ベルリンガーのいる街 第4話 |
コンドルールが面する南西洋は船の往来が多いことで有名である。コンドルールのあるグランディア大陸、そしてメルリアのあるテオリア大陸の二つの大陸に挟まれているため、大陸間を結ぶ客船や貨物船がひっきりなしに往来するし、大陸の近くは遠浅になっていて漁船も新鮮な魚介を求めて海を走る。特にコンドルールの目の前に広がるフォーマルハウト湾は波もなく天然の良港として昔から栄えてきた歴史をもつためか、特に船の往来は他と比べて激しい。
「テオ、チェック間に合ってる?」
『今のところはね』
後席から素っ気ない答えが返ってきたことにフェアリは一人頬を膨らませた。後ろを振り返ると、航空帽にゴーグルをつけた幼なじみが眼下を行き交う船を睨むように確認しているのが見える。地図か船のリストを見ているのだろう、時々機内を見るように首を振ってはすぐ外に目線を移すを繰り返している。
「まあ、仕事だからいいんだけどね……」
フェアリは機内通信のトークスイッチを押さずに呟いた。テオは初めてのフライトなんだし、もう少しはしゃいでも、もう少しフライトを楽しんでもいい気がするんだけどな。
初夏の空は凍えることも熱さでうだることもない。心地よい風を頬で感じながら眼下を眺めると穏やかな海にたくさんの船が流れていく。コンドルール共和国の諸島部を結ぶ貨客船、隣国のクヌートからと思われる貨物船、白いブイを流している木材運搬船。この緊張感が上がりまくりのご時世に豪華客船なんて自殺行為だと思うのだが、そんなフェアリの考えなどお構いなしにのんびりとコンドルール港を目指している。小さく見える白い点は貝の素潜り漁をしている女衆だろう。小さな漁船が小さな漁港に係留されているのもよく見える。
『フェアリ、悪いけど左旋回お願い。怪しい船がいるんだ。船名と国籍を確かめたい』
ヘッドホンからテオフィールの緊張した声が聞こえた。怪しい船?そんなものいただろうか?そう思いながらも言われた通りに機体を左に傾けた。ゆっくりと高度をおろしつつ、これまで来たルートを逆にたどる。
『いた……あの青い木材運搬船……船名は……“白月号”……国籍はクヌートか』
「なにテオ?なんかおかしい所なんて……」
『木材運搬船がブイを流す用事って何だと思う?……とりあえず時計塔に報告入れる。おそらくはブイを軍で回収して船が港に入ってから立ち入り調査になると思うけど』
そういってテオフィールは通信のチャンネルを切り替えると無線連絡を始めた。それを傍聴しながら例の白月号を見下ろす。甲板いっぱいに積まれた木材が船を喫水線ギリギリまで押さえつけている。見張り台で監視をしていた男がこちらを見上げているのが見えるが慌てて船橋に引っ込むのが丸見えだ。
『海上機動隊の高速警備艇がこっちに来るって』
「聞いてたわ。見張りがこっちを見て慌てて引っ込んじゃった。怪しい匂いがぷんぷんしてる……ん?」
船橋から何人か人が出てきた。手に持っているのは……筒?
「!?テオ口閉じろ!」
操縦桿を右に倒しつつラダーを叩き込んだ。急激に右翼が下がり反転するように機体がロールする。機体のすぐ横を馬鹿でかい砲弾が抜けていった。
『うわっ!』
「なんで木材運搬船に使い捨て砲台なんて備えてんのよ!何気に精度高いし!」
機体を水平に戻すと一度距離を取る。白月号はその間に船首を回して進路を真後ろに変えようとしている。
「逃がすか!テオ、このまま追いかける。クヌートの領海に逃げられる前に捉えるわよ」
フェアリはそういいながら左手でスロットルを前に押し出し、ウミツバメが加速した。
《クロックタワー、こちらシーガルフライト。クヌート船籍の木材運搬船“白月号”より攻撃あり。現在白月号はセントデーヴィス海路203付近を15ノットでクヌート側へ逃走中。強制停船行動を許可願います》
軍用エアバンドをウォッチしていたエリナは飛び込んできた同僚の声に耳を疑った。攻撃あり?
「シーガルフライト、こちらクロックタワー。詳しく報告せよ」
《セントデーヴィス海路にて白月号が漁業用のブイを流している所を目視確認。船名及び船籍を確認中に単発式の携行砲台による砲撃を受けた。被弾はなし現在ガンライト及び国際旗章による停船勧告を実行中。停船の意思はないものと思われます》
エリナはメモを取り通信室の奥に座っていたこの局のボス、セリム・ファレスト少佐にまわす。少佐は糸目を引き締めそのメモを読んだあとすぐに親指を立てた。ゴーサインだ。
「シーガルフライト、こちらクロックタワー。強制停船行動を許可する」
《シーガルフライト了解。これより強制停船行動に入ります》
エリナは通信を切り、海上機動隊に無線を繋ぎつつ無線の主の安全を願った。
(怪我とかするなよ、テオ君!)
速度を上げたウミツバメが急旋回した。後を追うように機関銃のラインがなぞる。
「くう!最新式の機銃ってまずいよ!」
テオフィールは揺れる機体の上でガンライトを使って《停船セヨ》と送り続けるが、一向に指示に従ってくれる気配がないことに苛立っていた。緊急無線でも応答がない
『テオ、もういい!このままじゃ領海を出られる!無理やり黙らせるわ!』
ヘッドホンがそういうと急上昇に入る。テオフィールの目の前には太陽しか見えない程の上上昇角を保ち高度を稼いだ後、エンジンが最小出力まで絞られた。フェアリはコンパクトに機体を反転させると今度は海面目がけて真っ逆さまに降下する。白月号のちょうど上にウミツバメの影が落ちるのが見える。
(そうか、太陽を背負うようにして被弾を避けようと……)
エンジンの振動で揺れる視界の中、白月号がみるみるとこちらに迫ってくるのをテオフィールは他人事のように見ていた。エンジンの振動とは違う鋭い振動と共にウミツバメの機首にある13ミリス径機関砲が火を噴いた。白月号のすぐ横にいくつも水柱を立てるのを確認するのが速いか、操縦桿が引き起こされ白月号をかすめるようにして上空へと機体が抜ける。
『テオ、もう一度警告!“次ハ船体ニ当テル 停船セヨ”!』
ヘッドホン越しの機長の声にテオフィールはガンライトを構えた。船の乗組員からは旋回を始めた機体から光信号で警告が発せられたことがわかったはずだ。だのに全く停船の気配すら見せない。代わりに返事として迫撃砲が返ってきた。
「どうする?」
『決まってるじゃない』
ヘッドホンの奥から笑い声が聞こえてきた。
『沈めない程度に撃ち抜く!』
言葉と同時に足下のラダーペダルが踏み込まれ操縦桿が右斜め前に倒された。海面へ向け一気に高度を落としていくウミツバメ。速度を上げながら白月号の進路を塞ぐように回り込み、海面ギリギリの高度で敵と正対する。翼が生み出した風が波を切り、白い筋を刻んで海面が後ろへとカッ飛んでいく。この速度で少しでも海面に機体が触れたら機体が海面に持っていかれて一瞬で木っ端微塵だ。テオフィールは真っ青な顔で流れる波を見ていたが、その波に水柱が立ったことで慌てて前に視線を戻すと機関銃をこちらに向けている男が見える。
「ふぇ、フェアリ!」
『黙ってろ!』
心底うるさいという表情の声が聞こえる。更にスロットルが開かれ、ドン!という衝撃と共に加速する。ウミツバメの機首で閃光が閃くと木材運搬船の船橋のすぐ真下にいくつも穴を空けた。木片が舞う中、衝撃波で船体を叩くようにして後ろへと飛び抜ける。
『テオ!緊急無線のチャンネル開けてこっちにまわしてくれる?』
高度を稼ぎ旋回に入りながらフェアリがそういってくる。すぐに無線を切り替えると機内通信のオンオフで合図を送る。
『こちらコンドルール空海軍航空隊。コンドルール領海内を航行中の木材運搬船、白月号に告ぐ。死にたくなかったらさっさと停船しなさい。次はエンジンを狙うわ。あんたたちも蜂の巣になりたくないでしょう?10秒あげる。その間に停船の意思を見せること、いいわねそれじゃあカウント開始』
「うわ、なんて強気な最終勧告」
トークスイッチを押さずにテオフィールは呟くと腕に巻いてある軍用時計に目線を落とした。無線に耳をそばだてていると8秒経った所で無線が繋がる音がした。
《わかっタ、停船するカラ撃つナ!》
かなり訛の強いグランディア公用語だ。眉をひそめながらも下を見ると船の後ろに残る白い軌跡が穏やかになりついには消えた。武器を置いた船員が甲板からこちらを見上げている。
『ふう、やっと止まったわね。このまま速度を落として着水、乗船調査に入るわ。武装してるわよね?』
「拳銃とサバイバルナイフだけだけど」
『戦闘機の上ならそんなものよ』
エンジンが絞られ旋回に入る視界の先で一回り小さなグレーの高速艇が二隻こちらに向かってくるのが見えた。コンドルールの国章、天秤をあしらった((盾の紋章|エスカッシャン))を守るように交わる銃とパドル、コンドルール空海軍の旗章を見てフェアリは息をついた。
『いいタイミングね。これなら数で押し込める』
フェアリはエアブレーキを下し、更に速度を落としつつ機体を白月号へと向けた。
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第4話 警戒飛行(後編) 空の上のテオフィールとフェアリは…… |
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