とある忘却者の過負荷(マイナス) 
[全1ページ]

「痛たたたた……」

 

 気が付いたときには、僕は硬いコンクリートに倒れていた。もっとも、視界は真っ暗で、地面の感触からの推測なんだけど。

 

 どうやら僕が新しく来たこの世界は、『光』という概念が存在しないらしい。故に僕の視界も真っ暗であり、おそらくは見えることは出来ないだろう。

 なんて、戯言だけど。本当は単純に僕の顔面が建物の壁に当たっていただけだった。

 

 服を掃いながら立ち上がると、周りには天を貫くほど高い建物がドミノのように並べられていた。大都会の中心部のような場所は、ニューヨークや東京、上海などを思わせる。

 まぁ、そのいずれも行ったことが無いんだけど

 

 しばらく周りのビルに圧倒されていると、ようやく僕は自分の立場を思い出した。

 

「おっと、当初の目的を忘れるところだったね。って、括弧付けるのまで忘れちゃってるよ。やっぱキャラ付けはやめようかな?」

 

 いつの間にか独り言に勤しんでいた僕は、とりあえず外に出ようと出口を探してみた。

 

「『まぁ』『気に入ってるからやめないけど』」

 

 何気無く地面に視線を落としてみると、あるものが落ちていることにようやく気付いた。

 丸く、ボタンが色々と付いている機械。中身が開いていて、そこから一枚のCDが顔を覗かせている。それは二十世紀でも世界を変えたとも言えるほどの製品であり、文字通りそこから持ち歩き可能な機械が飛躍的な進歩を遂げられた。そのCDから音源を読み取りイアフォンから流す、という画期的なアイデアから世界に衝撃を与えた製品。

 

 簡単に言えば、音楽プレイヤーって奴だ。

 

 興味深そうに見詰めていても仕方が無いし、何気無く拾ってみた。

 

 もちろん、音楽を聴く気なんてさらさら無いけど。気まぐれに拾って、どうせその辺に捨てるのかもしれない。もしくは売ってお金に替えるかもしれない。どちらにしても、処分するのに変わりはないけど。

 

 金属の重みが腕に伝わるが、その重量はそれほどでもなく、持ち歩くには最適なレベルだった。

 

 それをポケットの中に突っ込むと、この一連の長い考察を終え、ようやく薄暗い路地裏から一歩踏み出した。

 

 眩い日の光が僕の目に差し込み、暖かい周りの気温が肌を刺激する。新しい世界に来た僕の第一印象はと言うと、少し言葉で表し難い。

 

目の前に広がっているのは、科学の都市。否――未来都市のような場所だった。

 巨大な建造物が何件も建っていて、モノレールや飛行船、道端ではロボットのようなものが掃除をしている。向こう側の歩道では学校からの帰りなのか、学生たちがそれぞれの友達と話しながら、歩道を歩いていた。

 

 もっとも、風景は変わっていても、そこまで先の未来ではないのが分かる。所謂、近代未来的世界なのだろうか。予測としては2020年〜2035年代、少し無理はあるけど2040年代。

 

 まぁ、過去の人から見れば僕の世界も同じようなものなんだろう。たとえば、戦時に生きていた人が今の日本を見れば、言葉を失うかもしれない。あの破壊された国から半世紀であそこまでの企業大国に成長できたのは、まさに東洋の奇跡とも呼べるかもしれない。

 

 今の僕は、それと同じ気分になっている。もっとも、この国が日本とは限らないけど。

 

「『うーん……』『凄い』」

 

 感想を一言で完結に片付け、僕は歩道に一歩踏み出した。僕自身にとっては小さな一歩、でも人類にとっては大きな一歩。なんてね。宇宙飛行士でもなんでもない自分にその台詞を言う資格は無い。

 

 今更だけど、僕は赤髪さんの部屋から出たときとまったく変わっていなかった。服装も制服のまま、外見は一切変わっていない。肌の色も、髪の色も、どれも同じ。よくある『生き返ったら別人になっていた』的な急展開なんてまったく起こっていなかった。

 

 うーん……この大都市を観測し続けると、やっぱり世界は進むんだと改めて実感した。

 

「すみませーん!」

 

「『ん?』」

 

 日本語で話しかけられたことに多少は困惑しながらも、僕は後ろを振り向いた。せめて外国を覚悟していたけど、どうやらその心配は必要ない。日本語、ジャパニーズ。つまりここは日本。なんとも短絡的な思考回路だけど。

 

 話しかけてきた子を見る限り、僕よりは幼い。見たところ中学生、少し無理があるけど高校一年生かな? いや、小学生高学年に見えるかもしれないけど、制服も着てるし、中学生だろう。

 腕には緑色の腕章をつけていて、その中心部には星を象ったようなシンボルが描かれている。

 でも、その何よりも目を引くのは、彼女の頭に乗っかっている大きな花束のカチューシャだ。あれって、本物の花なのかな? たとえ喉が裂けても聞きたくは無いけど。

 触らぬ神に祟り無し、みたいな?

 

「さっき、あっちの路地裏から出てきましたよね?」

 

 単刀直入な質問を僕にぶつけてきた。

 

「『見てたんだ』」

 

 僕の質問に少しギョッとしながらも、彼女は頷いた。おそらくは、ずっと自分を見ていたというストーカー的なことに思われたと勘違いしているのか、罰が悪そうに苦笑いしながら頭を掻いている。

 典型的な焦った時の人間の仕草だ。

 

「実は私、((風紀委員|ジャッジメント))なんですけど、こういうものは落ちてませんでしたか?」

 

すると、彼女は音楽プレイヤーのような物の写真を見せてくれた。

 

 ジャッジメント、という単語は聞きなれないけど、堂々とそれを明かして僕に情報を聞いてきた点を見れば、まぁ警察のようなものなんだろう。少なくともなんらかの高度に組織化された治安維持組織が、この世界には存在している。

 こんな子供が警察組織に属しているとはとても思えないけど。

 

 それよりも音楽プレイヤーだ。

 

「『それなら拾ったよ?』『路地裏で何気無く落ちてたから何気無く拾ってみた』」

 

「そ、そうですか……」

 

 何気無くそう言ったのが意外だったのか、少し引き気味に彼女は答えた。

 もっとも、それは僕の言動が不可解なのか、僕自身が気持ち悪いからなのかは、定かではないけど。自分としては前者であって欲しいけど、今の僕の状態を考えれば、十中八九後者だね。

 これでも自分が『気味が悪い』ことぐらい自負している。

 いや、((アレ|・・))を得た時点で、それに気付いている。

 

なんとも可哀想な自己嫌悪に浸っている僕を他所に、彼女は話を無理矢理進めた。

 

「ちょっと着いて来てもらえませんか? 重要な参考品なのかもしれませんし、発見したときの状況も記録しておきたいので」

 

 顔が引き攣りながらも、笑顔で丁寧に手招きしてくれる。その歳でもうすでに営業スマイルを修得しているなんて、やっぱり末恐ろしいね。

 

 でも、僕はこれにニヤッと笑みを浮かべてしまった。

 

 まず考えてみよう。

 

 もし話を聞きたいのなら、この場で聞くのが除斥だ。もしその署のような場所に行く途中で重要な証言を忘れたりでもしたら、元も子もない。

 

 記憶が鮮明なこの場で、話を聞かなければいけない。

 

 そしてなにより、おそらくは先程の探し物しか目的がなかった彼女だ、僕みたいな奴が現れるとは思ってなかったんだろう。新たな容疑者が目の前にいきなり現れたら、誰しもが驚く。

 だから彼女は慌てて僕に話しかけたんだ。

 

 普通は証拠品だけ押収して、そのあと話を伺う。何も署まで行く理由はない。

 

 つまりは――――

 

「『ねぇねぇ』『言いたいことがあるならはっきり言えば?』」

 

「ッ…………」

 

 彼女は言葉を詰まらせた。

 そして、それを肯定とみなした僕は、笑みをさらに広げ、続ける。

 

「『僕を疑ってるんだろ?』」

 

「…………」

 

 「『そりゃあそうだ』『いきなり路地裏から現れて』『証拠品を堂々と持ち歩いてるし』『しかもこんな狂人みたいな雰囲気を垂れ流してる僕だ』『僕を疑っても別に僕は怒らないし』『仕方の無いことさ』『うんうん』『ノープログレム』『イッツオーライト』」

 

「な、何のことやらさっぱり……」

 

 明らかに無理矢理作ったような笑みを引っ張り出すと、そのまま両手を振って否定した。

 

 うーん、感情表現が豊かな子だね。いや、素直な子、と呼ぶほうが正しいかもしれない。

 

 「『大丈夫だって』『僕はこう見えてかなり心が広いということが誇りなんだ』『謝ってくれれば三秒くらいで許すかもよ?』」

 

「(ぎ、疑問系になってますけど……)」

 

 というより、彼女は職務を全うしただけで、何も悪いことはしていないんだけど。

 

 普通の人なら単なる性質の悪い嫌がらせだと判断するかもしれない。でも、驚くほど素直な目の前のこの中学生は真剣に悩んでいた。こんな口先だけかもしれない僕の言葉を本気にしてしまっている。

 感情を表に出し過ぎなが少し残念だけど、あの某ちびっ子な曲絃師レベルで純粋なのは凄い。

 前者の場合は作った純粋なんだけど。

 

「『あはは』『冗談冗談』『まったくの冗談だよ』」

 

「冗談、ですか……」

 

 本気で怖かったのか、彼女は胸をなでおろしている。

 あの恐怖で固まった表情から一気に安堵した表情に変わり、その落差に思わず僕は笑いをこぼしてしまった。

 

「『うん』『悪いけど許すことは出来なさそうだ』」

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 途端に、彼女は目を見開かせた。

 

 それもそのはず、いつ間にか自分の周りには何本もの巨大な『螺子』が刺さっていた。そして、僕の両手にはそれとまったく同じの巨大な螺子が二本、握られていた。

 

 これが何を意味するのかぐらい、この子でも分かってるだろう。

 

「『危ないね〜』『一体全体どこから螺子なんて降ってきたんだろう?』『もし次に降ってきたら』『君に当たっちゃうかもしれないじゃないか』『まったく最近の世の中は物騒だね』」

 

「脅し、ですか……?」

 

「『いやいやとんでもない』『まさか高校三年生という』『義務教育も終えてもうすぐ成人にもなるこの僕が』『そんな外道でゲスがするようなことをすると思うかい?』『さっき言ったでしょ』『もしかしたら当たっちゃうかもしれないって』」

 

 ちゃんと両手を上げて敵意が無いことを示すが、彼女は疑い深そうな目を向けていた。

 まぁ、戯言って分かってるよなぁ。

 

「『とりあえず簡単に自己紹介しようぜ?』『ほら』『現代社会人の基本だし』『お互いを理解し合うためにはそれが一番合理的だと思うんだ』『まぁするかどうかは君の自由だけど』」

 

「……((初春|ういはる))((飾利|かざり))です」

 

「『うん』『僕はき――じゃなくて』『僕は球磨川雪』『よろしく……って言える立場じゃないけどね』『あはははは』『まいったなぁ』」

 

 シニカルにそう笑う僕を他所に、初春さんは単刀直入に本題へと入った

 

「要するに情報が欲しいんですよね?」

 

「『そゆこと』」

 

 やはりいかにも怪しい人物に情報を与えるのは抵抗があるのか、彼女はかなり考え込んでいる。もし僕がその音楽プレイヤーに関係する事件の犯人なら、自分たちの得た情報をそのまま教えることになるし、逆に犯人でなくても、僕自身が気まぐれで情報を流すかもしれない。

 教えてもデミリットばかりで何一つメリットはほとんど無い。

 でも、一つだけメリットらしきものはある。

 

 まぁ、身体中に螺子が捻じ込まれないのがメリットなんだけどっ!

 

「最近、ネットでこんな噂が流れています」

 

 ようやく初春さんはその重い口を開いた。

 

 最近、学生たちの間で((幻想御手|レベルアッパー))というものが流行っていて、それを使えば色々とメリットが起こるそうだ。でも、もし幻想御手に手を出してしまうと、その後昏睡状態に陥ってしまうらしい。未だに昏睡状態から回復した者はいない。

 

 要するに、麻薬みたいなものだね。

 

 現在、初春さんの所属している組織は、それを食い止めようと、製造者を血眼になって探している。

 

 そして、その重要な証拠品として音楽プレイヤーを探していたところ、警察(この場合はジャッジメントかな?)が目をつけていた路地裏から僕が出てきて、音楽プレイヤーを持ち歩いていた、と。

 

 これなら疑われてもしょうがないね。

 

 この事件の説明を受けたとき、僕は簡単にこの世界(というより今僕のいるこの都市)についても簡単な説明を得ることが出来た。

 

 要約すれば、超能力の世界。

 

 科学によって解明された超能力により、今までではあり得なかった超常的現象が、人為的に引き起こせるようになった。

 

 例えば、遠くにある物体を動かしたり、空気中の水素原子と酸素原子を結合させ水分子を作り出したり、電撃まで発生させたり、炎を発生させたり、などなど。

 

 一般的に『能力』と認知されている。

 

 なら、僕のアレも、これに分類されるのかな?

 

 まぁ、超能力なんて呼ばれるほど高貴なものじゃないけどね。

 

 そしてこの能力が初めて開発された場所、というより唯一開発されている場所が、人口の八割が学生の、この都市。通称学園都市。日本の領土内ではあるけど、日本の干渉外に位置する、ちょっとした独立国だ。

 

 とまぁ、現在の状況は、こんなもの。

 

 見たことも聞いたこともない世界だけど、超能力以外の点は、以前の世界とはまったく一緒である。

 

 僕のこの格好も、人口の大半が学生ゆえに、まったく違和感が無かった。まさか制服が普通の都市が存在するなんて、夢にも思わなかったけど。こんな堅苦しい服、僕はあまり好きではないし。

 

 そして超能力の中には、『レベル』なんてものが存在する。

 

 色々と複雑なことがあるらしいけど、要するに0から5まで振り分けられ、0が一番低く、5が一番高いらしい。

 

 今回の事件の中枢である幻想御手は、このレベルを簡単に上げることの出来る道具らしい。まぁ、後遺症が凄まじい故にほぼ間違いなく違法だけど。

 

 説明を終えた初春さんはどこか疲れた様子だった。

 

「『うん』『ありがと』『かなり役立ったよ』『ゴメンね怖がらせたりして』『もう帰ってもいいよ』」

 

「は、はぁ……(でも、事情聴取……)」

 

「『あ』『ついでにこれも持ってっていいよ』『僕には必要ないから』」

 

 ポケットの中に手を突っ込むと、僕はあの音楽プレイヤーを彼女に投げ渡した。

 慌ててそれを受け止めると、キョトンとした表情で僕を見詰めている。 

 

「これって……」

 

「『色々重要な参考品なんだろ?』『僕が持ってる理由なんて何一つ無いから君にあげる』」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 ペコッと頭を下げる初春さんに、僕はニッコリと微笑んだ。もっとも、これが好印象なのか単純に気味が悪いのかは、僕としてはまったく分からないんだけど。おそらくは後者だろう。

 

「『んじゃ――――』」

 

「……え?」

 

 

 

 僕が手を振り上げ、一気にそれを振り下ろした。

 その瞬間、どこともなく現れた巨大な螺子が、彼女の身体を貫いていた。

 

 あまりにも突然の出来事に、頭の理解が着いて行っていないのか、初春さんはその場で固まっている。

 

 

 

「『また明日とか!』」

 

 

 

 瞬きのような一瞬で、その螺子が消えていた。

 

 血も一滴も流れず、傷跡も、着ていた服にすらも、あれが貫いた痕跡は一切残っていない。まるで、あらかじめそこに、『何も無かった』かのように。

 

――――見間違え? でも、確かにあの人の螺子が……

 

 そんな疑問がぐるんぐるんと彼女の頭の中を駆け巡っているであろうことを考えると、その滑稽さに笑いが出そうになる。でも、それを押し戻し、僕は背を向けて歩き出した。

 

 これからすることも出来たし、忙しくなりそうだけど、いっちょやってみよっか。

 

 幻想御手、ねぇ……

 

「『ぜーんぶ僕が台無しにしてやるよ』」

 

 

 

 そんな呟きは誰の耳にも入ること無く、夕方の街へと消えた。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

〜後書き〜

 

厨ニ病全快な内容ですね(苦笑)

 

色々と前作と展開が異なっていますが、結局は同じ展開を辿るので、ご安心を。

 

一人称で書くのが少し厳しくなってます……というより、三人称の方が書き易く感じてしまいます。

 

ですので、次回からはおそらく三人称視点になると思います。

 

これも全部人間シリーズの所為だ! あれをかなり読み込んでしまい、いつの間にか三人称の方がスラスラと書けるようになってしまいました(笑)

 

作風もちょっと変えてみました。どちらが読みやすいか、コメント欄に書いてくだされば幸いです。

 

ではでは、次回でお会いしましょう

 

説明
〜第一話 『また明日とか!』〜

とりあえず初めましての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。以前にじファンで投稿させてもらっていたクズです。

三日に一度が、なぜか五日も経ってしまっていますけど、そこは不定期更新の定めということで……

この小説は妄想五割、自己満足三割、そして遊び心二割で構成されています。完全に趣味で書いている小説なので、感想などはご容赦ください。それでも批評は改善すべき点などは大歓迎なので、遠慮なくどうぞ(ちょっと矛盾していますかね?)。

ではでは、色々と長々とすみません。一話です
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
8552 8307 2
タグ
過負荷 球磨川 大嘘憑き とある魔術の禁書目録 自己満足 駄目文 オリ主 主人公は敵 でもアンチじゃない ご都合主義 

クズさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com