ハラキリハイスクール 〜辻斬り娘と抜刀砕〜 第一幕 罪隠し |
眼に映る世界は少し遅すぎた。
僕の一歩は、他人の五歩だった。その事実に気が付くまでに、十年かかった。道理で僕の周りに人間が居ないはずだった。
別に、僕の身長が他人の五倍で脚幅が五倍と言うわけではない、誰かの一歩にかかる時間が僕の五歩分だっただけだ。
他人を見ることが無かった僕は、幼い時から人間と言うものを視界に意識的に入れようとしなかった。言うなれば興味が無かったのだ。視界に入る前に僕が通り過ぎていたために、物心付くまでは世界に僕しか存在していないと思っていた。
僕も人間だから両親は居る。なのに、最低限の事以外に触れ合うことはできなかったために、今も顔は覚えることはできなかった。そう、僕は人の名を覚えることはできても、顔を覚えるのが苦手だった。それに、顔を覚えられても零点二秒倍速で喋られたら宇宙人語にしか聞こえず、結局誰かとコミュニケーションを取ることはできやしなかった。だから、僕の周りに人間と呼べる人間は存在しなかった。
僕が初めて誰かと意識的にコミュニケーションを取れたのはオンラインゲームのチャットだった。誰かと繋がっていると意識できる経験なんて一度も無かった、そう、皆無だった僕は、ゲームの世界にのめり込んだ。ギルドに入り、一日中チャットする日々を過ごした。
その日々の中で、ロード時間に対する体感時間の差異によってようやく僕は他人と五倍の時間の差異があることを知った。それから意識的に他人との時間の感覚を伸ばしてみたら、ようやくテレビのニュースのアナウンサーの声が聞き取れるようになった。テレビは字幕を見るものだと思っていたが、それが違うと気付いてから小説とネット以外にも見れる娯楽が増えた。
それから、ようやく僕は他人とのコミュニケーションを取ることができた。でも、結局世界との深い溝は、海底の如く深すぎた。
「また、世界を置き去りにしてしまった。……なーんつって」
だからだろうか。僕はいつのまにか見知らぬ土地の何処かの学校の古めかしい正門の前に居た。錆びて朽ちかけた鉄の檻の如く、正門の赤褐色が眼に優しかった。所謂古き良き時代の成れの果てのコンクリジャングルではなく、木造の古めかしいながらも趣のある校舎が見えていた。土の匂いがするおじいちゃんやおばあちゃんの住む田舎へ来てしまったような気分だった。
確かに、爽やかな風は排気ガスに侵された穢れた空気で構成されておらず、空気清浄機以上に清らかな空気を肺に送ってくれている。空気に味があったなんて、という感想もいいが、それよりも大事なことがあった。
――ここは、何処だ。
古臭い何処かの村だろうか、辺りを見回してみても僕の学ラン姿にマッチするような場所で、まったくもって生活感が存在しない無人の場所だった。と言うか、僕はそれに気付くまで何をしていたんだ。思い出そうとすると、霞の奥に戯れる動物の姿のように消えうせてしまう。
異常だった。それも、とてつもないくらい半端無い至極堂々確定的に明かな異変だった。
もしや、本当に僕は世界を置き去りにして光の如く速度を持って見知らぬ場所へワープしたとも言うのか。
在り得ないし笑えないし巫山戯られない馬鹿げた妄想だ、と、分かっている。大体僕の生まれ持った異能にワープ機能なんてついちゃいないし、物理的に不可能だ。だが、今の状況を論理的に言い表すことができない。まるで、雲の上の存在に神隠しされたような気分だった。
取り敢えずこのまま美味しい空気を喰らいながら立ち尽くすのも悪くは無いが、行動をして次のステップへ進むべきだろう。次のステップって何だよ、と思いながら後ろに振り返った。見知らぬ学校に入ったら不法侵入でアウトだから、当然のことだろう。
「お迎えにあがりました、ツミビト様」
僕から見て大体二メートルくらい離れた場所に居る少女に、迎えられた、らしい。歩んでくる少女に見覚えは、無いに決まっていた。
墨汁のように美しい髪を三つ編みに二つ分け、肩から黒セーラーとメイド服を混ぜたような服に流した少女の姿はまさに、従者。無駄が無く洗練された脚運びにも驚きの目が向くが、何よりも重心が一切ブレていない事実の方が驚愕に値する。瀟洒な従者が、そこに居た。
「罪人? 僕はまだ何か罪を犯したつもりはないんだけど」
「いえ、貴方様が犯されたのではありません。神が罪を犯し、世界を侵したために生まれた存在のことを言うのです。神は世界を歪ませた罪を修正するために、この世界へ罪をお隠しになられるのです」
「神様、ねぇ。僕は見たこと無いけれど、君は見たことがあるのかい」
「わたし如きが会える存在ではありませんよ、勿論、この世界の誰にでも言えることですが。だからこそ、別世界から来た貴方様は――」
――遭う資格を持ち合わせておられます。少女はそう、断言した。
会うのではなく、遭う。神隠し、鬼隠し、罪隠し。偶然の偶然という必然的かつ奇跡的な事象を勝手気ままに生み出し歪ませ修正する神に、遭う。
疑わしきを罰し、虚実を真実へ重ね、勝手に生み出し崇拝し信仰し祈る僕ら人間と住む世界が違う神への邂逅は、人の身では不可能。
だが、もしも邂逅する世界があるというのなら、というのが少女が言うこの世界なのだろう。
僕は別に神様なんぞに興味は無いし会いたいとも遭いたいとも思わないが、神様の行動の一端に触れて罪隠しとやらに遭ってしまっているらしいこの状況で、何ともいえない不良消化感を感じていた。煮え切らないし滾りきらないし盆に返る覆水も無い、言うなれば無関心。でも、それに関心を持てと言われてやるせない気持ちになっている、と言うのが今の僕の心境だ。
興に乗らず関心に至らぬ事柄に、どうして興味が持てるというのか。他人の評価をちょっとだけしか気にしない僕としては、このまま不干渉で通してもらいたいところだが、それは不可能なのだろう。
なぜなら、彼女は僕を罪隠しにあった人と呼び、迎えに来たと言うのだから。
「まぁ、僕は神様なんかに会う予定はないから、どうでもいいや。それで、僕を迎えに来たって言うのは、どういうことかな」
「はい、文字通り貴方様をお迎えに上がりました。七崎庵識様」
「――ッ」
これは、驚かざるを得なかった。例え、この世界が彼女の言う通り僕が居た世界とは違う世界だったとして、さらにここに僕が現れると知っていたとしても、名前まで把握されているとは思っていなかったからだ。何せ、生涯僕の名を自分から語ったことはないから、学校も行かずに独学で高校レヴェルまでは習得していた僕だからこそ、これには驚いた。
「なぜ、君は僕の名を知っているんだ、と貴方は仰ります」
「なぜ、君は僕の名を、はっ!?」
「それについてもお話いたします。ですが、この場所で語らうには適しませんので、お屋敷へと向かいましょう。言い遅れましたが、私は貴方様のメイドであり、貴方様の護衛監視世話をさせていただく従者、十六夜月千代でございます」
彼女、月千代さん? いや、ちゃん? 見た目からして僕より年下に見えるからちゃん付けにしよう。月千代ちゃんは僕に一礼した。
その完璧と言える角度やら容姿やらからして、彼女はかなりレヴェルの高いメイドさんらしいことが感じ取れる。くるりと踵を返した月千代ちゃんについていく形で、僕らは正門から去った。道中彼女に質問をしようとしたが、何処か近寄りがたい雰囲気だったので終始無言で山道獣道公道を歩くことになった。まぁ、勿論公道はコンクリートによって整備されたものではなく、土がむき出しになった形で整備されている昔ながらの道だった。どうやら、この世界は科学的な発達がしていない江戸時代チックな様子が常識らしいようだった。田畑や地面は見えるけども、コンビニやビルという建築物が見えやしなかった。というか、月千代ちゃん以外の人を見かけたことが無かったくらいに、田舎だった。
時間が経つにつれてようやく脳裏の霞も晴れてきたらしく、召還酔いのようなものだろうか、自分が罪隠しに遭う前に何をしようとしていたかぐらいは思い出せた。まぁ、肝心の罪隠しの瞬間は覚えていなかったけれど。
同行してから一時間程歩いて、ようやく月千代ちゃんが言う目的地に到着したようだった。
「……マジかぁ」
「マジですよ、もうへばりましたか?」
「んー、あんまり外に出なかったからねぇ。というか、外に出て学校デビューしようと矢先に遭っちゃったらしいから何ともいえないや」
「それはそれは、ご愁傷様です。もやしっこ、というわけでは無さそうですね。そこらのもやしならこれまでの道のりで三回は挫折しますから」
「なんか目で見たことがあるような口調だけど、気にしないでおくよ。取り敢えず、精神的にくたびれただけでまだまだ余裕はあるよ」
でも、目の前に見える数百段の階段は勘弁願いたいと思ってしまった。ここから二階ぐらいの高さはあるんじゃなかろうかというくらいの長さで、見るだけで精神的に滅入る距離だった。しかし、月千代ちゃんは慣れた様子で一歩目を踏み出し、小ぶりのお尻を僕に見せながら歩いていった。取り敢えずそれを見ることで精神的な回復を図りつつ、実際に数えてみて四四三段という中途半端で惜しい段数の階段を上りきった。
すでに先に上って木製の大きな門を開けて待っていた月千代ちゃんに再会したところで、彼女は一礼して言った。
「お帰りなさいませ、庵識様。ここが貴方様の領地、鴉哭(からこく)のお屋敷でございます」
彼女の背には何処の大名が住むのかというくらいに巨大な屋敷が存在していた。武家屋敷とも言うのか、真正面の玄関であるこの場所以外に侵入する経路が存在せず、さらに屋敷の配置が絶妙だった。大をバラし、小を惑わすうような場所に屋敷が展開され、門からは何処が出入り口なのかも分からない。むしろ、出入り口があるのかすらも分からない、そんな構築をされていた。
「出入り口は存在しますよ。こちらへどうぞ」
どうやら僕の思考を察していたようで、月千代ちゃんはふわりとスカートをふくらませながら踵を返し歩み出す。門から右手に曲がり、そのまま左手に曲がって、さらに左手に曲がって、さらに左でようやく玄関にたどり着いた。どうやら凹という字で建てられているらしい。
確かに、回り込むしか道は無いし、二手に分断できるし道を迷わせることはできるけど……欠陥じゃないかこれ。量で攻められて挟まれたら一貫の終わりな気がするんだけど、大丈夫なんだろうか。取り合えず、僕は思いついたそれを腹の中へ戻しつつ、月千代ちゃんの白いうなじを見ながら玄関から中へ上がった。行った事は無いけれど、小説でよくある田舎の家のそれと同じの構造の木造建築の家だった。
で、鴬張りの木製廊下を土足で歩いていた。
月千代ちゃん曰く、徹底的に無駄を無くしつつわたしの掃除範囲を増やすための仕様です、だそうで、風呂と厠以外は確かに死角は無いだろう。……けど、古臭いお屋敷だから畳とかあるんじゃないかなぁと思ったが、ちらりと見えた部屋にあったのは掘り炬燵式の居間で、きちんと歩く部分を全体的に少しずつ配置してある畳に座るタイプだった。
最初から靴を脱げばいいんじゃないかと思うが、彼女の思惑に反するだろうから言うのは止めて置いた。ただし、喉元まで上がってきて何度も往復したことを誰かに伝えたい思いを燻らせずにはいられなかったが。
ツッコミたい場所も通り過ぎ、何処か道場らしき広い場所へ出た。少々お待ちくださいとのことだったので、どっかりと中央に胡坐で座ってみた。結構天井が高く、薙刀なんて振っても大丈夫っぽい広さを実感して何と無く開放感を感じる空間で、中々居心地が良かった。
しばらく待っていると不意に嫌な悪寒が背筋を凍らせた。蛙が蛇に睨まれたことに気付き、身震いした時のような緊張感が道場を満たす。
「……ああ、この感じは――」
――飛び道具又は不意打ちの前置きの間かな。
何処からかこちらを見ているような視線を感じているような気分、ええと僕が僕を狙うとすれば。
ひぅんと何かが空気を切り裂く音を、すでに回避姿勢を取った後の僕の耳が聞いた。世界は今日も少し遅すぎる。
予想通り、くてんと後ろに倒れて背を床へ転がせて待つ僕の視界をヒスイ型のナイフ、刀子が過ぎて行った。これまた別嬪さんで息を呑んで絶句している女の子と目が合った。
「やあ」
「……在り得ないわ。アンタ、化物?」
「いやいや、いやいやいやいや、いや、僕はちょっとばかし世界を置き去るくらいの人間だよ」
「十分人間離れしてるじゃないの。……まぁ、いいわ。さすがにここまで異常なのは視聴(み)えてなかったけど、及第点以上ね。安心したわ」
膝元に若干力を入れて座り直し、くるっと体を回転させてみれば、何とも微妙な表情で立ち尽くす美少女の姿がようやく正しく現れた。
うなじの後ろで黒水晶のように美しい長髪を赤い細いリボンで束ねた所謂ウルフテイル、耳の前から首まで伸びる髪に触れている群青色の着物は高価そうな代物のようでこれまた絵になるように着こなしていた。ザ・着物美人と言うよりも、和服美少女って感じだった。
月千代ちゃんも含めて中々レヴェルの高い娘が多くてSUN値が一定以上に上がってる、ついでにボルテージも。嬉しい誤算だった。
正直に言って、前の世界でもこの世界でも生きていく自信があるし、欲を言えば美少女二人の知り合いが居るこの世界で暮らしたい。此方の世界でも書籍はあるだろうし、無ければ技術やら広めて儲けて新娯楽として設けてしまえばかなりベター。と言っても詳しいことまでは知らないので、編集者側になればいいだろう。最初の頃は僕が勤めて、めんどくさくなってきたら雇って楽をしよう。うん、それがいい。
「何を皮算用しているのか分からないけども、名乗ってもらえるかしら」
「うん? 僕は七崎庵識。七つの岬に庵の知識っていう字だよ、君は?」
「……はぁ。アンタ、ツミビトだから大目に見てあげるけど本来なら打ち首もんなんだからね。口の訊き方には気をつけなさい」
そう美少女は溜息を漏らしてから僕の前に綺麗な動作で正座した。
人間の死角側から狙われた、という点から僕を狙う誰かと定義つけていたが、見れば様に様を付けてもまだ足りぬような高い気品が感じ取れ、その流れるような洗練された振る舞いは誰もが見惚れるほどに華麗であり、烈火の如く威圧感のある威厳を醸し出して君臨していた。
恐らく、常人であればその絶対強者の貫禄を見せ付けられて息を詰まらせたことだろう。僕は比較に挙げる人が居ないので気後れくらいで済んだ。
「……取り敢えず、説明をお願いしてもいいかな」
「構わないわ。月千代、頼んだ」
「はい、お嬢様」
開かれた戸から亡霊のように現れた月千代ちゃんは何か巻物のようなものをドレスの上に載せて歩んできた。そのままお嬢さんの横へ正座し、巻物の一つを広げた。そこに書かれていたものは達筆な字で書かれた名前。達筆過ぎて素人な僕では読めないくらい達筆だった。
取り敢えず、図柄から家系図だというのは分かったが、何のために出したのだろうか。
「こちらに居られるは織田家二十四代目次期当主元候補、織田麗華お嬢様でございます。わたしは今日までお嬢様専属のメイドでしたが、今は頭御家が一つ七御家の従者、つまり貴方様のメイドでございます。しかしながら、七御家は織田家に仕える護衛家。貴方様はお嬢様の護衛人の命を受け、お嬢様を護る矛と盾にならなければなりません」
「ちょ、ちょっと待って。かなり大事なことをマシンガントークで話さないでくれ。つまり僕は、もう」
「一生、元の世界には戻れないわよ。アンタはすでに、神によって罪隠しされた後。死ぬ以外の方法でこの世界から離れることはできないわ。だから、頭御家の七御家をアンタに譲ってあげるって言ってるのよ」
「頭御家は織田家に仕える裏家系、実質的な織田家の守護神のことを指します。数字の一から九までを頭御家、他の分家が十以降の数字を許され織田家の下僕家として扱われます。と、言ってもすでに頭御家は一から三までの御家以外は廃れてしまいましたがね」
「ええ。だからアンタの名に七があったから、七御家の地位を授けるってこと。織田家の血筋の者を守護する護衛人、それこそが七御家の仕事であり運命であり――定めよ」
「つまり、僕は麗華ちゃんを護るボディガードとして就職をしたと考えていいのかな?」
「ぼ、ぼでぃがーど? まぁ、よく分からないけども護衛人の解釈であれば問題無いわ。織田家の血筋は今、三つに分かれてるから好きなの選びなさい。織田家随一の先天的未来視聴の異能を託された私、麗華と最強の兄と病弱な妹。さぁ、選びなさい」
目の前に本人が居る手前でその選択を託すということは、答えは一つしか決まっていない気がする。小悪魔のような憎たらしいほどに可愛らしい笑みを浮かべた麗華ちゃん。そして、天然ジト眼でこちらを見つめ続ける月千代ちゃん。ここは、逃げ道が無いから抵抗は止めとこう。
「……よろしくお願いします」
「よろしい! そうでなければ戦争していたわよ! 月千代、アンタにこいつの世話係を任せるわ」
「はい、お嬢様。必ずや立派な防壁にしてみせます」
「あれ、僕の存在価値が捨て駒扱いされてる」
「気のせいよ、取り敢えずアンタの罪を教え――」
そう意気揚々と麗華ちゃんが脚を崩してこちらに近寄った、瞬間、彼女は凄まじい殺気を縁側の方へ送った。つられてそちらを見てみれば、フォーマルなダークスーツを着た男が立っていた。顔には般若の仮面をつけており、身長と体格からしか性別を判断する要因が存在しなかった。横を見やれば麗華ちゃんと月千代ちゃんは冷ややかで攻撃性を含めた視線を般若男へ送っていた。
「アンタ、誰よ」
「人の名を訊く時は自分からですよ、お嬢さん。まぁ、大切な主賓が居られるから俺様が先に答えましょうか」
お迎えに上がりました我らが皇よ。そいつは飄々とした様子で、結局麗華ちゃんの言葉に答えず、我を通して言った。
俺様という一人称の癖にそこらの好青年のような口調で喋る奇々怪々な般若男の存在はとても不愉快だった。
「王の権威はお兄様にとっくの昔に叩きつけたわよ。宣誓書付きでね」
「お嬢さんに言った覚えはないさ。俺様が頭を垂れるのはそこのお方のみだ。七崎庵識、いや、刻支配の皇よ」
「「――ッ」」
「……何で君が僕の名を知っているのか知らないが、僕はそんな中二病チックな異名は持ってないよ。人違いじゃないのかい?」
「それは《絶対的に》在り得ない出来事ですよ。俺様の忠実な下僕がそんなヘマはしない。《絶対的に》貴方は刻支配の皇であり、我らが軍勢十三罪の総統となられるお方です」
「……十三罪、ツミビトにより形成された異端集団――ッ」
「おや、俺様らの名がそこまで通っているとは思っていませんでしたよ。もしや、お嬢さん。織田の隠れ姫こと麗華お嬢様であったりするのでしょうか。まぁ、そうであっても宣戦布告として織田へぶつけるには些か準備が足りませんので、手出しはしませんよ。用があるのはあくまでも我らが皇のみですから」
「少なくとも僕から無いから帰っていいよ。それと、僕は隙が無いんじゃない、隙があっても君らが認知できていないだけさ」
視界に見える麗華ちゃんはキョトンとした顔を、そして般若男は両手をひらひらと上げて降参のポーズを取った。
先ほどから目の前の般若男は僕へ手に持った何かを投げようとする動作を幾度か繰り返していた。遅延した世界の中で僕を試すつもりだったようだが、明確な隙を作ってやらずに居たら焦れるのにも飽きたのか、明らかに投げる一歩手前来ていたので釘を指してやったのだ。
別に投げられても僕にとって遠投されたボールのように遅く見えてしまうから避けれるのだが、後ろの襖が傷付くのはいただけない。仮に僕の物ではないとしても、恐らくは麗華ちゃんのであろうそれを傷つけるのは良しとはできなかった。それに、何か高級そうな紙を使ってそうな気がするし、勿体無かった。綺麗だし。
「……これは手厳しい。非戦闘員の俺様じゃ到底敵わないお方のようだ。本日は挨拶とでも受け取ってくだされば重畳です」
では、御機嫌よう。そう般若男は会釈してから木の葉が風に巻き取られるようにその場から消え失せた。まるで、そこには何も無かったかのような雰囲気が流れ、静寂と安堵感が場を制す。
十三罪、ツミビトによる異端集団。そう麗華ちゃんは奴を呼んでいた。
そして、僕が奴に皇と呼ばれた事実。それは、ツミビトである僕に十三罪の仲間入りを願ったことからの言葉だろう。
つまり、奴はこの世界に来たばかりで何も分からずにいた僕を十三罪に勧誘するつもりだったのだ。
しかし、僕はすでに月千代ちゃんと出会い、麗華ちゃんの防壁をすると約束をした後だった。
だから、僕は奴の誘いを蹴り、拒絶の意を示し、尚且つ実力さを魅せ付けてやったのだが、もしかすると最後のは余計だったかもしれない。ただでさえ、警戒されていたのに情報のアドバンテージを一つくれてやった結果になってしまったからだ。大方の部分は奴も知っているだろうから、少し実際に見せてしまったのは遣り過ぎた感がある。まずったな。基本的に僕は関わりたくないのだけれども。
「……アンタは、私の護衛人、よね?」
「そうさっき約束しただろうに。いきなり解雇かい?」
「そう、ならいいわ。この世界にはアンタ以外に十三人のツミビトがいる。死んでしまった人数を合わせるのであれば十七人、罪隠しにあってこの世界に君臨した結果になるわ。そして、十八番目はアンタ。この意味が何を指すのか分かるかしら」
「さぁ? 僕なんか寄越しても何も起きやしないさ。僕は基本的に怠惰だからね、やる気はないさ。負けん気はあるけど」
「本気でアンタが護衛人で良いのか考え直したくなったわよ」
「御身のお心のままに」
「庭を三週回ってわんと鳴きなさい」
「すみません、勘弁してください」
なんてこった。たった一言で上下関係が決まってしまった。
有無を言わせぬ理不尽ながら圧倒的な威圧感の持ち主である麗華ちゃんに逆らえる気はしなかった。それに、美少女に仕えるのも、悪くない。むしろかなり良い環境だと思う。僕が漫画の主人公であればハーレムやらに発展するのだろうが、如何せん性欲なんて枯れてしまっている僕がそこまで積極的になることは無いに違いないだろう。
しかし、明らかに年下であろう女の子に服従するというのも中々アレな状況な気がする。いや、気がするレヴェルじゃない。かなり、拙い状況じゃないかそれ。別にロリコンでもペドコンでも極度のフェミニストというわけでもない至ってノーマルの高校生だ。暇があれば庭で回ることを強制されるような間柄は勘弁願いたい。が、勝手知らぬこの世界で生きるためには彼女の力が必要だろう。……精々足掻こう。
そんな感じで少女に養われる生活を苦渋の選択で掴み取った後、僕は月千代ちゃんから手渡されたそれに驚くことになる。
いや、なんせ出不精で引きこもりがちだった僕にやけに切れ味のよさそうな日本刀をポンと手渡すメイドが居てたまるものか。よーく見てみてもやっぱり日本刀で、比較的ずっしりとした重みがやけに生々しい。人殺しの道具です、と刀身が物語っているようにも感じた。
「え、と。こ、これはどういうことかな麗華ちゃん?」
「護衛人が手持ち無沙汰でどうするのよ。私に刃向かう者は全てアンタが切り捨てなさい」
「これ、真剣?」
「ええ、真剣よ。鈍ら渡してどうするのよ」
「……むしろ僕は鈍らの方が良かったかなー」動くのに邪魔だし、危ないし。「僕は殺人を良しとはしていないからね」
「問題無いわ。言うなればそれはただのお飾りよ。私の横を歩くのに侍でない者を付けたら笑われちゃうわよ」
まぁ、杞憂かもしれないけれど。そう麗華ちゃんは嬉しいことをボソリと言ってくれた。
見かけ通り意外と純粋で少しひねくれているだけかもしれないなー、なんて思ってたらジト目で睨まれた。おっと、そういえば。
「そういや、なんで僕の名前がこんなにも大量流出してるんだ。この世界に来たのは今日だし、誰にも名乗った覚えはないんだけど」
「さぁ? 少なくとも私は理由があるわよ。私の異能、未来を視聴る力によってね」
「未来を視聴る? つまり、未来予知ってことか」
「いいえ、違うわよ。予知は瞬間的だけど、私は場面で視聴することができるの。だから、利便性は断然私の方が上ね。得られる情報の量が違うのよ」
「ってことは自分から名乗った未来の僕を見て、名前を知ったということだね」
「そうよ。やるのは簡単だけど、やりすぎると未来に影響を及ぼしちゃうから多用はできないの」
必ずしも有利になるということでは無さそうだ。未来なんて人物が死ねばいくらでも変わるし、誰かの一言やメールなんかでも世界とは変わってしまう酷く脆く理不尽な世界でのことなら尚更、希望なんて見えて気やしないし、かといって絶望も見えるわけじゃあない。どれもこれもそれもあれも、全ては誰かの自己完結で終焉を迎えるのだ。
神様は僕らに手助けすることもないだろう。救いの手を指し伸ばすのは神のご加護からじゃあない。誰かの意思で誰かの自己満足からだ。神になろうとして口先八寸で事を進める詐欺師か、はたまた周りを廃れさせ病まぬ誰かの戯言か、ボランティア活動に命を燃やす偽善者か、全てを投げ払って一つに賭ける戦隊物のヒーローか、誰だって結局は自己満足で事を終えるだろう。
救われた方はたまったもんじゃない。救われたのではなく、見下されたのだ。『ああ、自分よりも不幸な人がいて可哀想だ。手を指し伸ばしてやるか』と無意識的に思っている輩に救われるのは、はたして本当に救いなのだろうか。
その判断もまた、自己完結自己満足。満たされれば杯は溢れるし、満たされぬなら杯は求めるだろう。遍く普遍の探求願望要求に終わりは存在しない。そもそも、始まってすらいないのだから終わりも何も無いのだ。
「オッケイ、把握した。で、僕は今からどうすればいいのかな?」
決まっているじゃない。麗華ちゃんはゆっくりと立ち上がって妖艶な幼い笑みを魅せて僕に人差し指を突きつけ、言った。
「アンタは私を護ればいいのよ」
「それは、世界も敵に回さなければならないのかな」
「ええ、勿論。如何なる理由であっても、私は敵を許しはしないし粉砕する主義なの」
「……ああ、そりゃ楽しそうだ」断る理由も、口を出す理由も無い。「誓おう、この刀に。君を護ると」
「あら、そんなキザっぽい台詞を吐けたのね。少し、見直したわ」
手に持った刀は重かった。これは、人を殺すという意味の重さなのだろう。そして、人を殺すための重さなのだろう。麗華ちゃんのために人を殺すつもりはない。ただ、僕の意思で殺すだけだ。そうでなければ、意味が無いのだ。背負えない罪を背負う覚悟が無ければ、地獄の淵から手を伸ばす無数の手を甘んじる覚悟が無ければ、その覚悟は資格に成り得ない。
人を殺すのは罪だ。しかし、殺すきっかけもまた、誰かの罪だ。罪が罪を犯し侵す。罪は心の隅に置き去られ燻った憤怒に時限爆弾が炸裂した時、人は人を自分の意思を持って危めて殺めるのだ。
――『殺したかったから殺した』
――『殺すつもりはなかった、殺してしまっただけだ』、
意思が、意志があったなら、それはただの罪だ。逆に、それらが無ければ。覚悟も意思も意志も無ければ、そいつは――殺人鬼だ。
意味が無い事に意味あるからして、殺す。殺すことに意味があり、死なすことに意味は無いように。殺人鬼に陥るのはただの、狂気だ。
狂っているからこそ、正常を知り、正常を知るからこそ、異常を知る。しかし、その異常に違和感が無ければ、炸裂寸前の不発弾だ。
いつどこでなんでどうして爆発するのか、本人すらも知りやしない人間をきっと殺人鬼と。人でない鬼に例えるのだろう。
理解不能だから。
理解できないモノは怖い。
だから、それは人じゃない。
幽霊や妖怪だ、オカルトだ。
だから、理解できた。
良かった。
元々壊れてしまっているから、元々理解ができないからこそ、知能ある人間はオカルトやファンタジーなんていう世界を生み出したのだろう。根本を理解できないのであれば、理解できる箱に包んでしまえばいいのだ。臭い物には蓋を、見えぬそれに妖怪という絵を付けるように、目に見えて理解できるものへと変換することで、理解をし、恐怖を遠ざけた。
そう、逃げたのだ。理解することを、探求することを、理解不能だと切り捨てて、尻尾巻いて逃げ出したのだ。
なぜか、怖いからに決まっている。遠くにあっても、形を作ってしまったせいで、在ることを知ってしまったのだ。逃げられやしないと、悟る。
僕には、覚悟も意志もありやせず、腰につけたお飾りとしてこの刀と繋がっていくのだろう。そう考えると、何処か勿体無い気もするが、殺人鬼になるつもりは無いので、精々棒扱いで振り回すとしよう。勿論、鞘に入れて。
「そうそう、アンタもこれから学校に通ってもらうわよ」
学校と言うと、月千代ちゃんと出会ったあの場所だろうか。古めかしい木造の校舎。尋ねてみれば意外な言葉が返ってきた。
「いえ、違いますよ。あの場所はお嬢様が始めて小学校へ通う際に"練習場所"として雅柾様がお建てになった訓練所です」
「く、訓練所? あの大きな校舎が?」
「ええ、訓練所です。ここら一帯は麗華お嬢様の土地であり、織田家の土地でもあります。お嬢様のご要望でこのような質素な造りになっていますが、技術的には貴方様の世界とそう変わらないと思いますが……」
僕は咄嗟に上着のポケットに入っていたスマートフォンを取り出し、自分に向かってメールを送ってみた。すぐに電子音が鳴り、受信箱にはメールが存在していた。……おおう、マジで電波五本立ってるよ。
刀とか着物とか田舎道とか見たら、江戸か戦国時代くらいの文明だと錯覚してしまうのは仕方が無いことだろう、と僕は言い訳したい。
その後、月千代ちゃんと麗華ちゃんのアドレスを交換し、促され庭へ出てみれば柵の崖下にビル群が見えた。加えて言えば活気溢れる商店街もあったし、日光に当たってネオンライトが反射している怪しげな道もあった。
おいおい、パラレルワールド系だったのかよ。てっきり異世界系だと思ってたぞ僕は。
僕は、在り得ねぇ、と独白して、街を眺めていた。そして、思い至る違和感。看板が左読みだったり、行き交う子供たちの和服姿とか、丁髷も無いのに帯刀しているセーラー服の女の子とか、色々とあった。
「在り過ぎだろ」
どうやら僕は、中々愉快な世界へ隠されてしまったらしい。でもまぁ、悪くない気分だった。
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とても愉快な物語ですね! 文章力も見習いたい位ですし、続きがなかなかに気になります! 頑張ってください。(衛宮理樹) | ||
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