英雄伝説〜光と闇の軌跡〜 外伝〜白き翼と闇王〜後篇 |
〜ジェニス王立学園・旧校舎内〜
一方エステル達に用があると言って講堂を出て行ったプリネはリフィアやエヴリーヌと合流し、またテレサ達からツーヤを少しの間だけ借りて、人気のない旧校舎内でリウイと久しぶりの会話を楽しんでいた。
「それにしても、まさかお父様達までここに来るとは思いませんでした。リフィアお姉様、お父様達に知らせてくれてありがとうございます。」
「なに、余は姉としての義務を果たしたまでだ。」
「よかったね、プリネ。お兄ちゃん達に見て貰えて。」
自分も参加した劇を両親に見て貰えた事に嬉しさを感じているプリネにリフィアやエヴリーヌは微笑んだ。
「………どうやら予想以上にいい経験をしているようだな、プリネ。」
「はい!民の普段の生活や困っている事……そういった城や大使館では知りえない事がたくさんあって、本当に勉強になります!」
「そうか。それはよかったな……」
嬉しそうに旅の事を話すプリネにリウイは口元に笑みを浮かべた。そしてプリネが連れて来たツーヤの事が気になり、尋ねた。
「……さっきから気になったのだが、その少女は何者だ?……少なくとも人間ではないようだが。」
「………………」
リウイはツーヤの容姿を見て呟き、見られたツーヤはプリネの後ろに隠れて恐る恐るリウイを見て、プリネに尋ねた。
「あの……ご主人様。この方は一体どなたですか……?」
「この方は私のお父様です、ツーヤちゃ………いえ…………ツーヤ。」
これからずっと自分の傍にいるツーヤに親しみの意味を込めて、プリネはツーヤを呼び捨てにしてリウイの事を紹介した。そしてプリネに促されたツーヤはリウイの正面に立って、リウイを見上げた。
「……はじまして。ご主人様の”パートナー”のツーヤと申します。」
「リウイだ。………ん?プリネが主だと?プリネ、これは一体どういう事だ?」
プリネの事を主と言ったツーヤにリウイは首を傾げた後、プリネに説明を求めた。
「はい。実は…………」
そしてプリネはリウイにツーヤの事を説明した。
「ほう……まさかそのような”竜”がいるとはな……」
プリネの説明にリウイは驚き、ツーヤを見た。ツーヤは緊張しながらも意思が強い瞳で正面からリウイを見た。
「……いい眼だ。ツーヤといったか。プリネを頼むぞ。」
「はい。………今は力はありませんが、いつかご主人様を守れるぐらい強くなります。」
「………そうか。プリネと共に大使館に帰って来る時を楽しみにしているぞ。その時には俺やファーミシルス達が鍛えてやろう。」
「エヴリーヌも手伝ってあげる。」
「うむ!よかったな、ツーヤ。リウイ達ほどの達人が直々に教える事等滅多にないぞ。」
そこにデュナン達の治療を終えたペテレーネとティアがやって来た。
「お待ちして申し訳ありません、リウイ様。」
「あ、お母様。」
ペテレーネに気付いたプリネは嬉しそうにツーヤを連れて、ツーヤの事を紹介し、学園生活の事を報告していた。そしてその様子をティアは微笑ましそうに見た後、リウイを咎めた。
「お父様、どこが『少し灸を据える』ですか!さっきの方達……全身麻痺していた上、あちらこちらに傷がありましたよ!?」
「そう怒るな。……件の少女との共闘が予想以上に楽しめたのでな。それに最近は政務続きで身体がなまっていたからな。少し力加減を間違えた。」
「もう………イーリュンの信徒である私の目の前ではそういった人を傷つける行為はできればやめてほしいのですが…………ハァ。無理でしょうね。」
言っても無駄な事をつい口にしたティアは溜息をついた。
「フッ…………どんな相手でも心配するその心を見ていると、ティナを思い出してしまうな………あいつには色々と世話になった……久しぶりに会って言うのもなんだが、そろそろ伴侶をとったらどうだ?兄妹の中で結婚していないのは、お前とプリネだけだぞ?まだ18のプリネは別として、お前は伴侶をとってもおかしくなかろう。」
「お、お父様!今は関係ないことでしょう!?」
昔を思い出すかのようにティナの事を思っていたリウイは話を変えてティアに尋ねた。尋ねられたティアは顔を真っ赤にして答えた。
「だが、実際親としてはお前にも生涯共にする相手を見つけ、幸せになってほしいぞ?別に俺は相手がどんな男でないと認めないとか、そういった固い事は言う気はない。お互い愛し合っているのならそれでいい。」
「ですが、私はイーリュンに仕える身ですし……」
「それを言ったらお前の母であるティナはどうなんだ?ティナに聞いたが、イーリュンは結婚や恋愛を禁じている訳ではないのだろう?」
「それは………」
反論する言葉を封じられたティアは黙って俯いた。
「それとも、今までお前に求婚する男はいなかったのか?母譲りの容姿のお前なら、言い寄って来る男は山ほどいるだろうに。」
「………確かにそういった方達はいらっしゃいましたが、全てお断りさせていただきました。私にとって理想の男性ではありませんし。」
「ほう。お前にも理想とする男がいるのか。どんな男だ?」
「そ、それは秘密です!(もう………身近にこんな素敵な男性がいたら、なかなかほかの男性に心が動かない事をどうしてわかってくれないのでしょう………はぁ……側室とはいえお父様と出会い、結ばれたお母様が羨ましいです……)」
幼い頃から王としての父の背中を見続けたティアにとって、リウイは理想の男性であったので、ほかの男性に心が動かない事にティアは男として完璧すぎる父親を心の中で弱冠恨んだ。ティアの様子にリウイは不思議に思ったが、ある気配に気づきティアの様子を頭の片隅に追いやり、気配が感じられた方向に向かって静かに問いかけた。
「………そこで聞き耳を立てているのは誰だ?入口の前にいるのはわかっている。大人しく出てくるがいい。」
リウイの言葉に全員旧校舎の入り口に注目した。すると入口のドアはゆっくり開けられ、そこには緊張したように見える表情のクロ―ゼがいた。
「クロ―ゼさん……どうしてここに……」
クロ―ゼを見たプリネは驚いて、クロ―ゼに問いかけた。
「……リウイ陛下にお話があって、リウイ陛下のご息女であるプリネさんにリウイ陛下に御取次頂けるよう頼むために、探していたんですが……その必要はなかったようです。」
「……その言い方ですと最初に会った時から、私の本当の身分を知っていらっしゃったようですね……何者ですか、あなたは。」
クロ―ゼの言動から自分がメンフィル皇女である事を知っている風に聞こえたプリネは警戒した表情で尋ねた。
「……そう警戒してやるな、プリネ。相手はこの世界で唯一同盟を結んでいる国の姫だぞ。」
「え……!?」
リウイの言葉にプリネは驚いた表情をした。
「……同盟国の姫………思い出したぞ!お主、リベールの姫ーークローディア姫ではないか!」
一方リウイの言葉でクローゼの本当の正体を思い出したリフィアは声を上げた。
「アリシア女王陛下の孫娘、クローディア・フォン・アウスレーゼ王女……!まさか、クロ―ゼさんがそうだったなんて……」
「クロ―ゼさんがリベールの王女様……」
クロ―ゼの正式な名前を言いながら、プリネは驚き、ツーヤは呆然とした。
「ふう……リフィア、お前も皇族の一人なら同盟国の姫の顔ぐらい覚えておけ。」
「む……仕方なかろう。余とクローディア姫が会ったのは一回限りだし、あの時はクローディア姫は幼かったからな。……ふむ、それにしてはマノリアで会った時、なぜ名乗り出なかった?会った事もないプリネを知っていた所を見ると、余の事も当然覚えていそうなのにな。」
「あの時は名乗りでなくてすみません……今はクローゼ・リンツという一人の学生でありたかったので、王女である事は隠しておきたかったのです。」
リフィアに問いかけられたクロ―ゼは辛そうな表情で答えた。
「ふむ……その気持ちはわからなくはないな。かく言う余達も偽名を語っていた事だし、正体を隠していた件に関しては双方気にしないほうがいいだろう。それでリウイに何の用だ?」
「それは……」
クロ―ゼはツーヤを見て、言いづらそうな表情をした。
「ふむ。………リフィア、エヴリーヌ。お前達はティアを連れて先に宿に戻っててくれないか?すでに部屋は取ってある。」
「む?わかった。エヴリーヌ、頼んだぞ。」
「了解〜。じゃあ、2人共、エヴリーヌの近くに来て。」
「……わかりました。お先に失礼させてもらいますね、クローディア姫。」
リウイに言われたリフィアは弱冠納得がいっていない様子だったが頷き、ティアは何も言わず頷き、クロ―ゼに会釈した。
「2人共、集まったね?それじゃ行くよ。」
そしてエヴリーヌは2人と共に、ルーアン市の入口付近まで転移した。
「プリネ、お前も行け。どうやらリベールの姫は俺に用があるようだからな。」
「……わかりました。ツーヤ、行きましょう。テレサさんや孤児院のみなさんにあなたが私と共に生きていく事をエステルさんやミントちゃんと一緒に知らせてあげましょう。」
「はい、ご主人様。」
「それでは……あ、そうだ……お母様、少しいいですか?」
「何?プリネ。」
ツーヤと共にその場を去ろうとしたプリネだったが、ある事を思い出して母の耳元に小声で囁いた。
(……よければエステルさんと会ってもらってもいいですか?エステルさん、ずっとお母様に会いたがっていましたし……)
(……わかったわ。ただ、私が会いに行ったらさすがにあなたの正体が生徒達にわかってしまうでしょうから、ここに連れて来て貰えるかしら?)
(はい。必ず連れて来ますから、絶対待ってて下さいね。)
(フフ……そんなに念を押さなくても大丈夫よ。)
プリネの念を押した言葉にペテレーネは微笑みながら答えた。それを見て安心したプリネはクロ―ゼを見た後ツーヤと共に旧校舎から出て行った。
「……さて………こうして面と向かい合って話すのは”百日戦役”後、アリシア女王と会談の後、女王がお前の事を紹介した時に会ったきりだから、9年ぶりといった所か。リベールの姫よ。」
「はい。……お二方はお若いままですね。……本日の学園祭にいらっしゃって下さって、ありがとうございます。」
「丁寧な挨拶、ありがとうございます、クローディア姫。こちらこそ、娘のプリネがお世話になりました。あの子に貴重な体験をさせてくれて、母としてお礼を言わせて下さい。……ありがとうございます。」
「いえ、私達もプリネさんにはたくさんお世話になりました。生徒を代表してお礼を言わせて下さい。……ありがとうございました。」
「……クローディア姫は大きくなられましたね……まだ幼かった姫が今は、立派な淑女に見違えました。」
「そんな……ペテレーネ様は相変わらず、以前会った時のような美しさを保たれていて女性として羨ましいです。……ペテレーネ様は年をとらない永遠の美女であるという噂が本当だという事が今ならよくわかります。」
「あう……私はただ単に神格者だから年をとらないだけなのですが……永遠の美女だなんて、私には恐れ多いですからその呼び名はお願いですから止めて下さい……」
クローゼの言葉にペテレーネは顔を赤くして慌てている様子で答えた。
「は、はい。……それにしても、このような所で陛下やペテレーネ様とお会いできるとは思いませんでした。」
「それはお互い様だ。まさか、この学園の生徒だったとは思わなかったぞ。なぜ、王族であるお前がここにいる?」
「…………それは…………」
リウイの問いかけにクローゼは答えるのを躊躇った。
「答えられないのか?………まあいい、アリシア女王の教育方針に他国の王である俺が口を挟む訳にもいかぬな。……それで何の用だ?俺の姿を見かけたからただ、会いに来たわけでもあるまい。」
「はい。……小父様のせいでお忙しい所、ロレントより足を運んで頂き、劇を観賞なさっていた陛下の御心を乱してしまった事……今この場にいない小父に代わって謝罪させて下さい。真に申し訳ありませんでした……」
申し訳なさそうな表情でクローゼはリウイに謝罪した。
「その件か。別にお前が謝罪する必要はないぞ。」
「ですが王族である小父様の責任は私の責任でもありますし……」
「ふう……わかったからそう、悲痛そうな表情をするな。今回の件がきっかけで同盟を破棄したり、敵対をするつもりは全くないから安心しろ。今日の俺はただの親として娘が出演した劇を観に来ただけだ。」
「……寛大なお心遣い、感謝いたします。」
最悪の事態が回避された事にクローゼは肩の力が抜け、安堵の溜息をついた。
「……リベールやアリシア女王には導力技術や他宗教を広める事の許可の件等、それなりに世話になっているからそうそう同盟を破る気はないが……あのデュナンとやらが何も変わらずアリシア女王の後を継ぐのなら、今後の付き合い方を考えさせてもらうぞ。」
「………………」
リウイの言葉をクローゼは辛そうな表情で聞いていた。
「……女王直系の孫であるお前は王にならないのか?リベール王家は男児でないと王になれないと言う訳でもあるまい。実際女王がいるのだしな。それに話によればアリシア女王はお前を次の国王に指名しようとしているらしいな?」
「……………情けない話になりますが、私自身まだ王位を継ぐ覚悟ができていないのです。……正直、皇帝になる事に何の恐れも抱かず、誇らしげに私にその事を話してくれたリフィア殿下の事が羨ましいとも思いました。」
「あいつは例外だ。……シルヴァンも一時期は迷っていた。王位を継ぐ者なら誰にでもある事だ。気にしなくていい。」
女王になる事に躊躇っているクローゼにリウイは励ましの言葉をかけた。
「……ありがとうございます。いつか必ず答えは出すつもりです。……できればそれまで、貴国とは今と変わらぬ関係であらせて下さい。」
決意を持った表情でクローゼはリウイを正面から見て言った。
「言われなくともそのつもりだ。お前の答えがどのような答えになるのか……楽しみに待たせてもらうぞ。」
「はい、陛下のご期待に添えれるかまだ確約できませんが、必ず答えは出します。……それでは失礼します。」
クローゼはリウイ達に会釈した後、旧校舎を去った。
「さて……俺達もそろそろ行くか。」
クローゼを見送ったリウイはペテレーネに言った。
「あ、リウイ様。少しだけ待ってもらってもよろしいでしょうか?」
「何故だ?」
「……プリネからエステルさんとぜひ会ってほしいと頼まれましたので……」
「……そういえば、件の少女はお前に憧れを持っているのだったな。」
「はい、リウイ様もご存じかと思われますが、以前ブライト家にお邪魔した時、エステルさんの母親であるレナさんからはそのように聞いております。プリネ達がお世話になっているお礼もかねて、エステルさんとは一度話してみたいのです。」
「……わかった。俺は学園長と話をしに行くから、用事が終わればそのままルーアンのホテルに戻っていてくれ。」
「かしこまりました。」
ペテレーネに指示をしたリウイは外套を翻し、旧校舎から去って行った…………
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