英雄伝説〜光と闇の軌跡〜 113 |
〜レイストン要塞・ゲート前〜
「ふう……。何とか脱出できたわね。まだ、こっちの方まではパトロールに来てないみたい。」
見回りの兵士がいない事にエステルは安堵の溜息を吐いた。
「シード少佐が引き留めているのかもね。でも、グズグズしていたら追跡部隊が編成されると思う。ギルドでプリネも言ってたけど、どこか安全な場所に博士たちを逃がさないと……」
「…………ふむ…………」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん……」
ヨシュアの言葉に博士は考え込み、ティータは心配そうな表情でエステル達を見た。
「あ、心配することないからね。ティータと博士のことは絶対に守ってあげるんだから。」
「フフ……この私がいれば、人間2人の護衛ぐらい余裕ですわ!」
心配そうにしているティータを安心させるようにエステルは言い、フィニリィは胸を張って答えた。
「……いや。お前らはここで手を引け」
「え……!?」
「どういうことですか?」
しかしアガットの言葉に驚き、エステル達は反論しようとした。
「今回の一件で、俺は完全に情報部の連中にマークされた。そして、爺さんとティータも同じように追われ続けるはずだ。逃げるついでに、あのメンフィルの小娘が言ってたように2人まとめて安全な場所まで逃がしてやるよ。」
「アガットさん……」
「なるほど、そう来たか。そうじゃな。わしらに巻き込まれる人間は少なければ少ない方がいい。本当なら、ティータも巻き込みたくはなかったが……。人質に取られることを考えると一緒に逃げた方がいいじゃろう。」
「おじいちゃん……」
「ちょ、ちょっと待ってよ!あたしたちだけ安全だなんてそんなの絶対に納得いかない!ヨシュアもそう思うでしょ?」
アガットの説明に博士やティータは納得したが、エステルは納得できず反論して、ヨシュアやフィニリィに同意を求めた。
「いや……。ここはアガットさんが正しい。」
「ええ、確かに理に適っていますわ。」
しかしヨシュアやフィニリィは納得した表情で答えた。
「へっ……」
「逃亡・潜伏のセオリーだと一緒に行動する人間が多くなると、それだけ逃げ隠れがしにくくなる。その意味では、アガットさんだけで博士を逃がした方がいいんだ。君の気持ちは分かるけど……ここはアガットさんに従おう。それにフィニリィはプリネが契約している精霊だよ?」
「ええ、私はこれでもプリネと契約している身ですから、契約者と長時間離れていたら、魔力の供給もできませんから、どの道私はついていけませんわ。」
「そ、そんな……」
「さすがだな、ヨシュア。よく分かってるじゃないか。エステル、ここは素直に引いてもらうぜ。」
「で、でも……。理屈では分かるんだけど……」
ヨシュアに説明されたエステルだったが、それでも納得できない様子だった。
「エステルお姉ちゃん……」
「ふむ、あくまで納得できない顔をしとるのう。ならば、わしの代わりにある仕事を引き受けてくれんか?」
エステルの様子を見てティータは何も言えなかったが、見兼ねた博士がエステル達に提案をした。
「え……」
「まず、王都に向かってほしい。そして、グランセル城にいるアリシア女王陛下と面会してくれんか。」
「じょ、女王様に面会〜!?」
「どういう事でしょうか?」
博士の提案にエステルとヨシュアは驚いて、尋ねた。
「例の『黒の導力器』じゃが……。あれは元々、リシャール大佐がどこからか入手した物らしい。彼は『黒の導力器』のことを『ゴスペル』と呼んでおったよ。」
「福音(ゴスペル)……ですか。」
「ケッ……。ご大層な名前じゃねえか。」
「あら、名前をつけるセンスはそこそこあるようですわね。」
黒の導力器の名前――ゴスペルを知ったヨシュアは考え込み、アガットは鼻をならし、フィニリィは以外そうな表情をした。
「どうやら、『ゴスペル』は何者かによって情報部から持ち出されたらしい。恐らく、その持ち出した人間が小包でカシウス宛に送ったのじゃろう。じゃが、あの導力停止現象で所在が情報部に知られてしまった。あの黒装束―――特務兵どもが中央工房を襲撃した真の理由はわしでも演算オーブメントでもない。あれを回収するためだったのじゃ。」
「そ、そうだったんだ……」
「なるほど……。それで色々納得できました。」
中央工房襲撃と博士誘拐の真実を知ったエステルとヨシュアは真剣な表情になった。
「リシャール大佐は、あれを使って王都で何かをしようとしておる。わしのカンが正しければ……非常にマズイことが起きるはずじゃ。その事を陛下に伝えて欲しくてな。」
「非常にマズイこと……。あの導力停止現象ってやつ?」
「いや……。おそらくそれを利用した……。……すまん、これ以上はわしの口から言うわけにはいかん。とにかく、あの『ゴスペル』について陛下に直接伝えて欲しいのじゃ。逃亡するわしの代理としてな。」
「はあ……まったくもう。そんな風に言われたら断るに断れないじゃない。」
「僕たちでよければ引き受けさせてもらいます。」
博士の説明を聞き、エステルとヨシュアは表情を和らげて答えた。
「すまんな、よろしく頼んだぞ。」
「あ、あの……。エステルお姉ちゃん。……ヨシュアお兄ちゃん……」
一方ティータは寂しそうな表情でエステルとヨシュアを見た。
「ティータ……。しばらくのお別れだね。」
「ごめんね……。付いててあげられなくて。」
エステルとヨシュアは名残惜しそうな表情で答えた。
「そ、そんなぁ。あやまる事なんてないよう。わたし、お姉ちゃんたちに助けられてばっかりいて……。すごく仲良くしてくれて、妹みたいに扱ってくれて……ミントちゃんやツーヤちゃんとも友達になれて。……うう……えうっ……」
「ティータ……」
別れに耐えられず泣きだしたティータをエステルは痛ましそうな表情で見た。
「お、おじいちゃんのこと助けてくれてありがとう……。うくっ、それから……仲良くしてくれてありがとう……。……2人とも……大好きだよ……ミントちゃんやツーヤちゃんにも2人の事は離れていても大好きだって、伝えてね………」
ティータは思わずエステルに抱きついた。
「君と一緒にいられて僕たちも嬉しかった……。こちらこそありがとう。」
「うん……絶対伝えておくね……」
「…………あなたの願い、承りましたわ。あの黒髪の幼子にあなたの思い、必ず伝えておきますわ。」
ティータの言葉にヨシュアは笑顔で答え、抱きついたティータの頭をエステルは優しく撫でて答え、フィニリィは静かに答えた。
「………………………………。名残惜しいだろうが、そのくらいにしておきな。涙なんざ、また会えた時に取っておきゃいいだろう?」
「グス……もう……デリカシーがないんだから……。」
アガットの言葉に呆れたエステルはティータと離れた後、アガットを見た。
「でも……あんたともしばらくお別れね。色々あったけど、一緒に仕事してすっごく良い経験になったわ。ありがとね、アガット先輩。」
「ぞわわ……。気色悪い呼び方すんじゃねえ!」
エステルからありえない呼ばれ方をしたアガットは鳥肌が立った。
「あはは、照れてやんの♪」
自分をからかったエステルにアガットは溜息をついた後、ヨシュアに言った。
「ったく……。さすがはオッサンの娘だぜ。ヨシュア、その跳ねっ返りが暴走しないように気をつけとけよ。武術や魔術だけは一人前だが、それ以外はどうも不安だからな。」
「フンだ、よけーなお世話。」
「ええ、任せてください。アガットさんも気をつけて。博士とティータのこと、どうかよろしくお願いします」
「おお、任せておきな。それじゃあ……俺たちは先に行くぜ!」
「さらばじゃ!カシウスの子供たちよ。」
「げ、元気でねっ!お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
「うん!ティータたちも!」
「女神達の加護を!くれぐれも気を付けて!」
「この私が手を貸したのですから、必ず逃げ切るのですよ!」
エステル達の応援の言葉を受けて、博士とティータを連れたアガットはその場から去った。こうして中央工房襲撃とラッセル博士誘拐事件は幕を閉じた…………
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第113話 | ||
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