魔法少女リリカルなのは〜生まれ墜ちるは悪魔の子〜 三十二話 |
はやて家に居候と家族が増えてから数カ月が経った。
今、はやては幸せの絶頂と言えるほど頬が緩みっぱなしだった。
「はやてちゃ〜ん! お鍋ができましたよ〜」
「おい、誰だ? シャマルをキッチンに入れたのは。シャマル、とりあえず皆に懺悔しろ」
「失礼にも程があるわよカリフくん!! こう見てもシャマル先生だって日々修業してるんです!!」
「頬を膨らませて言われてもなぁ〜……」
「ヴィータ、アイスを用意しておけ。解毒剤は大目に作っておけ」
「分かった」
「もう怒った!! カリフくんにもヴィータちゃんにも私の味を認めさせてやるんだから!!」
「そうなったら土下座するよ……」
「エクソシスト姿でな」
「なに他人事みてえに言ってんだ! おめえもだよ!!」
キッチンでは三人がはしゃぎ、ザフィーラは犬の姿で寝ている。
ここ最近ではシャマルの作ったカップ麺でカリフくんを狂化させたことに驚いてもうた……もう魔法みたいやった。あ、私も魔法使いや
でも、毎日が賑やかでハチャメチャで退屈しない、というか退屈する暇があらへん。
九割以上がカリフくんが引き起こすけど……
でも、そろそろ今夜も晩御飯食べてお風呂入って寝るだけ……今日は何事も無く平和やったのがちょっと物足りないと思う私は大分慣れてしまったんやろか?
「さあ、まずはカリフくんが食べてね? シャマル先生特性の愛情タップリ鍋を?」
「愛情じゃなくて毒物だろうが……まあいい」
「待て、毒見はしなくていいのか? いきなりスプーンでいくのは危険だ」
「カリフ…人には越えてはならない一線があるのだぞ?」
「お前がいなくなったら悲しむ奴がいるんだぞ!?」
「シグナムもザフィーラもヴィータちゃんも私をなんだと思ってるの!?」
いくらなんでもそれは言い過ぎとちゃう? シャマルも涙目やで……
だけどカリフくんは不敵に笑ってるなぁ…
「……健康にいいとされる生野菜、めかぶ、野菜ジュースなどといった物には防腐剤、着色料など余分な化学物質が含まれている……それらは体にとっては不健康とも言えよう」
…なんや語り出したけど、何か言いたいことがあるんやろか?
「だが、それらを避けて健康な物しか食べないということも果たして健全と言えようか?」
「え? 駄目なん?」
「それは個人の自由……だが、オレは違う」
シャマルの料理を見つめる。
「化学物質、毒物であろうとも全てを受け入れよう」
「その心は?」
「これは命を食す者に課せられる責務……漫然と口に運ぶのではない、この料理の具となった生命のこれまでの生の軌跡を舌で舐め取り、歯で細かく砕き、腹の中で一体化させて意識しろ」
あれ? なんだか料理の場がおかしなことに……
「肝心なのは健康な物だけを摂取することではなく、毒も栄養も全てを受け入れ、血肉に変える度量こそが肝要なのだ」
「「「おぉ……」」」
食に対する感謝が深い……アカン、泣きそうや。
皆も泣きそうになってるけど、シャマルだけが別の意味で泣きそうになっとる。
そりゃ、まあ……心中察するで……
ともかく、カリフくんが言いたいのは……
「オレは……これを食すぞおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! スプーンではなく、お椀一杯のを一気に飲み干しただとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「これは覚悟なんてなまっちょろい言葉じゃ言い表せねえ!!」
「馬鹿な!! 人間を止めるだとぉぉぉぉぉぉ!!」
「食事中にジョジョ立ちやめえ!!」
なんだか全力で突っ込んでもうた。
でもまあ、結果的にはシャマルの料理も食べ……
「……」
「……」
食べ……
「……」
「…カリフ?」
食……
「……KふくえFいGはKGJしJHLFぎJBJKCんVKLDVJDFKHVDM、、Vん!!」
「カリフがバグった!?」
「え!? うそ!? 私普通に作ったんだけど!!」
アカン! なにやら痙攣してヴォルデモート卿のヘビ語を唱え始めてもうた!!
しばらすると、カリフくんがブリッジ状態になって……まさか!!
「ガチでエクソシストになった!!」
「ひゃ〜ん! ごめんなさ〜い!」
「ちょお私だけ椅子から逃げられないんやけど!!」
リビングをエクソシスト状態で駆けまわるカリフくんに大騒ぎだった。
そんな晩御飯が終わって今はシグナムにおぶってもらって星空を眺めている。
少しドタバタがあったけど、今は落ち着いている。
星空に心を落ち着かせていると、シグナムが言ってきた。
「主はやて、本当によろしいので?」
「え?」
「今すぐにでもあなたの命令があれば魔力の蒐集に……」
真剣な顔で聞いてくるからなんやと思ったけどそんなことかいな。
それなら答えは決まってるで
「アカンて、それは人様に迷惑かけることなんやろ?」
「しかし、闇の書を完成させればあなたの足も或いは……」
「それでもや、自分の我儘を優先させてまで治したいとは思わへん。私は今のままが一番や」
自分で言ってて嬉しくなってもうた。
だってせやろ? 今まで何の色気も何もなかった日常が、今では鮮やかに色あせてる。
日によって違う騒動もなにもかもが今は楽しくてしょうがないんや。
これ以上なにかを望むなんてしたら神さまが困ってまう。というよりこれ以上なにかあったら忙しくてしょうがないわ。
「現マスター八神はやては闇の書に何の望みはあらへん。だから、私といる時だけは闇の書のことは忘れて仲良く暮らしてな」
「主はやて……はい!」
よし! シグナムもしっかりと約束してくれた。
「じゃあこの話はこれで終わり。寝る前に明日の準備しよか?」
「ええ、明日は昼ごろに病院で検査でしたか?」
「せや、カリフくんは久々のバイトやって言うてた」
長年に渡って望み続けていた日常
少女は今、幸せかと問われれば首を縦に振るだろう
何も知らなければ……
「命の危険!?」
「はい……ここ数カ月の麻痺の進行が速いんです……足だけだった麻痺が、このまま進むと内臓にまで……」
「「!!」」
海鳴病院……シグナムたちは石田先生から驚愕の事実を通告された。
(なんたる不覚!! 浮ついてその可能性を見落としていたなど……!!)
シグナムとシャマルは確信した。
はやての病は病などではなく、闇の書の呪いだった。
はやての未成熟のリンカーコアが闇の書の魔力に耐えきれない副作用
騎士たちの覚醒によって呪いが加速化したことが大きい要因だろう。
はやてに残された時間の終わりが近づいていた
この日の夜、はやて以外の八神家全員がシグナムとシャマルに呼ばれて真実を告げられる。
騎士たち全員は絶望し、カリフは腕を組んで話を聞いている。
「我々がこうして活動できることも主からの魔力ゆえ……」
つまりは自分たちの所為だと言いたいが、そこからの言葉が出ない。
騎士たちも何も言えず、夜の帳が悲しみと共に騎士たちを包む。
「助けなきゃ……はやてを助けなきゃ!!」
ヴィータが涙を浮かべて皆に答える。
「シャマルは治療が得意なんだろ!? あんなものすぐ治してよ!!」
「ごめんなさい……私の力じゃあ……」
泣き崩れるシャマルからカリフに視線を向けて縋りつく。
「カリフも気とかいう奴で治癒術が使えるんだろ?……なんとかなんねえのか!?」
「はっきり言って無理だ」
「んなもんやってみねえと……!!」
食い下がるヴィータだが、カリフの本気の表情に言葉が詰まる。
「……はやてはオレよりも遥かにもろい……そんな奴にオレの気を撃ち込もう物なら体が気に耐えきれずに内側から破裂するぞ」
「そんな……なんで……なんでだよぉ!」
ヴィータがカリフからの通告に大声で泣き叫ぶ。
そんな中でも、カリフはシグナムに問う。
「で、これを防ぐ手立ては本当に無いのか?」
問われたシグナムはネックレスとなったデバイスを手にとって答える。
「そのことについてなんだが……カリフ……」
シグナムは歯を食いしばり、残念そうに告げた。
「お前は我等の下を去れ」
シグナムの一言に騎士たちが抗議の声を上げる。
「シ、シグナム!?」
「何言ってんだよ!? なんでカリフを追い出すんだよ!!」
「……!!」
周りの抗議の声を甘んじて受け、理由を話す。
「これから我等がしようとすることは過酷で、法に触れることだ……正直言えばお前の力を貸してほしいんだが……」
「じゃあ……!」
「ヴィータ……彼は騎士じゃない……主はやての友人なのだぞ?」
「!!」
この一言でヴィータも意気消沈する。
そもそも、この問題は自分たちの問題であり、カリフは何も関係が無い。
そんな彼がこれから行うことを共闘すれば、間違い無く犯罪者として追われる身となる。
そういうことだった。
「今まで共に過ごし、切磋琢磨してきた同志を切り離すのは私とて遺憾なんだ……だが、我等の都合でカリフの一生を汚したくないんだ……それにこの作戦は限りなく可能性も低い……」
シグナムがカリフの身長に合わせて言い聞かせる。
「分かって……くれるな?」
優しく、しかし悲しみを帯びた瞳で笑いかけながらの言葉にヴィータたちも何も言えない。
こんなことで彼の一生を狂わせてはいけない……長年に渡って闇の書の騎士をやってきた彼女たちなりの罪滅ぼしかもしれない。
今まで黙りこんでいたカリフは口を開ける。
「……んな…」
「え?」
何て言ったのか聞き取れなかったシグナムがさらにカリフに近付いたとき、突然に胸倉を掴まれた。掴まれたシグナムは恐る恐る聞いてみる。
「カ、カリフ? な、何を……」
だが、カリフが怒りを込めた瞳をシグナムにぶつけて黙らせる。
「嘗めんなつったんだよ……出て行け? 巻き込みたくない?……随分と勝手な物言いじゃないか?」
「そ、それは……」
「お前が…オレの生き方に口出しするな……! オレの人生はオレのものだ……オレがどう生きるかはオレの自由だ…!」
ある意味予想通りの答えにシグナムは安心してしまった。
このことが許されないことだとしても、シグナムは安心してしまった自分に怒りを覚える。
だが、ここで代わりにザフィーラが続ける。
「分かっているのか? ここで我々と共に行くとすればお前は……」
「犯罪者?……だからなんだ? そんなことは重要じゃない」
自分の胸に手を当ててハッキリと答えた。
「オレはオレの約束を全うする!! 約束破って安息に埋没するくらいなら喜んで死を選ばせてもらう!!」
言葉の節々から感じるカリフの覚悟…意地を肌で感じた騎士たちは唾を飲んだ。
約束のためなら平気で茨の道を進むであろう純粋さを愚かだと笑う者もいる。
だが、その純粋さが騎士たちにとってはとても尊く、眩しく見えた。
「それに、貴様等の役目ははやての守護だろうが!! オレじゃない! はやてだ!!」
全員を一瞥してハッキリと答える。
「オレがはやての足枷になると思ったら斬り捨てろ!! 置いてけよ捨ててけよ!!」
ここでシグナムとザフィーラは顔を俯かせ、ヴィータとシャマルは涙を浮かべて見つめてくる。
「お前は……それでいいのか?」
「……オレはオレのやりたいようにするだけだ。はやての救出もあくまでボディガードとしての口約、貴様等との利害の一致故だ」
そして理解した。
もう、この少年を止めることができない……と。
騎士たちは表情を引き締めて頷く。
これ以上、カリフの信念を侮辱しないために……少年を地獄へと誘う。
カリフはどこか納得した様子で問う。
「……可能性が零でない限り、思いつくことはしらみつぶしに行うぞ」
後悔しないため、約束を守るため…彼は再び暴力を振るう。
「教えろよ……はやての破滅を打破する可能性って奴を……」
戦いの火ぶたは……静かに斬って落とされた。
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