魔法少女リリカルなのはDuo 8〜9
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・第八 出会いに感謝、絆に祝杯、偶然にブーイング!

 

 辺境の地。龍斗はシャマルの伝言に答えたキャロ・ル・ルシエの元に訪れ、腕試しをしていた。もちろん龍斗が勝てばキャロは仲間になってくれると言うモノだ。

「ブラストレイ!」

 真の姿となった飛龍フリードの口から、炎が吐き出される。

 それに龍斗は((魔剣|ブレイド))を付与した一刀で、真っ二つに切り裂いて見せる。

 クイック・ムーブで突っ切り、フリードの正面に飛んだ龍斗は、勢いそのまま額に蹴りを入れてよろけさせる。蹴りの反動で回転する体を捻り、勢いのまま斬檄を放ち、上袈裟懸けに切り上げる。

 アルザスの飛龍は悲鳴を上げて後ろ向きに倒れ込む。その背に乗っていたキャロは、慌てて地面に着地し、フリードを気遣いながらも龍斗を視界から逃さない。

 ここぞと更に加速して踏み込み、刃を薙ぐ龍斗だが、キャロはすぐさまこれに合わせてくる。

「アルケミック・チェーン!」

 キャロの足元に広がる魔法陣から幾重にも連なる鎖が伸び、それが龍斗目がけて飛び火する。

 不意を突かれながら、なんとか防ごうと剣激を放つが、いくら龍斗の魔力が規格外とはいえ、全てを薙ぎ払う事はできず、両足と右腕に鎖が絡まる。

「天地貫く業火の咆哮。遙けき大地へ永久の守り手。我が元へ来よ。黒き炎の大地の守護者」

「やべっ!?」

 それがなんの詠唱かは知らないはずの龍斗は、それでも感じ取る魔力の量に驚愕して慌てる。

 力任せに鎖を解こうとするが、右手が刀ごと鎖に縛られていて素手で引きちぎるのに時間がかかってしまう。

 キャロはそれを解った上で詠唱している。だから、龍斗に彼女を阻める手段などなかった。

「((全力|フル))・((解放|ドライブ))―――!」

 魔力を全力で強化に充て、力任せに鎖を引き千切る。その姿にキャロは慄きながらも、最後の詠唱を力強く刻む。

「――竜騎招来。天地轟鳴。来よ、ヴォルテール!!」

 彼女の背後に大きな魔法陣が出現し、そこから巨大な二足歩行の竜が現れる。

 ゆうに十メートルはある巨大な竜を見上げ、龍斗の額から汗が噴き出してくる。

「こ、これっ! なんて怪獣映画のワンシーン!?」

 現実逃避である。

 頭を振って現実に戻る。

 キャロが指示を出すと、ヴォルテールが拳を振り上げ、そのまま龍斗目がけて振り下ろす。

「((重装|フラクタル))―――ッ!」

 刀に施した((魔剣|ブレイド))の魔法を多重に施し、驚異的な強化を図る。迫りくる拳の横目がけて走り、ギリギリのところで横に薙ぎ付け、無理矢理攻撃を逸らす。

 拳を逸らした龍斗は浮遊魔法とクイック・ムーブで龍の眼前に出ると、刀に集めた魔力を一気に解き放つ。

「((放射|バースト))―――!!」

 斬激と共に解放された魔力が、魔力刃となってヴォルテールを斬りつける。

 強力な魔力耐性を持つヴォルテールだったが、高密度の魔力を斬激として受けては、さすがに無傷と言うわけにもいかなかった。直撃した肩口が僅かに割け、その身体も大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。

 ヴォルテールが倒れ、土煙が上がる中、龍斗は再び刀に魔力を込める。

「((魔力装填|イグニッション))―――」

 呪文で固まった魔力を刀に装填、控えさせる。

 土煙が晴れる瞬間、二人は同時に動く。

 キャロがバレットを連射し、龍斗がクイック・ムーブで空を駆ける。

 襲い来る魔弾の雨に、龍斗は接近しながら全てを躱していく。

(まだだ……っ! まだ撃たない……っ! この程度なら当たったとしても大した事はない!)

 肩に掠める。頬を僅かに逸れる。髪が幾本持っていかれる。右の二の腕が半分当たり怪我をする。だが、直撃しない。減速しない。あっと言う間にキャロの正面に辿り着く。

「Boosted Protection」

 咄嗟にキャロの愛機、ケリケイオンが反応し、防御魔法を構築する。

 眼前に構築される障壁を見て、龍斗は両手に持った刀を渾身を込めて振り下ろす。

「((装弾魔力|イグニッション))、((解放|バースト))―――!」

 刀に装填されていた魔力が解放され、瞬間的に攻撃力が高まる。

 威力を増した一撃は、容易く障壁を切り裂き、キャロの帽子を真っ二つにした。

「わっ! わわっ!?」

 なんとか回避したキャロだが、体勢を崩して後ろによろけてしまう。

 隙と見て更に踏み込む龍斗。なんとかしようと咄嗟にバレットを撃つキャロ。

 斬激が彼女に直撃する。同時に放たれた魔弾は彼の出足に直撃し、体勢が崩されるが、ダメージは小。龍斗は、そしてそれを見ていた周囲の誰もが勝利を確信して……、体勢を崩した龍斗は、そのまま前のめりに倒れていく事を制御できない。

「あ? え? え? あれ? ちょっと……!」

 止まれない。止まれるわけがない。慣性の法則には、いくら魔法でも全てを抗う事は出来ない。

 倒れる先には……大きく広がったスカートと、二本の足。その奥には……フリルのついた可愛らしいモノが見え―――そのフリルに突っ込んだ。

 倒れる二人。

 龍斗はなにがどうなったのか、今一理解できず固まってしまう。

 自分は一体、どうしてこんな事になってしまったのか? 真面目にやっていた戦いで、どうしてこんな事態に直面しているのか? あれ? そう言えば前もこんな感じの事があった様な〜? などと考えている(現実逃避している)と―――、

「うっ、ううん……っ」

 呻く声。

「あ、あれ……? 私……? ああそうか、負けちゃって―――んあっ!?」

 起き上がろうとしたキャロが、擦れた刺激に甘い声を漏らす。

「え? えっと……? なにが……―――、へ?」

 自分の下半身に目が行き、固まる。

 龍斗は動けない。決してもっとこの感触を楽しみたいとか変態的な理由ではなく、キャロの足が上手い事絡まっていて、力任せに剥がそうとすると、スカートを全開にしないといけないからだ。そうなったらキャロはもっと恥しい目に合う。

(でも、できれば俺もこのままなのは勘弁してほしいんですけど〜〜〜〜!!)

 そして、こういった状況に陥る男子は、須らく平和的に終われる事はないのである。

「ひゃわ……っ!? あっ……、わ……っ!? ふええぇぇ……っ!!?」

 状況を正しく理解し始めるにつれ、キャロの瞳に涙が溢れ出し……絶叫した。

「な、なにしてるんですかぁ〜〜っ!? なんでそんなところに―――!? ふわぁぁ〜〜〜〜んっ!?」

 泣きながら自分を守ろうと条件反射でスカートを押さえるキャロ。だが、混乱していた所為か、それは龍斗の頭ごと押さえる事になり―――、

「んぶふぅっ!? ま、待て! キャロ……ッ! それじゃ逆こう――んぶぅっ!? い、息が……っ!」

「んあっ!? ひゃわぁうっ!? ……や、止めてくださいっ!? な、なんでそんな事するんですか!? ふぅんあっ!? ……だ、ダメですっ!? 何か良く解らないけど……これ以上――ひゃはぅっ!? は、早く離れてください〜〜〜……っ!?」

 離れて欲しいなら、キャロが手をどけなければならないのだが、本人がその事実に気付く事はなく、結局、どうなったかと言うと……。

「女の子んとこにいきなり何してくれとんのや〜〜〜〜っ!!」

「そんな小さい子相手に恥を知りなさ〜〜〜いっ!!」

 八神家のはやてとシャマルの二人に同時物理攻撃をくらった龍斗が気を失ったと言う王道的結末となるのだった……。

 

 

「約束……、ですけど! ですけど!? 仲間になるからって変な事しないでくださいよ!?」

「いやもう、ホントすみません。悪気はなかったんです」

 色々あったが説得の末、龍斗は無事(?)にキャロを仲間にする事は出来た。だが、その代償は互いの信頼関係の亀裂だった。

「悪気があったらメンバー解散の上、速攻牟所送りやで?」

「いえ、この場で処刑しましょう♪ リンカーコアを直接握り潰すなんていいですね♪」

 はやてとシャマルの恐ろしい会話に全身全霊で震える龍斗は平謝りの体勢のまま動く事が出来ない。

「っま、龍斗も男の子っ言う事で、今回は大目にみたろうやないか? 制裁は受けてもろたし、ホンマに偶然やった見たいやしな?」

「……解りました」

 渋々ながら承諾したキャロに、「ありがとうございましたっ!」と頭を下げる龍斗なのだった。

「それにしても、龍斗さん? 今龍斗さんがしてるのって土下座ですよね?」

「そうだけど? なんだよ、まだ虐め足りないのか?」

「そんな涙目にならなくても……、ただ龍斗さんってミッドの出身じゃなかったりするのかなぁ、って思いまして? ミッドに『土下座』はなかったと思うんですよ? あと名前のニュアンスとかも」

「どうでもいいです。こんな人……」

 シャマルの疑問に膨れたキャロがにべも無く断ち切る。

 珍しく拗ねているキャロに、はやてもシャマルも苦笑を洩らすばかりである。

「あははっ」

 そして龍斗も、自分から何かを語る事はなかった。

 

 

「そろそろ、ええ頃なんと違う?」

 四人が拠点としている市街地ホテルの一角。キャロ戦の反省会をしていた龍斗に、はやてはそんな事を言ってきた。

「なにが『ええ頃』なんだ?」

 訊ね返す龍斗にはやては「シグナムの事や」とすぐに本題に入る。

「シャマルの話やったら、龍斗は私に会う前、シグナムと闘って負けたんやったやろ? なんや経験不足とか言われて?」

「うっ!? そうなんだよな……、魔法力じゃ負けてないって解るだけ、アレは結構悔しかったなぁ〜」

「せやけど、今は経験も積んだ。浮遊魔法かて、それなりに飛べるようになったし、試しにやりおうて見てもええ頃なんと違う?」

 はやてに言われ、腕を組んで考える。

 以前の戦いを思い出し、今度は今のを照らし合わせてイメージしてみる。

 だが、すぐに諦めた。イメージしようにも、シグナムの動きの殆どが見えていなくて、記憶によるイメージが作れないのだ。

(それだけ俺とシグナムの間に実力の差があったって事なんだよな……)

 今更ながらに反省する。そんな龍斗の内心を知らず、ずっと膨れたままのキャロは「どうせセクハラしようとして負けたんです……っ」と小声で罵声を漏らす。全員に聞こえたのだが、事実、戦闘中にセクハラハプニングがあったのだから下手に言い返せない。

 どうしようか迷っている龍斗に、気付いたシャマルは後ろから顔を覗き込んでくる。

「なにか心配なんですか?」

(か、顔近……っ!?)

「えっと、心配って言うかさ? あははっ……」

「龍斗さんはシグナムが嫌いですか?」

「え? いきなり何を……? そんな事無いに決まってるだろ?」

「だったら、大丈夫です」

「え? いや、なに? その根拠がある様でない保証は?」

「いいえ、大丈夫です!」

 ニッコリと満面の笑みを向けるシャマルに、龍斗はなんだか恥ずかしくなって頬を染める。

「えっと……、まあ、やってみない事には始まらないし、やってみようかな?」

 苦笑いのまま承諾する龍斗に、シャマルは絶対の信頼を寄せた笑みを向ける。

 こんな笑みを向けられてノーと言える龍斗ではなかった。

 

 

 龍斗は一人ホテルの屋上で庇に腕をかけ、夜のミッドを見下ろしていた。

 イメージしているのはシグナムとの戦い。以前見た技と、自分の予想だけで作り出された、仮想のシグナム。その相手との戦いでも、彼は上手く戦えている気がしなかった。

(以前のシグナムは、俺に合わせて浮遊魔法を使わなかった。もし浮遊魔法で攻撃の届かない空からチェーンエッジで攻撃されていたら……)

 例えクイック・ムーブを思い出しても届きはしなかった。それが解ってしまうから、龍斗は悔しげに溜息を洩らす。

(届かない……。今の俺でも届く気がしない……)

 『時食み』を全て消し去る。それが龍斗の目的だ。そのためには力が必要だ。それも、誰よりも自分がその力を持っている必要がある。だからシグナムより強くてはならない。

 だがシグナムと自分の力の差、経験は、恐らくはやてが言う様に充分に埋まっているモノではないと解っていた。

(最初に剣を合わせた時は解らなかった。でも、アレからしばらくして、はやてやキャロ、周辺に出現した『時食み』と戦って、経験を積んで解ってきた。……シグナムの経験値は、俺が思っているような小さいモノじゃない。もっと大きな場数を、修羅場を幾つも潜り抜けてきた本物の戦士の記憶だ。それが……精々十数年の戦闘経験しかない俺が太刀打ちできるっていうのか?)

 不安は募る。勝てないと言う現実と、勝ちたいという願望が鬩ぎ合い、それが迷いに変わっていた。

 戦闘に置いてメンタルも重要な事は理解している。それは過去に一度経験していた。龍斗が戦う事を決めた時の事だ。自分の思い上がりが、まさかの事態を引き起こしてしまった。だから龍斗は考えてしまう。特別良いわけでもない人並みの頭を必死に回転させて、悩んでしまう。それを解っていてなにもできない自分に歯がゆさを覚え、つい俯いてしまう。

「こんな時間に何しとるん?」

 不意に掛けられた声に振り向くと、そこには寝間着姿のはやてがいた。

「明日は早いんよ? はよ寝んと」

「ん? ああ……、うん。すぐ寝るよ」

「?」

 龍斗としては心情を表情に出さないように心がけたつもりだったが、はやては何かを感じ取ったらしく、小首を傾げる。

 しばらく龍斗を黙って見つめていたはやてだが、微笑みを浮かべると龍斗の隣に来て、真似するようにフェンスに腕を乗せる。

「何かあるん?」

「なにかって……、その〜〜……」

 話して良い物かどうか一瞬悩む龍斗だったが「仲間に対して黙ってるのもアレだよな?」と考え直す。

「シグナムに勝てるかどうか……、悩んでたら頭ごちゃごちゃになっちゃってさ」

「……」

「ちょっとはやて? なんでそんな目を見開いてるの? 俺、そんなに驚かせるような事言った?」

「え? ああ、すまんすまん! なんや龍斗くんも悩んだりするんやな〜〜、っとか思うて」

「そんなにイノシシに見えるか? それとも単純にバカっぽいと言いたいのか?」

「ち、違う違う! そうやのうてね! ……龍斗くんは、自分で決めた事に迷ったりせんと、真直ぐ突き進む様な子やと思ったんよ」

「そんな漫画の主人公じゃあるまいし……。俺だってどうして良いのか解らなくなって立ち止まりそうになった時はあるし、悩んで苦しんで、弱気になることだってあるよ」

「そうやね。誰にだってそう言うのって当然にあるもんやもんね」

「そうだよ」

「そうやね」

 自然と笑みが零れる二人。少しずつ心が穏やかになってくるのを龍斗も感じた。

「でもな……」

 夜景を見ながら、はやては何処か誇らしそうに呟く。

「私は、龍斗くんは真直ぐ突っ走っていいと思うんよ? それこそ主人公みたいに」

「え?」

「私の知り合いに、放っとくと無茶ばっかりしはる困った親友がいるんやけどね、でも、その子が頑張ってない姿なんて想像もできひんし、なんかしっくりもこのんよ。その子は無茶でも頑張って突き進んでくれてるから、私らも頑張ろうって気になるんやと思うよ」

 「だから」とはやては続け、龍斗に向き直り、嬉しそうな笑みを向ける。

「龍斗くんも考える前につっぱしてしまい! やりたい事、やらなあかん事、それが決まったんやったら後はそれ目指して一直線や!」

 イノシシになれ。っと、言われているみたいで、一瞬呆れてしまう龍斗。だが、その言葉はきっと、今の自分には必要な事だと感じ取れて、次第に表情は穏やかになっていく。

「そうだな……。やると決めたからには、やるしかないよな。どの道、シグナムにはいつか勝たなきゃいけないんだ。だったら迷っている意味なんて無い!」

 龍斗はフェンスから手を放し、身体を伸ばす。「ん〜〜〜っ!」と伸びきった後に、はやてに向き直った龍斗はすっきりした表情で礼を言う。

「ありがとうはやて。おかげで明日は頑張れそうだ」

「さよか。そんなら良かったわ。……それにしても」

 はやてはクスクスと忍び笑いをしながら龍斗の前髪を掻き上げるように頭を撫でる。

「案外手のかかる子なんやなぁ〜〜、龍斗くんは〜〜♪」

「〜〜〜〜……、////」

 自分より背の低い相手に頭を撫でられている事に、多少なりとも恥しさを覚えながらも、子供っぽく振り払うのもどうかと思い、甘んじてそれを受け入れてしまう。

「あはっ♪ 龍斗くん、真っ赤になって可愛ぇ〜〜〜♪」

(……男として怒るべきか、呆れるべきか、我慢するべきか?)

 結局龍斗は呆れるを選択する。怒る気はしないし、嫌ではないので我慢と言うのは違う。だから龍斗は呆れて見せた。

 だがその実、自分で気づいていないだけで、その表情は何か懐かしいモノに触れているような、和やかな笑みを浮かべていた。

 

 

 翌日、龍斗はシグナムの前で対峙していた。

 シグナムがバリアジャケットを着込むのを待って刀を抜き、両手で構える。

「ふむ……っ、何かあったか? 随分良い顔になっているな?」

「そうかな? シグナムにそう言ってもらえるなら俺も成長したってところだな」

「……。主はやてを味方に付けたか。少なくとも腕は上がっていると見える」

「ああ、前の様にはやらせない!」

 二人とも闘気を放ち、臨戦態勢で臨む。

「龍斗さん! 今度こそ頑張ってください!」

 シャマルがエールを送る。

「二人とも、良い勝負しいや!」

 はやては平等に応援する。

「シグナムさん! あの……、色々気を付けてください! 本当にっ!!」

 キャロの声援が二人にとって一番ダメージになる。

「キャロ・ル・ルシエとも何かあったか?」

「聞かないでくれ……」

 そしてはやては片手を上げ―――、

「レディーーー……ッ!」

 開始を宣言する。

「ゴーーーッ!」

 

 

 開始早々仕掛けたのは双方だった。

 龍斗は『魔剣』を、シグナムはカートリッジをロードした烈火の剣で打ち合う。

 互いの刃がぶつかり、一瞬の鬩ぎ合いの後、一転して幾多の激しい斬激が交差する。

 攻撃同士がぶつかり、重い鉄の音が鳴り響く。撃ち合わされる刃は次第に早く激しくなり、されども互いに一歩も引く事なく打ちこまれる。

「((魔剣|ブレイド))、((放射|バースト))―――!」

「紫電一閃!」

 龍斗が魔力刃を放出する。

 合わせたシグナムが剣激を打ち込む。

 互いの力が相殺し、爆煙を上げる。

「――神速――!」

 体術の加速で煙の中、シグナムの横に張り付き、剣を振り降ろす。

 それを身体を捻る様にして躱したシグナムは、その勢いのまま横薙ぎに剣を振るう。

 今度はクイック・ムーブで下がって回避した龍斗が、そのままバネの様に跳ね返って刃を振るう。

「レヴァンティン!!」

「Explosion」

 シグナムはカートリッジロードをし、レヴァンティンをチェーンエッジに変える。そして、周囲一体を切り刻む様に刃を巡らせる。

「陣風烈火!」

 チェーンエッジが周囲の空間を悉く切り刻み、煙すら吹き飛ばし、僅かな隙間さえも消し去ろうとする。

 弾幕より恐ろしい斬激の嵐の中、それでも迷わず、龍斗は更に加速して踏み込む。その目はいかな攻撃一つも逃すことなく捉えきると物語るかのように細められる。

 一刃目、袈裟懸けに薙がれる刃を姿勢を低くして躱す。

 二刃目、水平に流れる低空の斬激を足だけ逃がすように軽く飛んで躱す。

 三刃目と四刃目が、クロスして同時にやってくるのを、身体を捻り、横に避けて素通りする。

 五刃目はサメの背ビレの様に蛇行しながら攻め来るが、これも正確に見極め紙一重で回避する。

 残りは……正面のシグナムが射程に入る。

「((魔力装填|イグニッション))、((重装|フラクタル))―――」

 刃に多重に魔力を込めた龍斗はそのままシグナムに斬り―――掛らずに飛び越えるように通り過ぎる。その一瞬後、レヴァンティンの切っ先が先程まで龍斗がいた場所に上空から突き刺さる。

 シグナムの背後を取る事が出来た龍斗は、浮遊魔法を駆使しながら空中で逆さまに回転し、その背中目がけて一刀を放つ。

「((全力|フル))、((解放|ドライブ))―――!」

 多重装填された魔力の刃が、背後からシグナムを襲う。

(剣は間に合わない! 決まる……っ!)

 そう確信した龍斗だが、次の瞬間、その期待はあっさりと打ち破られた。

 龍斗が放った一刀に、確かにシグナムの剣は間に合わなかった。だが、シグナムが受け止めたのは剣ではなく、己の鞘だった。

 多重に織り込まれた魔力の刃は、シグナムの鞘によって受け止められた。その事実が龍斗に驚愕を覚えさせ、隙が生まれる。

「Explosion」

 カートリッジがリロードされ、剣に戻ったレヴァンティンの刀身が燃え上がる。

「はあああああぁぁぁぁっ!!」

 両手で剣を握り、渾身の一刀が龍斗に迫る。

 咄嗟にクイック・ムーブで後方に下がりつつ、魔剣(ブレイド)を施した刀で受け止め、いなそうとするが―――!?

 

 ガギィィィーーーーーーーーーーーーッ!!

 

 重い鉄の音と強力な爆発音が重なり、強烈な衝撃が龍斗を襲う。

 飛びかけた意識を必死に引き戻し、ほぼ本能で体勢を立て直す。

 どうやら今の一撃で空中に吹き飛ばされたらしく、龍斗は空高くに浮遊していた。

 視線を前に向けると、既にシグナムが対峙する位置に飛んで来ていた。

「驚いたぞ。以前会った時から二週間と経っていないと言うのに、ここまでやれるようになっているとはな」

「……」

「ん? どうした? 呆けた顔をして?」

「……え? ああ、すまん。……その、いや、……ははっ」

「な、なんだ? 急に笑い出して?」

 訝しむのはシグナムだけではない。地上から見上げる三人も、首を傾げていた。

 龍斗は笑いながら、シグナムに向き直る。

「俺は……、皆に会えてよかった」

「? どうした突然?」

「俺が初めて時食みと戦ったのは、一、二年くらい前の事だ。自分の魔力量のデカさに思い上がって、制御できもしない儀式魔法を使ってしまった。結果は……まあ、火を見るより明らかなもんでさ」

 龍斗の独白にシャマル達メンバーは少し驚く。今までの彼の行動や結果、言動や表情からは、そんな事があったなど少しも感じさせなかった。

 いや、そもそも龍斗が自分の事を素直に語っている所自体、一番付き合いの長いシャマルでも聞いた試しがないのだ。

「あの時、大怪我して、自分の未熟さを思い知ったけど……。正直今までどうすればいいのかなんて解ってなかった。何をすればいいのか、どうすれば強くなれるのか、何も解ってなかった……」

 「けど……」と彼は続け、刀をシグナムに向ける。

「シグナムと闘ってそれが解った」

 空を蹴り、クイック・ムーブで龍斗が駆ける。

 振り下ろす刃をシグナムは正面から受け止める。

「シャマルに会えてよかった! シャマルに会えなければ、俺は癒しの力の大切さを理解しなかった!」

 再び繰り出される剣激。受け止めるシグナムが違和感に眉をひそめる。

「はやてに会えてよかった! はやてに会えなければ、俺は浮遊を覚えようともしなかったし、何より近接戦の苦手な相手を嘗めていた!」

 三度繰り出される剣激。その表情に動揺が現れ始める。

「キャロと出会えてよかった! キャロに会えなければ、俺は召喚術の凄さってのを何一つ解っていなかった!」

 ついに龍斗の剣激がシグナムの剣を払った。

 開いた懐に向けて、膝を入れ、その場で身体を後ろ向きに、くるんっ、と回転させ踵落としを叩き込み地上まで落下させる。

 落下したシグナムは、地面に激突するギリギリでクッション系の魔法陣を三重に展開して激突のダメージを相殺する。地面に立ち、再び剣を構えると、正面には刀をしっかりと握った龍斗が誇らしい表情で立っている。

「そして、シグナムに会えてよかった。シグナムに会えなければ、俺は本当に強くはなれなかった」

 柄を握る手にさらに力を込める。刃に膨大な魔力が溢れ、ついに刀身に収まりきらないほどの魔力が刀の形状に固定される。それはまるで刀の刃が、更に巨大な大太刀に変わったかのようだ。

「俺は今日、お前に勝って、仲間にして! 強くなって! もっと強くなる!!」

 真直ぐな想いが、突きつけられた刃の切っ先から放たれた様に、シグナムの胸に強い衝撃が走った。

(なんだ? これは……?)

 その衝撃は、ゆっくりと鼓動を大きくしていき、次第に気持まで高揚させていく。

(なんだ? これは……!?)

 ドクリッ、ドクリッ、と心の臓から熱が体中に送られる。

(なんだ!? これは……!?)

 巡る熱が気を高め、シグナムの想いを昂らせる。

(なんだこれはっ!?)

 そして、その昂りは爆発した……。

 

 ドガァーーーーーーーーーンッ!!

 

 その爆発は魔力の奔流―――体内から溢れる想いの激流。シグナム自身がここまでヒートアップするのは初めての経験だった。だが、それでも彼女は気持を抑えることなく解放する。

 目の前の相手を見据え、次の瞬間、手加減無用本気の一撃を放つ。

「!? ((防御術式|ディフェンス))、((重装|フラクタル))―――!」

 その脅威を感じた龍斗は、障壁を幾重に織りなし展開する。その数なんと六つ。一瞬でこれだけの障壁を瞬時に展開できる術者はそうはいないし、一枚に要した魔力の量を考えれば、かなりの防御力。正に鉄壁がそこに完成する。だと言うのに―――、

 

 バキャラァァーーーンッ!!

 

 シグナムの炎を纏った一刀が、展開された五つの障壁を一息に打ち砕いたのだ。

 さすがに驚愕をあらわにする面々。龍斗自身も防御に集中しながら、驚きを禁じ得ない。そしてシグナムも、まだ止まらない。剣を振り上げ再びもう一刀が振り下ろされる。

「((術式強化|エンプス))―――!」

 咄嗟に残り一枚の障壁に魔力を注ぎ防御を強化する。

 シグナムの一刀が炸裂し、障壁との間で火花が飛び散る。

「はあああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「((全力解放|バースト))―――!!!」

 互いに渾身の魔力を注ぎ押し合う。

 シグナムの炎剣が障壁に食い込む。

 龍斗の障壁が炎剣を跳ね退けようとする。

 どちらも力で押し合うしかない力勝負に完全に拮抗する。―――かに見えたのは一瞬だった。

「レヴァンティン!!」

「Jawohl.」

 鬩ぎ合いの最中、レヴァンティンがカートリッジをロードする。

「! ((装弾魔力|イグニッション))、((解放|バースト))―――!」

 龍斗も瞬時に装填しておいた魔力を防御に叩き込む。

 カートリッジ一発分を耐え切る―――が、

 

 ガギィンッ!

 

 二発目が装弾される。

「!」

 

 ガギィンッ!

 

 三発目が装弾される。

 

 ガギィンッ!

 

 四発目が装弾される。

「え! ちょっ!?」

 

 ガギィンッ!

 

 五発目が装弾された。

「んなっ!? 無茶な―――っ!?」

 障壁が砕け、烈火の刃が龍斗に迫る。

 咄嗟に刀で受け止めるも、シグナムの剣は衰えを忘れた龍の如く突き進む。

「たった斬れーーーーーっ!!!」

 主の咆哮に応えるが如く、レヴァンティンの刀身が龍斗の魔剣(ブレイド)を打ち破る。

 炎の斬激をまともに受け、爆発と共に吹き飛ばされる。だと言うのに、吹き飛ばされながら龍斗の表情には笑みが漏れ始める。

「ははっ! すごいっ! まさか真っ正面から打ち飛ばされるとは思わなかった!!」

 笑みを強くし、龍斗の足元に魔法陣が生まれる。丸い円の中に、ミッドでもベルカでもない独特な文字が浮かび上がっている不思議な物だった。龍斗はその陣を踏み台にして、クイック・ムーブで再びシグナムの元に近接する。

「何だか悔しいのに……っ! とっても楽しい!!」

 勢いのまま刀を振り抜く。正面から受け止めたシグナムだが、今度の刃は魔剣(ブレイド)ではなかった。

「((補助術式|ブースト))―――!!」

 龍斗の命令と共に刃の峰から火力が噴射され、ジェットエンジンの様に刃を押し込む。

「ぐうっ!? う、う、ううぅぅぅ〜〜〜〜……っ!! ああっ!?」

 拮抗は僅か、推進力を得た龍斗の刃がシグナムを力任せに吹き飛ばす。

 空中で身体を回転させて体勢を立て直したシグナムは、両足で着地して笑みを龍斗に向ける。

「私もだ……っ! これほどに戦いの場で高揚したのは初めてだ!」

 更に魔力を噴き出しながら、シグナムは笑いながら突進する。

 迎え撃つ龍斗も魔剣を発動して正面から勝負する。

 正面から切り込んだ龍斗の太刀は、しかし、今度はシグナムが飛び上がり躱し、空中から斬激を放ってくる。

「っく!」

 斬激に反応してしゃがみこんで躱す。地面を転がりながらすぐに起き上がって振り向きざまに斬りつけると、予想通りシグナムが追撃していて、その一撃を受け止める形になった。

「だったら、全力! 出しきってもらうぞ!」

「望むところだ!」

 鬩ぎ合いの中で、二人は愛の告白でもするように叫び合う。

 いや、それはある意味間違いではなかった。

 互いに剣士として、近接戦でこれほどまでに戦い合える相手はいなかった。

 

 好敵手。

 

 正にそれだ。

 心も、体も、技も、業も、全てにおいて相性がいい。戦いの中で片方が高ぶればもう片方が引っ張られて更に高ぶる。それを繰り返し、二人の想いが絆となって惹かれ合う。

「火龍一閃!!」

「重装(フラクタル)一斉(フル)解放(バースト)―――!!」

 鉄が鳴り響く。魔法が爆ぜる。地を駆ける音、空を駆ける音。空を切り裂き、互いの想いをぶつけ合い、全力と言う名の一刀を、必殺と言う名の一撃に籠めて互いに放つ。

 止まらない。止められない。止めたくない!

 龍斗は思う―――。

(この出会いに感謝を!)

 シグナムは思う―――。

(この出会いに感謝を!)

 二人の想いは重なり、剣を、拳を、刃を、蹴りを、技を、魔法を、己の全てを駆使して鬩ぎ合う。

 それは、偶然二人が同じ剣士で、同じように近接戦を得意とする魔導士で、そして、どこか似ている所があったから生まれた……瞬きの時間(憩い)だった。

 

 

 この光景を傍から眺めていた三人は、もはや呆然と見つめるしかなかった。

「龍斗さん……、空中戦と地上戦を同時に演じてますけど……、確か空中戦(エアリアル)を覚えたのは、三日ほど前だったと思うんですけど?」

 シャマルの疑問に知らなかったキャロが驚いて目を向ける。修行に付き合ったはやても、その光景を前に驚嘆していた。

「せや、しかも私が教えてあげたんは簡単魔法の操作運用。基本的な術式の組み方だけや。近接戦なんて教えてあげられへんし、龍斗くんの魔法はデバイスがない所為か、ちょっと妙な事になっとって、バレットも教えれてへん。せやからキャロの時はできるだけ飛ばへんでいい様に戦っとったし、一撃必殺が基本やった。大技も無いから、長引けば逆転は難しい。一度ひっくり返った盤上を返せるだけの火力があっても爆発できひんからなぁ。それが龍斗くんの弱点やったはずや……せやけど」

 はやては龍斗を見る。

 龍斗はシグナムの剣を蹴り上げ、開いた懐に刃を振り降ろす。が、それを鞘で受け止められてしまい、反撃とばかりに側頭部を蹴られてしまう。だと言うのに、龍斗は笑う。楽しそうに笑い、片手で刀を振り降ろしシグナムの剣を抑え、もう片方の手で鞘を持つ方のシグナムの腕を掴んで押さえる。そして突き上げた蹴りをそのまま落とし踵落としを肩に入れる。よろけた所に更に剣激を叩き込むが、それを剣で抑えられて止められてしまう。そしてやはりシグナムも笑みを返す。

(シグナムがあんなに楽しそうにしてるんは、家族として暮らしとった間を含めても初めての事や)

 家族が笑っている事に喜びを感じるはやて。その温かい喜びは胸から溢れ、いつしかそれを作ってくれた少年へと視線が固定される。

(龍斗くんが、変えてくれたんか)

 それを自覚するととても心が温かくて、何だかくすぐったくなっていく。

(ホンマ、家族に無自覚に笑顔を作ってくれるのに、一番世話の焼ける……弟みたいな子やなぁ〜〜)

 

 

「龍斗さん……」

 はやてが黙ってしまった間、シャマルも同じように龍斗を見つめる。

 彼女の頭の中では、戦いの最中で言われた言葉が反芻している。

「『シャマルに会えてよかった』……」

 誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、その言葉を噛み締める。

 胸のドキドキが止まらなかった。鼓動が速くなり続け、壊れたように激しく跳ねまわる。だと言うのに、それは嫌な感じではなく、とても気持ちの良いモノだった。

「わたし……」

 何処か熱に逆上せたように、シャマルは龍斗を見つめ続ける。

 少しずつ……、少しずつ、彼女は自分の胸に芽生えた物を自覚し始めていた。

「龍斗、さん……」

 その声は何処か苦しげで、そして幸せそうに、呟かれた。

 

 

 現状一番複雑な心境に合ったのはキャロ・ル・ルシエだった。

 彼女は正直に言って龍斗の事があまり好きではない。いや、人生初めての嫌いな相手と言っても間違いではなかった。

 本人、女性的な意識がどのくらいあるのかと言うと、事故で胸を触られたくらいは気にしない―――もとい、それがそう言った類であると気付かない程に疎い。だから、龍斗にされた行為は、彼女にとって初めての女性としての自覚だったのかもしれない。

(あんな人がこれから私達を引っ張っていくだなんて絶対いやです! ……うぅ、でも最初に約束しちゃいましたしぃ〜〜……)

 そんな葛藤が在ったためか、キャロは常に龍斗の事を視界に捉え、様子を窺う様になった。隙を見せれば何をするか解らない。そう考えていたのだ。

 だが、実際に龍斗が自分からそんな事をするわけも無く、傍目からはキャロの一人相撲の様な形になっていた。

 それに、ずっと見続けたことで解る事がある。龍斗は普通に堅実だと言う事だ。

 はやてとの訓練の時は、言われた事を素直に受け止め、その上で自分に合う形を模索していく、基本は基礎を元に、そこから自分らしさを引っ張り出す。龍斗にはそれが出来た。そして、それができるからと言って天狗になる事も無く、解らない事は素直にはやてやシャマルに訪ね、手探りでも模索していくのだ。中には専門外でどうしてもキャロに訪ねなければならない内容があった時、嫌われていると解っているはずなのに、反射で罵声を浴びせるキャロに苦笑いしながら聞いていた。

(ただ撃たれ強いだけ……ですよね……?)

 『優しい』と言う言葉を使うのを躊躇い、ついそんな捻くれた事を考えてしまう。そう思うと、彼女もさすがに自分の心境の変化に気づく。

(私、どうしてこんなにムキになってるんだろう?)

 それはまだ、女を自覚したばかりの少女には答えのでない話。だが、彼女はその答えが知りたくて、少しずつ前に進む。

(龍斗さんは……どんな人?)

 そう疑問に思いながら、二人の戦いを見ていた。そして龍斗が言ったのだ。

「キャロと出会えてよかった! キャロに会えなければ、俺は召喚術の凄さってのを何一つ解っていなかった!」

(……ッ!)

 胸に杭でも打たれた様に強く心臓が跳ねた事に、キャロは訳が解らなくなるほど動揺した。今、胸を撃ち抜いた物は一体何だったのだろう? そんな疑問に胸を焼き焦がされながら、勇ましく戦う龍斗を見つめる。

「……少しくらいは、……認めてあげても、いいかも、です……っ」

 何処か拗ねるように、しかし怖がりながらも、歩み寄る様に彼女は一人だけで呟いた。

 

 

「伊吹!」

 突きの後に放たれる三連続の刃、しかし、そんな程度の剣術は今のシグナムには遠く及ばない。

「陣風烈火!!」

 チェーンエッジが空間を統べ、周囲から一斉に切り刻んでゆく。

「山彦!!」

 今度は龍斗が技を打ち破る。飛来した切っ先を刀で撃ち返し、シグナムに向けて飛刀させる。

 切っ先を躱しレヴァンティンを瞬時に剣に戻す。

 そして―――、

「でああああぁぁぁぁっ!!」

「だああああぁぁぁぁっ!!」

 互いに加速魔法で前に出て―――剣激が交差する。

 龍斗の腕に裂傷ができ、血が迸る。

 シグナムのリボンが切れ、髪がほどける。

 二人は一度剣を下げ、互いに向き合う。

「ここまでだな」

 シグナムの言葉に龍斗も頷く。

「ああ、ここまでだ」

 それは戦いの終わりを示し合わせた言葉。されど、終了の金の音ではない。

「もう私はお前に付き合ってやれるほどの魔力がない。残念だが次で最後の一撃になるだろう」

「いいさ、俺も正直、身体の方が限界だ。いくら魔力が残っててもこれ以上は長く戦えそうにない」

「ならば―――」

「ああ、だから―――」

 シグナムが剣を鞘に収め、……構える。

 龍斗が刀を視線の高さに上げ、突きの体勢に入り、……構える。

「煌牙一閃……、これが今、お前に放てる最強の一撃だ」

「へえ、凄い技があるんだな。……悪いが俺にはそんなスゲー技は一つも無い。俺にできるのは、残りの魔力を可能な限り((魔剣|ブレイド))で強化した、最大の一刀だけだ」

「構わん、及ばなければ斬る」

「いいぞ、その上で超える」

 二人は笑う。まるでやっとで会えた恋人に、自分の想いを全て伝えられるかのように、二人は幸福を感じていた。

 

 静寂……。

 

 極限に集中が高まり、互いに一部の隙も無い、闘気のぶつかり合いが世界を占める。

 ただ見守るだけだった三人まで、この空気に中てられ誰一人まともに動けなくなっていた。

 あまりの緊張の中、誰かが耐え切れずに息を呑んだ。

 

 刹那―――。

 

 二匹の龍は放たれた。

「煌牙―――!!」

「((魔剣|ブレイズ))―――!!」

 音は虚無に沈み、掻き消され、魔力の激突による光と爆発だけが轟いた。

 その巨大な爆発は周囲に衝撃の余波をまき散らし、はやて達の方にまで突風が及ぶほどだった。

 爆発が止み、そこには一人が座り込み、そして一人が立ち続けていた。

 その立っていた人物は―――、

 

「俺の勝ちだな、シグナム」

「ああ、私の負けだ」

 

 互いに全力を尽くし、その健闘に祝杯を上げるように、龍斗は満面の笑みを向けてシグナムに手を差し伸べる。シグナムも彼女には珍しい、柔らかな笑みで応え、立ち上がる。

 

 ハラリ……、

 

「え゛……っ!?」

 途端、龍斗の世界から時間が止まった。

「……」

 同じく、シグナムの方も時間が止まった。

 その理由は案外とても簡単な事だ。簡潔に述べよう。

 龍斗の強力な最後の一撃を受けたシグナムのバリアジャケットは、その衝撃に耐えきる事が出来ず、良い感じに吹き飛んで肌蹴ていたのだ。

 つまり見えまくっていると言う事だ。

「ま、」

 そして、こう言った場合、須らく女性の方が復帰が早い。

「またか貴様はーーーーーーーーっ!!!」

 バチコーーーンッ!

「はふぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」

 頬をビンタで打たれた龍斗は吹き飛ばされて地面に転がる。転がった先にいたのは……、三者三様の怒りを顕わにするはやて達だった。

「や、や、やっぱり認めてなんてあげませんっ!! 少しは見直した私がバカでした!! フリード!!」

「ちょっ!? 待ったキャロ! そこでフリードを解放するってのはやり過ぎなのではっ!?」

「私の家族を辱めるなんて……ええ度胸しとるやないの〜〜? 覚悟できてるんやろうな?」

「は、はやて、目が怖い……! その見ただけで相手を石にしてしまいそうなほど蔑んだ目がとっても怖いっ!!」

「あらあら龍斗さんったら? どうして一々皆を脱がしたり触ったりとしないと気が済まないんでしょうね? っていうか……なんで私だけこう言ったのがなかったんですか? そこに何の意味があるのか問い正してみる事にしましょう♪」

「笑顔の威圧はもっと嫌だ! って言うか、シャマルが怒る所はなんかズレてない!? まずは冷静にそこから考えて―――!」

「龍斗……、貴様……」

「ああ〜〜〜っ! やっぱり明確な怒りも普通に怖い! ごめんシグナム! そんな事するつもりは―――!!」

「「「「この、エロエロ大魔王〜〜〜〜〜っ!!!!」」」」

「誤解なんだ! 止めて〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 後日、シグナムはしっかりと仲間になってくれました。

 

 

 

 

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・第九 『闇』

 

 0

 

「は〜〜いっ! 今日はこの辺にしとこうか〜〜〜?」

 はやての号令に、龍斗は刃を刀室に収めた。その向かいで同じくシグナムも剣を鞘に収め、バリアジャケットを解除している。

 シグナムが仲間になってから、二人はほぼ毎日剣の修業に明け暮れている。互いに近接戦を好む剣士として、惹かれ合うところがあるのか、ほぼ毎日、どちらからと言う事も無く練習試合をしていた。放っておくと、仲間になってもらう時と同じく、倒れるまでぶつかり合ってしまう。そのためシャマルの仕事が比例して増え過ぎ、ついに倒れてしまったのだ。以来、二人が無理な訓練をし過ぎないようにはやてが監督するようになった。

 二人はシャマルに迷惑をかけるつもりもないし、はやての言い分は最もなので素直に従っているのだが、どうも不完全燃焼なのか不満が顔に出てしまう。これについてはキャロの「またやり過ぎて脱がされるかもしれませんよ!」の一言で解決した。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 二人は礼をして感謝を述べる。別にちゃんとした試合でも稽古でもないのだから、こんな事はしなくていいのだが、最初に龍斗がやりだしてから、終わった時にはこれをするのが暗黙のルールになっていた。

「そしたら二人とも、ご飯にしようか?」

 そう言ってはやては、広げたシートの上にお弁当を広げる。

 シャマルとキャロが全員分を配置し終わると、皆揃って手を合わせる。

「「「「「いただきます」」」」」

 皆一様に箸を持っておかずを取っていく。我先にと欲張る人間もいないので、食事は静かに、しかし温かい空気に包まれながら軽い談笑に花を咲かせる。

「へ〜〜、この料理ははやてとキャロが作ったのか? すごく旨いぞ」

「ありがとうな」

「きっと誰にでもそう言うんです……」

「……うぅ」

 相変わらずのキャロの距離感に苦笑いを浮かべてしまう龍斗。ここ最近一緒にいて解ったのだが、キャロは本来とても優しい純粋な女の子と言う事だ。なのに自分はここまで嫌われていると言う事に、彼女の傷心の大きさが窺える。

 他の皆はさすがに過ぎた事だと許してくれたが、キャロだけは、はやて達に宥められてもずっと膨れたままなのだ。

(いい加減仲直りしないとな……)

 最初に会って話をした時は純粋でいい子だった。あの頃の彼女とまた会話がしたいと心中溜息を吐くのだった。

 暗くなりそうな雰囲気を振り払おうと話題を続ける。

「ところで、シャマルとシグナムは料理とかってしないのか?」

「しないな。料理は肌に合わん」

「えっと……、その〜〜」

 何処か苦い顔で言うシグナムと、何だか要領を得ないシャマル。

 どうしたのかと首を傾げる龍斗。

「どうしたんだ?」

「いえ、……そのぉ〜、私は料理勉強中で〜〜……」

「そうなんだ? でも、それならいつかシャマルの料理も食べてみたいな。良かったら今度作ってくれない?」

 その瞬間、皆の箸の動きが止まった。その表情には一様に緊張が走っている。龍斗とシャマルを除いて。

「え? え? 食べて下さるんですか!?」

「シャマルが作ってくれるって言うなら食べてみたいかな?」

「じゃ、じゃあ! 今度は作ってきます! いっぱい頑張って、腕によりをかけて作っちゃいますから、絶対に食べてくださいね!」

「ああ、その時は是非いただくよ」

「本当ですか? 残しちゃイヤですよ?」

「俺は俺のために作ってくれた物を残したりなんてしないよ」

「はい! 約束ですよ?」

「解った約束だ」

 シャマルは満面の笑みを浮かべると、幸せそうな表情で食事に戻る。

 龍斗もシャマルが喜んでくれたのが嬉しくて、笑顔で食事に戻るのだが……、不意に隣から肩に手を置かれた。振り向くと神妙な顔をしたシグナムが、やたらと真剣(マジ)な声で告げる。

「できる事なら生きて帰って来い」

「その、まるで戦場で味方が撤退するまでの時間を稼ぐために単身乗り込むと宣言した部下に上司がかける様な台詞は何なの?」

 シグナムは答えずに食事に戻ってしまう。

 疑問に思っていると、今度は自分の皿におかずがたされた。視線を向けるとはやてが微笑みを向けている。

「今の内にしっかり食べときや」

「今度は最終決戦前に母親が腕によりをかけた晩御飯を食べているみたいな心境なんだが?」

 やはり、はやてもそれ以上何も応えない。

 すると今度は隣に座っていたキャロがニコニコと笑みを向けている。

「なに?」

「いえ、はやくシャマルさんのお弁当が食べられると良いですね♪」

「かつて、ここまで何でもない日常会話で、不安を感じた事があっただろうか?」

 そして当然、誰もその答えを開示してくれる者はいなかった。

(な、何がどうなるんだろう……? よく解らんのに危機感だけがひしひしと伝わってくる……)

 考えても仕方ないので、考えないようにして食事に戻る。

「……そう言えば、言おうと思っていた事なのだがな」

 食事を終え、皆で「ごちそうさま」をして片付けている最中、シグナムが龍斗に言う。

「ん? なんだ?」

「そろそろお前もまともな技を身につけた方が良いと思ってな」

「技?」

「お前の使う固有スキル、『ブレイド』と言ったか? アレは持久戦には向いているが、一撃必殺に欠ける。お前は『ブレイド』の魔力を開放したり、重複させることで補っていたようだが、それではやはり威力に欠ける。ここぞと言う好機に最大の一撃を見舞う。それが出来ていない。せっかく大量の魔力があるのだ。全力でも使いきる事が出来ないのでは自分の力を物にしているとは言い難いぞ」

「それも……そうか……?」

 考えてみれば、龍斗は己の固有スキル以外の魔法は、簡単なバレットシュートやクイック・ムーブ、他には自分が誰か(、、)に教わった基礎的な術式生成くらいだ。シグナムの様な必殺の一撃があるわけでも、はやての様に魔力量を応用した大型儀式魔法を使えるわけでもない。後方支援タイプでも無いので、この事実は痛手である。

「もし、思うところがあるなら、早めに技の開発をするといいぞ」

「そうだな……、ちょっと考えてみるよ」

「なんやったら、シグナムに技を教えてもらったらどうや? 同じ剣使いやし?」

「「いや、無理だ」」

 はやての提案に二人は同時に首を振って否定した。

 あまりに息の合った行動に、無意味にショックを受けてしまうはやて。

「同じ武器を使っているとは言え、龍斗と私では戦い方が全く異なるのです」

「たぶん、シグナムは騎士で俺は剣士、って感じなんだろうな? 目的とする剣技が全然違う」

「そうだな……。解り易く例えるなら、私が一対一を目的とした戦い方。龍斗のはどちらかと言うと多対一を目的とした、いわば『殲滅』を目的としているように見受けられる」

「え? そうなの? 俺、自分じゃそう言うのよくわかんないかも?」

「ああ、龍斗の戦い方は常に目の前以外の敵にも注意を払っているように思える。今までは経験不足からその才能が発揮されていなかったが、今となればこれは相当な武器となるだろう。特に時食みとの戦いでは、これほど頼りになるスタイルはないだろうな」

 べた褒めされた龍斗が照れながらも「いやいや、」と、謙遜する。

「シグナムが稽古付けてくれてるからだよ。魔法ははやてに教えてもらってなんとかだし。……ん? いや、まて? 考えてみたら俺、Sランクオーバーの二人に教師になってもらってんだよな?」

 あれ? これって物凄い事なんじゃ? っと、今更自分の置かれている状況に気付いて焦り始める龍斗。

「や、やっぱ俺はすごい! 凄くなきゃ嘘だ! 二人に教えてもらってるんだからそうじゃないとおかしい!!」

「いや、そんなフォローの様に力説されても……」

「なんや、無駄に照れて損した気分や……」

 苦笑いする二人に龍斗は自分の発言はもっと考えてからしようと心に誓った。

 

 

 シグナムに言われて数日、新技の開発に付き合ってもらっていた龍斗だが、龍斗自身の魔法術式妙に異質と言う事で、中々上手く行かず煮詰まってしまう。頭を冷やす意味も込めて、龍斗は一人で山籠りなどをして自身の鍛練に励む事にした。

「シャマルから弁当も貰ったし、食べる時が楽しみだな」

 お弁当ははやてとキャロも作ってくれたのだが、この時はやてから忠告を受けていた。

 

「シャマルのお弁当は最後に食べるんやで! 途中で食べようとかしたらあかんよ!」

「え? なんで?」

「何でもや! ええな!? これは最終手段なんやからな!」

「は、はい……」

 

 っと言う会話があった。

 意味は解らなかったが、龍斗は素直にそれに従う事にした。

「さて、何から始めるかな?」

 鍛練の為に山籠りしに来た龍斗だが、かと言って緊急時に遠くて連絡が取れない。っでは問題があるので、そんなに離れた場所にまでは来ていない。精々日帰りできる距離だ。

「技と言ってもどう言う風にすればいいんだ? どうすれば開発できるんだよ?」

 技と言うモノに縁遠かった龍斗は、その時点で躓いてしまう。

 とりあえずシグナムの技をヒントに、モノマネから試してみる事にした。

 下手に攻撃の余波が被害を出さないように、山の中にある滝を相手に試す。

「紫電一閃!」

 魔力を乗せて居合を放つ。

 魔力の刃が十メートルの滝を逆流させた。

「う〜〜ん……、ダメだ。コレただの魔力斬激だ。居合にしたからちょっといい感じになったけど、これ既に真似でもないし、実践で技として撃っても、衝撃ばっか強くて一撃必殺には程遠い」

 十メートルの滝を逆流させておいて駄目だしする男がいた。

 再び戻ってきた滝が水面に小さな津波を起こし、騒がしい水音が響き渡る。

「ん〜〜……? 結局『技』って、一度にたくさんの魔力を集めて、一気に撃ち出す様なものだろ? でも俺は砲撃タイプじゃないし、シグナムは剣技に魔法を加えることで『技』にしてたよな? だったら俺も剣技に魔法を……って、それ普段俺がやってるのとどう違いがあるんだ?」

 ついに地面に胡坐を掻いて考え込んでしまう。もともと頭を使う方は苦手と言うわけではないが、得意と言うわけでもない。どちらかと言えば『感じる』方なため、漠然とした知識だけでは技の開発になど辿り着けるかも怪しかった。

「ええいっ! 解らない物を解らないまま悩んでも仕方ない! こうなったら思いついた事全部やってやろう!」

 そう言って立ち上がった龍斗は「まずは徹底的に魔剣(ブレイド)を極める!」と言って多種多様なパターンんを試してみる。

「((重装|フラクタル))―――((装弾|イグニッション))―――((解放|バースト))―――((全力|フル))―――((補助|ブースト))―――((接続|リンク))―――((強化|エンプス))―――((固定|セット))―――((効果|エフェクト))―――((拡散|クラスター))―――」

 己が知っている限りの基礎術式を組み上げ、それを攻撃に応用して必殺の一撃になる様に試していく。しかし、どれをどのように扱ってもムラが出来たり、しっくり来なかったり、勝手が悪かったりと完成には程遠かった。

 余談だが、彼の修業に付き合わされた滝は、何度も逆流させられ、うっかり外した攻撃で地形が変わってしまっている事を、ここに記しておく。

 1

 

「――はだよ―――付属―――よろ――ね――――前は――?」

「―――――」

 

ザッ……ザザッ……ザザーーーッ!

 

「うん――だよ―――きっと――――から」

「――――――か?」

 

ザッ、ザッ、……ザザーーーッ!

 

「――つか―――――えてね?」

「――――――約束する」

 

ザザッ、ザッ……ザーーーーッ!

 

ザ――――――――――――――――――ッ!

 

ザ……ッ!

 

「――――――」

 

(!!)

 

ザ――――――――――――――――――ッ!

 

ザ――――――――――――――――――ッ!

 

ザ――――――――――――――――――ッ!

 

ザ――――――――――――――――――ッ!

 

ザ――――――――――――――――――ッ!

 

 2

 

「……んあ?」

 目を覚ました龍斗は、そこでやっと自分が眠っていた事に気付いた。

 いつの寝てしまったのか憶えてはいないが、昨日は魔力が尽きるまで練習しようとして、だがバラエティーの少ない龍斗の魔術知識では、魔力切れを起こす前に試す事が尽きてしまい「それならいっそ、使わなかった頭を使ってみようじゃないか!」となった。そこからしばらくしての記憶がない。

「まさか……、考え過ぎて寝落ちしたって言うのか? そんな安易な……」

 あり得て欲しくない可能性に悩まされながら、龍斗は頭を抱える。

(それにしても……、なんか毎回見るのとはまた違った妙な夢だったな……、でもいつものより変だったなぁ〜〜、何かはっきりした映像があるのに、その映像がテレビの砂嵐みたいなので明確に見られなかったし……、っと言うよりあの夢、何か憶えがあるような……)

 考えに浸ろうとしていた龍斗は、その時妙な気配を感じた。その気配は自分が何度も捉えている馴染みのある気配だった。

「時食み? ちょっと数があるなぁ〜〜……」

 皆を呼ぼうか少し迷った龍斗だったが、一人で行く事にした。

 皆もたまの休暇を満喫している事だろうし、どの道、時食みは自分でなければ倒せない。皆を呼んでも危険な目に合わせるだけだろう。

「まあ、大軍勢ならともかく、この数なら俺でもなんとかなるし。時食みの巣に突貫かけるわけでもないんだから、別に良いよな?」

 結論付けた龍斗は一人、時食みの発生地点へと走る。

 

 

 3

 

 ―――その頃、龍斗メンバーは……。

「なあシグナム。最近思う事があるんやけど?」

「主もですか? 実は私も気になっていたんです」

「ああ、やっぱりか〜〜?」

「ええ、……私はこう言った事には疎い方ですが、アレは見るからに変わり過ぎですから」

「そうやよね〜〜」

 ホテルの一室で、暇潰しにトランプでポーカーなどをやっていたはやてとシグナムは、ある方向に視線だけを向けながら、同時に呟いた。

「「シャマルの機嫌が良すぎる……」」

 二人の視線の先では、龍斗の服を洗濯してベランダで干しているシャマルの姿があった。鼻歌などを歌いながら、くるくる回って踊る様に洗濯物を干す姿は、新婚ほやほやの新妻の様な錯覚を得る。その癖、「何故機嫌がいいのか?」と訪ねれば「え? やっぱり判っちゃいますか? 判っちゃいますか〜〜♪」などと満面の笑みで惚気られるのだから答えを聞く気も失せようと言うモノだ。

「ホンマシャマルどないしたん? ……いや、見てたら想像はつくけど……」

「そうですね。ですが、やはりどうしたのかと訊きたくなります……」

 龍斗の服を見つけては胸に抱いたり、赤い顔で満面の笑みを浮かべられたり、一人でキャーキャー騒ぐ姿は、誰の目から見ても火を見るより明らかな証拠が揃っていた。間違いなく原因は龍斗だ。

「あそこまでワザとらしいほど浮かれられると冷やかしもできひんわ」

「まあ、本人が幸せそうなので別に良いのですが……、しかし―――」

 続けて二人はもう一人の方に視線を向ける。そこにはシャマルとは対照的に不機嫌を露わにしているキャロ・ル・ルシエの姿があった。

 現在彼女がしているのは今までの時食みに関する情報の整理だ。いつもなら龍斗が付いた、はやてかシャマルが交代で纏めているのだが、まだ仲間になって浅い彼女に時食み対策を教えるのにちょうどいいと言う事で、龍斗が鍛練に行っている間にやらせておく事にしたのだ。ちなみにシグナムは龍斗との訓練で身体に教え込んだので、免除となっている。もちろん個人で資料を確認してもいるので抜かりはない。

 キャロは資料を真面目にまとめる一方で、龍斗からのアドバイスメモなどを見つける度に怒りのボルテージが一つ上がっていた。出会いが出会いだけに仕方のない関係とは言えるが、それでも純粋無垢なキャロとしては珍しい光景。いや、珍しいを通り越して恐ろしいとも言える。

 なぜなら、今現在、上がりに上がったボルテージが、彼女の背後に真っ黒な炎を立ち上らせ、額にいくつものバッテンマークが現在進行形で浮き上がり、寒くも無いのに手が震え始めている。相棒のフリードはとっくに恐れてはやての背中で丸くなって震えている。

「……っ、!? ……またっ」

 キャロの呟きとオーラで、龍斗のアドバイスメモがあった事が容易に解った。放っておくと周囲の植物が怒気に中てられ腐り始めそうだ。

「アレは早よなんとかせんとあかんな……」

「そうですね。一刻も早く」

 固く頷いた二人は、とりあえず二人の関係が良好な方向に向かわせる事を画策する事に決める。差し当たっては龍斗の迎えをキャロに行かせようと考えた。

「きゃはっ♪ 龍斗さ〜〜ん♪」

「アカン、こっちもなんとかせな、シグナム」

「ええ、こっちもこっちで難敵ですが……」

 思わず二人して額に手を当てて重い溜息を突く主従。龍斗のいない処で、メンバー女子の受難が始まっていた。

「るんら、る〜〜ん♪」

「………(バキッ!」

 約二名の受難は方向性が異なっていたが……。

 

 

 4

 

(どうしよっかな〜〜〜〜……っ?)

 場面は戻って龍斗の状況。彼は何故か力の入ってしまう眉間に人指し指を当てながら、力一杯悩んでいた。っというのも……、

「えいっ! このっ! とうおぉ〜〜りゃぁ〜〜〜〜〜!!」

 一生懸命な声を張り上げ、赤銅色の髪をツインテールにした少女が、平均より低い小さな体に見合わない大剣を、龍斗に向かって振り回していた。その大剣には膨大な魔力が注がれ、一撃がかなり暴力的な破壊を持っていて、子供みたいに無闇に振り回す彼女は、実に恐ろしい存在なのだが……、対する龍斗は彼女以上の規格外魔力保有者。刀に籠めた魔剣(ブレイド)の魔術にちょっと魔力を大げさなくらい注げば、片手で受け止められる。まさに子供と大人の状況にあったのだ。

「え〜〜っと……、俺何してんだっけ?」

 独り言を言いながら、ここに至った経緯を思い返してみる。

 

 時食みの気配を感知→龍斗現場に向かう→時食みを一掃→いきなり大剣を持った少女が登場→襲いかかる→ムキになってじゃれてくる子供の相手をする龍斗。

 

「……え〜〜〜っと、俺何してんだっけぇ〜〜?」

 思考がループしてしまいながら大剣の少女(子供)の相手を忘れない。

 目の前の少女(平均より結構低い)は魔力は大したものだが、技量は全くと言って良いほどない。少し前の自分でもここまで無茶苦茶ではなかったと龍斗も自賛できる。

 恐らく、今までこの圧倒的な力で無理やり押して勝てなかった相手など一人もいなかったのだろう。そのため技量を学ぶ過程が構築されていなかったのかもしれない。

「……」

「ちょっ!? なんでいきなり泣いてんのよアンタ!? 私まだ当ててないわよ!?」

「あ、ごめん……、ちょっと可哀想に思えて」

「誰の事よ〜〜〜っ!!」

 子供が棒を振り回すみたいに、巨大な大剣をワイパーみたいに振り回す子供(おバカ)が一人。

 苦い顔を通り越して呆れてしまう龍斗は、むしろ力ばっかり大きい彼女を、どう傷つけずに抑え込もうかと悩んでしまう。その間、繰り出されて剣は、全て片手で受け止めている。長所が同じ故に、実力差が明らかに出ている悲しい場面である。

 っと言うより本気でバカとしか言いようがない。剣を使うモノとして、この振り方は明らかに悪手―――否、それ以前の問題だ。腕の力だけで振ってしまうのなら未熟者と言うだけでまだいい。だが、彼女は手首の力だけで振りたくってるだけだ。同じ剣を使うモノとして軽く怒りさえ浮かぶ龍斗だった。

 やがて振り回して自分で勝手に疲れた少女が攻撃を止める。「な、中々やるじゃない?」などとほざいている姿が、子供っぽいを通り越してふざけているとしか言いようがない。大人げないと思いながらも頭の隅でカチンッと来るものがあった。

「あのさ、言わせてもらうけど、剣じゃなくて別の物使った方が良いよ? はっきり言って『才能』以前に『素質』も『資質』もないよ。相性の問題的に君の剣は『駄目』だと思う」

「ぶぐぅわぁっ!?」

 完全にはっきりと言い切る龍斗だが、彼にしてみれば大人げない怒りを抑え込んだ充分に控えめな発言であった。とどのつまり、それだけ彼女の剣が下手くそと言う事なのだが、そこまで敢えてぶっちゃける必要はない。

「だから剣じゃなくて、砲門とか杖とかにしましょうって言ったじゃないですか〜〜?」

 不意に、目の前の少女とは別の女性の声が響き、龍斗はそこに視線を向ける。そこには黒い髪の白い着物を着た女性が、何やら白い布に巻かれた長いモノを抱えて、目の前のちびっ子少女に話しかけていた。

「柊! 私アイツにバカにされた!?」

 大剣を持った少女は柊と呼ばれた着物の女性に駆け寄ると、そう言って縋り付いた。

「あーちゃん? 私の話聞いてました? 剣は止めようって話?」

「あいつ! 私には才能がないとか言うの!?」

「あーちゃん? 彼の話聞いてました? それ以前の話ですよ?」

「あいつ! 私達の大切な子供を皆殺したのよ!?」

「お願いあーちゃん、その発言は誤解を生むので止めましょう?」

「あいつ! 私の事子供を見る様な眼で見るのよ! レディーに失礼よ!」

「あーちゃんは正真正銘子供ですよね?」

「あいつ! きっと朝ごはんは酢昆布よ!?」

「ねえ、あーちゃん? 誰の話も聞く気ないのね? そうなのね?」

「あいつ! 私の事を見てて頬を上気させてた! きっと変態よ!」

「あーちゃん、そこ詳しく話してください?」

「あのね……」

「待て待て! なんでそこだけ素直に話し始めるんだ!? 事実無根だろう!」

 さすがに自分の名誉棄損に黙っていられなかった龍斗が話に割り込む。

 柊とあーちゃんと呼ばれた少女が龍斗に向き直る。

「失礼しました。私は柊。こちらはアーレス。私達、義理の姉妹などをしています」

 ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする柊に、龍斗も反射でお辞儀を返してしまう。

「これはご丁寧に、俺は龍斗です」

「はい、では墓標にはそう書いておきますね」

「いや、そこまでしてもらわなくても……え?」

 墓標と言う言葉に固まる龍斗。目のまでは柊が地面に抱えている包みの柄を打ち付け、奇怪な魔法陣を創り出すと、朗々とした呪文を口から紡いでいた。

「今狂いて≪現在が狂う≫、後狂いて≪過去が狂う≫、先狂いて≪未来も狂う≫、飢餓の病を呪われし、黒く黒く先振れの≪空腹に耐えかねた、時を食べる獣よおいで≫、牙食らいて噛み千切る≪その牙で全てを食べなさい≫。巡れ巡れ≪おいでおいで≫、此処来たりてただ従え≪こっちに来てちょっと私を手伝ってくださいな≫」

 途端魔法陣から浮き出た黒い塊が、獣の様な形をなし、柊に付き従う様に傍らに集まる。それは、龍斗が今まで葬ってきた宿敵、『時食み』の群れだった。

「!? お前達が時食みを生みだしていたのか!?」

「正確には、誰かが生み出すきっかけを作ってくださり、私達はその痕跡を利用しているだけなんですけどね」

 そう言いながら柊は時食みの群れを前に出し、自分は後ろの方に下がっていく。どうやら本人が直接戦うのは苦手のようだ。

 代わりに前に出たアーレスが大剣を掲げ、指揮するように時食み達を誘導する。

「私達の目的の為に! アンタには死んでもらうわよ! アンタの保有している魔力、時食みに喰わせれば計画は格段に進行するわ!」

「……そうか」

 勝ち誇ったようなアーレスの言葉に、龍斗は静かに言葉を漏らす。

 彼は冷静だった。胸の内側に膨れ上がる感情が、逆に心を落ち着かせ、今までにないほど落ち着いた昂りを感じていた。

 それは、無理も無い事だった……。

「やりなさいっ! アンタ達!」

 アーレスが指示を出し、時食みの群れが一斉に龍斗に襲い掛かる。四方八方から雪崩れ込む黒の群れに、一瞬で龍斗の姿は呑みこまれ……、

 円状一閃、龍斗を中心に広がった光の輪が、一瞬にして時食みの群れを一掃した。

「見つけた……」

「え?」

 あまりの事態に呆けてしまう二人に、龍斗は歓喜の呟きを洩らす。

「ついに見つけた……!」

 右も左も解らぬミッドの地で、自分を助けて育ててくれた一つの小さな町の思い出。その町を襲った黒の獣。その根源。その発端。その始原。彼の、皆の仇と言える存在―――。

「ついに見付けたぞ!」

 この日の為に強くなり、この日の為に仲間を集め、この時の為に誓った契約。彼は想いを爆発させ、魔力の解放と共に剣を構える。

「ついに見付けたぞ。俺達の倒すべき相手を!」

 疾しる龍斗。慌てて新たな時食みを呼び出す柊。少し遅れて防御の体勢に入るアーレス。

 龍斗の一撃を受け、派手に後方へ飛ばされる少女。柊の呼び出した時食みに助けられ、余った時食みが龍斗を襲う。しかし、それら全てを龍斗の刃が全て叩き伏せる。

「……! 時食みが彼の魔力を喰らえない? それじゃあまるで……」

 何かに感づきそうになる柊だが、それより早くアーレスが無茶な突貫をしかけようと試みる。

「もう〜〜っ! あーちゃん私の話を少しは聞いてよ〜〜〜!」

 半泣きになりながら柊は時食みを呼び出し、アーレスの援護に向かわせる。

「それと……っ! これっ!」

 それだけでは足りないと判断した柊は、更に補助系の魔法を放ち、アーレスの速度を格段に上げる。だが、これには龍斗もクイック・ムーブで対応してしまい、まったく意味をなさない。援護に回した時食みは時間の経過とともに反比例に数を減らしていく。生産スピードより龍斗の消費スピードが圧倒的に勝っている。

「お前らを止めれば……時食みの発生を抑えられる! ここで必ず捕まえる!」

「誰がそんな事されるか〜〜〜! プレスハンマー!!」

 剣に魔力の塊を纏わせ、ハンマーのように振り下ろすアーレス。

 それに対して、龍斗は魔剣で強化した刀の一撃で攻撃をいなし、その勢いを後押しするようにもう一撃を叩き込む。体勢が崩れた所に三回連続の斬激を叩き込む。

「五月雨!」

「アイギスの盾!」

 龍斗の斬激が煌めく。瞬間、その斬激とアーレスの間に分厚い魔力の盾が形成される。

(遠距離防御魔法か!? それなら―――!!)

「((重装|フラクタル))―――((放斬|バースト))―――!!」

 魔剣の魔術を重複し、重ねた魔力を一度に解き放つ。

 形成されていた盾は龍斗の魔力に押され、砕け散ってしまう。

「うきゃわああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!」

 悲鳴を上げて吹き飛ぶアーレス。

 時食みを大量に呼び出しながらアーレスを受け止める柊。

「これは……、正攻法では敵いませんね〜〜……。まだ切り札は切りたくないですし、ここは……!」

 周囲を見渡していた柊は、近くに村がある事を確認する。しばらく迷う様に表情を険しくしていた柊だが、意を決したように時食みに指示を出す。

 指示を受けた時食み達は、全員が一斉にその場を離れ、村の方へと流れていく。

「なにっ!?」

 その意外な行動に慌てて龍斗は対応しようとするが、数が多すぎる。全てを消し去る前に何体かの時食みが村を襲っていく。

 村人は、急な時食みの襲撃に驚き、悲鳴を上げながら逃げまどうが、次々と時食みが溢れていくので何にもが犠牲に遭っていく。

「止めろ!!」

 龍斗は魔剣の刃の延長を伸ばし、刃が届く限りの時食みを一掃していく。時には人を庇い、人を襲おうとしている時食みを優先して消し去っていく。だが、時食み達は龍斗が立ちはだかると、そこから蜘蛛の子を散らすように離れ、別の人間をターゲットにしていく。龍斗一人では対応が間に合わない。

「やめろ! やめろよ!」

 時食みに喰い破られ、悲鳴を上げる人達。中には大切な人を、家族を、恋人を食われた者もいるだろう。それだけでなく、己の命まで奪われ、何もかも呑みこまれている。守れるのは自分だけなのに、自分がこんな所にいた所為で、この事態が招かれてしまった。

 

 ―――――――

 

「やめろよ!!」

 苦い記憶が蘇る。

 自分ならなんとかなる。自分がちょっと本気を出せば何でもできる。そう思い上がって、失敗した苦い記憶。

 

 ―――――――

 

「やめろってば!!」

 自分には誰かに教えられた基礎魔術しか使えない。それ以上の力は何も持っていない。

 それに気付かないほど幼かった頃、龍斗はしてはいけないミスを、したくなかった後悔を、自分自身で引き起こしてしまった。

 

 ―――――――

 

「……ッ!?」

 龍斗の中で撃鉄が上がる。

 出来るはずの無い儀式魔法。詠唱を必要とする強力な魔法。知識の薄い自分が、巨大な魔力だけで無理矢理発動させられるわけも無いやってはいけない悪手。

 それは龍斗にとってたまらなく重い後悔の記憶。

 

 ―――――――

 

 だから彼は再び契約した。

 既に在ったそれを、再び手に握る事を選んだ。

 

 ―――――――

 ―――「お兄ちゃんは……一人なの?」―――

 

 入院中に出会った少女の言葉が思い返される。

 ―――ああ、俺は一人だ。

 だから、彼は解放する。二度と一人にならないために、沢山の大切な人を手の平から零さない為に。

 

 ―――――――

 ―――力が欲しいか?―――

 それは明確な言葉ではない。そう言った意味の意思が自分の内側から語りかけられる。

 それは断れば素直に引き下がり、受け入れれば絶大な力を送り込んで来る。

 ただ、扱いが難しい。それは何処までも素直だから、想いの強さに際限なく力を貸すから、うっかり自分が許容できる以上のモノを流し込んでしまうかもしれない。

 ―――それでも……。

 龍斗は選ぶ。

 そして告げる。

 

 ―――全てを、悪意ある全てを薙ぎ払える力を……、

 ―――全てを一刀で斬り伏せる力を……、

 ―――全てを圧倒する比類なき力を!

 

 ―――全てを悉く殲滅する力を!!

 

 ―――なら、受け取ると良い―――

 

 

 5

 

「あああああああああああああああああっ!!!!!」

 叫びではない。それは咆哮。

 言葉ではない。それは激情。

 龍斗の内に在る撃鉄が降ろされ、再契約を結んだそれが、身体の内から湧き出でる。

 それ(、、)は時食みより黒く、ともすれば赤くも見える。

 それ(、、)を形容する適切な言葉はこの世に存在していない。敢えて例えるなら『闇』と言うモノだ。

 まるで生き物であるかのように、その闇は龍斗の身体を包み込む様にゾゾゾゾ……ッ、と這い上りながら、急に俊敏に動く蛇の如く、いくつもの闇が発射される。斬激となった闇は、龍斗から離れていた時食みを悉く貫いていく。しかし、その過程の攻撃は、時食み以上に村の建造物を壊していく。

 時食みと龍斗、どちらが現在の脅威なのか、村人たちに正しく理解できた者はいただのだろうか? だが少なくとも、この場にいれば命はない。だから彼らは考える事を放棄して逃げていく。少しでも遠く、現れた驚異より遠くへと走り去っていく。

「……あれは、なに?」

 少し離れたところで現状を見ていた柊は、無差別攻撃一歩手前の闇を見て、思わず呟いていた。

 その攻撃には既に意思がある様には見えない。目の前に壊すべき対象があるから破壊している。そんな印象を受ける無茶苦茶で、『攻撃』と言うのも正しいかどうか悩まされる。

 『殲滅』ただそれだけを目的とされた闇の牙が辺りを蝕んでいく。

「でも……」

 柊は思う。逆に好都合だと。

 龍斗の纏う闇の正体は解らないが、ただ破壊する事が目的のマシーンなら、戦いようはある。

「あーちゃん。これから私が時食みに命じて、あの闇を誘導します。あーちゃんはその隙に、まだあの黒いのが纏っていない首を狙って最大パワーで切り伏せてください。今の内ならやれ―――」

「解った! 柊援護よろしく!」

 

 どぴゅう〜〜〜〜〜〜っ!!

 

「……ええ、まあ、……内容を理解した上でちゃんと役目を果たしてくれるから良いんですけどね」

 文句は言いたい。

 心中呟きながら柊は時食みに命じる。

 龍斗に襲い掛かる時食みは悉く闇に斬り伏せられていく。だが、何も考えずに近づくモノを徹底的に攻撃するので、偏った攻撃をされると、その対処も偏った方向へと流れてしまう。結果、目視でも解り易く大きな隙が出来る。

「もらったーーーーーーーーっ!!」

 背後から近付いていたアーレスは、闇の対処が間にあわないベストタイミングで大剣を振り翳す。

 

 

 6

 

 全てを壊してしまえば良い。

 駄目な物は壊してしまえば良い。

 どんな脅威も壊してしまえば怖くなくなる。

 それが正しい事だとは思えない。けど、安全な事だとは思う。

 それなら、いっそ全部壊してしまおう。

 この世界に在る全てを壊してでも、俺は……っ!

 

 ザーーーーーーーッ!

 

―――「―――から、私は君と友達になれたら、嬉しいと思ってるよ」―――

 

 ―――!?

 

 ザーーーーーーーッ!

 

 ……………。

 ……誰だったっけ?

 思い出せない。

 でも、その言葉の意味は―――憶えている。

 なら、俺はどうする?

 俺は俺だ。

 なら、これはどうする?

 放っておいたら俺は呑まれて、こいつは勝手に暴走するぞ?

 なら―――、

 なら、俺が担い手になろう。

 

 

 7

 

「!」

 龍斗は自分の意識が飛んでいた事に目を覚まして初めて気付いた。

 そしてすぐに、状況を確認するより早く、背後から脅威が迫っている事斗に気付く。

 振り返りざまに刀を振るい、その一撃をなんとか受け止める。

 

 ガギイィィィンッ!!!

 

 想像したより重い鉄の音に自分の意識が現実へと引き戻されていく。

 正面には驚いた表情のアーレスが、瞬時に剣を戻し、時食みの後方へと下がっていく。

 追いかけようとした龍斗は、自分の体に無駄に溢れた闇がまとわりついている事に気づく。まるで血液が腐ったような粘りを持つ黒い塊が、自分の足元から肩の辺りまで這い上ってきている。周囲は、自分の体に収まりきらなかった闇が、勝手気ままに殲滅に勤しんでいる。

「勝手に……っ」

 刀を持っていない左手で黒の塊を握り、力を込めて一気に引き?がす。

「動くなーーーーっ!!」

 黒の塊は霧散して、残りは龍斗を包み込む闇だけになる。

 龍斗はそれを魔力で捻じ伏せ、魔剣の魔術の応用で刃に束ねる。

「お前らも、勝手に破壊するな。俺が壊すのは、壊すべき悪意だけだ……!」

 龍斗の眼光が時食みを見据える。

 その先のアーレスを見据える。

 更にその先の柊を見据える。

「……殲滅する」

 イメージする。

 目の前に存在する時食みの群れと、その背後に構える敵二人を、一刀を持って薙ぎ払う形。

 刀に纏った闇の刃、否、黒き刃が、己の剣となり解き放たれる姿。

 彼は空想を幻想に結び、幻想を予想に書き換え、予想を理想へ昇華させ―――、

 ―――理想を現実へと再現する。

 その黒き刃の名は―――、

 

「((殲滅の黒き刃|ジェノサイド・ブレイバー))―――――――――――ッ!!!」

 

 放たれた黒き刃は、龍斗の多大な魔力を存分に掌握された強力な一撃。

 攻撃的な闇を纏い、広域を破壊できるほどの力を刃と言う形状に圧縮された斬激。

 故にそれは龍斗の振るった延長線上にしか刃は届かず、故にそれは敵のみを悉く切り伏せる。

 群れとなっていた時食みが両断され、一瞬で霧散していく。

 衰えを知らない黒の刃は、地面を裂きながらアーレスの元まで用意に辿り着く。

 反射的に魔力を込めた大剣で受け止めるアーレスだが、拮抗は一瞬、大剣は音を立てて砕け散った。

 刃がアーレスを両断する刹那、ギリギリ駆け込んできた柊が、アーレスを抱いて刃を逃れる。

「あーちゃん! 撤退するよ! アレは、今の私達が戦っちゃいけない相手だ!」

「え、あ……はい」

 あまりに圧倒的な攻撃の前に、アーレスは呆然とするしかなく、柊は冷静に逃走していく。

(時食みが食べる事の出来ない身体を持つなんて……、そんなの私が知ってる中で一つしかない。……だったら過去に儀式は成功していたって事なの? あの人はもしかして……、その成功例? だとしたら、急がないと時間が無いかもしれない!)

 柊はジャミングをかけながら転移魔法を行使する中、考えを巡らせる。

「どっちにしても……、ここは一旦リッちゃんと合流しますか」

 

 

 8

 

 龍斗は逃げていく柊達を追いかけなかった。正確には追いかけようとしたが、出来なかったのだ。

 『殲滅の黒き刃( ジェノサイド・ブレイバー )』を放ったすぐ後、突然身体にのしかかる虚脱感に襲われ、へたり込んでしまったのだ。

 無理も無い。今まで膨大な魔力を持ちながら基礎魔術しか行使してこなかった彼には、一度に大量の魔力を放出する経験などなかったのだ。故に、大量の魔力をいきなり消費した身体がビックリして、目眩と疲労を起こしてしまった。

 二人を追いかけようと顔を上げた時には既に逃げられ、追跡の技術を持たない彼にはどうする事も出来なかった。

 そのままここに居ては騒ぎを聞きつけた管理局に見つかって捕まってしまうと考え、なんとか鍛練場所のテントまで戻るが、そこで力尽きた彼は木の幹を背に倒れ込むと、そのまま襲い来る睡魔に身を任せる事にした。

 眠りに堕ちる手前、彼は歓喜を感じていた。

 自分が強くなった事、敵の正体を突き止めた事、そして、全力と言う心地よい疲労感に満足して、とても気持ちの良い表情で瞼を閉じたのだ。

 彼は誓う。

 目を覚ましたら、必ずあいつらを捕まえ、二度と時食みが現れないように原因となるモノを殲滅すると。

 

 

 

-3ページ-

 

 

・Intermezzo(間奏曲)

 

 納得いかない。

 それがキャロ・ル・ルシエの心情だった。

 彼女は現在、龍斗と言う男のメンバーに加わり、行動を共にしている。その彼が昨日、鍛練の為に一人近くの山まで出かけ、今日の昼頃に帰ってくると言う話だったのだが、いくら待っても帰ってこない。

 それは彼女にとっては別にどうでもいい事だった。正直、キャロは龍斗の事があまり好きではない。最初に会った時の印象としては、『真面目そうな純朴な人』だったのだが、それが『羊の皮を被ったエロエロ大魔王』に変わったのは勝負の後すぐだった。

 女の子の股に顔を突っ込んだのだから、キャロの心情も無理からぬ事だ。

 それでも彼女は約束だからと、彼のメンバーに加わり、共に時食みを倒す旅に付き合っている。だが、それはあくまで彼女なりの義務だ。決して親しい仲間として一緒にいるわけではない。

「なのになんで私が様子を見に行かないといけないんですかっ?」

 彼女には珍しい棘のある声で険呑を隠そうともしない。

 事の発端は、帰りの遅い龍斗を心配したシャマルがオロオロしながら騒ぎだした事が原因。はやてが言ってなんとか宥めるが、宥められて数分後にはまた騒ぎ始める。

 さすがに宥めるのに疲れたはやてはキャロに様子を見に行ってくるよう頼んできたのだ。

「どうして私なんです!? シャマルさんに行かせればいいじゃないですか! すごく乗り気だったんですから!」

 頼まれた時と同じ言い訳を零す。

 これについては、はやてから「このシャマルを下手に動かすとなにするか解らなさそうやん? 私はシャマル見とかなあかんし、シグナムは今日はお休みの日やのに動かしたら可哀想やろ?」と押し切られてしまった。

「はあ……、だからって私一人なんてあんまりです。フリードもなんでか怖がって一緒に来てくれないし……。私一人で行って、あのエロエロ大魔王に何かされたらどうするんですか!?」

 自分の体を抱いて本気で怖がるキャロ。いくらなんでも龍斗の事を恐れすぎではないかとも思える。

「いつまでも文句言ってても仕方ないですよね。もう着いちゃいましたし……」

 目的の山に辿り着いたキャロは周辺に視線を巡らせながら龍斗を探す。

 この時、龍斗の名前を呼ばずに目だけで探すのは、せめてもの抵抗だったのかもしれない。

 探すだけ探して見つからなかったら、「探したけど見つからなかった」と言って帰ってしまおうなどと、真面目な彼女らしくない事まで考えていた。

「あ……」

 それでも見つけてしまう時は見つけてしまう。龍斗の張った黄色のテントが目に入ったキャロは、諦めの溜息を吐きながら向かう。

「……あれ?」

 テントに辿り着いたキャロは、近くの木を背もたれ代わりに寝転んで眠っている龍斗の姿を認める。

「鍛練して疲れたんでしょうか? それにしたって寝るなら帰ってから寝てほしいです」

 文句を言いつつ寝ている龍斗を起こさなように隣に座り込んで顔を覗き込む。他意はなく、他にやる事がなかっただけの意図の無い行動だった。起こさないようにしていたのは、無意識の優しさからだ。

「……寝てればこの人も普通の人なんですけどね」

 非難めいた声で呟きつつ、する事も無いと寝顔を見つめる。

 時間的にはまだ日も高く、直射日光は熱く感じる。木陰に入った龍斗は、とても気持ちよさそうに無防備な寝顔を晒していた。

「……////?」

 寝顔を見つめていただけのはずのキャロは、何だか胸の奥がむずがゆいような、妙な気持になる。頬も勝手に上気して、なのに原因が解らなくて困惑してしまう。

「そう言えば……、私、人の寝顔なんてじっと見た事無いかも……」

 管理局で同室だったエリオや、お姉さん代わりのフェイトの寝顔も、殆ど記憶にない。彼女が他人の寝顔をじっと見つめる経験は、これが初めてだった。

「なんだか……、変なの。いつもみたいに物腰が柔らかそうな表情でも、シグナムさんと戦ってたときみたいな勇ましいのでもなくて、何だか……なんだか……////」

(かわいい……?)

 自分より大人なはずの青年の顔は、まるで自分より年下の様に無防備な表情を晒している。それがキャロには可愛いと思えて、何だか胸がポカポカと暖かくなるのを感じた。

「ん……、あれ……?」

「ぁ」

 途端に龍斗が瞼を開く。キャロの気配に気づいたのかもしれない。それを認めたキャロは、自分が龍斗の顔を覗き込んでいる事に気付いて無償に恥しくなっていく。

「え、えっと……! あの! これは……!? ―――なんですね!?」

 慌てて離れたキャロは、身振り手振りで何かを伝えようとして、伝える言葉が見つからずに。ただ手を振ってうろたえるばかりである。

「ええっと……、キャロ、どうしたの? こんな所で?」

「え、ええっと……! 八神司令に言われて迎えに来たんです!! 来たくなかったですけど、他に手が空いている人がいなかったんです!」

 慌てるキャロに気を使った龍斗は、自分から話題を振ってみる。

 キャロはこれ幸いと、そのネタに乗っかりいつものように反抗的に言葉を募る。だが、それはいつもと違って照れ隠しの様に勢いばかりで棘が無い。龍斗もそれが解ったので苦笑いを浮かべつつ、気楽に聞き流した。

「それで? どうしてこんな所で寝てるんですか? 予定の時間は過ぎてますよ?」

「え? あれ? そうなの? しまった……少し休むつもりだったんだけどな〜」

 龍斗の言葉が終わると同時、まるで空気を読まないタイミングで『空腹の虫』が龍斗のお腹から食事を訴えかけた。

「そう言えば、何だかんだで朝から何も食べてない……。ごめん、ちょっとだけお腹に入れさせて」

「……はあ、解りましたよ。さっさと食べてくださいね」

 呆れながらキャロは龍斗がお弁当を取り出すのを見守る。すると、龍斗は弁当を二つ取り出し、片方をキャロに渡す。

「共犯者♪」

 悪戯を思いついた子供の様な笑みを浮かべる龍斗に、可笑しくなったキャロは思わず噴き出してしまう。

「龍斗さんも冗談言うんですね」

「そんな冗談も言わないような真面目な人間だったつもりはないけど……。あっ!」

「どうかしました?」

 お弁当の包みを開き、スプーンを手にしたキャロが首を傾げる。

 そんな仕草を可愛いと思いながら、龍斗は嬉しそうな笑みを向けた。

「名前、初めて呼んでくれたな」

「え? ……あ!」

 途端、キャロは無性に恥しくなって火が付いた様に顔を赤くする。傍から見ていると『ボンッ!』と音が聞こえてきそうな程だ。

 だが、こう言った事に鈍感な龍斗は気付かず、ただ嬉しそうに弁当にお箸を伸ばしていた。

 そして、赤くなったキャロも多少なり心境の変化は起こっていた。

 無性に落ち着かないのは同じだが、不思議と今までみたいに怒鳴りたいと言う気は起きない。怒る理由がないのだから当然である。それを冷静に考えられるくらいには、彼女は冷静でいるのだ。

 だけど落ち着かない。とても恥ずかしくて、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないはずなのに、不思議と怒る気にはなれない。

(なんで……? なんでこの人の前だと、私はいつも妙な気分にされるの?)

 自分の気持ちに理解が出来ず、困惑してしまうキャロ。その困惑は、少女が必ず通る淡い道のりの一つ。故に悩む事は彼女の成長へと繋がる事だろう。

 ただ、その成長≪悩み≫は長く続かなかった。

「んぶぼっ!?」

「ええっ!?」

 突然、噴き出した龍斗がその場で、手足を投げ出し倒れてしまった。

 一体何事かと容体を調べるキャロは、龍斗が食べていた弁当を見て理解した。

「そう言えばシャマル先生からお弁当、貰ってましたよね……」

 結局、キャロは一人でホテルに戻り、召喚魔法で龍斗を呼び出す事になってしまったのだった。

 後日、龍斗は『シャマルにはお弁当の話をしない』と暗黙のルールを皆と結ぶのであった。

 

 

 

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まだまだ続く
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