魔法少女リリカルなのは〜生まれ墜ちるは悪魔の子〜 三十九話 |
しばらくの間、自分の弱さに黄昏ていたカリフも気持ちの整理がつき、妙に晴れ晴れとした表情ではやての家へと帰っていった。
その時、プレシアを含む騎士全員が何事かとカリフに殺到した。
最初はカリフの晴れ晴れとした表情になんでもないことかと思っていた。
だが、内容は九歳の少年が負うにはとても重く、深刻な内容だった。
『『『……』』』
「なぜお前等が暗くなる?」
フェイトたちとの決別……一つの友情に終止符を打った目の前の少年にヴォルケンリッターたちとプレシア、そしてなぜか一緒にいるアリシアはただ重苦しそうに顔を俯かせて暗くなっていた。
とりたて、一番重傷なのはプレシアだった。
「ごめんなさい……まさか私のせいで……」
「ふん、今はそんなことはどうでもいい。所詮、人と人の関係なんてこんな物だ。遅かれ早かれこうなることは分かっていた」
あまりにドライな発言を温州ミカンを頬張りながら言うカリフにプレシアは苦しそうな表情を浮かべる。
だが、ここで異を唱えたのはヴィータだった。
「カリフは……それで平気なのかよ?」
「は?」
「だって、今まであいつ等を助けてきて、共に戦ってきた友達みてえなもんなんだろ? いいのかよ……アタシ居続けたらお前……一人ぼっちじゃんかよ……」
「不服か? オレが足手まといだとでも?」
「ちげえよ! お前がいてくれて本当に嬉しいし、助かってる! お前の手伝いでアタシらも無理なく早いペースで蒐集できてる! だけど……それじゃあお前が辛いじゃんかよ!」
「ヴィータ……夜中だぞ」
「……ごめん……」
いきり立ったヴィータをシグナムが抑えて落ち着かせる。
ヴィータは言葉は悪いが、決して悪い性格ではなく、むしろ真っ直ぐで仲間想いの所がある。
だからこそ、ヴィータが本気で心配していることは分かる。
それは騎士全員も同じこと、自分たちの蒐集は上手くいっているし、このままのペースなら闇の書の覚醒も直ぐに完成するだろう。
だが、カリフは?
自分たちの目的とは裏腹にカリフはだんだんと周りから疎まれ、孤立していく。
だが、それでも嫌な顔せずに手伝い、ますます孤立していくカリフに心苦しさを覚えていた。
だが、次のカリフの言葉でその心情は膨れ上がる。
「友達? 友情? 仲間? ハッ! なんだそれ美味しいの?」
カリフはまるで価値の無い物と『友達』の定義を否定した。
「オレはいつだって独りだった……気に入らねえ奴はブチのめして未だに病院から出て来ねえ奴もいる。上から威張るしか脳の無い野郎にはヤキ入れて世間に出られねえ体にしたこともある……そして、どいつもこいつもオレに脅えるだけで心から同調しようと思いもしなかっただろうよ」
「そ、それは……」
「お前等からしたらオレは薄汚れてるだろうよ……汚い物がさらに汚くなったとしても同じこと……違うか?」
「そんなことは……」
もう、どんな言葉を選べばいいのか分からなかった。
彼からしたら他人の考えを押し付けているように思えるのだろう……
誓いを抱いた騎士、娘のために全てを捨ててきた母親にはもう何も言えなかった。
カリフは立ち上がって大口で欠伸した。
「オレを理解してくれるのは『自分』だけで充分だ」
そう言い残し、カリフは部屋を出て行った。
その後に残された何とも言えない空気になってしまった中、アリシアが不思議そうに聞いた。
「お母さん……カリフくんを心配してるの?」
「……えぇ……だけど、本人がああ言うんじゃあ……」
プレシアもどうしたらいいか分からない。
自分の娘一人救えないのに、どう声をかけたらいいのか……
自分の非力さを嘆いていた時だった。アリシアはたどたどしく言った。
「でも……」
「?」
「……やっぱり独りは寂しいよ……」
『『『……』』』
アリシアの言葉にどうにもやりきれない想いを隠せない……
この日の夜はそれ以降何も言えぬまま、より一層静かな夜となり、自然解散した。
◆
一方、カリフが帰った後のリンディ家も似たような雰囲気だった。
フェイトとアルフはショックで寝たきり……なのはも暗い雰囲気を出して帰っていった。
そんな中、なのはの肩に乗っかるユーノは複雑な心境だった。
(なのはもフェイトもアルフも……連戦の疲れで冷静な判断力を失っている……クロノもリンディ提督も表面は冷静そうだけど内心では焦っているのが手に取るように分かるよ……クロノの父親の件が関わっているからかもしれないけど……)
以前にユーノは聞いたことがあった。クロノの父親のことを……
クロノの父親のクライド・ハラオウンは昔に闇の書の護送中での闇の書の暴走に巻き込まれた。
そして、止むなくクライドと共に護送船を撃ち落としたのがクライドの師匠であるグレアムだという。
そのこともあって、クロノとリンディの冷静さが欠けていることは今回の件でも明白だった。
その証拠に、エイミィも今回の引き金となった写真について疑問を持っているらしい。
(あの匿名の写真……あの内容が事実だとしても怪しすぎることには変わりない……)
ユーノはカリフを信じている。
カリフは嘘を吐くこともしなければ意味の無いことをするような人物ではない。
今回の件でプレシアの蘇生は間違いないだろう。
(そして、あの写真が僕たちをかき乱し、カリフを孤立させた……まるで邪魔者を消すように……故意的に……)
そんなことに何の意味が?
そもそも一体誰が……
(……駄目だ、分からないことは分からない……まだ証拠もなにもかも少なすぎる……)
頭を振って考えを切りかえる。
(だけど弱気にもなってられない! 僕にできることは闇の書のことを調べてはやてを助ける! そしてカリフを独りにさせないことだ!)
やることは多くても、ユーノは決心した。何が何でもこの事件を終わらせてやろうと……
(クロノたちは時間を置いて説得しよう……今日は間が悪すぎる)
ユーノは高く光る一筋の星屑を仰ぎ見て、新たな戦いに一歩を踏み入れようとしていた。
◆
カリフが色々な物を失ってから一晩が明けた。
いつものように早朝訓練を終え、皆と朝ご飯を食べた後で庭でザフィーラを指南していた。
はやてを含めた全員はなんとなく眺めていた。
「今日は新たに課題を与える……お題は『切れ味』だ」
「切れ味……鋭さの強化か?」
「あぁ、お前の攻撃は確かに重い……だが、それは肉体破壊の遅効性なものだ。スパっと意識を絶ち切る速攻性の攻撃も加われば大体の戦闘で有利になるはずだ」
「なるほど……」
説明を終えると、カリフはおもむろに大量の煙玉を近くに置いていたバッグから取り出してきた。
皆が怪訝そうに見ていると、カリフは一つに火を付けて放った。
そして、凄まじい煙をモクモクと放出させると、ザフィーラを呼んだ。
「それじゃあ……この煙の前でシャドーしてみろ」
「?……あぁ」
訳も分からずにカリフの言われるがままに煙の近くにまで来て拳を構える。
頭の中で最近戦ってきた好敵手であるアルフをイメージし、拳を振り抜いた。
『シュボッ!』と重い音を鳴らしてザフィーラの拳が煙を貫いた。
「すっごい音〜」
「せやね〜、どこにも改善する点なんて見当たらないと思うんやけど」
アリシアとはやては姉妹のように並んで観戦していた。というのも、プレシアたちは話し合った結果、カリフの後見人かつ、しばらくははやての保護者として家に居座ることとなった。
ザフィーラに話を戻し、続けて蹴りも加え、苛烈を極めた時だった。
「げほ! けほ!」
突然、ザフィーラが咳き込むも構わずに続ける。
だが、それに加えて煙はどんどんザフィーラを包んでいく。
もはやシルエットまでしか見えなくなった時、カリフが手を叩いて音を鳴らした。
「はい止め。出て来い」
そう言ってザフィーラを呼び出し、煙から出す。
カリフはすぐにまた続けた。
「お前はなまじ攻撃力が高いが、煙を切り裂くような鋭さと俊敏さが足りない。だから文字通り煙に巻かれるんだよ」
「どういうことだ?」
言っている意味が分からずに聞き返すと、カリフは腕を組んで言った。
「お前は攻守ともに五分五分の実力だ。よく言えばバランスタイプだが、悪く言えば決定打が見当たらない……いい所も悪い所も無いタイプだ。ある意味タチが悪い」
「……そうか」
これにはザフィーラも甘んじて受け入れた。カリフはいつも正直に言うタイプだからそれは事実なのだろう。
実際、ザフィーラには一撃必殺というべき技は持ち合わせてはいなかった。
「まあ、よく言えばバランスタイプと言っただろう。逆に言えば弱点は存在しないということ……このまま鍛え続けても充分に通用はする……だからこの鍛錬も『できたら得』って感じの物だ。別にやらずに他の訓練しても問題はないものだ」
だが、ここまで言われて黙っているザフィーラではない。
望めるなら強くなりたい。
「いや、やらせてくれ。それで少しでも強くなれるなら」
「そうか。じゃ、やっちまおう」
アッサリと承諾したカリフは未だに噴き出る煙幕に近付く。
「これからオレの真似ができるようにするのが『課題』だ。イメージとしては煙さえも『追い越させない』、『切り裂く』と言った感じだな……」
そう言いながら急にカリフが拳を放った。
ザフィーラの時はそれで腕の周りにできた微小な空気の流れでザフィーラに引き寄せられた。
だが、カリフはというと、なんと煙は依然立ち昇るだけに止まった。
それどころか拳の穴が綺麗に残っているほどに……
「『煙』自体でさえも貫かれたことに気付かずに空へと舞い上がる……それくらいできたら超一流だ」
その瞬間、カリフは蹴りだけで煙を切り裂いた。
そして、俊敏な動きで丸や三角などの綺麗な形を切り取っていく。
しかし、煙は霧散せずに未だに穴だらけになっても宙に舞い続けていた。
ザフィーラはもちろん、はやてやアリシアたちも煙のアートとカリフの芸当に感心の声を上げた。
「これさえできたら技を一つ、いや、二つばかり教えてやる。俊敏さと柔軟さを完璧に身に付けた時、お前を強くしてやろう」
「あぁ!」
さも当然のように言うカリフにザフィーラも力強く答えた。
そして、すぐに新たな煙玉を使って自主練に挑む。
そんなやり取りも終わり、カリフはヴィータを目配せで呼んだ。
「……」
それにヴィータも頷いて了承した。
「はやて、ちょっと行ってくる」
「うん、分かった。気を付けてな?」
「うん!」
元気よく返事してヴィータはカリフの後ろを追い掛けて行った。
「……」
プレシアはここではやてとアリシアの身の安全のためにここに残ることを選んだ。
進行状況は順調。
カリフはそう思っていた。
◆
暗い世界
光はおろか日の光さえも存在しないような世界
その中で、一人の銀髪の女性は項垂れていた。
肩を震わせ、嗚咽を漏らして泣き崩れている。
「止めてくれ……また……繰り返してしまう……」
女性が何を言っているのか分からない……
だが、彼女の悲しみは周りの世界と同様に黒く濁っていた。
そして、女性の足元よりも遥か下へ……下へ……下へ……
果てしない深い闇の中では卵と思しき物が脈を打っている。
黄土色の肉の塊が脈を打っている中で、『声』が聞こえた。
『ジャ………ネン……バ………』
小さくも、しかしどこまでもさえ渡って聞こえてきた女性は耳を押さえて涙しながら聴覚を遮断する。
「一体どれだけ……愛しき者を消さねばならないんだ……」
縋るような、逃れるような悲痛な声を上げても誰にも聞こえない……
「私は……私は…………」
『闇の書』
カリフたちはまだ知らない
この一冊の本の中に眠る
逃れられぬ怨念を……脅威を……
鬼の存在を……まだ知る由も無い……
説明 | ||
恐怖の片鱗……運命のカウントダウン | ||
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