグヤが折れた刀を投擲する。魔力の通ったそれは、折れていても攻撃力を持つ。そしてフェイトは速く動くためにバリアジャケットを極限まで薄くしている。

(この一撃を狙って、私に速度勝負を持って来させた!?)

 その狙いは決して悪くはない。タイミングもこれ以上ないタイミングで合わせてきた。フェイトはそれを大きくは躱せない。だが、狙う場所が悪かった。狙った場所はフェイトの頭。彼女は首の動き一つでそれを避ける。身体を逃がすのはできずとも、頭一つ分の小さな動きまでは阻害されていない。故にその攻撃は外れた。

「これで……っ!!」

 フェイトは二振りの剣となった愛機、バルディッシュを構え―――、

「ファントム!」

 ―――カグヤを視界から見失う。

 驚愕に目を見開く中、彼女の背に現れたカグヤは最初に投擲した刀をキャッチしている。

「―――っ!?」

「菖蒲から―――菫!」

 刀の柄頭がフェイトの後頭部を殴る。ギリギリで頭を前の方に倒し、ダメージを最小に減らす。幸い気を失わずに済むが、体勢が崩れ、二人揃って落下していく。

 そしてカグヤは落下を待たない。

「椿から桜花まで姫裂流混成接続技……『沈丁花(じんちょうげ)』」

 切っ先に霊鳥を纏わせた突き『椿』。

 朱雀を纏った斬檄『桜花』。

 剣を投げ捨てつつ、霊鳥で強化した裏拳『梅』。

 腹に拳、胸に掌低、肩に回し蹴り、水月に肘を打ちつける一連の技『桜』。

 特殊な打ち込みにより掌に空気の塊を創り出し吹き飛ばす『崩月』。

 地面に叩きつけた所を、雷を纏わせた左の腕(かいな)で首を掴み、青白い雷の閃光が上がる。

 『紫電』。それが締めに使われた技。

 そして、一連の技を全て組み合わせた混成技。それが『沈丁花』。

 魔力を殆ど使う事が出来なカグヤが、現在で使える最強混成技。それも、最初から用意されていた業ではない。姫裂流の技を最も滑らかに放てる順番を叩きだし、フェイトの背後に回った刹那に思いついた技だった。

「はあ……、はあ……、お前は強くて速い……」

 薄いバリアジャケットを全て打ち破られたフェイトの首を掴み、地面に押しつけるようにしながら、カグヤは息を切らせながら告げる。

「だから……、勝つ方法は……、一つしかないと、思った……」

 フェイトは苦悶の表情でカグヤの顔を視界に捉える。途端、その表情が悲しそうな物へと変わる。

「経験値も、実力も、魔力量も、全てが上のお前に勝つ方法はただ一つ……。お前の最も得意とするスピード、スペックで上回るしかなかった……」

 カグヤが開発した技、ファントムはクイック・ムーブの進化したものだ。クイック・ムーブはあくまで加速術にすぎない。ならば、ここに歩法の技術を組み込めばどのようになるだろうか? その疑問から研究、開発したのがファントム。クイック・ムーブで加速するタイミングを瞬発歩法に合わせインパクトで発動させ、一瞬だけ消えたように見せるほどの加速を行うのだ。

「俺は助けてもらいたいわけじゃないっ! 助けてもらわなくてもいい!! そんなものより、欲しいモノがあるから! それは! 俺が助かったら得られないものなんだよ!! だから、俺は助けも! 救済も! 祝福もいらない! そこに……! 俺はいなくていいんだ!!」

 胸から込み上げる思いのまま、叫ぶカグヤに、フェイトはやはり悲しそうに見上げる。

「だから……!」

 苦しみを吐き出すように告げ、髪で表情が隠れる少年の口は、既に心の吐き出し口となって、支離滅裂とした物になりつつあった。

「俺はお前が……欲しいんだ……。おまえが……うらやましい……」

「う、羨ましい……? ////」

「………」

「カグヤ?」

 ぱたりっ、

 っと、

 あまりにあっさりカグヤは倒れた。

 フェイトに覆い被さるように倒れたカグヤは、荒い息を吐きながら一言呟く。

「もう……、動けん……」

 魔力も体力も本気で使いきった少年は、ここに来てついに力尽きた。

 度重なる敗走の終焉が、ついに完結しようとしていた。彼の敗北と言う形で。

 フェイトはバリアジャケットを修復し、最初の黒い騎士の様な衣服を纏うと、自分に倒れ込む少年を労う様に抱き起こす。

「大丈夫?」

「……動けん」

「怪我は?」

「あばらに罅、あと全身激痛」

「なんだかものすごい状態なんだね」

 今更ながらフェイトはカグヤが追撃部隊と連戦した後だと言う事を思い出し「ちょっとズルだったかな?」と軽い罪悪感を感じるのだった。

「話、聴かせて。必ず力になるから」

「お前は信じる。だが、だからこそ、俺はお前には何も言わない」

「カグヤ……」

 寂しそうに覗き込む黒の少女。そんな何処か儚げな少女に、カグヤは不思議と笑みが漏れる。

「名前……」

「え?」

「一度しか言わなかったのに、憶えてたんだな」

「……! うん、前に私も、名前を憶えてもらってて、嬉しかった事があったから」

「そうか……」

 カグヤは笑った。

 だけどそれはフェイトが見たかった顔ではなく、どこか疲れ切っていて全てを諦めてしまったような、悲しい自嘲の様な笑みだった。

 その顔を見ると、どうしても胸の奥が掻きたてられて、自然と口を開く。

 

「みィ〜〜〜つゥ〜〜〜けェ〜〜〜たァ〜〜〜〜……っ!!」

 

「随分おどろおどろしい声を出すな……」

「わ、私じゃないよ!」

 固い表情で見つめられたフェイトは、慌てて否定してから声の主を探す。

 二人から少し離れた位置に、その少女はボロボロの格好で立っていた。

 改造チャイナドレス姿の李紗だ。

「ア、ア、ア、アンタってば良くもォ〜〜〜っ!? アの後、雪の中かラはイずリ出てくルのにどレだけ苦労したと思ってルのよ!? 魔法使エルの思イ出さなかったラ死んでたわ!」

「……普通忘れないと思うが?」

「わ、忘レルのよ! 忘レル物なのよ! こっちが普通なノよ!」

「そうか」

「そうよ!」

 可哀想な物を見る眼で見つめるカグヤの視線に気づかず、李紗は今更のようにフェイトに気付く。

「ん? なにその女? アンタら抱き合うなら男同士で抱き合イなさイよ」

「え? なんで?」

 首を傾げるフェイトに、李紗無駄にオーバーアクションで驚いて見せる。

「はあっ!? なんで分かんなイのよ! 想像してみなさイ○○○の美男子と○○○の美少年が、二人で○○○したり○○○したり○○○○○○とかしちゃったりして! 他にも○○○を○○○○○○しながら○○○○○○なんて事を―――っ!!」

「放送コード引っ掛かり過ぎだろお前」

 呆れて告げたのはカグヤだ。フェイトの方は一部意味が解らなかったらしいが、ニュアンスは伝わったらしく、赤い顔で『どう反応していいのか解らない?』と言った様子で無意味にキョロキョロしていた。

「ともかくっ!」

 ズボンッ! と無駄に雪が舞い上がるほど強く踏みつけた李紗は、やり過ぎて埋まった足を引っ張りながら言う。

「私はアンタに仕返ししに来たの!! ここでぶち殺すかラ覚悟……、って何か既に死んでなイ?」

「そこに気付くのが明らかに遅すぎないか? バカなのか?」

「……っ(マジ泣き」

「想像以上に傷ついている!?」

 あまりに素直な反応に突っ込んだカグヤの方が驚く。

「オ、オまエっ! もウ許さん! 食ライなさイ!」

 李紗は足を踏み込み、以前カグヤに打ち込んだ拳を今度は魔力を乗せて空気に叩きこむ。

「子虎衝破(ことらしょうは)!」

 発声と同時に突き出された拳から拳圧による衝撃波が放たれる。魔力もなにも使用していない、純粋な力による一撃に、一瞬反応が遅れたフェイトは、避ける事が出来ず、シールドを張りこれを防ぐ。同時にカートリッジから二発の弾丸がリロードされる。それでもなお、衝撃波の威力は強く、障壁に亀裂を入れるほどのダメージを受け止める事になった。

「まだまだ! 二連! 三連! 獅子連牙!!」

「最後はギャグかよ」

 必死に障壁を張るフェイトの後ろで、魔力切れからくる疲労で動けないカグヤは、それでもツッコミを入れる。

 そんなカグヤを連れて回避したいフェイトだが、威力の大きい衝撃波を立て続けに撃ちこまれ、動きが取れず、必死に防御に専念する。

 障壁を三重に展開。二激目の衝撃波で一つ目の障壁が砕ける。三激目の衝撃波は残りの二つの障壁を消し去ってしまう。あっと言う間に守り手を失ったフェイトは、咄嗟にバリアジャケットのマントを広げ、カグヤに覆い被さる様にして庇いに入る。

「庇う意味はないぞ」

 直撃寸前、カグヤは忠告を入れる。フェイトは答えずにカグヤを庇う。

 一瞬後、爆発が起きて巻き上げられた雪に視界が真っ白に染まる。

 勝利を確信した李紗は「アーっはっはっはっはっ!!」と勝利の高笑いを上げるが、雪煙が晴れた時、そこには無傷の二人と、もう一人の姿があった。

「もう一度言うが、庇う意味はないぞ。そいつが割り込んで来る頃だと思ったから」

 カグヤに言われ、自分達を守った人物へと視線を向ける。それは、槍のデバイスを持ち、行方不明になっていたエリオの姿があった。

「何かの保険だったんですか? だとしたら人が悪いですよ」

 エリオはそう言って肩越しにカグヤを睨む。

 カグヤに捕らえられていたエリオだが、その実、捕らえられているようで全く捕られていなかった。人質にされていた女性局員はほったらかしで、閉じ込める仕掛けもありはしない。おまけに監視としておいたらしい札のサーチャーも、『出ていった』のが解るくらいで何の『妨害』も無いのだ。簡単に逃げられる。それが逆に、用意周到過ぎるカグヤへの疑心感に繋がり、エリオはどうしようかと躊躇していたのだが、カグヤは自分とフェイトの戦いをリアルタイムで中継しておくと言う、全く意味の解らない情報露営をしていったのだ。さすがに怪しんでいたエリオも、これだけの情報を与えられた上で、あの状況。逃げないはずがない。

「僕がそのまま逃げるとか考えなかったんですか?」

「逃げればよかっただろう?」

 事も無げに言うカグヤに固い溜息を漏らす。

「あなたは一体何がしたいんですか? 良く解りませんよ」

「目の前、来たぞ」

 カグヤに言われると同時、エリオは槍を構え、驚異的な俊足で向かってきた李紗の拳を受け止める。威力に押され吹き飛ばされるが、着地と同時に高速で移動し、上手く引きつけて戦う。

「アアんもウっ! 大人しく潰レなさイよ!!」

 喚きながら拳や蹴りを突き出す李紗だが、その悉くを躱されてしまう。

 かと言ってエリオの方に余裕があるわけではない。李紗の攻撃は全てが一撃必殺の威力を誇る。だが、それは重心移動による一瞬の溜め、つまり動作が必要になるので、その瞬間に合わせて躱しているだけだ。それに、溜めに入ってから攻撃に転じる速度が速く、攻めあぐねてもいる。

 加えて、エリオもフェイトも先の戦いのダメージが抜けず、動きが緩慢になりつつある。元気いっぱいの李紗相手に二人だけで戦うのは危険な状況であった。

 状況を確認したフェイトは、僅か逡巡。

 カグヤに向けてデバイスモードのバルディッシュを向ける。

 なにをする気か瞬時に思考したカグヤは、この状況下で、フェイトがやろうとしている一つの可能性に行きあたって、「ヤバイッ……!?」と焦りを覚える。

「Divide Energy」

 デバイスから魔力が漏れ出し、それがカグヤの元へと流れ込み空っぽになったカグヤの器に魔力が急速に満たされる。所要三秒後……。

「おえぶっ!?」

「ええっ!?」

 許容以上の魔力を流し込まれたカグヤが苦しそうに胸を押さえて呻く。

 慌てて送り込む魔力を止めたフェイトは、珍しいモノを見る様な眼でカグヤを見つめる。

「君……、今までそんな魔力量で管理局と戦ってたの?」

「悪かったな……、人並みの魔力も保有できない身体で……」

「ご、ごめんなさい……」

 謝られてしまった事に苦い顔をするカグヤ。

 息を整え立ち上がると、カグヤはフェイトに視線を向ける。

「俺が逃げるとか考えないのか?」

「それなら逃げる?」

 自分がエリオとした問答と同じ答えを返され、苦笑いを浮かべる。

「それ、相手を無条件に信頼しないと言って良い言葉じゃないぞ?」

「カグヤはエリオの事、無条件で信頼してくれたって事だよね?」

「誰にだってそうしてきたさ。ただ誰も俺を信じなかっただけだ」

「じゃあ、私が信じれば君はそれに答えてくれるよね」

「知らんぞ?」

「大丈夫、信じてるから」

 笑顔で返され、カグヤは溜息交じりに苦笑を濃くする。だが、そこには何処となく嬉しそうな気持が見え隠れしていた。

「お前みたいなのが、一生傍にいてくれればいいのにな」

「え?」

 ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな呟きを、聞いてしまったフェイトは頬を赤く染めてしまう。

「三分時間をくれ、アレをしとめる」

 そう言ってカグヤは目を瞑り瞑想に入る。

 フェイトは意味が解らないまま、それでもカグヤに従ってエリオの援護に向かう。

(さて、義姉さんが本気を出す為に使っていた始動キーだが、俺には何処まで使えるか? ……出雲(いずも)に神(かみ)在り(あ )―――)

 カグヤは祝詞を結ぶ。過去、自分が義姉と慕っていた人物が、朗々と紡ぎ、己の力の全てを解放した祝詞を。

(((審美|しんび))確かに―――((魂|たま))に((息吹|いぶき))を―――)

 瞼の裏にテレビの砂嵐の様に荒れながら、だが確かにビジョンが映る。

 自分が最も戦うに相応しい力を振るう姿。己すらもまだ知らぬ、限りなく最強に近づく勇ましき姿。

(((山河水天|さんがすいてん))に((天照|あまてら))す―――……ッ!?)

 刹那、過負荷の掛った電子回路が焼き切れるように、脳の神経回路に痛みが走る。

 同時に脳裏にビジョンが映る。闇より暗き深淵に、迸った瞬きの軌跡。その姿を、その形を、見逃さずに認識した。

 他人の祝詞で己を垣間見る事はこれ以上は不可能。そう判断したカグヤは心に謡う祝詞をやめる。

 代わりに、確かに認識した己の中の瞬きを、術式として再構築し、形として認識する。

 手に魔術として具現させ、己の力として掌握。

 幻想を偽り、偽りを現実に、確かなる物へと構築。

 構成された術と言う名の器に、魔力と言う名の水を満たす。

 ―――やはり足りない。魔力の絶対値が低過ぎて発動に至らない。

 ならば、器を水に合わせる。

 水の質に合わせ、最も都合の良い形に変換していく。

 回路は繋がった。

 後は、媒介に乗せて撃ち出すのみ―――。

「しまった。刀は折れたんだった……」

 ここに来て致命的なミスに気づく。再び術式を変える余裕はない。既に歪に捻じれ曲がった術式を解き直して、更に複雑化させる余裕はない。

 頭の中で再検討する。

 諦めた。

「ま、折れててもそれなりの威力にはなるだろ?」

 と言うより面倒になったので考えるのをやめた。

 折れた刀を拾う。

 時間を稼いでくれている二人に叫ぶ。

「当たりたくなかったら死ぬ気で避けろっ!!」

 声に反応する三人。振り返った彼らの目に、危険な光が迸るのが映る。

「是の雷、万物裂く神名の剣(この雷は神の名を持ち、万物を切り裂く剣となる)」

 独特な詠唱の後、カグヤの折れた刀に激しい雷が纏い、剣の形に変質していく。

「神名を読≪真名を明かす≫」

 そして、できたばかりの術の名をキーワードに、その力を解放する。

「((猛御雷|たけみかずち))!!」

 刃の延長線上に作られた雷の剣を解放と同時に薙ぎ払う。

 青白い雷が砲撃となり繰り出され、李紗を忽ち呑み込んでいく。

「って!? なにこレ!? 一体どんなまほ―――!?」

 バオオオオオオォォォォォンッ!!

 轟雷の爆音が遠来に木魂し、そこに在ったモノを悉く薙ぎ払う。

 幾重もの雷が通り過ぎた後には、雪が吹き飛び土の地面が露出していた。

(ふう……、術式との身体に対する効果作用を確認―――完了。掲示。術式反動、攻撃の三割。魔力消費量、全体の三割。攻撃効果、媒介の不備により効果霧散。使用術式の確保……失敗、術式に3%の破損。リンカ―コアに僅かな違和感を確認。修復可能域。……、いや、これはちょっと欠陥だろ?)

 カグヤは自己が創った術の確認で溜息を洩らしたくなった。

(魔力の消費を質量に合わせることで最小に抑えはしたが、これはまだまだ未完成だな。威力は高いが、もう少し改良の余地ありだな)

「さて……」

 カグヤは攻撃から避難していた二人に目を向ける。

 エリオは警戒心があるのか槍を構えるが、フェイトはゆっくりと歩み寄ってくる。

「俺の仲間になれ。少なくとも、俺はお前らには勝っている」

 言ってしまえばただの口約束。頷く事を強制された賭けにわざわざ従う必要など誰にもない。それでもカグヤは約束した事を強調して勧誘してくる。

 そんなカグヤの卑怯でありながら、どこか曲げられない筋だけは通そうとしている姿に、フェイトは薄く笑みを漏らす。

「君は優しいんだね」

「………。その発言は予想外だな」

 固い顔をするカグヤに、フェイトは微笑んだまま続ける。

「昔いたんだ。大切な人のために悪い事だって解っていても、ずっと頑張ってきた子が……。皆その子が優しいって言ってくれる。だから、きっと君も優しい」

 目を丸くするカグヤ。しばらく逡巡して、その言葉の意味を噛み砕く。

「それ、お前のことだろ?」

「えっ? な、なんで……?」

「お前って、他人の事は素直に褒めるけど、自分の事になると謙遜するタイプだろ? 最初俺を説得する時は自信満々に言い切ってたのに、今の発言だけは周りの評価を参考にした。それで解ったよ」

 仏頂面で細く息を吐き、呆れるように腰に手を当てる。

 フェイトは一度苦笑いを浮かべ、今度は真面目な顔になる。

「一つだけ……、聞いておきたい事があるんだ」

「何を聞きたい」

「さっき、私の事が羨ましいって……その意味を聞いてもいい?」

 フェイトの言葉に表情を硬くするカグヤ。

 言いにくい事なのか、それとも重要な事なのか、その答えを待って真直ぐ見つめるフェイト。しかし、彼の口が開かれた時、それはあまりにも予想外のモノだった。

「……すまん、俺そんな事言ったか?」

 世界の時間が止まった。

 難しい顔をするカグヤ。

 固い顔になるエリオ。

 訳が解らなくなっているフェイトはもう一度訪ねる。

「えっと……、言いたくない事なら別に……」

「いや、ごめん。本気で忘れた」

「………」

 バツの悪そうなカグヤの顔を見て、それが本当なのだと知る。

 本気で彼は自分で言った事をすっかり忘れている。それを理解した瞬間、何もかもが嘘だったかのように、不思議と笑いが込み上げてきた。

「っぷ、ふっ、ふふふふふふっ!」

 途端に笑い始めたフェイトにあっけにとられる男子二名。

 一頻り笑い終わったフェイトは微笑んだままもう一度質問を投げかける。

「幾つか約束してくれる? 誰一人殺さない。全てが終わったらちゃんと罪を償う。それと、もし私達が信用できると思ったら、ちゃんと全てを話してほしい」

「……俺の仲間になってくれるのなら」

「いいよ」

「フェイトさん!?」

 エリオが驚愕の声を上げるが、フェイトはニッコリと笑ってそれを制する。

「大丈夫だよエリオ。彼は悪い人じゃないから」

「何を根拠に言うんだお前も? 事実俺は―――」

「事実、君は誰も殺していない。殺されそうになった相手も、ちゃんと殺さないように計算されていた」

「偶然だぞ。殺す必要があるなら殺す」

「でも、殺してない」

「俺が誰かを殺したら、裏切ると言う事か?」

「大丈夫。今度は仲間として、誰も殺させないから」

「………えらい女を仲間にしてしまった」

 カグヤは気が抜けたように声を洩らし、不思議と肩の荷が降りて行くような、そんな風に感じたのだった。

(ああ、そっか……。これでやっと、一歩進めたんだ)

 こうしてカグヤは、フェイト・テスタロッサ・ハラウンと、同時にエリオ・モンディアルを仲間にしたのだった。

 余談だが、エリオを仲間にするにあたり、しばらく喧嘩交じりの会話があった。

「これから二人は俺の捕虜扱いだ。逆らえない理由は何でもいいから考えておけ」

「……強制的に従わせてる事にしたいんだ?」

「嬉しそうに笑うな」

「ふふっ、それで? 次はどこに行くの?」

「まずは拠点だ。仲間が出来た時の事を考えて作って在る奴がある。お前らはしばらくそこに滞在。俺は……新しい刀の制作と、あそこだな」

 カグヤは歩み始める。やっと立ったスタートラインに。

 その先には、同じ道を既に歩んでいる誰かがいる事も知らず、彼は踏み出す。

 いずれ巡り合うそのモノに向かって、彼は己を開花させていく。

 それはきっと、必要な運命だから……。

 

 

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