エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件6完結編
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エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件6完結編

 

 

17.朝帰り

 

 目が覚めた時、私の体には毛布が掛けられていた。そして寝ていたのはベッドではなくフローリングの上。

 変な所に体を半分折り曲げて変な姿勢で寝ていたせいか体のあちこちが痛い。その痛みで昨夜何があったのか思い出した。

「思い返してみると……両親にも友達にも言えない体験だよね、これは」

 昨夜はひたすらに眠かったし、相手は天然ジゴロの癖に草食系な上条さんだったので安心して寝てしまった。けれど、改めて考えてみるとすっごく恥ずかしい。というか、言い訳がきかない凄いことをしてしまった。

 真相はともかく、女子中学生が独り暮らしの男子高校生の部屋にお泊りしたことが明るみに出れば世間がそれを容認する筈がなかった。

「まあ、上条さんが言いふらすとも思えないし、何とかなるかな?」

 立ち上がりながら上条さんを探す。ベッドで寝ているものとばかり思ったけれど、そのベッドの上はもぬけの空。

 閉じられたカーテンの隙間から漏れ出る太陽光を頼りに上条さんを探す。しかし室内をグルッと見回してみるも誰もいない。

「コンビニにでも出掛けたのかな?」

 室内にいないことを確認したので、とりあえず顔を洗うことにする。

 洗面台に到着すると、浴室の扉が半開きになっているのが見えた。

「もしかして……」

 浴室の中を覗いてみる。

 すると、いた。

 水を抜いた浴槽の中に体を縮み込ませて寝ている上条さんが。

「上条さん……それはちょっと紳士が過ぎますよ」

 感心するというよりも呆れた。

 上条さんなりの女の子への誠意の示し方であることは分かる。多分、同居している女の子に対しても同じ様にしているのだろう。つまりこの人は毎日ここで寝ている。

 でも、室内でも廊下でも脱衣場でもなく浴室とは……正直、微妙過ぎる気の使い方だ。

「ほんと……人間が不器用な人ですね」

 上条さんの寝顔に向かって微笑んでみせた。

 

 

「それじゃあ私はこれで帰りますね」

「ああ。気を付けてな」

 玄関の内側で上条さんに別れの挨拶を告げる。まだ5時半とはいえ早起きの学生にみつかっては面倒なことになる。玄関を開けて優雅に会話することなど許されない。

 洗濯機を回したまま乾かしていなかったので濡れた洗濯物が入ったビニール袋を右手に下げて退却準備に入る。

 ブラもパンツも当然湿ったままなので今の私はスウェットの下はノーパン・ノーブラのまま。こんな格好で街を歩いて変な趣味に目覚めてしまわないかちょっと心配だ。

 考え始めるとちょっと気分が高揚してきた。いやいや、そっちの方面に目覚めるな、私よ。

「よし。今はこの階のフロアには誰もいない」

玄関の外の様子を探っていた上条さんがゴーサインを出した。

「それでは上条さん。またお会いしましょう」

「またな」

 上条さんに左手をあげてバイバイすると密やかに外へと出て、階段目指して早歩きに出て行く。

 幸いにして通路、階段と人に出くわすことはなかった。1階まで階段を下りきった所でようやく一息吐き出す。

ここまで来れば仮に私の姿を見られたとしても朝帰りではなく、これからこの建物に入ろうとしているように見える筈だった。

最初から私の動きをチェックし続けた人物でもいない限りは。

 

「…………ねえ…………佐天さん…………」

 

 だから、物陰から突如現れた人物に名指しで呼ばれた時には心底驚いた。

 しかも私の名を呼んだ人物が──

「御坂……さん…………?」

 全身ずぶ濡れの御坂さんだったのだから。

 

 

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幕間6.とある少女と朝帰りの友人

 

「アイツと佐天さんが付き合ってしかも深い仲だなんて……きっとラブコメ的な勘違いの成せる技に違いないのよっ!!」

 テレビカメラの前で熱烈なカップルぶりを見せつけた2人に対して少女はそう結論を下した。正確にはそう思い込まないことには頭がおかしくなるのでそう思い込むことにした。

「私はマスコミの情報操作なんかに踊らされないで、今日という日をいつもの私らしく過ごす。そうよ。それが大事なのよ」

 少女は自身が超電磁砲を発射して半壊させた部屋には目もくれずに室外へと出て行く。取り戻したい日常をその手に掴むべく。

 大空では少女が吹き飛ばした花少女が優しい笑顔で見守っていた。

 

「私らしい日常と言えば……やっぱりアイツとの追いかけっこよね!」

 少女は誰に問われてもいないのに空に向かってそう答えた。

 信じたくない一心でなかったことにした2人の関係。けれど真相をどうしても知りたいという心の奥底の願望もまた捨て切ることが出来なかった。

 少女は無意識に少年と出会う確率が高い公園へと足を向けていた。明確な意思を持って動いていた訳ではない。けれど、最終的に公園に向かって歩いていた。

 

 公園に到着し辺りを見回すと、自販機付近に少年の姿が見えた。

 少女の頬が自然と緩む。どんな難癖を付けながら少年に近付こうか脳がシミュレートを始める。けれどその脳内演算はすぐに止まった。

「佐天……さん……」

 少年の隣には少女が今最も気にしている友人の姿があった。少女の胸がやたら速く鼓動を奏でだす。

 そして少年の側にいたのは少女だけではなかった。

 少年達の隣にはアンチスキルがいた。そして縄で縛られたどこかで見たことがある男達4人もいた。

「一体、あれはどういう状況な訳?」

 状況は分からない。けれど、アンチスキルと顔を合わせるのは嫌だった。

別に無断外泊でアンチスキルにお世話になることはない。けれど、嫌なものは嫌だった。何か勘ぐられたくもない。

 気付けば少女は物陰に隠れて少年達を見守っていた。

 

 少女の見覚えのある若い女性のアンチスキルは4人の男達を護送して去った。現在公園内に残っているのは少年と友人少女、そして少女のみだった。

「2人に、はっ、話し掛けないと……」

 少女は物陰から動けない。どう行動するべきか戸惑い続けていた。

 2人の仲を確かめたいという欲求と、確かめるのは怖いという自制心が激しく衝突して結果的に動けないでいた。

 

 そうやって躊躇している内に少年と友人は段々と良い雰囲気を迎えて来ているように見えた。

 友人が少年の手を上から握り締める。友人と少年が顔を合わせてジッと見詰め合う。

 それは少女から見れば恋人同士の愛の語らいにしか見えなかった。

 

「…………何、あのラブラブな雰囲気? …………公共の場でキスする気なの?」

 

 つい、声を出してしまった。

 その声は友人に聞こえてしまったのか、キョロキョロと首を回し始めた。

「ヤバッ!?」

 少女は慌てて物陰深くに隠れ直す。殊更に隠れる必要もなかったが、覗き見していたと思われるタイミングで出て行くのは彼女のプライドが許さなかった。

 息を潜めてやり過ごすことを考える。

 すると、少女にとっての助け、そして大局的に見れば大きな不幸は思わぬ形でやって来た。

「こんな雨宿りする場所もない所にいるタイミングで振られるなんてもう最悪〜〜っ」

 友人が嘆いた様に大雨がこの学園都市に降り注いだのだった。雨により友人は人探しを諦めた。

「……この近くに……があるんだ。服はそこで乾かしてくれっ」

「……分かり……」

 2人は何か言葉を交わし、少年が友人の手を引いて走り始めた。どこかに雨宿りに向かうのは間違いなかった。

「喫茶店にでも入ってくれれば、私が偶然後から入っても何もおかしくないわよね」

 少女は方針を定めながら、2人に気付かれないように後を追う。そして少女は意外な目的地に到着することになった。

 

「何、ここ?」

 少女の目の前に聳えるのは個性的とは言えない白塗りの高層集合住宅だった。

 少女の記憶にこの建物はインプットされていない。初めて見る建物だった。1階部分に喫茶店やファーストフード店が入っている訳でもない。

 少女が訝しげに眺めていると少年と少女は建物裏側にある階段を昇り始めた。その段階に至り少女はようやくここがどこなのか推測することが出来た。

「ここが……アイツの家なんだ」

 少女は今まで少年の家の場所を知らないでいた。

 あの公園によく少年が出没するのでその近所に家があるとは推測していた。けれど実際に建物を突き止めたのは今回が初めてだった。

 少年と友人の顔が7階のフロアを小走りに歩いているのが見えた。そして、とある部屋の前で立ち止まって扉を開き、中へと消えていった。

「あそこが……アイツの部屋なんだ。そっか、そっか……アハハハハハ……」

 力なく笑う。

 ずっと知りたかった場所をようやく知ることが出来た。

 少年と友人少女が同じ部屋に入っていくという場面を目撃する形で。それは少女にとって意中の少年が他の女を家に招いた構図に他ならなかった。

「何で……招かれたのが…私じゃ…ないのかな……?」

 それは少女にとってみれば最悪な形で少年の住居を知ってしまったことを意味していた。

「でも、2人は雨宿りに部屋に入っただけだもんね。佐天さんが出て来たら……2人の仲がどうなっているのかちゃんと聞いてみれば……良いよね?」

 少女は少年の部屋の玄関が見える樹木の下へと移動する。

 雨は激しく葉が茂る樹木の幹の下にいても少女の体は1秒ごとに酷く濡れていく。けれど、少女はこの場所から動くつもりはなかった。

 いつ出て来るか分からない友人少女と確実に出会う為にはこの場所で待ち続けるしかなかった。

 

 気が付けば夜になっていた。雨は止むどころかますます激しくなっている。

 友人少女はいまだ部屋から出て来ない。裏側に回って少年の部屋を窓越しに観察し電気が点いていることは何度も確認している。2人が在室しているのは確かだった。

 この大雨のせいで出て来られないのは常識的には理解出来る。実際、雨のせいで少女の体はずぶ濡れになっていた。

 けれど、友人少女が家から出て来ないのには他の理由があったとしたら?

 積極的に出て来ない何かが室内で行われているとしたら?

 その可能性を考えると少女は堪らなく怖かった。

「早く……早く出て来てよ…………佐天さん」

 少女は両手を合わせ祈りながら少年の部屋を眺めていた。

 

 それからしばらくして……少年の部屋の電気が消えた。友人少女が部屋から出て来ることもないまま。

「嘘…………っ」

 少女はその意味を考えたくなかった。

 けれど、考えない訳にもいかなかった。脳が勝手に答えを導き出してしまっていた。

「佐天さん……お泊りなの? 異性の家に無断外泊だなんて……不良のすることだよ」

 心臓がうるさい程に鳴り響いて聞こえていた。脳が導き出した答えを否定したかった。

 けれど、否定する材料がなかった。

 それどころか昨日から今日に掛けて見て来た出来事が脳内を過ぎり、脳の出した答えを後押しする。

 即ち、昨日友人少女の家から少年が着替えて出てきたこと。少年が友人と同じ匂いのシャンプーの香りを漂わせていたこと。今日昼間にテレビカメラに熱烈カップルぶりを見せたこと。公園で手と手を取って見詰め合ったこと。そして2人で少年の部屋に入っていき、出て来ないこと。

 それらの要素から導き出される答えは余りにも明白だった。

「あの電気が消えた部屋で今頃2人は…………っ」

 その光景を一瞬想像する。

 いつも明るくムードメーカーとなっている友人が髪を振り乱しながら艶やかに喘ぐ姿を。そしてその友人を喘がせている少年の姿を。

 その光景はパーソナル・リアリティーを極めた少女にとって余りにも鮮明にイメージされてしまうものだった。そしてその光景は少女の思考や信念、モラルといったものを一瞬にして奪い去っていった。

 

「そっか……アイツ……相手が中学生でも……悪いことしちゃうんだね……。そっか。そっか。……なら……他の中学生相手に……悪いことしても……構わない……よね? 私が……相手でも……少しぐらいなら……悪いこと……してくれるよね?」

 

 少女は大雨に打たれることも意に介さず、生気の失った瞳で電気の消えた部屋をジッと眺め続けていた。

 少女の内面には大きなうねりが生じつつあった。

 しかし、少女が自身の内部に生じたうねりの意味を自覚するのは翌朝以降のことだった。

 少女はただ、何も見えず何も考えられないまま少年の部屋を眺め続けていた。

 

 

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18.約束

 

「御坂……さん…………?」

 上条さんの学生寮からこっそり立ち去ろうとしていた時に、全身ずぶ濡れの状態で現れたのは御坂さんだった。

 御坂さんは全身が濡れていただけじゃない。

 その瞳は昨日見た時よりも生気が感じられなかった。顔色も昨日よりも尚悪くなっている。体もフラフラしており今にも倒れてしまいそう。

 彼女の身に何が起きたのかは分からない。けれど、その心と体に異変が起きていることだけは確かだった。

 考えられる原因はただ一つ。御坂さんはいまだに類人猿の亡霊に怯えているのだ。

 私と上条さんの力で類人猿は拘束されたとはいえ、その事実はまだ御坂さんには知らせていない。 私が事件に関与していないフリを続けたのが裏目に出てしまったのだ。

「御坂さんっ!!」

 私は慌てて御坂さんの元へと駆け寄る。

 私が正面から彼女を支えるのと御坂さんが倒れ込んで来たのはほぼ同時だった。

 抱き留めた御坂さんの体は凄く熱かった。

「凄い熱……っ。何でこんなにびしょ濡れになったままこんな所にいるんですかっ!?」

 この濡れ方、そして熱の出方。もしかして御坂さんは一晩中雨に打たれながら外にいたんじゃないだろうか?

 そう言えば昨日の朝もほとんど寝ていない様子で公園のブランコに跨っていた。

 もしかすると、御坂さんはここ数日常盤台の寮に帰っていないんじゃ? 

 類人猿から逃げる為に……。

「大丈夫ですからっ! もう類人猿は捕まえましたから。もう、何の心配も要りませんよっ!」

 エージェント佐天さんの立場にこだわらず、もっと御坂さんを第一にして行動するべきだった。こんなんじゃ私は……御坂さんの友達失格だ。

「類人猿を捕まえた? 何のこと……?」

 御坂さんは熱に思考力を奪われてしまっているのか、類人猿から逃げていたという単純な事実さえ分からなくなっている。そんな風に彼女を追い込んだのは間接的には私なのだ。

「それよりさ……佐天さんに大事な話があるの…………」

 御坂さんは荒く息を繰り返しながら言った。

「話? それよりも今は病院に行かないと!」

「…………1週間後の日曜日にさ……佐天さんが昨日いた公園の自販機の前に……来てくれないかな? 時間は……何時でも良いからさ」

 御坂さんの呼吸は更に荒くなる。

「………………それじゃあ、約束したからね。……ごめんね。どうしても、ちゃんと自分の気持ちを……整理したいの…………」

 御坂さんはその言葉を最後に気を失ってしまった。

「御坂さんっ!? 御坂さんっ! 御坂さ〜〜んっ!!」

 呼び掛けても御坂さんから返事はない。

「どっ、どうしようっ?!」

 御坂さんを病院に運ばなきゃいけない。でも、1人じゃ運べない。

「そうだ。上条さんに連絡してっ!」

 右手で御坂さんを支えながら左手で携帯を操作する。

『どうした? 何か忘れ物でもしたか?』

 幸いにして電話はすぐに繋がった。

「今、寮の入口付近なんですけど、御坂さんが熱を出して気を失って大変なんですっ! 病院に運ぶのを手伝ってくださいっ!!」

「何っ!? 御坂が……っ!? 分かった。今すぐ行く。知り合いに腕のすげぇ良い医者がいるんだ。そこなら御坂がレベル5だからって変な検査される危険もないし、その病院に連れていく!」

 携帯は切れて、間もなく上条さんは私達の元へと降りて来た。

 もう秘密裏とか言っていられる場合じゃなかった。

 2人で御坂さんを大通りまで運び出してタクシーを呼んで、その腕の良いお医者さんがいるという病院へと向かった。

 御坂さんがこんなになるまでして私に伝えたかったことが何なのかはまだ分からない。

 けれど、今はそれよりも彼女の体の方が心配だった。

 そして……タクシー代を支払った後の私の財布の中身が心配だった。

 

 

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19.重福さんと都市伝説

 

 上条さんが紹介してくれたお医者さんの腕は本当に確かだった。

 ゲコタみたいな顔をしたそのお医者さんは適切な処方を即座に採ってくれた。まるで以前から御坂さんの体に関するデータを知っているかのように。

 そのおかげで御坂さんは高熱の後遺症も残らずに済みそうだという話だった。

 そしてお医者さんは御坂さんが寮に許可を取らずに外泊していた事実を知ると、土曜日からこの病院に担ぎ込まれていることにしてくれた。つまり土曜日から入院していたので寮に連絡出来なかったという体面を取ってくれたのだ。

 それにより無断外泊の罪は消滅し御坂さんが常盤台で罰せられることはなくなった。本当に何から何まで至れり尽くせりのお医者さんだった。

 

 こうして御坂さんの体調不良の件はとりあえずの所なんとかなった。そんな訳で目下の大問題は……私自身の件だった。

 

『涙子と昨日一緒に腕組んでテレビに映っていた男について洗いざらい喋りなさいっ!』

『あの年上風の彼氏は一体誰なの?』

『テレビの前に堂々と腕組んで出てくるなんてどんだけラブラブなの?』

 

 予想はしていたものの、学園都市TVに上条さんと映ってしまったことは学校内で大騒ぎを引き起こした。

「それと今朝さ、男子学生寮付近で男と一緒にいる涙子を見たって目撃談が幾つもあるんだけど。もしかして……朝帰り?」

 更に御坂さんを運ぶ際に上条さんと一緒にいた所を多数の人に目撃されてしまいこちらも大きく騒がれることになってしまった。

 週末から私が起こした行動はスキャンダラスなものが多すぎた。おかげで学校にいると針のムシロだ。

 覚悟はしていたとはいえ実際につつかれるとしんどい。辛い。

「初春……何で私を残して遠い世界に旅立ってしまったの?」

 普段ならこういう時には初春が緩衝材になってくれる。あの癒し系オーラ全開の顔で人々を和ませ、面倒な事態になった場合にはジャッジメントの公権力も発動してくれるという水も漏らさぬ二段構えの親友が。

 でも、その初春はもういない。お空のお星様になってしまった。

「初春って一体誰のこと?」

「へっ?」

 そして何故か私以外のみんなは初春の存在を忘れてしまっている。いなくなったのではなく最初からいなかったように扱われている(伏線)。

 何故そのような事態になっているのか私には分からない。ただ、今現在言えることは初春がいない学校で私の心が安らぐことはないという事実だけだった。

 

 学校内は大変。けれど、もっと大変なのが私の経済事情だった。

 タクシーを使っての病院までの移動は私の財政を極度に逼迫させた。

 クライアント“ですのっ!”との連絡が途絶えたままなので今回の仕事はタダ働きになってしまった。それどころか必要経費さえ貰っていないので大幅な赤字だった。

 そんな訳で私はエージェント佐天さんとして家事手伝いに勤しんでいた。このままいくとマジに餓え死んでしまいかねない。

 

「重福さん。こんにちは〜」

 今日の依頼は、いや、今日の依頼も友達でもある重福省帆さんだった。

「佐天さん。今日もわざわざすみません」

 チャームポイントの眉毛を長い前髪で隠している重福さんは俯きながら小さく答えた。

「いやぁ〜毎日仕事を頂いて助かっちゃっているのはこっちだから気にしないで」

 4日目となり、もう通い慣れた彼女の家の中を歩いて台所に向かう。

 今日の仕事も重福さんの夕食作り。

 日曜日の昼間にとあるテレビを見ていて驚いてしまい包丁で指を切ってしまったという彼女に代わって夕飯を作るのが私の今の仕事なのだ。どんなルートを通じたのか重福さんは私がエージェント佐天さんであることを知っていた。

 まあ、私にしてみれば金欠に喘いでいた所なので、仕事を貰えるのはなんであれ嬉しいことだった。

 1食700円の仕事でも塵も積もれば山となる。類人猿事件の時の様に結局はタダ働きになるより遥かに良い仕事だった。

「重福さん。今日は何を食べたい?」

 重福さんの冷蔵庫はいつ来ても豊富な食材に溢れている。それこそどんな料理も作れるぐらいに。

「佐天さんの食べたいものにしてください。佐天さんの料理は何でも美味しいですから♪」

 そして重福さんはいつも同じ返答を寄越す。

「じゃあ今日は佐天家直伝のカレーを披露させてもらうね」

「はいっ♪」

 早速調理に取り掛かる。

 重福さんは私が作った料理を一緒に食べようと誘ってくれるのでいつも2人で食べている。仕事代金を貰って尚且つタダで夕食にありつける。本当にありがたい仕事だった。

 

「カレー完成♪ それじゃあ、夕飯にしようか」

「はいっ♪」

 後ろに立っている重福さんが元気良く頷いた。

 彼女は私が料理している間中、ずっと後ろに立って見ている。好きなことをしていて良いよと毎回言うのだけど、私にだけ働かせて他の事をするのは気が引けるらしい。

 私はお給金を貰って働いているのだから全然気にすることないのに。それに、後ろから強烈な視線を浴びせられているような気がしてちょっと気疲れする。

 テーブルに2人分の食事を並べて早速食事にする。

「わ〜〜♪ 佐天さんの特性カレー。とっても美味しいです〜♪」

 重福さんはニコニコしながら私のカレーを食べてくれる。

「我が家のカレーは野菜の切り方にこだわりを持っているからねえ」

 かつてカレーの野菜の切り方を初春と激しく論議したことを思い出す。もしこの場にあの子がいてくれたなら、今日のカレーを何と評してくれただろうか?

「どうしたんですか? ぼぉ〜としちゃってますけど?」

「ううん。何でもないから」

 初春の幻影は打ち消して食事に取り掛かる。何か知らない間にカレーの量が減っている気がするけれど無意識に食べていたのだろうか?(伏線)

 まあ、重福さんを心配させないように今は食事に集中しなくては。

 

「重福さんは切っちゃった指の具合どうなの?」

 カレーも残り少なくなった所で重福さんに話し掛ける。

「はい。おかげ様で回復の具合は良好で、週末には完治しそうです」

 重福さんは包帯が巻かれている右手をじっと眺めた。

「そっか。じゃあ、私がやっているこの仕事も週末で終わりになるね」

 食事を終えてスプーンをお皿に置く。

 重福さんはとても料理上手な子。以前分けて貰ったお弁当は絶品だった。なので指が動くようになれば私の調理はもう必要としないだろう。

「えっ?」

 重福さんはとても驚いた表情を見せた。

「私の指が治ったら……佐天さんはもうこの家に来てくれないんですか?」

 重福さんの身体が小刻みに震えている。

「来てくれないっていうか……重福さんは料理上手なんだし、指が治ったらもう私が夕飯を作る必要はないんじゃ?」

「なら私、この右腕を二度と使えないように粉砕しますっ! そうすれば、佐天さんは今後もずっとうちにご飯を作りに来てくれますよね?」

「怖いって! 右腕粉砕なんて絶対にしちゃ駄目だからね!」

 以前付き合っていた男が常盤台の子に盗られて振られたのを気に常盤台狩りを実行した彼女が言うと怖過ぎる。本気で右腕を潰しかねない。

 

「じゃっ、じゃあ……これはもっと後で言うつもりだったんですけど……」

 重福さんは頬を赤らめて俯いた。

 何か……とても嫌な予感がした。

「私、佐天さんの手料理が毎日ずっと食べたいです。私のご飯を毎日作って下さい」

 重福さんは顔を上げて瞳をキラキラ輝かせながら述べた。

「え〜と……それは、怪我が治った後も私を雇いたいということでしょうか……?」

 背中に大量の汗を掻いている。重福さんの言葉の意味を深く考えることを脳が拒否している。

「永久就職っていうことなら当たりです♪」

 重福さんが顔全体を真っ赤に染めた。

「あっ、そうなんだ……っ。でも、佐天さん的にはその言葉の使い方はちょっと分からないなあ……っ」

 おかしい。ただの中学生の女の子と話しているだけなのに、類人猿4人組と戦っていた時よりも強い圧迫感を覚える。何故こんなにも額から汗が吹き出るのだろう?

「私、頑張って佐天さんが望む年収700万に手が届くようにしますから。幸せになりましょう」

「お金を沢山稼げれば生活は安定するよね。幸せも近づくよねえ。あははははは」

 重福さんが何の話をしているのか分かりたくない。分かってたまるか。

「それに私……佐天さんの子供なら父親が誰であろうと愛せます。愛する自信がありますから…2人で育てましょう」

 重福さんは切ない瞳で私の下腹部を見ながら訴え掛けて来る。

「あのぉ〜。それは一体どういう意味でしょうか?」

 私は子供を作るような行為は1度だってしたことがない。まだJC1年生だぞ、私は。

「だって佐天さんは日曜日に一緒にテレビに映っていた男の人の家に泊まって、翌朝2人でタクシーに乗って病院に行って妊娠が発覚したって学園都市中の噂、というか確定事実になってますよ」

「ほへっ?」

 脳に血が回らず貧血になるのを感じた。

 学園都市が都市伝説だの噂話だの意外と非科学的な情報に溢れていることは私自身が一番良く知っている。けれど、自分自身がネタになるのは勘弁して欲しかった。

「うっ、嘘だからその噂っ! 私はあの彼の家に泊まってなんかいないし、子供が出来るようなこともしてないからっ! まったく、この都市は根も葉もない都市伝説ばっかり量産して困るなあ。あっはっはっはっは」

 笑って誤魔化す。私の体面もそうだけど、御坂さんが病院に運ばれたことも絶対に隠し通さないといけない。

 

「そうなんですか。良かったぁ」

 重福さんは息を撫で下ろした。

「でも……日曜日に一緒にテレビに映っていた彼のことは否定してくれないんですね」

 重福さんの瞳がまた曇る。気のせいかヤンデレの瞳に……。

「え〜とまあ、彼のことは……」

 上条さんのことをどう述べたものか判断に困る。類人猿を誘き寄せる為にカップルのフリをしていた行動はテレビ上でもインターネット上でも散々流れてしまっている。

 更に私にはお泊り疑惑や妊娠疑惑というとんでもない噂がまとわり付いている。全部否定すると却って疑惑を深めてしまいかねない。

 仕方ない。この際上条さんとのスキャンダルが付きまとうことは有名税として諦めよう。心の中で上条さんに向かって手を合わせてごめんなさいをする。

「彼はボーイフレンドとして楽しくお付き合いさせてもらってますよ。あっはっはっはっはっはっは」

 嘘でもないけれど本当でもない。曖昧な表現で煙に巻く。この場合のボーイフレンドとはどんな関係なのか謎に包まれている使い方なのは言うまでもない。

「私……あの方とはいずれ決着を付けないといけないと思ってます(伏線)」

 重福さんの瞳はこれ以上ないぐらい真剣だ。目が凄く怖い。ていうか逝っている。

 背中に流れる冷や汗の量が更に増える。

「決着って何の? 何にせよ、争いごとは良くないよ。あっはっはっはっは」

「あの方と私。どちらが佐天さんにより相応しいかという決着です」

「ヒィイイイイイィっ!?」

 鋭い視線に射すくめられて身が硬直する。

 

「さ、さあて、食事も終わったし、後はちゃちゃっと洗い物をして今日の所は失礼するね」

 撤退の準備に入る。これ以上ここにいると新たな血の惨劇の火種が生まれそうな気がする。いや、既に遅いような、そんな気さえする。

「いつか……私の方が佐天さんを幸せに出来るんだって、あの方にちゃんと思い知らせてやりますから」

「わっ、私はそんな物騒なことは望んでないからね。一応私の立場を明らかにしておくよ……」

 体中汗だらけになりながら台所へと立つ。まさか日曜日のあの行動がこんな波紋を引き起こすなんて思わなかった。

 本当に日曜日というのは鬼門だ。そうとしか言いようがない。

そして、また次の日曜日が近付いて来ていた。

「御坂さん……一体、何の用だろう?」

 御坂さんが私にわざわざ言いたいこと。

 それが何だかよく分からなくて私を困らせる原因の一つになっていた。

 

 

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20.御坂さんの宣言

 

 遂に日曜日を迎えた。御坂さんとの約束の日。

 キュアピースとのジャンケン戦争を終えた私は出発の準備を進めている。

 御坂さんは何時に来ても良いと言っていたけれど、それは逆に言うと朝から私の来訪を待っていることになる。彼女はそういう性格の人だ。

 だから私は午前中の内に彼女に会いに行くことにした。

 常盤台中学の湾内さんから聞いた話に拠ると、御坂さんは金曜日から学校に復帰したらしい。体調も回復したようなので私と会うのも問題ない訳だ。

 ちなみに白井さんは先週の日曜日を堺に消息が不明になっている。とはいえ、男塾の登場人物みたいに新シリーズが始まれば何事もなかったかのように復活を果たすタイプなので何も心配していない。やはり私が心配すべきは御坂さんのみ。

「上条さんにも今から会いに行くって連絡しておいた方が良いわよね」

 上条さんには前もって今日御坂さんと会うことは伝えてある。病院に運ぶ際に御坂さんは私と会う為にあの男子学生寮の前に立っていたらしいことも伝えておいた。

 今回特に上条さんに手助けしてもらうことはない。だけど御坂さんの件に関して言えば私が彼を一方的に巻き込んでしまった。

 そして上条さんも御坂さんのことをとても心配している。何も知らさないままという訳にはいかない。

 勿論上条さんが公園に来るか来ないかは彼の自由。だけど、とりあえず知らせておこうと思う。

 メールにこれから御坂さんに会いに行く旨を記して送信。

「さて、行きますか」

 御坂さんの用件を確かめるべく、私は家を出る。

「じゃあ、出掛けて来るね、初春」

 誰もいない筈の室内で誰かが頷いた気がした(伏線)。

 

 公園まで100mの地点に到着した。その時になってようやく上条さんから返信のメールが来た。

「え〜と……今起きた。これから支度して外に出るから先に話し合いを始めておいてくれっと。お兄さんには日曜朝のジャンケン戦争に賭ける意気込みが足りてないようですね」

 上条さんの遅刻を知ってちょっとガッカリする。

 でもまあ遅れるというのなら仕方ない。私と御坂さんの話し合いなのだし、彼の到着を待ってから会いに行くのも変な話だ。

 

 ゆっくりと公園内に足を踏みいれる。

 御坂さんは自販機に背を持たれ掛けさせながら目を瞑って立っていた。予想通りに朝からいた。

「よしっ」

 一度大きく深呼吸してから彼女へと近付いていく。

「おはようございます、御坂さん」

 妙にはしゃいだりせずに普通の調子で挨拶する。

「おはよう、佐天さん」

 御坂さんは目を開けると私を見た。その瞳には生気が戻っており、1週間前の不調が嘘のようだった。

「あの、来てもらって早々なんだけど……本題に入って良いかな?」

「ええ。構いませんよ」

 御坂さんは元々ストレートな人だ。変な茶々を入れるよりも単刀直入に話を切り出してもらった方がこちらも対処し易い。

 

「あのさあ……」

 御坂さんは大きく息を吸い込んだ。そして吐き出す息と同時に本題へと入った。

「アイツ……付き合っているんでしょ?」

「はいっ?」

 御坂さんの質問は彼女の質問らしくなく要領を得ないものだった。

「あの、アイツって一体誰のことでしょうか?」

 私がその質問をした途端に御坂さんはそっぽを向いて目を背けた。

「アイツって言ったら……………………上条当麻のことよ」

「ああ、なるほど」

 頷いてみせる。

「それで……上条当麻……付き合っているんでしょ?」

 御坂さんは質問を繰り返した。

 先程より質問の意図は鮮明になった。質問の主語が明らかになったので。

 だけどまだ不明瞭な質問だった。

 上条さんが誰と付き合っているのかという目的語が抜け落ちているから。

 御坂さんが上条さんのことをどれだけ知っているのか私には分からない。何故そんな質問をするのかも。

 けれど、上条さんの家から朝帰りした所で私が話し掛けられたという状況を加えると……候補は2人に絞られて来る。

 1人は上条さんが同居しているという外国人の少女。もう1人は私となる。

 外国人の少女に関して言えば私は具体的な情報を何も聞かされていないので答えられないのが実情。御坂さんがその人のことをどこまで知っているのかも謎。

 けれど、御坂さんが同居という点に重きを置いている場合……上条さんとその子は付き合っていると言わないと危なくなる。……主に上条さんの命が。

 御坂さんの性格上、将来を誓い合ってもいない、まして交際してもいない男女が一つ屋根の下に住んでいるなんて知れば怒り心頭だろう。

 天然ジゴロ結婚詐欺師の上条さんなんて一瞬で消し炭に違いない。

 ということは私との関係を疑っている場合にも同じことが言える。真相は何もなかったとはいえ私は上条さんの家に1泊した身。

 その現場をモロに押さえられているのに私と上条さんの交際を否定するような言動を取れば……待っているのは絶対なる死。上条さんも私も消し炭にされそうな気がする。

 ……つまり、御坂さんが誰との関係を疑っているのであれ、イエスと言っておかないと死人が出る。主に上条さんが。副で私が死ぬ。

 答えは出た。

 

「上条さん、勿論お付き合いしていますよ♪」

 最大限のスマイルを発しながら怪しまれないように答えて返す。

「そっか……やっぱり、佐天さんとアイツは付き合っているんだ……」

 御坂さんの口から出たのは私の名前だった。

 セーフ。セーフ……っ!!

 付き合ってもないのにお泊りした身体だけの関係みたいに誤解されていたら私は間違いなく黒こげだったと思う。

御坂さん、そういう男女関係に関しては潔癖症に違いないから。

「そっか。私の勘違いじゃなかったんだ。そっか。そっか……そっかそっかあ…………」

 御坂さんは俯きながら何度も“そっか”と繰り返している。

 そのサラサラとした言い方が凄く気になる。

 一体、御坂さんは何が言いたいのだろう?

「あの、御坂さんが私に言いたいことというのは結局何なんでしょうか?」

 地雷を踏んでいるような感覚に陥りながらそれでも聞いてみる。

「…………知りたい?」

 御坂さんが顔を上げて私の顔を覗き込んで来た。その瞳は何ていうか感情が凄く読み取り辛い澱んだ色彩をしていた。

「はっ、はい。知りたいです」

 首を2度縦に振って答える。本当は知りたくない。けれど、知らないことには今日解放されそうにない。そんな予感がヒシヒシとしている。

「じゃあ、教えてあげる」

 御坂さんは大きく息を吸い込んだ。

 その時だった。

 

「お〜〜い。佐天さ〜〜ん。御坂〜〜〜〜っ」

 御坂さんの重要発言を遮る様な形で上条さんが私達の前へとやって来た。

「上条さん」

「……アンタ」

 上条さんの登場で御坂さんの気分も少しは変わるのではないかと希望的観測を込める。

 ……いや、それはあり得ないことにすぐに気付いてしまった。

 御坂さんが私と上条さんの関係を問題視しているのなら……上条さんがアウトな発言をした瞬間に私達は士道不覚悟で消し炭決定だ。

 なら、上条さんの言動は私が制御しなくちゃっ!

 私はさり気なく小走りで彼の横へと駆け寄る。そして上条さんが何か喋る前に先手を打つことにした。

「じゃあ、改めまして紹介しますね。こちらが私のボーイフレンドの上条当麻さんです」

 御坂さんの反応次第で対応を色々変えられるように“ボーイフレンド”という曖昧な言葉を強調する。

「……おっ、おい。佐天さん?」

 上条さんが小さく耳打ちしてきた。

「……しっ。御坂さんが私達の関係を疑っています。上手く切り抜けられないと私達2人とも消し炭になりますよ」

 小声で上条さんに釘を差して置く。

「なるほど。俺達はデッド・オア・アライヴな空間にいる訳だな」

 上条さんが息を飲みながら状況を理解してくれた。

 

「そっか。アンタ……随分可愛いガールフレンドを見つけたのね。佐天さんはアンタには勿体無いぐらい良い子なのよ。そこんとこ、分かってるの?」

 御坂さんの鋭いというかナイフみたいにギラギラした瞳が上条さんを捉える。マジで怖いっす。

「あ、ああ。ほんと、佐天さんは凄く良い子、だよ……」

 上条さんは身体を小刻みに震わせながら答える。でも、身体が震えてしまうのも仕方ない。隣で聞いているだけの私も無茶苦茶怖いのだから。

「まあそうよね。佐天さんをお泊りさせちゃうぐらいに仲良しなんだもんねぇ」

 御坂さんの瞳が今まで一番強烈になった。

 来たっ!

 今日最大級の大地雷。

 この地雷処理に成功するか失敗するかで……私達が今日を生き残れるかどうかが決まる。

 上条さんが幾ら鈍い人だからってここで求められている回答がどんなものぐらいかは分かる筈。

 ここは私との仲を男らしく認めて将来の誓いを御坂さんに熱く訴える場面。たとえ事実は何もなかったにしてもだ。それ以外に私達に生存の可能性はない。

 さあ、上条さん。貴方の男を見せて頂戴っ!!

 

「確かに1週間前、俺は佐天さんを家に泊めた。けど……やましいことなんて一つもしちゃいない。俺は彼女を傷つける様な真似なんて絶対にしないっ!」

 

 上条さんは真剣な表情でそう言い切った。

 幾人もの女の子を勘違いさせて泣かせて来たに違いない凛々しい表情で。

 それは確かに心に響く熱い言葉に違いなかった。

 だけどこの状況下でその回答は不正解。

状況証拠がこれだけ揃っている現状でそれを言うと、男としての責任から逃れているように聞こえるに違いない。特に上条さんに反発を強く抱いているのであろう御坂さんから見た場合には。

「私の人生……終わったかな」

 佐天涙子享年13歳。あれ、私はまだ誕生日迎えてなかったっけ?

 まあ、どちらにせよ短い人生に違いはなかった。

「アンタ、こんな可愛い子と1晩同じ屋根の下で過ごしておきながら何もなかったなんて言い訳が通じると本気で思ってるの?」

 ほらっ。怒った御坂さんが全身から放電を放ち始めてしまった。だから上条さんのことを嫌いな御坂さんにそんな説明が通じる訳が……。

「手を出してないのは事実だからな。通じるに決まってんだろっ!」

「まだ言うかあぁああああぁっ!」

 御坂さんが吼える。けれどそれでも上条さんは怯まなかった。

 

「佐天さんは俺の大事な戦友なんだよっ! そんな大事な人を場の雰囲気に流されてみたいな感じで傷付けられる訳がないだろうがあっ!!」

 

 上条さんは御坂さんに負けない大声で言い切った。その瞳はヒーローと呼ぶに相応しいぐらい引き締まって凛々しいものだった。

「上条さん……っ」

 思わず私が見蕩れてしまうぐらいに。やばっ。ちょっと本気で格好良い……っ。

 そして上条さんのヒーロー気質は御坂さんにも変化を催した。

「大事な人……戦友……友……フレンド……ボーイフレンド……」

 御坂さんは単語を幾つか口にしながらブツブツと考え込んでいる。

「…………2人はまだ清い仲……腕組んで歩くぐらいの仲なら私にだってまだ逆転のチャンスが……佐天さんじゃなくてこの私がお嫁さんになれるように頑張らなきゃ…………」

 御坂さんは顔を俯かせながら早口で何事かを呟いている。何とも形容し難いオーラが彼女を取り巻いていた。

「あの……御坂?」

 説得を行った上条さんの方が不安になって冷や汗を垂らしながら声を掛ける。

 確かに今の御坂さんは一体どうなるのか分からない謎の雰囲気に包まれている。

 でも、私達には御坂さんの回答を待つしかない。

 そしてその時は訪れた。

 御坂さんは顔を上げた。その瞳に赤い炎を燃やして私と上条さんを見ながら。

 そして彼女は学園都市中に聞こえるのではないかと思えるぐらいの大音量で叫んだのだった。

 

「私だって、佐天さんに負けないぐらい当麻のことが大好きなんだからぁあああぁっ!!」

 

「「………………っ」」

 御坂さんのその言葉に私も上条さんも呆気に取られて何も言えない。何も反応出来ない。

 一方で御坂さんは私に対して右手の人差し指を突き刺して宣言してみせた。

 

「私、まだ諦めないんだからぁっ! 佐天さんは……私の宿命のライバルなんだからねぇえええぇっ!!」

「…………っ」

 御坂さんの勢いに圧倒されて私は何も言えない。というか彼女が何を言おうとしているのか必死に整理を試みるのに精一杯。私が御坂さんの宿命のライバルって一体何の話?

「私が言いたいのはそれだけだから。じゃあ、またねっ!」

 一方的に宣言だけ告げると御坂さんは公園から全速力で去っていった。その後ろ姿はあっという間に見えなくなってしまった。

「何だったんだ、今のは?」

「さあ?」

 後には強い衝撃を受けて動けない私と上条さんだけが残されたのだった。

 

 

「なあ、さっきの御坂の言葉はどういう意味だと思うか?」

 上条さんが首を捻りながら質問して来たのは御坂さんが去ってから10分以上経った後だった。

「そうですね。私も最初は分からなかったんですが、御坂さんが呟いていた単語を再検討してようやく答えに至りましたよ」

 フッフッフと自信あり気に笑って返す。

「本当か? 俺にはさっぱりなのにすげえなあ」

「何といっても私はスーパーエージェント佐天さんですからね」

 ニヤリと笑ってみせる。

「御坂さんは先程の上条さんの言葉の中で戦友という単語に非常に惹かれていました。つまりですっ!」

 スーパーエージェントの推理力を発揮する時は今っ!

「御坂さんは戦友、つまり友達という部分を強調したかったんですよっ!」

「そっ、そうなのか?」

 上条さんが目を丸くして驚いている。でも、私はこの推理に凄く自信がある。

「私も友達として上条さんのことが大好きですから。きっと御坂さんも私のそんな想いを読み取ったのだと思います」

 大きく息を吸い込み

「つまり……御坂さんも私に負けないぐらい上条さんのことを友達として大好きだってことですよっ!」

 御坂さんの真似をして右手の人差し指で上条さんを突き刺す。

「そっ、そうだったのかぁっ!!」

 上条さんの瞳が光り輝いていく。

「俺、御坂に嫌われているとばかり思っていたけれど……ちゃんと友達だと思ってくれていたんだなあ。いやあ良かった良かった」

 上条さんは顔中光らせて喜んでいる。その瞳にはうっすらと涙さえ浮かんでいる。よほど強く嫌われていると思い込んでいたらしい。

「上条さんと御坂さんはお友達。御坂さんはそれを伝えたかったんですねぇ」

「ああっ。俺と御坂は友達。仲の良い友達だぜえぇっ!!」

 上条さんは両手を天に向かって突き上げて喜んだ。本当に嬉しそうな姿だった。

 

 私の推理にはどこかに些細な綻びはあるかも知れない。もしかするとどこかが間違っているのかも知れない。

 けれど、類人猿を拘束することに成功した。御坂さんの心を晴らすことにも成功した。

 事件は合格点の解決を見たと思って良いだろう。

 今日の所はそれを素直に喜びたいと思う。

 

「私……頑張ったよね、初春、白井さん、クライアント“ですのっ!”?」

 

 学園都市の大空に3人が笑顔でキメながら私を優しく見守ってくれていた。

 

 

とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件  完

 

 

 

 

好感度変化

 

美琴 → 当麻 : 素直になれない → 大好き

 

当麻 → 美琴 : 嫌われている → 友達

 

佐天さん ←→ 当麻 : 無関係 → 大事な戦友、パートナー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回 事件予告

 

 

 私の元を訪れた今回のクライアントは“偽イカ娘”。

 

「最近とうまがちゃんとご飯を作ってくれないんだよ。きっとどこかで他の女と浮気しているに違いないんだよっ! ……ゲソ」

 

 クライアント“偽イカ娘”は上条さんの彼女で同棲相手を名乗る銀髪の外国人美少女だった。彼女は思わず「イカちゃ〜〜ん♪」て呼びながら抱きしめて頬ずりしちゃいたい可愛さを誇っていた。

 

「最近とうまには長い黒髪の女の影がいつもチラついているんだよ。その泥棒猫の浮気女を見つけ出して別れさせて欲しいんだよっ! 私の豊かな食生活の為にっ! ……ゲソ」

 

 クライアント“偽イカ娘”の依頼は浮気素行調査だった。

 早速私は調査に入り、いつのように上条さんと会って話をしながら彼の浮気について探りを入れていく。

 

「上条さん、最近女の子とバカップルフィーバーしてたりしますか?」

「いや、そんな訳がないだろ。このモテない上条さんをいつも遊びに誘ってくれる女の子なんて佐天さんぐらいのもんだよ」

「ですよねぇ。…………じゃあ、浮気相手の長い黒髪の女って一体何者?」

 

 だが、このエージェント佐天さんの捜査能力をもってしても上条さんの浮気相手だという女性は容易には尻尾を出さない。

 そこで私と上条さんの共通の友達でもある御坂さんに浮気調査の協力をお願いすることに。

 

「上条さんが浮気しているかも知れないんですっ! 御坂さんにも捜査の協力をお願いしますっ!」

「わっ、私、佐天さんの彼氏を横取りなんかしてないよっ! 略奪愛とか頭の中でたまに考えたりするけれど……そんな大それたことを実行する勇気はないものっ!」

 

 私と御坂さんは捜査を進める内に事件は意外な方向に転がっていく。次々と巻き起こっていく悲劇。

 

「俺の大事な蛋白源……お1人様1点限りの1パック128円卵がぁあああああぁっ!!」

 

 そして私の目の前に現れる上条さんの浮気相手。

 

「まさか……貴方が上条さんの浮気相手だったとは思いませんでしたよ」

 

 果たして私と御坂さんは浮気相手に勝利することが出来るのか?

 そして、上条さんの浮気の結末は?

 

 第二事件シリーズ

  エージェント佐天さん とある少女の浮気調査黙示録

 

 

 でも、しばらくは番外編 次回

 

美琴「ていうか、一山超えたら水着回とか安くない?」

 

 姫神さんも吹寄さんも出てきてサービスサービス♪

 

 

説明
最初の事件の完結編。そして実はこの話が終わってようやくスタートだったりする。

とある科学の超電磁砲
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件
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Fate/Zero
http://www.tinami.com/view/317912 イスカンダル先生とウェイバーくん
http://www.tinami.com/view/331833 あの日見た僕(サーヴァント)の名前を俺達はまだ知らない。
http://www.tinami.com/view/343631 イスカンダル先生とウェイバーくん つぅ
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これはゾンビですか?
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2012お正月特集
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2011クリスマス特集
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僕は友達が少ない
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俺の妹がこんなに可愛いわけがない
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(俺の妹がこれで最終回なわけがない Another Good End)
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http://www.tinami.com/view/338246  来栖加奈子の非日常 後編
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http://www.tinami.com/view/344284  来栖加奈子の日常
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あやせたんの野望温泉編 あやせたんside
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あやせたんの野望温泉編 京介side
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あやせたんの野望温泉編 加奈子side
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あやせたんの野望温泉編 黒猫side(完結編)

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(そらのおとしものOO劇場版 Pandora's lament in Synapse 前編)

ショートストーリー1
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ショートストーリー3rd
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ショートストーリー4th
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