インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#52
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「先ずはバスに乗って駅前まで移動ね。」

 

「うむ。」

 

シャルロットとラウラは学園を出発し話しながら歩いていた。

 

バス停に到着するとほぼ同時にバスがやってきたので、行き先が間違っていない事を確認してから二人は乗り込む。

 

夏休みの十時過ぎという事もあって車内はかなり空いていた。

誰も、暑い盛りに外出したいとは思わないのだろう。

 

(そういえば、街の方ってあんまりゆっくり見た事なかったな。――折角だし、今日は色々見に行っとこ。)

 

夏らしい白を基調としたワンピースを着たシャルロットは窓から見える景色を眺めていた。

 

涼をとるために開けられた窓から入ってきた風がゆっくりと撫で、夏の日差しを受けて金色に輝くシャルロットの髪を揺らす。

 

(……あの建物は狙撃地点に使えそうだな。それに向こうのスーパーは長期戦時にライフラインとして機能させられる母様のきつねうどん食べたいそれといざという時の為に下水道や地下鉄測道などの地図も手に入れておくか。独立した発電機のある設備も確認しなくては。)

 

その隣に座るラウラは真剣なまなざしで街並みを観察していた。

銀色の髪が日光を受けて鮮やかに輝く。

その鋭い視線もあって超俗的な雰囲気を醸し出していた。

 

―――――街かどにあった蕎麦屋のきつねうどんの食品サンプルを見た一瞬だけ思いっきり緩んでいたその顔に気付いていれば、また違った印象を持つだろうが。

 

「ね、ね、あそこ見て。あの二人。」

「うわ、すっごいキレー。」

「隣の子も無茶苦茶可愛いわよね。モデルかしら。」

「そうなのかな?銀髪の子が着てるのって……制服?見た事のない形だけど……」

「ばかっ!あれIS学園の制服よ。ほら、カスタム自由の!」

「え?IS学園って確か倍率一万倍越えてるんでしょ!?」

「そ。入れるのは国家代表クラスのエリートくらいの。」

「うわ〜、それであのキレイさって……なんかズルイ。」

「ま、カミサマが不公平なのはいつもの事でしょ。」

 

声を抑える事を忘れた女子高生の一団が騒いでいた。

 

当然、二人の耳にも届いている。

 

「………………」

褒められた経験が殆どなかったせいか、シャルロットは恥ずかしそうに俯いていた。

 

一方でラウラは『どうでもいい』と聞き流して再度『戦時下における市街戦』の脳内シミュレーションを続ける。

(確かに、ISは比類なき世界最強の兵器だ。――だが、最強であって最良でも最高でもない。歩兵の市街地展開でもされようものならばISの火力は逆に仇になる。そうなったら防衛側も歩兵による戦線を展開せざるを得ないだろう。)

 

ラウラの脳内でシミュレートされている市街地戦でISを投入した場合、役立たずか、市街地の地均し作業のどちらかになるのが目に見えていた。

 

(市街地を無傷で制圧するつもりがなければ制圧前に空爆が行われる可能性もあるだろう。その対策にはやはり独立した移動可能な((対空兵器|SAM))が必要だ。それとは別に歩兵携行式地対空ミサイル――そうだな、無難に対車両にも使える((FGM-148|ジャベリン))かスターストリークHVMあたりが欲しい。もしISを投入するのならば母様の《薙風》のような戦域支配・指揮管制能力に特化したタイプを制空権確保とハイパーセンサーを生かした情報支援、必要ならば火力支援に回すのが―――)

 

「ラウラ、ラウラ。」

 

「ん、なんだ?」

 

「着いたよ。」

 

「うむ、では降りるとしよう。」

 

二人がバスから降りると少々強めな、目がくらみそうになるくらいの夏の日差しが出迎えてくれていた。

 

 * * *

[side:ラウラ]

 

「うん、この順番で回れば無駄がないかな。」

 

シャルロットが何やら雑誌やらを取り出し、案内図と交互に見ては何かを確認していた。

 

うむ、進路の確認は大切だ。

その途中の地形、状況も併せて確認できればより安全に進む事が出来る。

 

「最初は服から見て、途中でランチ。その後に生活雑貨とか小物を見に行こうと思うんだけど、ラウラはそれでいい?」

 

「良く分からん。任せる。」

 

学園の、廻りの連中ならば判るのだろうが、いかんせん私には初めての事だ。

少しは『((十代女子|どうねんだい))の常識』とやらを学ばないといけないのだろうか………

 

 

……それにしても、なぜに私はシャルロットの言葉に抵抗なく頷いてしまうんだろうか。

他人に選択の決定を委ねるなど…以前の私では考えられんし今でもそうだと思っていたのだが………

 

教官や母様のような、人を引き付ける、無条件に信頼させるような何かがあるのかもしれんな。

 

「ラウラ、聞いてる?」

 

「あ、すまない。聞いていなかった。」

 

少々思案していたらその間にもシャルロットはなにか説明してくれていたらしい。

少し悪い事をしたか?

 

「も〜。私服はスカートとズボン、どっちがいいのって聞いたの。」

 

「ん、どっ――」

「どっちでもいいとか、言わないでね。」

 

先を読まれてしまっている、だと?

「むぅ………」

 

「…そう言うところ、一夏とそっくりだね。」

 

「夫婦が似る事は良い事だ。」

もちろん、親子もな。

 

「とりあえず、七階フロアに向かうよ。六階もレディースだから順番に見てこ。」

 

「うん? 何故上から見るんだ?下からでもいいではないか。」

 

「上から降りた方がいいの。ほら、お店の系統から見てもそうでしょ?」

 

と、シャルロットは何やら本を開いてこちらに見せてくるが………

「全く判らん。」

 

「〜〜〜ッ!あのね、下の方の階はもう秋物になってるの。上の方はまだセールで夏物も扱ってるから先にそっちを―――」

 

「待て、秋の服は要らないぞ?」

 

「え?な、なんで?」

シャルロットが驚いた様子で目を見開いた。

 

「今は夏だろう。」

何故にそんな事を聞いてきたのだろうか。

当然ではないか。

 

「あ、あのね……女の子は普通、季節を先取りして用意するんだよ。」

 

「そうなのか?」

 

確かに、行動を起こすには準備が必要。

時には準備が不可能になってしまう事もある。

 

「所謂、『備えあれば憂いなし』と言うヤツか。」

 

「えっと………うん、それでいいよ。」

 

ふむ。細かく言うと違うが、あながち間違いではない、と言ったところか。

 

「とにかく、順番に見てくよ。判らない事があったら何でも聞いてね。」

「うむ。シャルロットが一緒ならば心強い。」

 

少し待ってやってきたエレベーターに乗り込む。

それで一気に七階まで上がる。

 

エレベーターから出たその先は、我々と同じく夏休み中なのであろう、十代の男女で溢れていた。

 

「手、繋いでいこっか。ほら、はぐれるとまずいし。」

 

「う、うむ。」

 

うぅむ、不思議だ。

何故私はシャルロット相手だとこうも素直に要求を飲んでしまうのだ?

 

 

「じゃ、ここからだね。」

「『サード・サーフィス』……変わった名前だな。」

 

『Third Surface』―――英語で『第三の面』か。

 

「結構人気のあるお店みたいだよ。ほら、女の子も一杯いるし。」

 

そう言われて見回してみる。

 

うむ、確かに居るな。

 

「さ、見てみようか。」

 

「う、うむ……」

 

まずは適当に見てみるとしよう。

現地調査は重要だしな。

 

「ど、どっ、どんな服をお探して!?」

 

上ずった声を上げた店員がやってきた。

 

新兵でももっとマシだろう。さては新人………((店長|げんばしきかん))、だと?

 

サマースーツを着ているが……正直、教官や母様の方が似合ってるような気がするぞ。

 

「えっと、とりあえずこの子に似合う服を探しているんですが、いいのありますか?」

 

「こ、こちたの銀髪の方ですね!今すぐ見立てましょう!はい!」

 

言うなり、走ってゆく店長。

 

 

む、戻って来たぞ。

 

「ど、どうでしょう。お客様の綺麗な銀髪に合わせて白のサマーシャツは。」

「へぇ、薄手でインナーが透けて見えるんですね。ラウラはどう?」

「わから―――」

「判らない、はナシで。」

「むぅ………」

 

何故、読まれた!?

 

仕方がない………うぅむ、

 

「白か………悪くはないのだが、今着ている色だ。」

 

「あ、はい……」

 

む、これでは駄目なのか?

 

「ラウラ、折角だから試着してみたら?」

 

「いや、めん―――」

「面倒くさい、はナシで。」

「………」

だから、何故先読みできるのだ!?

 

そうこうしているうちに件の店長とシャルロットが和気藹々と色々な服に手を伸ばしては何やら騒いでいる。

 

「ストレッヂデニムのハーフパンツに、インナーは……」

「Vネックのコットンシャツ………」

「あ、……………。色は同系色か、はたまた対照色か……」

 

 

なんとも楽しそうだが、私にはいかんせん何が楽しいのか判らん。

 

それに何を言おうと、どう抵抗しようと無駄な様だ。

 

これも先日、母様を着飾らせるとかなんとか言っていた計画に賛同した報いなのだろう。

私が箒や鈴にしたのと同じ目に遭う。

 

これが因果応報というヤツなのか………

 

「さ、ラウラ。これに着替えてきて。」

 

「…わかった。」

 

「試着室はこちらになります。」

 

連れられるがままに試着室に入ったはいいが………

 

―――どうせなら、欲を言うなら、一夏か母様に見てもらいたかった。

 

まあ、そういくら想っても仕方がない。

 

それに今は試着、『試し』だ。

 

着替えねばならないから制服は脱ぐ。

 

鏡に映る下着姿の自分。

 

………自分では判らないが、異性にとって魅力がないのだろうか………

 

箒のような身長も、胸もなく、セシリアのような気高さや、自分に対する自信も無い。

鈴のような快活さも無ければ、シャルロットのような親しみやすさなぞ対極にあるに違いない。

 

そんな私だから、一夏は―――

 

「………馬鹿馬鹿しい。」

 

母様が言っていたではないか。

 

『私』は『((わたし|ラウラ・ボーデヴィッヒ))』以外の何者にもなれない、と。

 

そして、そんな『唯一の私』だからこその魅力が、気づかないだけで必ずあるのだと。

 

 

改めて、シャルロット達が選んだ服を眺めてみる。

 

どちらかと言えばイメージは教官の方に近いような気がする。

………どうせなら可愛いのがよかったのにな。

 

それなら―――

 

…………[case01:母様の場合]…………

 

「うん、可愛いね。」

 

「そ、そうかな………」

 

「うん、流石は僕の娘。」

 

ぽふ、なでなで。

 

…………[case02:一夏の場合]…………

 

「ラウラ、その服可愛いな。」

 

「服だけか?」

 

「もちろん、ラウラが一番可愛いさ。」

 

「ば、馬鹿者……」

 

「下着も可愛いの着けてる?」

 

「え、あ………」

 

「見せて、ラウラ。」

 

「う、うむ………」

 

………………………………

 

自分で((妄想|そうぞう))しておきながらも、頭に血が上ってゆくのが判った。

 

 

 

だが、

 

「……case02はあり得んな。」

相手は『あの』一夏だ。

 

シャルロットたちの愚痴を聞く限りではその領域までは足を踏み入れてこないだろう。

 

………可能性はゼロではないとはいえ。

 

「どう、ラウラ。着替えた?」

 

ドアの向こう側から声をかけてきたシャルロット。

 

………そういえば、母様が『もっとわがままでいい』と言っていたな。

 

よし。そうとなれば………

 

手早く制服を着直してドアを開ける。

 

「あれ?どうして制服のまんま…?」

 

「シャルロット。」

 

「う、うん。えと、もしかして気に入らなかった?」

 

「いや、そうではない。そうではないのだが………………」

 

「?」

 

「………もう少し、可愛いのがいいな。」

 

「    」

 

シャルロットが唖然としていた。

 

…やはり私にそう言うのは―――

 

「う、うん!可愛いのがいいんだね?すぐ見つくろうから待ってて!行きましょう、店長さん!」

 

「はいッ!」

 

売り場に駆け出そうとするシャルロット。

 

だが、すぐに立ち止まり戻ってくる。

 

「ああ、で、どんなのがいい?色とか、形と、特徴とか。希望は?」

 

「そ、そうだな。」

 

ちょっとその勢いに負けて押されそうになった。

 

「それなりに露出度があるものがいいな。」

 

「ん、わかった!」

 

それから、あの店長と一緒になって店中を縦横無尽に駆け回っているらしく、声がいろんなところから聞こえてくる。

 

「まず、そっちの肩がでてるワンピースに、」

 

とか、

 

「そっちのブレスレットと……」

 

「あと、」

 

「これと、」

 

という感じに。

 

 

「露出度が高い服なら色は落ち着いてる黒のほうがいいよね?ラウラの髪とも合うし。」

 

幾つもハンガーとかを抱えてひょっこり現れたシャルロット。

 

「あ、あまり派手なのは困るぞ。」

 

なんだか、力が予想以上に入ってるのが不安だ………母様の一件もあるからな。

 

「大丈夫だいじょーぶ!もう任せちゃってよ!」

 

果てしなく不安が残る。

 

普段はおとなしいだけに、なんだ…勢いに負けるというか………

 

これが普段からやや高圧的にくる相手なら負けないのだが………

 

それからしばらくして、シャルロットが店長と共に服を持ってきたので、改めて試着室で着替える事にした。

 

 

うむ、これならば………

 

着替えて出てみたら、

 

「!」

 

「うわ、すっごいキレイ………」

「妖精みたい………」

 

驚いた者、目を輝かせる者、様々だった。

 

視線が集まってきて、ちょっとばかり恥ずかしい。

 

ところどころにフリルがついている、肩の露出したワンピースなど…いや、このような服など初めて着るのだ。

 

どこかおかしくないだろうか………

 

「あ、ラウラ。コレ履いてね。」

 

「く、靴まで用意したのか。驚いたぞ。」

 

「折角だもん。ミュール履かないとね。」

 

このような踵の高い靴は初めて―――「ッ」

 

「おっと。」

 

バランスを崩して、すぐさまシャルロットが支えてくれていた。

 

「す、すまないな。」

 

「どういたしまして。」

 

シャルロットの手を借りて体勢を立て直すと、シャルロットは私の手を取ってお辞儀をしてきた。

 

むぅ………こう言う事を自然とできるのも、シャルロットの魅力なのだろうか。

 

 

「しゃ、写真とっていいかしら!?」

 

「わ、私も!」

 

「握手して!」

「私も、私も!」

 

「!?」

 

何故に群がってくる!?

 

その場から逃げたい気持ちでいっぱいになったが、人垣と慣れない靴が逃げさせてくれなかった。

 

 * * *

[同刻 IS学園第三アリーナ]

 

「はぁ、はぁ、はぁ………」

 

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ、」

 

「も、もう駄目………」

 

「まったく。だらしないよ、三人とも。」

 

武装試験から気がつけば訓練へとシフトしていたらしく、簪、一夏、箒の三人はばてていた。

 

近接戦特化の万能型である一夏と箒、機動力重視の汎用型でやや砲戦・戦闘管制向きな簪というバランスのいいチームではあったが、空にはいいようにあしらわれたのだ。

 

まあ、そこには特例とはいえ教員である空と生徒でしかない三人の差がある訳なのだが。

 

「でも、良いデータがとれたよ。ありがとう。」

 

「どう、いたし、まし、て……」

 

「それじゃ、片付けしたら僕の部屋でお昼にしようか。その時にお礼も渡すよ。」

 

「あ、ああ………」

 

「…その前に、水分補給みたいだね。更衣室前で待ってて。スポーツドリンクを買ってくるから。」

 

「あはは、………イタダキマス。」

 

 

その後、死屍累々と言った風にバテている三人を見た他の生徒が『千凪先生との訓練で』という話を聞いた時、

『仙人への道を歩んで、他の者に抗う事の愚かしさを伝えてくれたのだ』

――と、語ったとか。

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