インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#51 |
[side:シャルロット]
八月、IS学園も少し遅めの夏休みに入って少し経った。
長い休みと言う事もあって、世界各国から集まって来た生徒も約半分が帰省中。
そう言う僕も父さんの方の都合と諸々の準備ができたら一度帰る予定なんだけどね。
そんなわけで学園の寮にとどまっている訳だけど……
「えへへぇ……かぁさまぁ………」
「まったくもう……」
珍しく今だに起きてこない((同室者|ルームメイト))、ラウラを起こそうとしたら何故か僕までベッドに引き摺りこまれて抱き枕にされていた。
と言っても、ラウラの方が小柄だからどちらかと言えば僕の胴に抱きついてる感じになってるけれど。
その物凄く幸せそうな寝顔と寝言に、どんな夢を見てるのかがちょっと気になる処。
寝言からして空が登場人物に居るのは間違いない。
とはいえ、これ以上寝てると食堂の朝食の時間帯も残ってるメニューの選択肢も危なくなる。
よし、いつも通りのさっそく最終兵器投入っと。
一応動かせる手でICプレイヤーの再生ボタンをぽち、っと。
『―――起きなさい、ラウラ。何時まで寝てるの?』
びくっ!
空のなんとも母親チックな、ちょっと呆れてる感じのする声が流れる。
と、ラウラの肩がビクリと動き、慌てて飛び起きる。
キョロキョロと辺りを窺うラウラ。
………なんとなく小動物っぽくてなごむなぁ。
「おはよう、ラウラ。」
「う、うむ………えぇと………母様は…怒ってたか?」
「大丈夫。寝坊が心配で声かけに来ただけみたいだから。」
―――実は悪戯用に空にお願いして録音した声なんだけどね。
「ところでさ、ラウラ。」
「なんだ?」
「パジャマ、着ないの?」
同室になってから度々尋ねてる事。
それが『寝る時に服を着ないのか』だったりする。
いつも全裸。
それだからバスタオルを一枚、ベッドの傍に用意してある。
―――実は、ラウラもパジャマを一着だけだけど持ってる。
オレンジのチェック模様の、ラウラにはちょっと大きめなサイズの上下セットのパジャマ。
前に聞いた話によると学年別トーナメントの時に、空が部屋着として貸し、部屋着と言える部屋着をラウラが持ってなかったからそのままあげた――というものらしい。
それ故にラウラはとても大事にしてて……中々着ようとしないんだけど。
「替えがない。」
「だったら、買えばいいんじゃない?」
「だが、どのようなモノがいいのか、判らん。」
「それじゃ、今日行こっか。僕が見てあげるからさ。」
「ふむ…そうだな。助かる。」
少し思案した後、ラウラは頷いてくれた。
「それじゃ、身支度して朝ごはん食べに行こ。」
「ああ。」
* * *
やや後発組になった僕たちは少し空き始めた食堂でいつもよりちょっと遅めの朝食をとっていた。
メニューはマカロニサラダにトーストとヨーグルト。
だけど、ラウラはもう一品
「…朝からステーキって……胃がもたれない?」
なんと、そこそこの大きさのステーキが鎮座しているのだ。
「何を言う。朝に一番食べる方が体の稼働率はいいのだぞ。そもそもだな、『後は寝るだけ』の夕食を一番食べるという方がおかしいのだ。消費されないエネルギーは全て脂肪になるのだぞ。太りたいなら止めはしないが…」
なんだろ、ちょっと違和感。
「ねえ、ラウラ。それ、誰から聞いたの?」
「一夏からだ。」
ああ、成る程。
確かに一夏なら言いそうだ。
「やっぱりね。」
今の喋り、なんだかラウラっぽくなかったからそうだとは思ったけど……
ラウラって、存外感化され易い性格なのかな。
なんて考えながら、フォークにマカロニを通して口に運ぶ。
「なんだそれは。」
「『何だ』って…マカロニだけど…」
「それは判っている。どうしてフォークに通したのかを聞きたいのだ。」
あまりに真剣に見つめてくる物だからつい、雰囲気に呑まれそうになって口の中のマカロニを飲みこむのがワンテンポ遅れた。
「なんでって言われても……なんとなく?」
まあ、クセみたいなものなのかな………
「む、なんとなく………」
「ラウラもやってみたら? 結構楽しいよ。」
「…ふむ、そうだな。やってみよう。」
早速、フォークを手にマカロニを弄り始めるラウラ。
するっと通して、妙に真剣になっていた表情を柔らかく崩す。
「確かに、面白いというかなんというか……クセになるな。ふむ、折角だ。全部の尖端に通してみよう。」
どうやら本当に面白がってるみたいだ。
二個目をするっ、と通して三個目に悪戦苦闘するラウラ。
なんとなくだけど、昔飼っていた猫の事を思い出した。
……あの子って変なところで不器用で…毛糸をずっと追いかけたりして、最後は毛糸玉がほどけちゃって不思議な顔してたっけ。
「む、むむ……お、できた!」
「おー。」
マカロニを尖端に通したフォークを軽く持ち上げて見せるラウラに僕は軽く拍手。
廻りに居る子たちから何事かと窺われたけど、自慢げにフォークを持つラウラを見て、ああなるほどと自分たちの食事に戻ってゆく。
「それで、買い物は何時に行くんだ?」
「十時くらいに出ようかなって思ってるんだけど。一時間くらい街を見て、それからどこか良さそうなお店で((昼食|ランチ))にしようよ。」
「そうか。―――よし、折角だし、一夏と母様も誘っていこう。」
「一夏はともかくとして、空は難しいんじゃないかな。一応、教職員だし。」
「…そうか。」
ちょっと落ち込んだラウラは、なんとなく突然の雨に遭ったネコみたいだなって思った。
さすがにかわいそうに思えたから『ダメ元で連絡してみたら?』と提案した途端に一気に笑顔になった。
………ぐふっ。
* * *
食後、さっそく連絡を試みたところ、
[case1 空の場合]
「もしもし、千凪先生?」
『ああ、デュノアさんか。ちょうどよかった。』
「?」
『ちょうど試験装備の模擬戦相手を探―』
「まだ俗世に未練がたっぷりあるので失礼しますっ!」
『―あ、』ぶつ。
あ、危なかった………
空の試験装備機相手にセシリアが色々と悟りを開きそうになったって話は一年生、特に一組じゃ有名だ。
それに、ISの武装試験があるなら外出は無理だろう。
相手することになった人は…冥福は祈るよ………
[case2 一夏の場合]
「部屋には居ない、電話も出ない。あいつは何処に行っているんだ。――浮気か?」
「いや、…まあ居ないならしょうがないんじゃないのかな。」
「ISのプライベート・チャンネルなら繋がるだろう。よし。」
おぉい!?
「ちょ、ちょっと!それは『よし』じゃないよ!ISの機能は一部分だけでも勝手に使うとまずいんだよ!?」
「知るものか。嫁の所在の方が大事だ。」
「………織斑先生と千凪先生に怒られるよ。」
ぴしり、とラウラの動きがとまって肩が微かに震えだした。
そうだよね。空のお説教って必ず畳に正座だからかなりキツイんだよね。肉体的にもじわじわ、精神的にもじわじわぽきり。
………おかげで『仙人養成講座』だなんて二つ名までついてたし。
「そ、そうだな。時には((個人的|プライベート))な時間も大切だろう。 よし、シャルロット。二人で出掛けよう。」
「うん、そうしよ。」
そうして、二人で出掛ける準備のために部屋に戻って身支度を整えたんだけど………
「あの、ラウラ。その軍服は何?」
襟章とか肩章とか、けっこうついてるし。
「これは公用の服だ。礼服と言い換えてもいい。」
「だからなんで………」
「いかんせん、私には私服がない。」
「―――――」
唖然。
でも、確かに。
同室になってから早一ヶ月弱たつけど、ラウラの私服姿は見た事がない。
「その服は勝手に着たら本国の人に怒られるんじゃないの?」
「ふむ、そう言えばそうだな。……と、なると…何を着よう。」
考え始めるラウラ。
「SDの時に空に着せるつもりで用意したヤツから見つくろえば………って、アレは簪の部屋に保管されてるんだっけ。ええと、簪はっと………」
簪に電話をかけてみる―――――けど、出ない。
………『空くんlove』を公言する簪の事だから……まさか、武装試験につきあってるとか?
だとしたら、簪が部屋に戻るのはだいぶ遅くなるだろうから………
「学園の制服でいいんじゃない?」
「うむ。」
これはパジャマだけじゃなくて私服も買わないと駄目っぽいね。
十代女子にあるまじき速さで着替えを終えたラウラと学園を出たのはそれから十五分後の事だった。
* * *
[同刻――]
「はぁ、」
「((仮想敵役|アグレッサー))?」
「そう。お願いできるかな。」
剣道部の稽古を終えて涼んでいた一夏と箒の所にやってきた空はそんな事を唐突に言った。
「なぜ、私たちなのだ?」
「二人の訓練にもなるし、専用機持ちに頼んだ方が色々と楽だからね。簪さんには先に第三アリーナに行ってもらってるけど………」
「そう言うことなら。」
「良かった。技研から色々と武装が届いてるからデータ取りやらなきゃならなかったんだよ。」
「………えっ!?」
一夏と箒の脳裏によみがえるのは空がまだ生徒扱いだった頃、セシリアが精神を限界突破するまで弄られたあの一戦。
「お礼はするから、よろしくね。」
颯爽と第三アリーナへ向かってゆく空。
二人は訂正を入れて断る暇もなく、空の相手をする事が決定してしまい項垂れるしかなかった。
「俺たち、明日の朝日を拝めるかな。」
「………知るか。」
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