「・・・・・・・・・」

カタカタカタカタ・・・・・

クリスマスイブの午前中、俺は自室でノートパソコンのキーボードを打ち続けていた。

そのパソコンの横にはケーブルで繋がれたキューブ状の物体、ISのコアがある。

もちろんサイレント・ゼフィルスのコアだ。

朝から始めていたコアの詳細設定の変更もそのほとんどが終わり、佳境を迎えている。

カタカタカタカタ・・・・・

部屋にはキーボードを叩く音だけが響く。

コンコン

「ん？」

控えめなドアをノックする音が聞こえた。

「開いてるぞー」

ドアの方に目を向けず、声だけで返事をする。

「瑛斗、入るね」

入ってきたのはシャルだった。俺は背中を見せていたが、声で分かる。

「もしかして僕・・・お邪魔しちゃった・・・・・かな？」

おずおずと声をかけてくる。俺はキーボードを打ちながら答えた。

「いや。そんなことない。どした？」

「あ・・・あのね、これから駅前に遊びに行くんだけど・・・良かったら一緒にどうかな・・・・・なんて」

「おー、ちょっと待っててくれ」

俺はそう言って設定の最終調整を進める。作業は一分ほどで終わった。

「これで・・・・・よしと！」

エンターキーを押して、ふぅと息を吐いて首をコキコキと鳴らす。

「ちょうど終わったよ。えっと、駅前に行こうって話だったよな？」

椅子を回転させて、シャルの方を向く。確かにシャルの服装はどこかへ出かけるような恰好で、良く似合っていて可愛

い。

「う、うん。もしかして、何か予定が入ってた？」

「いんや。これから夜のパーティーまでは暇になるところだった」

「じゃ、じゃあ一緒に！？」

そこでシャルがグイイッと顔を近づけてきた。

「お、おう。行こうか。駅前」

「うん♪」

シャルは、にぱぁっと笑顔を咲かせた。

「じゃあ部屋着から着替えるからちょっと待っててくれ」

「はーい」

シャルは返事をするとたたたっと部屋から出て行った。

「さてと、それじゃあ着替えるか」

俺はパソコンを閉じ、コアを金庫に入れて着替え始めた。

「おー、ここもすっかりクリスマスって感じだな」

「そうだね。あ。あの雪だるまのバルーン可愛い」

そんなわけで駅前についた俺とシャルはクリスマス一色の駅前の雰囲気に少しはしゃいでいた。

ぴゅうう〜・・・

時折冷たい風が吹く。やっぱり十二月の下旬となると外は寒い。

「うぅ・・・寒ぅ」

コートがあっても少し厳しい。

「瑛斗、大丈夫？」

シャルが心配そうに声をかけてくれる。

「あ、ああ。平気だよ。シャルは寒くないか？」

「僕は大丈夫。でも瑛斗寒そうだよ？」

平気と言っても心配してくれるあたり、シャルの優しさを感じる。

「大丈夫だって。地球の自然にも俺は負けん！」

ぴゅうう〜・・・

「・・・・・やっぱ寒い・・・」

地球の冬・・・・・やりおる。

「ふふ。瑛斗は面白いなぁ」

シャルはくすくすと笑う。

「じゃあ、はい」

「ん？」

シャルはおもむろに俺の右手を自分の左手で握った。

「これで少しは温かくなるかな？」

「あ・・・・・」

ふと見たシャルの横顔が、ちょっぴり赤かった。

「シャル・・・・・」

「え・・・・・？」

「俺のためにわざわざ、悪いな」

「そ、そそ、そんなことないよ！？　ぼ、僕がしたかっただけだから」

「それでも、ありがとな」

「うん・・・・・」

コクンと頷いて、シャルは黙り込んでしまう。

「・・・・・・・」

話し相手が黙り込んでしまったので、当然俺も黙り込む。

しかし気まずい。お互い黙ったまま手を繋いで街を歩いている。せめて話ぐらいしないといかんな。

「そ、そう言えばよ」

「？」

「来てから聞くのもアレだけど、良かったのか？」

「何が？」

「部活だよ。お前の。確か料理部って今日のパーティーの準備の手伝いで忙しいはずじゃないのか？」

「そのことなんだけどね、更識先輩が、『ケーキ作りを手伝ってくれたから』ってお休みにさせてくれたんだ」

「楯無さんが？」

「うん。僕もそんなの悪いですって断ろうとしたんだけど、あの言葉を言われちゃってね・・・・・」

あの言葉、と言われて俺はピンと来た。

「『生徒会長権限』・・・か」

「そうだよ。部長も『その言葉を言われたら何も言い返せないわ』って、了承してくれたんだ」

「へえ。じゃあ料理部の部長さんもグルなわけだ」

「うん。で、でもね」

「でも？」

「その・・・・・『男の子を誘って出かけてきなさい』って、更識先輩が・・・・・・」

なるほど、楯無さんがそんなことを言ったから、シャルは律儀にそれに従ったわけだ。

「そうだったのか。それなら俺でよかったのか？　一夏の方がここら辺のことには詳しいだろ？」

「ううん。僕は・・・・・瑛斗がいいんだ」

赤かった顔をさらに赤くして、シャルは言った。

「だって、僕は――――――――――」

「あ〜！　どうしたらいいのよ〜！」

「「？」」

ふと、横から女の人の叫び声が聞こえた。

「て、店長。落ち着いて・・・・・」

「落ち着けないわよ！　・・・あ〜、もうどうしよう！」

見れば、店員さんらしきメイド服を着た眼鏡の若い女性に、同じくメイド服姿の『店長』と呼ばれた女性がなだめられ

ている。しかし必死の宥めも効果が薄いようだ。

「掻き入れ時のこのタイミングでどうして・・・・・・・・」

そこまで言うと、女性がこっちを見た。

「う・・・嘘でしょ・・・・・！」

「「え？」」

ツカツカと近づいてくる。そしてその人はがっちりとシャルの肩を両手で掴んだ。

「救世主様！」

「「・・・・・・・・え？」」

その目は、もんの凄くキラッキラだった。

「・・・・・要するに、俺たちに臨時のアルバイトをしてくれないか、と？」

俺とシャルは『カフェ＠クルーズ』のお店の店員の休憩室で、店長さんから事情を聞いた。

「そういうことよ。まさか、また店員二人が駆け落ちするなんて想像だにしなかったわ」

店長さんの話では、クリスマスフェアの忙しいこの時期に店員が二人駆け落ち同然の退職。しかも今日はお偉いさんの

冬季視察というものがあり、どうしてもあと二人店員が必要な状況になった・・・・・らしい。

「なるほど・・・・・それにしても、シャルとラウラだったのか。あの噂の銀髪メイドと金髪執事って」

「う、うん・・・・・」

隣に座っているシャルは顔を真っ赤にして小さく頷いた。

「あら？　その噂を知ってるの？　今じゃこのお店が発信源の軽い都市伝説よ」

なぜか店長さんはえっへんと胸を張った。

「今でも、またあの二人が現れるんじゃないかって通い続けてくれてるお客様も少なくないのよ」

「ははは。凄いことになってるな。お前とラウラ」

これで、シャルが学園祭の時に聞いてきた『執事の服より似合ってる？』の言葉に意味に合点がいった。

「あ、あの時は・・・たまたまそうなっただけで・・・・・！」

シャルは小さくなって顔をこれでもかと言うほど真っ赤にする。

「こ・・・・・このことはみんなには内緒にして？　すっごく恥ずかしいから・・・・・」

「言わない言わない。俺が墓まで持っていくよ」

「絶対だよ？　約束だよ？　誰かに言ったらクラスター爆弾飲ますどころじゃ済まないよ？」

「はい。この桐野瑛斗。全身全霊を持って秘密に致します」

目が怖かったからすごく真面目に返事してしまった。クラスター爆弾飲まされるどころじゃ済まないことにはできれば

遭いたくない。

「そ、それで・・・アルバイトの話は・・・・・？」

「あ、ああ。その話だった。どうする？」

「うーん・・・・・また執事の衣装だったらなぁ・・・・・・・」

俺とシャルは思案顔を考え込む。

「お願いっ！」

ガンッ！

すごい勢いで机に頭を打ちつけた店長さん。

「夕方四時まででいいの！　ちゃんと臨時のバイト代も払うから！　このままじゃ店が潰れちゃう！」

ガンッ！　ガンッ！　ガンッ！

ひたすら頭を机に叩きつけ続ける店長さん。

「ちょちょちょ！　店長さん！？」

「わ、わかりました！　やります！　やりますからもうやめてください！」

俺とシャルが必死に止める。

「ほ、本当！？」

顔を上げた店長さんの額からはシュウ〜・・・と煙が。

「はい。あ、でも、今度はちゃんとメイド服が良いです」

シャルがあははと笑うと、店長さんは目からぶわあっと涙を溢れさせた。

「あ、ありがとぉ〜！」

「ど、どういたしまして・・・・・」

抱き着いてきた店長さんの頭を苦笑いを浮かべながらぽんぽんと撫でるシャル。

(しかし、なんだろうな・・・・・。すっげー嫌な予感がする)

そんなシャルと店長さんを見ながら、俺は心のうちでそう呟いた。