とある忘却者の過負荷(マイナス) 
[全1ページ]

人生というものは、嵐のように訪れ、嵐のように去っていく

 

ぼくはずっと、この言葉を聞かされながら育ってきた

 

 確かに、ぼくのこの短い人生の中での出来事は、どれも唐突に起きて、

そして唐突に去っていくような出来事だった

 

そして今回も例外ではなかった

 

高校三年生の夏、ぼく(十七歳)は、死亡した

 

 工事用器具の箱が突然空から降ってきて、案の定それはぼくの頭蓋を

粉砕し、そのまま血や骨の破片を地面にぶちまけながら、ぼくは息絶えた

 

おそらくはこの死は、単純にぼくの『運』が悪かっただけだろう

 

運悪く散歩に出かけ、不運にも工事中のビルの側を通り、そして命を落とした

 

 通常ならこうやって自分の死について考察することすら

あり得ないはずだ

 

まぁ、人の死後なんてどうなるかは検討もつかないけど

 

ぼく自身の考えでは、寝ている時と同じ状態になると思っていた

 

普通に夢を見て、一生起きない

 

それがぼくの考えだった

 

なのに……

 

「ギャハハハハハ!!! ギャハ、ギャハハハハ!!!」

 

目の前でこの笑い転げている人物を見れば、誰もが無理矢理冷静にならざるを得ない

 

意識は一瞬飛んだぼくだが、気がついた時には、小さな部屋の中で座っていた

 

 水色の壁紙が壁から床、天井にまで張られ、窓もなく、その中央には

椅子に挟まれた一つの机しかない

 

ぼくは二つの椅子のうちの一つに腰掛けていて、向かい側にはもう一人の人物が座っていた

 

一言で表せば、『異様』

 

 服装は普通にシャツにジーパンという、どこかカジュアルな姿だが、

髪はかなり長く、腰まで届いている

 

しかもその髪自体も、染めているのか深い赤色であり、靴らしきものは履いていない

 

つまりは裸足であり

 

こんな異様な姿をしている人物が、ぼくの目の前でうつ伏せになりながらも大爆笑していた

 

机をバンバンと叩き、それに従って机は激しく揺れていた

 

「ギャハハハハハハ! ギャハ、ギャハ、ギャハハハハハ!!!」

 

「いい加減にしろ」

 

 そろそろ笑い声に耐えられなくなったぼくは、初対面のこの人物に

思わず拳骨を喰らわせてしまった

 

 「アウチッ!」と何故か英語で痛がった赤髪さん(仮)はそのまま

恨めしそうにぼくを睨むと、再びニヤニヤし始めた

 

「悪い悪い、あまりにもお前さんが愉快でよー。ククク……」

 

「人の顔を見て大爆笑するようなキチガイに『愉快』なんて言われたくありませんよ」

 

「なんだと! この顔面無表情野郎が!」

 

 それはぼくを馬鹿にしているのか微妙なところではあるけど、

本人は貶しているつもりらしい

 

 まぁ、無表情とは言っても、この状況にただ着いていけないからであって、

別に無表情の無口キャラなわけではない。まぁ、それでもいつもは無表情だけど

 

「ククク、まぁ、とりあえず、あれだ。お前死んだ」

 

「知ってます」

 

「知ってるんかい!」

 

そんな重大な事実をさり気無く適当に言う赤髪さんもどうかと思うけど

 

 「状況の飲み込みが早いな。ククク、こんな奴は久しぶりだよ。

さてはお前、相当な妄想癖があるな? ギャハ!」

 

ぼくはそんな赤髪さんのからかいを完全に無視すると、とりあえず机に腕を置いてみた

 

 赤髪さんの方には色々と書類的な物体が散らばっているけど、逆さに字を

読む技術が皆無なぼくにはまったく読めなかった

 

うーん、死んだ後でも書類とかあるんだ

 

めんどくさいなぁ……

 

 「とりあえず、色々と話し合おうじゃないか。えっと、まずは死因からだな。

お前さんの死因は……ギャハハハハハ!! 頭部強打による内出血だってさ!

ギャハハハ! 間抜け過ぎんだろ!」

 

アレを内出血と呼べるのかは果てしなく疑問だけど、この人が言うんだから、そうらしい

 

 取り出したノートに色々と書き込んでいる赤髪さんは、

そのまま次のページへと捲った

 

 「しかも親父が大工と来てやがる! 大工の息子が大工用具で死んでるんじゃねぇか!

ギャハハハハ! 皮肉過ぎんだろお前! 最高だよ! ギャハハハハハ!!!」

 

ぼくの死がかなりストライクに入ったのか、そのまま笑い始めた

 

 いい加減にこの笑い声にうんざりしているぼくは、さっきよりは少し

強めに赤髪さんの頭を殴りつけた

 

「うぉ!? 悪い悪い。で、次は『ポイント』だ」

 

「ポイント?」

 

聞きなれない単語に、ぼくは思わず聞き返してしまった

 

 「そう。人間ってのは生まれた時から死ぬまで全てポイントが付けられる。

良いことをすればポイントが上がるし、悪いことをすればポイントは減る」

 

つまり、ある一定の基準より上じゃないと、地獄行きってワケね

 

静かに頷くと、赤髪さんは続けた

 

「ククク、それがお前と来たら……」

 

何か可笑しいのか、赤髪さんは今にもあの大笑いを再会させそうだ

 

拳を構えるも、なんとか飲み込んだのか、赤髪さんは笑わなかった

 

「お前のポイントは0」

 

「はい?」

 

「つまり、生まれた時からポイントは一切減ってないし、一切増えていない」

 

「…………」

 

 「ギャハハハハハハ!!! 最っ高だよお前! もうこんな人間なんて

オレァ初めて見た! ははははは、ギャハハハハハハ!!!」

 

我慢できなくなったのか、再び大爆笑し始める赤髪さん

 

 机をバンバンと叩くその姿は、まるで、世にも珍しい珍獣でも見つけた冒険家

のようで、とても正気には思えなかった。というよりこの人は先程からとても

まともな思考回路を持っているとは思えなかったけど

 

しかし、その笑いには嘲笑も軽蔑も感じ取れない

 

ただ純粋に、芸人の芸を見た子供のように、『面白い』と思って笑っていた

 

「…………あは」

 

「ん?」

 

笑いを止めると、不思議そうな目でこちらを見た赤髪さん

 

「あはは。あははは。あははははは! あはははははは!!!!」

 

だが、ぼくはそれを気にせず、笑い続けた

 

否――自然と声が出てしまった

 

ぼくは、自分が滑稽で仕方が無い

 

 今までそれなりに長い年数生きてきたつもりだ。自分としては『良いこと』も

それなりに行ったつもりだし、『悪いこと』だって数え切れないほど行っている

 

自分が人間である限り、それは避けようのない現実、直面しなければならないリアリティ

 

でも、目の前のこの男は、ぼくの点数が『0』と告げた

 

まるで、自分の人生全てが否定されたみたいだった

 

 今までぼくの行って来たことなど取るに足らない、点数を与えるのにも

剥奪するのにも値しない、まったくの無価値だと――そう告げられたような気分だった

 

逆にそれが滑稽で、思わずぼくは笑ってしまっていた

 

ぼくなど無価値

 

ぼくなど無意味

 

ぼくなど無関係

 

赤髪さんは、きっぱりとぼくにそう告げてくれている

 

一息ついたところで、ぼくはようやく彼と向き直った

 

「そうですか。いやぁ、少しビックリしちゃいましたよ。あはははは!」

 

「ほぉ、ようやく人間らしい((表情|ツラ))になったじゃねェか、ぎゃははは!!」

 

赤髪さんに言われてようやく気付いたが、ぼくは現在、満面の笑みを彼に向けているらしい

 

お互い笑い合う

 

どうやら、最初はそうは思わなかったけど、ぼくたちは気が合うらしい

 

否、単純にぼくたちは似たもの同士なのかもしれない

 

 「まぁ、てめぇは零点ってことだが、結局ン所お前はもう一度人生ってのをやり直す

必要があるみてェだ。もちろん、これは詩的な意味じゃねェぜ? ギャハハハハ!!」

 

「やり直し?」

 

「ん? そうさ。所謂『転生』っつー奴だ。聞いたことねェか?」

 

 学校の授業でそのようなことを習った記憶が微かに残っているが、

そんな忘却な彼方まで収納していた情報など復元できるはずがない

 

しばらく考えるが、断念した

 

「ないですね。まぁ、主に宗教的なことってのは分かりますけど」

 

 「宗教、ねェ。ギャハハ、お前たち人間は転生ってのをそんな風に

考えてたのかよ? 案外夢やロマンのある連中じゃねェか。見直したぜ」

 

「人間の評価が少し上がったのは嬉しいですが、なら貴方は何者なんですか?」

 

最も、彼も人間ではないのは間違いないけど

 

 というより、赤髪さんから発せられているオーラ、威圧感云々が、

凄まじく強い

 

とてもではないが、人間の発せられるものではなかった

 

最も、こんな部屋に存在している時点から、大体の予想はしていたけど

 

「へぇ、オレが人間じゃねェって気付いたのか。ギャハハ! やっぱお前は面白い」

 

「買いかぶり過ぎですよ。あはははは!」

 

 「まぁ、簡単に説明する。まず、この世には幾つもの世界が存在している。文明が

発達している世界もあれば、完全に遅れている世界もある。もしくは世界の常識、物理

すらも違う世界もある。そんな中、お前にはランダムにその世界の中に放り込まれる。まぁ、

適当に過ごして適当に寿命で死ねってことだ。そして、死んだその時点のポイントで地獄行きか

天国行きが決まる。もっとも、てめぇみてェなひねくれ野郎が天国に行けるとは思えねェがな。

ギャハハハハハ!!! 冗談だ冗談! おりこうさんにしてればちゃんと天国に行けるぜ?」

 

だが、と赤髪さんは付け足した

 

 「お前はただ生き返らせるには惜しい。オレを楽しませてくれた礼だ。

願いごとを一つ叶えてやる。冥土の土産ならぬこの世の土産だ。ギャハハ!」

 

一つだけの願い事、ねぇ……

 

ぼくはこれに、胸の前で腕を組んで、深く考え始めた

 

 悪知恵の働く人ならここで『願いが百に増える』とでも言うのだろうけど、

この人相手にそんな子供だましは通用しない

 

一つの願いを叶えてくれるなら、十中八九それは来世でも受け継がれる

 

このタイミングで訊いてくるんだ、それは間違いない

 

 なら、ここは来世で役立つものが一番好ましい。例えば一生分の金品、

絶対に減らない食料、世界のトップを狙えるほどの知識

 

もっとも、状況によっては使えないものもあるけど

 

でも、ぼくはこんな願い、まともに聞くつもりなんて毛頭無い

 

ククク、死んだ時点で天国行きか地獄行きを決める、ねぇ……

 

「あはは! 簡単じゃないかそんなの」

 

「あア?」

 

ぼくは赤髪さんの耳元までそっと近付くと、静かに耳打ちした

 

まぁ、こんな無人な空間、誰かに聞かれるなんてあり得ないけど

 

 説明がいるためか、かなり話し込んでしまっているけど、

その間にも赤髪さんはうんうんと頷いたり、時には質問もしてくれる

 

そして、一通り説明し終え、ぼくが耳から離れた瞬間――――

 

 「ギャハハハハハハハ!!!! お前、本っ当に最高だよ! イイねェ!

てめぇみてェなクソ野郎、オレは大好きだねェ! ギャハハ! こりゃあ

面白くなりそうだ! しばらくてめぇを見てても、絶対に退屈しねェわ!」

 

結論から言えば、それなりに気に入ってもらえた要望らしい

 

「よりにもよって『オレたち』に喧嘩売ってる来るたぁ、大した度胸じゃねェか!」

 

「へいへい」

 

 軽く彼の言葉を受け流すと、流石に赤髪さんもこれ以上は

何もないのか、色々とノートに書き込み始めた

 

一応のためにメモなどを残しているのか、かなり入念に、詳細を記している

 

 手違いがあったときにはこのノートを見ればいいだけだし、

当然の処置なのだろうけど

 

「んじゃ、行くぜ。まぁ、そんな大騒ぎするほどの作業じゃねェけど」

 

赤髪さんはぼくの目の前まで歩いてくると、そっと右手を胸に添えてくれた

 

すると、なにやら怪しい言語を唱え始めた

 

 しばらくそれを続けていた彼は、一段落ついたと思った途端、

ぼくの胸を思いっきり突き飛ばした

 

予想以上の力に元々小柄だったぼくは吹き飛ばされ、そのまま倒れてしまう

 

「へい、終了」

 

ようやく息が整ったぼくは、目を見開いた

 

 外見には何も変化は無い。いつも通りの普通な肌、髪の毛も黒く、

所々跳ねているのも分かる。そして、身長だっておそらくは低い

158センチのままだろう

 

 着ている服も、死んだ直前に着ていた学生服で、長袖の白いワイシャツに

黒いネクタイ、そして黒いズボン

 

外見はまったくと言っていいほど変わっていない

 

そう、外見((は|・))

 

「(これが……ぼく、か)」

 

圧倒的劣等感、圧倒的無価値

 

 あまりにもそれは禍々しい気分であり、それと同時にあまりにも

清々しい気分だった

 

 目をぱちぱちさせながらと驚嘆していると、流石に痺れを

切らしたのか、赤髪さんがポンと肩を叩いた

 

「そろそろ送っていいか? ちっとお前と長話し過ぎたみてェだ、色々立て込んじまってる」

 

んじゃ、そろそろ行きますか

 

 

 

 

「『ありがとう赤髪さん』『貴方のお陰で』『ぼくは「僕」になれた』」

 

 

 

 「ギャハ! なんだ、口調が変わってねェか? まぁ、それも似合ってるけどな。

ま、感謝されるほどでもねェよ。てめぇにはこれからオレを思いっきり楽しませて

もらうからな。逆にこっちが感謝してェぐらいだ。ギャハハハハ!!!」

 

「『そんじゃ』『行ってきますか』」

「おう。しっちゃかめっちゃか掻き乱してこい、き――――いや、((球磨川|くまがわ))((雪|そそぎ))、だったか?」

 

静かに頷くと、僕、球磨川雪は、そのまま意識を手放した

 

 行くのがどんな世界か分からないけど。いや、たとえどんな

世界であろうと、いっちょ気合入れて――――

 

 

 

捻じ曲げて叩き折って、踏み潰して燃やし尽くして、晒しに行きますか

 

説明
〜プロローグ〜

一瞬にして死人となったぼく。気が付けばそこは死の世界だった。そこで、管理人からぼくはポイントが皆無なため、天国にも地獄にも行けず、もう一度人生をやり直せ、と告げられてしまう。色々あり管理人に気に入られたぼくは願い事を叶えてくれることになった。

でも、『僕』の願いなんてただ一つ

その一つだけで十分だ

良いことも悪いことも、僕がぜーんぶ『なかったこと』にするから
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
6001 5861 4
タグ
とある魔術の禁書目録 過負荷 球磨川 大嘘憑き 

クズさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com