IS学園にもう一人男を追加した 〜 38〜41話 |
38話
一夏SIDE
一 「あ〜・・・」
臨海学校3日目。花月荘に別れを告げ、今はISと専用装備の撤収が行われている。男である俺も、積極的に撤収作業に取り組まされ、真夏の日差しが俺の体力を奪っていく。しかも昨日、セシリア達に追い回され、千冬姉には旅館を抜け出した事がバレて大目玉。そして、この撤収作業。
獅 「っ・・・」
そんな中、大怪我しているはずの獅苑は片手で、みんなのバックや荷物を一人で運んでいた。怪我を負っているため専用装備の運搬を任せられず、本人から荷物を運ぶと言って、こんなくそ暑い中せっせと、旅館とバスを行き来している。
(獅苑って、めんどくさがりのくせに、こういう事は よく手伝うよな・・・)
同居してからというもの、獅苑の事は大分、知った。実は可愛いものが好きだったりとか、朝に弱いとかなどなど、日記に記しておきたい事がいっぱいあった。
そんな事を思っている内に、俺の体力が限界に近づく。だが、そこにちょうど、箒、セシリア、シャル、ラウラが通りかかる。ちなみに、鈴は別クラスなので、違う場所で撤収作業を行っている。
一 「すまん・・・誰か、水を持ってないか?」
セ 「知りませんわ」
シ 「あるけど、あげない」
ラ 「唾でも飲んでいろ」
見事に玉砕。俺は最後の頼みでもある箒に目を向ける。
箒 「な、何を見ているか!」
顔をボッと赤くした箒のチョップが、俺の頭に炸裂。地味に痛い感覚が、今の俺をさらに苦しませる。
箒 「ふんっ!」
そのまま、皆は去ってしまう。
一 「だ、誰か・・・水を・・・」
獅 「ほいっ」
投げ込まれた半分しか残っていないペットボトルを、掴み一気に飲み干す。
一 「ぷはぁっ! 助かったー!
何とか、獅苑のおかげで、命を繋ぎとめた。
一 「ありがとな、獅苑!」
獅 「・・・別に」
【バスの中】
撤収作業が終わり、獅苑が一組の生徒全員の荷物をバスに詰め込んだおかげで、予定よりも早く終わった。出発する間、他クラスより長い休憩を、俺は冷房が効いているバスの中で満喫している。
? 「ねぇ、織斑一夏君っているかしら?」
一 「あ、はい。俺ですけど」
鮮やかな金髪の女性が、バスに乗ってきた。たぶん、二十歳ぐらいの女性で、格好は青色でおしゃれ全開のカジュアルスーツ。
? 「君がそうなんだ・・・へぇ〜」
手に持っていたサングラスを開いた胸の谷間に掛け、俺を好奇心の目で見てくる。
一 「あ、あなたは・・・?」
ナ 「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の操縦者よ・・・チュッ」
一 「え・・・?」
頬にナターシャさんの唇が触れる。
ナ 「これはお礼。ありがとう、白いナイトさん・・・じゃあ、またね。バーイ♪」
手をひらひらと振って、バスを降りていくナターシャさんに、ぼーっとしながら、手を振り返した。
ラ 「浮気者め・・・」
シ 「モテモテだね、一夏・・・」
セ 「あんな美人に、あんな事をされて良かったですわね・・・」
箒 「はっはっはっ・・・」
なんか嫌な予感がする。だが、そう思った時には、もう遅い。4人の手に握られた500ミリリットルのペットボトルが、俺を狙うように構えられる。
箒 「そういえば、一夏。飲み物がほしいって言ってたな」
一 「あ、ああ・・・」
全 「はい、どうぞっ!」
[ドゴッ!× 4]
千冬SIDE
千 「おいおい、余計な火種を残していくなよ。ガキの相手は大変なんだ」
ナ 「思ってたより、素敵な男性だったから、つい・・・」
バスから出てきたところを掴まえて、バスの近くで立ち話をしている。
千 「やれやれ・・・それより、昨日の今日で、もう動いで平気なのか?」
ナ 「ええ。私は『あの子(シルバリオ・ゴスペル)』に、守られていましたから」
千 「・・・やはり、そうなのか?」
ナ 「ええ。あの子は私を守るために、望まない戦いに身を投じた。だから許さない。あの子の判断能力を奪い、全てのISを敵と認識させた元凶を・・・」
福音は今回の暴走事件により、凍結処理が決定され、ナターシャ自身も査問委員会にかけられる事になった。
ナ 「何より飛ぶ事が好きだった、あの子の翼は奪われた。相手が誰であろうと、私は許しはしない」
さっきまでのナターシャはいない。握られた手の甲には血管が浮かび上がり、張り詰めた空気が流れている。
ナ 「・・・ふぅ、ごめんなさい。熱くなりすぎたわ」
千 「いや・・・」
頭を冷やしたのか、張り詰めた空気は消え、体の緊張がほぐれる。
ナ 「それより、黒いナイトさんはどこにいるの?」
獅 「俺の事、ですか・・・?」
千 「っ!・・・朝霧」
バスに戻る途中だった獅苑が、こちらに気づき近寄ってきた。すると、昨日、束に言われた言葉が、私の頭に流れる。私は頭を振り、その記憶を吹き飛ばした。
ナ 「初めまして。ナターシャ・ファイルスよ」
獅 「朝霧です・・・」
ナターシャから差し出された手を、朝霧が握る。
獅 「・・・銀の福音の操縦者、ですか?」
ナ 「ええ、あなたのおかげで助かったわ。ありがとう」
今度は獅苑の頬に唇を寄せるも、獅苑の手でガードされる。
ナ 「あら、レディーの誘いを断るなんて・・・」
獅 「色々あるんです」
ナ 「・・・あなた、本当に男? 顔を見た時から思ってたけど・・・」
獅 「男です」
ナ 「そ、そう・・・」
いまいち、獅苑について来れないナターシャは、困り顔をする。
ナ 「まぁいいわ・・・じゃあ、しばらくは大人しくするとするとしましょう」
強引だが、会話を終了させ、私との会話を続ける。
千 「そうだな・・・しばらく、は」
ナ 「そう。しばらくは、ね」
ナターシャは「バーイ♪」と、手を上げ、去っていった。
獅 「俺もバスに乗ります」
千(獅 「そうだな。出発時間まで、まだあるが、そろそろ召集をかけた方が「織斑先生・・・」・・ん? なんだ?」
獅 「避けてませんか?・・・俺を」
千 「っ! ま、まさか・・・何故、お前を避けなきゃいけない」
獅 「そう、ですね・・・」
獅苑は足取りは遅いが、バスの方に向かって行った。私はため息を吐き、一組全員にバスに戻るようにと呼びかける。
全 「はいっ!」
元気な返事と共に、バスの中に戻っていく。
(・・・朝霧、すまん。私はお前に嘘をついた)
心の中で朝霧に頭を下げながら、何食わぬ顔でバスの中に入り、IS学園に向けてバスが発進した。
獅苑SIDE
バスに揺られ、どれくらいの時間が流れただろうか。虚ろの目を開けたときには、窓の向こうには立ち並ぶビルに、十字路には信号機が立っている。
本 「あ、おはよう〜」
獅 「・・・おはよう」
本音の膝から起き上がり、目を擦る。左腕は本音に支えられて、痛みはなかった。
本 「今回は目覚めがいいね〜・・・」
どうやら、昨日ちゃんと寝たおかげで、今回は目覚めがいいらしい。
獅 「・・・何見てるんだ」
全 [ブンッ]
俺の発言に、一斉に目線を外す一組全員。山田先生までもが、俺の寝ていた姿を観察していたようだ。
千 「そろそろ学園だ。すぐに出られるようにしろよ」
全 「はい!」
(切り替え早いな・・・)
まぁ、俺も身支度するのだが・・・
ラ 「姉上、すみません。床に落ちてるのを拾ってくれませんか?」
前の席から頭を出し、指で下を指す。下を見ると、暗くて何なのかは分からないが、棒状のものが落ちている事が分かり、それを拾う。
獅 「・・・何これ?」
拾ったのは軍用のサバイバルナイフ。手入れが行き届いているのか、刃は窓から刺す日差しで輝いている。
獅 「なんで持ってきた?」
ラ 「いえ、未知の領域に行く際には、いかなる場合でも対処が必要でしょう」
(じゃあ何か? お前はナンパしてきた男を、これで切り刻むつもりか?)
さすがにナンパ男に同情を覚えてしまうが、あそこは学園の貸切だったから、そんな事はなかったけど・・・
獅 「・・・まぁいいや。ほい」
ラ 「ありがとうございます」
ナイフを渡すと、首だけを縦に振り、頭を引っ込めた。それと同時に、クラス全員が、窓から見えた学園の姿に騒いでいる。そこから3分も経ち、校門前に到着。バスの運転手にお礼を言って、前の席から降りていく。
一 「なんか、久しぶりに帰ってきた気がするな」
獅 「だな・・・」
暴走事件で気を失っていた二人にとっては、時間の流れが皆と違う。まるで卒業生の様に、学園の門をくぐるのが、とても懐かしく思っていしまう。
相 「織斑君ーっ! 浸ってないで、こっちを手伝ってよーっ!」
一 「お、おう! 今行く!」
一夏が運搬作業に呼ばれ、俺も手伝うために足を進めたが、進んだ方角は真逆・・・学園側の方へ、本音に引っ張られる。
本 「ギリーは、こっちだよ〜」
両手で俺の右手を引っ張って、校内に連れて行かれる。そして、一室の扉の前で止まる。
獅 「ここは・・・」
本 「会長〜、ギリーを連行してきました〜」
そう言って、俺を強引に部屋に入れられる。
楯 「やぁ♪」
獅 「え? なんで、ここに・・・」
荷物置き場にされていた部屋なのか、広さは畳み6畳ぐらいで、部屋の明かりは窓から差す日の光だけ。その日の光を浴びて、俺を待っていた楯無さんが片手を挙げて、笑顔で迎えてくれた。
獅 「帰るのは夏休みって言ってませんでしたか?」
楯 「そうだったんだけどね・・・実は」
なぜだろう? 俺は今、首に手をかけられた気が・・・
楯 「どこかの馬鹿が、私に心配を掛けさせるからよーっ!!」
獅 (ギブギブッ)
まさか、首を絞められるとは思ってもみなかった。俺は必死に右手で、楯無さんの手をタップする。
楯 「・・・しかたないわね」
不服そうにパッと手を離し、上げられていた体が地面に落ちる。
獅 「ゲホッゲホッ・・・」
楯 「そんなに苦しかった?」
獅 「当たり前、だ・・・」
楯 「でも、獅苑君が悪いんだから、それぐらいはしてもいいでしょ?」
殺される以外は、ね・・・
獅 「その・・・すみませんでした」
楯 「うん、よろしい・・・じゃあ、ちゃんと謝ったご褒美に・・・」
俺に乗りかかる形で、近づいてくる楯無さんの顔。咄嗟に右手で止めようとするもの、楯無さんの手と重なり動かない。
獅 「っ!」
何かいけない予感を感じた俺は、頭を右に動かす。すると、楯無さん唇が的を外れて、頬に当たる。
楯 「ああん、レディからの誘いを避けるなんてヒドイじゃない」
獅 「・・・まさか、二回も言われるとは」
楯 「ん? なに?」
獅 「いえ、なんでも・・・それより、今のは[ドガンッ]・・くっ」
ドアがいきなり蹴飛ばされ、楯無さんを庇いながら、飛ばされたドアを右手で殴り返す。
本 「・・・」
ドアの向こうには、片手にスパナを持った本音。
(・・・へ? なんでスパナ?)
本 「・・・」
暗くて表情が見えないが、スパナを握ってこちらに近づいてきた。
本 「・・イ」
獅 「?」
本 「会長ばっかりズルイ〜! 私も獅苑くんとする〜っ!」
手に持っていたスパナを投げ捨てて、俺にダイブ。口を強引に奪われて、押し倒されてしまうが、襟首を掴んで退かせる。
本 「あ〜〜〜っ! 会長はいいのに、私は駄目なの〜!?」
獅 「そうじゃない。しかも、楯無さんは口じゃなくて、頬だ」
本 「そんなのどっちも変わらないよ〜っ!」
楯 [コソコソ]
獅 「・・・おいっ」
この状況の中、一人だけ逃げようとしていた、楯無さんに呼びかけ、足首を掴む。
楯 [ビクッ!]
獅 「何一人で逃げようとしてんだ?」
楯 「い、嫌だな〜、逃げるだなんて。お姉さんには色々とお仕事が・・・」
本音の襟首を持ち上げ、完全に無力化したところで、立ち上がる。そのまま、楯無さんに近づき・・・
[ゴチンッ!]
楯 「いっ・・・!!」
声も出せぬまま床にうずくまる。
獅 「はぁ・・・それにしても、本音はスパナなんか持ってきて、どうしたかったんだ?」
本音を降ろすと腰にしがみついてきたが、落ちていたスパナを拾い見せながら聞いてみた。
本 「あ〜それね〜。もしも、獅苑くんが会長を襲った時用に準備してた物だよ〜」
密室空間に男女二人がいれば、想像できない事はない。だけど・・・
獅 「・・・」
楯 「いててっ・・・ん? どうしたの?」
確かに楯無さんは美人だけど、それだけで俺は襲わないだろう。
獅 「とりあえず、片しておけよ」
本 「は〜い!」
陽気な返事と共に、スパナを持って部屋を出ていく。
獅 「そういえば、虚さんはいないんですか?」
楯 「ううん、第3アリーナにいるわよ」
獅 「? なんでですか?」
楯 「おととい、伝えたでしょ・・・」
すると、どこから出したのか、扇子を広げる。広げられた扇子には習字の文字で、こう書かれていた。
楯 「『再戦』よ・・・」
39話
獅苑SIDE
現在、第3アリーナのAピット。Bピットには楯無さんと虚さん。Aピットには俺と本音が、相手の準備ができるまで待機中。
本 「会長は強いよ〜。気張って行こう〜!」
獅 「ふっ・・・そうだな。気張っていこう」
楯 『待たせたわね。こっちの準備は終わったわ』
Aピットの画面から準備万端の報告。
本 「観客席から応援してるからね〜!」
本音は手を振りながら、ピットから走り去っていく。俺は本音の姿が、Aピットの画面に映し出されている観客席に出てくるまで待つ。だが、その画面には違う人物が・・・
獅 「・・・簪?」
広い観客席にポツンッと座っている。そこに本音がやってきて、簪の隣に座り楽しげに会話をしている。
獅 「まぁいっか・・・準備はいいか?」
? 『バッチグーだよ!』
死戔の待機状態、黒いチェーンからの返事。こちらも陽気で、元気が有り余ってるようだ。
獅 「そういえば、お前、名前がなかったな」
? 『そうだけど・・・それが?』
獅 「いや、名前がないと不便だと思ってな・・・」
? 『も、もしかして、君が名前を考えてくれるとかっ?』
期待が篭った声に、ちょっと笑う。
獅 「この戦いが終わったらな・・・あまり、期待するなよ」
? 『OK! じゃあ、さっさと始めようよっ!』
言われなくても、もうすでにこちらは、体を暖めている。
獅 「ふふ、ははは。楽しませてくれよ。生徒会長!」
死戔・闇門を展開し、ピットから飛び出す。黒翼が開き、まるで黒き不死鳥の様に・・・
簪SIDE
楯 『できれば、来てくれないかな? 簪ちゃんに見てほしいんだ、私の姿を・・・』
そう言われてから、一日。第3アリーナにやってきた私は、誰もいない観客席に腰を下ろす。
本 「あ、かんちゃん〜! 来てくれたんだ〜」
簪 「う、うん。一応・・・」
本音が隣座り、笑顔をフィールドの方に向け、始まるのを今かと待っている。すると、両ピットから、二人が飛び出す。
一方は、水色の第三世代型のIS、ミステリアスレイディ。一般のISよりは装甲が少なく、左右一対に『アクアクリスタル』というパーツが浮いている。あれこそがミステリアス・レイディの強みである。ナノマシンで構成された水を操る事ができ、攻守として使うことができる。
もう一方は、面積が広い黒翼が広げられ、上空に浮遊している黒いIS。あれが、朝霧さんの専用IS、死戔。
楯 『始めましょうか。そちらからどうぞ』
獅 『分かりました』
そう言った瞬間、死戔の姿が消える。だが、姉さんはこれぐらいの事は想定済みだったのか、慌てずランスを構えている。
[ガキンッ!]
獅 『くっ・・・』
楯 『これでも、ロシア代表なのよ』
目の前に出現した死戔の対艦刀をランスで受け止め、ガトリングで迎撃。だが、威力が高いはずのガトリングを、片翼で意図も簡単に防ぐ。
簪 「あれ? ダメージが反映されてない・・・」
死戔は確かにガトリングを防いだが、まったくSEの効力が効いていない。まるで、身を守るSE自体がなかったように・・・
本 「あ〜、実はね〜。第二形態になってからの死戔には、絶対防御しか防御手段がないんだよ〜」
簪 「え!? でもそれじゃ・・・」
一撃でも攻撃が入れば、一気に不利になるという事になる。
本 「大丈夫だよ〜。ギリーはそう簡単にダメージは喰らわないよ〜・・・たぶん」
へ? なんでたぶん? と、聞こうと思ったが、今度は姉さんから攻撃を仕掛ける。
楯 『じゃあ、次はこっちの番よ。最初から全力で行かせてもらうわ!』
そう言って、高圧水流を発する事ができる蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を、死戔に向かって鞭の様に斬りかかる。
だが、死戔はそれを避けず、片手で掴み、姉さんごと引き寄せる。
楯 『あなたの方から誘ってくれるなんてね』
姉さんの顔には笑み。そんな笑みを壊す様に対艦刀が振り下ろされ、ランスでガードしたものの下に叩きつけられる。
楯 『かかったわね』
獅 『!?』
姉さんが指を鳴らすと同時に、死戔とその周りが爆発する。
『清き熱情(クリア・パッション)』・・・ナノマシンで構成された水を霧状に攻撃目標に散布して、ナノマシンを発熱させる事で水蒸気爆発を起こす技。だが、拡散領域や、この広いフィールドではそんなに使えない技なのだが、有用性はある。
獅 『・・・』
爆発の煙の中から、すぅーっと地上に降り立つ死戔。
あの時、ミステリアス・レイディを引き寄せ、対艦刀で叩き落す前に、霧状の水を強引に死戔に付着させ、対艦刀のエネルギー熱によって気化。そのおかげで水蒸気爆発は成功したのだが、この場での使用は普通のISならかすり程度の攻撃。だが、絶対防御しか防ぐすべを持たない死戔にとっては、今の攻撃で一気に三分の一のSEを持っていかれた。
獅 『・・・はは、楽しいね〜』
だが、朝霧さんの顔は笑っていた。子供の様に楽しんでいる無邪気な笑顔に隠れている恐怖。それが、遠くにいる私のところまで感じさせている。
本 「楽しそうだね〜。ギリー・・・」
簪 「そ、そうだね」
再び、フィールドに目線を戻すと、朝霧さんは右拳を下に構えて、黒翼を畳んでいた。
獅 『俺も全力で行かせてもらう・・・』
楯 『ふふふ、楽しみね・・・』
お互いに笑顔を絶やさず、朝霧さんは地面を殴りつける。すると、周りの地面が陥没し、そして地面が盛り上がる。その地面の岩に囲まれ、完全に姿が見えなくなる死戔。だが、次の瞬間。赤い輝きと共に岩が粉砕する。
獅・? 『これが、俺の本当の力だぁ!』
楯 『っ!?』
頭部につけられた対艦刀を先端に突撃する死戔。姉さんは、直感だけでランスを構え、止める。
獅・? 『まだまだっ!』
両腕を前に突き出し、袖口から合計6本のエネルギー刃が伸びて、ミステリアス・レイディに突き刺さる。
楯 『くっ・・・」
何とか距離を取り、ガトリングで迎撃。だが、朝霧さんはその攻撃を避けもせず、突撃。爪状のエネルギー刃で装甲を切りつけ、ミステリアス・レイディの目前で前中宙返り。頭部の対艦刀のエネルギー刃がランスを弾き飛ばし、尾の対艦刀の峰(みね)が、姉さんの頭部に直撃。
獅・? 『ほらほら、どうしたぁ!』
爪状と足から出すエネルギー刃の猛攻に、水でコーティングされた蛇腹剣だけで防御する。
獅・? 『はははっ! もう終わりかっ!? 生徒会長!?』
楯 『そ、そんな訳ない、でしょっ!』
力だけで、死戔を跳ね返し、ランスを回収。手に持ったランスの先端には、螺旋状に渦巻く水。
楯 『はぁああぁっ!』
ランスを向けて、瞬時加速による突撃。
獅・? 『そうでなくちゃなぁ!!』
朝霧さんも右手をかざし、スピードを抑え気味に突撃。
? 『インパクトカノン 30%』
獅・? 『鉄槌!』
上下に衝突する右手から放出されたエネルギーとランス。だが、一瞬の閃光と共に、ミステリアス・レイディが地面に叩きつけられ、砂煙が起きる。
獅 『時間切れか・・・』
赤い閃光が弾き飛び、死戔は通常状態に戻る。その瞬間・・・
楯 『それを待っていたわっ!!』
砂煙から瞬時加速で飛び出してきたミステリアス・レィディが、ランスの切っ先を死戔の装甲に刺す。
獅 『うっ・・・!』
楯 『これで私の勝ちよっ!』
ランスに螺旋状の水が構成される。
楯 『はぁあああああぁ!!!』
獅 『くそっ!』
螺旋状の水を全て、死戔にぶつける。その死戔は、高水圧の威力によって、アリーナの端まで飛ばされる。死戔がぶつかった壁は、ガラガラと崩れ砂塵が舞う。
(やっぱり、朝霧さんでも、今の姉さんには・・・)
本 「まだだよ」
真面目な本音の声と同時に、舞っていた砂が黒翼によって吹き飛ばされる。
獅 『・・・もうちょいだったな』
楯 『やっぱり、そう簡単にはやられてくれないよね』
姉さんは再びランスを構え瞬時加速。
獅 『SE残量は?』
? 『ちょうど、50%だよっ』
簪 「あれ? 今、声が・・・」
朝霧さんのものとは違う声に反応するが、隣にいる本音には聞こえなかったようで、私も気のせいだと決め付けた。
それよりも、朝霧君は腰を深く落とし、左手を突撃してきている姉さんの方に構えている。
楯 『最後は力比べって訳ね・・・だったらっ!』
ランスに、さっきよりも密度の高い高水圧が螺旋状に纏う。
? 『インパクトカノン 50%』
楯 『はぁっ!』
獅・? 『槍雷(そうらい)!』
ランスと、突き出された右手が再度、ぶつかり合う。
楯 『が、はっ・・・』
放出されたエネルギーが、ランスの切っ先から消し去り、余分に残ったエネルギーが姉さんに直撃。あまりの衝撃に、体を地面に削られながら吹っ飛ぶ。
すると、ミステリアス・レイディは強制解除。つまり、この勝負は・・・
本 「ギリーが勝った〜っ!! わ〜いっ!!」
簪 「勝てた・・・学園最強の生徒会長に・・・ロシア代表に・・・」
私の姉さんに・・・
獅苑SIDE
獅 「俺の勝ちです・・・」
ISを解除して、尻餅をついている楯無に右手を差し出す。左腕はISを解除した瞬間に、だらんっと力が抜けてしまい、動かす事ができない。
楯 「今回は、ね・・・」
俺の手を掴み、立ち上がった楯無さんだったが、戦い疲れたのかフラフラで、俺に寄りかかる。
楯 「ちょっと疲れちゃった・・・しばらく、このままにさせて」
獅 「・・・」
俺を抱きしめる形で、寄りかかる楯無さんから、寝息が聞こえ始める。
? 『良かったわね。直前でカノンの威力を弱めて・・・』
獅 「・・・そうだな」
槍雷。ISのSEを一気に減らすほどの威力を持ち、その衝撃はISを通過して操縦者に届く。戦闘前にコアから教えられ、もしもの時のためまで使わずにいた。
獅 「・・・ちょっと、失礼」
俺は寝ている楯無さんに断りをいれ、背中に背負う。そのまま、Bピットの方に足を進めると、虚さんがBピットから血相を変えて出てきた。。
虚 「お嬢様っ! 大丈夫ですか!?」
獅 「大丈夫です。寝ているだけですよ」
虚 「そ、そう・・・ご無事で何より・・・」
胸を撫で下ろした虚さんは、一応、保険室に運ぶようにと促す。すると、後ろから簪を引き連れた本音が猛スピードで走ってきた。
本 「おめでとうギリーっ! 本当に会長さんに勝っちゃうなんてすごいよ〜!」
虚 「本音・・・」
騒いでいる本音に、虚さんが指でちょいちょいと楯無さんの方に指す。すると、楯無さんが寝ていた事に気づいたのか、口を垂れた袖で塞ぐ。
獅 「じゃあ、俺は・・・」
虚 「ええ。頼むわね」
楯無さんを起きないように背負い直し、保険室に向かうため、アリーナの出口に向かう。
本 「あ、私も行く〜!」
簪SIDE
本音が朝霧君を追った後、虚さんと二人でアリーナを出て、近くのベンチに座っている。
虚 「・・・来てくれたんですね。簪お嬢様」
簪 「は、はい・・・」
虚 「どうでしたか? 試合の方は・・・」
簪 「・・・」
虚 「楯無さん、かっこよかったですか?・・・」
簪 「・・・」
コクンっと首だけを縦に振り、返事を返すと、虚さんの顔が笑顔に変わる。
虚 「そうですか。では、お嬢様に伝えておきますね」
簪 「ま、待ってっ!」
さすがにそれは恥ずかしい。私は立ち上がろうとした虚さんの腕を掴んで止める。
虚 「あら、どうして?」
簪 「えと・・・恥ずか、しい・・から」
今の私の顔は、りんごの様に熱を発し、赤くなっている事だろう。
虚 「ふふふ・・・はい、承知しました」
簪 「・・・///」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獅苑SIDE
楯 「んぅ・・・」
獅 「・・・」
試合から一時間後。医務室にて、楯無さんが目覚める。
楯 「ここは・・・?」
獅 「保健室です。試合が終わったら眠ってしまったので・・・」
楯 「そう・・・悪いわね。ここまで運んできてくれたんでしょ?」
獅 「まぁ・・・」
ちなみに、一緒についてきた本音はいない。どうも友達と用事があるとかで、途中で分かれてしまった。
楯 「・・・」
獅 「・・・?」
体を起こした楯無さんは、俺の顔を凝視している。
楯 「本当、変わったね・・・」
獅 「???」
そう言われた時、まだ昼過ぎの時間帯なのでカーテンの隙間から出た日差しが、俺の目に当たる。咄嗟に目を閉じると、今度は唇に柔らかい物体が当たった。
獅 「っ!?!?」
目を開けると、楯無さんの閉じた目が、ドアップで映る。
楯 「ん・・・」
唇を離し、ゆっくりと元の位置に戻る。楯無さんは俯いて表情は見えないが、顔は真っ赤になっている。
楯 「ごめんなさい」
頭を下げて謝る楯無さんの顔は、まだ赤いままだったが、目には若干、涙が溜まっていた。
獅 「・・・なんで、泣いてるんです?」
楯 「分からない。分からないよ・・・でも、ロシアに行って、獅苑君から離れて気づいたの。私は本気で獅苑君の事が好きなんだって・・・」
獅(楯 「でも、俺には本音が「それは分かってる。獅苑君が本音ちゃんの事、昔から好きだって事は・・・でも、私だって女なの。この気持ちを我慢したまま、獅苑君と接したら、いずれ私自身が壊れてしまう」・・楯無さん・・・」
気づいていた。楯無さんが俺に好意を寄せている事は、ロシアに行ってしまう前から。生徒会の執務中も、こちらをチラチラと見ていたし。今日二回もキスされれば、一夏だって相手の気持ちが分かるはずだ。
だが、俺はそれを見てみぬ振りをして、今まで接してきた。俺には本音しか愛せないと思ったから。
楯 「今だけでいいの。私と一緒にいて・・・私から離れないで、ここいいて・・・」
ついに、涙が溢れ出す楯無さん。力なく寄りかかってくる楯無さんを、不覚にも抱きしめてしまう。今、突き放せば彼女は新たな人生に踏み出せるかもしれないのに・・・
獅 「・・・できない」
楯 「え?」
獅 「俺にはできない。『今だけ』なんて、悲しすぎるだろ・・・」
背負ったからには最後まで背負う、それが俺の決断。そのせいで本音に嫌われたとしても、俺は甘んじて受けよう。
楯 「う、うぅ・・・」
俺の胸に顔を埋(うず)め、涙のダムが決壊した。だが、楯無さんの顔は、泣き顔ではなく、月の様に美しい笑顔だった。
投稿者SIDE
保健室の外。扉のそばで聞き耳を立てる、三つの人影。
簪 「・・・姉さんでも泣くんだ」
虚 「いいの? 彼氏さんの浮気が発覚しちゃったけど・・・」
本 「ん〜・・・」
二人が獅苑と楯無の会話を聞いて、虚は本音に語りかける。
本音は腕を組みながら何かを考えているようだが、片手にはスパナ、もう片手にもスパナ。実の姉である虚は、本音が持っているスパナと、本音の顔を交互に見て、不安になる。
本 「いいんじゃないかな〜」
だが、本音から返された言葉は、想像してたのとは全然真逆だった。
簪 「え? いいの・・・?」
本 「うん〜」
虚 「それはどうしてかしら・・・?」
妹の彼氏は彼。そして、仕えているお方の思い人も また彼。その複雑な関係の間にいる虚は、理由を尋ねる。
本 「だって〜、ギリーが泣いてる人を放っておく訳ないし〜。それに〜、ギリーにはこうゆう器用な事はできないよ〜」
簪 「じゃ、じゃあ、姉さんに朝霧さんをあげるの?」
本 「まっさか〜、ギリーの彼女は私だけだよ〜」
簪 「??」
虚 「・・・ふふふっ」
本音がここまで大見得切れる様を見て、ついつい笑みがこぼれる。
虚 (・・・私にも、素敵な殿方が現れるでしょうか)
弾 「っ!」
蘭 「どうしたのよ、お兄?」
弾 「いや、俺にも春が来そうな気が・・・」
蘭 「今、夏なんだけど・・・」
40話
獅苑SIDE
夕方。
獅 「はぁ・・・」
保健室を後にして、学生寮の廊下でため息をつく。ため息の理由は、楯無さんの件。
(本音にどう説明しよう・・・)
言った瞬間に、スパナで殴り殺されるビジョンが頭に浮かぶ。物置部屋での、本音の登場からそのイメージしか思い浮かばなくなっていた。
笑顔でスパナを振り下ろす本音にビクつきながらも、俺と一夏の部屋に到着。
[ガチャ]
一 「お、お帰り、獅苑・・・なんか、やつれてないか?」
獅 「いや、大丈夫だ。少し寝る」
心配している一夏を横切り、ベットにダイブ。毛布が俺の体を受け止めると共に、眠りについた・・・
一夏SIDE
一 「どうしたんだ、獅苑の奴・・・?」
ダイブしてから数秒、すぐに寝息が聞こえ始め、俺は獅苑に布団をかける。
一 「そういえば、あのISコアは何だったんだろうな?」
そう言って、獅苑のズボンにつけられたチェーンに触る。
一 「声をかければ、出てくるかな?・・・おーい」
[シーン]
一 「おーい、聞こえるかー?」
[シーン]
一 「おーいっ!」
? 『うるさーーいっ!!!』
一 「うわぁっ!?」
チェーンから飛び出してきたISコアに驚き、後ろに倒れてしまう。光り輝くISコアは、チェーンから50cm辺りを激しく動き回っている。
? 『さっきから耳元で大声出してうるさいよっ! こっちはご機嫌斜めだっていうのにっ!』
一(? 「耳ってどこにあるっ『別にそこは気にしなくていいの! とりあえず、謝ったらどう?』・・わ、悪い・・・」
? 『・・・まぁいっか』
怒りの剣を鞘に納め、激しかった動きがピタッと止まる。
一 「ど、どうして、ご機嫌斜めなんだ?」
もう一つのベットに座り、コアに向かって話しかける。俺自身、普通にコアに向かって喋りかけている事に驚いていた。
? 『だって、名前付けてくれるって言ったのに、女の人とイチャイチャして、部屋に帰ったら寝ちゃうしさ〜・・・』
獅苑が女の人とイチャイチャしている、ビジョンが思いつかない。思いつくとなると、獅苑がのほほんさんの頭を撫でてるくらい。逆もまた同じ。
一 「つまり、名前をつけてくれると約束をしておきながら、約束を守らずに寝てしまったと・・・」
? 『そうなのよ・・・でも、この子が疲れているのは、僕だって知ってるし、無理矢理起こすわけにもいかないでしょ」
疲れた? ああ、みんなの荷物を一人で運んでいたら、そりゃ疲れるな・・・
一 「じゃあ、獅苑が起きたら、伝えといてやるよ」
? 『おおっ! それは助かっちゃうなぁ。じゃあ、お願いね〜」
ISコアはチェーンに飲まれ、消えていった。
一 「・・・獅苑が寝てる間に昼にでもするか」
ベットから立ち上がり、食堂に向かうため部屋を出た。
【食堂】
鈴 「あ、一夏ぁ!」
定食を手に、食堂に来てみると、すでに早めの夕食を取っていたお馴染の5人。その1人の鈴が俺に気づいて、手を振って俺を誘う。
一 「どうしたんだよ? みんな揃って・・・」
セ 「別にわたくし達は、好きで一緒に夕食をとっている訳ではありませんわ」
シ 「そんな言い方しないでよ・・・僕達は偶然、食堂であったから一緒に食べてるんだよ」
ラ 「嫁も夕食に食べに来たのだろう。わたしの隣が開いてるぞ」
鈴 「あ、あたしの隣も開いてるんですけど・・・」
箒 「私の事も忘れては困る」
なぜか、俺の座る位置をめぐって口論が始まる。とりあえず、口論の決着が着くのを待つわけにも行かず、箒の隣に座る。
箒 「・・・///」
セ 「・・・」
鈴 「・・・」
シ 「・・・」
ラ 「・・・」
一 「え? どうした?」
箒は顔を赤くし、他4人に睨まれる。睨んでいる理由を尋ねるものの、別に〜っと、返されてしまった。
ラ 「そういえば、姉上は一緒じゃないのか?」
箒 「っ!」
姉上・・・つまり、獅苑の名が出されて、箒がうろたえる。
一 「ああ、部屋で寝ているよ」
箒 「・・・」
一 「・・・どうしたんだよ、箒?」
突如、顔色が悪くなった箒を心配して、声をかけるが・・・
箒 「えっ!? い、いや、なんでもない・・・」
完全に何かあるようだ。ここまで動揺してるとなると、獅苑と出会うと何か不都合でもあるのだろうか・・・
一 「・・・もしかして、福音の時の事か?」
箒 「っ!? べ、別になんでもないっ! 先に失礼するっ!」
残ったご飯を口に入れ、皿の乗ったトレーを持ち席を立つ。厨房にトレーを置いて、逃げる様に去っていった。
一 「・・・やっぱり」
鈴 「ええ。箒はまだ、獅苑が傷ついた事を責任に思ってるのよ」
シ 「獅苑君がそこまで気にする人とは思えないけど・・・」
シャルの言葉から、皆何も話さなくなり、沈黙が続く。
楯 「ちょっといい?」
一 「え?」
リボン色から見て二年生。静まり返ってた皆が、一斉に二年生の方を向く。
楯 「朝霧獅苑君って、今どこにいるのかな?」
全 「っ!」
静まり返っていた話の中心人物の名を出されて、一瞬動揺してしまう一同。
楯 「どうしたの?」
一 「い、いや、なんでもないです・・・あっ 獅苑なら、部屋で寝ていますけど、呼んできましょうか?」
楯 「寝てるのね・・・いや、いいわ。無理に起こすのも彼には悪いし・・・ごめんね。なんか気まずい中に入っちゃって」
二年生は背を向けて、一回振り向いて手を振り、食堂から出ていった。
セ 「あの方は獅苑さんと、どういう関係なのでしょうか・・・?」
鈴 「つか、なんでここに二年生がいるのよ?」
全 「・・・さぁ?」
楯無SIDE
大した外傷もなく、私は普通に保健室から出た。
私が獅苑君に会わなければいけない理由は・・・
(やっぱり、あの時の約束は撤回しないと駄目よね・・・)
私の気持ちを受け止めてくれた獅苑君。だが、それは逆に本音ちゃんを裏切る事になる。
(でも、寝ている獅苑君を起こすのは、気が引けるし・・・なら、先に本音ちゃんの所に)
歩く速さを上げ、本音ちゃんと、妹の簪ちゃんの部屋に到着。
楯 「・・・」
[コンコンッ]
本 「は〜い・・・あ、会長〜」
本音ちゃんがドアを開け、部屋に誘導される。私はイスに、本音ちゃんはベットに腰を下ろし、あたりを見渡す。簪ちゃんは姿がなく、私はちょっとホッとした。
本 「かんちゃんなら〜、すぐには帰ってきませんよ〜・・・大事な話ですよね」
滅多に見ない真面目な本音ちゃんを前に、硬唾を飲む。
楯 「え、ええ・・・私は・・・」
本 「・・・」
楯 「獅苑君の事が好き、みたい・・・」
本 「・・・」
無音が部屋を包み、一気に息苦しくなる。だが、本音ちゃんの笑顔と言葉に、一気に空気が軽くなった。
本 「・・・知ってますよ〜」
楯 「え・・・?」
のほほんとした口調に戻った、本音ちゃんの言葉にどうして? と、尋ねてみるが・・・
本 「だって〜、保健室であんな所を見せられちゃ〜、ね〜・・・」
楯 「み、見てたのっ!?」
まさかの事実に顔を赤くする。
本 「あと〜、お姉ちゃんと〜、かんちゃんも一緒に見てたよ〜」
楯 「簪ちゃんも・・・」
妹に姉の弱い一面を見せてしまった事に、がっかりする。
楯 「でも、本音ちゃんは、それを知っておいて、怒らないの?」
本 「事情を知らないわけじゃないし〜、私自身、ギリーには、泣いてる女の子を見捨てる事なんて、させたくない」
楯 「べ、別にわたしは泣いてなんかっ!」
本 「はいはい〜。それは、置いておいて〜」
袖で隠れた両手で物を横脇に置くジェスチャーをして、話を続ける。
本 「でも〜、ギリーの彼女は私だけですから〜・・・忘れないでくださいね〜」
これは、獅苑君には手を出すなという、注意にも聞こえるが、今の私にとっては挑戦状と受け取った。
『ほしいのであれば、自分の力で奪ってみせろ』と・・・
獅苑SIDE
獅 「・・・」
一 「お、起きたか、獅苑」
まだ、頭が働かないが、体を起こす。
(なんか、俺の知らないところで、勝手に俺が賞品になった気が・・・)
獅 「・・・ねむい」
一 「いや、寝る前にさ。約束があるだろ」
獅 「・・・?」
あ〜〜〜、駄目だ。眠すぎて、思い出せない。
一 「はぁ・・・」
? 『もうひどいよっ! 僕があんなに名前をつけてくれるのを、楽しみにしてたのにっ!』
獅 「・・・あ〜」
そういえば、試合が終わったら、名前をつけてやるとか言ってたな。色々ありすぎて、忘れてた。
獅 「悪い・・・」
? 『べ、別に謝らなくてもいいよ。疲れてたのは分かってたし・・・もし、今は無理なら、明日でもいいよ?』
獅 「いや、今考える・・・」
脳をフル稼働して考え中。でも、思いつくのは単純なものばかり。中々、決められずにいる。
? 『そこまで、考え込まなくていいよ。僕は君に名前を決められるだけで、うれしいから』
なんか、それは悪い気が・・・でも、これ以上、待たすわけにもいかないし・・・
獅 「"コウ"じゃ、駄目か?」
一 「由来は?」
獅 「・・・光ってるから、光(コウ)」
シーン・・・
一 「ぷ、ぷはははははっ!」
獅 「わ、笑うな・・・///」
一夏が盛大に噴き出し、赤面してしまう。
一 「だ、だって、光ってるからって・・・はははははっ!」
? 『・・・僕は良いと思うな』
獅・一 「えっ?」
コ 『コウ・・・うん。僕の名前は"コウ"だ!』
コア・・・いや、コウは、この単純な名前に、ご満足のようだ。
獅 [ギロッ]
一 「わ、笑って悪かったって。だから、そう怖い顔しないでくれ」
一夏は謝ってくれたが、まだ俺の顔には熱が発せられていて、それを隠すようにもう一度就寝。
投稿者SIDE
コ 『コウ・・・コウ・・・』
一 「そんなに気に入ったのか?」
コ 『うんっ!』
だが、コウにとっては名前の問題ではない。獅苑に名前をつけられた、それだけでもコウにとっては喜ばしい事だった。
コ 『あとさ、僕の事はみんなに内緒にできるかな? この事が政府にバレたら・・・』
一 「分かってるって。みんなには黙ってるよ」
コ 『ありがとうっ!』
縦横無尽に動き回るコウに一夏は苦笑する。
一 「じゃあ、これからもよろしくな。コウ」
コ 『よろしく、一夏君!」
41話
真耶SIDE
真 「ふぅ、やっと一段落つきました〜・・・朝霧君も手伝って助かりました」
冷房の効いた職員室で、大きく伸びをする。
獅 「生徒会で慣れてます」
そう言いながら、書類の紙を丁寧に揃えている。
朝霧君は、私が廊下で書類の山を落としてしまった際、拾うのを手伝ってくれたのが最初
結局、職員室まで来てもらって、こうして書類処理までしてもらった。
真 「そういえば、朝霧君はどこに所属する気か、決めてますか?」
今年の一年の専用機持ちは、合計8人。その内の織斑一夏、篠ノ之箒、朝霧獅苑は、代表候補生ではないのに専用機持ちという異例を持っている。そのため、どこの国からも、自国の専属操縦者として招く事ができ、織斑君と 篠ノ之さんの専用ISは、篠ノ之博士のお手製の第四世代型。どの国も喉から手が出るほど、ほしい人材なのは間違いない。
獅 「所属するつもりはありません」
真 「で、でも、それでは・・・」
IS学園はどこの国にも属さない。だが、卒業してしまえば、鳥かごから出たひな鳥。そこにどんな危険があるのか、もしかしたら、力ずくで誘拐などをしれかす国がいるかもしれない。
獅 「だったら、その国を壊すだけです」
真 「ははは・・・朝霧君が言ったら、冗談に聞こえませんね」
獅 「冗談じゃないですから」
真 「は・・はは・・・」
まさか、ね・・・と、思っていると、朝霧君が残った書類に手を伸ばす。
真 「あ。あとの書類は私一人でできますから」
獅 「そうですか・・・」
朝霧君は、スッと手を引いて、席を立つ。
獅 「では、失礼します」
真 「あ、ありがとうございました」
つい、敬語でお礼を言ってしまった。だって、朝霧君、織斑先生みたいなオーラをバンバン出してるんですよ。
真 「ふぅ・・・では、もう一頑張りしますかぁ・・・ん?」
一枚目の書類の内容が、夏休み直前にとられた篠ノ之さんのパーソナル・データ。その紙の下に『IS適正 S』と、書かれている。
真 「すごいですよね。入学当時はCだったのに、ここまで上げるなんて・・・」
だが、真耶自身も疑問に思っている。『IS適性 S』を出したものは、モンドグロッソで優勝した織斑先生の称号『ブリュンヒルデ』か、上位優秀者の4人『ヴァルキリー』位しかいない。しかも、CからS。もしかしたら、篠ノ之博士が関わっていると、頭の端に置いておいて、朝霧君のパーソナル・データを手にする。
真 「でも、朝霧君は、逆にIS適性が ――― 。おかしいですよね〜・・・?」
獅苑SIDE
楯 「おかしいよね〜・・・?」
職員室を出た後、生徒会室で飴を舐めながら『学園祭』の資料に目を通していると、楯無さんが学園祭とは違う資料を見ている。
ちなみに、虚さんは学園祭の件で、各部活を回り不在。本音は・・・寝てるのかな?
獅 「何がです?」
楯 「これよこれ・・・」
会長専用の机に二枚の書類を置いて、俺を呼び寄せる。
獅 「・・・これが?」
出されたのは、俺と箒のパーソナル・データ。まさか、生徒会にも届いているとは・・・
楯 「いや〜、勝手にコピーしちゃった♪」
獅 「おいこら」
コツンと頭を小突くと、舌を出す楯無さん。
獅 「で?」
楯 「まずは、箒ちゃんの事だけど・・・」
まだ会ってもいない人を、"ちゃん"づけにするとはどうとか思うけど、スルー。
獅 「ああ。IS適性の事ですよね。きっと、篠ノ之束が何かしたんでしょう」
楯 「違う違う。私が気にしてるのはそこじゃなくて・・・」
そう言って、指を紙の名前の下に書いてある文字を指差す。
楯 「箒ちゃんって、胸大きいよね」
獅 「あほか・・・」
楯無さんが指したのは、箒のスリーサイズ。すぐに、拳骨をかまし、コピーされた書類を回収した後、ビリビリに引き裂き、ゴミ箱にポイッ
楯 「もう〜、殴ることないでしょう・・・」
獅 「親友の個人情報を見られて、止められずにはいられるか・・・それに、楯無さんだって、大きい方でしょう」
上から楯無さんを見下ろす。座っていても分かるほどの、抜群のプロポーションが目に写る。すると、楯無さんがにやけ顔で・・・
楯 「ふふ〜ん。私の体に興味があるんだぁ?」
胸を強調するように腕を組み、俺を見上げる。
獅 「い、いや、そういう訳じゃ・・・」
楯 「うろたえちゃって〜、可愛いな〜・・・襲いたくなっちゃう」
獅 「は?」
席から立ち上がった楯無さんに、反応ができず、壁と楯無さんに挟まれる。そのせいで舐めていた飴を飲んでしまった。
喉に違和感を感じながらも、咄嗟に逃げようと、手で押しのけようとするものの・・・
楯 「逃げちゃ、だ〜めっ」
楯無さんの体のどこに力があるのか、物凄い力で俺を押さえつける。それと同時に、俺と楯無さんの密着度が増え、心拍数が上がる。
楯 「お顔が真っ赤だよ。獅苑君・・・」
楯無さんは舌なめずりした後、顔を近づけ始める。だが、そこに金属の投擲物が・・・
楯 「おっとっとっ・・・」
楯無さんが、俺から離れた後、スパナが俺の目前を通過し、頑丈な窓にヒビを入れた。
楯 「危ないな〜、本音ちゃん・・・」
獅 「・・・本音?」
スパナが飛んできた方を向く。だが、すでに目の前には本音がいて、次の瞬間には、本音が俺の顔にしがみついた。
獅 「・・・見えない」
本 「あんっ♪ ちょ、ちょっと今は、しゃ、喋らないで〜・・・」
(・・・へ?)
今の自分の状況を頭で思い浮かべる。
俺の視界は本音のせいで、真っ暗。肩には足が掛けられ、腕を俺の頭の後ろに回されている。しかも、鼻先に柔らかい感触と、クラクラするこの甘い匂いは・・・
楯 「だ、大胆な事するね・・・」
本 「か、会長に〜、負けてられ、ませんから〜。はぁ、はぁ・・ぎ、ギリー、あんまり〜、息、吹きかけないで〜・・・」
獅 「・・・」
今の自分の状況を理解した。つまり、今の俺の頭は本音のスカートの中という事か・・・
(って、何落ち着いてるんだよ俺!?)
すぐに、本音を退かすため、腕を・・・
(あれ? 動かない?)
動かないというより、動けない。
楯 「私だって、負けないわよ」
楯無さんが後ろから、俺にしがみつき、身動きが取れない状態。さらには、背中に柔らかな感触に、意識がもうろうとし始める。
(・・・無理)
獅 「ん・・・」
本 「あ、起きた〜・・・?」
目覚めると、自室のベットで寝ている自分。そして、枕元に座っている本音。
獅 「・・・一夏は居ないのか?」
本 「来た時から、居ないよ〜」
そうか、と、返して体を起こし、ここまでの経緯を思い返す。
(確か、生徒会室で学園祭の書類を見てて、箒のパーソナル・データを捨てて、それで・・・)
かなり、簡単に思い返しているが、それ以降の記憶がない。
本 「獅苑くんは、その後に倒れちゃって〜、私と会長がここまで運んできたんだよ〜」
倒れた? はて、何でだろう・・・?
本 「疲れてたと思うよ〜。うん、絶対そうだよ〜!」
獅 「・・・」
本 「な、なに〜・・・?」
あからさまに、何かを隠している。だって・・・
獅 「顔、赤いぞ」
本 「ふぇっ!? そ、そそそんな事ないよ〜・・・ないよ〜」
かなり必死のようだ。そこまで、隠したい事なのだろうか。それだと、俺自身も関わっているのだろう。
(・・・引いた方がいいな)
獅 「まぁいい・・・」
本 「ほっ・・・」
俺の勘がそう告げ、引き下がると、本音が安堵。本当に分かりやすい・・・
獅 「あれ? 楯無さんは来ないのか?」
てっきり、後から登場するのかと思いきや、さっきから気配を感じ取れない。
本 「一応、生徒会長だからね〜。お姉ちゃんに連れてかれたよぉ・・・それより〜」
あれ? なんか笑顔が怖くなってない?
本 「随分、会長さんとぉ、仲良くなってないー?」
獅 「えっ、いや、その・・・」
本 「・・・」
やばいな。いつかは必ず言わなければいけないと思っていたが、心の準備ができていない状態での暴露となるのか。
獅 「・・・実は」
両手をギュッと握り締め、覚悟を決める。
獅 「え、えと・・楯無さんとは、その・・・」
本 「・・・ぷっ」
え? 今笑われた?
獅 「なんで、笑ってるの?」
本 「だ、だってぇ・・ぷぷっ うろたえてる獅苑くんがぁ、面白くって ぷぷっ」
獅 「こ、こっちは真面目なんだけど・・・」
それから十数秒、笑いを堪えていた本音は、落ち着き始めた。
本 「ふぅ〜・・・大丈夫だよ〜、私はもう知ってるからぁ」
獅 「え? 知ってるなら、どうして?」
本 「う〜ん、前も会長から似てる事を言われた気がするけど〜。私は別に、獅苑くんを束縛したくないし、私にとっては、獅苑くんの幸せは、私の幸せでもあるんだよ」
獅 「本音・・・」
本 「・・・で〜も〜」
すると本音は、俺にしがみつき、頬と頬が触れ合う。
本 「獅苑くんは私のものだからねーっ!」
楯無SIDE
(あ〜あ、私も看病したかったな〜・・・)
虚ちゃんに連れられ、教師陣達との打ち合わせ。そのせいで、獅苑君の看病に行けず、駄々をこねている。
虚 「会長なんですから、それぐらいはしてもらわないと・・・」
楯 「だって〜・・・あれ?」
突っ伏していた机には一枚の紙。それは、私が勝手に印刷した、獅苑君のパーソナル・データだった。
楯 「・・・」
虚 「どうされましたか? 会長・・・」
手に持った紙を見つめ、真面目な顔立ちになっている私を見て、虚ちゃんは訪ねてくる。
楯 「・・・これ、どう思う?」
虚 「・・・」
渡せれた書類を凝視する虚ちゃん。すると、下辺りを読み始めると、眉がピクッと動く。
虚 「IS適性・・・B」
IS適性『B』。一夏君と同じくらいのレベル。なのだが、そこが問題なのだ。
楯 「死戔の性能のおかげもあると思うけど、それだけで私に勝つなんて思えないの」
伊達にロシア代表になった訳ではない。それなりの努力と実力があって、今の立場に立てているのだ。
それに、織斑先生から入試試験の事を聞かされている。ブリュンヒルデとまともに戦える人物、それが在学生なら、なお珍しい。
虚 「となると、何者かが改ざんした、と?」
楯 「それが一番可能性があると思うけど・・・」
虚 「入試の時のデータはないんですか?」
楯 「それがないのよ。いくら探しても・・・」
入試試験のパーソナル・データは、ちゃんとデータとして保管されているはずなのに、それが見当たらない。
虚 「この事を先生達には・・・?」
楯 「言えないわよ。言ったら、まず疑われるのは獅苑君よ」
さらに、データの改ざんという、罪も被せられると仮定すると、悪ければ政府の目の届く場所に永遠と監禁される事になるかもしれない。
楯 「どうなってるのかしら・・・?」
虚 「・・・お嬢様は、獅苑君の本当のデータが知りたいんですか?」
楯 「ライバルのレベルを知りたいのは、当たり前でしょ」
虚 「ライバルというより、思い人の間違いでは?」
楯 「ちょ、ちょっとっ!」
虚ちゃんは、私の反応を見て微笑み、赤くなった私の顔をさらに赤くした。
楯 「そうだっ!」
虚 「ど、どうしましたっ?」
突如、閃いた私は、席を立ち、生徒会室を出る。
虚 「あ、待って下さい!」
【IS倉庫】
虚 「どうしたんですか? こんな場所に・・・」
私の走るスピードにピッタリと付いて来て、息を切らさずに私に理由を尋ねる。私も疲れてないけど・・・
楯 「獅苑君はね。一度、ここにある『打鉄』を、使った事があるのよ」
クラス代表決定戦。専用ISが届かなく、しかたなく獅苑君が打鉄に乗って、時間を稼いだ、その打鉄がこの中にある。
楯 「じゃあ、始めるわよ!」
虚 「分かりました」
なんだかんだで、やる気な虚ちゃんは、私とは逆の端から調べ始める。そこまで、多い数のISが配備されているわけではないが、操縦者のログのデータを引き出すとなると、案外大変な作業なのだ。
虚 「・・・」
私が一機目の確認が終わった頃には、虚ちゃんはすでに二機目の作業に取り掛かっていた。
さすがは、三年主席で整備科。
虚 「あっ・・・これでは、ありませんか?」
虚ちゃんが三機目の作業中に何かを見つけ、呼びかけてきた。
楯 「・・・そうよっこれよ!」
これまで乗った操縦者のデータが空中投影のディスプレイに、縦にズラリと並んでいる。その中の一つのデータに異常な数値が出されている列が存在していた。
楯 「やっぱり、これが獅苑君の・・・」
虚 「で、でも、これは異常じゃないですか?」
確かに異常だが、それでなければ面白くない。
反射速度 『S』
展開速度 『計測されていません』
コア同調レベル 『100%』
IS適性 『S+』
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