黒髪の勇者 第三編 東方の情景 第五話
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黒髪の勇者 第三編第一章 シアール傭兵団(パート5)

 

 無事にバルトとリンドの商談に片が付き、即金で代金の支払いがなされた所でシアールとバルトとの傭兵契約も失効することになった。

 「また、お願いします。本来秋口の出発の予定ですが、状況によっては延長になるかもしれません。」

 バルトは丁寧に包んだ金銭をシアールに手渡し、何度も握手とお辞儀をして立ち去って行った。この後暫くはイラームを中心としてグロリア王国を回り、ムガリア帝国へと輸送する商品を収集する予定であるらしい。

 「それまで、二か月以上暇な訳だが。」

 どうするかね、とシアールと共に残された三人の部下の様子を眺めた。

 「とりあえず飲みに行こうぜ、お頭。」

 舌なめずりをしながらそう言ったのはゴンザレスである。

 「お前と飲みに行ったら一年分の金が一週間で無くなっちまう。」

 苦笑しながら、シアールはそう言った。それに、二か月も放蕩生活を送っていれば実戦感覚が薄れてしまう。小さな案件で構わないが、仕事は継続しておくべきであった。

 「ヒート、お前はどう思う?」

 「とりあえず、傭兵ギルドに顔を出しておくべきだと思いますが。」

 本来商工職人の集まりとして発生したギルドであったが、ミルドガルド大陸には普遍的に傭兵ギルドという団体が存在していた。簡単に言えば顧客と傭兵団の仲介役を務めている団体である。どこで登録するのも自由だが、依頼があれば条件に応じてギルドから紹介を貰えるためにシアールのような固定の居場所を持たない傭兵団に取っては便利な存在であった。勿論、依頼主にとってもギルド公認の、比較的まともな傭兵団を利用できると言うメリットがあった。一度問題や犯罪行為に手を染めた傭兵団はギルドへの登録が認められていないからである。

 「そうだな。イラームにいれば何か仕事があるだろう。」

 そう言いながら、シアールは小さく頷いた。

 「お頭、その前に昼飯がまだだ。力が入らねぇ。」

 ネルザが、情けない声を上げた。

 「相変わらず、食いしん坊ですね。どうして太らないのか不思議ですよ。」

 ヒートが少しのからかいを込めて、そう言った。

 「だが、昼飯には賛成だな。ケバフでも喰おう。慣れない商談に参加して疲れた。」

 「お頭、ビールを付けてもいいか?」

 ゴンザレスがそう訊ねた。だが、そうだな、と応じかけたシアールよりも先に、ヒートの咎める言葉が響いた。

 「アルコールは夜まで我慢してください。好きなだけ飲んでいいですから。」

 「ヒートさん、それは殺生って奴ですぜ!」

 大げさに嘆きながら、ゴンザレスがそう言った。シアールはシアールで、余計な口を挟まないようにと口をつぐむ。

 「・・アル中。」

 ぽつり、とネルザが言った。

 「なんだと、ネルザ、この、だからお前はいつまでもチビなんだ!」

 ぐりぐりと、自身よりも一回りは小さいネルザの頭を力強く、少し抑えつけるように撫で始めた。正確には、ネルザが小柄と言うよりもゴンザレスが大きすぎるのだが。

 「そうやってゴンザレスが抑えつけるから背が伸びないんだ。」

 少しだけ不機嫌そうに、ネルザが言った。

 「ああもう、少しは大人しくしていてください。皆さんいい大人なのですから。」

 続けて、ヒートがそう言った。本当に面白い奴らだな、と思いながら、シアールは屋台で出ていたケバフ屋に気付いて近寄る。だが、どうやら先客がいるらしい。

 「えと、え、どういうこと?」

 戸惑った様子で、その少女はケバフ屋の親父に向かってそう言った。

 「だから、ソース。甘いのと辛いの、どっちがいいんだ。」

 呆れた様子でケバフ屋の主人がそう言った。

 「それじゃ、その、甘いの・・で?」

 よく理解できていない様子で、少女はそう言った。田舎娘だろうか、とシアールが小さな興味を抱いて横顔を眺める。健康的に日焼けした、それでいて目鼻立ちが良く整った少女であった。

 「野菜は、何を入れる?」

 「そもそも何があるのよ。」

 「レタス、キャベツ、それからポテト。」

 「ぽ・・ぽてと?」

 「あんた、ポテトも知らないのかい。どこの田舎もんだ。」

 「店主、迷惑掛けてすまない。店主のお勧めで作ってくれないか?」

 見ていられない、と感じてシアールは思わずそう声をかけた。

 「あ、あんた・・。」

 一体誰、と言いかけた少女の言葉を遮りながら、シアールは言葉を続けた。

 「最近田舎から呼び出したばかりの姪っ子でね。どうしてもケバフを食べたいと言うから一人で行かせたが、却って戸惑ってしまったらしい。」

 「あんた、それならちゃんと面倒をみてやりなよ。こんな都会に田舎娘一人で歩かせるなんて、危険極まりない。」

 「全くだ。俺も久しぶりにグロリアに戻ってきたものだから、つい忘れていた。」

 シアールがそう答えると、ケバフ屋の主人は興味ありげにシアールの身体を眺め回した。そして、納得したように口を開く。

 「あんた、傭兵かい。」

 「ご明察。昨日隊商の護衛を終えてムガリアから帰国したばかりだ。あの荒野に比べるとこの街は安全極まりない。」

 「だろうねぇ。盗賊や蛮族の類は絶えないのだろう?」

 「まあな。ちゃんと対策をしておけば問題はないが。」

 とはいえ、実際に戦闘行為に発展するような危機は長距離にわたるムガリアへの往復でも一度あるかどうか。どちらかと言うとコソ泥対策として雇われていると言った方が的確かもしれない。

 「ま、気を付けてくれよ。」

 肩を竦めながら、店主は慣れた手つきで焼きたての肉を裁き、野菜と肉をパンに詰めた。

 「ああ、追加で四人分頼む。俺の部下の分だ。」

 シアールはそう言いながら、背後で興味津々という様子で少女を眺めていた三人を親指の先で背中越しに指差した。

 「カスタマイズできるぜ?」

 「同じ奴でいい。なんでも喰う奴らばかりだからな。」

 「了解、少し待っていな。」

 そう言って、ケバフ屋の主人は機嫌良く、そして素早く五人分のケバフを作り終えた。

 

 「と言うわけだ。都会には気を付けろよ。」

 無事にケバフを購入し終え、ストリートの片隅で遅めの昼飯を堪能しながら、シアールが少女に向かってそう言った。それにしても、この少女、どうして弓など手にしているのだろう。

 「ありがとう。一応、お礼を言っておくわ。」

 そう言いながら、少女はケバフを丁寧に口に運んだ。

 「あ、美味しい。」

 「ケバフくらい、食べたことがあるだろう。」

 呆れながら、シアールがそう言った。

 「家では作るけれど、パンにはさむなんてことはしないわ。別々に食べるものだと思っていたもの。」

 「随分と伝統的な食べ方だな。」

 軽い感動を覚えながら、シアールはそう答えた。ケバフをパンにはさんで歩きながら食べられるようになったのはつい最近のことであるような気がする。いずれにせよ、急ぎで食事を終えたい商人たちに人気がある一品であった。

 「お頭、一つじゃ足りない。」

 早速、ネルザがそう言った。

 「好きなもの、買って来い。」

 苦笑しながら、シアールはネルザに銀貨一枚を放り投げた。金の管理は基本的にシアールとヒートで行っている。他の二人に手渡せば普通に無くしかねない、或いは使い込み過ぎる心配が消えないからだ。ともかく、銀貨を受け取ったネルザは満足そうに頷き、再び食事の物色にストリートを歩いて行った。

 「にしても、可愛らしいなぁ、いや、本当に。」

 感銘を受けた様子で、ゴンザレスがそう言った。

 「・・なんか怖い。」

 顔をしかめながら、少女がそう言った。

 「脅えさせないでください、ゴンザレスさん。」

 肩を竦めながら、ヒートが諌める。

 「それで、お前はここで何をしているんだ。さっきのケバフ屋の話じゃないが、女一人で歩くには少し危険がある街だぞ。」

 何しろ、イラームには異国から訪れた男どもがわんさと集う街である。必然的に男性の割合が多く、女性が、それも未婚の田舎娘が無防備に歩いていれば声をかけて暗闇に連れこもうとする不埒な事件があってしかるべき場所であった。

 「お前じゃなくて、ケイト。あんたは?」

 以外にしっかりとした口調に、シアールは思わず面食らった。田舎娘であることに間違いないだろうが、芯は相当に強いらしい。

 「シアールだ。」

 「ヒートと申します、お譲さん。」

 「ゴンザレスだ、それから今買い物に行った大喰らいのチビがネルザだ。」

 少しの興奮を見せながらゴンザレスがそう言った。犯罪行為に走る前に早めに売春宿に放り込んだ方がいいかも知れない。

 「それで、ケイトはどうしてイラームに来たんだ?」

 全員の紹介を終えた所で、シアールがもう一度そう訊ねた。その時、ケイトがじっくりと全員の姿を眺めて、シアールの腰にある長剣に目を付けた。

 「あなた達、本当に傭兵団なの?」

 「そうだが。」

 シアールがそう答えた。すると、ケイトは喜んだ様子を見せながら、こう言った。

 「良かった、私傭兵団を探しにこの街まで来たの。助けて、シアールさん。私の村を!」

 

説明
第五話です。
宜しくお願いします。

黒髪の勇者 第一編第一話
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第三編第一話
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ミルドガルド全図
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イラスト(詩音とフランソワ)
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タグ
異世界 ファンタジー 戦記物 勇者 黒髪の勇者 

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