とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第一章 匹夫之優:一 |
匹夫之優:一
突き抜けるような青空を背景に、居並んだ風車はなだらかに回転している。まるでオランダのようだが、この風車はあくまで発電用であり、民家と一体になっていたりはしない。だが、却って無機質な白い羽根であるからこそ、青空に映える。
字緒廷兼郎《あざおていけんろう》は、物珍しそうに風車を眺めていた。外の学校から学園都市に転校してきた彼には、この街に溢れる科学技術の全てが珍しく、とても新鮮なものに映っていた。前日には、警備ロボットに釣られて繁華街を一日中歩き回り、学校をサボってしまった。
はたと気がつくと、風車を呆けて眺めてる廷兼郎《ていけんろう》を、通行人が白い目で見ている。この街では、科学を珍しがる人間こそ珍しい。バツの悪い顔をして、廷兼郎はその場を後にした。
学園都市に越してきて三ヶ月になるが、未だにああした最先端技術には慣れ親しむことはできない。廷兼郎としてはそうした技術は嫌いではなく、むしろ楽しいものだと感じているが、その技術のほうに拒絶されているような気がしていた。特に家電などは扱い得ない人間に対してとことん冷たい。あの甲高い電子音が「もう触るな!」という抗議にも聞こえる。
家に帰ってお昼ごはんをレンジで調理することを思って、廷兼郎は少し憂鬱な気分になった。こういうときは何も考えず、無性に体を動かしたくなる。
食べ終わったら近くの公園で立禅をしようと思い直した矢先、廷兼郎の携帯端末に通信が入った。
「はい、こちら字緒です」
廷兼郎は携帯端末に関しての習練だけは、学園都市に来る前から扱っているので人並みである。
「網丘《あみおか》よ。字緒くんがいる場所の二ブロック先の公園で喧嘩が起こってるわ。両者ともにレベル3で、周辺に被害が拡大中。可及的速やかに鎮圧しなさい」
「了解。至急向かいます」
網丘からの連絡を聞いてる間に、廷兼郎は現場へ向けて走り出していた。
「警備員《アンチスキル》や風紀委員《ジャッジメント》の動きは?」
「当該能力者を包囲しつつ、一般人を避難させてる。鎮圧まで手が回るほどの人手は揃ってない」
「俺一人で相対する、理想的な展開ですな」
「ええ。私たちの点数稼ぎに丁度良いわ。間違っても返り討ちにならないでよ」
「そちらこそ、ちゃんとモニタリングしといてくださいよ」
携帯端末を耳に引っ掛けて固定し、廷兼郎は現場へ急行した。
柵を一飛びで超えて雑木林を走り抜けると、公園の中に人影は皆無となっていた。避難はほぼ完了しているようだ。そして公園の中央では、二人の学生が自己の能力をフルに発揮して喧嘩をしていた。
一方の学生が見えない力でブランコを解体し、鉄材を投げつける。もう一方は迫り来る鉄材に対して、前面に出現させた火球で迎え撃ち、爆発させて攻撃の悉くを弾いてみせた。
恐らくはテレキネシス《念動力》とパイロキネシス《発火能力》の能力者なのだろう。何やら相手に向かって罵り言葉を叫びながら、岩だの火だのを投げつけあう様は、遠めにはシュールにすら感じられる。
二人とも、目の前の敵以外に何も見てはいない。彼らがどういった経緯でこのように争うこととなったのか、事情は彼ら自身の口から聞くほか無いため、廷兼郎は二人から見える位置まで出てきてから、よく通る声で勧告した。
「公共施設での危険な能力使用、器物破損等の現行犯で逮捕、拘束する。ただち能力の行使を中止し、両手を頭の上に乗せてうつ伏せになれ」
突然現れた第三者に、二人は言われたとおり能力の行使を中止したが、その矛先は廷兼郎へと向けられた。
「何だよ。お前、風紀委員《ジャッジメント》か」
「そうだよ。無能力者《レベル0》だけどな」
「無能力者《レベル0》だと?」
「無能力者《レベル0》が、強能力者《レベル3》の俺らを捕まえるってのか?」
「仕事だからな。しょうがないのさ」
「無能力者《レベル0》は引っ込んでな!」
パイロキネシスト《発火能力者》が大げさに腕を振ると、連動して炎が球状となって廷兼郎に飛来した。
向かい来る鉄材を吹き飛ばした、あの火球である。野球ボール大のものが十個ほど、廷兼郎目掛けて殺到するが、彼はその場から一歩も動かず、火球を黙視している。
火球が着弾すると同時に爆発し、土煙がもうもうと上がる。廷兼郎のいる部分を含めて、地面が吹き飛んだようである。
立ち上っていた煙が風に流されて消えると、そこには無残に砕かれた地面と、破れた衣服の破片が見えていた。
「うえっ!?」
二人は息もぴったりに驚愕の声を上げた。そこにいるはずの人間がいないのだから、それも已む無しである。
パイロキネシスト《発火能力者》の彼としては、周りに着弾させて威嚇する意図だったが、もしや直撃して跡形も無く吹き飛んでしまったのかもしれない。とすれば能力使用による殺人行為を行ってしまったということであり、言うまでも無く重罪である。
一瞬、自分には背負いきれぬほど重い罪を意識したパイロキネシスト《発火能力者》は、無防備極まりなかった。
そんな学生の首に腕を巻きつけ、数秒も掛けずに失神させることなど、廷兼郎には造作もなかった。
倒れる体を支え、両腕に手錠を施すと、最早用は無いとばかりにパイロキネシスト《発火能力者》を放り捨てた。
二人から離れた場所にいたテレキネシスト《念動力者》は、突然パイロキネシスト《発火能力者》の後ろに出現した廷兼郎が、公園の藪の中から出てくるのが見えていた。
攻撃によって上がった煙を利用して姿を隠し、藪《やぶ》の中を進んで回り込み、相手の背後を突く。無音殺人術《サイレントキリング》の応用である。
今度は標的をテレキネシスト《念動力者》に定め、廷兼郎は身を撓《たわ》めた。その時、緊迫したこの状況に似合わぬ電子音が鳴り響いた。
興が削がれた廷兼郎は、舌打ちして耳元に付けた携帯端末の通話ボタンを押した。
「何すか、網丘さん。もう終わるとこですよ」
「まだ仕留めてないのね、よかった。警備員《アンチスキル》も風紀委員《ジャッジメント》も到着が遅れてるの。せっかくだから、もう少し時間掛けましょう」
廷兼郎には、その説明で理解するには十分だった。
「それじゃあ、正々堂々やりますか。そのほうが良いデータ取れるんでしょう」
「悪いわね、手間を掛けてしまって」
「特待生の辛いところですな。でも、嫌いじゃないですから、こういうの」
通話を切り、改めてテレキネシスト《念動力者》と相対すると、廷兼郎は軽く柔軟を始めた。能力者が今にも襲いかかろうという状況で、何とも余裕の伺えるパフォーマンスだった。
その姿を見て、テレキネシスト《念動力者》が眉根をひそめる。
「お前、本当に無能力者《レベル0》か?」
テレキネシスト《念動力者》の問いに、廷兼郎は失笑を返した。
「お前ら黙らすのに、超能力なんて要らないよ。強能力者《レベル3》のテレキネシスト《念動力者》さん」
確かに見た目には能力を使っていないが、何かあるはずだとテレキネシスト《念動力者》は考えていた。というよりも、無能力《レベル0》が強能力《レベル3》をこうも簡単に制圧できると言う事実を、受け入れたくない故の思い込みかもしれない。
警戒し、後ずさるテレキネシスト《念動力者》を見て、廷兼郎はがっくりと肩を落とした。
「ビビってんなよ、強能力者《レベル3》。学園都市は能力至上主義なんだろ。自分より低い能力者に舐められて黙ってるのは、どうかと思うね」
話しかけながら、別段構えを取ることもなく、廷兼郎は歩み寄る。そんな彼を振り払うように、ひしゃげた鉄材が真横に振るわれる。
廷兼郎は、まるで暖簾《のれん》でもくぐるような気軽さで頭を下げ、鉄材をやり過ごした。風を巻いて襲い来る大きな鉄材に対して、恐怖はおろか、関心すら払っていない様子だった。
「あのさ、頭に当てるなら当てるで、ちゃんとやろうね。その度胸が無いなら、足とか手とかを叩いて怯ませればいい。そういうこと考えて戦おうよ」
「うるせえんだよ!」
両の指より多い鉄材が空中を舞う。それぞれが意思を持つように描く入り組んだ軌道の真っ只中で、廷兼郎はあろうことか、通話中であった。
「どうですか、網丘さん。いいデータ取れました?」
「ええ。回避運動のパターンデータね。いい感じよ」
「そりゃあよかった。何というか彼、大能力《レベル4》に近いものがありますね」
「そうねえ。強能力《レベル3》からの発展途上、と言ったとこかしら。そろそろ仕掛けていいわよ」
「ですね。敵さんも疲れてきたようだし」
通話している間、鉄材は廷兼郎の服に掠《かす》ることすら無かった。舞い落ちる木の葉のようにひゅるひゅると避ける廷兼郎の動きを、テレキネシスト《念動力者》は追いきれずにいた。
人が運動する際、必ずといって良いほど筋肉を可動させる。つまりは踏ん張ってから運動するものだが、廷兼郎の動きにはその踏ん張りが見られない。
これは先に体を傾け、その方向へ倒れるエネルギーを推進力に変えているためである。日本の武道では『無足《むそく》』と呼ばれている歩法の応用である。勿論、本当に倒れてしまっては大きな隙が生まれるので、正中線を崩さぬ絶妙のバランス感覚と、敵の攻撃を予測する目の良さが無ければ成り立たない回避方法である。
特段に速いわけではないが、筋肉の踏ん張りが無いため、相手には何時どう動くかが非常に分かりにくい。武術の心得の無い、超能力を持つ以外は普通の学生であるテレキネシスト《念動力者》の彼には見切れない。
「何で、何で当たんないんだよッ!」
いらつきが焦りを呼び、徐々に近づく敵の姿が恐怖となって体中に染み渡ってきた。それでも自分を奮い立たせ、彼は鉄材の操作を放棄した。
拠り所を失った鉄材が、廷兼郎の体目掛けて次々と落下する。敵が鉄材の操作を放棄したことで機と判断した廷兼郎は、ここで一気に間合いを詰める。落ちてくる鉄材の下を潜って、テレキネシスト《念動力者》に肉薄する。
廷兼郎の全身に怖気が走る。鉄材の操作を放棄したテレキネシスト《念動力者》であったが、彼の目は断じてこれから縛《ばく》につこうとする人間のものではなかった。敵意を秘めた強い瞳が、廷兼郎をしかと見つめていた。
「ぐあッ!」
怒声と共に、何か目には見えない力の塊が、テレキネシスト《念動力者》から放たれた。
テレキネシス《念動力》とは、目には見えない力によって離れた物を動かす能力である。自分だけにしか感じられないもう一つの腕を自在に操り、自身では一切触れることなく対象に影響を与える。だが不可視の力場と言えど、何かを操作して攻撃しているのなら、その何かを避ければ大抵は無事で済む。先ほどの鉄材が良い例である。
そんな不可視の力場を、彼は敵に向けて一気に開放した。
鉄材を自在に振り回す力を、単に相手へと叩きつける。鉄材とは違って不可視なのだから、避けてみせることなど不可能だ。
当たれば吹き飛ぶどころでは済まさない。そのまま掴んで持ち上げ、地面に叩きつけてやる。
必勝の予感に顔を引きつらせたテレキネシスト《念動力者》が見たのは、即座に右へ大きく踏み込む廷兼郎の姿だった。
先ほどまで廷兼郎が居た場所から体一つ分ずれ、その場所を不可視の力場が空しく通過するのを、テレキネシスト《念動力者》は痛いほどに感じた。そして踏み込んできた廷兼郎が左足を振りかぶったところで、彼の意識はぶっつりと途切れた。
説明 | ||
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。 総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。 男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。 科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる。 |
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