15 奪われました……っ!? すずか様……
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●月村家の和メイド15

 

「管理局からの要請……ですか?」

 緊急と言う事で龍斗に呼ばれ、夜中八束神社に訪れたカグヤは、その内容に首を傾げます。

「そう、なんでも第一級クラスのロストロギアがあって、それを使っているらしい危険人物が、管理内外を問わない世界で暴れてるっぽいんだって。被害も出ているし、範囲からいって此処も安全とは限らないから、調査隊を派遣するための許可が欲しいんだって」

「そうですか。なら調査隊のメンバーをこちらに提示していただけるのなら、その人数のみを許可すると言う形で良いのではないですか?」

「え? そんな簡単に良いの?」

 カグヤの答えに戸惑ったような表情をする龍斗です。カグヤは何か意外な事でも言ったでしょうか?

「なんですかその顔は? カグヤが断るとでも思ったのですか?」

「前との対応が全然違うから……、そう思っても仕方ないでしょう?」

「龍斗は土地守としての考えが足りていない―――いえ、元々東雲でない龍斗に理解を求めるのはまだ早計ですね。……一から説明するとですね? 管理局とは以前の事件で返す物をちゃんと返してもらいました。まだ全てではありませんが、それも充分な分を頂いています」

「いつのまに……」

「その上で、今回はちゃんと前もっての連絡をして手続きを取っているのです。目くじら立てる必要はありません。それに、案外これが重要だったりするのですが、カグヤ達はあくまで『海鳴の土地』の管理者で、この『世界』の管理者ではないのです。ですから、カグヤ達の管轄内であれば許可を出せますが、それ以外の場所で何かあった場合は当人達でどうにかしてもらうしかないのです」

 他の土地に侵入する際は、その土地の管理責任者を見つけ出し、そっちで交渉してもらうしかない。それが現状、カグヤ達の言える全てでしょうね。

「海鳴の土地守として、他の土地守に『書状』の様な物を作る事はできますが、直接の係わりはないカグヤ達の文が、どの程度効果があるか解りませんしね」

「つまり、はっきり言って、『俺達の土地なら許可を出せるが、世界となると責任持てないぞ』ってこと?」

「そも、土地守と言うのは地域にバラついていますから、一つに纏まろうとしない嫌いがあります。なので、『世界の管理者』ともなると、霊脈を守る『((天照|アマテラス))』くらいしかまともに話せる相手がいらっしゃいませんので」

「え? 何それ? 『天照』って、神様の名前じゃ?」

「そう言えば説明した覚えがありませんでしたか? 少し長くなるのですが、この際ですから説明しましょうか……。

 龍脈の事を説明した時、これを『地球の血管』と例えた事がありましたね? この血管は地中に埋められた地脈そのモノです。海や大地の力がこの龍脈なのです。

 対して霊脈と言うのは、空間に作られた『地球の神経』です。これは天の力とも言われ、地球の力の運用を司っているそうです。龍脈が歪むと異常気象が起きるのは、龍脈の歪みが神経である霊脈に伝わり、その歪み部分を治そうとする地球規模の自己治癒能力の一環とも言われています」

「え〜〜っと……、つまり完全に地球を生物扱いして考えているのが、この龍脈霊脈ってやつなんだな?」

「そうなります。そして、龍脈が集中している『土地』を管理守護するのが『土地守』またの名を『月読』とも呼ばれているカグヤ達ですね。そして空、空間に広がる霊脈を管理守護するのが『天津守(あまつもり)』またの名を『天照』です。天照大神の神社が多くの地方に在るのは、その周辺に霊脈があるかららしいですよ。中には龍脈と霊脈が重なっている場所もあり、守人同士助け合っているとか」

「うわ〜〜……、なんかドンドンスケールの大きい話しになってきたなぁ〜」

「元々世界はスケールが大きいのです。それを知っただけの事です。……まあ、カグヤも書物で得た知識ですから、今はどのようになっているかまでは解りません。そこらへんの詳しい所は、『退魔巫女』などをしている方(かた)が良く御存じらしいですよ」

「じゃあ、姉さんに訊いてみるか?」

「待ちなさい。今何と言いました?」

 龍斗があっさり呟いた聞き捨てならない発言に、カグヤ、条件反射で問います。

「え? だから姉さんに聞こうって……?」

「あなたの御姉様は『戦巫女』ではなかったのですか?」

「ああ、そっかごめん。主流は『退魔巫女』の方なんだよ」

「こう言ってはなんですが……、あなたの御姉様は化け物ですか?」

 戦巫女は妖怪、つまり人災級の被害に対処する巫女です。対して退魔巫女と言うのは、全ての厄災に対処する力を持った者だけに与えられる、もはや称号とも言える職です。解り易く言うなら、弁護士が進化して大統領に、剣士が進化して勇者になってしまったような物です。

「ですが、それだけの力を持っていれば、『守人』からは引っ張りだこですね。報酬に見合わない過酷な依頼も多いでしょうに……」

 それにも拘らず、今ではカグヤ達の留守番をしてくださったり……、本気で頭が上がりませんね。

「えっと……、そろそろ話戻していい?」

「ああ、これはすみません」

「結局、管理局には海鳴周辺ならこっちで許可を出せるけど、他は自分達で土地守の管理者を見つけて、交渉しろ……って事でいいんだよね?」

「そうです。もっと手っ取り早くやりたければ、『天照』を探すべきでしょうが、実を言うと何処に居るのか、カグヤにも全然わからない人達ですから。天照大神の奉られる神社周辺を捜せば見つかるかもですけどね」

「リンディさんのお友達、過労で倒れなきゃいいけど……」

 苦笑する龍斗の顔を見て、一つ思い出した事がありました。そう言えば彼はこの事件に係わったユーノ・スクライアと、管理局の魔導師、クロノ・ハラオウンの二人と、今でも文通するくらいの仲とか。その話を聞いた時「初めての男友達だから、何だか照れ臭いやら浮かれちゃうわだよ」と言った時に一発蹴り飛ばしたくなったのは内緒です。代わりに一発殴りましたけど。

「どうせならお友達も招いたらどうです。一回使い捨て用の許可証を作れば、数人のお友達くらい手続き無しで入れますよ」

 まあ、手続きと言っても連絡して許可もらうだけなんですけどね。一応、記録書には記載しますが。

「いいの?」

「許可を求められるのは魔術師だけで、何も知らない魔術師の子供が、一般人の親に連れられてここに引っ越してくる事もあります。それについては発見されても事件を起こさない限りは黙認されるものですから。既に知り合っている御友達なら、複数所持させなければ構わないですよ」

 最近うるさくなり始めた御偉い方には、色々脅すネタが出来たので、静かになってくださっていますしね。そろそろ義姉を苦しめた連中にじわじわと首を締め始めるとしましょう。管理局と言う、『魔術文明世界』とのパイプが、カグヤと龍斗しかいないと言うのは実に都合の良い仕掛けですよね。もはや形だけの権威などない事を教えて差し上げます。

「ふっふっふっふっ」

「どうしたのカグヤちゃん!? 一人で笑いだして!?」

「いえ、カグヤも大人になり始めたなと、悦に浸っていただけですよ」

「口が三日月で怖いっ!?」

 

 

 更に数日後の昼、カグヤは再び八束神社に訪れていました。内容は簡単。最近土地内部で何度か感知される魔法の痕跡。どれも小さく、気の所為だと言ってしまえばそれが通ってしまうほど些細な痕跡。ですが、回数が明らかに多いです。これは何かあると思い、急遽、土地守として会議をするべきだと判断したのです。

「休日にお呼び立てして申し訳ありません」

「大丈夫、今日は特に用事もなかったから」

 カグヤの詫びに応えたのは高町なのはです。この土地に纏わる異常に対して、彼女も龍斗と『天后』と言う式神として契約している以上、無関係ではなくなっています。なので、今回はカグヤも狐の面に桜の着物を纏い、魔術師スタイルです。

 本殿に三人全員が集まったところで会議を始める事とします。本当は緊急と言う事もあって龍斗の御姉様もお呼びしたのですが、あちらもあちらで緊急の用事があったようです。こちらは会議ですが、向こうは御仕事らしいので、そちらを優先してもらいました。

「会議内容は簡単です。最近土地内部に見られる魔力反応についてです」

「魔力反応? それって、またジュエルシードみたいなのが海鳴にあるって事?」

「違うよなのは。そんな大きな気配じゃなくて、龍脈を感じ取れる人間しか解らないような微細な気配の事だよ。まあ気の所為の可能性もあるんだけど、なんか回数が多いから、ちょっと警戒しようって事なんだよ」

「そうなんだ」

 なのはが納得して下さったところで話を戻します。

「まず、僕は霊鳥を使い周辺を『視覚』で探ってみましたが、目ぼしい成果はありませんでした。そもそも気配のあった場所を正確に把握できないのも困りものです。そこで、土地内部に気配察知の陣を張ろうと思うのです」

「『じん』?」

「なのは、それくらい解ろうね? 魔法陣とか言うでしょ?」

「あ、ああ、そっか……!」

 知っている言葉を訊き返してしまった事に羞恥でも覚えたのでしょうか? 真っ赤な顔で後ろ頭を掻きながら苦笑いするなのは。その仕草が可愛いと思いながら、今は会議中なので『悪戯心』を封印します。ああ〜〜〜……、でもからかいたい……っ!

「コホンッ……、それでですが、問題は陣を張った後の事です」

「え? 何か問題があるの?」

「質問ばかりですね高町なのは」

「す、すみません……」

「いえ、別に叱っている訳ではありませんが……。陣を張った後、発見されたのが魔術師であった場合です。なのはやフェイトの一件がありますから、その可能性がないとは限らないでしょう。もし相手が敵意ある存在であった場合、僕達は土地守として殺さなければならないのです」

「え……」

 顔を歪めるなのは。最近分かってきたのですが、どうやら魔術師のこの常識は、一般人から見て、あまりに逸脱した考えらしいです。かと言って、する事は変わりませんので、ここは敢えて言葉を選ばずに言う事にしましょう。

「相手がなのは達の例であれば問題ありません。土地に被害を与えない限りは黙認します。しかし、それ以外であったり、事情を故意に隠そうとしている様でしたら、その時は魔術師としての対応を取らざるおえないのです」

「でもっ! いきなり殺したりなんか……しないよね?」

「俺達も殺人集団ってわけじゃないから、そんな事はしたりしないよ。でも、相手の目的が何であれ、それで龍脈を不安定にされるなら、放っておく事はできない。だって、それはこの町の人達全員を蔑にされているのと同じなんだから」

「そう、だけど……」

「魔術師の世界に善悪などはありません。あるのは『目的』と『手段』だけです」

 カグヤに言われたのが堪えたのか、俯いたまま黙ってしまいます。

 龍斗は念話(これ、カグヤは覚えてないので返事を返せないんですけどね)で「なのは国語苦手って言ってたから、難しい話しされると苦しいのかも?」と苦笑い気味の助言をいただきました。この様子ですと龍斗は気付いているようですね。

 カグヤはまだ理解できていない、なのはのために、ストレートに教えて差し上げることとしました。

「ですが、それは魔術師の話。土地において『式神』という立場にあるなのは別の話です」

「へ?」

 訳が解らないと言った表情で目を見開くなのはに、龍斗が人差し指を立てて御説明します。

「つまり、見つけた相手をなのはが捕まえて、自分の判断で御話を聞くくらいなら何の問題もないって事だよ。なのはは東雲の関係者だから、土地守の役目をこなせる。だけど正式な立場は『東雲龍斗の式神』だから、土地守のルールに従わないといけないって事はない。おまけになのは個人も魔術師だから、独自の判断で行動しても、主である俺が許す限りは何やってもいいって事」

「東雲当主の権力って便利ですよね〜〜〜、八束以外、誰も口出しできない上に、八束には魔術師の血統尽きてますから、大きな顔できませんしね〜〜〜」

 下手に干渉するなら龍斗に当主の座を降りると言わせればいいのです。十二神将の式神が一符『天后』を預かる龍斗が降りるのは、八束としても困りモノでしょうしね。

「そんな訳で、発見した時は、龍斗、もしくは僕が対処しますが、最終的にはなのはに居てもらわねば魔術師の判断を下します。もしなのはが事情を聞きたいと思うなら、しばらく周囲の気配に気を配っておいてください」

「はい! 解りました!」

 そんなわけで、カグヤは今夜から土地内部に感知結界を張り巡らせると言う大仕事をする事となりました。

 

 

「とりあえずこれでいいでしょうかね〜〜〜……?」

 日も暮れてしまった遅い時間、カグヤは海鳴市のオフィス街、路地裏にて、察知用の陣を描き終え、一息吐きました。

 察知用の結界は、四十センチくらいの大きさの陣を、複数個所に配置する事で、陣で囲った内側の魔力を素早く正確に感知する事が出来るようになるのです。

「だいぶ描き終えましたし……、この分なら十二月までには目ぼしいところ全てに配置し終えるかもしれませんね」

 さて、描き終えたのであれば戻るとしましょう。そろそろ帰らないと晩御飯が遅くなってしまいます。なんせ今日は晩御飯のおかずの買い物をカグヤが任されているにも拘らず、寄り道で結界作りなどしてしまいましたからね。

 それに今日、なんでもカグヤにはプレゼントがあるそうなので、ちょっと楽しみです。

「待て」

 浮き立つ足で駆け出そうとした時、突然現れた気配が後ろから声をかけてきました。

 条件反射で振袖から匕首を一本取り出しつつ、振り返ると、そこにはガタイの良い男が立っていました。……いえ、敢えて避けましたがしっかりと現実を見ましょう。何やら青い毛並みの犬耳と尻尾が付いた、額に宝石のある褐色の男です。

「何処かで見た様な人ですね? 亜種ですか?」

 苦手な距離なのでじりじりと後ずさりながら訪ねると、男はその質問を無視しました。

「貴様、何者だ? 最近この町に妙な仕掛けをしているのはお前か?」

「おや? カグヤが何かをしている事が解っていながら、それが何なのか解らないとは……、どうやらお目当ての相手が見つかったと見えます」

「どう言う意味だ?」

「悪いですが立場が逆です。あなたこそ人の領地で何勝手な事をしているんです? ここは東雲の管轄。魔術師であるなら、カグヤ達に断りを得るのが当然の礼儀」

「魔術師? 東雲の管轄領域だと?」

「知識が御有りでないと言う事は、……そうですか、あなたはこの世界の人間ではないのですね」

「! ……貴様、管理局か?」

「管理『局』ですはないですよ。管理者。この土地の主です。いい加減言葉を改めなさい不法侵入者」

 強気に睨みつつ、まだ近い距離にカグヤは焦らず慌てず距離をとります。しかし、相手もバカではないようで、一歩分距離が開くと一歩近づいて来て、せっかく作った距離をチャラにされます。この距離の感覚……、どうやら相手は近接戦闘タイプですか、カグヤの一番嫌いな相手ですね……。まだ龍脈から霊力を取り込む準備が出来ていないので、戦いになったらアウトです。

「質問します。土地への不法侵入の目的はなんです?」

「この土地に害をなすつもりはない。出来れば見逃してもらいたいのだが」

「それはできませんね。組織立った魔術師が土地に介入してはならない。それが魔術師の最大のタブーなのですから。あなた達が警戒する管理局とも、それで一度は対立したくらいです。あなた方に譲歩するとでも?」

 カグヤは挑発気味にカマをかけると、男は多少怪訝な顔をしました。

「お前の言う組織とは、どれほどの規模の事を言っている? 何か勘違いをしていないか?」

「いいえ、その質問で充分ですよ。これであなたは『ある程度のグループで動いているが、組織と言うほど巨大なモノとして動いていない』っと言うのが解りました。多くても八人、少なくとも五人構成と言ったところですか?」

「!? 貴様っ!」

「口を慎めと言ったはずだぞ? 誰を前にしていると思っている?」

 男の表情が激変したので、カグヤも魔術師モードに入って牽制します。直接対決になったら困るので、口の上だけで押し勝ちたいところです。

「茶番は止めろ。大した魔力も持っていない子供が土地の管理者などと言い張るつもりか?」

「どうやら、この土地の……、いえ、この世界の魔術師に会うのは初めてとお見受けしますね。子供が管理者と言う事は、それなりの理由があってしかるべきなのですよ」

「……随分大そうな言葉を使うが、給仕服の女がそれだけの地位だと?」

「僕は男だ」

「どうせ吐くなら、もっとマシな嘘を吐け!」

 男が地面を蹴り飛ばし、急激に接近してきます。カグヤは、買い物籠を宙に投げ、振袖から取り出した二刀の匕首で迎え撃ちます。

「悪かったですね! 男に見えなくて!!」

 一閃交え、通り過ぎたカグヤは、一撃で砕けた匕首を捨て、落ちてきた買い物籠をキャッチすると、それを隅の方に置きます。

 拳を突き出した男も振り返ると、今度はしっかりと構えて向かい合います。

「今、何故魔力を使わなかった?」

「何故使わなかったのかより、使われなかったのに一撃をいなされた事に注意点を向けるべきですね」

「貴様が使わなかったから拳を下げたのだ」

「それがカグヤの答えにございます。バカでない限り、怪しんで攻撃を緩めるが道理でしょう? 匕首二本で魔力を付与した一撃を避けられるなら、これほど割に合った賭け引きはございません」

「……貴様、どうやら相当魔力が無いようだな」

「どうでしょう?」

 カグヤは札を三枚取り出すと、それを霊鳥に変えて相手に放ちます。

「霊鳥!」

「効かんっ!」

 三羽の霊鳥は、男が突き出した掌から発生した障壁に妨げられ、弾かれてしまいます。ですが―――、

「後ろががら空きにございます」

「むっ!?」

 自分達で意思を持つ霊鳥は、正面からの攻撃を弾かれ、今度は後ろから攻め直してきたのだ。

「誘導弾? なら消してしまえば―――!」

 霊鳥に対して攻撃の構えをとった男目がけ、更に霊鳥を三羽呼び出し、放出します。挟み撃ちの攻撃に対し、男は瞬時に判断し、こちらに向かって突進してきます。

 どうやら霊鳥の威力が弱い事を見抜かれ、突進すればいいとバレてしまったようです。

「こう言った力任せタイプは嫌いなんですよ……!」

 振袖から二本の棒を取り出し、連結させ、一本の棒に変えると、突っ込んで来る相手に向けて突き込みます。相手の突進力を逆に利用したカウンターだったのですが、あっさり躱され、低い姿勢から顎目がけて拳が突き出されます。

 なんとか首だけ動かして躱し、頬に掠っただけに止めましたが、続いて繰り出される蹴りに対処できず、横腹を薙がれ、壁まで突き飛ばされてしまいます。

「んぐ……っ!」

 立て続けに突っ込んで来る相手に気付き、素早く振袖から金剛杵を四本、指の間に挟むようにして取り出し、カグヤの前に並べるように配置します。同時に突き出される拳に目を見開きながら、カグヤは祝詞を見ます。

「遮(さえぎ)!」

 金剛杵で作ったラインが魔力によって結ばれ、強固な壁となって男の拳を受け止めます。この一撃を防ぐくらいの強度があるのは、なのはと龍斗の余波で何度も確認していましたからね。相手は障壁を砕こうと、思いっきり腕を振り被ります。まるで鏡の前に居るように……。

「!?」

 自分と同じ動作をしている事に訝しんだ表情をする男目がけ、カグヤは手に掴んでいた霊鳥を変換します。

「……弓に番える時間がないのは残念ですが! 擲(じゃく)!」

 短い祝詞を詠み上げ、変換した『矢鳴り』を弓でなく、腕による投擲として正面に放ちます。同時に前面に展開していた障壁を解けば、こちらのカウンターが絶妙なタイミングで放たれます。

「ぐぅっ!!」

 男は咄嗟に一歩下がり、両手で障壁を作り、この一撃を受け止めます。

「連(れん)―――擲!」

 立て続けに札を『矢鳴り』に変え、手順量産の祝詞を読み上げながら、両手を使って連続投擲を放ちます。しかし、放たれた六本の矢が全て盾によって防がれてしまいます。

「弓でなかったとは言え、障壁貫通用特化術式である『矢鳴り』をこうも防ぐとは……!」

 随分固い盾を作ります。距離も望んだほど稼いでもらえません。こうなれば残りの魔力を全て使う事になりますが、八尺瓊勾玉で障壁を突破して一撃を与えた後、霊力の供給を得て、一気に勝負を付けましょう!

「術式・八尺か―――!」

「遅いっ!!」

 速いっ!?

 大ぶりにならないように気をつけていたはずが、相手の踏み込みが想像以上に速く、対処が全くできません! クイック・ムーブを使っても、もはや逃げ切れる可能性は零。ならば―――!?

「はっ!」

「がぐぅ……っ!」

 男の拳が深く、カグヤのお腹にめり込みます。

 込み上げる嘔吐感に逆らう事が出来ず、喉の奥からすっぱい液体を吐き出してしまいました。

「咄嗟に防御に魔力を回したか? 良い判断だったが、身の程を知るのだったな。その程度の力で勝てるほど、実戦は甘くない」

「ぅ……ぐ……」

 一撃で全身の力を奪われたカグヤは、力なく地面に倒れる事しかできません。自分の身体に神経を研ぎ澄まして確認して行き、自分の体で動かせる個所を探します。そして……、カグヤは歯を食いしばります。

 身体が……、完全に動きませんか……!?

「す……ずか、さま……!」

 敗北の後に待つ死を予感して、カグヤはただ一人、大切な人の名を無意識に口にしていました。

「くぅ……っ!」

 苦悶の表情を浮かべ、なんとか逃げだす方法はないかと頭を働かせますが、魔力も完全に尽きた今の状態では、何の手立てもありません。

 男はカグヤを見下ろしながら、無造作に手をこちらに突き出しました。

「お前も魔導師なら、リンカーコアがあろう。悪いが貰っていくぞ」

 リンカーコア? 『魔導師なら』と言う事は、魔力の精製器官の事でしょうか? 頭に疑問符を浮かべると同時、カグヤの胸の奥から、何か重大な物が抜け出て行く不気味な感覚が襲いました。

「んぁ……っ! ぁ……が……っ!?」

 痛み、と言うモノとは違います。痛みはないのですが不気味な感触と苦しみだけが胸を中心に広がり、やがて胸の奥から紫の光を持つ何かが抜け出て来たのです。

「頂いて行く」

 男がそう呟いた瞬間、紫の光から重大な何かが抜け落ちて行き、すぐに光はその輝きを失い始めました。同時に襲う言い表わす事の出来ない苦しみに、カグヤは苦痛の声を上げる事しかできません。これが、死への歩みなのだとしたら、何とおぞましい感触なのでしょう。

「んぐぁぁぁぁ〜〜〜〜………っ!」

「なにっ!?」

 カグヤの中から、光が消えて行き、意識を殺(そ)ぎ落とされていく中、男が慌てた様子で手を引っ込めたのが微かに見えました。

「まさか、これ程にまで小さなリンカーコアとは……、こいつ、たったこれだけの魔力であそこまでの戦いを演じていたのか? ……得意の距離で戦われていれば、どうなっていたか解らなかったな」

 男の呟きの意味を理解できぬまま、カグヤの意識は完全に堕ちて行ったのです。

 

 

 再び意識が舞い戻った時、自分が生きている事に驚愕しましたが、全身に残る違和感が、敗北の現実を嫌と言うほど主張していました。

「生きて居られただけ幸運だったと言う事です……」

 アレが魔導師ではなく、魔術師の類であれば、カグヤは間違いなく死んでいました。

 動かない身体に首だけを動かし、周囲を確認しますが、あの男は既に何処かへ行ってしまったようです。むしろその方が色々助かるのでいいのですが。

「ともかく、最低限の回復を……―――っ!?」

 さすがに誰かに助けを求めるしかないと判断し、集気法を使おうとした瞬間、頭の奥にある神経が焼き切れるような痛みが走りました。カグヤにはその痛みに覚えがあります。現状で使用不可能な強力な術式を無理矢理使おうとした時、まるで脳内回路がショートを起こすように、痛みを与えるのです。

「しかし……、そんなバカな……!?」

 それを知っているからこそカグヤは焦りを覚えます。

 集気法は魔力を一切使わない周囲の微弱な魔力を取り込んで回復する、ただの術式で、それも難しい類の魔術ではないのです。いくら生まれ付き魔力保有量が圧倒的に少なかったカグヤでも、使えたはずの術式が突然使えなくなるはずが―――、

「あの時―――!?」

 思い出したのは、男がカグヤから紫に光る何かを取り除いた姿。原因があるとすればそれしか無く、そしておそらくそれは……―――!

「魔術の才能を、奪われた……!?」

 胸の奥が、何か重いモノに埋め尽くされ、形の無い重圧がのしかかるのを感じました。

「義姉様が、唯一、カグヤに与えて下さった物を……、奪、われ、たぁ……!?」

 その事実を知った刹那、カグヤの中にある全てが深く重い闇に堕ちたのです。

 その後、病院で目覚めたカグヤは、それが『絶望』だと知るのでした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

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待望のAs´編! ついに到来!
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